第7話 夜斗襲来
ー/ー「なあ、妖切りのあんちゃん、蛇妖とやらはどっちからくるんだ?」
傭兵の一人が、如月に声をかけてきた。
雫の嘆願や八次の仲介もあって、傭兵たちも如月への反発はほとんどしなくなってはいたが、かといって信頼するというほどにはならない。
ただ、中にはそのあたりの垣根が低い者もいて、今声をかけてきたのもその一人だ。
まだ太陽が西の果てにわずかに見える。
この時間は妖が現れる可能性はない。
「そうですね……私もずっと考えていたのですが――」
この邸は街の中心にあり、どちらから来てもかなり目立つ。
実際、前回は妖に対して備えていなかったので街を突っ切られて被害が出ている。ただ、妖はそこまで知能が低いわけではなく、同じ方法を取るとは考えにくい。
予告している以上、軍勢が待ち受けている可能性も考慮するだろう。
さしもの大妖とて、数百数千の軍勢が待ち受けていれば、滅ぼされる恐れもある。
だから、真正面からやってくる可能性は低い。
となれば――。
「一番あり得るのは、地面の下からでしょうか」
「地面の下? 土竜みたいに掘ってくるのか?」
「ええ。実際、似た妖と戦ったことがあるのですが、地面を掘って逃げようとしたのです」
似たというか、対を成す日斗のことだ。
師の捨て身の攻撃で大きな傷を負った日斗は、たまらず逃げようとした。
だがあの時戦ったのは、洞窟の中、そのどん詰まりだった。
逃げ場などないと思ったら、地面を掘って逃げようとしたのだ。
幸い、如月の止めの一撃が間に合ったので、滅することが出来たが――。
今回、弱点は分かっている。
師が命を賭けて見出した弱点だ。
問題は、それを的確に突けるかだ。
とはいえ、勝算が全くないわけではない。
そうしているうちに日が完全に地平の彼方に沈んだ。
まだ空が茜色に染まっているが、それもほどなく暗くなるだろう。
同時に、多くのかがり火が灯された。
いくら満月があろうが、さすがにそれだけでは暗いからだ。
煌々と照らす多くのかがり火の中、自然、如月も兵たちも緊張感を高めていく。
その時。
ずん、とでも音がしそうなほど、大地が揺れた。
続けて、ビリビリとまるで何かに慄くように、大地が震える。
そしてそれがじわじわと近付いてくるのが感じられ――。
「正門付近だ! 散れ!!」
如月が叫ぶ。
同時に、人々が散開し――直後。
地面から黒い影が吹きあがった。
それに、逃げ遅れた兵の一人が巻き込まれ――。
「ぎゃあああああ!?」
月夜に悲鳴が響く。
それは、巨大な蛇の頭。
月に照らされたその蛇の体躯の色は、黒。
(日斗と対を成すとは……こういうことか)
かつて戦った日斗は白蛇だった。
対するこの蛇は黒蛇。
文字通り、日と夜、というわけだ。
「射ろ!!」
誰かの声が響き、同時に十人ほどが矢を射放する。
至近距離であり、それは到底躱せる速度ではないが――蛇が身じろぎすると、まるで大気が震えたような衝撃が辺りを満たした。
「な!?」
わずかに数本だけ矢が突き刺さっているが、大半は鱗の上を滑ったらしい。
鏃にはたっぷりと漆を塗ってあったはずだが、果たして効果が出るまでどの程度かかるか。
「なんて……大きさだ」
兵の一人が呆気にとられたように呟いた。
大きさは無論事前に共有している。
胴の太さだけで半丈、胴の長さは十丈の真っ黒な巨大蛇。
だが、聞くと見るとでは大違いを地で行く存在と言えるだろう。
その大きさは、本当に人の身で抗えるのかと思えてくる。
『さて――予告通り雫姫を迎えに来たが――』
その声は、ガラガラ、という耳障りな音に混じって聞こえてきた。
蛇の発声器官特有の声だろうか。
その大蛇の前に、如月が進み出る。
「残念ですが、貴殿が雫姫を娶ることは出来ません。雫姫は、私を婿として迎え入れられた」
『何?』
如月はそこで、証文を広げる。
それは確かに、雫姫と如月が婚姻したことを示す文書だ。
『ほう――なるほどな。それでは、貴様を食らえば雫姫はさぞ悲嘆に暮れよう。それに――ふむ。仮初というわけでもなさそうだ』
「何?」
『我が望むのは、悲嘆にくれる女の感情そのものよ。それこそが、われにとって至上の馳走となるのだからな』
思わず如月は目を見張った。
つまり、この蛇は人を食らうことを目的とするのではなく、悲嘆にくれる女性の感情を食らうという事か。
ふと、日斗が現れた時のことを思い出す。
あの時は、最初あの蛇はある親子を襲い、その子を食らったのだ。
その絶望に染まる母を次に食らっていった。
つまりこの蛇は、まず人を――女性を絶望させ、それからその女性を食らう存在らしい。
かつて神だったというが、本当にそうなのかと疑わしくなるが――。
「そもそも神なんてそういう存在か」
『ぬ?』
「あいにくですが、私はそう簡単には殺されはしません。そして――妖だろうが神だろうが、好きにはさせないし――」
如月は刀を抜いた。
銀刀が、月光を受けて煌く。
「人間をそう簡単に殺せると思わないことです」
『ほざいたな、人間。ならばまず、汝から食ろうてやろう!!」
直後、蛇が文字通り鎌首を持ち上げて襲ってきた。
それを如月はかろうじて躱すと、通過した蛇の胴――その腹から切り上げる。
刃はわずかな抵抗がありつつ、腹を切り裂き、鮮血が散る。
『ほう……人にしてはやる。だが――ぬぅ!?』
蛇の狙いは、基本的に雫姫の夫、つまり自分に集中する。
それはつまり、如月が蛇の攻撃をかわし続ければ、他の兵たちが攻撃する隙が生まれるという事でもある。
そして狙い通り、他の兵たちが放った弓や投擲した槍が蛇に襲いかかり、少なからぬ傷を与えた。だが、それほど効いているようには見えないが、全て毒を塗ってある。あとは時間との戦いだ。
「さあどうする。私を殺すのだろう?」
妖は決して知能が低いわけではない。
当然、周りの兵の存在は認識している。
だが、妖の特性の一つに、目的以外のことをしない、というものがある。
具体的には、何かすると決めた場合、それ以外の行動をとろうとしない。取ろうとしてもできないのがおそらく正しい。
つまり今回の場合、周りの兵を先に殺した方が効率がいいと分かっていても、如月を――雫姫の夫を殺すと決めてここにきている以上、それ以外の行動をとれないのである。
よって、如月が死ぬまで、夜斗はそれ以外の行動をしてこない。
これが、妖の弱点の一つ。
今回の場合は如月が殺されなければ、周りの兵は巻き込まれない限り――最初の一人のように――倒れることはない。
よって延々と攻撃していられるのだ。
そしていくら蛇が見た目に反して俊敏な動きが出来るとはいえ、この巨体である。
その動きは、十分見切れるものなのだ。
実のところ、もしこの蛇妖が長さ二丈程度であったら、その動きを見切れた自信はない。
大きすぎるがゆえに動きが鈍重で、かつ的も大きいので攻撃も当てやすいのだ。
『なるほど――小賢しい。我らの習性を知っているということか』
その言葉に、如月は軽く寒気を覚えた。
自分の特性を知っている、ということは、その特性を無視できるという事でもないか――。
『なるほど、確かに我はお前を殺す行動しか出来ぬが――』
蛇の頭が大きく持ち上がる。同時に、蛇の口に赤い輝きが溢れる。
それがなんであるかを、如月は知っていた。
「散れーっ」
如月はそう叫ぶのが精一杯だった。
直後、蛇の口から濁流のような火炎が放たれ、それが庭を埋め尽くし、さらに邸にも燃え移ったのである。
傭兵の一人が、如月に声をかけてきた。
雫の嘆願や八次の仲介もあって、傭兵たちも如月への反発はほとんどしなくなってはいたが、かといって信頼するというほどにはならない。
ただ、中にはそのあたりの垣根が低い者もいて、今声をかけてきたのもその一人だ。
まだ太陽が西の果てにわずかに見える。
この時間は妖が現れる可能性はない。
「そうですね……私もずっと考えていたのですが――」
この邸は街の中心にあり、どちらから来てもかなり目立つ。
実際、前回は妖に対して備えていなかったので街を突っ切られて被害が出ている。ただ、妖はそこまで知能が低いわけではなく、同じ方法を取るとは考えにくい。
予告している以上、軍勢が待ち受けている可能性も考慮するだろう。
さしもの大妖とて、数百数千の軍勢が待ち受けていれば、滅ぼされる恐れもある。
だから、真正面からやってくる可能性は低い。
となれば――。
「一番あり得るのは、地面の下からでしょうか」
「地面の下? 土竜みたいに掘ってくるのか?」
「ええ。実際、似た妖と戦ったことがあるのですが、地面を掘って逃げようとしたのです」
似たというか、対を成す日斗のことだ。
師の捨て身の攻撃で大きな傷を負った日斗は、たまらず逃げようとした。
だがあの時戦ったのは、洞窟の中、そのどん詰まりだった。
逃げ場などないと思ったら、地面を掘って逃げようとしたのだ。
幸い、如月の止めの一撃が間に合ったので、滅することが出来たが――。
今回、弱点は分かっている。
師が命を賭けて見出した弱点だ。
問題は、それを的確に突けるかだ。
とはいえ、勝算が全くないわけではない。
そうしているうちに日が完全に地平の彼方に沈んだ。
まだ空が茜色に染まっているが、それもほどなく暗くなるだろう。
同時に、多くのかがり火が灯された。
いくら満月があろうが、さすがにそれだけでは暗いからだ。
煌々と照らす多くのかがり火の中、自然、如月も兵たちも緊張感を高めていく。
その時。
ずん、とでも音がしそうなほど、大地が揺れた。
続けて、ビリビリとまるで何かに慄くように、大地が震える。
そしてそれがじわじわと近付いてくるのが感じられ――。
「正門付近だ! 散れ!!」
如月が叫ぶ。
同時に、人々が散開し――直後。
地面から黒い影が吹きあがった。
それに、逃げ遅れた兵の一人が巻き込まれ――。
「ぎゃあああああ!?」
月夜に悲鳴が響く。
それは、巨大な蛇の頭。
月に照らされたその蛇の体躯の色は、黒。
(日斗と対を成すとは……こういうことか)
かつて戦った日斗は白蛇だった。
対するこの蛇は黒蛇。
文字通り、日と夜、というわけだ。
「射ろ!!」
誰かの声が響き、同時に十人ほどが矢を射放する。
至近距離であり、それは到底躱せる速度ではないが――蛇が身じろぎすると、まるで大気が震えたような衝撃が辺りを満たした。
「な!?」
わずかに数本だけ矢が突き刺さっているが、大半は鱗の上を滑ったらしい。
鏃にはたっぷりと漆を塗ってあったはずだが、果たして効果が出るまでどの程度かかるか。
「なんて……大きさだ」
兵の一人が呆気にとられたように呟いた。
大きさは無論事前に共有している。
胴の太さだけで半丈、胴の長さは十丈の真っ黒な巨大蛇。
だが、聞くと見るとでは大違いを地で行く存在と言えるだろう。
その大きさは、本当に人の身で抗えるのかと思えてくる。
『さて――予告通り雫姫を迎えに来たが――』
その声は、ガラガラ、という耳障りな音に混じって聞こえてきた。
蛇の発声器官特有の声だろうか。
その大蛇の前に、如月が進み出る。
「残念ですが、貴殿が雫姫を娶ることは出来ません。雫姫は、私を婿として迎え入れられた」
『何?』
如月はそこで、証文を広げる。
それは確かに、雫姫と如月が婚姻したことを示す文書だ。
『ほう――なるほどな。それでは、貴様を食らえば雫姫はさぞ悲嘆に暮れよう。それに――ふむ。仮初というわけでもなさそうだ』
「何?」
『我が望むのは、悲嘆にくれる女の感情そのものよ。それこそが、われにとって至上の馳走となるのだからな』
思わず如月は目を見張った。
つまり、この蛇は人を食らうことを目的とするのではなく、悲嘆にくれる女性の感情を食らうという事か。
ふと、日斗が現れた時のことを思い出す。
あの時は、最初あの蛇はある親子を襲い、その子を食らったのだ。
その絶望に染まる母を次に食らっていった。
つまりこの蛇は、まず人を――女性を絶望させ、それからその女性を食らう存在らしい。
かつて神だったというが、本当にそうなのかと疑わしくなるが――。
「そもそも神なんてそういう存在か」
『ぬ?』
「あいにくですが、私はそう簡単には殺されはしません。そして――妖だろうが神だろうが、好きにはさせないし――」
如月は刀を抜いた。
銀刀が、月光を受けて煌く。
「人間をそう簡単に殺せると思わないことです」
『ほざいたな、人間。ならばまず、汝から食ろうてやろう!!」
直後、蛇が文字通り鎌首を持ち上げて襲ってきた。
それを如月はかろうじて躱すと、通過した蛇の胴――その腹から切り上げる。
刃はわずかな抵抗がありつつ、腹を切り裂き、鮮血が散る。
『ほう……人にしてはやる。だが――ぬぅ!?』
蛇の狙いは、基本的に雫姫の夫、つまり自分に集中する。
それはつまり、如月が蛇の攻撃をかわし続ければ、他の兵たちが攻撃する隙が生まれるという事でもある。
そして狙い通り、他の兵たちが放った弓や投擲した槍が蛇に襲いかかり、少なからぬ傷を与えた。だが、それほど効いているようには見えないが、全て毒を塗ってある。あとは時間との戦いだ。
「さあどうする。私を殺すのだろう?」
妖は決して知能が低いわけではない。
当然、周りの兵の存在は認識している。
だが、妖の特性の一つに、目的以外のことをしない、というものがある。
具体的には、何かすると決めた場合、それ以外の行動をとろうとしない。取ろうとしてもできないのがおそらく正しい。
つまり今回の場合、周りの兵を先に殺した方が効率がいいと分かっていても、如月を――雫姫の夫を殺すと決めてここにきている以上、それ以外の行動をとれないのである。
よって、如月が死ぬまで、夜斗はそれ以外の行動をしてこない。
これが、妖の弱点の一つ。
今回の場合は如月が殺されなければ、周りの兵は巻き込まれない限り――最初の一人のように――倒れることはない。
よって延々と攻撃していられるのだ。
そしていくら蛇が見た目に反して俊敏な動きが出来るとはいえ、この巨体である。
その動きは、十分見切れるものなのだ。
実のところ、もしこの蛇妖が長さ二丈程度であったら、その動きを見切れた自信はない。
大きすぎるがゆえに動きが鈍重で、かつ的も大きいので攻撃も当てやすいのだ。
『なるほど――小賢しい。我らの習性を知っているということか』
その言葉に、如月は軽く寒気を覚えた。
自分の特性を知っている、ということは、その特性を無視できるという事でもないか――。
『なるほど、確かに我はお前を殺す行動しか出来ぬが――』
蛇の頭が大きく持ち上がる。同時に、蛇の口に赤い輝きが溢れる。
それがなんであるかを、如月は知っていた。
「散れーっ」
如月はそう叫ぶのが精一杯だった。
直後、蛇の口から濁流のような火炎が放たれ、それが庭を埋め尽くし、さらに邸にも燃え移ったのである。
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