「ねえシオウ」
「ん?」
アルスに声を掛けられて、シオウは振り返った。
先程までプラグとアルスは、二人でなにやら、出かける話をしていたのだが……。
「明日の休みなんだけど、私達、ここで着替えてもいい?」
「ああ、いいぜ。その間、部屋出とく。何時頃だ?」
『アメル』とアルスが二人で外出する、と言う話は前から出ていたので、シオウは快く請け負った。
アルスがぱっと笑顔になる。
「十時頃に出るから、九時……過ぎくらいかしら。何か欲しい物はある?」
「んー、何か食い物? 甘くても辛くてもなんでも。飯はいい」
「わかったわ」
「ん。楽しんでこいよ」
二人はどこへ行こう、と話し合っている。
アルスがプラグに話し掛けた。
「プラグ、行きたいところはある?」
「ちょうど『カタリベ』が階段広場に来るって聞いたから、劇を見るのはどう? 演目は『ラメオとシャレット』――混むかな?」
プラグが言った。
――『カタリベ』とはこの国独自の風習で、レガン風に言えば『吟遊詩人』だ。
ただし『流し』ではなく、ストラヴェルのカタリベは国に雇われている。
騎士章のような『証』が必要で、演芸の最高峰だ。
彼等は各地を渡り歩き、城での出来事や、貴族の面白い話、重大事件などを正確に伝える。その方法が、歌や劇、音楽や、語りなのだ。
庶民は好きな額のお布施を払って話を聞く。予約は必要ないが、人気なので混む事もある。
……『ラメオとシャレット』というのは有名な恋愛物で、幼なじみの王子王女の悲恋を描いた物語だ。ラメオ王子とシャレット王女は許嫁で、お互いずっと想い合っていたが、国が敵対を始めてしまい……すれ違いで王女が死に、王子は王女の亡骸を抱えて自殺する。自殺の方法は脚本によって違っていて、稀に片方、または両方が助かる場合もある。展開が読めないと、女性に大人気の演目だ。
「きゃあ! いいわね! そうしましょう。たぶん――混んでも、そこまでじゃないわ。毎月、色々やっているから」
アルスがはしゃいで言った。
「そうなんだ。カルタは大盛況だったよ。あとは、最近、日差しが強いから帽子が欲しいな……首都は壁が眩しくて」
「ああ、そうよね。水色って意外と眩しいのよね。白漆喰も眩しいけど……あら。その帽子って、アメルちゃんの?」
「うん、つばが大きくて、白いのがいいって。どこがいいと思う?」
「それなら、南側のベルネル通りがいいと思うわ。この前、皆が行ってきて、すごく可愛いお店が沢山あったって言っていたもの。あの辺りは人気あるわ。露店も出てるから――あ、そうだわ、先に帽子を買いましょう。そうしたら劇の間、日差しも防げるし、飲み物も持って――」
(順調、順調)
シオウは内心頷いた。シオウにはある壮大な計画があって二人の仲を応援している。
その計画とは『二人の子孫を嫁に貰う』という、気の長い話だ。
しかしシオウは過去、レガンの『秘術』により、多数の生贄と引き替えに、長い寿命を獲得した。
余裕で千年、あるいはもっと生きられそうなので、そのうち気に入る娘ができるだろう。
(子供ができたら、その時は二人共攫って、レガンで一年匿う。子供はプラグに育てさせて、アルスだけ何事も無かったかのように返せば良い)
生贄は両親や兄弟、血縁者達で、その顔はもはや思い出せない。
過去の出来事はだいたい覚えているのだが、『自分』となった登場人物となると顔が真っ黒だったりぼやけていたり。関連する記憶が曖昧だったりする。
まあ、秘術に関わりのない部族の顔、例えばこの騎士団にいたレント・アンガルド、マリー・アンガルド、その他部族の族長達は覚えているので問題ない。
ラオラ地区は魔霊――シオウの祖母にあたる、火郡(ほむら)の精霊『コル=ナーダ』が滅ぼしたので、そこにいた人間を忘れたところで不便は無い。
ちなみにコル=ナーダは今、シオウのプレートとなっている。不思議な縁もあるものだ。
レガンのラオラ地区は特殊で、特に、シオウは跡継ぎ候補として外界と隔離されていた。
領主の館――ほとんど城だが――のある、広い城壁の中に籠もり、ひたすら鍛練、鍛練、勉強、競い合いの日々だ。シオウの他にもたくさん兄弟がいた気がするが、その顔も覚えていない。
常に一番だったのは覚えている……。
兄弟や親戚は十三歳を過ぎると、特区の外に『修行』をしに出ていった。
――実際はどうだったのか。これはまあ笑い話だが……外に出た後、一応、ぼんやり覚えていた名前を調べたのだが、それらしい者は一人も見つからなかった。ラオラ地区が燃えた事を差し引いても、まあ見事に全員サヨナラ、という。つまり修行とは、そういうことだったのだ。
レントやマリーと出会ったのは、年上の鍛練相手としてで、その際は家の監視が付いていた。と言うか、壁際にずらりと並んで見られるのだ。
鍛練場所は、プレートを使う場合は城壁の端や中庭、裏庭。剣術の場合は屋内など、気分に合わせて変えられた(これも強い者の特権だった)。
家中、風呂でもどこでも監視はいて、逃げようとした子供が殺されていた。
鍛練相手は同世代だけではなく、年上も多かった。無理矢理連れて来られたような達人や、処刑してもいいと言う罪人もいた。たまに女子供もいて、シオウはアホくさいので無視していたが、他の兄弟は寄ってたかって殺していた。気晴らしは必要とかいって、派手な宴も良くあった。
ほぼ自治区なので、形だけとは言え、良くストラヴェル王国に従っているな、という感じだが、これは歴史、宗教と関係がある。
レガンには『ラガタ』と言う独自の宗教、生死観があり、『セシュオル』と呼ばれるおかしな神々がいて……その中に歴代聖女がざっくり混ざってしまっているのだ。
何でも、傷付いたかつての領主を助けたとか何とかで……お礼に以後の聖女は全て神様にしてしまおう、となったらしい。レガンで聖女は本当に尊敬されるので、ストラヴェル王国にも渋々従うし、アルスもレガンに行けば神様だ。
『ラガタ』については正確な事は領主の家系にしか伝わっていない。
だから領主は絶対で、兄弟がサヨナラしたのは火消しの他に、これも関係しているはずだ。
兄弟、親戚は皆、シオウも、修行を楽しみにしていたが……結果はこの通りだ。
『ラガタ』の神は多いが、守るべきはたった二十条の教えだ。
まあ、第一条が『無闇に人を殺すべからず』なのだから、もはや笑いが止まらない。
そして『神(セシュオン)と、神々(セシュオル)に感謝するべし』『人の妻を寝取るべからず』『水は大切に』『食物は分けろ』『金欲は程々に』など六つ目までは当たり前の事だが――それ以降は意味不明な祝詞だ。書いてあった通りに試したが何も起きなかった。
ラガタが領主の家系のみに伝わる――というか隠しているのは、この祝詞を守るためらしいが、使いどころは父も祖父も知らなかった。
レント曰く、現在はどの部族が領主になるか競い合っているという。
しかし残念ながら、どの部族にもあの土地をまとめる力は無い。それくらい、特区と部族には力の差があったし、一番重要な『ラガタ』を知るのはシオウくらいだ。
何より民もそれなりにいて、部族は民に見下されている――むしろ、部族の方が領主の家系にへりくだっている。
つまりレガンでは『特区』住まいが貴族、『領主の家系』は王に等しい感覚なのだ。
シオウが気ままに過ごせたのは強かったから、というのもある。
――シオウはおそらく昔の方が強かった。精霊の孫代の力を遺憾なく発揮し、相手になる者はいなかった。血が薄くなったせいで年相応に弱くなってしまったのだ。
力を取り戻す方法を探してもいいが……今くらいで丁度良い、と言う気もしている。
足並み揃えて、ではないが。以前の暮らしはあまりに退屈すぎた。ここにもプラグのように得体の知れない化け物や、リズのような怪しい生き物もいる。順当に人らしく鍛練して、少しずつ成長するのは有りだろう。
……頭も良く、強すぎた結果、本当につまらなかったのだ。
ルネ公爵は嫌いだが、気に入った相手をいびる気持ちは少し分かる。あの男はあの男だけの世界に生きていて、自分を律して、役割や力に従っている。悪いとは言わないが真面目すぎる生き方だ。
鍛練相手とは、余計な口を利いてはいけないという決まりがあったが、一応、必要最低限の会話は許されていた。というか退屈なのでシオウは適当に話し掛けていた。
レガンには二十五の部族があり、いつでも何かと競い合っていた。
最有力候補のシオウに気に入られれば、部族の扱いは良くなるので、他の部族の子供は愛想が良かったが、レントとマリーはとにかく固かった。真四角が逃げ出すような固さで、それでいてまあまあ相手になったのだから、呆れるしかない。
そんな面倒臭い場所だったので、無くなってむしろせいせいしている。
良い事をした、という思いは変わらない。
(明日、九時になったら、その辺ぶらつくか……)
■ ■ ■
翌朝――。八時頃。
「ねえプラグ、何を見てるの?」
アルスが、窓辺に立つプラグに尋ねた。
プラグは先程から、数分、窓辺に向かって立っていて。ついには椅子を持ち出した。
シオウも気になって少し窓辺に近寄った。
「ああ、見て、アルス、あそこにメオンがいる」
プラグの言葉に、アルスとシオウは首を傾げた。
「メオン?」
「メオン=リンド、エドナク隊士の精霊。猫みたいな姿で、可愛らしいんだ」
プラグが指差す方向に、実体化した精霊がいた。
メオン=リンドは『追跡』の精霊で、長い黒髪、黒目に、猫耳、猫の尻尾、黒い羽、という変わった見た目の精霊だ。その仕草はまるきり猫。そう言えばたまに、木の上や下で昼寝している。
今は雀を追っていて、かと思えば蝶々を追って、かと思えばゴロゴロ寝転がり、かと思えば花を千切って、遊んでいるようだ。
確かに、可愛い……のだろうか?
窓辺でしばらく見た後、プラグは窓を開けた。
「メオン」
プラグが声をかけると、メオンは左右に首を振って、首を傾げた。
声は大した大きさではなかったので、聞こえないだろう。
「メオン」
もう一回、今度は先程より少し大きい声を掛けると、頭上の耳がピクリと動いた。
そして、こちらを向いて、大きく手を振った。
プラグが手を振り返す。
「ほら、可愛いだろ。メオンは耳が良いんだって」
「へぇ、そうなの。確かに可愛いわ」
アルスが微笑んだ。
シオウは呆れた――びっくりするほど、微笑ましいというか……。気が抜ける。
しばらくして、プラグが窓を閉めた。
しかしプラグは、唐突に、再び窓を開けた。
■ ■ ■
プラグがメオンを見つけ眺めて、窓を閉めた後。
『来たよー』
と言う声が聞こえた。
プラグは、はっとして、再び窓を開けた。
「どこにいる?」
思わず声に出してしまって、その後、念話に切り替える。
『上だよー、入れてー』
窓から静かに入って来たのは――。アメルとプラグの紅玉鳥『トゥーワ』だった。
プラグは驚いて腕に乗せた。
「トゥーワ! どうしたんだ!?」
『さみしくてー、来たよ』
トゥーワはそこで念話を終えた。後はプラグの頬に頭を擦り付けている。
「ああ、そうか……すまない、ほったらかしで……」
プラグは頭や羽、嘴を撫でてやり、落ち着くまで構った。トゥーワはとても嬉しそうだ。
会いたかったのはプラグも同じなので、羽を撫でる。なめらかな感触が、最高に可愛い。寂しくてカルタから来てしまうなんて。もはや満面の笑みだ。
「えっ、紅玉鳥?」
アルスが驚いたので、プラグは説明をした。
「そう。アメルの。寂しくなって、来てしまったって、可愛いな。――あ、手紙がある」
足の筒を確認すると、やはり手紙が入っていた。プラグは細長い紙を伸ばして読んだ。
「サリーからか」
手紙には、とても寂しがっているので、もうそちらで世話をお願いします、と省略文字で書いてあった。少し前に夏服を送ったので、もうすぐ届くはず、とも書いてある。
プラグは微笑んだ。ずっとカルタに置いたままで気になっていたのだ。
「こっちにいるのか。うん、それがいいな。隊長に話してみて、だめだったら、ミリルさんに頼もう」
紅玉鳥は餌は自分で採るし、手の掛からない鳥だから、いたところで問題は無いだろう。ただずっと部屋に置いておくのはトゥーワも退屈だろうし、自由に出られないのもどうかと思うので、そこはリズと相談だ。
プラグはアルスに断って、トゥーワを腕にとまらせ、一階に下りた。すると階段の折り返し、窓のある踊り場で黒髪緑目のエミールに出くわした。
「あ。おはよう」
「おわっ、鳥、どうしたんだ?」
「妹のなんだけど、遊びに来ちゃったんだ」
「ああ、巫女の? アメル?」
「そう。しばらく預かるかも……」
「え、どうするんだそれ?」
「隊長に聞いてみる。駄目だったら、教会かな?」
「あ。そうなんだ――。なあ、ちょっと、触っても良いか?」
「いいよ、大人しいから大丈夫」
「どこを触ればいいんだ?」
するとトゥーワが『どこでもいいよー』と言った。トゥーワは紅玉鳥の中でも特にのんびりした性格だ。
「どこでもいいよ。羽とか? 背中とか」
エミールは嬉しそうに微笑んで、羽を撫でた。
「すげー、かっけー。しっぽ……の羽、尾羽? は触って良いのか?」
紅玉鳥は手に乗せると床につくくらいの尾羽を持っているが、トゥーワの尾羽は三十セリチ程度だ。
「トゥーワは気にしないけど、嫌がる子もいるな。どう?」
トゥーワは『いいよー』と伝えて来た。
「いいって、そっと触ってあげて」
エミールが怖々と尾羽に触れた。
「おお……すげぇ。でもこの鳥、思ったより小さいな? 前、子供の巫女が使ってたの、もうひとまわりでかくなかったか? しっぽも短い」
トゥーワは尻尾を抜きにすれば、体長四十セリチ程度で、若いカラスくらいの大きさだが、確かに巫女達が使っていた紅玉鳥に比べて、若干小さい。
「ああ。トゥーワはまだ四歳だから。ようやく成鳥くらい。若いから尾羽も短いんだ。羽を広げると大きいんだけど」
「へぇ。何年生きるんだ?」
「五十年から、八十年くらいかな……? そのくらい生きると、尾羽が床につくから、整えるんだって」
「えっ、そんなに? なあ、腕にとまらせる、ってできるか?」
「うん、同じ感じで腕を出して。もうちょっと曲げて」
腕を出してもらい、近づけると、トゥーワが移動した。
「おわ!? 軽い!? えっ? 小鳥!?」
エミールが驚く。
「そう、軽いんだ。普通の鳥じゃ無いから。精霊に近いんだって」
「へぇ……さすが凄いなぁ。ありがとな、ん? 隊長のところ行くのか?」
「うん」
「なら、厨房にいたぞ」
「え?」
「お菓子のつまみ食いしてた。本舎じゃ怒られるって。暇だよな。あのみーみー言う精霊に、これもらった。まだあると思う」
そう言ってエミールは笑顔でクッキーを取り出した。エミールもつまみ食いをしたらしい。
「そうなんだ。わかった、じゃあ」
「ん」
プラグは階段を下りて、リズを探した。
すると本当に厨房にいた。
「ラ=ヴィア様は~世界一料理がお上手ですね」
「ミ……」
「ひとつ頂けますか~?」
珍しく敬語を使いながら、皿に並んだクッキーを取っている。
「ミー。ひとつだけ」
リズはさくっと口に入れた。
「……いえ、世界一美味いので、できれば三つほど頂きたく……」
「ミー。……二つ」
「では三つで」
と言って、三つ取もったので、ラ=ヴィアがちょっと頰を膨らませた。
「みー、ずるい」
「カタイ事言うなって、あんがとな――って、おお?」
ようやくこちらに気付いて、目を丸くした。
「焼き鳥じゃねぇか。どうしたそれ」
リズは紅玉鳥を全部、焼き鳥と呼んでいるらしい。
「アメルのです。寂しくなって、来てしまったんです。ここに住ませて良いですか? 駄目なら教会に預けますけど」
「ああ、そうか、まあいいんじゃね? その辺に飛ばしとけ」
リズの返答は適当だった。おそらく紅玉鳥が賢くて、適当でも大丈夫だと知っているのだろう。
「部屋には置けないので、小屋か屋根があるといいんですけど」
「んー、あ、馬小屋の近くに、使ってない鳥小屋あったから、そことか? おっさんに聞けば適当に見繕ってくれるだろ。何か作り始めるかもな」
「ああ、そうですね。そうします。とりあえず許可と言う事で?」
「ん。まあ鳥だしな。餌もいらんだろ?」
「ええ。自分で採ってきます。何でも食べますから……トゥーワは葉っぱとか、草をよく食べます。虫も食べるんですけど」
プラグは苦笑した。紅玉鳥は普通の鳥と違って『何でも食べる』。昆虫や穀物だけではなく、お菓子や、木の葉っぱや、草や、小石も食べるのだ。紅玉鳥によって好きな物が違い、トゥーワは苦みのある葉っぱが好きだった。プラグは苦い物は苦手なので正反対だ。
「そか、まあじゃあ適当で」
ここには広い森があるので、餌に困る事は無い。
「はい。では」
プラグはそれで去ろうとしたのだが、ラ=ヴィアがとても不満そうにこちらを見た。
「ラ=ヴィア……あそうだ。ちょっと、お願いがあるんですけど」
プラグはリズを見た。リズはクッキーを食べている。
「なんだ?」
「今日、アルスと広場でカタリベの劇を見るんですけど、精霊達も連れて行って良いですか?」
「え。何体だ?」
「暇そうな精霊全部? 霊体でいれば大丈夫でしょう」
「いやいやいや、それは待て、さすがに何事かってなる。見えなくてもな。んん、劇ってなんだ?」
「ラメオとシャレットです」
「あー、あれか。女が好きそうなやつ。ふぅむ……」
そう言うリズも女性だが……しばらく考え「よし!」と言った。
「せっかくだ、暇なやつ連れて、私も行こう。精霊の引率はしてやるから、お前はアルスとデートしろ」
「デートじゃ無いです。アメルが行くんですから。と言うか、暇なんですね?」
「まー今はなー。つかお前ぇも似たようなモンだろ。劇は何時にやるんだ?」
「一時から二時間くらいです。あ、出かけるなら帽子、あったほうがいいかも」
「ん。わかった、ラ=ヴィア、今日は邪魔すんな、私と一緒だ。相手してやる」
「ミー。わかった。今日はリズと戦う」
「うん、頑張って……?」
プラグは首を傾げて、手を振った。するとトゥーワが、クルル、と鳴いた。
「あ、食べたいのか?」
また、クルル、と甘え声を出したので、プラグは一つもらって、食べさせて、自分も一つもらった。絶妙の甘さ加減で、ものすごく美味しい。リズはもう一つ……と手を伸ばしていて結構減ってしまったので、少し申し訳無くなった。
「そう言えばシオウに今度作るんだったな。その時、返すよ」
「気にしないでいいヨ。減ったのはリズのせい」
ラ=ヴィアが苦笑した。
「ラ=ヴィアも劇観る?」
「ミ。もちろん行くヨ!」
ラ=ヴィアは嬉しそうだ。ラ=ヴィアは歌や踊りが大好きだ。
「そうか、じゃあ楽しんで。またゆっくり出かけられたら良いんだけど、当分は無理か……」
ラ=ヴィアはプラグと契約しているが、まだ、表立って連れ歩くことができない。良く部屋に遊びに来る、仲の良い精霊と言う事になっている。
「みー。早く騎士になって欲しいミ。さみしいみー」
「そうだな、頑張ろう」
「みー」
ラ=ヴィアがみーみー言うときは、少し寂しい時なのだ。満足しているときは尊大になる。本当は一緒に出かけたかったのだろう。
『みーみー言う精霊』と言うエミールの言葉を思い出し、微笑み、プラグは手を振って別れた。
■ ■ ■
プラグはトゥーワを連れて馬小屋まで来た。
ここにはクロスティア騎士団の専用の馬がまとめて管理されていて、常時三十三頭がいて、プラグの愛馬もここにいる。
厩舎はしっかりした屋根があり、馬房は六十ある。これは来客の馬を預かるためだそうだ。
来客が多く、入りきらなかった場合は近衛騎士団の厩舎に預けるので、必要最低限、といった感じだ。近衛の厩舎はもう少し奥にある。かなり近くて、隣、という感覚だ。歩いて五分と言ったところか。実はクロスティア騎士団本舎のすぐ裏手に近衛騎士団の宿舎があるのだが、近衛騎士団は規模が大きいので宿舎は三つに分かれている。その宿舎うちの一つが隣接しているから、厩舎が纏まっている――という感じだ。
近衛の厩舎には広めの放牧場があるのだが、所属が違うのでほとんど使う事は無い。
例外として、馬術訓練の際に借りるくらいだ。
厩舎の裏には森があり、そのまま馬専用の遊歩道を散歩できる。森の中にも幾つか馬場があるので、そちらを使う事も多い。
遊歩道は近衛も使っていて、プラグが自分の馬で走っていると、稀に近衛の兵士に出会う。近ければ降りて挨拶することもあるし、話しかけられることもある。近衛の兵士は、馬で走るための道なので、通り際か少し前に『すみません、通ります』『先行きます』くらいでいいと言っていた。進む方向に対して左側通行で、ぶつからないように走る決まりがある。脇道もあるので、速度を出している時は会わないように避けることもある。
プラグは入り口で顔見知りの厩務員に声をかけた。
「アレンさんこんにちは。今、入って良いですか?」
「ん、いいよ。乗ってく~?」
「いえ、今日はなしで。ビルフさんいますか? ちょっと相談があって」
「奥にいるよ。それ、紅玉鳥?」
「ええ、妹のなんですけど、しばらくお世話になれないかなって」
「あー、どうだろうな。紅玉鳥って何食べるの?」
「何でも食べますよ。トゥーワは葉っぱが好きです」
「えっ、葉っぱ食べるの?」
「ええ。飼い葉も食べられるかな。食べてみる?」
『どれー? おいしい?』
「食べてみるみたいです。少し頂けますか?」
「ええ、いいけど、本当に食べるの?」
厩務員が近くにあった飼い葉を掴んで差し出して来た。プラグが受け取り、差し出すとトゥーワが嘴でついばんだ。
咀嚼してそのまま飲み込む。
「どう、味は」
『いけそうー』
「いけそう、だそうです」
トゥーワは飼い葉をついばみ始めた。
「へぇー不思議な鳥だな」
「あれ、プラグ君」
とそこで奥からビルフが馬を連れて歩いて来た。外で走らせるつもりだったのだろう。
青毛の牡馬『チーカー』は走る気満々、と言う顔をしている。
「あ、こんにちは。今から外ですか?」
「うん、コイツが落ち着かなくて。ちょっと走らせてくる。ファータちゃんに用?」
会話が始まった途端、チーカーが大人しくなった。とても可愛いらしい顔をして――むしろ目を輝かせて――プラグを見ている。ちなみに『ファータ』と言うのはプラグの馬の名前で、正式名は『ラ=ファータ』だが、プラグもファータと呼んでいる。
「いえ、今日は、この子を預かって貰えないかって思って。隊長は小屋があるって言ってたんですけど」
「おお、紅玉鳥。え? 隊長のやつ?」
「いえ、巫女の妹がいて。飼い葉でも葉っぱでも勝手に食べるんですけど、住み処があるといいなって。ここに置いてもいいよって言われて」
「ああ、じゃあ外の小屋、見る? 紅玉鳥用に作ったらしいけど、使ってないのがあるよ」
「そうなんですか? 行きましょう。チーカー、ちょっと待ってくれるか?」
するとチーカーは素直に――なんとなく頷いた。ビルフが苦笑する。
「コイツ、全く調子の良い」
プラグも苦笑した。チーカーは牝馬のファータを気に入っていて、狙っているらしいのだが、ファータはプラグの馬なのでプラグの許可がないと仲良くできない。その辺りの事情を察してか、プラグに対しては大人しいのだ。プラグは始め考えていなかったが、とてもチーカーは賢い馬なのでファータが気に入ればいいかも、と思っている。
ちなみにこんな様子では、一緒の時間に放牧はされないので、やはりプラグ次第なのだ。
「ファータとは仲良しですか?」
「どうだろうね、一緒にできないからなぁ。こいつは見るからにぞっこんなんだけど。さっきもファータちゃんが歩いて行っただけでこれだよ。主張が凄い。あの威張り具合はどこへ行ったんだか」
ビルフが笑った。チーカーはファータが来るまでは我が儘放題、だったらしいのだが、近頃しおらしくなった……という。
「でもファータには勿体ない良い馬ですからね……」
プラグはチーカーを見た。クロスティア騎士団の馬には、決まった持ち主はいないのだが、この馬には持ち主がいて、それがなんとルネ。ルネは何頭か馬を寄付している。
そのせいかチーカーは気が強く、乗れるのは厩務員達と、ルネと、あとは隊長のリズ。
つまり自分が気に入った強い奴しか乗せない……と言う、気位の高い馬なのだ。別に持ち主がどうこうではないのだが、ファータには少し勿体ない気がする。ファータもとてもいい馬なのだが……。
「ファータはまだ三歳だからなぁ」
こちらのチーカーは五歳。大した差では無いし、別に牡馬の年齢は何でも良いのだが、繁殖させるなら牝馬は五歳くらいの方がいい。
通常、チーカーほどの馬なら種付け料か、子馬の引き渡し料を取るのだが、ルネはそんなけちな事は言わなかった。好きにしなよ、と言っていた。
「伯爵はどう仰ってる? もう聞いてくれた? 子馬はあげてもいいし、引き取る事もできるけど」
「聞きました。俺の好きにして良いって。どうしましょうね……」
プラグは苦笑した。カルタ伯爵も同じく好きにしていい、と言う感じだ。
ファータはカルタ伯爵の持つ、一番良い馬から生まれた馬だった。プラグが養子に入ったときまだ二歳だったが、ちょうど空いている暇そうな馬、と言う事で伯爵がプラグにくれたのだ。そこから世話をして、今ではすっかり懐いている。
「そうですね、俺が騎士になれたらかな……でもまだ何ヶ月もあるから、チーカーも少しは仲良くしたいよな……。あ。そうだ」
「ん?」
「いえ、もしシオウが乗れたら、一緒に遠乗りできるかも。俺の友人ですけど」
「あ。それはいいね! シオウ君ってあの派手な髪の子だよね? 格好いい――あ、ここだけど」
そこで小屋に着いたので、プラグは小屋を見た。思ったよりしっかりとした小屋で、横幅六メルトほどで、二階建てくらいの高さがある。柵があり、木造で、扉が付いていて、窓と跳ね上げ扉がある。プラグは見上げた。
「凄く立派ですね」
「ああ、もしかしたら専属の巫女さんが来るかもって、しっかり作ったらしいんだけど、教会が近いから使わなくて」
「ああ、なるほど」
「中、見る? 鍵、取ってくるけど、宿舎にあるかな」
鍵は厩舎ではなく、用務員の宿舎にあるのだろう。馬の世話は大変なので、厩務員は住み込みで働いている。そのほか、クロスティア騎士団所属の用務員も住み込みが多く、宿舎はまとまっているらしい。
「お願いできますか?」
「じゃあこいつ、繋いどく……あ、あるな。これでいいか。大人しくしろよ――すぐ戻るから」
ちょうど柵があったのでチーカーを繋いで、ビルフは小走りで休憩所に向かった。
プラグはチーカーに話しかけた。
「チーカーはトゥーワは平気か?」
トゥーワを見せてみるが、平気そうだった。
それよりチーカーが気になるのはファータの事だろう。
「今度、シオウと一緒に遠乗りしようと思うけど、チーカーはシオウを乗せてくれるか? そしたらファータと一緒に散歩できるんだけど」
チーカーはさすがに、よく分からない、という顔をしている。
「ふふ、チーカーはシオウによく似合いそうだな。真っ黒だし」
シオウは馬も得意なので、きっと乗りこなせるだろう。
よしよしと撫でていると、ビルフが戻って来た。
「――お待たせ」
結構急いだようで、ふぅと息を吐いている。
中を見たところ――しっかりとした、紅玉鳥用の小屋だった。止まり木が沢山あり、寝床がいくつかあり、上部に吊り小窓があり、勝手に出られるようになっている。
トゥーワも大喜びで、羽ばたいている。
『ここにいるー』
「ここにいるって。気に入ったようです。掃除はどうします? 俺、やりますけど」
さほど埃は無かったが、使われていなかった建物なので、空気の入れ替えは必要だ。
「いやいや、こっちでやっとくよ。もう今日から使う?」
「そうですね。トゥーワ、どうする? 掃除が必要なんだけど?」
『外でもいいよー』
「今日は外でいいらしいです」
「ええ? そりゃぁかわいそうだよ。後でやっとくから。とりあえず床と窓掃除だけやればいいかな。それでいい?」
ビルフの言葉にトゥーワが甘えた声を出した。プラグも喜んで頷いた。とても親切な人なのだ。
「じゃあお願いします。外に出たいときは、トゥーワは羽ばたくので、そしたら出してあげて下さい。ご飯は勝手に外に出て、草とか葉っぱとか食べるので放置で大丈夫です。のんびりした性格なので、あまり細かい事は気にしません。軒下とか、適当な木の上で一日過ごしていたりします。呼べば来るんですけどね。姿が見えなくても気にしなくて大丈夫です。あ、そうだ後で妹に来させます。詳しい事は聞いて下さい」
「ん、分かったよ。今日はどこか出かけるの?」
「ええ、――あ。そうだ行かないと、今何時かな」
プラグは着替えを思い出して焦った。しかしさほど経っていないはずだ。
「じゃあ俺、行きます。ファータには帰ってから会います。トゥーワを頼みます」
「ああ、いってらっしゃい」
後は頼んで、プラグは少し急いで宿舎に戻った。