表示設定
表示設定
目次 目次




第5話 花畑

ー/ー



「こんな木から薬効のあるものが採れるんですね」
「ええ。ただ、これは妖切り以外はあまり知らないでしょう。妖の幻惑などを防ぐといった効果がありますが、人間でそのような力を使う者はいませんから」
「呪術師とかいると聞きますが?」
「そうですね……ただ、私は残念ながら本当に呪術を使う者に会ったことはありません。使うと自称する者はいましたが……」

 如月はそこで何とも言えない複雑な顔になる。

「今のところは、全て偽物でした。本当の妖を前にすると、何もできずに逃げる。逃げるならまだいいのですが、腰を抜かして動けなくなるものもいて、そうなると厄介です。見捨てるわけにも参りませんし」
「妖切りはそういうところは容赦がないと聞きましたが……」
「そういう妖切りもいます。ですが、私はそうはしたくなかったので。この辺りは、師の影響もあるでしょう」
「お師匠様?」
「はい。もう亡くなりましたが、私の育ての親でもある師です」
「亡くなったのですか」
「はい。もう二年ほど前になります」

 如月はそう言って、少し遠くを見た。

「白状いたしますと、雫姫のところに来たのは、偶然ではございません。一つには――師の残した、最後の仕事をやり遂げるためです」
「最後の仕事?」
「雫姫が蛇妖と呼んでいるあの妖。あれの正体は元は神だとされています。ただ、その在り様が歪み、遥か昔に封じられたそうですが」
「神、だったのですか」

 この国には数多くの神々がいるとされる。八百万(やおよろず)とも呼ばれ、無数の神々がかつては人と共に在ったらしい。
 ただ、人はやがて神への信仰を失い、神は地上を去ったとされているが――。

「そのうちの一つ、蛇神(へびがみ)夜斗(やと)。それが雫姫を狙っている蛇妖の正体です。そして――これには(つがい)がいました。名を日斗(にと)といい、本来は二蛇一対の妖です」
「そう、なのですか」

 あんな強大な妖がもう一体いたというのは、驚くほかない。

「この二つの妖はそれぞれ別々に封じられておりました。いつ封じたのかは、今となってはもう分からぬほど昔です。ただ、曲がりなりにも神。封じるのは容易な事ではなかったのでしょう。だから、二つの蛇を同時に、離れた場所で封じたと伝えられます」
「こう言っては何ですが……よくそんな古い記録を知ってますね……」
「師が、そのかつて封じた者の末裔だったそうですから」

 雫は先ほど以上に目を丸くした。
 そんな力の持ち主の末裔の、その弟子が如月という事か。

「ただ、当時の術はもう失われていました。その一方で、この封には欠点があり、どちらか片方が解き放たれるともう片方も同時に放たれるのです」
「え……じゃあ、その日斗(にと)というのがすでに!?」
「そちらはもう終わっております。正しくは、師が命を賭けて滅しました」

 そう言えば今しがた、師は二年前に死んだと言っていた。
 二年前、つまりあの蛇妖――夜斗(やと)が久遠院家を襲った時期と、符合する。

「じゃあ、もしかして、あなたの師が死んだのは、私の家のせい……?」

 新たに開拓するために、壊してはならない祠を壊した。
 それがあの蛇妖が解き放たれた理由だと聞いている。
 当時反対意見も色々あったらしいが、最終的に両親は開拓を推し進めたのだろう。
 その結果が、あの惨劇である。

「そこは気になさらないでください。永遠の命がないように、永遠の封もまたあり得ません。永遠が許されるのは神々だけ。その神々を無理に封じた以上、いつかは解き放たれる。そして、封じられた神々は荒魂(あらみたま)となり、人々に災いを成す。私たち妖切りは、その被害を少しでも小さくするためにあるのですし」

 これまで無頼漢、あるいは存在それ自体が怪しいと思っていた妖切りが、実際にはこれほどの使命感を持っているとは思いもしなかった。
 本当に、自分の識見の狭さに呆れる。

「ごめんなさい。あなたの事……妖切りの事、本当に信じ切れていなかった」
「仕方ありません。それに、本当の妖切りというのはそう多くありません。偽物も多い。結果、評判を落とすのは仕方のないことです」
「そんなの……」
「でもこうやって、雫姫のように分かってくださる方もいる。私にはそれで十分です」

 その言葉に嘘がないというのが、雫にも伝わってきた。
 彼は本当に、妖を斬って、雫を救いたいと思っているのだ。

「でも……あなたの師ですら、その日斗(にと)を倒す時に命を落としたのでしょう? その、それじゃああなたも」
「大丈夫です……とは言えませんが、私も殺されるつもりで戦うわけではありません。師が残してくれた彼らの能力、それに戦い方、倒し方。それがあるから、むざむざ殺されはしませんよ」

 それはどうやら嘘ではないようで、実際に自信があるように見えた。

「ちなみに……どうやって倒すの?」
「そこはさすがに語らずとさせてください。妖のことを迂闊に話すと、どこで妖が聞いているか分からない、という話がありますから」
「え!? そ、そうなの!?」

 思わず辺りをきょろきょろ見渡すが、森の木々が見えるだけで、あとは鳥の声が聞こえるくらいだ。

「大丈夫だとは思いますが、念のためです……と、森を抜けます。せっかく来たので、これをお見せしたかった」
「え――」

 突然森が開けた。
 そしてそこにあったのは、色とりどりの美しい花畑だ。

「すごい――」
「せっかくこちらまで来たなら、お見せしたくて。いかがでしょうか」
「すごい、です。こんな美しい光景、初めて見ました」

 赤、白、黄色、紫、青。そして葉の緑。
 それらが複雑に絡み合い、美しい色合いを見せている。これほど美しいものは、絵巻などでも見たことはない。

「まあ、少し色気のない話をいたしますと、これらも薬の材料として重宝するものも多いのですが」
「それは当然でしょう。でも……触っても大丈夫ですか?」
「それはもちろん。こちらはどちらかというと傷薬とかの類で、毒になるものはないですから」

 如月が請け合ってくれたので、雫はかがみこんで花を見て回った。
 本当に美しい花が咲き乱れる様子は、とても嬉しくなり――ふと如月を見ると、花を手折ってなにやらやっている。おそらくは薬を作っているのか。
 ただ、いちいち加工するのに刀を使っている。いくら何でも大きすぎると思えて――。

「はい、これを使いませんか。いくら何でもその太刀ではやりにくそうです」

 渡したのは、雫が護身の為と持たされている小刀。
 だが、雫は武芸は修めていないので、持っていてもほとんど意味がない。

「あ……ありがとうございます。では、お借りします」
「しばらく持っていていいですよ。私が持っていても、あまり意味がありませんから」

 そう言ってから、周囲の花を見回す。
 その時、ふと思って雫はいくつかの花を同じように手折った。
 そしてそれを編み上げていき――。

「はい、これ」
「え。雫姫、これは……」
「花の腕輪。どうですか?」

 いくつかの花を編み合わせたそれは、ちょうど如月の手首に入るくらいの大きさだ。
 如月はしばらく目を白黒させていたが、雫がその手を取って腕輪をつけさせる。
 その時、手首に大きな傷が見えた。
 どこかで見覚えがあるような気がしたが、すぐに思い出せない。
 ただ、その傷がちょうど花の腕輪で隠れるようになったので、これはこれで良かった気がする。

「せっかくこんな場所に来たのだもの。少しは花も堪能しないとね」
「……そう、ですね。確かに」

 すると如月は器用に花を編み上げて、同じく環状にしていく。ただ、その大きさは先の雫のものより大きく――。

「では雫姫、こちらを」

 渡されたのは、花の冠。雫はそれを頭に載せると――。

「似合ってますか? これ、私からは見えませんからね。あなたの感想が全てですよ」
「に、似合ってます。本当に」

 初めて如月が戸惑っているように見えた。その理由が自分だと思うと、少し嬉しくもある。
 考えてみれば、一応形だけ夫婦であるにも関わらず、こういうふれあいはこれまで全くなかったのだ。
 最初の立場を考えれば当然と言えば当然なのだが――今ではそれが不自然にすら思えた。

「ふふ。あなたも戸惑うことがあるのですね。発見です」
「それは、その」
「いいのですよ。夫のそういう違う面を知れるのは、楽しいです」
「雫姫……」

 そして雫は、冠を乗せたまま、如月に向き直った。

「生き残ってください、如月」
「え……」
「こういう形で知り合いましたが、今の私はあなたが蛇妖に殺されてほしくないと思っています。もちろん、その後にこの仮初の契りをどうするかとなると難しいかもですが……でも、死んでほしくはない。それだけは確かです」

 すると、如月は少し驚いたようになってから、しかしはっきりと頷いた。

「はい。私も死にたいと思っているわけではない。ただ、雫姫を守る。そう決めた以上、それだけは必ず果たします。ですが、その貴女が私に生きてほしいと願ってくれるのなら……それも出来る限り、努力いたします」
「努力では駄目です。必ず成し遂げなさい。主命です」
「それは……やるしかないですね」

 思わず二人は、吹き出した。
 仮にも夫婦で主命も何もないのだが、それがとてもおかしく思えたのだ。

 そして――運命の日は近付いていた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第6話 迎撃準備


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「こんな木から薬効のあるものが採れるんですね」
「ええ。ただ、これは妖切り以外はあまり知らないでしょう。妖の幻惑などを防ぐといった効果がありますが、人間でそのような力を使う者はいませんから」
「呪術師とかいると聞きますが?」
「そうですね……ただ、私は残念ながら本当に呪術を使う者に会ったことはありません。使うと自称する者はいましたが……」
 如月はそこで何とも言えない複雑な顔になる。
「今のところは、全て偽物でした。本当の妖を前にすると、何もできずに逃げる。逃げるならまだいいのですが、腰を抜かして動けなくなるものもいて、そうなると厄介です。見捨てるわけにも参りませんし」
「妖切りはそういうところは容赦がないと聞きましたが……」
「そういう妖切りもいます。ですが、私はそうはしたくなかったので。この辺りは、師の影響もあるでしょう」
「お師匠様?」
「はい。もう亡くなりましたが、私の育ての親でもある師です」
「亡くなったのですか」
「はい。もう二年ほど前になります」
 如月はそう言って、少し遠くを見た。
「白状いたしますと、雫姫のところに来たのは、偶然ではございません。一つには――師の残した、最後の仕事をやり遂げるためです」
「最後の仕事?」
「雫姫が蛇妖と呼んでいるあの妖。あれの正体は元は神だとされています。ただ、その在り様が歪み、遥か昔に封じられたそうですが」
「神、だったのですか」
 この国には数多くの神々がいるとされる。八百万《やおよろず》とも呼ばれ、無数の神々がかつては人と共に在ったらしい。
 ただ、人はやがて神への信仰を失い、神は地上を去ったとされているが――。
「そのうちの一つ、蛇神《へびがみ》|夜斗《やと》。それが雫姫を狙っている蛇妖の正体です。そして――これには番《つがい》がいました。名を日斗《にと》といい、本来は二蛇一対の妖です」
「そう、なのですか」
 あんな強大な妖がもう一体いたというのは、驚くほかない。
「この二つの妖はそれぞれ別々に封じられておりました。いつ封じたのかは、今となってはもう分からぬほど昔です。ただ、曲がりなりにも神。封じるのは容易な事ではなかったのでしょう。だから、二つの蛇を同時に、離れた場所で封じたと伝えられます」
「こう言っては何ですが……よくそんな古い記録を知ってますね……」
「師が、そのかつて封じた者の末裔だったそうですから」
 雫は先ほど以上に目を丸くした。
 そんな力の持ち主の末裔の、その弟子が如月という事か。
「ただ、当時の術はもう失われていました。その一方で、この封には欠点があり、どちらか片方が解き放たれるともう片方も同時に放たれるのです」
「え……じゃあ、その日斗《にと》というのがすでに!?」
「そちらはもう終わっております。正しくは、師が命を賭けて滅しました」
 そう言えば今しがた、師は二年前に死んだと言っていた。
 二年前、つまりあの蛇妖――|夜斗《やと》が久遠院家を襲った時期と、符合する。
「じゃあ、もしかして、あなたの師が死んだのは、私の家のせい……?」
 新たに開拓するために、壊してはならない祠を壊した。
 それがあの蛇妖が解き放たれた理由だと聞いている。
 当時反対意見も色々あったらしいが、最終的に両親は開拓を推し進めたのだろう。
 その結果が、あの惨劇である。
「そこは気になさらないでください。永遠の命がないように、永遠の封もまたあり得ません。永遠が許されるのは神々だけ。その神々を無理に封じた以上、いつかは解き放たれる。そして、封じられた神々は荒魂《あらみたま》となり、人々に災いを成す。私たち妖切りは、その被害を少しでも小さくするためにあるのですし」
 これまで無頼漢、あるいは存在それ自体が怪しいと思っていた妖切りが、実際にはこれほどの使命感を持っているとは思いもしなかった。
 本当に、自分の識見の狭さに呆れる。
「ごめんなさい。あなたの事……妖切りの事、本当に信じ切れていなかった」
「仕方ありません。それに、本当の妖切りというのはそう多くありません。偽物も多い。結果、評判を落とすのは仕方のないことです」
「そんなの……」
「でもこうやって、雫姫のように分かってくださる方もいる。私にはそれで十分です」
 その言葉に嘘がないというのが、雫にも伝わってきた。
 彼は本当に、妖を斬って、雫を救いたいと思っているのだ。
「でも……あなたの師ですら、その日斗《にと》を倒す時に命を落としたのでしょう? その、それじゃああなたも」
「大丈夫です……とは言えませんが、私も殺されるつもりで戦うわけではありません。師が残してくれた彼らの能力、それに戦い方、倒し方。それがあるから、むざむざ殺されはしませんよ」
 それはどうやら嘘ではないようで、実際に自信があるように見えた。
「ちなみに……どうやって倒すの?」
「そこはさすがに語らずとさせてください。妖のことを迂闊に話すと、どこで妖が聞いているか分からない、という話がありますから」
「え!? そ、そうなの!?」
 思わず辺りをきょろきょろ見渡すが、森の木々が見えるだけで、あとは鳥の声が聞こえるくらいだ。
「大丈夫だとは思いますが、念のためです……と、森を抜けます。せっかく来たので、これをお見せしたかった」
「え――」
 突然森が開けた。
 そしてそこにあったのは、色とりどりの美しい花畑だ。
「すごい――」
「せっかくこちらまで来たなら、お見せしたくて。いかがでしょうか」
「すごい、です。こんな美しい光景、初めて見ました」
 赤、白、黄色、紫、青。そして葉の緑。
 それらが複雑に絡み合い、美しい色合いを見せている。これほど美しいものは、絵巻などでも見たことはない。
「まあ、少し色気のない話をいたしますと、これらも薬の材料として重宝するものも多いのですが」
「それは当然でしょう。でも……触っても大丈夫ですか?」
「それはもちろん。こちらはどちらかというと傷薬とかの類で、毒になるものはないですから」
 如月が請け合ってくれたので、雫はかがみこんで花を見て回った。
 本当に美しい花が咲き乱れる様子は、とても嬉しくなり――ふと如月を見ると、花を手折ってなにやらやっている。おそらくは薬を作っているのか。
 ただ、いちいち加工するのに刀を使っている。いくら何でも大きすぎると思えて――。
「はい、これを使いませんか。いくら何でもその太刀ではやりにくそうです」
 渡したのは、雫が護身の為と持たされている小刀。
 だが、雫は武芸は修めていないので、持っていてもほとんど意味がない。
「あ……ありがとうございます。では、お借りします」
「しばらく持っていていいですよ。私が持っていても、あまり意味がありませんから」
 そう言ってから、周囲の花を見回す。
 その時、ふと思って雫はいくつかの花を同じように手折った。
 そしてそれを編み上げていき――。
「はい、これ」
「え。雫姫、これは……」
「花の腕輪。どうですか?」
 いくつかの花を編み合わせたそれは、ちょうど如月の手首に入るくらいの大きさだ。
 如月はしばらく目を白黒させていたが、雫がその手を取って腕輪をつけさせる。
 その時、手首に大きな傷が見えた。
 どこかで見覚えがあるような気がしたが、すぐに思い出せない。
 ただ、その傷がちょうど花の腕輪で隠れるようになったので、これはこれで良かった気がする。
「せっかくこんな場所に来たのだもの。少しは花も堪能しないとね」
「……そう、ですね。確かに」
 すると如月は器用に花を編み上げて、同じく環状にしていく。ただ、その大きさは先の雫のものより大きく――。
「では雫姫、こちらを」
 渡されたのは、花の冠。雫はそれを頭に載せると――。
「似合ってますか? これ、私からは見えませんからね。あなたの感想が全てですよ」
「に、似合ってます。本当に」
 初めて如月が戸惑っているように見えた。その理由が自分だと思うと、少し嬉しくもある。
 考えてみれば、一応形だけ夫婦であるにも関わらず、こういうふれあいはこれまで全くなかったのだ。
 最初の立場を考えれば当然と言えば当然なのだが――今ではそれが不自然にすら思えた。
「ふふ。あなたも戸惑うことがあるのですね。発見です」
「それは、その」
「いいのですよ。夫のそういう違う面を知れるのは、楽しいです」
「雫姫……」
 そして雫は、冠を乗せたまま、如月に向き直った。
「生き残ってください、如月」
「え……」
「こういう形で知り合いましたが、今の私はあなたが蛇妖に殺されてほしくないと思っています。もちろん、その後にこの仮初の契りをどうするかとなると難しいかもですが……でも、死んでほしくはない。それだけは確かです」
 すると、如月は少し驚いたようになってから、しかしはっきりと頷いた。
「はい。私も死にたいと思っているわけではない。ただ、雫姫を守る。そう決めた以上、それだけは必ず果たします。ですが、その貴女が私に生きてほしいと願ってくれるのなら……それも出来る限り、努力いたします」
「努力では駄目です。必ず成し遂げなさい。主命です」
「それは……やるしかないですね」
 思わず二人は、吹き出した。
 仮にも夫婦で主命も何もないのだが、それがとてもおかしく思えたのだ。
 そして――運命の日は近付いていた。