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第5話 精霊剣 -2/3- ①

ー/ー



ナダ=エルタ


――精霊つきのプレートが配布されて、七日が過ぎた。
リーオから、プレートをもらってからの一週間は精霊をプレートに収納せず、霊体または実体化させて会話をするようにと言われていた。

おかで宿舎は数倍騒がしくなっている。
今は朝食の席なのだが、実体化した精霊が二十体ほどいて、食堂はぎゅうぎゅうだ。
アルスは、一列目の机の真ん中辺りに、今日もアルス、プラグ、シオウの順で座っていた。

精霊剣の授業は、実はまだ始まっていない。ここ一週間は各人に合わせ、乗馬と馬上での戦闘訓練、弓の訓練をしていた。
――精霊剣を用いた実習は、ようやく今日の午後から始まる。
アルスの背後には、霊体の『ウル=アアヤ(風/掠風)』が浮いている。後ろに精霊がいる感じにも、ようやく慣れて来た。
精霊は、食事は摂っても摂らなくてもいいらしい。精霊は、精霊自身の霊力や持ち主の霊力を糧にするので、食事は嗜好品、楽しみ、という感覚だという。
ちなみに、精霊が食べた物はどこかへ消えるらしく、トイレに行く必要はない。
同じように風呂に入る必要もない。とても羨ましい体だ。

ウル=アアヤは食事はさほど摂らなくてもいいと言ったが、甘い物は大好きでおやつを欲しがる。精霊には女性体が多く、女性精霊の殆どは甘い物が大好きだ。
精霊が配られた日から、毎日、昼食時、精霊の為にクッキーやスコーンなどの簡単なおやつが配布されるようになった。ケーキやゼリー、シュークリームの場合もある。作ったのはラ=ヴィアや料理の好きな精霊で、アルスもたまに分けてもらっている。

(毎日食べてたら……太りそうだわ……)
アルスは早々に、この危険に気が付いた。精霊は、皆すばらしい体型を維持しているが、人間はそうはいかない。精霊は悪気無く『一緒に分けましょう』と言ってくる。男子は気にせず、もらって食べている者も多いが、女子は青ざめ、首を振る者も多い。
アルスはウル=アアヤに「それはウルのだから……」と言って、断っているが、初めて断ったときには心が痛んだ。断り切れず――否、誘惑に負けて貰う事もある。ラ=ヴィアの作った苺のカップケーキは、とても美味しい罪の味がした。

『掠風』の精霊、ウル=アアヤは、薄緑色の髪にブラウンの瞳を持つ、大人っぽい容貌の精霊で、編み込んだ髪を銀色のティアラや簪を使って、高い位置で結ってまとめている。ドレスは白をベースにしていて、裾から腰まで薄緑のグラデーションがかかっている。すらっとした、細身のドレスで、右側に大きなスリットがある。ウエストはレースの太いリボンで絞られていて、レースには金で刺繍がされてる。金の刺繍は風や自然をイメージしたものらしく、繊細で美しい。胸はアルスよりもかなり大きく、開いた胸元から、深い谷間が見える。肩には銀色の留め具があり、後ろにマントのようなベールを流れしている。
――初めて実体化させたときは、その美しさに見惚れた。
精霊の顔立ちは思っていたよりもずっと、人に近い。
アルスは女子なので平気なのだが――これは男子は大変だ、と思った。
こんな可愛い女性がいたら、きっと、戦うどころではなくなる。精霊に世話を焼かれて、明らかにでれでれしている男子も多い。

数はとても少ないが、男性型精霊を持つ候補生もいて、ナージャはまだぎこちなく接している。
「今日は、精霊剣の訓練ですが、初めはクト=エルタ様にお願いします。イダル=セセナ様は、すみませんが、私がもう少し強くなってからで、お願いします」
――候補生達が虚空に話し掛ける光景にも、もう慣れて来た。

「おい、こら、喧嘩すんな!! 目玉焼きは一つずつだ! っぎゃーっ」
シオウがまた、イルとコルの仲裁をしてとばっちりで燃やされている。
威力は加減してあるようだが、毎度毎度大変そうだ。

精霊は食事は摂らないことが多いが、イル=ナーダや、コル=ナーダのように毎食食べる派の精霊もいる。もっとも、数は少なく『毎食派』の精霊はふたりを入れても十体ほどだ。
食べない精霊は持ち主が食べるのを眺めていたり、精霊同士お喋りをしていたりする。
今は親しくなる為の期間でプレートへの収納ができないので、やっぱり、騒がしい。
厨房は『毎食派』の食事も作り、お菓子を作り、片付けをして、と大忙しだ。

――騎士団の予算は大丈夫なのかしら? とアルスは思った。
そう言えば、貴族から莫大な寄付金があると聞いたので、大丈夫なのかもしれない。

今日は偶々、正面にフィニー、アドニス、ゼラトがいる。ウォレスは遅れて来て少し離れた場所に座っている。フィニーは一昨日朝食を食べ損ねたせいか昨日、今日は早めに来て座っていた。
フィニーの精霊『トアゼ=エルタ(水/波紋)』は霊体のままだが、今、近くにいるらしく余所を向いて会話をしている。
「えっ今朝の登場の仕方が格好悪かった? ううん。すごくよかったよ! 今日のドレスもすごく決まってる~! ――リボンが一本絡んだ? そんなの気付かなかったよ! 今日も可愛いね! 人妻とは思えない! 髪型も決まってるぅ! ルベルも惚れ直すよ~! 可愛い~!」
フィニーは上手くご機嫌を取っている。
トアゼ=エルタは水一族の男性精霊『ルベル=エルタ(水/水波)』と結婚していて、ルベルは今はここにいないという。ゼラト曰く、フィニーは風呂場で「早くルベルを見つけたい……」と言っているらしい。
フィニーと同室の男子の話だと、朝の説得に時間が掛かるのでフィニーは早めに起きるようになった……のだという。

フィニーは今まで休日はやりたい放題で、他の男子からもどん引きされ「あいつに付ける精霊、男の方がいいんじゃないか? もし女性精霊だったら、俺達から教官に言って、男性精霊に代えてもらった方が……精霊が危ないぞ……」とまで言われていたが、人妻精霊を得た事で、更正の兆しが見えてきた。トアゼ=エルタはお洒落に気を遣っていないときは、あれはだめこれはだめと、厳しく躾けているらしい。初めての精霊とは長い付き合いになるかもしれないので、いい傾向だ。

斜め左前でペイトが首を傾げていた。
「え……天気が良すぎて頭が痛い? 精霊にも頭痛ってあるの?」
彼女の持つ『ヴィツ=ヴィス(金/雷/帯電)』は金一族、雷の精霊なので実体化させると周りが感電してしまう。
同じく火の精霊も、実体化には向かないので大抵は霊体のままだ。

……シオウは例外で、二体はほとんど、シオウの言う事を聞かない。
どちらかと言えば、コル=ナーダが我が儘で、イル=ナーダはそれを焦って宥めているという感じ……なのだが、結果、いつも二体は喧嘩になってしまう。

「コル、あの、主が困ってますよ!! あと目玉焼き……それ、私のです……!」
「はぁ? あははは! どこの主? 誰の主ぃ? 私に主なんていませーん! バーカバーカ! この目玉焼きは私お皿に置いてあったんです~! キャハハハ! あーここ、ホント、ダルい~! コイツウザイ! 燃やしちゃおっかな!」
「だから、それ私のお皿……! も~!! 下手に出れば調子に乗って! もう許さない! あと、主を燃やしちゃ駄目!」
イルがテーブルから立ち上がった勢いで、お茶が倒れ食器が揺れた。
コルは我関せず、と食堂を飛び回っている。
「ゴミケラに使われるなんて馬鹿馬鹿しい~!」「もう、コル!」
シオウは深く溜息を吐いた。
「お前等なぁ……暴れるなら外にいけ! ああもう、窓!」
シオウの言葉に誰かが窓を開け、二体は外へ飛んでいった。
シオウは「悪い。あー早く収納したい……」と言って謝り、諦めて机を拭いている。毎食のようにこれなので、シオウは台拭きを貰うようになった。
いつもこんな調子なので、銀プレートを二枚もらったのに、シオウは嫉妬されていない。むしろ、自分は一枚で良かった……と言われている。

『あの、アルス様……』
「ん?」
アルスは首を傾げた。しばらく食事に集中していたのだが、ウル=アアヤが深刻な表情で話しかけて来た。
『実は、今日の午後の実技、大変、本当に、申し訳ないのですが……お休みさせてください!!』
「ええっ!? 何で!?」
アルスは思わず声を上げた。
待ちに待った精霊剣の初実習なのに、なぜ?
『今日の星占いが最下位で……今日は動かない方がいいと……』
「ええええっ……っっちょ、ちょっとまって、占い!?」
アルスは焦った。そう言えばウルは、良く星の巡りがどうとか、星の導きがどうとか呟いていた。占いを信じる性格らしい。

「えっとー、ええ……どんな占いなの?」
『今日の星巡りは……水の星と火の星が重なって、私にとっては大大大凶なのです……どうしましょう……?』
「いや、ええッ……精霊占い、大凶とかあるの……? ううん……」
アルスは考えた。精霊には精霊の決まりやこだわりがある、とリーオが言っていた。ただし我が儘なだけの場合もあるので、全部言う事を聞くことは無い、とも言っていた。
「何とかならないのかしら。ちょっと、軽めにしておくから、とりあえず実技の頭だけでも。案外いけるかも知れないわよ」
『申し訳ありません……ううっ、こんなに悪い運勢なんて。私は、私は……もうお終いです……!!』
ウルが涙ぐむ。
「そんな事ないわよ! ただの占いじゃない!」
『いえ、本当に良く当たるのです……!』
「ぁあああ……」
アルスは頭を抱えた。すると横でプラグが首を傾げた。
「――どうしたんだ? 占い?」
プラグに聞かれてアルスは説明した。
するとプラグが、ウルがいるであろう空間に向かって話し掛けた。
「アルスの精霊はウル=アアヤだっけ……精霊の占いには、幾つか種類があるって、俺の養父が言っていたけど……そっちではどうなんだろう」
『あっ!』
「えっそうなの?」
『――占って来ます!』
ウル=アアヤは食堂を出てどこかに行ってしまった。一度プレートに収まった精霊は、霊体のままでも壁抜けができないらしく、一々、扉から出入りする。ドアを開ける場合は、せめて手だけでも実体化する必要があるのだという。
破壊もできるが、それをすると、ものすごく怒られるので誰もやらない。あのコル=ナーダでさえ初日に壁を壊して『ギナ=ミミム(闇)』と『ラ=ヴィア』に怒られてから気を付けている。

「行っちゃった。でも、なんとかなるかしら……いい占いがあればいいんだけど。幾つくらいあるの?」
「七つだって。一つくらいはいいのがあるだろう。って、これも養父が」
「えええ……そんなにあるのね。どれが一番いいのかしら。後で聞いておかなと。それにしても、カルタ伯爵は本当に物知りね。助かるわ」
アルスは苦笑した。プラグはよく『養父が言っていた』とか『養父に教わって』とか言うが、十中八九、これは謙遜だろう。養父に教わったとしても彼の知識になっているのだから、彼の知識で良いと思うのだが。あまり前に出たがる性格ではないようだ。
ひょっとすると――これも彼なりの冗談なのかもしれない。

プラグはふと右後ろを見て、自分の精霊に話し掛けた。
「――そうだな。え? 君も運勢はいまいち? だったらウルと一緒に、他の占いを見たらどうだ? ああ――いってらっしゃい」
プラグが穏やかに微笑み、手を振った。精霊とは上手く行っているようだ。
体調も、もう大丈夫らしい。
プレート配布される少し前。アルスとシオウは、休日に出かけたプラグが戻って来ないので首を傾げていたら、リゼラから風邪で緊急入院したと聞いて驚いた。
しかも風邪を移したのはリーオだと、後日リズが言っていた。
その後リーオは三日謹慎になっていたから、何があったのだ……? と言われている。端的に言うと、二人は仲を疑われている。精霊はひそひそと『やっちゃったのかな』『キスとかでは?』と言っていた。アルスは精霊達の言う事なので、信憑性は低いと思っている。
プラグが戻ってきた時、本当に具合が悪そうだったので、単純にすごく悪い風邪だったのだろう。移ったのは……罰補習の報告の時? となると少し時期が合わないので、少し遅れて悪化したか、それとも、密会していたのだろうか……。
(いやいや、違うわ、すれ違ったときに移った、とかよ!)
アルスは首を振った。

プラグの精霊は『ナダ=エルタ』。切りそろえた髪を二つ結びにした、可愛い精霊だ。肌は真っ白で、髪と目は水色。
左側の前髪を髪飾りで留めていて、額が半分見えていて、両頰には縦に長い、水色の菱形模様がある。
人で言えば十五、六歳程度だろうか? 可愛い顔立ちな上、人間風の髪型なので、周りの精霊より若干幼く見える。
衣装も水色なのだが、メイド服……のようなエプロン付きのドレスで、丈は膝が隠れる程度。ストラヴェルではドレスは長い物か、足首を見せるスタイルが主流だから、ここまで短いのは珍しい。アルスは流行るかも、と思ったし、プラグは初めて彼女を見た時、真っ先に、素敵な衣装だな、と褒めていた。

……プラグの『趣味』については、アルスは、『まあそういう事もあるわね』と受け入れていた。そういう事もあるのだ。きっと。

プラグは普段もの静かで、表情も乏しく、一見、無愛想なので付き合いにくい性格と思われるが、付き合ってみれば意外に茶目っ気があり、冗談も通じるので、話しやすい。

(まだ会って、二ヶ月もないけど……優しいのよね、意外に)
アルスは初め、見た目から無愛想できつい性格を想像していたのだが。そんなことも無く普通だった。
女子はプラグに話し掛けてこないが、男子たちは気づき始めたらしく、今では気軽に話し掛けたり、精霊について相談したりしている。
成績は常に一番だが、たまたま本人の能力が高かった結果だし「良い奴そうだし、まあいいか」と思わせる物がある。彼はいわゆる『飛び抜けた天才』というものだから、張り合っても仕方無いのだ。



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リーオから、プレートをもらってからの一週間は精霊をプレートに収納せず、霊体または実体化させて会話をするようにと言われていた。
おかで宿舎は数倍騒がしくなっている。
今は朝食の席なのだが、実体化した精霊が二十体ほどいて、食堂はぎゅうぎゅうだ。
アルスは、一列目の机の真ん中辺りに、今日もアルス、プラグ、シオウの順で座っていた。
精霊剣の授業は、実はまだ始まっていない。ここ一週間は各人に合わせ、乗馬と馬上での戦闘訓練、弓の訓練をしていた。
――精霊剣を用いた実習は、ようやく今日の午後から始まる。
アルスの背後には、霊体の『ウル=アアヤ(風/掠風)』が浮いている。後ろに精霊がいる感じにも、ようやく慣れて来た。
精霊は、食事は摂っても摂らなくてもいいらしい。精霊は、精霊自身の霊力や持ち主の霊力を糧にするので、食事は嗜好品、楽しみ、という感覚だという。
ちなみに、精霊が食べた物はどこかへ消えるらしく、トイレに行く必要はない。
同じように風呂に入る必要もない。とても羨ましい体だ。
ウル=アアヤは食事はさほど摂らなくてもいいと言ったが、甘い物は大好きでおやつを欲しがる。精霊には女性体が多く、女性精霊の殆どは甘い物が大好きだ。
精霊が配られた日から、毎日、昼食時、精霊の為にクッキーやスコーンなどの簡単なおやつが配布されるようになった。ケーキやゼリー、シュークリームの場合もある。作ったのはラ=ヴィアや料理の好きな精霊で、アルスもたまに分けてもらっている。
(毎日食べてたら……太りそうだわ……)
アルスは早々に、この危険に気が付いた。精霊は、皆すばらしい体型を維持しているが、人間はそうはいかない。精霊は悪気無く『一緒に分けましょう』と言ってくる。男子は気にせず、もらって食べている者も多いが、女子は青ざめ、首を振る者も多い。
アルスはウル=アアヤに「それはウルのだから……」と言って、断っているが、初めて断ったときには心が痛んだ。断り切れず――否、誘惑に負けて貰う事もある。ラ=ヴィアの作った苺のカップケーキは、とても美味しい罪の味がした。
『掠風』の精霊、ウル=アアヤは、薄緑色の髪にブラウンの瞳を持つ、大人っぽい容貌の精霊で、編み込んだ髪を銀色のティアラや簪を使って、高い位置で結ってまとめている。ドレスは白をベースにしていて、裾から腰まで薄緑のグラデーションがかかっている。すらっとした、細身のドレスで、右側に大きなスリットがある。ウエストはレースの太いリボンで絞られていて、レースには金で刺繍がされてる。金の刺繍は風や自然をイメージしたものらしく、繊細で美しい。胸はアルスよりもかなり大きく、開いた胸元から、深い谷間が見える。肩には銀色の留め具があり、後ろにマントのようなベールを流れしている。
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精霊の顔立ちは思っていたよりもずっと、人に近い。
アルスは女子なので平気なのだが――これは男子は大変だ、と思った。
こんな可愛い女性がいたら、きっと、戦うどころではなくなる。精霊に世話を焼かれて、明らかにでれでれしている男子も多い。
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――候補生達が虚空に話し掛ける光景にも、もう慣れて来た。
「おい、こら、喧嘩すんな!! 目玉焼きは一つずつだ! っぎゃーっ」
シオウがまた、イルとコルの仲裁をしてとばっちりで燃やされている。
威力は加減してあるようだが、毎度毎度大変そうだ。
精霊は食事は摂らないことが多いが、イル=ナーダや、コル=ナーダのように毎食食べる派の精霊もいる。もっとも、数は少なく『毎食派』の精霊はふたりを入れても十体ほどだ。
食べない精霊は持ち主が食べるのを眺めていたり、精霊同士お喋りをしていたりする。
今は親しくなる為の期間でプレートへの収納ができないので、やっぱり、騒がしい。
厨房は『毎食派』の食事も作り、お菓子を作り、片付けをして、と大忙しだ。
――騎士団の予算は大丈夫なのかしら? とアルスは思った。
そう言えば、貴族から莫大な寄付金があると聞いたので、大丈夫なのかもしれない。
今日は偶々、正面にフィニー、アドニス、ゼラトがいる。ウォレスは遅れて来て少し離れた場所に座っている。フィニーは一昨日朝食を食べ損ねたせいか昨日、今日は早めに来て座っていた。
フィニーの精霊『トアゼ=エルタ(水/波紋)』は霊体のままだが、今、近くにいるらしく余所を向いて会話をしている。
「えっ今朝の登場の仕方が格好悪かった? ううん。すごくよかったよ! 今日のドレスもすごく決まってる~! ――リボンが一本絡んだ? そんなの気付かなかったよ! 今日も可愛いね! 人妻とは思えない! 髪型も決まってるぅ! ルベルも惚れ直すよ~! 可愛い~!」
フィニーは上手くご機嫌を取っている。
トアゼ=エルタは水一族の男性精霊『ルベル=エルタ(水/水波)』と結婚していて、ルベルは今はここにいないという。ゼラト曰く、フィニーは風呂場で「早くルベルを見つけたい……」と言っているらしい。
フィニーと同室の男子の話だと、朝の説得に時間が掛かるのでフィニーは早めに起きるようになった……のだという。
フィニーは今まで休日はやりたい放題で、他の男子からもどん引きされ「あいつに付ける精霊、男の方がいいんじゃないか? もし女性精霊だったら、俺達から教官に言って、男性精霊に代えてもらった方が……精霊が危ないぞ……」とまで言われていたが、人妻精霊を得た事で、更正の兆しが見えてきた。トアゼ=エルタはお洒落に気を遣っていないときは、あれはだめこれはだめと、厳しく躾けているらしい。初めての精霊とは長い付き合いになるかもしれないので、いい傾向だ。
斜め左前でペイトが首を傾げていた。
「え……天気が良すぎて頭が痛い? 精霊にも頭痛ってあるの?」
彼女の持つ『ヴィツ=ヴィス(金/雷/帯電)』は金一族、雷の精霊なので実体化させると周りが感電してしまう。
同じく火の精霊も、実体化には向かないので大抵は霊体のままだ。
……シオウは例外で、二体はほとんど、シオウの言う事を聞かない。
どちらかと言えば、コル=ナーダが我が儘で、イル=ナーダはそれを焦って宥めているという感じ……なのだが、結果、いつも二体は喧嘩になってしまう。
「コル、あの、主が困ってますよ!! あと目玉焼き……それ、私のです……!」
「はぁ? あははは! どこの主? 誰の主ぃ? 私に主なんていませーん! バーカバーカ! この目玉焼きは私お皿に置いてあったんです~! キャハハハ! あーここ、ホント、ダルい~! コイツウザイ! 燃やしちゃおっかな!」
「だから、それ私のお皿……! も~!! 下手に出れば調子に乗って! もう許さない! あと、主を燃やしちゃ駄目!」
イルがテーブルから立ち上がった勢いで、お茶が倒れ食器が揺れた。
コルは我関せず、と食堂を飛び回っている。
「ゴミケラに使われるなんて馬鹿馬鹿しい~!」「もう、コル!」
シオウは深く溜息を吐いた。
「お前等なぁ……暴れるなら外にいけ! ああもう、窓!」
シオウの言葉に誰かが窓を開け、二体は外へ飛んでいった。
シオウは「悪い。あー早く収納したい……」と言って謝り、諦めて机を拭いている。毎食のようにこれなので、シオウは台拭きを貰うようになった。
いつもこんな調子なので、銀プレートを二枚もらったのに、シオウは嫉妬されていない。むしろ、自分は一枚で良かった……と言われている。
『あの、アルス様……』
「ん?」
アルスは首を傾げた。しばらく食事に集中していたのだが、ウル=アアヤが深刻な表情で話しかけて来た。
『実は、今日の午後の実技、大変、本当に、申し訳ないのですが……お休みさせてください!!』
「ええっ!? 何で!?」
アルスは思わず声を上げた。
待ちに待った精霊剣の初実習なのに、なぜ?
『今日の星占いが最下位で……今日は動かない方がいいと……』
「ええええっ……っっちょ、ちょっとまって、占い!?」
アルスは焦った。そう言えばウルは、良く星の巡りがどうとか、星の導きがどうとか呟いていた。占いを信じる性格らしい。
「えっとー、ええ……どんな占いなの?」
『今日の星巡りは……水の星と火の星が重なって、私にとっては大大大凶なのです……どうしましょう……?』
「いや、ええッ……精霊占い、大凶とかあるの……? ううん……」
アルスは考えた。精霊には精霊の決まりやこだわりがある、とリーオが言っていた。ただし我が儘なだけの場合もあるので、全部言う事を聞くことは無い、とも言っていた。
「何とかならないのかしら。ちょっと、軽めにしておくから、とりあえず実技の頭だけでも。案外いけるかも知れないわよ」
『申し訳ありません……ううっ、こんなに悪い運勢なんて。私は、私は……もうお終いです……!!』
ウルが涙ぐむ。
「そんな事ないわよ! ただの占いじゃない!」
『いえ、本当に良く当たるのです……!』
「ぁあああ……」
アルスは頭を抱えた。すると横でプラグが首を傾げた。
「――どうしたんだ? 占い?」
プラグに聞かれてアルスは説明した。
するとプラグが、ウルがいるであろう空間に向かって話し掛けた。
「アルスの精霊はウル=アアヤだっけ……精霊の占いには、幾つか種類があるって、俺の養父が言っていたけど……そっちではどうなんだろう」
『あっ!』
「えっそうなの?」
『――占って来ます!』
ウル=アアヤは食堂を出てどこかに行ってしまった。一度プレートに収まった精霊は、霊体のままでも壁抜けができないらしく、一々、扉から出入りする。ドアを開ける場合は、せめて手だけでも実体化する必要があるのだという。
破壊もできるが、それをすると、ものすごく怒られるので誰もやらない。あのコル=ナーダでさえ初日に壁を壊して『ギナ=ミミム(闇)』と『ラ=ヴィア』に怒られてから気を付けている。
「行っちゃった。でも、なんとかなるかしら……いい占いがあればいいんだけど。幾つくらいあるの?」
「七つだって。一つくらいはいいのがあるだろう。って、これも養父が」
「えええ……そんなにあるのね。どれが一番いいのかしら。後で聞いておかなと。それにしても、カルタ伯爵は本当に物知りね。助かるわ」
アルスは苦笑した。プラグはよく『養父が言っていた』とか『養父に教わって』とか言うが、十中八九、これは謙遜だろう。養父に教わったとしても彼の知識になっているのだから、彼の知識で良いと思うのだが。あまり前に出たがる性格ではないようだ。
ひょっとすると――これも彼なりの冗談なのかもしれない。
プラグはふと右後ろを見て、自分の精霊に話し掛けた。
「――そうだな。え? 君も運勢はいまいち? だったらウルと一緒に、他の占いを見たらどうだ? ああ――いってらっしゃい」
プラグが穏やかに微笑み、手を振った。精霊とは上手く行っているようだ。
体調も、もう大丈夫らしい。
プレート配布される少し前。アルスとシオウは、休日に出かけたプラグが戻って来ないので首を傾げていたら、リゼラから風邪で緊急入院したと聞いて驚いた。
しかも風邪を移したのはリーオだと、後日リズが言っていた。
その後リーオは三日謹慎になっていたから、何があったのだ……? と言われている。端的に言うと、二人は仲を疑われている。精霊はひそひそと『やっちゃったのかな』『キスとかでは?』と言っていた。アルスは精霊達の言う事なので、信憑性は低いと思っている。
プラグが戻ってきた時、本当に具合が悪そうだったので、単純にすごく悪い風邪だったのだろう。移ったのは……罰補習の報告の時? となると少し時期が合わないので、少し遅れて悪化したか、それとも、密会していたのだろうか……。
(いやいや、違うわ、すれ違ったときに移った、とかよ!)
アルスは首を振った。
プラグの精霊は『ナダ=エルタ』。切りそろえた髪を二つ結びにした、可愛い精霊だ。肌は真っ白で、髪と目は水色。
左側の前髪を髪飾りで留めていて、額が半分見えていて、両頰には縦に長い、水色の菱形模様がある。
人で言えば十五、六歳程度だろうか? 可愛い顔立ちな上、人間風の髪型なので、周りの精霊より若干幼く見える。
衣装も水色なのだが、メイド服……のようなエプロン付きのドレスで、丈は膝が隠れる程度。ストラヴェルではドレスは長い物か、足首を見せるスタイルが主流だから、ここまで短いのは珍しい。アルスは流行るかも、と思ったし、プラグは初めて彼女を見た時、真っ先に、素敵な衣装だな、と褒めていた。
……プラグの『趣味』については、アルスは、『まあそういう事もあるわね』と受け入れていた。そういう事もあるのだ。きっと。
プラグは普段もの静かで、表情も乏しく、一見、無愛想なので付き合いにくい性格と思われるが、付き合ってみれば意外に茶目っ気があり、冗談も通じるので、話しやすい。
(まだ会って、二ヶ月もないけど……優しいのよね、意外に)
アルスは初め、見た目から無愛想できつい性格を想像していたのだが。そんなことも無く普通だった。
女子はプラグに話し掛けてこないが、男子たちは気づき始めたらしく、今では気軽に話し掛けたり、精霊について相談したりしている。
成績は常に一番だが、たまたま本人の能力が高かった結果だし「良い奴そうだし、まあいいか」と思わせる物がある。彼はいわゆる『飛び抜けた天才』というものだから、張り合っても仕方無いのだ。