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第16話 無理せず五倍訓練? ②

ー/ー



■ ■ ■

部屋に戻った後、プラグは少々、元気を無くしてしまった。
精霊騎士になるとは、つまりそう言う可能性もあるのだ。
そんなのある訳ない、と言えばそれまでだが。『国』に取り込まれたら厄介だ。

「どうしたのプラグ?」
するとアルスが話しかけて来た。
彼女は自分のベッドに腰掛けて、今後の予定と進路希望の紙を眺めていた。
シオウはもう書いてしまったらしく紙は机の上に放置して、ベッドに寝転んでいた。
プラグは何も持たずに、ベッドの足側に座っている。
プラグは振り返ってアルスを見た。
アルスはのんびりと髪を櫛で梳いていた。訓練時は結んでいるので、訓練後、整える姿を良く見る。髪を大切にしているようだ。
「いや……アルスはバウル教授と知り合いって言ったけど、面談はどうだった?」
「私? 私は教授とわりと親しいから、面談と言うか雑談だったわ。やりたい科目はある? って聞かれたから、私も全部って答えておいたわ。ちょっとずつならやれそうだもの」
プラグの話を聞いて、彼女も『折角教師がいるのだから』と思ったのだろう。

そして、アルスがふと顔を上げた。
「そういえば、フィニーは元から入っていたけど……実は、ナージャを推薦したのは、アドニスなのよ」
アルスのとっておきの話題だったようだが、プラグは、そんな気がしていたので頷いた。

「……そんな気はしてた。事前に聞かれたんだ?」
プラグの言葉に、アルスは苦笑ぎみに頷いた。
「ええ。アドニスと、あと私はね。昨日、隊長に声かけられて、こんな感じで五倍鍛練は勉強だけ増えるけど、五倍に入れたい奴はいるかって。貴方達とフィニー以外で一人だけって言われて、ウォレスを推薦したんだけど、彼は予定に入ってる、って聞いて驚いたわ。帝王学ですものね……滅多な人は推薦できないわ。ウォレスを抜いてあと一人、って言われたけど、とりあえず無しで良いって言ったわ。だったら皆で良い、って言いたくなったもの。隊長は隊士になったら一応、皆、教わるって仰っていたけどね」
するとシオウが首を傾げた。
「なあ、それって何やるんだ? テキトーに本、読んどきゃいいんじゃね?」
シオウの言葉にアルスが頷いた。
「そうなのよ。響きは凄いけど、実際はあんまり大した事はないと言うか……心構え、って感じで。説明とか、過去の資料とかの読み込みね。あとは政治とか、軍略とかもちょっとだけ。でも今回は軍略と別になっているから、やっぱり心構えじゃないかしら。シオウはレガンで教わったの?」
するとシオウは起き上がって、ベッドの縁に腰掛けてアルスを見て、首を振った。
「いや。それが全く違う物というか。レガンを出た後一応、ってことで、こっちのも聞いたけど、全然違って大笑いした。レガンの帝王学、基本の三大原則は『邪魔者は殺せ』『臣下の意見には耳を貸すな』『師は必要ない』だからな。真逆すぎて、もうおかしいったらありゃしねぇ。腹がよじれるかと思ったぜ……!」
シオウは思い出したのか、腹と口元を押さえて笑っている。
アルスもつられて笑った。
「それは確かに、笑うかも。本当に真逆じゃない?」
帝王学というのは、国によって違うが、だいたい統治の心構えを説く物で『臣下の意見に耳を傾けろ』とよく言われる。
「そうそう。だからレガン流で行くから必要ないって言った。まあ一応聞いとけって言われたけどな。お前は? 何か辛気臭い顔してるけどさ。嫌だったんだろ」
シオウに言われて、プラグは頷いた。
「そういうの嫌いで」
「あー、だと思った。まあ趣味の一つだと思って聞きゃ良いだろ。寝てても良いし」
プラグの左側でシオウが苦笑する。
右側でアルスも頷いた。
「そうよ。先生達、プラグには、期待してるのよ。どこかのお姫様と結婚してなんか凄い事をしてほしい、みたいな? あわよくば宰相にとか。そんなの無理よね。適当でいいのよ適当で。どうせ一年なんだから、そんなに深くは勉強できないだろうし」
アルスが気軽に言った。
「確かにそうかも」
プラグは頷いた。左右から話しかけられるので、首が忙しい。
「そうそう。ま、てきとーにやって、てきとーに、俺に負けて二番で入れ。お前が一番取ると良いこと無いぞ。代わりに俺が取ってやるからさ」
シオウの言葉に、プラグは何と言えば良いのか分からなかった。感謝すれば良いのか、いや頑張る、と言えばいいのか。反応に困る。

「そもそもお前なんで精霊騎士になりたいんだ。意味分かんねぇんだけど?」
シオウが、プラグが皆に聞いている事を聞いてきた。
「シオウは?」
「それだけどよ。お前しょっちゅう、皆に聞いてるだろ。何でだ?」
「何でって……気になるから?」
「はぁ。つまり答えを探していると。ほんっと、アホッぽいって言うか、遠回りなやつだなー」
シオウが立ち上がって近づいて、プラグの頭をぽんぽんと叩いた。
プラグはまた少し困ってしまった。確かにそうだ。ぽんぽん叩かれながらアルスを見た。
「背が縮むからやめてくれ。――アルスは……? どうして王女なのに精霊騎士になりたいんだ?」
するとアルスが笑った。
「格好いいし、憧れだもの。後はそうね――楽しそうじゃない? お城から走ってる隊士達とか、候補生達とかちょっと見えるのよね。任務は大変だろうけど……あとは」

アルスは少しうつむいて、顔を上げた。
「私らしいかな、って思ったのよね。なんとなく」
その後「まあ、そもそも、なれるか分からないんだけど」と言って笑った。

「でも、なれなくても、後悔しないわ。楽しかったもの。ってまだ四ヶ月なのよねぇ。もうずっと一緒にいたみたい。部屋が一緒だからかしら」
するとシオウが快活に笑った。
「それな。たまに俺も、あれ、もう十年くらい経ったか? って思う。隊士になってもこんな感じなら、まあ、いいんじゃねぇ? 青春って事で」
「青春……」
プラグは思い出してみた。生まれてこの方、青春という時代はあったか、何をしていたかと……。
それがさっぱり思い出せなかった。幼いと言われるときは、うつらうつら、寝ている間に、一瞬で終わった気がする。ずっと寝ていたかもしれない。
それは人間で言えば赤ん坊、くらいだろうから、……その後、精霊達と共にラ=サミルに色々教わっていた頃がプラグの青春なのかもしれない。あんなきつい青春はいやだ、と思いかけて思い直す。それこそが青春なのだろうと……。
あちらの青春に比べれば、今の所、まだ余裕がある。少なくとも、毎日睡眠が取れるのだ。たまに宿題が終わらず、徹夜になりかけるが、その程度だ。

そう言えば、似たような時期は他にもあり……プラグは青春とは『学ぶ事』では無いか、という真理? を見つけた。
となると今は三度目の青春。さすがに青春が多い気がして、プラグは口を開いた。

「え。でも、隊士になりたいです。って言って、理由聞かれて『青春がしたかったら』ってさすがにそれはちょっと……駄目じゃないか?」
真面目に目指している人間もいるのだ。アルスもきっと王女らしい何かを持っていると思うし。シオウだって、そこそこ真面目に目指しているはずだ。

するとシオウが「有りだと思うけどな」と言った後。少し考えてくれた。
「じゃあお前もう『この国が好きだから』って適当に言っとけ。通りがいいし」
シオウの言葉に、アルスは首を振った。
「私は正直に、決まってませんけど、頑張りたいです、で良いと思うわ。でもプラグ、何か理由があるんでしょう? だったら少し笑って『それは内緒です』って言えば皆、コロッと騙されるわよ。一度やってみたら?」
それはいいかも、とプラグは思った。
「そうだな、やってみるか……」
「採用ね。あ、そうだ。悩むくらいなら、先生に相談に行けば? バウル先生、そういうのしっかり聞いてくれるわよ。今からでも」
するとシオウが眉を顰めた。
「もう夜だぞ。年寄りだし寝てるだろ」
「そうかしら? お風呂前だし――まあそうね。明日とか。食堂で、ご相談がありますって言えば? でも本当に、皆と一緒なの? 凄いというか、まあ、変わった方よね……」
アルスが言っているのは宿舎の事だ。普通やらない。

アルスは笑って、ベッドの縁で、少し身を乗り出して続けた。大きな瞳が綺羅綺羅していて、楽しげだ。
「――皆がね、プラグはどうして精霊騎士になりたいんだろう、って気にしていたわ。この前、うっかり殴っちゃった後、反省しながら。きっと壮大でなんかすごい理由に違い無いって。これでただの『青春がしたかったから』だったらきっと、大爆笑よ。一回言ってみたら?」
「んー……機会があれば……」
「すぱっと言っちまえばいいのに。すぱっと。教えろー」
シオウがプラグを揺らしながら言った。
どうやら二人はプラグをからかって遊んでいるらしい。
アルスもついにプラグのベッドに乗ってきて、頭を撫でたり、頰を引っ張ったりしてきた。
「このこのー。秘密ばっかりなんだから。さっきちょっと冷やっとしたわ。嘘つきなんだから」
「ああ、アメルの」
アルスが言ったのはアドニスに聞かれた時のことだ。
「あれって嘘でしょう? アメルちゃんはもういないもの……」
「うん、確かに」
プラグは一旦、曖昧な同意で流したが、もう少し話そうと思って口を開く――前に、シオウが睨みながら顔を近づけた。
「実際どうなんだ? たぶん凄ぇ理由だろうって思ってるけどさ?」

「……そうだな。凄く壮大で、凄く格好いい理由かもしれない」
プラグは苦笑した。『この世界の滅亡を止めるため』とは中々壮大だ。

するとアルスが、プラグの右頰を軽くつまんで引っ張った。
「それって、もしかして、隊長は知ってるの? なんかー、仲良しよね? ちょっと羨ましいわ。えい」
「イタイ。知ってるというか、知ってるけど」
「なんだそうなのか。ふうん。お、伸びる」
シオウがプラグの左頰を引っ張った。少々、気に入らない様子だ。左右から引っ張られ、さすがにプラグは二人を止めた。

「あ。そだ。お前、アルスもだけど。もし精霊騎士になれなかったら、レガンに来いよ。そしたら家来か、領土騎士として雇ってやる。んで、テキトーに、部族まとめて、レガン復活、その後プラグは目的に向かって邁進。アルスは自由を満喫。でいいんじゃね。もうこれ第二希望にしとけよ。第二希望、レガンで領土騎士、第三希望はシオウ様の家臣になるって」
シオウの案は、とても良いものに思えた。
「じゃあそうしようかな。うん、そうする。よろしくな」
プラグは決めて微笑んだ。レガンで領土騎士として暮らす。
実現可能な明るい未来に、少し元気が出た。
「えっ、プラグ、いいのそれで?」
「うん、そうする。アルスはどうする?」
「え、えー……そうね……どうしようかしら……」
アルスは口をへの字に曲げ、しばらく考えた。唸って唸って。

「分かったわ! 私もレガンに行く! でも、一年か二年が精一杯よ」
と言った。
まさかアルスが行くとは思わなくて、プラグは驚いた。
シオウは「おおおっ」と声を上げた。
「よっし、決まりだな! ――二年もありゃ十分だ――いやぁ、家来ができて嬉しいぜ。よしでは二人とも、紙に書け。気が変わらんうちに、ささっと、ほら」
シオウが紙と万年筆を持ってきた。
「――そうね、もう書いちゃいましょう。どうせ第一希望しか通らないんだし。いいわ。第二希望、王女、第三希望、聖女じゃつまらないもの。もう、暗い人生はうんざりよ。私はいっぱい遊びたいの。第三希望は? エスタード領?」
プラグは頷いた。
「うん。それで。そこの領主とは、少し知り合いというか縁があるというか……駄目だったら来ていいよって言われてる」
「まあそうなの? それなら安心ね。じゃあ、第一希望――精霊騎士、第二希望――領土騎士(レガン)、第三希望は領土騎士(エスタード)と……」
アルスはさらりと書いてしまった。
プラグも同じ内容を書いた。これで一緒にいられるだろう。
まあプラグは精霊騎士になりたいのだが……もう皆でレガンでも良い気がしてきた。むしろシオウが一緒なら、その方が動きやすいかもしれない。

(そう言えば……)
プラグが、精霊騎士になりたい。そう思ったのは、大広間に入ってきたリズを見た時だった気がする。颯爽としていて、格好いいなと思ったのだ。あと制服のデザインが良かった。
それまでは勧められたから、目的に適うし、じゃあそうしようという感じだったのだ。

(なんて微妙な理由だ……)

(これくらいなら言ってもいいかな?)

「……実は……」
プラグは正直に、制服が良かったらなりたいと思ったと言ってみた。

「リズが格好良く着こなしてて、ああいいな、って思った気がする。だってハイヒール。騎士団なのに。だから楽しそうかな、って思ったんだ」
するとアルスは笑って『あなたらしい』と言った。

■ ■ ■

「つかさ。お前さ。忘れてるけど、論文あるんだぞ? そんな、進路とか、理由とか言ってる場合じゃなくね?」
シオウの言葉に、プラグは我に返った。
「――そうだった」
「あ。これだな。分かった。お前、あれだ。悩んだときは目の前の問題、思い出せ。そしたらやる気が出るんだな、なんだそんな事か」
シオウは言って、自分のベッドに戻って布団に入った。
「心配して損した。……俺が心配。変な事もあるもんだ……寝る。灯り消せよ」

「ああそうだな。ル・レーナ」
プラグは灯りを消したが、アルスが「ちょっといきなり消さないで!」と言った。その後何か派手に落とす音が聞こえた。紙と、万年筆、他にも何か落ちたらしい。
「ああ、ごめん何が落ちた? ――あっ!?」
プラグも紙を飛ばしてしまった。落ちた場所は分かる。慌ててベッドから降りた。
「えっと紙と――本、どこかしら? そっちに転がったわよ、灯りを――ル」
「うわっ」
拾おうとしていたプラグは、アルスのどこかに派手につまずいてしまった。数歩つんのめって、思いっきり転んでアルスのベッドに手を突こうとして、見事に失敗して転んだ。そしてベッドの縁で頭を強打した。ぐぎゃ、と言う悲鳴が下から聞こえた。
プラグは悶絶し、強くぶつけた頭を押さえた。
「いった……ぶった……!」
「おっ、ちょこちょいなんだから……! 重いッ」
「重い?」
手を動かすと、なんと手の下にアルスの顔らしき物があった。どうなっているのだろう。
「えっ、大丈夫……? ル・フィーラ」
プラグは灯りを点けた。
するとプラグはアルスの鳩尾に、見事に膝を乗せていた。アルスは仰向けになって、ベッドに並行に転んでいるので、頭を押さえつけて乗っかり、全体重をかける格好だ。
「ああっごめん!?」
プラグはアルスから退いた。
「あなた私に恨みでもあるの……?」
「ごめんっ大丈夫!?」
プラグは大慌ててアルスを起こして無事を確認する。押さえつけてしまった顔も大丈夫か確認して、髪と寝間着も整えた。
そう言えばむぎゅという体が潰れる感触があった。
プラグはアルスの頭を撫でて、痛み取りのおまじないをした。
「ああッ、痛かったよな!? よしよし、ごめんな、ラノ・レイナス・アール、大丈夫か?」
アルスの肩を両手で支えて、手を突いてしまった顔を確認する。一体どう言う倒れ方をしたら仰向けになるのだろう。

するとアルスから、変な声が上がった。
ふぇ、とか、はぇ、とか。そんな感じの声だった。
どこか痛いのか、吐きそうなのかと思ってぎょっとする。
「大丈夫、吐く……!?」
プラグは背をさすろうとしたが、アルスが固まった。
すみれ色の瞳から、涙がせり上がり――、一瞬で決壊した。

「ふぁ、ぁあああああ――」
プラグはぎょっとした。そして青ざめた。
泣かせてしまった。
アルスは大粒の涙をこぼして、結構大きな声を上げて泣いている。
「えッ!? ご、ごめんっ本当にごめん!! あああ…………」
「――おい、何やってんだ……!?」
シオウの声にプラグは振り返った。シオウは起き上がっていて、こちらを見て焦っている。
「ぎゅってふんじゃって……!」
「そんなの分かる! とにかく宥めろ、大丈夫か、王女」
「ごめん、大丈夫? しっかり、よしよし」
抱きしめて頭を撫でたが、しかしアルスは更に泣いた。
わぁーーと泣きじゃくっている。

「や、やばい、火が付いた! んなアホな!?」
シオウが言った。
「火!? 何だそれ!?」
「うわ馬鹿か! 早く泣き止ませろ」
「アルス、しっかり、傷は浅いぞ!」
「それじゃない、ああもう、――落ち着け、泣くかこいつが!?」
「ごめん、踏んじゃって、もう踏まないから……! 痛かったんだよな……!」
シオウも側に近づいて、膝をついて「どうすりゃいいんだ!? 痛くない、痛くないぞ!」と言った。

すると――扉がノックされた。それも何回も。
「ヤベ!」
シオウが慌てて走り、扉を開けた。

「どうした、泣き声が聞こえたけど」
隣室のマシルだった。
「いや、なんでもない……! プラグの馬鹿が、アルスを蹴飛ばして」
「言い方!」
プラグは思わず突っ込んだ。
「蹴飛ばした!? ハァ、喧嘩?」
「いや、事故、たぶん、体を思いっきり踏んづけて……アイツ、どうやったら泣き止むんだ?」
「エッなんでそうなったんだよ……ええ……アプリアさん呼ぶ?」
「いや、もうちょっと落ち着かせよう……つか、アルスがまさか泣くか?」
シオウが言った。プラグはその間も宥めているが、アルスは泣き止まない。
「どれだけ強く踏んだんだよ……ひでぇ、入って良いか?」
「ああ、もう何でも、泣き止ませてくれ……」
シオウがげんなりと言った。

マシルはアルスの前に膝を突いた。
「――アルスちゃん大丈夫? どうしたの?」
「……ッわかんないわ!」
「いや踏まれたから、痛かったんだろう?」
マシルが言った。プラグはどうして良いか分からず、あちこち見るばかりだ。
「そう、かも……ぎゅうって踏まれた……」
アルスが頷いた。
「それだ、そうだそれだ。プラグ、とりあえずハンカチかなんか」
「あ、うん……えっと、えっと……あった」
プラグはベッド下の籠からタオルを取り出して渡した。

「ごめんアルス……」
「いえ、いいわ……ちょっと、びっくりしたの……踏まれたの初めてで」
アルスはタオルで涙を拭った。
「そりゃそうだろうよ……床で寝てたのか?」
マシルが言った。
「……ちがうわ、一緒に転んだの。馬鹿みたいよね」
――と言ってアルスが少し笑った。涙は収まったらしい。顔が真っ赤だ。

プラグはほっとして、マシルに礼を言った。
「ありがとう、良かった……助かった……」
「いや、まあな、俺、妹がいるから」
マシルの言葉に、プラグはそう言えば自分も妹がいた、と思って衝撃を受けた。
アメルは恐がりだが滅多に泣かない。感動する事はあっても……。
余程の事がない限り……。
――プラグはまた青ざめた。
「ごめん、アルス……」
「いいわ、そんな深刻にならないで……、ちょっと、顔を洗ってくるわ……頭、冷やしてくる……」
アルスはふらりと立ち上がって、部屋を出てしまった。

■ ■ ■

部屋を出たアルスは、ふらふらと階段を下りて一階に来た。

凄く痛かった。あの踏み方は普通に酷い。
一体どう倒れたらああなるのか。顔には平手打ちの勢いで手を突かれて、鼻がもげるかと思った。
でも、その後、よしよしされて、なぜか嵐のような感情がわき上がって、泣いてしまった。

そして、ちょっと昔の悪いアルスが顔を出した――。
『わたし、おうじょなのよ』という高飛車なアルスだ。
プラグに対して癇癪を起こしそうになって……。
恥ずかしくてアルスはまた真っ赤になった。

(嘘でしょ、あんな嫌な私とは、決別したはずなのに!)
四歳、五歳くらいまで、アルスは手の付けられない乱暴者だった。
カタリベの劇を見たとき、あれは稀な例外だ。劇のショックで大人しくなっていたのだ。
……まだ子供だったのだ。仕方無いとは言え、恥ずかし過ぎて思い出したくない。

(ああもう、何てこと……!)
アルスは嘆いた。母の死をきっかけに、アルスは今までの我が儘ぶりを後悔し、変わろうと決意した。
母には甘え過ぎていて、我が儘しか言わなかった。
あれがほしいこれがほしい。これはいや、あれはいや。母は本当にもの静かで、優しくて、何も言わない人だったので、アルスは自分の意見をはっきり言う事は良い事だと思っていたけれど。周りは迷惑していただろう。
――もしかしたら、父がカタリベの劇を見せたのは荒療治だったのかもしれない。
かなり効果はあったと思う。少し大人しくなったのだから。
その後しばらくして、セラ国に行って……やはりアルスは我が儘だった。
あれがしたいこれがしたい。あれはいやだこれは嫌い。ドレスのリボンが気に入らないから、鋏で切って付け直させたり、礼拝で見た女性のブローチが欲しいと言って侍女を困らせたり。ブローチは実際に手に入ってしまって、母が青ざめて返したり。かと思えば遊びたいと言って部屋を飛び出して、木登りや虫取りをしていた。
今では年相応だったと思うのだが。それにしても恥ずかしい。

母の死を目の当たりにして、アルスは後悔した。
アルスが我が儘を言って困らせた侍女達も……皆、死んでしまったのだ。

我が儘と言っても……本当に可愛い物だったけれど……今のアルスとしては納得がいかない。
セラ国にはアルスの楽しい思い出、恥ずかしい思い出、悲しい思い出を全部置いて来て、心機一転、いい王女になったのだ。
アルスには優しいところもあって、そこは上手く伸ばしつつ、ひたすら頑張って、良い感じに成長できたと思っていた。勉強はできるし、優しいし。評判も上々。まさに完璧。国の誇り。アルスも自分に自信を持っていた。どこへ出ても、どこへ嫁いでも恥ずかしくない王女だと。

(でもまさか、何も悪くないプラグに我が儘をぶつけそうになるなんて……)
アラークの一件は、アルスにとっても衝撃だった。
もしかしたらプラグが標的になるかも、くらいに思っていたのだが、本当にそうなるとは……。プラグとは仲良しだと思う。よく話すし、一緒にいて一番楽しい。まだ女子とあまり親しくないから、と言うのもある。プラグはよく分からないが『アメル』とは親友になりたい。仲良くしたい。プラグはアメルと言う事実はさておき……アルスは『自分だけはあの子に優しくしよう』と思っていたのに、我が儘アルスが邪魔をした。プラグに対して、ああしてほしい、こうしてほしいと言い出したのだ。このままでは不味い。

アルスは困ったあげく、『先生』の部屋を尋ねた。

「先生~……!」
「おや!? どうしました」
「ちょっと話を聞いて下さい~!」
『バウル先生』はすぐ察してくれた。
バウル先生は出国前もいて、穏やかな『じいじ』にアルスは良く懐いていた。彼は王族、つまり親戚だし、アルスは祖父母の思い出が無いので、本当の祖父のように思っていた。
そのせいもあってか、この国に戻ってからは嫌な事があるといつも泣きついていたのだ。
バウルはアルスの目茶苦茶な希望を笑わず、こうしたらできる、ああしたらできる、先生を呼びましょう、と言ってくれた。セラ国でレイピアとサーベルを続けられたのもバウルの計らいだ。父は女の子だからもう少し控えろ――程々でいい、もう止めろ、と言っていたのだ。
その度にバウルが『まあまあ、女の子ですから、もう少ししたら飽きますよ』『あちらの道を走ってはどうでしょうか? 私もついていますし』などと言って宥めてくれたのだ。
本当に大好きだ。

バウルは笑って部屋に入れてくれた。
「どうぞ、どうぞ。いや懐かしい。お入りなさい。変わっていませんな」
「すみません……もうこれっきりにします……」
これっきり、を言うのは五回目くらいだと思う。
「ははは、どうぞ、座って、今度は何がありましたか」

――アルスは椅子に腰掛けて、事の顛末を説明した。
シオウ、プラグ、アルスで楽しく進路相談していたら、灯りを早く消しすぎて、プラグがアルスに躓いて(と言うか踏まれた)滑って、うっかり転んで、思いっきりアルスを膝で踏んづけて、顔には平手打ちかという強さで手を突かれて、鼻がもげそうになり、鳩尾には見事な膝蹴りが入った。
そんな事をしておきながら、プラグは痛み取りのおまじないをした。
それに腹が立ったのか、思いっきり泣いてしまった。痛かったのもある。

「よしよし、ってそんな……なんかもう、どうしたらいいの? 一応王女相手に、あんな変な子だとは思わなかったわ……もう! 私も何で、仰向けになったのかしら……! ベッドの下の物を取ったんだけど、手が届かなかったのよ」

万年筆はプラグのベッドの、真ん中より奥にあった。上品な取り方では届かない。その為、アルスは思い切って、仰向けに寝転んで手を伸ばしたのだ。まさかプラグが躓くとは思わずに。うつ伏せならまだましだった。うつ伏せにならなかった理由は体勢で、あの体勢からだと、仰向けの方が楽だったのだ。実はアルスにはずぼらな一面がある。これも良くないアルスだった。焦らず声をかけ、灯りを点けてシオウに拾って貰えば良かった気がする。プラグが転ばなければだが。
その後は驚いて、大泣きしてしまうし、恥ずかしいやら悔しいやらだ。アルスは自分でも自分の事を優しいと思うのだが……若干気の強いところがある。お姉さん気質というか。長女気質というか?
すると思いっきり笑われた。

「はははは! いや、面白い。そんな事があるのですね……! レガンで一緒に、領土騎士! 王女に躓いて膝蹴り! いったいどうしてそんな事に」
「笑ってないで、何か解決策を出して下さい……そのまま出て来てしまって、気まずいんです……」
アルスは言いながら、溜息を吐いた。
バウルはしばらく考え口を開いた。
「そうですなぁ……、まあ、『ごめんね、痛くてびっくりしたの』と言って『中々いい一撃だったわよ、いえ、二撃かしら』とでも言っておけば大丈夫でしょう」
「それはちょっと……まあ、素直に謝るしかないわね……」
アルスは肩を落とした。

「しかし、仲良しなのですね」
バウルの言葉にアルスは微笑んだ。
「そうよ。とっても仲良しなの。シオウは面白いし、プラグも面白いし。一緒にいて楽しいの」
「ほう。二人とも面白いのですね」
「ええ、凄く面白いわ」
「――どちらかが好きとか?」
「もう、そんな訳無いわ! 流石に無いわよ」
アルスは苦笑した。

「シオウは人間に興味がないし、プラグはいずれ精霊と結婚するんだから!」

アルスの言葉に、バウルは吹き出した。
「ふっ、ぶふっ、ははは! そうなのですか……?」
「ええそうよ。シオウって、きっとあんまり人間に興味がない人なのよ。だいたい、ぼーっとしてるんだけど。誰かを好きになるなんて想像できない。あんなカラッからに涸れた男の子もきっと珍しいわ。優しいんだけどね。下々の者に優しくしてやろう、みたいな? きっと王様気質なのよ。プラグの事は気に入ってるみたいだから、何かと目をかけてるけど、たぶん将来の家臣としてね。側近かしら……?」
「……ほう、プラグさんは?」
「プラグはね。精霊達ととっても仲がいいの。だからそのうち、精霊の誰かと結婚すると思うの。そうしたら、美男美女みたいなお似合い夫婦ができると思うの。プラグって、本当に、たまに、この子、精霊なのかしら? って思う程、純粋で清らかなのよ。ちょっと気弱でか弱くて、打たれ弱いとこもあるから、人間の女の子よりも、優しい精霊が合っているんじゃないかしら? 森で精霊とデートなんて素敵よね」
アルスはうっとりと言った。これはずっと誰かに言いたかったのだが、話す相手がいなかったのだ。どの精霊がプラグに合うか、今考えているところで、第一候補はラ=ヴィアだが、ナダ=エルタやニア=エルタも良いかもしれない。

バウルが更に笑い、口を押さえて、腹を抱えた。
「ははは、ひひ、はー! ……そ、そうですか、なるほどー」
「ああすっきりした。ねえ先生、私、ここに来てから、百回はどっちが好きなの? って聞かれたわ。もううんざり。お父様にも言っておいて。プラグは精霊が大好き、たぶんプラグを好きな精霊もいっぱいいる、シオウは女性に興味がない。あ、だからって、男の子が好きって事も無いはずよ……さすがにね」
アルスは苦笑した。
父――国王はアルスを心配して、兄の視察にこっそりついて来ていた。大人しくしていたが、歩き方に癖があるので、あと護衛が付いていたので、明らかにあれだと分かってしまった。

「ええ、そうですね、楽しそうで何よりです。しかし、泣いてしまうとは珍しい」
「そうなのよ……久々に泣いたわ……涙腺決壊、ってやつ? たぶんね、プラグに踏まれたからだと思うの」
アルスの言葉に、バウルがまた吹き出した。
「そう、ですな!」
「でしょう? 私プラグの事は、正直、体重が無い物だと思ってたのよ。現実感が無いって言うか。おとぎ話の主人公みたいな? 精霊の血が入ってるのかもしれないって。シオウもそんな感じあるんだけどね、プラグはもっと凄いの。色々と内緒なんだけどね。何だか、きっと何でもできるんだろうな、って思っていたから。体重があった事に驚いたの。え、ちゃんと男の子だったの? って。本当は女の子じゃ無いかって本気で疑ってたもの……、あ、着替えは覗いてないわよ?」

アルスはバウルに続けた。
「……みんながプラグに厳しくて、こうしろああしろって言うけど、プラグはそういうの嫌だと思うのよ。のんびりゆったり、自由気ままにあちこち行きたい人なのよ。だからあんまり、苛めちゃ駄目よ? 今日だって、なんか結構、落ち込んでたもの……」
そこでアルスは、少しうつむいた。
アルスはプラグと同室で、気になる事が一つある。

「たまにね、うなされてるのよ。孤児だって言うし……色々大変なんだと思うわ。でも、たまにふっと期待に応えてくれることがあるから、私達は、こっそり励ましながら、のんびりゆったり、待てば良いのよ。あ、あと! これは言いたいわ」

アルスは拳を握った。これは絶対に言わなくてはならない。
「プラグって、人見知りするところがあるから。いかにも権威です、みたいな感じで接すると、心を開いてくれないわ。もっとざっくばらんに、リズ隊長みたいな感じで、一緒になって遊んで、転げ回るくらいが丁度良いの。隊長は凄い人よ。あんな凄い人見たこと無い。色々な意味でね。そういうことだから、バウル先生も、もっと気楽にプラグとお話ししてあげて。ちょっと見てて、プラグが可愛そうだもの。だって五倍に論文よ? この前何もしてないのに殴られてたし! 意味分からない! 飛び抜けて強いし、えっ、ってくらい、頭の良い子だけど、中身は精霊みたいに清らかで純粋、これ宿題に出ます!」

言いたい事は言ったので、アルスは立ち上がった。
「じゃあそう言う訳で……失礼しました……あー、何しに来たんだか……こんな時間に、お邪魔しました……でも、きっと、先生とプラグ、仲良くなれると思います。警戒心が強い猫だと思って、気長にね。あ。レモンちゃんって呼ばれるくらいが丁度良いのかも。隊長ってセンス良いわ……プラグの事、よろしくお願いします。仲良くなれば、最高に面白くて、とってもいい子なんですよ」
頭を下げるアルスに、バウルは笑って頷いた。
「ええ、そうしましょう。また気楽にお話ししてみます」

バウルの言葉に、アルスは微笑んで部屋を出た。

■ ■ ■

「ハァ!? あり得ない! こんな薄いカーテン一枚! もっとちゃんとしてると思ってた! お前等馬鹿か!? 相手は王女! しかもお年頃! 超絶な美少女! スタイル抜群! ありえねー!! ちょっと反省しろ! どんだけ気遣わせてんだよ! そりゃちょっとの事でも泣くわ! うっわ、この国マジかよ! 王女だぞ!? 中に個室があると思ってた!!」

アルスが出て行った後、プラグとシオウはマシルに正座をさせられ、説教をされていた。

「俺、妹いるけどさ! 妹がこんな扱いされたらぶち切れるわ! は!? 男と同室!? 本人の希望だとしても、鍵無し!? ありえねー! どうぞ食べてって言ってる!? ありえねー! イジメかよ! 明日、隊長に言って何とかしてもらえ! つか部屋移ってもらえよ。この国の大事な第一王女様だぞ!? ハァ!? 何かあったらどうすんだよ! お前等、これ、俺達も同罪で全員死刑だぞ!」

ちなみに、部屋には数名の男子がいる。
他にもなんだなんだと、男子達が入り口に集まって覗いている。

部屋に入った男子達は青いカーテンをめくり。
「うわ……うっそ。こんなんだったのか……薄い……」
「え……お前等正気か? ちゃんとついてる?」
「確かにこれは酷い……」
「俺が女なら一日で心折れるってこれは」
「それな。王女様の精神力ヤベェ、マジ惚れそうだわ」
等と言い合っている。

シオウとプラグは、ひたすら反省するしか無い。
「あー、この部屋には、一応、結構、厳しい決まりがあってだな……」
とシオウが言ったが、ぶーぶーと言われただけだった。
マシルが溜息を吐く。
「とにかく、何か起こる前で良かった……やれやれ、ここって本当目茶苦茶だな、そう言えば、あの噂。お前等が本当は騎士で、王女の護衛だっていうの本当か?」
「え?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも目を丸くした。
マシルが頭を押さえた。
「あー、そうだよな……うん。てことは、王女がどっちかと付き合ってるってのは?」
「は?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも瞬きをした。
マシルはうろんな目をした。
「あー。じゃあどっちかが王女の許嫁とか、婚約者だって言うのは? 片方はその家臣だって言うのは?」
「はぁ?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも呆気にとられた。

「うっわ、まじか」「えええ……そんなことある!?」「意識すらしてないのかよ」
「まじで? 何も無し?」「こいつらおかしい……」「強さと引き替えに男を捨てたのか?」
「いや性別すら超越した何かなのか!?」「やっぱりそうか」「つか精霊かよ!?」

マシルは深い溜息を吐いた。
「お前等は男の風上にも置けねぇ……! ったく。今日から、アルスにはアプリアさんの部屋かどっか女子部屋で寝てもらえ……! 仲良いのは分かるけどさ! 節度を持て!」

「マシル、良い奴!」「よく言った!」
「おめー見直した!」「俺もずっとそう思ってた!」
「マシル!」「マシル!」「最高!」「マシル!」
男子達が手を叩き囃し立てる。

ちょうどそこにアルスが戻って来た。

「ただいま、どうしたの集まって……?」
マシルはアルスに声を掛けた。
「あ! ちょっとさー、この部屋、初めて見たけど、こりゃ無いわ! お前、一応王女様なんだからさ、せめて部屋区切って鍵、つけるとかさ、部屋を移るとかしろよ。ちゃんとしないと国王陛下が泣くって。何かあってからじゃ遅いんだぞ! 今日みたいに、コイツがうっかり転んでキスでもしたら全員絞首刑になるって」
マシルはプラグを親指で指さした。

「あー、その話ね。でももう慣れちゃったわ。カーテン無しでも良いくらいよ」
アルスは自分のベッドに腰掛けた。

「やべ……王女やべ」「アルスって地味にすげーよな……」
「どんな神経してるんだ……」「鋼鉄でできてるのか……?」

プラグはさすがに、これは駄目だったと思って口を開いた。
「アルス、今までゴメン……君が良いって言うから、何も考えていなかった……」
周囲の男達はまじか、と呟いている。

「リズに頼んで、闇の精霊結晶でカーテンの向こうを隠して貰うとか、壁を作ってもらうか考える。無理そうだったら悪いけど部屋を移ってくれないか?」
「え。うーん……折角慣れて来たのに……勿体ないわ……どうしようかしら……前もその話あったじゃない? その時はプラグが一年、経験だと思ってやってみよう、って言ってくれたのよね」
プラグは頷いた。確かに言った。
アルスが微笑んだ。
「あれ結構嬉しかったのよね。だから我が儘だと思って聞いてくれる? あ、でも、確かに仕切りができたら便利かも。でも部屋が狭くなるから区切りは無しで、プレートで何とか出来ないか聞いてみて。プラグはできると思うの?」
「たぶん。できると思う」
プラグは頷いた。
「じゃあそれでいいじゃないの。解決ね。泣いて疲れたから寝るわ。思いっきり踏まれてすごく痛かったのよ。皆、おやすみ、心配してくれてありがとね」
アルスはあくびをしながら手を振って、カーテンを閉めた。

「灯り消すわよー、退出命令。さーん、にー、いち」
と言う声が聞こえ、男子達が慌てて外に出た。

「アルスは凄い……」
「プラグも寝て。あ、教授にもっと優しくして、って頼んでおいたから。気軽にレモンちゃんって呼んでみて」
プラグは首を傾げたが、知り合いだと言っていたし、気安いのだろうか――?
「わかった、また話してみる……とりあえず寝る……」
プラグは布団に入った。シオウは素直に布団の中だ。

正直、二人ともアルスには逆らえないので心配は無用なのだ。
(これは一緒に過ごさないと分からないか……)

「おやすみなさい。ル・レーナ」
アルスの一声で、あっさりと灯りが消えた。

〈おわり〉


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次のエピソードへ進む 第17話 模擬戦(旗取り)① -1/2-


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■ ■ ■
部屋に戻った後、プラグは少々、元気を無くしてしまった。
精霊騎士になるとは、つまりそう言う可能性もあるのだ。
そんなのある訳ない、と言えばそれまでだが。『国』に取り込まれたら厄介だ。
「どうしたのプラグ?」
するとアルスが話しかけて来た。
彼女は自分のベッドに腰掛けて、今後の予定と進路希望の紙を眺めていた。
シオウはもう書いてしまったらしく紙は机の上に放置して、ベッドに寝転んでいた。
プラグは何も持たずに、ベッドの足側に座っている。
プラグは振り返ってアルスを見た。
アルスはのんびりと髪を櫛で梳いていた。訓練時は結んでいるので、訓練後、整える姿を良く見る。髪を大切にしているようだ。
「いや……アルスはバウル教授と知り合いって言ったけど、面談はどうだった?」
「私? 私は教授とわりと親しいから、面談と言うか雑談だったわ。やりたい科目はある? って聞かれたから、私も全部って答えておいたわ。ちょっとずつならやれそうだもの」
プラグの話を聞いて、彼女も『折角教師がいるのだから』と思ったのだろう。
そして、アルスがふと顔を上げた。
「そういえば、フィニーは元から入っていたけど……実は、ナージャを推薦したのは、アドニスなのよ」
アルスのとっておきの話題だったようだが、プラグは、そんな気がしていたので頷いた。
「……そんな気はしてた。事前に聞かれたんだ?」
プラグの言葉に、アルスは苦笑ぎみに頷いた。
「ええ。アドニスと、あと私はね。昨日、隊長に声かけられて、こんな感じで五倍鍛練は勉強だけ増えるけど、五倍に入れたい奴はいるかって。貴方達とフィニー以外で一人だけって言われて、ウォレスを推薦したんだけど、彼は予定に入ってる、って聞いて驚いたわ。帝王学ですものね……滅多な人は推薦できないわ。ウォレスを抜いてあと一人、って言われたけど、とりあえず無しで良いって言ったわ。だったら皆で良い、って言いたくなったもの。隊長は隊士になったら一応、皆、教わるって仰っていたけどね」
するとシオウが首を傾げた。
「なあ、それって何やるんだ? テキトーに本、読んどきゃいいんじゃね?」
シオウの言葉にアルスが頷いた。
「そうなのよ。響きは凄いけど、実際はあんまり大した事はないと言うか……心構え、って感じで。説明とか、過去の資料とかの読み込みね。あとは政治とか、軍略とかもちょっとだけ。でも今回は軍略と別になっているから、やっぱり心構えじゃないかしら。シオウはレガンで教わったの?」
するとシオウは起き上がって、ベッドの縁に腰掛けてアルスを見て、首を振った。
「いや。それが全く違う物というか。レガンを出た後一応、ってことで、こっちのも聞いたけど、全然違って大笑いした。レガンの帝王学、基本の三大原則は『邪魔者は殺せ』『臣下の意見には耳を貸すな』『師は必要ない』だからな。真逆すぎて、もうおかしいったらありゃしねぇ。腹がよじれるかと思ったぜ……!」
シオウは思い出したのか、腹と口元を押さえて笑っている。
アルスもつられて笑った。
「それは確かに、笑うかも。本当に真逆じゃない?」
帝王学というのは、国によって違うが、だいたい統治の心構えを説く物で『臣下の意見に耳を傾けろ』とよく言われる。
「そうそう。だからレガン流で行くから必要ないって言った。まあ一応聞いとけって言われたけどな。お前は? 何か辛気臭い顔してるけどさ。嫌だったんだろ」
シオウに言われて、プラグは頷いた。
「そういうの嫌いで」
「あー、だと思った。まあ趣味の一つだと思って聞きゃ良いだろ。寝てても良いし」
プラグの左側でシオウが苦笑する。
右側でアルスも頷いた。
「そうよ。先生達、プラグには、期待してるのよ。どこかのお姫様と結婚してなんか凄い事をしてほしい、みたいな? あわよくば宰相にとか。そんなの無理よね。適当でいいのよ適当で。どうせ一年なんだから、そんなに深くは勉強できないだろうし」
アルスが気軽に言った。
「確かにそうかも」
プラグは頷いた。左右から話しかけられるので、首が忙しい。
「そうそう。ま、てきとーにやって、てきとーに、俺に負けて二番で入れ。お前が一番取ると良いこと無いぞ。代わりに俺が取ってやるからさ」
シオウの言葉に、プラグは何と言えば良いのか分からなかった。感謝すれば良いのか、いや頑張る、と言えばいいのか。反応に困る。
「そもそもお前なんで精霊騎士になりたいんだ。意味分かんねぇんだけど?」
シオウが、プラグが皆に聞いている事を聞いてきた。
「シオウは?」
「それだけどよ。お前しょっちゅう、皆に聞いてるだろ。何でだ?」
「何でって……気になるから?」
「はぁ。つまり答えを探していると。ほんっと、アホッぽいって言うか、遠回りなやつだなー」
シオウが立ち上がって近づいて、プラグの頭をぽんぽんと叩いた。
プラグはまた少し困ってしまった。確かにそうだ。ぽんぽん叩かれながらアルスを見た。
「背が縮むからやめてくれ。――アルスは……? どうして王女なのに精霊騎士になりたいんだ?」
するとアルスが笑った。
「格好いいし、憧れだもの。後はそうね――楽しそうじゃない? お城から走ってる隊士達とか、候補生達とかちょっと見えるのよね。任務は大変だろうけど……あとは」
アルスは少しうつむいて、顔を上げた。
「私らしいかな、って思ったのよね。なんとなく」
その後「まあ、そもそも、なれるか分からないんだけど」と言って笑った。
「でも、なれなくても、後悔しないわ。楽しかったもの。ってまだ四ヶ月なのよねぇ。もうずっと一緒にいたみたい。部屋が一緒だからかしら」
するとシオウが快活に笑った。
「それな。たまに俺も、あれ、もう十年くらい経ったか? って思う。隊士になってもこんな感じなら、まあ、いいんじゃねぇ? 青春って事で」
「青春……」
プラグは思い出してみた。生まれてこの方、青春という時代はあったか、何をしていたかと……。
それがさっぱり思い出せなかった。幼いと言われるときは、うつらうつら、寝ている間に、一瞬で終わった気がする。ずっと寝ていたかもしれない。
それは人間で言えば赤ん坊、くらいだろうから、……その後、精霊達と共にラ=サミルに色々教わっていた頃がプラグの青春なのかもしれない。あんなきつい青春はいやだ、と思いかけて思い直す。それこそが青春なのだろうと……。
あちらの青春に比べれば、今の所、まだ余裕がある。少なくとも、毎日睡眠が取れるのだ。たまに宿題が終わらず、徹夜になりかけるが、その程度だ。
そう言えば、似たような時期は他にもあり……プラグは青春とは『学ぶ事』では無いか、という真理? を見つけた。
となると今は三度目の青春。さすがに青春が多い気がして、プラグは口を開いた。
「え。でも、隊士になりたいです。って言って、理由聞かれて『青春がしたかったら』ってさすがにそれはちょっと……駄目じゃないか?」
真面目に目指している人間もいるのだ。アルスもきっと王女らしい何かを持っていると思うし。シオウだって、そこそこ真面目に目指しているはずだ。
するとシオウが「有りだと思うけどな」と言った後。少し考えてくれた。
「じゃあお前もう『この国が好きだから』って適当に言っとけ。通りがいいし」
シオウの言葉に、アルスは首を振った。
「私は正直に、決まってませんけど、頑張りたいです、で良いと思うわ。でもプラグ、何か理由があるんでしょう? だったら少し笑って『それは内緒です』って言えば皆、コロッと騙されるわよ。一度やってみたら?」
それはいいかも、とプラグは思った。
「そうだな、やってみるか……」
「採用ね。あ、そうだ。悩むくらいなら、先生に相談に行けば? バウル先生、そういうのしっかり聞いてくれるわよ。今からでも」
するとシオウが眉を顰めた。
「もう夜だぞ。年寄りだし寝てるだろ」
「そうかしら? お風呂前だし――まあそうね。明日とか。食堂で、ご相談がありますって言えば? でも本当に、皆と一緒なの? 凄いというか、まあ、変わった方よね……」
アルスが言っているのは宿舎の事だ。普通やらない。
アルスは笑って、ベッドの縁で、少し身を乗り出して続けた。大きな瞳が綺羅綺羅していて、楽しげだ。
「――皆がね、プラグはどうして精霊騎士になりたいんだろう、って気にしていたわ。この前、うっかり殴っちゃった後、反省しながら。きっと壮大でなんかすごい理由に違い無いって。これでただの『青春がしたかったから』だったらきっと、大爆笑よ。一回言ってみたら?」
「んー……機会があれば……」
「すぱっと言っちまえばいいのに。すぱっと。教えろー」
シオウがプラグを揺らしながら言った。
どうやら二人はプラグをからかって遊んでいるらしい。
アルスもついにプラグのベッドに乗ってきて、頭を撫でたり、頰を引っ張ったりしてきた。
「このこのー。秘密ばっかりなんだから。さっきちょっと冷やっとしたわ。嘘つきなんだから」
「ああ、アメルの」
アルスが言ったのはアドニスに聞かれた時のことだ。
「あれって嘘でしょう? アメルちゃんはもういないもの……」
「うん、確かに」
プラグは一旦、曖昧な同意で流したが、もう少し話そうと思って口を開く――前に、シオウが睨みながら顔を近づけた。
「実際どうなんだ? たぶん凄ぇ理由だろうって思ってるけどさ?」
「……そうだな。凄く壮大で、凄く格好いい理由かもしれない」
プラグは苦笑した。『この世界の滅亡を止めるため』とは中々壮大だ。
するとアルスが、プラグの右頰を軽くつまんで引っ張った。
「それって、もしかして、隊長は知ってるの? なんかー、仲良しよね? ちょっと羨ましいわ。えい」
「イタイ。知ってるというか、知ってるけど」
「なんだそうなのか。ふうん。お、伸びる」
シオウがプラグの左頰を引っ張った。少々、気に入らない様子だ。左右から引っ張られ、さすがにプラグは二人を止めた。
「あ。そだ。お前、アルスもだけど。もし精霊騎士になれなかったら、レガンに来いよ。そしたら家来か、領土騎士として雇ってやる。んで、テキトーに、部族まとめて、レガン復活、その後プラグは目的に向かって邁進。アルスは自由を満喫。でいいんじゃね。もうこれ第二希望にしとけよ。第二希望、レガンで領土騎士、第三希望はシオウ様の家臣になるって」
シオウの案は、とても良いものに思えた。
「じゃあそうしようかな。うん、そうする。よろしくな」
プラグは決めて微笑んだ。レガンで領土騎士として暮らす。
実現可能な明るい未来に、少し元気が出た。
「えっ、プラグ、いいのそれで?」
「うん、そうする。アルスはどうする?」
「え、えー……そうね……どうしようかしら……」
アルスは口をへの字に曲げ、しばらく考えた。唸って唸って。
「分かったわ! 私もレガンに行く! でも、一年か二年が精一杯よ」
と言った。
まさかアルスが行くとは思わなくて、プラグは驚いた。
シオウは「おおおっ」と声を上げた。
「よっし、決まりだな! ――二年もありゃ十分だ――いやぁ、家来ができて嬉しいぜ。よしでは二人とも、紙に書け。気が変わらんうちに、ささっと、ほら」
シオウが紙と万年筆を持ってきた。
「――そうね、もう書いちゃいましょう。どうせ第一希望しか通らないんだし。いいわ。第二希望、王女、第三希望、聖女じゃつまらないもの。もう、暗い人生はうんざりよ。私はいっぱい遊びたいの。第三希望は? エスタード領?」
プラグは頷いた。
「うん。それで。そこの領主とは、少し知り合いというか縁があるというか……駄目だったら来ていいよって言われてる」
「まあそうなの? それなら安心ね。じゃあ、第一希望――精霊騎士、第二希望――領土騎士(レガン)、第三希望は領土騎士(エスタード)と……」
アルスはさらりと書いてしまった。
プラグも同じ内容を書いた。これで一緒にいられるだろう。
まあプラグは精霊騎士になりたいのだが……もう皆でレガンでも良い気がしてきた。むしろシオウが一緒なら、その方が動きやすいかもしれない。
(そう言えば……)
プラグが、精霊騎士になりたい。そう思ったのは、大広間に入ってきたリズを見た時だった気がする。颯爽としていて、格好いいなと思ったのだ。あと制服のデザインが良かった。
それまでは勧められたから、目的に適うし、じゃあそうしようという感じだったのだ。
(なんて微妙な理由だ……)
(これくらいなら言ってもいいかな?)
「……実は……」
プラグは正直に、制服が良かったらなりたいと思ったと言ってみた。
「リズが格好良く着こなしてて、ああいいな、って思った気がする。だってハイヒール。騎士団なのに。だから楽しそうかな、って思ったんだ」
するとアルスは笑って『あなたらしい』と言った。
■ ■ ■
「つかさ。お前さ。忘れてるけど、論文あるんだぞ? そんな、進路とか、理由とか言ってる場合じゃなくね?」
シオウの言葉に、プラグは我に返った。
「――そうだった」
「あ。これだな。分かった。お前、あれだ。悩んだときは目の前の問題、思い出せ。そしたらやる気が出るんだな、なんだそんな事か」
シオウは言って、自分のベッドに戻って布団に入った。
「心配して損した。……俺が心配。変な事もあるもんだ……寝る。灯り消せよ」
「ああそうだな。ル・レーナ」
プラグは灯りを消したが、アルスが「ちょっといきなり消さないで!」と言った。その後何か派手に落とす音が聞こえた。紙と、万年筆、他にも何か落ちたらしい。
「ああ、ごめん何が落ちた? ――あっ!?」
プラグも紙を飛ばしてしまった。落ちた場所は分かる。慌ててベッドから降りた。
「えっと紙と――本、どこかしら? そっちに転がったわよ、灯りを――ル」
「うわっ」
拾おうとしていたプラグは、アルスのどこかに派手につまずいてしまった。数歩つんのめって、思いっきり転んでアルスのベッドに手を突こうとして、見事に失敗して転んだ。そしてベッドの縁で頭を強打した。ぐぎゃ、と言う悲鳴が下から聞こえた。
プラグは悶絶し、強くぶつけた頭を押さえた。
「いった……ぶった……!」
「おっ、ちょこちょいなんだから……! 重いッ」
「重い?」
手を動かすと、なんと手の下にアルスの顔らしき物があった。どうなっているのだろう。
「えっ、大丈夫……? ル・フィーラ」
プラグは灯りを点けた。
するとプラグはアルスの鳩尾に、見事に膝を乗せていた。アルスは仰向けになって、ベッドに並行に転んでいるので、頭を押さえつけて乗っかり、全体重をかける格好だ。
「ああっごめん!?」
プラグはアルスから退いた。
「あなた私に恨みでもあるの……?」
「ごめんっ大丈夫!?」
プラグは大慌ててアルスを起こして無事を確認する。押さえつけてしまった顔も大丈夫か確認して、髪と寝間着も整えた。
そう言えばむぎゅという体が潰れる感触があった。
プラグはアルスの頭を撫でて、痛み取りのおまじないをした。
「ああッ、痛かったよな!? よしよし、ごめんな、ラノ・レイナス・アール、大丈夫か?」
アルスの肩を両手で支えて、手を突いてしまった顔を確認する。一体どう言う倒れ方をしたら仰向けになるのだろう。
するとアルスから、変な声が上がった。
ふぇ、とか、はぇ、とか。そんな感じの声だった。
どこか痛いのか、吐きそうなのかと思ってぎょっとする。
「大丈夫、吐く……!?」
プラグは背をさすろうとしたが、アルスが固まった。
すみれ色の瞳から、涙がせり上がり――、一瞬で決壊した。
「ふぁ、ぁあああああ――」
プラグはぎょっとした。そして青ざめた。
泣かせてしまった。
アルスは大粒の涙をこぼして、結構大きな声を上げて泣いている。
「えッ!? ご、ごめんっ本当にごめん!! あああ…………」
「――おい、何やってんだ……!?」
シオウの声にプラグは振り返った。シオウは起き上がっていて、こちらを見て焦っている。
「ぎゅってふんじゃって……!」
「そんなの分かる! とにかく宥めろ、大丈夫か、王女」
「ごめん、大丈夫? しっかり、よしよし」
抱きしめて頭を撫でたが、しかしアルスは更に泣いた。
わぁーーと泣きじゃくっている。
「や、やばい、火が付いた! んなアホな!?」
シオウが言った。
「火!? 何だそれ!?」
「うわ馬鹿か! 早く泣き止ませろ」
「アルス、しっかり、傷は浅いぞ!」
「それじゃない、ああもう、――落ち着け、泣くかこいつが!?」
「ごめん、踏んじゃって、もう踏まないから……! 痛かったんだよな……!」
シオウも側に近づいて、膝をついて「どうすりゃいいんだ!? 痛くない、痛くないぞ!」と言った。
すると――扉がノックされた。それも何回も。
「ヤベ!」
シオウが慌てて走り、扉を開けた。
「どうした、泣き声が聞こえたけど」
隣室のマシルだった。
「いや、なんでもない……! プラグの馬鹿が、アルスを蹴飛ばして」
「言い方!」
プラグは思わず突っ込んだ。
「蹴飛ばした!? ハァ、喧嘩?」
「いや、事故、たぶん、体を思いっきり踏んづけて……アイツ、どうやったら泣き止むんだ?」
「エッなんでそうなったんだよ……ええ……アプリアさん呼ぶ?」
「いや、もうちょっと落ち着かせよう……つか、アルスがまさか泣くか?」
シオウが言った。プラグはその間も宥めているが、アルスは泣き止まない。
「どれだけ強く踏んだんだよ……ひでぇ、入って良いか?」
「ああ、もう何でも、泣き止ませてくれ……」
シオウがげんなりと言った。
マシルはアルスの前に膝を突いた。
「――アルスちゃん大丈夫? どうしたの?」
「……ッわかんないわ!」
「いや踏まれたから、痛かったんだろう?」
マシルが言った。プラグはどうして良いか分からず、あちこち見るばかりだ。
「そう、かも……ぎゅうって踏まれた……」
アルスが頷いた。
「それだ、そうだそれだ。プラグ、とりあえずハンカチかなんか」
「あ、うん……えっと、えっと……あった」
プラグはベッド下の籠からタオルを取り出して渡した。
「ごめんアルス……」
「いえ、いいわ……ちょっと、びっくりしたの……踏まれたの初めてで」
アルスはタオルで涙を拭った。
「そりゃそうだろうよ……床で寝てたのか?」
マシルが言った。
「……ちがうわ、一緒に転んだの。馬鹿みたいよね」
――と言ってアルスが少し笑った。涙は収まったらしい。顔が真っ赤だ。
プラグはほっとして、マシルに礼を言った。
「ありがとう、良かった……助かった……」
「いや、まあな、俺、妹がいるから」
マシルの言葉に、プラグはそう言えば自分も妹がいた、と思って衝撃を受けた。
アメルは恐がりだが滅多に泣かない。感動する事はあっても……。
余程の事がない限り……。
――プラグはまた青ざめた。
「ごめん、アルス……」
「いいわ、そんな深刻にならないで……、ちょっと、顔を洗ってくるわ……頭、冷やしてくる……」
アルスはふらりと立ち上がって、部屋を出てしまった。
■ ■ ■
部屋を出たアルスは、ふらふらと階段を下りて一階に来た。
凄く痛かった。あの踏み方は普通に酷い。
一体どう倒れたらああなるのか。顔には平手打ちの勢いで手を突かれて、鼻がもげるかと思った。
でも、その後、よしよしされて、なぜか嵐のような感情がわき上がって、泣いてしまった。
そして、ちょっと昔の悪いアルスが顔を出した――。
『わたし、おうじょなのよ』という高飛車なアルスだ。
プラグに対して癇癪を起こしそうになって……。
恥ずかしくてアルスはまた真っ赤になった。
(嘘でしょ、あんな嫌な私とは、決別したはずなのに!)
四歳、五歳くらいまで、アルスは手の付けられない乱暴者だった。
カタリベの劇を見たとき、あれは稀な例外だ。劇のショックで大人しくなっていたのだ。
……まだ子供だったのだ。仕方無いとは言え、恥ずかし過ぎて思い出したくない。
(ああもう、何てこと……!)
アルスは嘆いた。母の死をきっかけに、アルスは今までの我が儘ぶりを後悔し、変わろうと決意した。
母には甘え過ぎていて、我が儘しか言わなかった。
あれがほしいこれがほしい。これはいや、あれはいや。母は本当にもの静かで、優しくて、何も言わない人だったので、アルスは自分の意見をはっきり言う事は良い事だと思っていたけれど。周りは迷惑していただろう。
――もしかしたら、父がカタリベの劇を見せたのは荒療治だったのかもしれない。
かなり効果はあったと思う。少し大人しくなったのだから。
その後しばらくして、セラ国に行って……やはりアルスは我が儘だった。
あれがしたいこれがしたい。あれはいやだこれは嫌い。ドレスのリボンが気に入らないから、鋏で切って付け直させたり、礼拝で見た女性のブローチが欲しいと言って侍女を困らせたり。ブローチは実際に手に入ってしまって、母が青ざめて返したり。かと思えば遊びたいと言って部屋を飛び出して、木登りや虫取りをしていた。
今では年相応だったと思うのだが。それにしても恥ずかしい。
母の死を目の当たりにして、アルスは後悔した。
アルスが我が儘を言って困らせた侍女達も……皆、死んでしまったのだ。
我が儘と言っても……本当に可愛い物だったけれど……今のアルスとしては納得がいかない。
セラ国にはアルスの楽しい思い出、恥ずかしい思い出、悲しい思い出を全部置いて来て、心機一転、いい王女になったのだ。
アルスには優しいところもあって、そこは上手く伸ばしつつ、ひたすら頑張って、良い感じに成長できたと思っていた。勉強はできるし、優しいし。評判も上々。まさに完璧。国の誇り。アルスも自分に自信を持っていた。どこへ出ても、どこへ嫁いでも恥ずかしくない王女だと。
(でもまさか、何も悪くないプラグに我が儘をぶつけそうになるなんて……)
アラークの一件は、アルスにとっても衝撃だった。
もしかしたらプラグが標的になるかも、くらいに思っていたのだが、本当にそうなるとは……。プラグとは仲良しだと思う。よく話すし、一緒にいて一番楽しい。まだ女子とあまり親しくないから、と言うのもある。プラグはよく分からないが『アメル』とは親友になりたい。仲良くしたい。プラグはアメルと言う事実はさておき……アルスは『自分だけはあの子に優しくしよう』と思っていたのに、我が儘アルスが邪魔をした。プラグに対して、ああしてほしい、こうしてほしいと言い出したのだ。このままでは不味い。
アルスは困ったあげく、『先生』の部屋を尋ねた。
「先生~……!」
「おや!? どうしました」
「ちょっと話を聞いて下さい~!」
『バウル先生』はすぐ察してくれた。
バウル先生は出国前もいて、穏やかな『じいじ』にアルスは良く懐いていた。彼は王族、つまり親戚だし、アルスは祖父母の思い出が無いので、本当の祖父のように思っていた。
そのせいもあってか、この国に戻ってからは嫌な事があるといつも泣きついていたのだ。
バウルはアルスの目茶苦茶な希望を笑わず、こうしたらできる、ああしたらできる、先生を呼びましょう、と言ってくれた。セラ国でレイピアとサーベルを続けられたのもバウルの計らいだ。父は女の子だからもう少し控えろ――程々でいい、もう止めろ、と言っていたのだ。
その度にバウルが『まあまあ、女の子ですから、もう少ししたら飽きますよ』『あちらの道を走ってはどうでしょうか? 私もついていますし』などと言って宥めてくれたのだ。
本当に大好きだ。
バウルは笑って部屋に入れてくれた。
「どうぞ、どうぞ。いや懐かしい。お入りなさい。変わっていませんな」
「すみません……もうこれっきりにします……」
これっきり、を言うのは五回目くらいだと思う。
「ははは、どうぞ、座って、今度は何がありましたか」
――アルスは椅子に腰掛けて、事の顛末を説明した。
シオウ、プラグ、アルスで楽しく進路相談していたら、灯りを早く消しすぎて、プラグがアルスに躓いて(と言うか踏まれた)滑って、うっかり転んで、思いっきりアルスを膝で踏んづけて、顔には平手打ちかという強さで手を突かれて、鼻がもげそうになり、鳩尾には見事な膝蹴りが入った。
そんな事をしておきながら、プラグは痛み取りのおまじないをした。
それに腹が立ったのか、思いっきり泣いてしまった。痛かったのもある。
「よしよし、ってそんな……なんかもう、どうしたらいいの? 一応王女相手に、あんな変な子だとは思わなかったわ……もう! 私も何で、仰向けになったのかしら……! ベッドの下の物を取ったんだけど、手が届かなかったのよ」
万年筆はプラグのベッドの、真ん中より奥にあった。上品な取り方では届かない。その為、アルスは思い切って、仰向けに寝転んで手を伸ばしたのだ。まさかプラグが躓くとは思わずに。うつ伏せならまだましだった。うつ伏せにならなかった理由は体勢で、あの体勢からだと、仰向けの方が楽だったのだ。実はアルスにはずぼらな一面がある。これも良くないアルスだった。焦らず声をかけ、灯りを点けてシオウに拾って貰えば良かった気がする。プラグが転ばなければだが。
その後は驚いて、大泣きしてしまうし、恥ずかしいやら悔しいやらだ。アルスは自分でも自分の事を優しいと思うのだが……若干気の強いところがある。お姉さん気質というか。長女気質というか?
すると思いっきり笑われた。
「はははは! いや、面白い。そんな事があるのですね……! レガンで一緒に、領土騎士! 王女に躓いて膝蹴り! いったいどうしてそんな事に」
「笑ってないで、何か解決策を出して下さい……そのまま出て来てしまって、気まずいんです……」
アルスは言いながら、溜息を吐いた。
バウルはしばらく考え口を開いた。
「そうですなぁ……、まあ、『ごめんね、痛くてびっくりしたの』と言って『中々いい一撃だったわよ、いえ、二撃かしら』とでも言っておけば大丈夫でしょう」
「それはちょっと……まあ、素直に謝るしかないわね……」
アルスは肩を落とした。
「しかし、仲良しなのですね」
バウルの言葉にアルスは微笑んだ。
「そうよ。とっても仲良しなの。シオウは面白いし、プラグも面白いし。一緒にいて楽しいの」
「ほう。二人とも面白いのですね」
「ええ、凄く面白いわ」
「――どちらかが好きとか?」
「もう、そんな訳無いわ! 流石に無いわよ」
アルスは苦笑した。
「シオウは人間に興味がないし、プラグはいずれ精霊と結婚するんだから!」
アルスの言葉に、バウルは吹き出した。
「ふっ、ぶふっ、ははは! そうなのですか……?」
「ええそうよ。シオウって、きっとあんまり人間に興味がない人なのよ。だいたい、ぼーっとしてるんだけど。誰かを好きになるなんて想像できない。あんなカラッからに涸れた男の子もきっと珍しいわ。優しいんだけどね。下々の者に優しくしてやろう、みたいな? きっと王様気質なのよ。プラグの事は気に入ってるみたいだから、何かと目をかけてるけど、たぶん将来の家臣としてね。側近かしら……?」
「……ほう、プラグさんは?」
「プラグはね。精霊達ととっても仲がいいの。だからそのうち、精霊の誰かと結婚すると思うの。そうしたら、美男美女みたいなお似合い夫婦ができると思うの。プラグって、本当に、たまに、この子、精霊なのかしら? って思う程、純粋で清らかなのよ。ちょっと気弱でか弱くて、打たれ弱いとこもあるから、人間の女の子よりも、優しい精霊が合っているんじゃないかしら? 森で精霊とデートなんて素敵よね」
アルスはうっとりと言った。これはずっと誰かに言いたかったのだが、話す相手がいなかったのだ。どの精霊がプラグに合うか、今考えているところで、第一候補はラ=ヴィアだが、ナダ=エルタやニア=エルタも良いかもしれない。
バウルが更に笑い、口を押さえて、腹を抱えた。
「ははは、ひひ、はー! ……そ、そうですか、なるほどー」
「ああすっきりした。ねえ先生、私、ここに来てから、百回はどっちが好きなの? って聞かれたわ。もううんざり。お父様にも言っておいて。プラグは精霊が大好き、たぶんプラグを好きな精霊もいっぱいいる、シオウは女性に興味がない。あ、だからって、男の子が好きって事も無いはずよ……さすがにね」
アルスは苦笑した。
父――国王はアルスを心配して、兄の視察にこっそりついて来ていた。大人しくしていたが、歩き方に癖があるので、あと護衛が付いていたので、明らかにあれだと分かってしまった。
「ええ、そうですね、楽しそうで何よりです。しかし、泣いてしまうとは珍しい」
「そうなのよ……久々に泣いたわ……涙腺決壊、ってやつ? たぶんね、プラグに踏まれたからだと思うの」
アルスの言葉に、バウルがまた吹き出した。
「そう、ですな!」
「でしょう? 私プラグの事は、正直、体重が無い物だと思ってたのよ。現実感が無いって言うか。おとぎ話の主人公みたいな? 精霊の血が入ってるのかもしれないって。シオウもそんな感じあるんだけどね、プラグはもっと凄いの。色々と内緒なんだけどね。何だか、きっと何でもできるんだろうな、って思っていたから。体重があった事に驚いたの。え、ちゃんと男の子だったの? って。本当は女の子じゃ無いかって本気で疑ってたもの……、あ、着替えは覗いてないわよ?」
アルスはバウルに続けた。
「……みんながプラグに厳しくて、こうしろああしろって言うけど、プラグはそういうの嫌だと思うのよ。のんびりゆったり、自由気ままにあちこち行きたい人なのよ。だからあんまり、苛めちゃ駄目よ? 今日だって、なんか結構、落ち込んでたもの……」
そこでアルスは、少しうつむいた。
アルスはプラグと同室で、気になる事が一つある。
「たまにね、うなされてるのよ。孤児だって言うし……色々大変なんだと思うわ。でも、たまにふっと期待に応えてくれることがあるから、私達は、こっそり励ましながら、のんびりゆったり、待てば良いのよ。あ、あと! これは言いたいわ」
アルスは拳を握った。これは絶対に言わなくてはならない。
「プラグって、人見知りするところがあるから。いかにも権威です、みたいな感じで接すると、心を開いてくれないわ。もっとざっくばらんに、リズ隊長みたいな感じで、一緒になって遊んで、転げ回るくらいが丁度良いの。隊長は凄い人よ。あんな凄い人見たこと無い。色々な意味でね。そういうことだから、バウル先生も、もっと気楽にプラグとお話ししてあげて。ちょっと見てて、プラグが可愛そうだもの。だって五倍に論文よ? この前何もしてないのに殴られてたし! 意味分からない! 飛び抜けて強いし、えっ、ってくらい、頭の良い子だけど、中身は精霊みたいに清らかで純粋、これ宿題に出ます!」
言いたい事は言ったので、アルスは立ち上がった。
「じゃあそう言う訳で……失礼しました……あー、何しに来たんだか……こんな時間に、お邪魔しました……でも、きっと、先生とプラグ、仲良くなれると思います。警戒心が強い猫だと思って、気長にね。あ。レモンちゃんって呼ばれるくらいが丁度良いのかも。隊長ってセンス良いわ……プラグの事、よろしくお願いします。仲良くなれば、最高に面白くて、とってもいい子なんですよ」
頭を下げるアルスに、バウルは笑って頷いた。
「ええ、そうしましょう。また気楽にお話ししてみます」
バウルの言葉に、アルスは微笑んで部屋を出た。
■ ■ ■
「ハァ!? あり得ない! こんな薄いカーテン一枚! もっとちゃんとしてると思ってた! お前等馬鹿か!? 相手は王女! しかもお年頃! 超絶な美少女! スタイル抜群! ありえねー!! ちょっと反省しろ! どんだけ気遣わせてんだよ! そりゃちょっとの事でも泣くわ! うっわ、この国マジかよ! 王女だぞ!? 中に個室があると思ってた!!」
アルスが出て行った後、プラグとシオウはマシルに正座をさせられ、説教をされていた。
「俺、妹いるけどさ! 妹がこんな扱いされたらぶち切れるわ! は!? 男と同室!? 本人の希望だとしても、鍵無し!? ありえねー! どうぞ食べてって言ってる!? ありえねー! イジメかよ! 明日、隊長に言って何とかしてもらえ! つか部屋移ってもらえよ。この国の大事な第一王女様だぞ!? ハァ!? 何かあったらどうすんだよ! お前等、これ、俺達も同罪で全員死刑だぞ!」
ちなみに、部屋には数名の男子がいる。
他にもなんだなんだと、男子達が入り口に集まって覗いている。
部屋に入った男子達は青いカーテンをめくり。
「うわ……うっそ。こんなんだったのか……薄い……」
「え……お前等正気か? ちゃんとついてる?」
「確かにこれは酷い……」
「俺が女なら一日で心折れるってこれは」
「それな。王女様の精神力ヤベェ、マジ惚れそうだわ」
等と言い合っている。
シオウとプラグは、ひたすら反省するしか無い。
「あー、この部屋には、一応、結構、厳しい決まりがあってだな……」
とシオウが言ったが、ぶーぶーと言われただけだった。
マシルが溜息を吐く。
「とにかく、何か起こる前で良かった……やれやれ、ここって本当目茶苦茶だな、そう言えば、あの噂。お前等が本当は騎士で、王女の護衛だっていうの本当か?」
「え?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも目を丸くした。
マシルが頭を押さえた。
「あー、そうだよな……うん。てことは、王女がどっちかと付き合ってるってのは?」
「は?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも瞬きをした。
マシルはうろんな目をした。
「あー。じゃあどっちかが王女の許嫁とか、婚約者だって言うのは? 片方はその家臣だって言うのは?」
「はぁ?」
「何だそれ?」
プラグもシオウも呆気にとられた。
「うっわ、まじか」「えええ……そんなことある!?」「意識すらしてないのかよ」
「まじで? 何も無し?」「こいつらおかしい……」「強さと引き替えに男を捨てたのか?」
「いや性別すら超越した何かなのか!?」「やっぱりそうか」「つか精霊かよ!?」
マシルは深い溜息を吐いた。
「お前等は男の風上にも置けねぇ……! ったく。今日から、アルスにはアプリアさんの部屋かどっか女子部屋で寝てもらえ……! 仲良いのは分かるけどさ! 節度を持て!」
「マシル、良い奴!」「よく言った!」
「おめー見直した!」「俺もずっとそう思ってた!」
「マシル!」「マシル!」「最高!」「マシル!」
男子達が手を叩き囃し立てる。
ちょうどそこにアルスが戻って来た。
「ただいま、どうしたの集まって……?」
マシルはアルスに声を掛けた。
「あ! ちょっとさー、この部屋、初めて見たけど、こりゃ無いわ! お前、一応王女様なんだからさ、せめて部屋区切って鍵、つけるとかさ、部屋を移るとかしろよ。ちゃんとしないと国王陛下が泣くって。何かあってからじゃ遅いんだぞ! 今日みたいに、コイツがうっかり転んでキスでもしたら全員絞首刑になるって」
マシルはプラグを親指で指さした。
「あー、その話ね。でももう慣れちゃったわ。カーテン無しでも良いくらいよ」
アルスは自分のベッドに腰掛けた。
「やべ……王女やべ」「アルスって地味にすげーよな……」
「どんな神経してるんだ……」「鋼鉄でできてるのか……?」
プラグはさすがに、これは駄目だったと思って口を開いた。
「アルス、今までゴメン……君が良いって言うから、何も考えていなかった……」
周囲の男達はまじか、と呟いている。
「リズに頼んで、闇の精霊結晶でカーテンの向こうを隠して貰うとか、壁を作ってもらうか考える。無理そうだったら悪いけど部屋を移ってくれないか?」
「え。うーん……折角慣れて来たのに……勿体ないわ……どうしようかしら……前もその話あったじゃない? その時はプラグが一年、経験だと思ってやってみよう、って言ってくれたのよね」
プラグは頷いた。確かに言った。
アルスが微笑んだ。
「あれ結構嬉しかったのよね。だから我が儘だと思って聞いてくれる? あ、でも、確かに仕切りができたら便利かも。でも部屋が狭くなるから区切りは無しで、プレートで何とか出来ないか聞いてみて。プラグはできると思うの?」
「たぶん。できると思う」
プラグは頷いた。
「じゃあそれでいいじゃないの。解決ね。泣いて疲れたから寝るわ。思いっきり踏まれてすごく痛かったのよ。皆、おやすみ、心配してくれてありがとね」
アルスはあくびをしながら手を振って、カーテンを閉めた。
「灯り消すわよー、退出命令。さーん、にー、いち」
と言う声が聞こえ、男子達が慌てて外に出た。
「アルスは凄い……」
「プラグも寝て。あ、教授にもっと優しくして、って頼んでおいたから。気軽にレモンちゃんって呼んでみて」
プラグは首を傾げたが、知り合いだと言っていたし、気安いのだろうか――?
「わかった、また話してみる……とりあえず寝る……」
プラグは布団に入った。シオウは素直に布団の中だ。
正直、二人ともアルスには逆らえないので心配は無用なのだ。
(これは一緒に過ごさないと分からないか……)
「おやすみなさい。ル・レーナ」
アルスの一声で、あっさりと灯りが消えた。
〈おわり〉