『五倍訓練』
嫌な響きだ、とプラグは思った。
六月十五日。今日からついに鍛練も勉強も五倍になる。
リズが予定を組み直すからと言ってしばらく間が空いていた。
説明があるとかで、午後。がらんとした教室に集められたのは、プラグ、シオウ、アドニス、フィニー、アルス、ナージャ、そしてなんと青髪のウォレスの七人だった。
そのまま入った順に着席する。
ウォレスは少し遅れて入って来たのだが、彼を見てフィニーが首を傾げた。
「あれ? ウォレス?」
他の候補生達は飛翔駆けに出ていて、彼もそちらに行くと思っていたのだが……。
当のウォレスが一番、分からない、という戸惑った様子だ。
フィニーは首を傾げつつも「あ、ゴメン、呼ばれたの?」と尋ねた。
「うん、走ろうとしたら、なんかいきなり背後から肩叩かれて……スゲー恐かった……皆の気持ちが分かったよ」
ウォレスは肩を落とした。どうやらリズに呼ばれたらしい。
しかしウォレス。彼は結構な実力者で、意外に勉強もできて成績も悪くないのだが……いきなり五倍に呼ばれるとは。リズの事だからきっとろくでもない理由があるのだろうな、とプラグは考えた。
ウォレスは青髪、青目で、大きな瞳と、きりっとした眉、元気よく跳ねた髪を持つ感じのいい少年だ。元気が良いので『美少年』と言う雰囲気ではないが、顔立ちは良いので、数年もしたら好青年になるだろう。
元気がいい……と言えばゼラトもいるが、ゼラトとペイトは同じ上位でも呼ばれていない。ゼラトとウォレスはちょうど成績も同じくらいなのでこの人選は偏っていると言える。そう言えばナージャもいる。
と、そこでリズが入って来て、教壇に立った。
「よう、運のいい諸君!」
いきなりこれだ。プラグは大人しく説明を聞いた。
「えー、今日から五倍鍛練が始まる予定だったんだが――少々、問題が発生した為、変更になった」
リズの言葉には、一部で「はぁ」と言う素っ頓狂な声が上がった。
リズは拳を握って、教壇を叩いた。
「なんと、リーオの奴が『五倍は無理だ』と言いやがった! 非常識だと!!」
なるほどーと言う空気になる。
確かに、プラグとシオウは三倍鍛練をしているが結構きつい。その上宿題も三倍で、分量的にはもう精一杯だ。
……近頃は、宿題で休日返上も当たり前になっていた。
リズの暴走を止めてくれたリーオには感謝しかない。シオウが拳を握り「やったぜ、リーオ!」と呟いている。プラグも同じ心境なので二人は喜びを分かち合った。
「あと、この前のプラグ吊し上げの件があったからな。差別は程々にしろと言われちまった」
吊し上げ、と言う程でも無いが……確かに、このまま生徒ごとに二倍、三倍、五倍などの区別が続けば、またどこかで不満が出るに決まっている。おそらくリズはとても叱られたのだろう……。
「では、どうするかと言うと――鍛練は増えない。今後は集団戦、模擬戦、そのほか研修や、実戦訓練が入ってくるから、三倍は三倍のまま、二倍は二倍のまま。お前達はその訓練に参加する。つまり今やってる事は維持、で、他の奴等と一緒にも戦う、って事だな。これならできるだろ。むしろ模擬戦やその他訓練は参加必須だから、楽になるくらいだ」
プラグはなるほど、と頷いた。今まで通りの、訓練棟での弱点克服や、ルネとの稽古、他の隊士との手合わせはそのまま、集団戦にも出る。これなら何とかなる。
「で、余裕のあるやつは、自己申告で、二倍、三倍鍛練を受けられるようにする! これなら文句ねぇだろーッ!」
リズが教壇を激しく揺らした。
プラグは感心した。今までリズが独断と偏見で決めていたから不満が出たのだ。自己申告とは良い方法だ。
アドニス、フィニー、ウォレスからも「おおーっ!」と言う声が上がる。
「いけそうなら試しにやってみて、無理となったら、元に戻せる。って事だな。そうやって自分で挑戦して、上を目指していく、いやぁ――青春だなぁ」
リズが腕を組み、一人で頷いた。
プラグもうんうんと頷いた。まさしく青春だ。
「でも、やっぱり五倍って響きは捨てがたい、ってことで何が五倍になるかというと――勉強だな、やっぱし」
そこでリズが手を叩いて、「入ってくれ!」と大声で言った。
すると教室の扉が、リーオの手によって開けられ……ぞろぞろと、年齢、性別、体格もばらばらな人達が入って来た。不健康そうな若い男性、恰幅のいい中年男性、細い感じの貴族女性、髭を蓄えた老人、老女も含め、三十名程いた。
プラグは一目見て分かったのだが……この凄そうな方々は、おそらく。
「えー、こちらが、新しい教師の皆さんだ! えーっと……?」
リズが手元の紙を見て、読み上げる。
「精霊学、プレート学、ダンス、礼儀作法、芸術、医学、薬学、生物学、心理学、植物学、神話学、警護術、調査術、暗殺術、変装術、軍略、政治、経済、歴史、後は歌と詩吟、社交術、そして数学、建築学、地理、歴史――ん? 歴史はさっき言ったか? ああ、言語学。これで全部か? その道の権威をとにかく呼んだ! 教えるのが上手いって奴を集めたらしい」
――やはり、教師達だった。それにしても多い。
「で、まとめ役は、なんか凄ぇ爺さんに頼んだ。なんか凄ぇらしい。爺さんが教師達をまとめて、お前等に合ったカリキュラム? を組んでくれるって。良くワカラン」
まとめ役、と言われた老人は、良くある、黒い、丈の長い貴族服を着ているが……明らかに凄そうだ。身長は百六十セリチ程度。顎に二十セリチ程の白い髭を蓄えていて、首に眼鏡――おそらく老眼鏡――を提げている。体は細いが、いかにも学者……権威……と言った雰囲気だ。威圧感は無く、優しげな微笑みを浮かべている。
「一応紹介すると、名前はレイモンド・バウル・ゼ・ライン・アストラ。『老公爵』っつー専用の爵位がある。バウル公って呼び方が一般的か? 今は王室の教育係だそうだ。先代の国王にも、今の国王や王子にも教えたとか、後はなんか凄い経歴があるらしい。一応、王族の端っこ出身で、御年七十歳。見た目はぽっくり逝きそうだが、まだ若いし? 健康だ。あと十五年は生きそうだな。で、お前等が使ってる教本の何冊かを作った、代表者だとかなんとか。敬えよ!」
――バウル老公爵、バウル公、と言えば有名すぎる人物だ。
そう言えば教本の最終頁に肖像画が載っていた。
しかしそちらは二、三十歳頃の絵だったので今見ても気付かなかったのだ。
『老公爵』は『公爵』相当の爵位だが一代限りとなっている。そもそもが王族なので爵位なんてあっても無くてもどうでもいいのだ。感謝と尊敬を込めて、先代国王が授けたとか……。
プラグは、もう少しいい説明をした方が良いのでは無いか? と思ったがリズはまあリズなので仕方無い。
確か、一応、政治が専門で宰相も副宰相もこなし、思い立って各国を渡り歩いた後はまた国に戻り、ラヴェル大学で教鞭を執り……医師の証も裁判官の証もなんでも持っている。しかもそれが自国、他国問わず。証が歩いてくる、とかなんとか。その上、騎士としても強いらしい(当然のように剣術もできる)。さすがにもう騎士は引退していると思うが。画家、建築家、文筆家、翻訳家としても名を馳せ、災害があれば現地に飛んでいき、復興に尽力して凄い街を作ってしまう。首都にも各地にも彼の設計した建物があり、そう言えばコインの絵柄にもなっている。
……こういう人物がぱっとできてしまうのだから、『人間』というのは本当に恐ろしい。
神の設計ミスではないだろうか? 対する精霊達の、いかにのんびりでか弱い事か……戦おうと思わなくて本当に良かった。
ちなみになぜプラグがこんなに詳しいのかというと、彼はカルタ伯爵のラヴェル大学での恩師――と言うか名誉学長なのだ。伯爵はよく『恩師が』と言っていたが、その恩師の一人だ。確かに『今もご健在』と聞いていた。
「で、科目だが、お前達七人は、このレイモンド・バウル公……もうレモンちゃんでいいかな。レモンちゃんと面談して、授業内容を決めていく。苦手な科目とか、必要そうな科目を上手いこと調整して、あと十ヶ月で、必要最低限、教えてくれる? らしい、よくわかんねーが、まあ、お任せでいい」
レモンちゃんなんて呼んでいい人物では無いのだが。リズはリズだから仕方無い。
……リズはいつか不敬罪で投獄されるのではないだろうか。
『ご本人』は楽しげに微笑んでいる。
「で、他の候補生達は、自分が必要と思う科目を好きに取る。一応、希望の進路に合わせて、幾つかひな形を作ってくれるっていうから、それももうお任せだ。レモンちゃんじゃなかったら、バウル教授かバウル公って呼べ。うん。レモンも可愛いけどな――」
リズが残りの教師達を見る。
「で、うーん。一応、自己紹介、するか? せっかく集まったんだし……レモンちゃんから、名前と、専門分野? 何を教えるか、細かい経歴は長くなるからとりあえず無しで。順番によろしく」
そして自己紹介が始まった。名前と何を教えるかを軽く語っていく。まあ、よくぞ集めたな、と言う感じの顔ぶれで、異国人の教師もいる。
それにしても豪華なので不思議に思った。どう考えても、皆、忙しそうなのだが……。
自己紹介が終わった後、リズが不気味に笑った。
「ふっふふ、お前等は運がいい。とてもいい。特にシオウ。お前は、運が良かった!」
「……はへ?」
シオウが首を傾げる――リズが更にニコニコした。
「国王陛下が、ルルミリー=エルタ発見の報告を引くほど喜んでな! お前に褒美を出す、何がいいだろう、って大はしゃぎで言ったから、教師をくれと頼んだんだ、で、こうなった。自分で蒔いた種だ。きちんと刈り取れよ!」
「げ……うぇ……違うのが良かった……レガンの独立とか……もったいねー」
シオウが呻いた。
シオウは中々ふっかける。しかし確かに、独立は無理でも、言えば未来の領主の地位くらいは保障してもらえただろう。ルルミリー=エルタの発見はそのくらいの出来事だ。
しかしリズは中々上手い事を言ったと思う。一度の授業でとんでもない金額を取れそうな教師ばかりだが、謝礼はどうなっているのだろう……? まさかとは思うが……。
「ちなみにタダで雇ったから、感謝しろよ! 期間は卒業まで!」
プラグは、うわ。と思った。そんな気はしていたが。リズは目茶苦茶だ。
まあ国王直々の召集で、しかもバウル教授に会えるのだから、喜んで行きます、となったのかもしれない。
「以上、あ、何か質問はあるか?」
プラグは特に無かったが、ウォレスが「はいッ!」と元気よく、必死に手を挙げた。
後はナージャも何か言いたげだ。
「ウォレス」
当てられて、ウォレスが口を開く。
「あの、俺、なんでここに呼ばれたんです?」
「――あー。お前な。お前、自分で心当たりあるだろ」
リズはそう言った。
するとウォレスが微妙な顔をした。
「なんとなく……でもなー……俺、関係あります?」
「ある。大ありだ! プラグもヤバイが、お前もヤバい! 気がする。愛国教育もあるからな! 私の目に狂いはねぇ!」
「何なんだ?」
とシオウが珍しく首を傾げて呟いた。
するとリズが溜息を吐いて首を左右に振った。
「ざっくり説明するとなァ。こいつの兄貴は、平民出身だったが、なんだかんで近衛にいた。近衛でもまあまあ強い騎士だったんだが……七年前、良い所に婿に入って、今は結構な地位に収まっている。んな事がしょっちゅうあったら困るだろ。せっかく育てた人間が、あっさり、結婚しまーす! 僻地に移住します! だぞ? 愛国心どこ行った! 我が国第一を勉強しろ! せめて自国人と結婚しろ!」
リズの暴露に、ウォレスが溜息を吐いた。
……ウォレスにそんな事情があったとは。しかし兄の事なので、見事なとばっちりだ。
するとリズはプラグも、シオウもナージャも見た。
「お前等に言っておくが! 精霊騎士は、めちゃくちゃモテる! 特に『クロスティア』なんて言ったら、女も男も目の色変えて迫ってくる。恋愛目的! 金借りる目的! とりあえず仲良くしとこう目的! 嫌がらせ目的! うざいったらありゃしねー! とりあえず殴っときゃ収まるが、上手い躱し方も伝授する。その道のプロもいるからな」
確かに……いた。社交術の教師が、二人。
一人はいかにもな美女。もう一人の男性は、一見地味で教師に見えなかったが、一癖ありそうな感じは出ていた。確かに、ある層の女性には人気がありそうだ。
「じゃあ、教師陣はしばらく、薔薇の館かアプリアの屋敷に滞在する。で、生徒は薔薇の館で授業を受けたり、宿舎に呼んだりする。ってことで、まずは面談だな。じゃあレモンちゃん、後は任せた!」
そう言って、リズは笑いながら去って行った。
■ ■ ■
教師達は、リズと入れ違いで入って来たリーオに案内されて、薔薇の館を見学している。
残ったのはレモン……否、バウル教授だけだった。
バウル教授は、図書室を借りて順番に面談を始めた。ウォレスから始まって、プラグは最後になってしまった。
その間、黒髪、青灰色の瞳を持つ、若い男性隊士が教師の経歴書、今後の仮予定をくれた。
「ざっと目を通しておいて下さい」
――彼はシリング・アフラと名乗った。
黒髪は短く、真ん中分けにして、額を出している。年は二十歳でアプリアの同期だという。
涼しげな容貌だが冷たい感じは無い。しっとりと落ち着いた雰囲気の好青年だ。
彼は前線に出る事もあるが、主にリーオの補佐や近衛との連絡役をしているとか。
『六月』
個人訓練、並行して集団戦の訓練開始。まずは模擬戦(旗取り)。
『七月』
同じく模擬戦(魔霊想定、精霊剣、旗取り)。個別進路の決定と個別研修の開始。
できれば近衛との合同訓練開始。決闘(ゼラルート)の練習。
『八月』
戦闘クラスの希望者は夏の遠足(もちろん鍛練。某所で合同訓練)。
事務クラスはラハバ領に遠足(こちらは普通の遠足)。
『九月』
実戦訓練、実地研修。引き続き模擬戦。
近衛騎士団での捜査実習(一ヶ月予定、希望者はもう少し)。
『十月』
実戦訓練、模擬戦。普段通り。
『十一月』
普段通り(未定)。
『十二月』
普段通り(未定)。
『一月』
普段通り(未定)。
『二月』
最終試験の後、配属先決定。
――改めて見ると、まだ先は長い。
たまに『希望者』と書かれていたが、プラグ達はおそらく選べない。
シリングが微笑んだ。
「えーっと、今年は皆さんが優秀なので、日程がかなり前倒しになっています。その為、隊長は新しい教師をお願いする余裕があった、と仰っていました。例年は半年過ぎた辺りで礼儀作法、一般教養などが入る感じです。後半は全体の習熟度に合わせて変える予定です――では『進路希望』と書かれた紙を見て下さい」
プラグ達はシリングに言われて、進路希望の紙を見た。
「第一希望、第二希望、第三希望があります。ここにいる皆さんは、とりあえず第一希望は『精霊騎士』と書いて下さい。後は自由です。精霊騎士は例年は五名採用なので、第二希望、第三希望も記入お願いします。あ。『枠増加』については未定です。隊長の気分次第、一応検討中、と言ったところでしょうか。職業一覧は、この紙がそのまま食堂の掲示板に貼り出されるので、この中から選んで下さい。他の皆さんとまとめて、二十日の夕食で回収します。名前を書き忘れないように注意して下さい」
シリングが、進路が書かれた紙をアドニスとアルスの間に置いた。
紙はもう一枚ある。
「もう一枚の紙は、教科の希望です。皆さんはバウル教授が直接、面談で決定しますが……もし興味があって学びたい分野があったら、そちらも学べるので、記入をお願いします。こちらの一覧表も、後で掲示板に貼り出します。このくらいかな。何か質問は?」
プラグは手を挙げた。
「どうぞ」
「はい。教科は幾つまで取れるんですか?」
「自由ですが、一応、上限十までとなっています。礼儀作法やダンスは必修です。これも貼り出されます。ここにいる皆さんはおそらく、折角だからと一通り、最低一回は講義を受けると思います。後は教授と相談しても構いません。バウル教授はこの宿舎に滞在しますので。いつでも相談可能です」
「え。こちらに……?」
プラグは瞬きをした。この宿舎は、王族が滞在するには質素だ。
するとシリングが苦笑した。
「移動が大変だから……本舎でも遠いと。護衛も無しで、お風呂も食事も男子と一緒だそうです。部屋は一階二号室の女性達に、二階へ移動してもらう事になりました」
女子棟一号室はアプリアが来た時、既に女子棟二階に移動している。プラグは女子棟の二階を見た事は無いが、空きがあるのだろう。
部屋の引っ越しは前もあったことなので、問題は無さそうだ。
――そこでウォレスが図書室から戻って来た。
ウォレスは「緊張した……アプリア隊士がいた」と溜息を吐き「次、ナージャ」と言った。
ナージャは「……はい」と言って出て行った。
「そのくらいです。他の候補生にも、戻って来たら紙を配ります。後は――この紙を見て自由に相談してください。席を立っても良いです」
「一応、見るか」
シオウが溜息を吐いて言ったので、プラグも席を立った。フィニー、ナージャも席を立ち、シリングは戻ったばかりのウォレスに説明を始めた。
『就職先一覧――精霊騎士、近衛騎士団、領土騎士団(希望領土も記入)、プレート管理員、プレート研究員、クロスティア支援騎士、クロスティア救護員、クロスティア事務員、領土騎士事務員(希望領も記入)、巫女、その他希望があれば記入』
プラグは何だか近衛騎士団でもいい気がしてきた。第二は近衛、第三はいっそ巫女にしてしまおうかと思った。
「シオウはどうする?」
「こんなん、適当でいいだろ」
シオウが言った。
「俺は精霊騎士、やめてもいいかなって思えてきた……やめるなら今だ」
プラグは呟いた。何だか凄く面倒そうだ。
「じゃ、どこに行くんだ? もしやめられたらの話だけど」
シオウが尋ねてきたので「近衛か巫女かな」と言った。
「巫女かよ」
「もう何でもいい」
「まあ選べねぇからな。でも、巫女はやめとけ。研修があるかもしれないし。プレート管理員とかは?」
「あ。でもそれなら、領土騎士がいいかも。エスタード領とか、行ってみたい。シオウは?」
プラグは言った。その方が楽しそうだ。むしろ第一希望にしたいくらいだ。
「うーん。近衛は面倒そうだな。領土騎士、後はその他でレガン領主って書いとくか……」
シオウは書かなくてもいずれ領主になれると思うのだが、家もなくなった状態らしいので意思表示は必要だ。
「そうだな、あ、俺もカルタっていう手があった。ああでも、領主は大学が必要か。カルタの領土騎士ってなれるかな」
「無理じゃね? 勿体なさ過ぎ」
シオウが雑に言った。まあ、無理だろう。
「アドニスとアルスは?」
プラグは尋ねたのだが――二人とも、とても微妙な顔をしている。
「私達は、精霊騎士じゃなかったら、何にもなれないわ……王女一択よ」
アルスの言葉はもっともだ。彼女はがっくりと項垂れ、机にもたれた。
アドニスも同じ様子で頷いた。
「はぁ。ですね……王族って面倒です……一応、希望は何か書きましょうか」
アドニスが一覧を見る。アルスが頷いた。
「そうね……第二、第三希望が研修に関わるっていうのはありそうね……ああでも。近衛は、王族が何やってんの? って気分になるから無しで、巫女か領土騎士辺りがいいかも。エスタードね……私もそこにしとこうかしら。近いし……」
アルスが言った。
確かに、近衛騎士団は王族を守る為の騎士団だから、アルスが入ったら『王族が何をやっているんだ』となる。
と、そこでナージャが戻って来て、フィニーが出ていった。
「どうだった?」
とアルスがナージャに尋ねた。ナージャは瞬きを繰り返し、うろたえている。
「ええっと……なんだか……大変な事に……」
「そうなの……?」
「ええ……なんだか大変で……」
「うわー……そうなの? ナージャは何になりたい?」
アルスの言葉に、ナージャはしばらく反応しなかった。
「ナージャ?」
「――あっ、はい! いえ、何でした?」
「進路だけど……」
「……今は、考えられません……どうしよう……」
ナージャは深く項垂れ、とうとう机に突っ伏した。
「うわー、そうよね、ごめん……」
面談は大変らしい。プラグは教科の紙を見た。それにしても色々ある。
教師も良さそうだし、なんだか楽しくなって来た。
「教科か。結構あるな。十までか。どれを取ろうかな。全部取りたいんだけど」
プラグの言葉に「ふぇ?」と言うおかしな声が上がった。
フィニーとアドニスだ。アルス達もプラグを見ている。
「お前本気か?」
シオウに言われて、プラグは首を傾げた。
「え、だって、一年じゃそんなに大して覚えられないから……いっそ全部取ってしまって……先生も豪華だし、全部やろうか……と?」
皆の反応を見ていると、プラグは何か間違った事を言っているらしい。
「いやいやいや。そりゃ無い。さすがにやめとけ!」
シオウが言った。
「あ、そう……うん、そうだな? うん。やっぱり一つか二つにする。建築学と歴史、後は神話学、天文学と調査術かな。数学も気になる。でも入れてもらえるかもしれないから……それ次第か。言語学は何をやるんだろうな。詩吟も気になるし」
「プラグってやっぱり変なのね」
アルスが言った。
「そうかな、普通だと思うけど」
「そんな普通があってたまるか。普通さんに失礼だぞ」
シオウが呆れた。
するとアドニスが控え目に手を挙げた。
「あのー僕、いっつも思うんですけど、プラグ君って勉強は誰に教わったんですか? 前も少し聞きましたけど、もうちょっと詳しく」
アドニスの言葉に、プラグは少し考えた。
「カルタの伯爵と、あと伯爵が呼んだ教師達。後は、巫女達にも色々」
嘘は言っていない。伯爵は大学の知り合いを大勢呼んで、ストラヴェルでの過ごし方や、この時代の常識や、各種学問も教えてくれた。
教師の数は多く、ほとんど同窓会だった気がする。
「でも一番教わったのは巫女かな……本が色々あって、同期の子と一緒に勉強してた。あ、アメルの同期だけど。図書館も教会の近くにあったから」
「それだけで? 学校は行きましたか?」
アドニスの言葉にプラグは首を振った。
「ううん。昔はあまり外に出られなかったんだ」
プラグの言葉に皆が首を傾げた。
代表でアドニスが尋ねてきた。
「それはどうして……? 教会が厳しかったとかですか?」
「いや。実は子供の頃、動物に襲われて大怪我をして。そのせいで入院。その間に教会で色々教わったんだ」
「んんん?」
アドニスが首を傾げた。
「でも教会は元々、しっかり教えてくれたし。後はアメル――妹がよくできたから、一緒に勉強したり、訓練したり色々」
「はぁ……なるほど……?」
「カルタの巫女は厳しくて、皆、精霊剣くらいは使えたんだ。カルタには大きな熊とか、大きな鹿とか狼、危ない動物が多いから、短剣で戦ったりとかは当たり前で、妹と一緒に教わってた」
そこでナージャが顔を上げて「ああ、そう言えば弓も使えましたね」と言ったのでプラグは頷いた。
「巫女弓もついでに習った。これも妹に引っ張られて。他にも色々教えてくれた」
「……そうなの。……カルタって凄いのね……、それから少しして、カルタ家の養子に入ったの?」
アルスが言った。
――どうやら誤魔化しに協力してくれるらしい。プラグは頷いた。
「うん、俺は伯爵の家にお世話になって、それでそのまま。伯爵が凄く顔の広い人で、昔の知り合いが沢山来てくれたんだ。アルスは?」
するとアルスは苦笑した。
「私、実は、バウル先生にも教わっていたのよ。あと、知ってる先生がちらほら……礼儀作法のミッシャラ先生とか、十人くらいはお城の先生よ。なんだかすごく気まずいわ……」
「そうなんだ。アドニスは? かなり色々勉強してるけど……」
プラグはアドニスに尋ねた。
「いえ、君ほどでは無いと思いますよ……たぶんアルスちゃんと同じ感じですね。専属の教師が何人もいて、代わる代わる教わって、と言う。――でも確かに良い機会ですね。まさか、ストラヴェルの教師陣から、最高の授業を受けられるなんて……! 来て良かったです。それに、バウル教授と言ったら何といっても、あの素晴らしい教本を作った方ですし、騎士であり、精霊学者であり、医師でも建築家でも政治家でもあるんですから! 生ける伝説としてヒュリスでも有名ですよ! そんな凄い方に、まさかお会いできるなんて!」
アドニスが満面の笑みを浮かべた。
「本当、それは嬉しい」
プラグも頷いた。
やがてフィニーもぐったりして戻って来て、そのすぐ後、リーオが戻って来た。
面談は時間が掛かりそうだから、自分の番が終わったら各自、自主鍛練、手合わせでもしろと言われた。
プラグは最後なので結局、待つことになった。
■ ■ ■
「やっと終わったぜ、俺、先、鍛錬に行ってる」
シオウが言った。
ようやく順番が回ってきたので、プラグは図書室に移動して、ノックの後、返事を聞いて扉を開けた。
「失礼します」
聞いていた通り、図書室にはアプリアとバウル教授がいる。
バウル教授は真正面の机に座っていて、アプリアはバウル教授の斜め右に座っている。背後の窓だけ青いカーテンが引かれていた――逆光で眩しかったか、背中が暑かったのだろう。
アプリアの前には書類を綴じた、厚み五セリチ程度の冊子が三冊。候補生達の成績表かもれない。その中から、二枚がアプリアの前、一枚がバウル教授の前に置かれている。
……確かにこれは緊張する。
バウル教授が微笑んで、口を開いた。
「どうぞ、座って下さい。大変お待たせしましたね」
「いえ……失礼します」
プラグはバウルの正面の椅子に腰掛けた。
「――さて。はて……ふむ。残りの二枚を」
バウルはアプリアから紙を貰って、目を通した。やはり成績表のようで、びっしり書かれている。
「そうですね。貴方にも見せましょうか。今の所の、貴方の成績です」
と言って、見せられた。
一枚目はプラグの出身地、経歴から始まり、性格などが細かく書かれている。
ただし両親、誕生日、血液型など、不明、と書かれた項目も多かった。
『プラグ・カルタ』
男。カルタ領、カルタ本家養子。五男。
双子の妹(アメル・ドーゼ)がいる。
アメルはカルタでは有名な巫女。黒プレート浄化の祝詞『エル・エミド』を考えたスゲーやつ。別名、聖眼のアメル、熊殺しのアメル、井戸掘りのアメル、八つ裂きのアメルなど。アメルの評判は首都にも届いている。(ミリルが知ってた)しかしプラグ本人には特に目立った功績や噂無し。あまり人前に出ていないらしい。カルタ家の使用人達は『馬小屋の王子様』と呼んでいた。
『馬小屋の王子様』――このあだ名にプラグは苦笑した。
養子に入った後、プラグはファータを構ってしょっちゅう馬小屋で寝泊まりしていたのだが、それを見た使用人達が付けたのだろう。
性格は……『大人しく見えるがやべー事をすることがあるので注意。一周回って性格悪い気がする。基本は素直、根は良い奴? 少し精神が弱い? 訂正。そんな事なく、ぶりっこなだけ。手加減は無用、叩けるだけ叩いて伸ばせ』と書かれていた。
そして下の方に『訳あり・詳細不明・詮索無用・細かい事は気にするな。巫女の妹は可愛いので出入り自由。焼き鳥を預かり中』と書かれている。
……おそらく書いたのはリズだ。徐々に書き足されている感がある。
二枚目は実技の成績。裏面には現在追加で行っている訓練内容が書かれていた。そして実技の、月ごとの順位が書かれている。
三枚目は学課の成績、試験の点数など。こちらにも月ごとに順位が書いてある。
十二ヶ月分横に書けるようになっていて一年使う物らしい。
しかし、まだだった三ヶ月と少しで、これだけしっかり作ってあるとは。驚いた。
「どう思いますか? あ、気軽に答えて下さいね」
「……どう……? 結構しっかり書いてあるなと」
ねちっこいリズの事だから、全員このくらい書いてあるのだろう。
するとバウルが微笑んだ。
「ええ、私も見て驚きました。この成績表はリズメドル隊長が考案し、アプリアさんとリーオさんが形を作ったそうですよ。貴方の他には、シオウさんにも見て頂きました」
「シオウにも?」
「ええ。そうしたら、ふぅん、と言っていました。あれはやる気ですね」
バウルが苦笑する。
プラグも苦笑した。シオウらしい。
「貴方は今の所、実技も学科も一番を取っていますが。これからも取れると思いますか?」
尋ねられて、プラグは少し考えた。
「いえ。難しいと思います」
「おや。それは何故でしょう?」
「――」
プラグはどう答えた物かと考えてしまった。
「理由はありますか?」
とバウルに小首を傾げて、可愛らしく……尋ねられた。
「いえ、皆、優秀なので。きっとどこかで追い抜かれると思います。半年後にはシオウの方が強くなっているかもしれないし、アルスやアドニスが頑張るかもしれない。後は、新しい教科が入って混乱するかも」
実際は、人の振りをする以上どこかで制限をして、手加減しないといけないから……なのだが……。
するとバウル教授が声を上げて笑った。
「はっはっはっ。なるほど、今年は本当に、珍しい年ですね。では――これも、廃棄でいいですかな?」
「はい」
アプリアが頷いたのを見て、バウル教授は、びりっ、と音を立てて、実技と学科の紙を破いた。
「えっ」
縦に破り、横に破り。綺麗に四つに裂かれてしまった。
「破かれたのはどうしてか分かりますか? 答えて頂けますか?」
プラグは混乱しつつも……。
「……分かりませんが……可能性として、もう決まりとか。いやまさか……落ちた、の方かな」
と答えた。
バウル教授はまた笑った。
「決まりの方ですね。後は己を見つめて、このまま精進し、精霊騎士にふさわしいと皆が認めたら、貴方は精霊騎士になれます。ちなみにシオウさんも、同じく破りました。驚いていましたよ」
シオウは戻ってきた時いつも通りだったが、プラグと同じように驚いたのだろう。
しかしプラグは早計だと思った。
「でもまだ六月ですよ? さすがに、少し早いのでは?」
「いいえ。資質というのは、変わらない物です。特に精霊騎士になるには、揺るぎない才が必要です。後は貴方次第。ここはどうでしょう? 楽しいですか?」
「……楽しいですが、たった今、難しいなと思いました」
プラグは少し、眉尻を下げた。
「ふむ。貴方は控え目な方のようだ。お幾つですか?」
「十四歳です」
すると笑われた。
「ずいぶんとお若い――それはさておき――教科はどうしましょう。王女様から、やりたい科目が多いと聞きましたが?」
「アルスが?」
「ええ、王女様とは、ちょっとした縁があり、勉強を教えていたので、人となりは分かっています。代わりに皆さんの話を伺いました」
「そうなんですね」
プラグは相槌を打った。
「ええ、シオウさんは冷たく見えるけどとても優しい子、プラグさんは、優しくて良い子だけど、ちょっと難しい子、と仰っていましたね。貴方は王女様の事をどう思いますか?」
「……どう、とは?」
「好きか、嫌いか? でしょうか」
「……どちらとも言えないです。彼女はちょっと難しい」
「おや。同じ言葉を借りましたね」
バウル教授の言葉に、プラグは頷いて、首をひねった。
「彼女の事は、よく分からなくて。でもそこまで嫌いでは無いです。……不思議な人だな、って思います」
「ほう。なるほど。ふむふむ。興味深い。――そうだ、科目についてですが。これでもかと言う程、色々ありますが。一つ、足りないもの、あえて足さなかった物があります。それが何か分かりますか?」
「……」
プラグはあるとすれば、と思った。
しかしあまり答えたくない。
「お分かりでしょうか? 当てずっぽうで、外れでも構いませんから、答えて頂きたいのですが……駄目でしょうか?」
「……何となく、分かるような気がするんですけど……あんまり言いたくないような気がして」
「お気になさらず。無理に勧めませんから。安心して下さい」
「…………帝王学ですか?」
「おお。当たりです。どうして分かりましたか?」
バウル教授が微笑んで言った。
「……ナージャが動揺していたので。後はウォレスの兄の話を何となく、聞いた事があったので……青髪の騎士が、ギービフという、北の島国の王様になったという」
「なるほど。どうです、やってみますか?」
プラグはすぐに首を振った。
「必要ありません」
「おや……それはどうしてでしょう。精霊騎士はモテますよ? それこそ、どこかの姫や貴族に見初められて、貴族や王族の仲間入り、と言う話は良く聞きます。普通は隊士になった後に覚えるそうですが……今年は折角なので、教えておこうとなりまして。国によって、教える事は違いますから、楽しいと思いますが?」
プラグは首を振った。
「ふむ、では……変えましょう。やって下さいますか?」
それでもプラグは首を振る。
バウル教授が苦笑する。
「これは不思議な物でしてね、首を振る方には教えた方がいいのです。まあ、教養の一つとして入れておきます。皆さんも一緒ですので、ご安心を。後は、そうですね、一通り全部入れておきましょうか。もちろん全て一年で、とは言いません。隊士になった後も、希望があれば皆さんに声をかけてみましょう。ああ、破いてしまいましたが、成績はまた付けていくので。気にせずに、頑張って下さい。――ぜひとも、皆が見惚れるような、立派な騎士になってください」