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第8話 若手隊士達 -1/4- ②

ー/ー



■ ■ ■

――帰りはさらに速かった。

「ふう。あら、あと五分もありますね。上出来です」

「はぁ、はぁッ……いや……これは……早い……っ」
立ち止まるなり、プラグは膝を突いてしまった。全速力で走り続け、全身汗だくだ。
シオウも同じく汗だくで、膝をついている。
「……はぁ、はぁ、はぁ……! き、つ……ッ」
北側、教室棟の窓から生徒達が何事かと覗いている。

「私も少し疲れました、ふう、ああ、どうぞ」
クラリーナは近くにいたシオウに水筒を渡した。シオウは水を受け取り、素直に飲んだ。
「教科書は先にアドニスさん達に頼んでおきましたので、少し休んでください」
「……」
プラグは頷く事しか出来なかった。シオウに水筒を渡されたので、受け取って喉を潤す。
クラリーナに返すと、彼女は懐からコップを取り出して、注いで優雅に飲み始めた。水筒は空になったようだ。

シオウが口元を袖で拭った。
「朝ちょっと、って距離じゃ無いぜ……、……これで、往復七十キロくらいか? 馬鹿じゃねえの……!?」
クラリーナは半分には少し足りない、と言っていたから、片道三十五キロとしても。
……七十キロを五十分。
朝の鍛練とは言えない距離だ。
飛翔駆けは、霊力とプレートの力を使うので、霊力調整(フィカルテ)が上手ければ普通に走るより体力の消耗を抑えられるのだが。こんなに速くては消耗を抑えるどころでは無い。

「はぁ。ふう……信じられない……って言うかシオウ、初めてで良くついてきたな……化け物か?」
プラグは言った。シオウは飛翔のプレートで、思いっきり走った事が無いと言っていたのに全く遅れずついてきた。
「……必死だった、さすがに……きつ……これ、反動とかあるのか……?」
シオウが答えた。
「どうだろう、さすがにあるかもしれない……筋肉痛? になるのか?」
プラグは今まで『筋肉痛』という物になったことが無いのだが、今日、明日辺り、初めて経験するかもしれない。

そもそも飛翔のプレートで走るのは、せいぜい十分、慣れていても、速さを出さず、速歩でゆったり二十分までにするべきだ。
飛翔のプレートは百メルトを数秒で走れるほど速さが出るが、その分、人間の体には負担がかかる。
霊力を調整して、着地の衝撃を上手く殺しつつ、空気抵抗や着地回数を減らせば、足や、靴への負担は減るが、人や障害物にぶつかれば双方、大けがをする。
危ないので、森ではあまり使うな、市街地では屋根を伝うように、と教わる。
今日はシオウが上手かったから怪我が無かったのだ。

プラグは額の汗を拭いながら手を挙げた。
「クラリーナさん、ひとつ、意見しても、良いですか……!」
「はい、なんでしょう?」
「この、飛翔のプレートで全速力というのは、足に負担が掛かります。二十分以上の使用はあまり良くないと思うのですが……!?」
するとクラリーナは首を傾げた。
「あら。隊長から、貴方がた二人は、私と同じく『訳あり』だと聞いています。今も、問題があるように見えませんが? 骨折もしていませんよね?」

「それに、折れても『治療』で治りますし」
にこやかなクラリーナの言葉に、プラグは固まった。

「……うっ、でもシオウは?」
確かにプラグは問題ないが、シオウは人間だ、と思って見ると――目を細め、口の端を上げて余裕の笑みを浮かべていた。

「あ。俺は平気。そこそこ楽しかったぜ。お前はどうだ?」
シオウの言葉にプラグは絶句した。
……強がりにしても恐ろしい。呼吸も、もう整っている。
「この化け物……」
丈夫さで言えば、プラグの『嘘』の体より丈夫かもしれない。
「まあ、お前ほどじゃない。途中から、飛んで来た物が後ろに来ないように全部弾いてただろ。器用すぎ。どうやるんだ? また教えてくれ。で、どうだ?」
プラグも呼吸を整えた。溜息を吐いてばかりだ。
「……そうだな。俺もなんとか……。分かりました。でも、これを毎日……?」

クラリーナも多少、汗を掻いている物の――基本、涼しい顔をしている。
「ええ。慣れたら、一周、一時間程度できるようになりますよ。私は鍛練が趣味なので、毎日、半周はプレート無し、半周はプレートありで走っています。あなたがたは、明日も、今日と同じく、小屋まで三往復――いえ、時間的に、二往復ですね。その後、『飛翔』を使ってのんびり、湖半周で良いでしょう。でも、途中で戻ると結局一周分になるので、回ってしまった方が楽ですよ? そうだわ。城が見える所まで普通に走って、残りは飛翔で湖一周もお勧めです」

「……」
クラリーナはとても嬉しそうだが、プラグとシオウは灰になりかけた。

「今の様子ですと心配なさそうですが……反動が来たら治療のプレートを使って、明日からは飛翔の距離を減らして、少しずつ慣らして下さい。ペースはお任せします」
プラグは項垂れた。
「……今日から、少しずつ慣らすべきだったのでは……?」
するとクラリーナが、微笑んだ。
「それでは鍛練になりません。まさか二人とも、ついて来られるとは思いませんでした。先が楽しみです。では、午後の稽古でお会いしましょう。――またね」
クラリーナは可愛らしい笑顔で、可愛らしく手を振った。

彼女の後ろ姿を見て、シオウがとても嫌そうな顔をした。
そしてがっくりと、地面に手を突いた。
「うわー……うぇー、絶対、筋肉痛になる! 俺、もうここ、辞めようかなぁ……! やめてやるー……!!」
「……それがいいかもな……」
プラグは初めて辞めたいと思ったが……。
何となく、シオウは辞めたいようには見えない。むしろ、今、口元が笑っていたような。

プラグは寝転がり、高い空を仰いだ。
「はぁー……」

『君は、何でも手加減……いや、ほどほどで手を抜く癖があるから、まず、全力を尽くすことを覚えよう。自分の限界を知ることは、とても重要だよ』

――今、なぜか、ラ=サミルの言葉を思い出した。

『祭司は他の精霊の模範になる存在だから、何でもできるようにしておかないと。いざとなったら、率先して皆を守る義務がある』

その後の、いっそ消滅した方がまし……という、鍛練と勉強漬けの日々……。
精霊はクロスティアにいる限りは、いくら幼くなっても消滅しないのでそれを逆手に取ってできるだけ詰め込み、あらゆる武器を教わって、勉強に勉強を重ね経典を暗唱し祝詞を覚え、歌や舞まで教わった。
背の縮んだプラグが、這いつくばって『眠りたいです……寝させて下さい……』と言うと、まだまだ、あと半年、と言われるのだ。
プラグは大抵の苦労が気にならない程、ラ=サミルの事が大好きだったが――本当に良くやったと思う。若く、純粋だった為、なんとかできたのだ。

……この年になって、まさかまた、あんな無茶をする事になるのだろうか?

(絶対、無理だ……)

祭司(ネフス)には合格基準があり、これらが全部できれば祭司、これが全てできれば大祭司、とはっきり聖典に書かれていた。例えば祝詞の暗唱、武術の鍛練などの、二百近い項目に一つずつ印をつけて、残りあと幾つ、となるのだ。
プラグは祭司の基準を満たしたので、祭司になれたのだが……大祭司(ネフスティア)は『見る』役目を貰わなければ、永遠に無理だっただろう。
例えば……。
『手を触れずに物を持ち上げる』
『自分の周辺に心地よい風を吹かせる』
『水の上を歌いながら軽やかに歩く』
『燃えさかる炎の中で、一分間、舞踊をする』
『周囲の五名に言葉を使わず思考を伝える』
とか、そんなのできる訳がない。
無理だから、急がず焦らず日々精進とうそぶき、程々に勉強し、程々に遊んでいたのだ。真面目な生徒とは言いがたかった。

……だが、プラグは、できないなりに、背一杯やっていたのだ。
……たまに戻って来た、ラ=サミルが褒めてくれるから……。

『サミル様、サミル様がいない間に、三つできました!』
カド=ククナが聖典を持って報告すると、ラ=サミルは目を丸くして、驚愕し『すごいな……!?』と言って、頭を撫でて抱きしめて頬摺りして、またぎゅっと抱きしめてくれた。
『じゃあ次は……これとこれをやってみよう。もしできたらこれも。ああ、私はもう出かけないと。顔が見たくて来てしまったよ』
ラ=サミルの言葉にカド=ククナは微笑んだ。
『はい、頑張ってみます。行ってらっしゃい。お気を付けて、でも、寂しいので、早く戻ってきて下さいね。忙しいのに会いに来て下さって、ありがとうございます。お役目、頑張って下さいね!』
人は良く、思い出は美化される……と言うが、今まさにそんな心境だ。
……普通に騙されている。

(サミル様……お元気ですか? また、お会いできたら……貴方だけは、どうか、俺の努力を褒めて下さい……いつも、俺なりに、全力でやっているんです……)

プラグは泣きそうになりながら、シオウを見た。
するとシオウが舌打ちして「やってらんね……寝たい」と言って隣に寝転がった。

「シオウ、お前……精霊の混血だったよな……? 孫辺りか?」
シオウはプラグが思った以上に屈強だった。
『剣』の末裔であるルネは例外として――ここまでの強さは間違い無く、孫の代にしか発現しない。つまり、シオウはコル=ナーダの実孫なのだ。
血は薄いのは……方法は分からないが、もし血を薄めることができれば、短命の危険は減るのかもしれない。
するとシオウが、こちらを恨めしそうに睨んでいた。見た事の無い程、鋭い視線だ。
「……そういうお前こそ、何なんだよ? ホントに人間か?」
「俺は、普通の人間だよ……ここは化け物ばかりだ……」
プラグは普通の人間だ。化け物ばかりの人間に比べたら、とてもか弱い精霊だ。するとシオウがブチ切れた。
「あ゛ー!? こんな普通があるかアホ!! お前、人間じゃねぇだろ! 分かってんだぞ! 人に化けた精霊だろ! 俺知ってんだぞ! 『嘘』のプレートを使えば人間になれるって!」
シオウの言葉にプラグも切れた。とても良い所を突いてくるのはやめて欲しい。
「はァ? 何言ってるんだ? ああ、たぶん、きっと俺にも、精霊の血が入ってるんだな、この髪だし! この髪だから!」
プラグは自分の髪を引っ張った。

二人は互いしばらく睨み合って、揃って地面に伸びて「はぁ~」と溜息を吐いた。
疲れたから喧嘩、とは不毛すぎる。
「もうサボって寝るか……足折れたことにして……」
シオウの言葉にプラグは同意した。
「そうしたい……でもきっと、治療しろって言われる……」
「うわ……ここ、最悪か……?」
シオウが言った。やはり、微妙に声が笑っている気がする。

「おい、そこの二人、生きてるか大丈夫かー! 授業、始まるぞー! ……生きてるか?」
現れたのはコリントだ。
わざわざ様子を見に来てくれたらしい。

プラグはどうしても、確認したくなったので起き上がった。
「あの……コリント隊士、これ、普通なんですか? 隊士は皆、このくらい走るんですか……?」
本当は『ただの人間が、本当にこんな恐ろしい鍛練をしているんですか?』と言いたい。

「どのくらい走った? まさか湖、一周したのか?」
コリントがクラリーナが去った方を見た。
「湖を半周、少し足りない程度でしたけど、途中からずっと襲歩で。ついていくのがやっとでした」
プラグは答えた。
「あー、そんな事だろうと思った……。クラリーナさんは鍛練好きの、おかしい組だ。精霊の力? を貰ったとかなんとかで。まあでも、鍛練も仕事の内だから、皆、暇な時は走ってる。この隊のおかしい組はホントにおかしいぜ。まあ俺は普通の人間だから飛翔は三十分が限界だけどな。一応、のんびり一周くらいなら。なんとかできる」

「それって……普通の人間……ですか?」
プラグの言葉に、コリントが遠い目をした。
「……『普通』って何だろうな。ま、慣れだ」
彼もこの無茶を乗り越えて隊士になったのだろう。
「尊敬します……」
プラグは言った。リゼラも凄いが、コリントも凄かった。色々な意味で。

「まあ基礎体力は強さにあんまり関係無いから、俺はもう気にしてない。あって損はないけどな。さ、もう始まる、急げよ」
……確かに走ったところで、体力は付くが、強くなるわけでは無い。
プラグとシオウは盛大な溜息を吐き、互いに手を貸し、立ち上がった。


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――帰りはさらに速かった。
「ふう。あら、あと五分もありますね。上出来です」
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シオウも同じく汗だくで、膝をついている。
「……はぁ、はぁ、はぁ……! き、つ……ッ」
北側、教室棟の窓から生徒達が何事かと覗いている。
「私も少し疲れました、ふう、ああ、どうぞ」
クラリーナは近くにいたシオウに水筒を渡した。シオウは水を受け取り、素直に飲んだ。
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プラグは頷く事しか出来なかった。シオウに水筒を渡されたので、受け取って喉を潤す。
クラリーナに返すと、彼女は懐からコップを取り出して、注いで優雅に飲み始めた。水筒は空になったようだ。
シオウが口元を袖で拭った。
「朝ちょっと、って距離じゃ無いぜ……、……これで、往復七十キロくらいか? 馬鹿じゃねえの……!?」
クラリーナは半分には少し足りない、と言っていたから、片道三十五キロとしても。
……七十キロを五十分。
朝の鍛練とは言えない距離だ。
飛翔駆けは、霊力とプレートの力を使うので、霊力調整(フィカルテ)が上手ければ普通に走るより体力の消耗を抑えられるのだが。こんなに速くては消耗を抑えるどころでは無い。
「はぁ。ふう……信じられない……って言うかシオウ、初めてで良くついてきたな……化け物か?」
プラグは言った。シオウは飛翔のプレートで、思いっきり走った事が無いと言っていたのに全く遅れずついてきた。
「……必死だった、さすがに……きつ……これ、反動とかあるのか……?」
シオウが答えた。
「どうだろう、さすがにあるかもしれない……筋肉痛? になるのか?」
プラグは今まで『筋肉痛』という物になったことが無いのだが、今日、明日辺り、初めて経験するかもしれない。
そもそも飛翔のプレートで走るのは、せいぜい十分、慣れていても、速さを出さず、速歩でゆったり二十分までにするべきだ。
飛翔のプレートは百メルトを数秒で走れるほど速さが出るが、その分、人間の体には負担がかかる。
霊力を調整して、着地の衝撃を上手く殺しつつ、空気抵抗や着地回数を減らせば、足や、靴への負担は減るが、人や障害物にぶつかれば双方、大けがをする。
危ないので、森ではあまり使うな、市街地では屋根を伝うように、と教わる。
今日はシオウが上手かったから怪我が無かったのだ。
プラグは額の汗を拭いながら手を挙げた。
「クラリーナさん、ひとつ、意見しても、良いですか……!」
「はい、なんでしょう?」
「この、飛翔のプレートで全速力というのは、足に負担が掛かります。二十分以上の使用はあまり良くないと思うのですが……!?」
するとクラリーナは首を傾げた。
「あら。隊長から、貴方がた二人は、私と同じく『訳あり』だと聞いています。今も、問題があるように見えませんが? 骨折もしていませんよね?」
「それに、折れても『治療』で治りますし」
にこやかなクラリーナの言葉に、プラグは固まった。
「……うっ、でもシオウは?」
確かにプラグは問題ないが、シオウは人間だ、と思って見ると――目を細め、口の端を上げて余裕の笑みを浮かべていた。
「あ。俺は平気。そこそこ楽しかったぜ。お前はどうだ?」
シオウの言葉にプラグは絶句した。
……強がりにしても恐ろしい。呼吸も、もう整っている。
「この化け物……」
丈夫さで言えば、プラグの『嘘』の体より丈夫かもしれない。
「まあ、お前ほどじゃない。途中から、飛んで来た物が後ろに来ないように全部弾いてただろ。器用すぎ。どうやるんだ? また教えてくれ。で、どうだ?」
プラグも呼吸を整えた。溜息を吐いてばかりだ。
「……そうだな。俺もなんとか……。分かりました。でも、これを毎日……?」
クラリーナも多少、汗を掻いている物の――基本、涼しい顔をしている。
「ええ。慣れたら、一周、一時間程度できるようになりますよ。私は鍛練が趣味なので、毎日、半周はプレート無し、半周はプレートありで走っています。あなたがたは、明日も、今日と同じく、小屋まで三往復――いえ、時間的に、二往復ですね。その後、『飛翔』を使ってのんびり、湖半周で良いでしょう。でも、途中で戻ると結局一周分になるので、回ってしまった方が楽ですよ? そうだわ。城が見える所まで普通に走って、残りは飛翔で湖一周もお勧めです」
「……」
クラリーナはとても嬉しそうだが、プラグとシオウは灰になりかけた。
「今の様子ですと心配なさそうですが……反動が来たら治療のプレートを使って、明日からは飛翔の距離を減らして、少しずつ慣らして下さい。ペースはお任せします」
プラグは項垂れた。
「……今日から、少しずつ慣らすべきだったのでは……?」
するとクラリーナが、微笑んだ。
「それでは鍛練になりません。まさか二人とも、ついて来られるとは思いませんでした。先が楽しみです。では、午後の稽古でお会いしましょう。――またね」
クラリーナは可愛らしい笑顔で、可愛らしく手を振った。
彼女の後ろ姿を見て、シオウがとても嫌そうな顔をした。
そしてがっくりと、地面に手を突いた。
「うわー……うぇー、絶対、筋肉痛になる! 俺、もうここ、辞めようかなぁ……! やめてやるー……!!」
「……それがいいかもな……」
プラグは初めて辞めたいと思ったが……。
何となく、シオウは辞めたいようには見えない。むしろ、今、口元が笑っていたような。
プラグは寝転がり、高い空を仰いだ。
「はぁー……」
『君は、何でも手加減……いや、ほどほどで手を抜く癖があるから、まず、全力を尽くすことを覚えよう。自分の限界を知ることは、とても重要だよ』
――今、なぜか、ラ=サミルの言葉を思い出した。
『祭司は他の精霊の模範になる存在だから、何でもできるようにしておかないと。いざとなったら、率先して皆を守る義務がある』
その後の、いっそ消滅した方がまし……という、鍛練と勉強漬けの日々……。
精霊はクロスティアにいる限りは、いくら幼くなっても消滅しないのでそれを逆手に取ってできるだけ詰め込み、あらゆる武器を教わって、勉強に勉強を重ね経典を暗唱し祝詞を覚え、歌や舞まで教わった。
背の縮んだプラグが、這いつくばって『眠りたいです……寝させて下さい……』と言うと、まだまだ、あと半年、と言われるのだ。
プラグは大抵の苦労が気にならない程、ラ=サミルの事が大好きだったが――本当に良くやったと思う。若く、純粋だった為、なんとかできたのだ。
……この年になって、まさかまた、あんな無茶をする事になるのだろうか?
(絶対、無理だ……)
祭司(ネフス)には合格基準があり、これらが全部できれば祭司、これが全てできれば大祭司、とはっきり聖典に書かれていた。例えば祝詞の暗唱、武術の鍛練などの、二百近い項目に一つずつ印をつけて、残りあと幾つ、となるのだ。
プラグは祭司の基準を満たしたので、祭司になれたのだが……大祭司(ネフスティア)は『見る』役目を貰わなければ、永遠に無理だっただろう。
例えば……。
『手を触れずに物を持ち上げる』
『自分の周辺に心地よい風を吹かせる』
『水の上を歌いながら軽やかに歩く』
『燃えさかる炎の中で、一分間、舞踊をする』
『周囲の五名に言葉を使わず思考を伝える』
とか、そんなのできる訳がない。
無理だから、急がず焦らず日々精進とうそぶき、程々に勉強し、程々に遊んでいたのだ。真面目な生徒とは言いがたかった。
……だが、プラグは、できないなりに、背一杯やっていたのだ。
……たまに戻って来た、ラ=サミルが褒めてくれるから……。
『サミル様、サミル様がいない間に、三つできました!』
カド=ククナが聖典を持って報告すると、ラ=サミルは目を丸くして、驚愕し『すごいな……!?』と言って、頭を撫でて抱きしめて頬摺りして、またぎゅっと抱きしめてくれた。
『じゃあ次は……これとこれをやってみよう。もしできたらこれも。ああ、私はもう出かけないと。顔が見たくて来てしまったよ』
ラ=サミルの言葉にカド=ククナは微笑んだ。
『はい、頑張ってみます。行ってらっしゃい。お気を付けて、でも、寂しいので、早く戻ってきて下さいね。忙しいのに会いに来て下さって、ありがとうございます。お役目、頑張って下さいね!』
人は良く、思い出は美化される……と言うが、今まさにそんな心境だ。
……普通に騙されている。
(サミル様……お元気ですか? また、お会いできたら……貴方だけは、どうか、俺の努力を褒めて下さい……いつも、俺なりに、全力でやっているんです……)
プラグは泣きそうになりながら、シオウを見た。
するとシオウが舌打ちして「やってらんね……寝たい」と言って隣に寝転がった。
「シオウ、お前……精霊の混血だったよな……? 孫辺りか?」
シオウはプラグが思った以上に屈強だった。
『剣』の末裔であるルネは例外として――ここまでの強さは間違い無く、孫の代にしか発現しない。つまり、シオウはコル=ナーダの実孫なのだ。
血は薄いのは……方法は分からないが、もし血を薄めることができれば、短命の危険は減るのかもしれない。
するとシオウが、こちらを恨めしそうに睨んでいた。見た事の無い程、鋭い視線だ。
「……そういうお前こそ、何なんだよ? ホントに人間か?」
「俺は、普通の人間だよ……ここは化け物ばかりだ……」
プラグは普通の人間だ。化け物ばかりの人間に比べたら、とてもか弱い精霊だ。するとシオウがブチ切れた。
「あ゛ー!? こんな普通があるかアホ!! お前、人間じゃねぇだろ! 分かってんだぞ! 人に化けた精霊だろ! 俺知ってんだぞ! 『嘘』のプレートを使えば人間になれるって!」
シオウの言葉にプラグも切れた。とても良い所を突いてくるのはやめて欲しい。
「はァ? 何言ってるんだ? ああ、たぶん、きっと俺にも、精霊の血が入ってるんだな、この髪だし! この髪だから!」
プラグは自分の髪を引っ張った。
二人は互いしばらく睨み合って、揃って地面に伸びて「はぁ~」と溜息を吐いた。
疲れたから喧嘩、とは不毛すぎる。
「もうサボって寝るか……足折れたことにして……」
シオウの言葉にプラグは同意した。
「そうしたい……でもきっと、治療しろって言われる……」
「うわ……ここ、最悪か……?」
シオウが言った。やはり、微妙に声が笑っている気がする。
「おい、そこの二人、生きてるか大丈夫かー! 授業、始まるぞー! ……生きてるか?」
現れたのはコリントだ。
わざわざ様子を見に来てくれたらしい。
プラグはどうしても、確認したくなったので起き上がった。
「あの……コリント隊士、これ、普通なんですか? 隊士は皆、このくらい走るんですか……?」
本当は『ただの人間が、本当にこんな恐ろしい鍛練をしているんですか?』と言いたい。
「どのくらい走った? まさか湖、一周したのか?」
コリントがクラリーナが去った方を見た。
「湖を半周、少し足りない程度でしたけど、途中からずっと襲歩で。ついていくのがやっとでした」
プラグは答えた。
「あー、そんな事だろうと思った……。クラリーナさんは鍛練好きの、おかしい組だ。精霊の力? を貰ったとかなんとかで。まあでも、鍛練も仕事の内だから、皆、暇な時は走ってる。この隊のおかしい組はホントにおかしいぜ。まあ俺は普通の人間だから飛翔は三十分が限界だけどな。一応、のんびり一周くらいなら。なんとかできる」
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「まあ基礎体力は強さにあんまり関係無いから、俺はもう気にしてない。あって損はないけどな。さ、もう始まる、急げよ」
……確かに走ったところで、体力は付くが、強くなるわけでは無い。
プラグとシオウは盛大な溜息を吐き、互いに手を貸し、立ち上がった。