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第9話 アルスと女子達

ー/ー




アルスにとってお風呂場は情報交換の場だ。
アルスはプラグ、シオウと同室で、それはとても楽しいのだが、当然、女子と話すのも好きだった。アルスは今日は既にお風呂から上がっていて、寝間着の白いワンピースを身に着けたところだ。

「エマ……本当に大丈夫なのかしら……」
アルスの右隣で、先程一緒に出て来た、茶髪に茶い色瞳の少女――リルカが溜息を吐いた。
彼女も、もう寝間着を着ている。
――数日前、エマと三人の男子が、密偵の疑いを掛けられて……突然退舎となり、そのまま帰ってきていない。
女子達は皆、心配していたしアルスも心配だ。

リルカ・ラ・ハーパー。ハーパー子爵家は結構、名門なのだが、気取ったところは全くなく、よく話す女子だった。
身長はアルスより少し低く、髪は背中の肩甲骨を過ぎるくらいの長さ。今はお風呂が上がりなので解いているが普段は三つ編みにしている。小柄でどちらかと言えば地味な顔立ちだけれど、こうして見ると素朴な感じで、目も大きくて結構可愛い。胸も大きいし……あと数年したら見違えるかもしれない。

「そうね……心配よね……何か知る方法があればいいんだけど」
アルスは頷いて、エマの顔を思い浮かべた。
エマは金髪の巻き毛に茶色の瞳。可愛い感じの容貌で、性格は素直。感情表現が豊かで本当に優しい。とても良い子だった。
始めアルスは女子達から遠巻きにされていたのだが……アルスが女子の輪に入れるように話し掛けてくれたし、休みの日は良く誘ってくれた。

リルカがまた溜息を吐いた。そんな良い子なので心配で仕方無いのだろう。リルカ、バーバラ、エマの三人は同室同士、本当に仲良くやっていた。いつも笑っていたと思う。

「私、本当はエマは何か心配事があるんじゃないのかな、って思った事あったのよ。聞いても、何も無いって言ったけど、浮かない顔の時もあったの」
「そうだったの……?」
アルスも気がかりだ。
「……リズさんに聞いて……いえ、難しいわよね……機密だろうし……」
「うーん……プラグなら知ってるかも? あ」
アルスはうっかり言ってしまい、口を押さえた。
「え? 何で?」
アルスの呟きにリルカが首を傾げた。アルスは誰も聞いていないことを確認して、リルカに言った。
「……いや、何となくだけどね。プラグは知らなかったら、私達の会話にもっと興味持ったと思うのよ。――ってそんなわけないわね。さすがに」
アルスは苦笑した。アルスは、よく勘が働くと言われるが、さすがに考えすぎだろう。
するとリルカが真剣な表情で、アルスを見て来た。
「……ねえ、そういえば、――あ、とりあえず出よう」
混んできたので、リルカの提案で、二人は風呂場の外に出た。

「――アルスちゃん、私の部屋に来ない? いえ、お願い! 来て」
「え、うん」
そして中々の勢いで、腕を引かれた。洗濯物を風呂場の隣に置いて、リルカの部屋に行く。

就寝までの時間は宿題で忙しいが自由に使える息抜きの時間でもある。
宿題が済んでいるときはアルスはたまに女子の部屋に遊びに行って、少しおしゃべりしたり、お菓子を貰ったりしていた。反対に、アルスが何かあげることもある。

リルカに誘われてアルスはそのまま一階の東棟、三号室に向かった。女子のお風呂場は東棟から短い渡り廊下で繋がっているので、三号室は本当に近い。

「実は、私よりバーバラが参っちゃって……少し話して、元気づけて欲しいの……プラグ君の事は無しでもいいから。夕飯も全然食べなかったし、お風呂もいいって言うくらいなの。いつも元気だから、意外で……」
扉の前で、リルカが言った。
「そうなの?」
確かにバーバラは以前、朝食の席で泣いていた。その日夕飯は意識して見ていなかったけれど、いたと思う。

二人が入るとバーバラは布団に潜っていた。
「バーバラ、寝ちゃった?」
リルカが声をかける。すると、窓際のベッドで、バーバラは起き上がった。
少しうねりのある茶髪に茶色の目。茶色の髪はリルカより濃く、どちらかと言えば黒っぽい。長さは肩につく程度。前髪は作らず、真ん中で分けている。
――これはストラヴェルの特徴で、平民の女性は、大抵の男性より長ければ、髪を切っていても怒られない。ただ、結うことができないので、伸ばす女性の方が多かった。
肩についていれば、そういうこともある、で済まされるが、短めの髪をしている女性は、活発で男勝りという印象だ。他にはペイトくらいだろうか。彼女も一応、肩を過ぎているので、バーバラの方が活発に見える。バーバラは五人きょうだいの真ん中で、上も下も男しかいないらしく、こうなったのだと言う。

「ううん……起きてる……」
「アルスちゃんを連れて来たんだけど、ちょっとお話ししない? お腹空いてない?」
「お腹……うん……」
憔悴しきった様子のバーバラを見て、アルスは驚いた。普段の彼女からしたら本当に弱っている。
「大丈夫? あ、ちょっと待って、お菓子あったから持って来ようか?」
「あ、お菓子なら沢山あるわ。今日、ラ=ヴィアさんがくれた白葡萄のタルトがあるの。丸いやつ……食べましょうよ」
リルカが言った。
「そう?」

――真ん中のベッドは空いている。アルスとリルカはバーバラのベッドの側に、勉強机の椅子と、タルトのお皿を持って来た。白葡萄がたくさん乗った一ホールのタルトで、六つにカットされている。アルスはとても驚いた。
「これ、どうしたの? もしかして、わざわざ?」
「そう、作ってくれたの。私、感激しちゃって……でも何かね、うん、ちょっと寂しい。エマもいたらな……」
リルカが涙ぐんだ。本当なら三人で食べたかったのだろう。
「そっか……、え? 私食べてもいいの? すごく美味しそうだけど」
アルスは苦笑した。
「いいよ、食べよう。私もお腹空いてきたかも」
バーバラが言った。
「良かった、じゃあ食べましょう。フォークある?」
アルスは微笑んだ。
「えっと、一緒にくれたけど二本しか無いわ」
「じゃあ私、手でいいわ。もらっていい?」
アルスが言うと、リルカが「私が手で食べるよ?」と言ったが「まあ良いわよ」と答えた。
「そう? なら私も手で食べようかな」
リルカは言って、手で取った。アルスも一つ取る。
「私はフォークで……手、洗ってないから」
バーバラが少し微笑んだ。

「美味しい」
「美味しい……」
「おいしい……! すごい」
タルトの効果は絶大で、三人とも一瞬、笑顔になった。

「あー! エマどうしてるかなぁ~元気でいますように……!」
リルカが声を上げた。バーバラも少し元気が出たようで、声を上げた。
「本当に、心配すぎて。あ~……!」
アルスは甘い物ってすごいのね、と思いながら美味しいタルトを食べた。本当に美味しいので、ラ=ヴィアに後でお礼を言おう。

「――そう言えば、ねえ……」
と言ったのはリルカだ。アルスを見ている。
「あのね、勘違いだったら悪いけど……あのさ、アルスちゃんってもしかして、王女様なの?」
リルカの言葉に、アルスはむせた。
「ゴホッ、ごほっ――いきなり、なにっ」
不意打ちだったので驚いてしまった。リルカが慌てて水、水、と言った。
するとバーバラがプレートとコップを手に取って「ああ、今出すわ! ル・フィーラ!」と言ったが、焦ったせいか、床にこぼしてしまった。
『水』のプレートは便利だが、霊力調整が上手く行かないとこうやってこぼれる。
上手くすればコップに必要な分を直接出したり、プレートの角から水差しで注ぐように水を出したり、分散して出したり量も調整できたり……と色々できるのだが。
「ああっ、布巾……!」
「ごめん、飛んだ……!? かかってない!?」
「いや大丈夫よ」
しばらくばたばたして、床を拭いて、アルスも水を飲めた。

「ふう」
三人とも再び落ち着いて、息を吐く。

「それで、聞いて良かったのかな……? カトリーヌさんと、ナージャが言ってたのよ……お城で見た事あるって。王女様だって。たぶん私も貴族だから、ぽろっと……。でも私、ナピィ領の出だから……えっ? って感じで。そんな事あるの? お忍び? 秘密とか?」
リルカの言葉に、アルスは少し考えた。

「意外に保った方かしら……、まあ、実はそうなんだけど……内緒で……というのも、もう無理かしら。でもできれば内緒にしてね」
アルスの言葉に、二人は頷いた。
「うん」
「うん……でも、うーん。結構皆、そうだろうって言ってたわよ」
バーバラが言うので、アルスは首を傾げた。
「なんで? どこから話が出て来るの? ナージャ達?」
するとバーバラが首を振った。
「ううん、そっちじゃなくて、実は、プラグ君とシオウ君」
「え?」
意外な言葉に、アルスは目を丸くした。
バーバラが苦笑する。
「ほら、あの二人、ちょっと強すぎるでしょ? だから、もしかして、元々騎士で、アルスちゃんの護衛なんじゃないかって言われてるの。アルスちゃんがすごいお嬢様か、王女様だから同室なのかもって。後は名前? 王女様と一緒だから、これはさすがにね……」
するとリルカも苦笑いをした。
「あー、その話、エマが言ったのよね……でも何か、皆、信じてそう。でも王女様だったってことは本当にそうなのかしら? 二人と元々、知り合いだったとか? あ、本当に王女様よね? ……こんな風に話して良いのかしら……」
リルカの言葉にアルスは溜息を吐いた。
「良いわよ気にしないで。王女って言っても、飾りみたいなものだから。――プラグね……なるほどそういう考え方もあり……なのかしら? 確かに、それっぽいかも」
バーバラが瞬きをした。
「本当にそうなの?」
「いえ、知らないわ。でも……たぶん、違うと思うのよね。もう今更だけど、私、部屋分けの時、最初に手を挙げるようにって言われてたのよ。それで同室にされたんだけど。あるとしたら、リズさん達の、騎士団の配慮かしら? うーん……」

アルスはしばらく考えたが、分からなかった。
「分からないわ。護衛って、いつのまにかついてる物だから、気にしたことなかったわ……プラグ……シオウも、そんな感じじゃないと思うんだけど」
「わ、すごく王女様っぽい」
リルカが言った。
「本当に、そういうのってあるんだ……!? ねえ、なんでここに入ったの――ですか?」
バーバラが目を輝かせた。
アルスは苦笑する。
「普通で良いわよ。えーっとね、反抗期かしら……」
「反抗期……?」
リルカとバーバラの声が重なった。
「そうなのよ。私、初めはどこかの領土騎士団に入りたいな、って思ったのよ。ほら、領土騎士なら、試験も一年って事はないし。いっそ事務でもいいからと思って。でも、そうしたら、親に反対されたの」
「あー……いやそれはそうなるでしょ」
バーバラが言った。リルカも頷く。
「うんうん。領土騎士って、わりと荒っぽい人もいるよね」
「じゃあ巫女はどうかしら、って言ったら、それも駄目だって」
アルスは溜息を吐いた。
「あー……まあ、でも、うん。まあそうなるわよ。巫女さんって忙しいもの」
リルカの言葉に、バーバラがまた頷く。
「そうよね。下手したら、騎士より大変よ、巫女さんって……」
バーバラの言葉にアルスは頷いた。
「そうなのよね。私、元々、精霊騎士にはなりたかったの。空を跳んでみたいと思っていたから。領土騎士も巫女も駄目、となると、ここしかなくて。城の中だし、近衛より審査が緩そうだし、じゃあここなら、ってお父様に言ったら、怒られて」
アルスの言葉に、リルカが溜息を吐いた。
「あー……そりゃ怒るわよ。厳しいって噂だもの」
「精霊騎士は、一番危ないって聞くわよね……」

「そうそれで、出来る訳がない、って言われて、カチンときて。じゃあやってやりましょう、となった訳なの。お父様は護衛も無しだぞ! って言ってたけど、別にあってもねー死ぬ時は死ぬわ」
「わー……逞しい」
リルカが言った。アルスは溜息を吐いた。
「聖女やってるとね、人間ってなんだろう、ってなるのよ。だからもう好きな事をしたいの」
「そうなんだ……そっか……大変だね……」
バーバラが深く頷いた。

バーバラは手元を見つめた。
「うん……私も、元気出そうかな。アルスちゃん、ケーキもう一個食べる?」
「いや、太るわ……」
「そうよね……でも、私、もう一個食べちゃおうかな……どうしようかな……」
バーバラの言葉にリルカが苦笑した。
「もう食べちゃえば? 私も食べる。それくらい動いてるでしょ」
「確かに。走るのきつい」
「……食べましょうか」
アルスは言って、三人はケーキを食べた。

「ねえ、そういえばアルスちゃんてプラグ君の事好きなの?」
そしてバーバラからお決まりの話が始まった。
「あー……百回聞かれたわ。もー」
アルスは苦笑いした。するとリルカも聞いてきた。
「実際、どんな子なの? 凄く綺麗だけど、ちょっと不思議っていうか、思ったよりずっと、大人しいのよね。無愛想な感じはしないんだけど」
するとバーバラが頷いた。
「確かにもの静かな感じよね……私、もっと喋る子かと思ってた。授業で話したけど、素っ気ないというか、必要なことしか言わなかったわ」
と同意した。これも良く聞く話だ。アルスは少し考えた。
「んー。喋るときは喋るんだけど。もっとたくさん、話かけてみたら? 人見知りなのかも。優しくて良い子よ」
「でも、忙しそうで……」
バーバラが言った。
「バーバラはプラグが好きなの?」
アルスが尋ねると、バーバラは天井を仰いだ。
「あー、好きだったのはエマよ。本当に素敵、って言ってたわ。あとはナージャ。夢中っていうか、一喜一憂っていうか、尊敬してる、ってそこまで? ってくらい。私はちょっと、なんか弟を思い出してね。鍛練も一人だけ厳しいし、あの子大丈夫かしら、ってはらはらしてる感じ? ほら、凄く細いから」
バーバラの言葉にアルスは頷いた。
「あー、わかる。ちょっと分かるわ……リルカは? あ! そうだわ、シオウとプラグだったらどっちが好き?」
アルスは尋ねた。どうやら近頃は、プラグ派、シオウ派、アドニス派、後はアラークやレンツィ派など色々分かれ始めているらしいのだ。
アルスは、これはプラグがあまりに優秀で、攻略が難しそうだったから――だと思っている。実際、本気でプラグを好きな女子には、五人ほど心当たりはあるのだが、あまりに鍛練が大変そうなので、皆、声を掛けるどころではなく、遠巻きにしている。

それでいくと――実はシオウも人気がある。
こちらは恋愛ではなく、幅広く好感を持たれている、という感じだ。
一人、本気でシオウを好きそうな子を知っているけれど、大人しい子なので見ていてちょっと気の毒というか……こちらが切なくなってしまう。声を掛けるなんて考えられない、遠くから見つめるだけで十分……と言った様子で。声を掛ければいいのに『ううん、いいの。私じゃ無理だから』と言われてしまっては。

無理そうなシオウとは対照的に、プラグはなぜか『いけるかも?』と思われるらしい。
エマ、ナージャ、リアンナ、ベアトラ、ローナ……その他、言わないだけでプラグを本気で好きな子は、プラグと本当にどうこうなりたいと思っているようなのだ。
これはアルスから見ても、たぶん他の男子から見ても、とても不思議だったが、女子から見ると、大人しいからいける、と思われるのかもしれない。
(案外、難しそうな子なんだけど……)
アルスは誰かの気持ちになって、プラグを『攻略』する方法を考えたが、たぶん無理、という結論に至る。
何といっても、趣味『女装』だ。こんな変わった男の子、どうやって付き合えばいいのだろう? 余程親しくなっても、打ち明けてもらえないだろう。どの女の子も、当たり障りのない会話で終わるのは目に見えている。
自分の事を女性と思う男性は、まれにいるらしいが、プラグはそれとは違う気がする。
妹の事など、色々事情があるらしいが――ただ、楽しいからやっている……ように見える。
つまり、本当に趣味だ。
アルスはとりあえず、同性だと思う事にした。
余程、皆に『あの子はやめておきなさい……無理だから』と言いたいのだが、プラグは王族でも、貴族でもない。
誰が誰を好きになろうとも自由だから、アルスが言う事でも無い。

それにプラグ自身が、別の誰かを好きになる可能性だってある。
本人曰く、今の所、好きな子はいないようだが。将来は分からないし、胸に秘めた子がいてもおかしくない。
幼なじみのミーアとか、たまに聞く、サリーという巫女とか……。
絶対にどちらも美人だと思う。
プラグの感想は大雑把で、美人の表現は、可愛い、とても可愛い、綺麗、とても綺麗の四択程度なのだが、意外と面食いというか。自分が綺麗だから感覚が麻痺している様子だ。普通の容姿なら『普通くらい』『さっぱりした顔立ち』などと言うので、彼が美人だと言うなら相当な美人だろう。

……それに……プラグはもしかしたら、何かの拍子に誰かを気に入ってあっさり結婚してしまいそうな感じがある。あくまで感じ、だが、何故かそう思うのだ。
ひょっとしたら、この『感じ』が、皆がプラグを本気で狙う理由かもしれない。

――アルスは『以上の理由で、プラグはお勧めしません』と心の中で呟いた。
プラグは誰もが驚く見た目と、優しさと、控え目な愛嬌と、人に好かれる空気? のような物を持っているから、敵が多すぎるのだ。

(そうだわ。あと精霊……なんか、わりと好かれてるのよね……)
アルスは思い出した。これは実技で思ったのだが、ふとしたときに精霊が立ち止まり、プラグを見ている事がある。一瞬だけなのだが。プラグが側に来ると、なんとなく張り切って見えるのだ。ラ=ヴィアに至っては、もしかしたら……プラグを本当に好きなのかも、と思ってしまうくらいの親密さだ。
もしそうなら応援したい。ラ=ヴィアは甲斐甲斐しくて健気で……、可愛らしい。
今は精霊と人間だって結婚できるから、プラグみたいな子には、いっそ精霊の方が合っているかもしれない。女装は人間には理解しがたい趣味かもしれないが、男性精霊も良くスカートのような衣装を身につけているから、良いのでは無いだろうか。

(それがいいわ。精霊みたいに綺麗な子だから、いっそ精霊と結婚すれば平和だわ。おとぎ話の主人公みたいに)
プラグは将来、精霊と結婚するのだきっと。
少なくとも変な貴族令嬢に見初められて、既成事実を作られて、無理矢理結婚、なんてことにならないといい。
アルスは考えておきながら青ざめた。それだ。プラグは真面目だから、もし何かあったら絶対に責任を取ってくれる。だから皆が本気になるのだ。

(もしプラグが精霊騎士になるなら、しっかり気を付けないと……! アメルちゃんの為にも。女装もできなくなって、表面上は笑いながらも、影で泣く姿なんて見たくないわ)

「アルスちゃん? どうしたの? おーい?」
バーバラが声を掛けてきた。
「ああ、いやなんでもないわ……ええと、それでリルカは?」
リルカが困った顔をした。
「えぇ私? だから、私はー、そうね……どっちかっていうと……いえでもシオウ君は、ちょっと恐い感じするから……フィニー君あたりなら、いいかなって思うけど」
「えええ!? それはちょっと!」「そっち!?」
思いがけないリルカの好みに、アルスとバーバラは声を上げてしまった。
「確かに、女癖は悪いし最悪だけど、優しいところもあるし……子供ができたらお嫁さんにしてあげるって、別に悪く無いと思うのよね。だって侯爵よ? むしろ真面目じゃない?」
リルカの言葉にアルスは、思わず声を上げた。
「ええぇ!? ちょっと、ちょっと待って、待って、よく考えて! あなた貴族でしょ! それはまずいわよ。絶対駄目! それならまだプラグの方が絶対にいいわ! シオウでもいいから! フィニーは駄目よ! フィニーだったらせめてプラグにして!!」
アルスの言葉に、バーバラも素早く頷いている。
「そうよ、プラグ君にしときなさい! シオウ君でもいいけど! どっちもフィニーよりましよ!」
「――冗談だって!」
リルカが焦って言った。「本当に?」と確認したが、本当にそうらしいので、アルスとバーバラはほっと息を吐いた。そして誰ともなく笑い始めた。

「――私、もしエマに会えたら、こんなんだったよ、って言おうかしら。頑張って、卒業して……」
バーバラの言葉に、アルスは頷いた。
「そうね、それが良いわ。いっそ誰が誰とくっついたかも、報告したら?」
「それね! うん、楽しみ! だって私、関係無いもの~。あー庶民は楽! 平民最高!」
バーバラが伸びをした。
アルスは思わず笑った。アルスも平民に生まれたかった。
「そう言ってるけど、バーバラこそ、誰か良い人ができるかもよ? もう皆でお見合いする? 男子と女子で」
アルスの言葉にバーバラが少し眉を上げた。
「あ。そう言えばそういうの無いわね。部屋以外じゃ、自己紹介もしなかったじゃない? 最初名前覚えられなくて。まだちょっと分からない子もいるわ」
「そう言えばそうね」
アルスも頷いた。審査の翌日からすぐに授業が始まり、男子達とは、風呂も部屋も別なので、食事くらいでしか話さなかった。アルスはプラグ達と同室なので、男子とも話す方だったが、女子達は基本、女子達で机を囲んでいる。
するとリルカが少し考えた。
「遊びで来てるわけじゃないけど、確かに、男子ってまだ覚え切れてない……今度、フィニー君に言ってみようかしら。たぶんそういうの好きそう」
「またフィニー? やめときなって……!」
バーバラの言葉にリルカが苦笑した。
「あはは。冗談よ。どうなのかしらね。そう言えばアドニス君に言えば、なんとなく上手くやってくれそう。そっちが良いかも?」
「でも今更、男子も恥ずかしいわよ……!」
バーバラの言う事は最もなので、アルスは頷いた。
「そうね、やるなら、休みの日に何人か誘って、くらいでいいんじゃないかしら? だいたい覚えられてきたし」
「アルスちゃん頭いいものね……羨ましい、見分けつかない男子いるわ!」
「――あ、そろそろ、私、戻ろうかな」
「あ、ごめんごめん!」
「ううん。食器片付けてもいい? ついでだし」
「いいの? ……って言うか、いや、私がやるわ。ごめんね! 今日は太らせちゃって」
バーバラが手を合わせて謝った。
「いいのよ、たぶん、胸につくから……」
アルスは胸元を押さえて笑った。最近はもう、そう思う事にしている。走って痩せて、食べたら胸につく。それが一番嬉しい――三人でまた笑って、アルスは部屋を出た。

「ただいま」
二階に上がって、二十五号室に戻るとプラグは自分のベッドに突っ伏していた。
ラ=ヴィアが実体化していて、床に膝を突いている。二人で会話していたようだ。
シオウは渋々、と言った様子で机に向かっていた。
――シオウが振り返り、首を傾げた。
「あれ、遅かったな?」
「ちょっと、リルカ達と話してたの」
「ふぅん?」
シオウは再び宿題に戻った――良く見なくても、三倍だ。
「プラグは宿題はいいの?」
「今、終わった所……疲れた」
「……お疲れ様……」
アルスは労った。それで突っ伏していたのだろう。
「何の話だったの?」
顔を上げて、珍しく、プラグが尋ねてきた。
「エマの話よ。バーバラが落ち込んじゃってるから、慰めて欲しいって、上手く気が晴れたみたい。あ、そうだ、ヴィアちゃんのタルト、一緒に頂いたけど、美味しかったわ。私食べちゃって良かったのかしら?」
するとラ=ヴィアが、大きく笑って。
「み! よろしい!」
と言った。その様子が可愛くて、アルスは微笑んだ。
「よかった。とっても美味しくて、二つ食べちゃった。二人も喜んでたわ」

「はー終わった……」
シオウも宿題が終わったらしい。本を閉じて、立ち上がった。

「で、じゃあ、お前はそれ無しか」
シオウが言うので、アルスは瞬きした。
「え?」
「ほらそこに」
ベッドの脇にある、小さなテーブルを見ると、立派なタルトが置いてある。こちらは色とりどり果物が飾られて……美味しそうだ。陶器のボウルに布袋に入った氷嚢が敷き詰められていて、その上に皿が置いてあり、上手く冷やしてある。ナダ=エルタが作ったのだろう。
アルスは思いっきり、唸った。
「ああ……そうね、私はもう無理だわ。二人で、いえ、三人で食べて」
「ナダも呼ぼう。後は皆もどうかな? イルとコル、ウルは?」
「ああ、そうね、ウル! ごめんね」
ウル=アアヤのプレートは部屋に置いたままだったので、声を掛けると待っていました、と言った様子で実体化した。ウルは控え目なので、言われなければ出てこない。アルスは深く反省した。

ナダ=エルタ、イル=ナーダ、コル=ナーダ、ウル=アアヤも実体化して、タルトを切り分け始めた。皿もフォークもちゃっかり人数分ある。
「三つ目は無理ね……ああもったいない、誰か一口くれる?」
「でしたら、少し小さく切って……みます?」
ウルの言葉に、アルスは、迷いに迷って、頷いた。もう今日は食べるしかない。
「ほんのちょっとだけね?」
「みー? このくらい? このくらい?」
ラ=ヴィアがナイフを動かした。
「もうちょっと少なく……うん、そのくらい」
ラ=ヴィアがほんの少し切り分けた。このくらいなら食べられそうだ。

食べながら、アルスはエマの話をした。恋愛云々の下りはとりあえず抜いた。
「エマ、荷物もそのままだったのよ。実際、どうなのかしら。密偵なんてできる子じゃないのに」
「んまい。でも密偵だろ? できなさそうなヤツの方がいいんじゃね?」
シオウが言った。シオウも甘い物は嫌いで無いようで、目を細めて食べている。
「そうだけど……どうにかならないのかしら……せめて、無事が分かるといいんだけど」
アルスは溜息を吐いた。国防に関わる事なので、下手したらこのままもう二度と会えないかもしれない。するとプラグが、んー、と軽く唸った。

「――手紙は?」
「え?」
「手紙くらいなら、隊長に頼めばエマに渡してもらえるかも?」
プラグの言葉にアルスははっとした。
「……確かに、そうかも……? そうね……! え、でもいいのかしら?」
「心配なら先に聞いてみたら? 少なくとも実家に送ったりとか、そういうのは止められないんじゃ? エマが無実なら、だけど」
プラグの言葉にアルスは目を輝かせた。プラグはたまに凄い事を思いつく。
「……そうね、そうね! どうして思いつかなかったのかしら! バーバラに言ってきてもいい?」
「まだ起きてる?」
「――たぶん! ちょっと見てくるわ」
アルスは軽い足取りで部屋を出た。


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彼女も、もう寝間着を着ている。
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女子達は皆、心配していたしアルスも心配だ。
リルカ・ラ・ハーパー。ハーパー子爵家は結構、名門なのだが、気取ったところは全くなく、よく話す女子だった。
身長はアルスより少し低く、髪は背中の肩甲骨を過ぎるくらいの長さ。今はお風呂が上がりなので解いているが普段は三つ編みにしている。小柄でどちらかと言えば地味な顔立ちだけれど、こうして見ると素朴な感じで、目も大きくて結構可愛い。胸も大きいし……あと数年したら見違えるかもしれない。
「そうね……心配よね……何か知る方法があればいいんだけど」
アルスは頷いて、エマの顔を思い浮かべた。
エマは金髪の巻き毛に茶色の瞳。可愛い感じの容貌で、性格は素直。感情表現が豊かで本当に優しい。とても良い子だった。
始めアルスは女子達から遠巻きにされていたのだが……アルスが女子の輪に入れるように話し掛けてくれたし、休みの日は良く誘ってくれた。
リルカがまた溜息を吐いた。そんな良い子なので心配で仕方無いのだろう。リルカ、バーバラ、エマの三人は同室同士、本当に仲良くやっていた。いつも笑っていたと思う。
「私、本当はエマは何か心配事があるんじゃないのかな、って思った事あったのよ。聞いても、何も無いって言ったけど、浮かない顔の時もあったの」
「そうだったの……?」
アルスも気がかりだ。
「……リズさんに聞いて……いえ、難しいわよね……機密だろうし……」
「うーん……プラグなら知ってるかも? あ」
アルスはうっかり言ってしまい、口を押さえた。
「え? 何で?」
アルスの呟きにリルカが首を傾げた。アルスは誰も聞いていないことを確認して、リルカに言った。
「……いや、何となくだけどね。プラグは知らなかったら、私達の会話にもっと興味持ったと思うのよ。――ってそんなわけないわね。さすがに」
アルスは苦笑した。アルスは、よく勘が働くと言われるが、さすがに考えすぎだろう。
するとリルカが真剣な表情で、アルスを見て来た。
「……ねえ、そういえば、――あ、とりあえず出よう」
混んできたので、リルカの提案で、二人は風呂場の外に出た。
「――アルスちゃん、私の部屋に来ない? いえ、お願い! 来て」
「え、うん」
そして中々の勢いで、腕を引かれた。洗濯物を風呂場の隣に置いて、リルカの部屋に行く。
就寝までの時間は宿題で忙しいが自由に使える息抜きの時間でもある。
宿題が済んでいるときはアルスはたまに女子の部屋に遊びに行って、少しおしゃべりしたり、お菓子を貰ったりしていた。反対に、アルスが何かあげることもある。
リルカに誘われてアルスはそのまま一階の東棟、三号室に向かった。女子のお風呂場は東棟から短い渡り廊下で繋がっているので、三号室は本当に近い。
「実は、私よりバーバラが参っちゃって……少し話して、元気づけて欲しいの……プラグ君の事は無しでもいいから。夕飯も全然食べなかったし、お風呂もいいって言うくらいなの。いつも元気だから、意外で……」
扉の前で、リルカが言った。
「そうなの?」
確かにバーバラは以前、朝食の席で泣いていた。その日夕飯は意識して見ていなかったけれど、いたと思う。
二人が入るとバーバラは布団に潜っていた。
「バーバラ、寝ちゃった?」
リルカが声をかける。すると、窓際のベッドで、バーバラは起き上がった。
少しうねりのある茶髪に茶色の目。茶色の髪はリルカより濃く、どちらかと言えば黒っぽい。長さは肩につく程度。前髪は作らず、真ん中で分けている。
――これはストラヴェルの特徴で、平民の女性は、大抵の男性より長ければ、髪を切っていても怒られない。ただ、結うことができないので、伸ばす女性の方が多かった。
肩についていれば、そういうこともある、で済まされるが、短めの髪をしている女性は、活発で男勝りという印象だ。他にはペイトくらいだろうか。彼女も一応、肩を過ぎているので、バーバラの方が活発に見える。バーバラは五人きょうだいの真ん中で、上も下も男しかいないらしく、こうなったのだと言う。
「ううん……起きてる……」
「アルスちゃんを連れて来たんだけど、ちょっとお話ししない? お腹空いてない?」
「お腹……うん……」
憔悴しきった様子のバーバラを見て、アルスは驚いた。普段の彼女からしたら本当に弱っている。
「大丈夫? あ、ちょっと待って、お菓子あったから持って来ようか?」
「あ、お菓子なら沢山あるわ。今日、ラ=ヴィアさんがくれた白葡萄のタルトがあるの。丸いやつ……食べましょうよ」
リルカが言った。
「そう?」
――真ん中のベッドは空いている。アルスとリルカはバーバラのベッドの側に、勉強机の椅子と、タルトのお皿を持って来た。白葡萄がたくさん乗った一ホールのタルトで、六つにカットされている。アルスはとても驚いた。
「これ、どうしたの? もしかして、わざわざ?」
「そう、作ってくれたの。私、感激しちゃって……でも何かね、うん、ちょっと寂しい。エマもいたらな……」
リルカが涙ぐんだ。本当なら三人で食べたかったのだろう。
「そっか……、え? 私食べてもいいの? すごく美味しそうだけど」
アルスは苦笑した。
「いいよ、食べよう。私もお腹空いてきたかも」
バーバラが言った。
「良かった、じゃあ食べましょう。フォークある?」
アルスは微笑んだ。
「えっと、一緒にくれたけど二本しか無いわ」
「じゃあ私、手でいいわ。もらっていい?」
アルスが言うと、リルカが「私が手で食べるよ?」と言ったが「まあ良いわよ」と答えた。
「そう? なら私も手で食べようかな」
リルカは言って、手で取った。アルスも一つ取る。
「私はフォークで……手、洗ってないから」
バーバラが少し微笑んだ。
「美味しい」
「美味しい……」
「おいしい……! すごい」
タルトの効果は絶大で、三人とも一瞬、笑顔になった。
「あー! エマどうしてるかなぁ~元気でいますように……!」
リルカが声を上げた。バーバラも少し元気が出たようで、声を上げた。
「本当に、心配すぎて。あ~……!」
アルスは甘い物ってすごいのね、と思いながら美味しいタルトを食べた。本当に美味しいので、ラ=ヴィアに後でお礼を言おう。
「――そう言えば、ねえ……」
と言ったのはリルカだ。アルスを見ている。
「あのね、勘違いだったら悪いけど……あのさ、アルスちゃんってもしかして、王女様なの?」
リルカの言葉に、アルスはむせた。
「ゴホッ、ごほっ――いきなり、なにっ」
不意打ちだったので驚いてしまった。リルカが慌てて水、水、と言った。
するとバーバラがプレートとコップを手に取って「ああ、今出すわ! ル・フィーラ!」と言ったが、焦ったせいか、床にこぼしてしまった。
『水』のプレートは便利だが、霊力調整が上手く行かないとこうやってこぼれる。
上手くすればコップに必要な分を直接出したり、プレートの角から水差しで注ぐように水を出したり、分散して出したり量も調整できたり……と色々できるのだが。
「ああっ、布巾……!」
「ごめん、飛んだ……!? かかってない!?」
「いや大丈夫よ」
しばらくばたばたして、床を拭いて、アルスも水を飲めた。
「ふう」
三人とも再び落ち着いて、息を吐く。
「それで、聞いて良かったのかな……? カトリーヌさんと、ナージャが言ってたのよ……お城で見た事あるって。王女様だって。たぶん私も貴族だから、ぽろっと……。でも私、ナピィ領の出だから……えっ? って感じで。そんな事あるの? お忍び? 秘密とか?」
リルカの言葉に、アルスは少し考えた。
「意外に保った方かしら……、まあ、実はそうなんだけど……内緒で……というのも、もう無理かしら。でもできれば内緒にしてね」
アルスの言葉に、二人は頷いた。
「うん」
「うん……でも、うーん。結構皆、そうだろうって言ってたわよ」
バーバラが言うので、アルスは首を傾げた。
「なんで? どこから話が出て来るの? ナージャ達?」
するとバーバラが首を振った。
「ううん、そっちじゃなくて、実は、プラグ君とシオウ君」
「え?」
意外な言葉に、アルスは目を丸くした。
バーバラが苦笑する。
「ほら、あの二人、ちょっと強すぎるでしょ? だから、もしかして、元々騎士で、アルスちゃんの護衛なんじゃないかって言われてるの。アルスちゃんがすごいお嬢様か、王女様だから同室なのかもって。後は名前? 王女様と一緒だから、これはさすがにね……」
するとリルカも苦笑いをした。
「あー、その話、エマが言ったのよね……でも何か、皆、信じてそう。でも王女様だったってことは本当にそうなのかしら? 二人と元々、知り合いだったとか? あ、本当に王女様よね? ……こんな風に話して良いのかしら……」
リルカの言葉にアルスは溜息を吐いた。
「良いわよ気にしないで。王女って言っても、飾りみたいなものだから。――プラグね……なるほどそういう考え方もあり……なのかしら? 確かに、それっぽいかも」
バーバラが瞬きをした。
「本当にそうなの?」
「いえ、知らないわ。でも……たぶん、違うと思うのよね。もう今更だけど、私、部屋分けの時、最初に手を挙げるようにって言われてたのよ。それで同室にされたんだけど。あるとしたら、リズさん達の、騎士団の配慮かしら? うーん……」
アルスはしばらく考えたが、分からなかった。
「分からないわ。護衛って、いつのまにかついてる物だから、気にしたことなかったわ……プラグ……シオウも、そんな感じじゃないと思うんだけど」
「わ、すごく王女様っぽい」
リルカが言った。
「本当に、そういうのってあるんだ……!? ねえ、なんでここに入ったの――ですか?」
バーバラが目を輝かせた。
アルスは苦笑する。
「普通で良いわよ。えーっとね、反抗期かしら……」
「反抗期……?」
リルカとバーバラの声が重なった。
「そうなのよ。私、初めはどこかの領土騎士団に入りたいな、って思ったのよ。ほら、領土騎士なら、試験も一年って事はないし。いっそ事務でもいいからと思って。でも、そうしたら、親に反対されたの」
「あー……いやそれはそうなるでしょ」
バーバラが言った。リルカも頷く。
「うんうん。領土騎士って、わりと荒っぽい人もいるよね」
「じゃあ巫女はどうかしら、って言ったら、それも駄目だって」
アルスは溜息を吐いた。
「あー……まあ、でも、うん。まあそうなるわよ。巫女さんって忙しいもの」
リルカの言葉に、バーバラがまた頷く。
「そうよね。下手したら、騎士より大変よ、巫女さんって……」
バーバラの言葉にアルスは頷いた。
「そうなのよね。私、元々、精霊騎士にはなりたかったの。空を跳んでみたいと思っていたから。領土騎士も巫女も駄目、となると、ここしかなくて。城の中だし、近衛より審査が緩そうだし、じゃあここなら、ってお父様に言ったら、怒られて」
アルスの言葉に、リルカが溜息を吐いた。
「あー……そりゃ怒るわよ。厳しいって噂だもの」
「精霊騎士は、一番危ないって聞くわよね……」
「そうそれで、出来る訳がない、って言われて、カチンときて。じゃあやってやりましょう、となった訳なの。お父様は護衛も無しだぞ! って言ってたけど、別にあってもねー死ぬ時は死ぬわ」
「わー……逞しい」
リルカが言った。アルスは溜息を吐いた。
「聖女やってるとね、人間ってなんだろう、ってなるのよ。だからもう好きな事をしたいの」
「そうなんだ……そっか……大変だね……」
バーバラが深く頷いた。
バーバラは手元を見つめた。
「うん……私も、元気出そうかな。アルスちゃん、ケーキもう一個食べる?」
「いや、太るわ……」
「そうよね……でも、私、もう一個食べちゃおうかな……どうしようかな……」
バーバラの言葉にリルカが苦笑した。
「もう食べちゃえば? 私も食べる。それくらい動いてるでしょ」
「確かに。走るのきつい」
「……食べましょうか」
アルスは言って、三人はケーキを食べた。
「ねえ、そういえばアルスちゃんてプラグ君の事好きなの?」
そしてバーバラからお決まりの話が始まった。
「あー……百回聞かれたわ。もー」
アルスは苦笑いした。するとリルカも聞いてきた。
「実際、どんな子なの? 凄く綺麗だけど、ちょっと不思議っていうか、思ったよりずっと、大人しいのよね。無愛想な感じはしないんだけど」
するとバーバラが頷いた。
「確かにもの静かな感じよね……私、もっと喋る子かと思ってた。授業で話したけど、素っ気ないというか、必要なことしか言わなかったわ」
と同意した。これも良く聞く話だ。アルスは少し考えた。
「んー。喋るときは喋るんだけど。もっとたくさん、話かけてみたら? 人見知りなのかも。優しくて良い子よ」
「でも、忙しそうで……」
バーバラが言った。
「バーバラはプラグが好きなの?」
アルスが尋ねると、バーバラは天井を仰いだ。
「あー、好きだったのはエマよ。本当に素敵、って言ってたわ。あとはナージャ。夢中っていうか、一喜一憂っていうか、尊敬してる、ってそこまで? ってくらい。私はちょっと、なんか弟を思い出してね。鍛練も一人だけ厳しいし、あの子大丈夫かしら、ってはらはらしてる感じ? ほら、凄く細いから」
バーバラの言葉にアルスは頷いた。
「あー、わかる。ちょっと分かるわ……リルカは? あ! そうだわ、シオウとプラグだったらどっちが好き?」
アルスは尋ねた。どうやら近頃は、プラグ派、シオウ派、アドニス派、後はアラークやレンツィ派など色々分かれ始めているらしいのだ。
アルスは、これはプラグがあまりに優秀で、攻略が難しそうだったから――だと思っている。実際、本気でプラグを好きな女子には、五人ほど心当たりはあるのだが、あまりに鍛練が大変そうなので、皆、声を掛けるどころではなく、遠巻きにしている。
それでいくと――実はシオウも人気がある。
こちらは恋愛ではなく、幅広く好感を持たれている、という感じだ。
一人、本気でシオウを好きそうな子を知っているけれど、大人しい子なので見ていてちょっと気の毒というか……こちらが切なくなってしまう。声を掛けるなんて考えられない、遠くから見つめるだけで十分……と言った様子で。声を掛ければいいのに『ううん、いいの。私じゃ無理だから』と言われてしまっては。
無理そうなシオウとは対照的に、プラグはなぜか『いけるかも?』と思われるらしい。
エマ、ナージャ、リアンナ、ベアトラ、ローナ……その他、言わないだけでプラグを本気で好きな子は、プラグと本当にどうこうなりたいと思っているようなのだ。
これはアルスから見ても、たぶん他の男子から見ても、とても不思議だったが、女子から見ると、大人しいからいける、と思われるのかもしれない。
(案外、難しそうな子なんだけど……)
アルスは誰かの気持ちになって、プラグを『攻略』する方法を考えたが、たぶん無理、という結論に至る。
何といっても、趣味『女装』だ。こんな変わった男の子、どうやって付き合えばいいのだろう? 余程親しくなっても、打ち明けてもらえないだろう。どの女の子も、当たり障りのない会話で終わるのは目に見えている。
自分の事を女性と思う男性は、まれにいるらしいが、プラグはそれとは違う気がする。
妹の事など、色々事情があるらしいが――ただ、楽しいからやっている……ように見える。
つまり、本当に趣味だ。
アルスはとりあえず、同性だと思う事にした。
余程、皆に『あの子はやめておきなさい……無理だから』と言いたいのだが、プラグは王族でも、貴族でもない。
誰が誰を好きになろうとも自由だから、アルスが言う事でも無い。
それにプラグ自身が、別の誰かを好きになる可能性だってある。
本人曰く、今の所、好きな子はいないようだが。将来は分からないし、胸に秘めた子がいてもおかしくない。
幼なじみのミーアとか、たまに聞く、サリーという巫女とか……。
絶対にどちらも美人だと思う。
プラグの感想は大雑把で、美人の表現は、可愛い、とても可愛い、綺麗、とても綺麗の四択程度なのだが、意外と面食いというか。自分が綺麗だから感覚が麻痺している様子だ。普通の容姿なら『普通くらい』『さっぱりした顔立ち』などと言うので、彼が美人だと言うなら相当な美人だろう。
……それに……プラグはもしかしたら、何かの拍子に誰かを気に入ってあっさり結婚してしまいそうな感じがある。あくまで感じ、だが、何故かそう思うのだ。
ひょっとしたら、この『感じ』が、皆がプラグを本気で狙う理由かもしれない。
――アルスは『以上の理由で、プラグはお勧めしません』と心の中で呟いた。
プラグは誰もが驚く見た目と、優しさと、控え目な愛嬌と、人に好かれる空気? のような物を持っているから、敵が多すぎるのだ。
(そうだわ。あと精霊……なんか、わりと好かれてるのよね……)
アルスは思い出した。これは実技で思ったのだが、ふとしたときに精霊が立ち止まり、プラグを見ている事がある。一瞬だけなのだが。プラグが側に来ると、なんとなく張り切って見えるのだ。ラ=ヴィアに至っては、もしかしたら……プラグを本当に好きなのかも、と思ってしまうくらいの親密さだ。
もしそうなら応援したい。ラ=ヴィアは甲斐甲斐しくて健気で……、可愛らしい。
今は精霊と人間だって結婚できるから、プラグみたいな子には、いっそ精霊の方が合っているかもしれない。女装は人間には理解しがたい趣味かもしれないが、男性精霊も良くスカートのような衣装を身につけているから、良いのでは無いだろうか。
(それがいいわ。精霊みたいに綺麗な子だから、いっそ精霊と結婚すれば平和だわ。おとぎ話の主人公みたいに)
プラグは将来、精霊と結婚するのだきっと。
少なくとも変な貴族令嬢に見初められて、既成事実を作られて、無理矢理結婚、なんてことにならないといい。
アルスは考えておきながら青ざめた。それだ。プラグは真面目だから、もし何かあったら絶対に責任を取ってくれる。だから皆が本気になるのだ。
(もしプラグが精霊騎士になるなら、しっかり気を付けないと……! アメルちゃんの為にも。女装もできなくなって、表面上は笑いながらも、影で泣く姿なんて見たくないわ)
「アルスちゃん? どうしたの? おーい?」
バーバラが声を掛けてきた。
「ああ、いやなんでもないわ……ええと、それでリルカは?」
リルカが困った顔をした。
「えぇ私? だから、私はー、そうね……どっちかっていうと……いえでもシオウ君は、ちょっと恐い感じするから……フィニー君あたりなら、いいかなって思うけど」
「えええ!? それはちょっと!」「そっち!?」
思いがけないリルカの好みに、アルスとバーバラは声を上げてしまった。
「確かに、女癖は悪いし最悪だけど、優しいところもあるし……子供ができたらお嫁さんにしてあげるって、別に悪く無いと思うのよね。だって侯爵よ? むしろ真面目じゃない?」
リルカの言葉にアルスは、思わず声を上げた。
「ええぇ!? ちょっと、ちょっと待って、待って、よく考えて! あなた貴族でしょ! それはまずいわよ。絶対駄目! それならまだプラグの方が絶対にいいわ! シオウでもいいから! フィニーは駄目よ! フィニーだったらせめてプラグにして!!」
アルスの言葉に、バーバラも素早く頷いている。
「そうよ、プラグ君にしときなさい! シオウ君でもいいけど! どっちもフィニーよりましよ!」
「――冗談だって!」
リルカが焦って言った。「本当に?」と確認したが、本当にそうらしいので、アルスとバーバラはほっと息を吐いた。そして誰ともなく笑い始めた。
「――私、もしエマに会えたら、こんなんだったよ、って言おうかしら。頑張って、卒業して……」
バーバラの言葉に、アルスは頷いた。
「そうね、それが良いわ。いっそ誰が誰とくっついたかも、報告したら?」
「それね! うん、楽しみ! だって私、関係無いもの~。あー庶民は楽! 平民最高!」
バーバラが伸びをした。
アルスは思わず笑った。アルスも平民に生まれたかった。
「そう言ってるけど、バーバラこそ、誰か良い人ができるかもよ? もう皆でお見合いする? 男子と女子で」
アルスの言葉にバーバラが少し眉を上げた。
「あ。そう言えばそういうの無いわね。部屋以外じゃ、自己紹介もしなかったじゃない? 最初名前覚えられなくて。まだちょっと分からない子もいるわ」
「そう言えばそうね」
アルスも頷いた。審査の翌日からすぐに授業が始まり、男子達とは、風呂も部屋も別なので、食事くらいでしか話さなかった。アルスはプラグ達と同室なので、男子とも話す方だったが、女子達は基本、女子達で机を囲んでいる。
するとリルカが少し考えた。
「遊びで来てるわけじゃないけど、確かに、男子ってまだ覚え切れてない……今度、フィニー君に言ってみようかしら。たぶんそういうの好きそう」
「またフィニー? やめときなって……!」
バーバラの言葉にリルカが苦笑した。
「あはは。冗談よ。どうなのかしらね。そう言えばアドニス君に言えば、なんとなく上手くやってくれそう。そっちが良いかも?」
「でも今更、男子も恥ずかしいわよ……!」
バーバラの言う事は最もなので、アルスは頷いた。
「そうね、やるなら、休みの日に何人か誘って、くらいでいいんじゃないかしら? だいたい覚えられてきたし」
「アルスちゃん頭いいものね……羨ましい、見分けつかない男子いるわ!」
「――あ、そろそろ、私、戻ろうかな」
「あ、ごめんごめん!」
「ううん。食器片付けてもいい? ついでだし」
「いいの? ……って言うか、いや、私がやるわ。ごめんね! 今日は太らせちゃって」
バーバラが手を合わせて謝った。
「いいのよ、たぶん、胸につくから……」
アルスは胸元を押さえて笑った。最近はもう、そう思う事にしている。走って痩せて、食べたら胸につく。それが一番嬉しい――三人でまた笑って、アルスは部屋を出た。
「ただいま」
二階に上がって、二十五号室に戻るとプラグは自分のベッドに突っ伏していた。
ラ=ヴィアが実体化していて、床に膝を突いている。二人で会話していたようだ。
シオウは渋々、と言った様子で机に向かっていた。
――シオウが振り返り、首を傾げた。
「あれ、遅かったな?」
「ちょっと、リルカ達と話してたの」
「ふぅん?」
シオウは再び宿題に戻った――良く見なくても、三倍だ。
「プラグは宿題はいいの?」
「今、終わった所……疲れた」
「……お疲れ様……」
アルスは労った。それで突っ伏していたのだろう。
「何の話だったの?」
顔を上げて、珍しく、プラグが尋ねてきた。
「エマの話よ。バーバラが落ち込んじゃってるから、慰めて欲しいって、上手く気が晴れたみたい。あ、そうだ、ヴィアちゃんのタルト、一緒に頂いたけど、美味しかったわ。私食べちゃって良かったのかしら?」
するとラ=ヴィアが、大きく笑って。
「み! よろしい!」
と言った。その様子が可愛くて、アルスは微笑んだ。
「よかった。とっても美味しくて、二つ食べちゃった。二人も喜んでたわ」
「はー終わった……」
シオウも宿題が終わったらしい。本を閉じて、立ち上がった。
「で、じゃあ、お前はそれ無しか」
シオウが言うので、アルスは瞬きした。
「え?」
「ほらそこに」
ベッドの脇にある、小さなテーブルを見ると、立派なタルトが置いてある。こちらは色とりどり果物が飾られて……美味しそうだ。陶器のボウルに布袋に入った氷嚢が敷き詰められていて、その上に皿が置いてあり、上手く冷やしてある。ナダ=エルタが作ったのだろう。
アルスは思いっきり、唸った。
「ああ……そうね、私はもう無理だわ。二人で、いえ、三人で食べて」
「ナダも呼ぼう。後は皆もどうかな? イルとコル、ウルは?」
「ああ、そうね、ウル! ごめんね」
ウル=アアヤのプレートは部屋に置いたままだったので、声を掛けると待っていました、と言った様子で実体化した。ウルは控え目なので、言われなければ出てこない。アルスは深く反省した。
ナダ=エルタ、イル=ナーダ、コル=ナーダ、ウル=アアヤも実体化して、タルトを切り分け始めた。皿もフォークもちゃっかり人数分ある。
「三つ目は無理ね……ああもったいない、誰か一口くれる?」
「でしたら、少し小さく切って……みます?」
ウルの言葉に、アルスは、迷いに迷って、頷いた。もう今日は食べるしかない。
「ほんのちょっとだけね?」
「みー? このくらい? このくらい?」
ラ=ヴィアがナイフを動かした。
「もうちょっと少なく……うん、そのくらい」
ラ=ヴィアがほんの少し切り分けた。このくらいなら食べられそうだ。
食べながら、アルスはエマの話をした。恋愛云々の下りはとりあえず抜いた。
「エマ、荷物もそのままだったのよ。実際、どうなのかしら。密偵なんてできる子じゃないのに」
「んまい。でも密偵だろ? できなさそうなヤツの方がいいんじゃね?」
シオウが言った。シオウも甘い物は嫌いで無いようで、目を細めて食べている。
「そうだけど……どうにかならないのかしら……せめて、無事が分かるといいんだけど」
アルスは溜息を吐いた。国防に関わる事なので、下手したらこのままもう二度と会えないかもしれない。するとプラグが、んー、と軽く唸った。
「――手紙は?」
「え?」
「手紙くらいなら、隊長に頼めばエマに渡してもらえるかも?」
プラグの言葉にアルスははっとした。
「……確かに、そうかも……? そうね……! え、でもいいのかしら?」
「心配なら先に聞いてみたら? 少なくとも実家に送ったりとか、そういうのは止められないんじゃ? エマが無実なら、だけど」
プラグの言葉にアルスは目を輝かせた。プラグはたまに凄い事を思いつく。
「……そうね、そうね! どうして思いつかなかったのかしら! バーバラに言ってきてもいい?」
「まだ起きてる?」
「――たぶん! ちょっと見てくるわ」
アルスは軽い足取りで部屋を出た。