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第4話 魔霊と精霊 -2/3- ②

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アメル・ドーゼ


翌日。正午前。
プラグは『アメル』に化けたラ=ヴィアを、悩んだ末、フィニーだけに紹介した。

「はじめましてフィニーさん。アメル・ドーゼです。いつも兄がお世話になっております」
ラ=ヴィアの擬態は完璧だ。散々迷った末、目は茶色にした。

これは今後はラ=ヴィアの力で姿を変えるつもりだからだ。
――『プラグ』の成長を考えると、そうする他ない。
カルタに戻る時は茶色に変えず、琥珀色で行けば良いのだ。
いざ目の色の違いを指摘されたらラ=ヴィアの力を少しだけ話して『ちょっとしたお洒落です』で乗り切るつもりだ。アメルは押しが強いので何とかなる。

「わぁああ可愛い! そっくり! えっ! 可愛い! 奇跡!」
「まあ……照れますわ」
アメルが微笑んだ。フィニーの手がアメルの髪に伸びる。
「触るな」
思わずプラグはアメルを背後に庇った。いきなり手を伸ばすとは。フィニーはとんでもない奴だ。
フィニーが「けち」と呟いたが。寄るなと追い払った。
女子がたまに、フィニーのことを虫ケラを見るような目で見ている理由がよく分かる。近寄るなと言いたい。
「え~。その格好、巫女さんなんだ? お巫女さん可愛い~! 目はブラウンなんだ。可愛い~! 名字が違うのは?」
「……アメルはカルタの、別の家に引き取られたんだ。じゃあ俺は昼から行くから。君は先に行ってくれ」
「またお話ししようね!」
「ごきげんよう」
アメルは礼をして見送った。「可愛い~!」という声が聞こえる。

「二度と会わせない……! なんだあいつは……!」
プラグは決意したが、これでフィニーがアメルの存在を方々に触れ回ってくれるだろう。リズは昨日の深夜に帰ってきて、今は寝ているらしい。そろそろ起き出すかもしれない。

「ラ=ヴィア、ありがとう。上手かったぞ」
「み!」
プラグはラ=ヴィアの頭を撫でた。ラ=ヴィアが抱きついてくる。
仕草はアメルにそっくりで、思わず微笑んだ。
プラグはリーオの執務室に入って、鍵を掛け、カーテンを閉めた。この時間は不在なので、勝手に使って良いと言われている。ラ=ヴィアはアメルに擬態したままだ。

プラグは鞄を何も無い執務机に置かせてもらい、「ル・フィーラ」と呟き、鞄の中の鍵プレートを解除した。中のドレスを持ち上げ、少し考えた。
「そろそろ、新しい服が欲しいな……。ずっと巫女服だから。ケープはともかく、下のドレスは変えたいな……大分温かいし。サリーに頼んで送ってもらおう。あ! そうだ、今日はかつらは無しにするか。眉毛と、睫毛も、もう、ラ=ヴィアに変えてもらうか。いっそ、体ごと変えてみるか?」
「ミ。でも、大きな水がないとできないミ。池とか、川とか、噴水とか」
ラ=ヴィアはご機嫌だ。
「ああそうか。じゃあとりあえず、水を汲んでくる。そのまま待っていてくれ。鍵を掛けて」
「ミー」
プラグが水をボウルに入れて戻るとラ=ヴィアは精霊の姿に戻って踊っていた。
「持って来た。食堂にあった」
プラグは食堂から借りた大きめのボウル――素材は陶器だ――を執務机に置いた。

「じゃあ頼む」
「み」
プラグが覗き込み、プラグとラ=ヴィアが息を揃えて『る・ふぃーら・でぃあせす!』と呟くと、一瞬で髪と目が変わった。
髪は長くなり、バサリと背中に落ちた。睫毛も眉毛も瞳も色が変わった。
プラグは鞄の蓋の裏にある、大きな鏡で確認した。
持ち上げてみても、引っ張ってみても見事に髪の毛だ。
「……! 凄い。生え際も、うなじも。質感も完璧だ……!」
「み! どう?」
「偉いぞ、ラ=ヴィア! 最高だ! これで髪が自由に結える! ああでも、かつらを結うのも楽しかったな。せっかくアメルに似た髪を探したんだし……たまには使うか。化粧は自分でするからこれでいいとして。やっぱり今度、全身も試してみよう。とにかく、また一歩、アメルに近づいた!」
「み~!」
二人で大喜びしながら、仕上げに声を変えた。
「あ、あ。……んん、私は、アメル……」
その後は女二人で和気藹々と着替えを終え、片付けをし、全て鞄に収めて、厨房にボウルを返しに行き、戻って、また荷物を持って、カーテンを開け、アメル・ドーゼとして部屋を出た。

■ ■ ■

「隊長、もう、起きていらっしゃいますか?」

聞き慣れない女性の声に、リズは首を傾げた。
ちょうど着替えを終えたところだ。
ドレスは隊服に近い赤紫。シンプルで飾り気のないデザインで、パニエは入っていない。白い三角襟が付き、太めの肩紐つきのオフショルダーになっている。ブーツは編み上げで白。タイツは黒色。イヤリングは子供国民がくれた中から、適当に選んだ。色は青。

ドレスの色が隊服に似ているのは、これが好きな色だからだ。他にも数着あるが、今日は何となくこれにした。
ちなみに隊服は、リズが隊長になったときに一新されている。
……前の服は青一色でなぜか縁取りが金色で、とにかくダサかった。
今の隊服は、裾の斜めのライン、金の振り取り、マントなど、リズが直接細かい指示を出した。途中、かなり迷走したが――結果、隊士にも国民にも貴族にも大好評だ。前の隊服は無かった事にされている。

非番なのでゴロゴロしようと思っていたら、リーオが『プラグと教会へ行け』と言ってきた。リズはぶーたれたが『黒プレートが浄化できないか、実物を見たいらしい』と言われて、行くしかないか……と思った。リーオがついていけば良いのだが、リーオは真面目で話が通じない。
見たいなら見せて、何かあったらその時はその時、万一浄化できたら部隊の手柄、他国にふっかけ大儲け! でいいと思うのだが。

「あい。起きてるぞ? つか……誰だ?」
リズは問いかけた。
「アメルです。今日、一緒にお出かけする……」
控え目な言葉に、リズは思わず口を開けた。思いっきり、若い少女の声だ。
「は? アメル?」
「アメル・ドーゼです。お兄様から、リズ隊長が一緒に、教会に行って下さると……」
リズは急いで扉を開けた。

「……ぐわ」
変な声が出た。そこに居たのは可愛らしい、緩い三つ編みの美少女だった。
女装が趣味なのは確かに聞いていた。カルタで巫女として活動していたとも。
しかしここまで本気だとは思わなかった……。
元々女顔だが、声が違うと女にしか見えない。

「今日は、髪型も変えましたの。いつもは、目も琥珀色なのですが、折角ですので、ラ=ヴィアに頼んで、この色に。お支度はお済みでしょうか?」

■ ■ ■

野郎のお共は面倒だが、相手が少女? となれば話は別だ。
リズは大乗り気で出かけて、さくっと教会に着いた。
一万回通った道で、一万回通った教会だ。どこに誰がいて、何があるのか熟知している。巫女長の執務室は勿論、お菓子の戸棚まで知っている。
「よ、おはよ」
「おはようございます」「おはようございます」
顔パスで入り、執務室に向かう。

「よう。ミリル! 来たぜ!」
「――まあ、隊長?」
聖女教会の巫女長、ミリル・ラ・トリル。
トリル侯爵の長女で、フィニーの姉だ。

彼女はストラヴェル全土の、巫女の頂点に立つ女性で、トリル侯爵夫妻は彼女を授かった事で、人生五十回分の徳を積んだ言われている。

霊力は言うに及ばず。人柄はまるで神の使い。あまりの出来の良さに、夫妻は「自分達の所にいたら穢れる」と言って、彼女をわずか五歳で出家させた。
あの侯爵夫妻が、娘は王族に嫁がせる気満々だったのに……と話題になったのだが……その後、彼女と会った者達は『神を見た』と言い出した。更正させた悪人は数知れず。あのろくでなしの似た物夫婦から、どうしてこの娘が……? と言われストラヴェル三大不思議の一つとなっている。
その後、十五歳で巫女頭となり、前巫女長が高齢で引退した後、二十歳で巫女長となった。今は確か二十五歳。
彼女は同時に十羽以上の紅玉鳥に指示を出し、まとめる事ができる。リズも集団戦では助けられている。
ちなみに霊力はもの凄いのだが、穏やかな性格かつ運動音痴の為、武芸はからっきしだ。

……恐ろしい事に、候補生フィニー・ラ・トリルの腹違いの姉となる。
フィニーは父親の血を余すところなく、そっくり受け継ぎ、あの年で色々言われている。
フィニーは本来、貴族として無条件で精霊騎士の修練過程に入れる身分だったが、さすがに十四歳でこれは不味いと思った(ミリルに諭されたという説もある)父親が、一般の訓練過程に投げてきた。フィニーは休日はしょっちゅう外出するが、休日であれば許容範囲だ。候補生と問題を起こすこともなく、夜這いを掛ける事も無く、今の所、真面目にやっている。一年後の事は知らない。そもそもリズは気にしていない。風紀にうるさいのは他の隊士達だ。

ミリルは今日も長い金髪を長い前髪ごと、後ろで一つにまとめたつまらない髪型をしている。服装もいつもの青い、王城の巫女服だ。式典用で無いので、刺繍は無く、銀の縁取りがあるだけだ。帽子は執務机に置いてある。
巫女長の執務室は背後に窓があり、窓際に筆頭紅玉鳥の『シュラーザ』がいる。
「よっ! 焼き鳥!」
リズはシュラーザに声を掛けた。シュラーザはクルル、と鳴いた。

リズはアメルをミリルの前に出した。
「こいつが、例のアメル。でさ、コイツが、黒プレート見たいってんだが、見られるか?」
「黒のプレートを?」
「ああ、なんでも、浄化の方法を探してるか何かで。こいつも一応、カルタの巫女だって? おい、自己紹介しろ」

アメルが優雅に礼をする。
「初めまして。巫女長様。アメル・ドーゼと申します。今日は私の紅玉鳥は不在で、紹介出来ず、申し訳ありません。先日はシュラーザ様をお貸し頂き、ありがとうございました」
リズはアメルを見ていたが、普通に巫女だ。
巫女の証である赤い装束が良く似合い、緩い三つ編みと赤いリボンが可愛い。可愛い。とても可愛い。

リズは真剣に考えた。生意気なプラグより可愛いアメルの方が千倍好みだ。
……プラグなんて初めから、不要だったのかもしれない。

(あれ……もうコッチでよくね? こっちが本物でよくね? プラグいらん)
アメルが本当に女だったら今日、速攻で抱いていたのに……と内心、舌打ちした。

「ああ。はい。ご丁寧にありがとうございます。シュラーザは自分の意志で出かけたのですから、お気になさらず」
ミリルが微笑んだ。ミリルは派手さは無いが、美しい顔立ちをしている。ゆったりとした巫女服で分かりにくいが、胸もでかいし腰も細い。巫女でなかったら手を出していたくらい、良い女だ。リズは彼女に会う度『なんで巫女なんだ……!』と地団駄を踏んでいる。

アメルが微笑んだ。
「ありがとうございます。それと……兄の精霊、ラ=ヴィアがご迷惑をお掛けしました。ラ=ヴィア?」
アメルが呼ぶと、アメルの隣に、ラ=ヴィアが姿を現した。
ラ=ヴィアは、優雅に礼をした。
前、ここにいたときの偉そうな態度とは大違いだ。
リズは『いや……これも抱けるか?』と考えた。すると冷酷な一瞥を寄越したので、コイツやるな。と思った。

「リズ隊長に伺いましたが、ずいぶん、我が儘を言ったとか。よく叱っておきますので。皆様にも、謝罪を伝えて頂けますか? 兄と私にしか、全然、懐かない子ですの……」
アメルの言葉にミリルが苦笑する。
「それは精霊ですもの。仕方ありませんわ。皆に伝えておきますね。でも、お兄様の『巫女達と仲良くできますか?』という伝言を聞いてからは、皆さんとも上手くやっていましたよ。ラ=ヴィア様は、とても凜々しい、それでいて、可愛らしい方ですね」

……ミリルは心が広すぎると、リズは常々思っている。
ラ=ヴィアも褒められ、まんざらでは無い様子だ。
ミリルにちょっと申し訳無さそうな顔をして、反省の色を見せている。この精霊、リズとは一言も口を利かなかったのだが……大層な変わり様だ。
――あと、ミリルはもう完璧に、アメルが女だと思っている。

「良かった……! ところで、黒プレートなのですが、私が見ても、大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。結界もありますし、精霊の魂(レフル)はおそらく大地に還ってしまって、本当に、ただの黒いプレートです。ですが、浄化の方法となると……学者様達が、匙を投げたものですから……あら? そう言えば、見たがっているのは、お兄様だとリーオ様が……? お兄様はどちらに?」
「ああ、兄は風邪で寝込んでしまいまして。代わりに私が。双子ですもの。同じようなものですわ」
アメルの言い訳は適当過ぎる。だが何となく『彼女が言うならそうだろう』と言う気にさせる。
「まあ。お風邪を? 流行っていますものね。もし酷くなるようでしたら、お薬を処方しますので、教会にいらしてください。難しい場合は往診いたします。お大事に」
――リズは呆れたが……ミリルはミリルだった。

「ありがとうございます。兄は丈夫ですから、一晩寝れば元気になりますわ。プレートは私が状態を見て、兄に伝えます。『見る』だけで十分です」
アメルが言った。
するとミリルが微笑んだ。
「まあ。わかりました。『ご聖眼のアメル様』のカルタ地方でのご活躍は、王都にも伝わっていますよ。後で皆に、ぜひ紹介させてください。プレートは普段は入らない別棟にありますので、鍵を取って参ります」

■ ■ ■

「お前……なんか二つ名がついてんのか?」
リズに尋ねられ、アメルは苦笑した。
「皆様がいつのまにか、私をそう呼んでしまって。他にも幾つか呼び名が……」
「どんなだ」
「井戸掘りのアメル、失せ物探しのアメル、八つ裂きのアメル、熊殺しのアメル……? 熊退治をした事があって、いつのまにか」
「うわ。っていうか、ミリルあいつ、不思議に思わないのか。中身男だぞ」
「私は本当に巫女ですもの」
「……まあ、いいか。良し、後で飯行くか! お近づきの印に、奢ってやる」
「まあ。嬉しいですわ。あ、ですが……図書館にも行きたいのです」
「図書館? まー、近くに飯屋もあるから、付き合ってやるよ。あの辺、分かりにくいからな」
「まあ、ありがとうございます。助かります」
アメルは微笑んだ。

(リズは女性にはすごく優しいんだな……)
プラグはアメルを演じながら、ぼんやり考えた。
(リズと出かける時は、アメルで行こう)
と考え、そんな機会がまたあるのか? と思った。

「お待たせいたしました。行きましょう。念の為、シュラーザも連れて行きましょう」
ミリルが戻って来て、三人と、一羽で部屋を出た。

■ ■ ■

アメル達が案内されたのは、教会の裏手の、更に奥にある、小さな教会だった。
「ここは、かつては使っていたらしいのですが……使われなくなって久しいので、黒いプレートの保管場所として、建物をまるごと、結界で囲っています」

アメルが入ろうとすると確かに霊力を感じた。
広域に固定の結界を張るには『聖域』のプレートが必要だ。
これは空の白プレートに、聖母または、王城の巫女長、優れた巫女が霊力を込めて造る。どの巫女にもできるかというと、そうではない。この聖域のプレートを作れるか否かが巫女長になれるかなれないかの分かれ目だ。アメル――プラグもできるのだが、霊力を留めるのが本当に難しく、範囲はせいぜい百メルトル程度だ。……普通はできないから、アメルは十分凄い巫女だと言える。
聖域のプレートの力を、聖樹やご神体に宿らせ、そこに教会を建てる。
ただし、聖域は必須ではなく、聖域を持たない小さな教会もある。その場合は代わりに紅玉鳥がいる。

中はごく普通の教会だが、椅子は片付けられ、祭壇だけがある。
祭壇の上に、大きな石櫃がある。形はほぼ真四角で、石棺とは違うようだ。石櫃には簡単な装飾が施されている。

ステンドグラスはなく、明かりは窓や天井から差し込む光のみだ。
「夜は明かりが点くようになっています。精霊も真っ暗は恐いでしょうから……、今、開けます……すみませんが、手伝っていただけますか? 少し重くて」
石櫃は高さが、ミリルの腰ほどもある。
「ああ。私達でやる。蓋、そっちに置けばいいか?」
リズとアメルが蓋を持ち上げ、右側に置いた。
中には青い座布団が敷かれ、その中央に黒いプレートがあった。

「……これは……」
アメルは考え込んだ。
目を閉じ、軽く手をかざすと、中の状態が分かる。
プレートの中身は――正しく、精霊の亡骸だ。
破壊された『魔霊』の状態のまま封印されている。核が破壊され完全に『魂(レフル)』が切り離されている。しかし……。

「ラ=ヴィア、どう思います?」
「糸が切れている、けど、もしかしたら……いる?」
「……生まれ変わりの前かもしれませんね。存在はまだ残っています。核が壊れたことで、この大陸のどこかを彷徨っている……ように思えます。この精霊は…………火郡(ほむら)の精霊、コル=ナーダか、火矢の精霊、イル=ナーダではありませんか?」
アメルの言葉に、リズとミリルが目を丸くする。
「分かるのか……!? ああ。コル=ナーダだ」
「コル=ナーダなのですね。可愛そうに。二人は、双子のような物ですから、魂(レフル)よく似ています。封印して下さってありがとうございます。何とか、呼び戻したいと思います」
アメルの言葉に、リズとミリルが信じられない、と言う顔をした。

「できるのか……?」
「分かりません。親しい精霊が呼べばあるいは……イル=ナーダは居ますか?」
「いる。……だから、破壊せずに残しておいたんだ。あいつも閉じこもりきりになってしまって……宿舎だ。取ってくるか?」
「いえ。まだ、方法が分からないので、起こすのは目処がついてからでお願いします。先にプレートの研究施設を見せて頂けますか? 浄化の際は、国王陛下の持っている、浄化のプレート、アリア=エルタの力が必要かもしれません」
「ああ、おっさんの。分かった、それは任せろ! プレート施設だな。見に行くぞ。使えるモンがあったら使え」

■ ■ ■

ミリル、護衛の数名の巫女と共に――ミリルが外に出るのは珍しい――リズとアメルはプレート管理施設に向かった。

「コル=ナーダは、ラオラ地区を焼き払った後、海に行ったんだが……何故か、また戻って来てな。海辺の街に、結構な被害が出た。シオウが見た後だな」
ラオラ地区というのはレガン地方の――つまりシオウが話した『虐待を受けた精霊』が火群(ほむら)の精霊『コル=ナーダ』だったのだ。

プレート研究施設は、騎士団宿舎の三倍程度の敷地を持っていた。教会と同じく一番内側の城壁にあるが、城壁の東側はほぼそれと言って良い。
大勢の研究員や巫女がいて、清水や植物から新しい精霊石を取り出す研究や、精霊石を利用した道具の研究、開発、改良をしている。その他、巫女がプレートを実際に製造する部署などがある。実体化した精霊や霊体の精霊もいて、大変賑やかだ。

アメルは製造機械の説明を受け、実際に見て、使える物がないか確認した。
巫女の力と祝詞で、精霊石の力をプレートに移し、安定させる――技術や原理は、初歩的で、使えるものはあまりない。
幾つかの精霊石を空き部屋に運んで貰い、これからどうするか相談した。

「これは私が……独自に得た情報なのですが。精霊は弱ると大樹に向かいます。それは加護もありますが、精霊が故郷を大切に思っているからです。大樹周辺の空気は清浄なので、故郷に帰ったと錯覚するのです。それ以外にも、精霊達が故郷と認識する場所があります。一つは皆様が聖域と呼んでいる、クロスティア。もう一つが、西にある『満干の塔』……かつてはこのような塔が、大陸に幾つかあったらしいのですが、どれも破壊され、久しいと聞いています。おそらく、コル=ナーダは魔霊となった後……無意識に、元の世界に戻ろうとしたのではないかと」

アメルの言葉に、リズが頷いた。
「なるほどな。やたら海から来るから、なんでかって言われてたんだ」
「海に行くのにも、おそらく理由があるはずです。例えばですが……海の真ん中に、何かの塔があるとか……分かりませんけどね」
アメルは言った。これは話せるぎりぎりの情報だ。

海の真ん中――世界の果てには、塔があると言われている。……これはこの大陸の人間は知らない事で、その塔には今はたどり着けない。

「魔霊は故郷を懐かしみ、海の塔へ行こうとした、けれど。何かの理由で行けず、結局、満干の塔へ向かうため、戻ってきた……。そう解釈するのが自然ではないかと、思います。あくまで仮説ですが」

――実際は、確信している。
引き寄せる力は間違い無く『海神の塔(わだつみのとう)』の方が強い。
アメルは、ちょうど壁にあった地図を見た。

「このストラヴェルは、東側に長い海岸線を持っていますから、もし、魔霊が増える事態になれば、かなり危険だと思います。位置的にもちょうど、おそらく。海の真ん中に塔があるならば、延長線上になるのでは。海岸の警備はリズ隊長の管轄でしょうか?」
「いや。あの辺は海賊も出るからな。領土騎士の力が強くて、私達は応援に行くくらいだ。だが、警備は国王にも言って増や……言って……大丈夫なのか?」
リズがアメルを見た。
「ええ。大丈夫です。提案は隊長にお任せします。私が話したことは全て、国王陛下に伝えて下さっても、リズ隊長と、ミリル様のお心に留めて下さっても、どちらでも構いません」

「……ふと、思ったのですが」
ミリルが地図を見て、口を開いた。

「この大陸は、西フロレスタ大陸です。やはり東に大陸があるのでしょうか? アメル様はどうお考えになりますか?」
ミリルは『アメルが答えを知っている』と気づいているのだろう。さすが巫女長。聡明な女性だ。
「私には分かりませんが、大昔の人間が、そう名付けたのなら。意味がある事だと思います。魔霊が向かう先。この大陸の謎……それを解明する……わくわくしますね?」
アメルは悪戯っぽく微笑んだ。
――いずれ人間が、解明してくれるなら。それは歓迎するべき事だ。
……ただ、すぐに分かるとは思っていない。

リズは頭を掻いた。
「あー……、まあいい。追い追い、必要なら考えよう。とりあえず今は、大陸云々は国王には秘密だ。あのジジイ、行きたいとか言い出しかねねぇからな……。で、どうなんだ。浄化できるか? 見たところ、持ってきたのは、ふつうーの祝詞本だが」

アメルが持ってきたのは、ストラヴェル他、近隣諸国の祝詞の書かれた本だった。
頁をめくりながら、アメルは頭の中で祝詞を組み立てていた。
ストラヴェルで独占しても良いが、できれば、他の国でも使える方法が望ましい。
「……そうですね。ラ=ヴィア。この子は水鏡の精霊なのですが。この子と、浄化のアリア、コルと親しいイルがいれば、意外にプレートの状態が良く。レフルもおそらくこの世界に残っていますから……やってみる価値はあります。ただ浄化は少し、大がかりになるかもしれません。大きな噴水とか。綺麗な湖とか……ミリル様、どこか心当たりは御座いませんか? 近い所で大丈夫です」

ミリルは考え。幾つか候補を挙げた。
「湖と言う事でしたら、お城の裏の、クレナ湖でしょうか。広すぎるというなら、教会の噴水が幾つか。一番綺麗な水という事でしたら、これは王城の教会ある『水の祭壇』でしょう。屋内なのですが、部屋一面に水が満たされて、壁が滝のようになっています。私も一度、聖母様に招かれただけですが……浄化の精霊がそこにいました」
「まあ。それはいいですね。水の祭壇ということは、もしかして、他の祭壇も?」
「いえ、他の祭壇……もありますがどれも小部屋、という大きさなのです。水の祭壇は、三代前の陛下が浄化の精霊、アリア様の為に造ったと言われています。ですが、個人的な理由で使えるかどうか」
ミリルが首を傾げる。
リズも腕を組んで首を傾げた。
「うーん確かに。たぶん、奥のあそこだよな。一回、近く通ったが……まあ、借りられるか? 普段使って無さそうだし、一日幾らとかで……一応聞いてみるが、期待はするな。とりあえず国王にやってみたいって報告して、浄化の精霊には話し付けてもらってみる」
リズが言った。
リズがいるのは大変心強い。

「……そうだ。できれば、人に見られない場所がいいです。禊ぎの必要があります」
「おっ! 要するにあれだな。マッパになるんだな! っしゃー!」
リズが嬉しそうにした。
「いえ……そうではないのですが……」
アメルは恥ずかしがってもじもじした。

――さすがに人の姿では浄化できないので、精霊に戻る必要がある。
全てを脱ぐ必要は無いが、羽を広げるには上着……祭司服と上着のブラウスを脱がなくてはならない。ゆったりとしたブラウスの下は薄着で、袖もズボンも短くて、腕や太股が丸見えだし、背中も大きく空いているので、絶対に見られたくない。何故こんな服なのだろうと百回くらい思った。百歩譲って、数体になら見られても良いが、大勢の前ではとても無理だ。

「ま、その辺も何とかしてみる。とりあえず候補は水の神殿。駄目なら違う場所で見られない所。イルとアリアを持ってくる……まあもし、元に戻ったら奇跡だな……時間が掛かるのか?」
リズの言葉に、アメルは頷いた。
「そうですね。ですが初めの祈祷をして魂(レフル)が戻ったなら、後は、根気強く待つだけです。次第に浄化されれば良し。魂(レフル)が戻らないなら、何度も祈祷の必要があります。――あ。そうだ……もし、良ければ、シオウさんを呼んではどうでしょう? 何か縁があるのかも……いえ、危険ですね……。お話は、リズ隊長から聞いて頂けると助かります。上手く行ったら、簡単にできる方法も考えるつもりです。例えば、綺麗な噴水を使うとか……。巫女長は管理しやすい場所を挙げておいて頂けると助かります。一度やり方を決めてしまえば、意外に何とかなる物です。おそらく他の方にも……できると、良いですね……ふふっ。分かりません」
アメルは最後の方、笑って誤魔化した。

「わかった。話し聞いとく。浄化は来週で良いか?」
リズの言葉に、アメルは頷いた。

■ ■ ■

ストラヴェル王立図書館は市庁舎、議事堂、商業組合、教会などが立ち並ぶ、お堅い地区の一角にあった。図書館の建物は他と比べても大きいが、『これが図書館だよ』と言われなければ分からないだろう。大きさとしては市庁舎と同程度か。そもそもこの一帯に普通、用は無い。城下街でも石畳があるのはこの中心地区と、教会周辺くらいだ。
位置的には、宿舎の西側になる。

ちなみにこの図書館から八百メルトほど西に進むと、街の騎士団駐屯地がある。
こちらは国防では無く、主に首都や首都周辺の治安維持を担っているが、精霊や、精霊使いの襲撃があった場合は、クロスティア騎士団、近衛騎士団の傘下に入る。
そんな事態はここ数十年無いらしいが、決まりとしてあるらしい。
街の騎士団駐屯地を最後に城壁は終わり、城壁の外は歓楽街、その他、雑多な居住区になっている。
城壁の東、西、南には大街道があり、他の街へと続いているのだが、そこを避けるようにして城内に住めない人が集まり暮らしている。壁内に住んでいるのは大抵技術者や騎士、役人、職人、で壁外に住んでいるのは出稼ぎ、下請け、平民――農民などだ。
身分制度については、ストラヴェル王国が誕生した際、王族、貴族、平民の三つに統一された。これはラヴェル、アストラ両国で身分制度がかなり違ったためで、違いを抱えたまま同じ国になることは困難だったため、と言われている。勿論、貴族や農奴からも反発があり百年ほどは反乱も多かった。平民である事は今でこそ受け入れられているが、当時、農奴としてあった保障のいくつかが無くなり、生活が激変した。その為、かえって前の方が良かったのでは無いか、と言う者もいたのだ。
貴族も搾取し放題だったのが、国の定める上限規定に従う事になり、驚く程文句が出たと言う。

――貴族は中央から北、王都に近いアストラ国由来の場合は名前に『ル』、由来が南側のラヴェル王国の場合は『ラ』の飾り文字がついている。
最も、これはとっくに形骸化して、今は古い貴族は『ラ』、新しい貴族や首都キルト周辺の貴族は『ル』という程度になっている。
新しく爵位を買う、または功績により授与されることもあるので、そちらは大抵『ル』が付く。
『ラ』の方が古い家柄という印象だが、『ル』の中にも名家は多い。
ナージャ・ラ・タルクロン、フィニー・ラ・トリル。
ゼラト・ル・ピア。などだ。
――ゼラトのように地方貴族の場合は、ほぼ『ラ』はいない。
そのほか『ゼ』が付く場合もあるが、それは現王族、旧王族、公爵など限られた家柄だけだ。

ちなみにカルタ伯爵家、カルタ伯爵は『フラム・カルタ』で飾り文字がついていない。
これはカルタ伯爵家が元々貴族では無く『委任領主』の家柄だからだ。

ストラヴェル王国誕生時、代々その土地を収めていた貴族、豪族などはそのまま領主になる事が多かったのだが、辺境にはちょっとした都市や、小さな街、村も多く、領主を全て貴族とすると貴族が多くなりすぎる問題が発生した。
――アストラ王国では領主は貴族のみ。
――しかし、ラヴェル王国ではその限りでは無い、など両国の仕組みは全く違った。
当時はきっと『言葉も同じだから、統一はいける!』と思ったら問題が次から次へと出て来る……という状況だったのだろう。
貴族は、貴族と言うだけで手当がついていたが、代わりに王城に伺候の義務があったり、寄付や慈善活動の必要があったり、手当以上の義務が生じて面倒臭い。

当時の貴族はラヴェル、アストラ両国合わせて国民の、なんと半分を占めていた。
貴族が農村にいたわけでは無く、都市周辺に集中していたのだが……精霊大戦が終わり、生き残ったのは、前線に出ない貴族がほとんどだったのだ。
多いからと言う理由だけで身分をとりあげる事はできないが、国もあまり貴族に金を使いたくない。

しかし身分は王族、貴族、平民の三つしかない――国王夫妻は統合を機に、もうこの三つにすると決めた。
……実は、ストラヴェルには『騎士』や『巫女、祭司』という身分が無いのだ。これは身分とは別に国王、または聖女教会が与える個人称号になる。

平民が力を持つと、貴族の存在意義が薄れてしまう。
貴族の良い所は、保身の為に大抵、王政を支持してくれるところだ。
貴族になることは名誉とされていたので、地方の有力者はこぞって貴族になりたがった。

しかし国土は焼け野原。金は無い……。
特にカルタのような国境付近は激戦区となり、貴族男性や、おそらく女性も、率先して戦った結果、根こそぎ死んでしまった。都合がいい――とは言わないが、やはり金が無い。
戦で功績があったからと言って貴族を増やすわけにもいかない。あちらを貴族にすれば、我も我もとなってしまう。

そこで、新しく『委任領主制度』が誕生した。
委任領主は伺候の義務も無く(むしろ城に伺候できる身分では無い)わりと自由なので気楽なのだが、毎年監査が入り、地方で圧政を行ったり、国の命令に従わなければ即刻解任、交代させられる。
委任領主になった者は、便宜上全て『伯爵』と呼ばれる事になる。
……要するに、都合の良い駒にするための、形ばかりの爵位だ。
世襲も可能だが、跡継ぎは必ずラヴェル、キルト、アストラ、のいずれかの都市の、指定学術機関で最低五年、一般教養、学問、政治、経済を学ぶ必要がある。卒業できなければ、領主にはなれない。逆に平民でも卒業できれば――これは入学が厳しいが――領主になれる可能性がある。
勿論、成績はばらばらで、カルタ伯爵のように優秀で人望厚い人物もいれば、ぎりぎりで卒業して、賄賂を受け取る小金持ちもいる。

当時としては革新的で、学の無い貴族領主からの反発もあったが、結局、戦後の混乱のどさくさに紛れ、概ね、すんなりと受け入れられた。
元々は統合の為の、苦肉の策だったのだが、結果、ストラヴェルは文化国家として歩み始めた。ストラヴェルが変わった結果、隣国も真似するようになり……戦争の時代は終わった。
この辺りが聖女メディアル、国王ビアスの支持される理由でもある。
――押しの強い王と王妃だったのだろうが、当時の記録はほとんど失われている。

そして……ストラヴェル王国は、精霊大戦後、聖女、聖母の力を借り、中央の大国として、同盟国のセラ国、ヒュリス国と共に、五百年の栄華を誇っている。

(――というのが、この国の歴史だが……)
プラグは、図書館で膨大な歴史書を『見ながら』考えた。
(やはり……)

「隊長、精霊大戦とは、どのような戦いだったのでしょうか? 詳しく教えて頂きたいのですが……」
リズは椅子に座って、退屈そうにしている。
「あん? そんなん、お前も知ってるだろ。精霊狩りが横行して、で、そのせいで精霊が怒って? 人間を攻撃した。ハラプ=ハラケスとかいうやつが中心になって、西側の国を滅ぼして、東に移動。ついにストラヴェル……中央一帯まで到達した。それを協力して止めたのが当時のアストラ国の聖女――後に国王の養女になった、ティアス・メディアルと、ラヴェル王国の王子、ビアス・ヴァシュカだ。で。両国民全員が気合い入れて戦って、王子と王女が結婚して、今の国になった」
リズの言葉にアメルは頷いた。
「それから五百年、ずっと平和なんですね?」
「ああ。その辺、歴史に書いてあるだろ。最終的に、ハラケスはビアスに討伐されて人間が勝った。三国同盟も成立した。プレートがいつからあるか分からないが、精霊大戦頃にできたとか聞いているな」

プラグ――アメルの記憶では、精霊狩りは千年ほど前。
戦いの流れを見ても、やはり、千年前の精霊狩りと、五百年前の『アルケルムの戦い(精霊大戦)』は全く同じ物に思えるのだ。
似た経緯を辿った、別の戦なのかもしれないが……。

プラグは千年、寝ていたのに、実際には五百年しか経っていない……と言う事は、あるだろうか?
ティアスが出て行ったのは千年前。プラグは時間の感覚については、自分が正しいと思っているから、これは歴史が間違っているのだ。

(別の大陸から、誰か来ているのか……)
大陸を渡る方法は幾つかあるのだが――大陸を渡った『誰か』が、大規模な書き換えを行ったのだとしたら『誰か』の目的次第では、不味い事になる。
(やはり、早く塔に行って、あの『本』を回収しなければ……)
奪ったところで、プラグ以外には使えない物だが、それでも無くなるのは不味い。
できれば今すぐ、単独で行きたいが、情勢を見るにクロスティアの精霊騎士になるのが最短だろう。
クロスティア騎士団は大義名分さえあれば、多くの国を通ることができる。

「プレートはどうやってできたと思いますか?」
リズが唐突にプレートの話をしたので、アメルは問いかけた。
何か思うところがあって言ったのだろう。
「できたのは、五百年前、って聞いてるんだがな。ちょっとそれはおかしいって気もする。もうちょい前から似たような物があったのかもな」
リズの言葉にアメルは首を傾げた。
「どうしてそう思われます?」
「んー。私、西方出身なんだよな。ガートっていう国があったところ。私が生まれた時には、もう国は無かったんだが。そこには良く見る規格じゃ無いプレートや精霊武器もあって、形も効果も色々なんだ。なんかこんな感じで、もっと昔からあったのかな、って思ってた」
「まあ、そうなのですね」

リズが旧ガート国出身だというのは、アメルにとっては良い情報だ。
ガート国は『満干の塔』がある場所に近い。これは今日一番の収穫だ。
リズは優れた見識を持っているので、いずれ彼女の知恵を借りる日が来るだろう。

「で、そろそろ腹減ったんだが? あとは借りてくか?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます、本を返して、お食事に行きましょうか」
アメルは微笑んだ。

■ ■ ■

「お、ここでいいか」
通りがけ、リズが店を見つけた。図書館や教会の側には大抵、飲食店があり、ここも例外では無かった。一番近い店だ。

「まあ、ここは予約がいるのでは?」
ここは貴族、官僚、役人が使う区画で、おそらく平民には少し高い。
誰でも入れるようになっているが、周囲の店は全て赤い屋根、壁はレンガ造りで、看板は出ているが、庭や門構えがあり、青い屋根の路面店とは格が違っている。
「――取り次ぎがいるから、いけるだろ、待ってろ」
庭の先、広い軒下の奥、固く閉じた扉の前には取り次ぎ役の男性がいる。
男性はリズと会話を始めた。

この国ではどの種類の店でも、軒先に取り次ぎがいる時は、誰でも声をかけて良い事になっている。そこで食事や商品の値段を聞いて、駄目ならやめて、良ければ入ると言う仕組みだ。勿論、店も相手を見るので、服装、身分などで断られる場合もある。
こうした店は地方にはあまりないが、主要都市ではたまに見かける。
この仕組みは王都が発祥らしいので、ここでは特に多いはずだ。

王都には貴族の子女や学生、礼拝帰りの貴族婦人も多い。
――疲れたので、少しお茶でも、となったときに予約する方法はない。
勿論、予約するという方法もあるが、貴族婦人は聖女教会に熱心に通う。

ストラヴェル王国には、国主催の社交界や舞踏会が存在しない。
首都キルト城はあくまで政治の場所、という認識なのだ。
未婚の貴族女性を招く、正式な晩餐会は年に一回。十月の建国祭だけだ。
王族の誕生日、王の誕生日などであっても、パーティーはなく、贈り物で終了だ。贈り物にも決まりがあり、あまり高い物は送れない。

あとは、各、有名婦人が主催する晩餐会。こちらは良くあり、侯爵以上の身分であれば王城のどこかを借りて利用できる。相応の金額が掛かるらしいが、毎月一、二回は何かしらの晩餐会が開かれている。
これがアストラ城や、ラヴェル城だとまた違う。そちらは古い貴族、旧王族が思い思い、贅沢に過ごしているらしい。

首都の貴族婦人は、夫の付き添いで王城へ行く以外は、聖女教会へ行くことが『毎日のお勤め』『貴族婦人の仕事』と言われている。
付き添い――これは登城の機会が少ない貴族女性のためにある仕組みで、王宮に伺候する貴族の、妻、娘は夫に同伴しても構わない。大抵は妻だが、娘も歓迎される。ただし、息子は同伴できない。
貴族の少女は、頻繁に同伴して城で同じ年頃の少女や年上の貴族女性と過ごし、そこで貴族の親か貴族婦人に気に入られれば、縁談につながる……と言う無駄の少ない仕組みだ。申し込みは必ず男性の親からで、家格が釣り合わなければ、女性の家から断ることも可能だ。断る場合は、聖女教会にとりなしを依頼する。
優れた少女には申し込みが殺到するし、そうでなくても貴族同士なので、本人の好みはともかく成婚率は高いらしい。
ストラヴェルは妾制度、庶子相続制度があるので、結婚は適当に済ませ、後はお互いお好きなように、と言うことも多い。

夫の同伴や、茶会の誘いを断る理由として『その日は教会へ行くから』という物がある。
教会へ行くと言われたら、無理に誘ってはいけない決まりだ。
つまり首都の、身分の低い貴族女性達にとって、教会は社交場であり息抜きなのだ。
しかし教会で別の貴族婦人と出会い、さて何処かへ、と言う事は非常に良くある。
かと言って、庶民の使う店に入るのは気が引ける。(気にしないご婦人も多いが)と言う事で、この仕組みが作られた。
初めは、はしたない、とか散々言われたそうだが、始まってもう百年以上になるので、皆、すっかり慣れている。貴族は紋章を付けているし、青いケープなどの服装で分かるので、店としても断る理由は無い。
支払いは基本『付け』。いわゆる、後払いだ。
貴族の紋章を見せて「どこそこ家に」と言えば終わる。これは貴族婦人や子供が大金を持ち歩くと危険だからだ。
城壁の中は、端の方でなければ、子供が一人で出歩けるほど治安は良いが、それを狙う盗人もいる。大抵すぐ捕まるが、それなら初めから持たない方がいい。

逆に、付けで使い込む夫人や子供も多いとか……。その辺りは、各家の裁量次第だ。
ストラヴェル、特に首都キルトでは、適当に入って来た子供が実は大貴族の庶子で、というのは良くあるだろう。
勿論、取り次ぎがいるのは中程度以上の店で、普段庶民が利用する店にはいない。

リズは庭に入り、取り次ぎに話し掛けた。
取り次ぎは大抵、黒い上着、黒いベスト、白いシャツにボウタイ、下は黒い長ズボンと言う貴族に近い格好をしているので分かりやすい。ここの取り次ぎは四十歳程度の、真面目そうな金髪碧眼の男性だった。
リズが戻って来た。

「部屋、空いてるってさ。この辺、夜はヒマそうだな」
食事処、休憩処は昼は込むが、夜は途端に閑散とする。庶民の店や酒場は逆だが。
「お値段は?」
「お任せで一人五ゼイラ。選べばもうちょっと安いって。お任せにした。案外お得だな。もうここにしようぜ」
「……そうなのですか? 二人で十ゼイラ……」
一人五ゼイラとなれば、結構な金額だ。
一ゼイラは紙幣一枚で一万グラン。
一万グランは一万パル。
一パルは一グランなので、パルとグランは全く同じ金額となる。
グランとパルの二つの違いは硬貨の種類だ。パルは小さく安い硬貨で作られていて、一パル硬貨、十パル硬貨、二十五パル硬貨があって細かい支払いに使える。
一方、グランは金貨、銀貨で作られていて、一万グラン金貨と五千グラン銀貨しか無い。
普通の店ではだいたい、一食、二千パル(二千グラン)程度だ。
この店は、パル換算だと一人一食、五万パル(五ゼイラ=五万グラン)になる。
いきなり飛び込みで食べるには、贅沢な食事、という感覚だ。間違い無くコース料理が出て来るので、食べきれるかの心配もした。

「行くぞー」
リズはもう歩き出している。
「あ、はい、では……」
アメルは早足で後を追った。
「まあ、うちは付けだし、気にすんな。予算だけはあるんだよ。トリル、タルクロン、リノ……その他、並みいる貴族が、こぞって寄付金をくれるからな。足りないのは人材だ。少ないったら無い。もっと千人規模の軍隊を作りたいんだが。いっそ他国の騎士をもらうかって言ったんだが、それは駄目だったな。自国でまかなえ、だそうだ。募集を平民まで広げた物の、やっぱ才能が物を言うからなー」
「この国の、クロスティア騎士の数は、他の国のクロスティア騎士の数と比べても、ずいぶん少ないようですね」
「ああ。増やせばいいってもんでも無いし……その辺は追い追いな。とにかく食べなきゃ死ぬ……」
リズは飢えているらしい。
アメルは微笑み、店に入った。

二人が案内されたのは、十人掛けのテーブルのある部屋だった。
テーブルには水色のテーブルクロスが引かれ、調度品や装飾も整っていた。
夜だが、カーテンは引かれておらず、部屋の中や、庭は精霊灯で照らされている。
リズは窓を背に、アメルは壁側に、お互い向かい合う格好で座っている。

――貴族も使う店だけあって、味はとても良かった。
「まあ、こちらも、とても美味しいですわ……このソースは、オレンジ?」
今はメインディッシュの鳥料理を食べているのだが、少し変わった、良い味を出してくる。
「ああ、めっちゃ美味い! ワインおかわり! パンも!」
リズは豪快に食べ、豪快に飲んでいる。
アメルも口へ運び、鳥料理を食べ終えた。
「あれ、そういや、巫女って鳥、食って良いのか? 鳥、飼ってるよな?」
リズの言葉に、アメルは口元を拭きながら瞬きをした。
「ええ、大丈夫ですよ?」
特に食事制限は無い。
「へぇ、そうなんだな。巫女ってさ、誘っても来ないんだよなぁー。特に城の巫女は全員」
アメルは苦笑した。
「お城ですものね。贅沢していたら目立ってしまいます」
「巫女って楽しいのか?」
「楽しいですよ。とても。皆さん良い方ですし、何より、紅玉鳥が可愛いです」
「――ほぉ? あれ、お前も持ってるのか?」
「ええ。トゥーワというのですが。カルタに置いて来ました。早く会いたいですわ……」
「焼き鳥か。連れてこれば良かったのに」
「焼き鳥……お兄様が、置いて行きなさいと言って。落ち着き先が決まったら、呼び寄せる予定です」
「そうかー。お前、便利そうだな。だが紅玉鳥って、男には従わないんだろ? どうやったんだ?」
「さあ……私は女ですから。お兄様にも懐いていますが、どうしてなのかは分かりません」
アメルは苦笑した。
この辺りは門外不出、と言う事になっているので内緒だ。
……紅玉鳥は大祭司には従うようにできている、とはおいそれと言えない。
「ふーん。ま、住むとこ無けりゃ、どっか探してやるよ。頼って来な。ただしアメルの格好で。いっそ、騎士団付きの巫女とかどうだ?」
リズの提案は好意的で、アメルは不思議に思った。
「……? はい、お兄様が駄目だったら、それもいいかもしれませんね。考えておきますわ」
アメルは微笑んだが、リズはがっくりと肩を落として「プラグじゃなくて、こっちの方が良かったなぁー……あーもったいね……」とぼやいていた。



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翌日。正午前。
プラグは『アメル』に化けたラ=ヴィアを、悩んだ末、フィニーだけに紹介した。
「はじめましてフィニーさん。アメル・ドーゼです。いつも兄がお世話になっております」
ラ=ヴィアの擬態は完璧だ。散々迷った末、目は茶色にした。
これは今後はラ=ヴィアの力で姿を変えるつもりだからだ。
――『プラグ』の成長を考えると、そうする他ない。
カルタに戻る時は茶色に変えず、琥珀色で行けば良いのだ。
いざ目の色の違いを指摘されたらラ=ヴィアの力を少しだけ話して『ちょっとしたお洒落です』で乗り切るつもりだ。アメルは押しが強いので何とかなる。
「わぁああ可愛い! そっくり! えっ! 可愛い! 奇跡!」
「まあ……照れますわ」
アメルが微笑んだ。フィニーの手がアメルの髪に伸びる。
「触るな」
思わずプラグはアメルを背後に庇った。いきなり手を伸ばすとは。フィニーはとんでもない奴だ。
フィニーが「けち」と呟いたが。寄るなと追い払った。
女子がたまに、フィニーのことを虫ケラを見るような目で見ている理由がよく分かる。近寄るなと言いたい。
「え~。その格好、巫女さんなんだ? お巫女さん可愛い~! 目はブラウンなんだ。可愛い~! 名字が違うのは?」
「……アメルはカルタの、別の家に引き取られたんだ。じゃあ俺は昼から行くから。君は先に行ってくれ」
「またお話ししようね!」
「ごきげんよう」
アメルは礼をして見送った。「可愛い~!」という声が聞こえる。
「二度と会わせない……! なんだあいつは……!」
プラグは決意したが、これでフィニーがアメルの存在を方々に触れ回ってくれるだろう。リズは昨日の深夜に帰ってきて、今は寝ているらしい。そろそろ起き出すかもしれない。
「ラ=ヴィア、ありがとう。上手かったぞ」
「み!」
プラグはラ=ヴィアの頭を撫でた。ラ=ヴィアが抱きついてくる。
仕草はアメルにそっくりで、思わず微笑んだ。
プラグはリーオの執務室に入って、鍵を掛け、カーテンを閉めた。この時間は不在なので、勝手に使って良いと言われている。ラ=ヴィアはアメルに擬態したままだ。
プラグは鞄を何も無い執務机に置かせてもらい、「ル・フィーラ」と呟き、鞄の中の鍵プレートを解除した。中のドレスを持ち上げ、少し考えた。
「そろそろ、新しい服が欲しいな……。ずっと巫女服だから。ケープはともかく、下のドレスは変えたいな……大分温かいし。サリーに頼んで送ってもらおう。あ! そうだ、今日はかつらは無しにするか。眉毛と、睫毛も、もう、ラ=ヴィアに変えてもらうか。いっそ、体ごと変えてみるか?」
「ミ。でも、大きな水がないとできないミ。池とか、川とか、噴水とか」
ラ=ヴィアはご機嫌だ。
「ああそうか。じゃあとりあえず、水を汲んでくる。そのまま待っていてくれ。鍵を掛けて」
「ミー」
プラグが水をボウルに入れて戻るとラ=ヴィアは精霊の姿に戻って踊っていた。
「持って来た。食堂にあった」
プラグは食堂から借りた大きめのボウル――素材は陶器だ――を執務机に置いた。
「じゃあ頼む」
「み」
プラグが覗き込み、プラグとラ=ヴィアが息を揃えて『る・ふぃーら・でぃあせす!』と呟くと、一瞬で髪と目が変わった。
髪は長くなり、バサリと背中に落ちた。睫毛も眉毛も瞳も色が変わった。
プラグは鞄の蓋の裏にある、大きな鏡で確認した。
持ち上げてみても、引っ張ってみても見事に髪の毛だ。
「……! 凄い。生え際も、うなじも。質感も完璧だ……!」
「み! どう?」
「偉いぞ、ラ=ヴィア! 最高だ! これで髪が自由に結える! ああでも、かつらを結うのも楽しかったな。せっかくアメルに似た髪を探したんだし……たまには使うか。化粧は自分でするからこれでいいとして。やっぱり今度、全身も試してみよう。とにかく、また一歩、アメルに近づいた!」
「み~!」
二人で大喜びしながら、仕上げに声を変えた。
「あ、あ。……んん、私は、アメル……」
その後は女二人で和気藹々と着替えを終え、片付けをし、全て鞄に収めて、厨房にボウルを返しに行き、戻って、また荷物を持って、カーテンを開け、アメル・ドーゼとして部屋を出た。
■ ■ ■
「隊長、もう、起きていらっしゃいますか?」
聞き慣れない女性の声に、リズは首を傾げた。
ちょうど着替えを終えたところだ。
ドレスは隊服に近い赤紫。シンプルで飾り気のないデザインで、パニエは入っていない。白い三角襟が付き、太めの肩紐つきのオフショルダーになっている。ブーツは編み上げで白。タイツは黒色。イヤリングは子供国民がくれた中から、適当に選んだ。色は青。
ドレスの色が隊服に似ているのは、これが好きな色だからだ。他にも数着あるが、今日は何となくこれにした。
ちなみに隊服は、リズが隊長になったときに一新されている。
……前の服は青一色でなぜか縁取りが金色で、とにかくダサかった。
今の隊服は、裾の斜めのライン、金の振り取り、マントなど、リズが直接細かい指示を出した。途中、かなり迷走したが――結果、隊士にも国民にも貴族にも大好評だ。前の隊服は無かった事にされている。
非番なのでゴロゴロしようと思っていたら、リーオが『プラグと教会へ行け』と言ってきた。リズはぶーたれたが『黒プレートが浄化できないか、実物を見たいらしい』と言われて、行くしかないか……と思った。リーオがついていけば良いのだが、リーオは真面目で話が通じない。
見たいなら見せて、何かあったらその時はその時、万一浄化できたら部隊の手柄、他国にふっかけ大儲け! でいいと思うのだが。
「あい。起きてるぞ? つか……誰だ?」
リズは問いかけた。
「アメルです。今日、一緒にお出かけする……」
控え目な言葉に、リズは思わず口を開けた。思いっきり、若い少女の声だ。
「は? アメル?」
「アメル・ドーゼです。お兄様から、リズ隊長が一緒に、教会に行って下さると……」
リズは急いで扉を開けた。
「……ぐわ」
変な声が出た。そこに居たのは可愛らしい、緩い三つ編みの美少女だった。
女装が趣味なのは確かに聞いていた。カルタで巫女として活動していたとも。
しかしここまで本気だとは思わなかった……。
元々女顔だが、声が違うと女にしか見えない。
「今日は、髪型も変えましたの。いつもは、目も琥珀色なのですが、折角ですので、ラ=ヴィアに頼んで、この色に。お支度はお済みでしょうか?」
■ ■ ■
野郎のお共は面倒だが、相手が少女? となれば話は別だ。
リズは大乗り気で出かけて、さくっと教会に着いた。
一万回通った道で、一万回通った教会だ。どこに誰がいて、何があるのか熟知している。巫女長の執務室は勿論、お菓子の戸棚まで知っている。
「よ、おはよ」
「おはようございます」「おはようございます」
顔パスで入り、執務室に向かう。
「よう。ミリル! 来たぜ!」
「――まあ、隊長?」
聖女教会の巫女長、ミリル・ラ・トリル。
トリル侯爵の長女で、フィニーの姉だ。
彼女はストラヴェル全土の、巫女の頂点に立つ女性で、トリル侯爵夫妻は彼女を授かった事で、人生五十回分の徳を積んだ言われている。
霊力は言うに及ばず。人柄はまるで神の使い。あまりの出来の良さに、夫妻は「自分達の所にいたら穢れる」と言って、彼女をわずか五歳で出家させた。
あの侯爵夫妻が、娘は王族に嫁がせる気満々だったのに……と話題になったのだが……その後、彼女と会った者達は『神を見た』と言い出した。更正させた悪人は数知れず。あのろくでなしの似た物夫婦から、どうしてこの娘が……? と言われストラヴェル三大不思議の一つとなっている。
その後、十五歳で巫女頭となり、前巫女長が高齢で引退した後、二十歳で巫女長となった。今は確か二十五歳。
彼女は同時に十羽以上の紅玉鳥に指示を出し、まとめる事ができる。リズも集団戦では助けられている。
ちなみに霊力はもの凄いのだが、穏やかな性格かつ運動音痴の為、武芸はからっきしだ。
……恐ろしい事に、候補生フィニー・ラ・トリルの腹違いの姉となる。
フィニーは父親の血を余すところなく、そっくり受け継ぎ、あの年で色々言われている。
フィニーは本来、貴族として無条件で精霊騎士の修練過程に入れる身分だったが、さすがに十四歳でこれは不味いと思った(ミリルに諭されたという説もある)父親が、一般の訓練過程に投げてきた。フィニーは休日はしょっちゅう外出するが、休日であれば許容範囲だ。候補生と問題を起こすこともなく、夜這いを掛ける事も無く、今の所、真面目にやっている。一年後の事は知らない。そもそもリズは気にしていない。風紀にうるさいのは他の隊士達だ。
ミリルは今日も長い金髪を長い前髪ごと、後ろで一つにまとめたつまらない髪型をしている。服装もいつもの青い、王城の巫女服だ。式典用で無いので、刺繍は無く、銀の縁取りがあるだけだ。帽子は執務机に置いてある。
巫女長の執務室は背後に窓があり、窓際に筆頭紅玉鳥の『シュラーザ』がいる。
「よっ! 焼き鳥!」
リズはシュラーザに声を掛けた。シュラーザはクルル、と鳴いた。
リズはアメルをミリルの前に出した。
「こいつが、例のアメル。でさ、コイツが、黒プレート見たいってんだが、見られるか?」
「黒のプレートを?」
「ああ、なんでも、浄化の方法を探してるか何かで。こいつも一応、カルタの巫女だって? おい、自己紹介しろ」
アメルが優雅に礼をする。
「初めまして。巫女長様。アメル・ドーゼと申します。今日は私の紅玉鳥は不在で、紹介出来ず、申し訳ありません。先日はシュラーザ様をお貸し頂き、ありがとうございました」
リズはアメルを見ていたが、普通に巫女だ。
巫女の証である赤い装束が良く似合い、緩い三つ編みと赤いリボンが可愛い。可愛い。とても可愛い。
リズは真剣に考えた。生意気なプラグより可愛いアメルの方が千倍好みだ。
……プラグなんて初めから、不要だったのかもしれない。
(あれ……もうコッチでよくね? こっちが本物でよくね? プラグいらん)
アメルが本当に女だったら今日、速攻で抱いていたのに……と内心、舌打ちした。
「ああ。はい。ご丁寧にありがとうございます。シュラーザは自分の意志で出かけたのですから、お気になさらず」
ミリルが微笑んだ。ミリルは派手さは無いが、美しい顔立ちをしている。ゆったりとした巫女服で分かりにくいが、胸もでかいし腰も細い。巫女でなかったら手を出していたくらい、良い女だ。リズは彼女に会う度『なんで巫女なんだ……!』と地団駄を踏んでいる。
アメルが微笑んだ。
「ありがとうございます。それと……兄の精霊、ラ=ヴィアがご迷惑をお掛けしました。ラ=ヴィア?」
アメルが呼ぶと、アメルの隣に、ラ=ヴィアが姿を現した。
ラ=ヴィアは、優雅に礼をした。
前、ここにいたときの偉そうな態度とは大違いだ。
リズは『いや……これも抱けるか?』と考えた。すると冷酷な一瞥を寄越したので、コイツやるな。と思った。
「リズ隊長に伺いましたが、ずいぶん、我が儘を言ったとか。よく叱っておきますので。皆様にも、謝罪を伝えて頂けますか? 兄と私にしか、全然、懐かない子ですの……」
アメルの言葉にミリルが苦笑する。
「それは精霊ですもの。仕方ありませんわ。皆に伝えておきますね。でも、お兄様の『巫女達と仲良くできますか?』という伝言を聞いてからは、皆さんとも上手くやっていましたよ。ラ=ヴィア様は、とても凜々しい、それでいて、可愛らしい方ですね」
……ミリルは心が広すぎると、リズは常々思っている。
ラ=ヴィアも褒められ、まんざらでは無い様子だ。
ミリルにちょっと申し訳無さそうな顔をして、反省の色を見せている。この精霊、リズとは一言も口を利かなかったのだが……大層な変わり様だ。
――あと、ミリルはもう完璧に、アメルが女だと思っている。
「良かった……! ところで、黒プレートなのですが、私が見ても、大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。結界もありますし、精霊の魂(レフル)はおそらく大地に還ってしまって、本当に、ただの黒いプレートです。ですが、浄化の方法となると……学者様達が、匙を投げたものですから……あら? そう言えば、見たがっているのは、お兄様だとリーオ様が……? お兄様はどちらに?」
「ああ、兄は風邪で寝込んでしまいまして。代わりに私が。双子ですもの。同じようなものですわ」
アメルの言い訳は適当過ぎる。だが何となく『彼女が言うならそうだろう』と言う気にさせる。
「まあ。お風邪を? 流行っていますものね。もし酷くなるようでしたら、お薬を処方しますので、教会にいらしてください。難しい場合は往診いたします。お大事に」
――リズは呆れたが……ミリルはミリルだった。
「ありがとうございます。兄は丈夫ですから、一晩寝れば元気になりますわ。プレートは私が状態を見て、兄に伝えます。『見る』だけで十分です」
アメルが言った。
するとミリルが微笑んだ。
「まあ。わかりました。『ご聖眼のアメル様』のカルタ地方でのご活躍は、王都にも伝わっていますよ。後で皆に、ぜひ紹介させてください。プレートは普段は入らない別棟にありますので、鍵を取って参ります」
■ ■ ■
「お前……なんか二つ名がついてんのか?」
リズに尋ねられ、アメルは苦笑した。
「皆様がいつのまにか、私をそう呼んでしまって。他にも幾つか呼び名が……」
「どんなだ」
「井戸掘りのアメル、失せ物探しのアメル、八つ裂きのアメル、熊殺しのアメル……? 熊退治をした事があって、いつのまにか」
「うわ。っていうか、ミリルあいつ、不思議に思わないのか。中身男だぞ」
「私は本当に巫女ですもの」
「……まあ、いいか。良し、後で飯行くか! お近づきの印に、奢ってやる」
「まあ。嬉しいですわ。あ、ですが……図書館にも行きたいのです」
「図書館? まー、近くに飯屋もあるから、付き合ってやるよ。あの辺、分かりにくいからな」
「まあ、ありがとうございます。助かります」
アメルは微笑んだ。
(リズは女性にはすごく優しいんだな……)
プラグはアメルを演じながら、ぼんやり考えた。
(リズと出かける時は、アメルで行こう)
と考え、そんな機会がまたあるのか? と思った。
「お待たせいたしました。行きましょう。念の為、シュラーザも連れて行きましょう」
ミリルが戻って来て、三人と、一羽で部屋を出た。
■ ■ ■
アメル達が案内されたのは、教会の裏手の、更に奥にある、小さな教会だった。
「ここは、かつては使っていたらしいのですが……使われなくなって久しいので、黒いプレートの保管場所として、建物をまるごと、結界で囲っています」
アメルが入ろうとすると確かに霊力を感じた。
広域に固定の結界を張るには『聖域』のプレートが必要だ。
これは空の白プレートに、聖母または、王城の巫女長、優れた巫女が霊力を込めて造る。どの巫女にもできるかというと、そうではない。この聖域のプレートを作れるか否かが巫女長になれるかなれないかの分かれ目だ。アメル――プラグもできるのだが、霊力を留めるのが本当に難しく、範囲はせいぜい百メルトル程度だ。……普通はできないから、アメルは十分凄い巫女だと言える。
聖域のプレートの力を、聖樹やご神体に宿らせ、そこに教会を建てる。
ただし、聖域は必須ではなく、聖域を持たない小さな教会もある。その場合は代わりに紅玉鳥がいる。
中はごく普通の教会だが、椅子は片付けられ、祭壇だけがある。
祭壇の上に、大きな石櫃がある。形はほぼ真四角で、石棺とは違うようだ。石櫃には簡単な装飾が施されている。
ステンドグラスはなく、明かりは窓や天井から差し込む光のみだ。
「夜は明かりが点くようになっています。精霊も真っ暗は恐いでしょうから……、今、開けます……すみませんが、手伝っていただけますか? 少し重くて」
石櫃は高さが、ミリルの腰ほどもある。
「ああ。私達でやる。蓋、そっちに置けばいいか?」
リズとアメルが蓋を持ち上げ、右側に置いた。
中には青い座布団が敷かれ、その中央に黒いプレートがあった。
「……これは……」
アメルは考え込んだ。
目を閉じ、軽く手をかざすと、中の状態が分かる。
プレートの中身は――正しく、精霊の亡骸だ。
破壊された『魔霊』の状態のまま封印されている。核が破壊され完全に『魂(レフル)』が切り離されている。しかし……。
「ラ=ヴィア、どう思います?」
「糸が切れている、けど、もしかしたら……いる?」
「……生まれ変わりの前かもしれませんね。存在はまだ残っています。核が壊れたことで、この大陸のどこかを彷徨っている……ように思えます。この精霊は…………火郡(ほむら)の精霊、コル=ナーダか、火矢の精霊、イル=ナーダではありませんか?」
アメルの言葉に、リズとミリルが目を丸くする。
「分かるのか……!? ああ。コル=ナーダだ」
「コル=ナーダなのですね。可愛そうに。二人は、双子のような物ですから、魂(レフル)よく似ています。封印して下さってありがとうございます。何とか、呼び戻したいと思います」
アメルの言葉に、リズとミリルが信じられない、と言う顔をした。
「できるのか……?」
「分かりません。親しい精霊が呼べばあるいは……イル=ナーダは居ますか?」
「いる。……だから、破壊せずに残しておいたんだ。あいつも閉じこもりきりになってしまって……宿舎だ。取ってくるか?」
「いえ。まだ、方法が分からないので、起こすのは目処がついてからでお願いします。先にプレートの研究施設を見せて頂けますか? 浄化の際は、国王陛下の持っている、浄化のプレート、アリア=エルタの力が必要かもしれません」
「ああ、おっさんの。分かった、それは任せろ! プレート施設だな。見に行くぞ。使えるモンがあったら使え」
■ ■ ■
ミリル、護衛の数名の巫女と共に――ミリルが外に出るのは珍しい――リズとアメルはプレート管理施設に向かった。
「コル=ナーダは、ラオラ地区を焼き払った後、海に行ったんだが……何故か、また戻って来てな。海辺の街に、結構な被害が出た。シオウが見た後だな」
ラオラ地区というのはレガン地方の――つまりシオウが話した『虐待を受けた精霊』が火群(ほむら)の精霊『コル=ナーダ』だったのだ。
プレート研究施設は、騎士団宿舎の三倍程度の敷地を持っていた。教会と同じく一番内側の城壁にあるが、城壁の東側はほぼそれと言って良い。
大勢の研究員や巫女がいて、清水や植物から新しい精霊石を取り出す研究や、精霊石を利用した道具の研究、開発、改良をしている。その他、巫女がプレートを実際に製造する部署などがある。実体化した精霊や霊体の精霊もいて、大変賑やかだ。
アメルは製造機械の説明を受け、実際に見て、使える物がないか確認した。
巫女の力と祝詞で、精霊石の力をプレートに移し、安定させる――技術や原理は、初歩的で、使えるものはあまりない。
幾つかの精霊石を空き部屋に運んで貰い、これからどうするか相談した。
「これは私が……独自に得た情報なのですが。精霊は弱ると大樹に向かいます。それは加護もありますが、精霊が故郷を大切に思っているからです。大樹周辺の空気は清浄なので、故郷に帰ったと錯覚するのです。それ以外にも、精霊達が故郷と認識する場所があります。一つは皆様が聖域と呼んでいる、クロスティア。もう一つが、西にある『満干の塔』……かつてはこのような塔が、大陸に幾つかあったらしいのですが、どれも破壊され、久しいと聞いています。おそらく、コル=ナーダは魔霊となった後……無意識に、元の世界に戻ろうとしたのではないかと」
アメルの言葉に、リズが頷いた。
「なるほどな。やたら海から来るから、なんでかって言われてたんだ」
「海に行くのにも、おそらく理由があるはずです。例えばですが……海の真ん中に、何かの塔があるとか……分かりませんけどね」
アメルは言った。これは話せるぎりぎりの情報だ。
海の真ん中――世界の果てには、塔があると言われている。……これはこの大陸の人間は知らない事で、その塔には今はたどり着けない。
「魔霊は故郷を懐かしみ、海の塔へ行こうとした、けれど。何かの理由で行けず、結局、満干の塔へ向かうため、戻ってきた……。そう解釈するのが自然ではないかと、思います。あくまで仮説ですが」
――実際は、確信している。
引き寄せる力は間違い無く『海神の塔(わだつみのとう)』の方が強い。
アメルは、ちょうど壁にあった地図を見た。
「このストラヴェルは、東側に長い海岸線を持っていますから、もし、魔霊が増える事態になれば、かなり危険だと思います。位置的にもちょうど、おそらく。海の真ん中に塔があるならば、延長線上になるのでは。海岸の警備はリズ隊長の管轄でしょうか?」
「いや。あの辺は海賊も出るからな。領土騎士の力が強くて、私達は応援に行くくらいだ。だが、警備は国王にも言って増や……言って……大丈夫なのか?」
リズがアメルを見た。
「ええ。大丈夫です。提案は隊長にお任せします。私が話したことは全て、国王陛下に伝えて下さっても、リズ隊長と、ミリル様のお心に留めて下さっても、どちらでも構いません」
「……ふと、思ったのですが」
ミリルが地図を見て、口を開いた。
「この大陸は、西フロレスタ大陸です。やはり東に大陸があるのでしょうか? アメル様はどうお考えになりますか?」
ミリルは『アメルが答えを知っている』と気づいているのだろう。さすが巫女長。聡明な女性だ。
「私には分かりませんが、大昔の人間が、そう名付けたのなら。意味がある事だと思います。魔霊が向かう先。この大陸の謎……それを解明する……わくわくしますね?」
アメルは悪戯っぽく微笑んだ。
――いずれ人間が、解明してくれるなら。それは歓迎するべき事だ。
……ただ、すぐに分かるとは思っていない。
リズは頭を掻いた。
「あー……、まあいい。追い追い、必要なら考えよう。とりあえず今は、大陸云々は国王には秘密だ。あのジジイ、行きたいとか言い出しかねねぇからな……。で、どうなんだ。浄化できるか? 見たところ、持ってきたのは、ふつうーの祝詞本だが」
アメルが持ってきたのは、ストラヴェル他、近隣諸国の祝詞の書かれた本だった。
頁をめくりながら、アメルは頭の中で祝詞を組み立てていた。
ストラヴェルで独占しても良いが、できれば、他の国でも使える方法が望ましい。
「……そうですね。ラ=ヴィア。この子は水鏡の精霊なのですが。この子と、浄化のアリア、コルと親しいイルがいれば、意外にプレートの状態が良く。レフルもおそらくこの世界に残っていますから……やってみる価値はあります。ただ浄化は少し、大がかりになるかもしれません。大きな噴水とか。綺麗な湖とか……ミリル様、どこか心当たりは御座いませんか? 近い所で大丈夫です」
ミリルは考え。幾つか候補を挙げた。
「湖と言う事でしたら、お城の裏の、クレナ湖でしょうか。広すぎるというなら、教会の噴水が幾つか。一番綺麗な水という事でしたら、これは王城の教会ある『水の祭壇』でしょう。屋内なのですが、部屋一面に水が満たされて、壁が滝のようになっています。私も一度、聖母様に招かれただけですが……浄化の精霊がそこにいました」
「まあ。それはいいですね。水の祭壇ということは、もしかして、他の祭壇も?」
「いえ、他の祭壇……もありますがどれも小部屋、という大きさなのです。水の祭壇は、三代前の陛下が浄化の精霊、アリア様の為に造ったと言われています。ですが、個人的な理由で使えるかどうか」
ミリルが首を傾げる。
リズも腕を組んで首を傾げた。
「うーん確かに。たぶん、奥のあそこだよな。一回、近く通ったが……まあ、借りられるか? 普段使って無さそうだし、一日幾らとかで……一応聞いてみるが、期待はするな。とりあえず国王にやってみたいって報告して、浄化の精霊には話し付けてもらってみる」
リズが言った。
リズがいるのは大変心強い。
「……そうだ。できれば、人に見られない場所がいいです。禊ぎの必要があります」
「おっ! 要するにあれだな。マッパになるんだな! っしゃー!」
リズが嬉しそうにした。
「いえ……そうではないのですが……」
アメルは恥ずかしがってもじもじした。
――さすがに人の姿では浄化できないので、精霊に戻る必要がある。
全てを脱ぐ必要は無いが、羽を広げるには上着……祭司服と上着のブラウスを脱がなくてはならない。ゆったりとしたブラウスの下は薄着で、袖もズボンも短くて、腕や太股が丸見えだし、背中も大きく空いているので、絶対に見られたくない。何故こんな服なのだろうと百回くらい思った。百歩譲って、数体になら見られても良いが、大勢の前ではとても無理だ。
「ま、その辺も何とかしてみる。とりあえず候補は水の神殿。駄目なら違う場所で見られない所。イルとアリアを持ってくる……まあもし、元に戻ったら奇跡だな……時間が掛かるのか?」
リズの言葉に、アメルは頷いた。
「そうですね。ですが初めの祈祷をして魂(レフル)が戻ったなら、後は、根気強く待つだけです。次第に浄化されれば良し。魂(レフル)が戻らないなら、何度も祈祷の必要があります。――あ。そうだ……もし、良ければ、シオウさんを呼んではどうでしょう? 何か縁があるのかも……いえ、危険ですね……。お話は、リズ隊長から聞いて頂けると助かります。上手く行ったら、簡単にできる方法も考えるつもりです。例えば、綺麗な噴水を使うとか……。巫女長は管理しやすい場所を挙げておいて頂けると助かります。一度やり方を決めてしまえば、意外に何とかなる物です。おそらく他の方にも……できると、良いですね……ふふっ。分かりません」
アメルは最後の方、笑って誤魔化した。
「わかった。話し聞いとく。浄化は来週で良いか?」
リズの言葉に、アメルは頷いた。
■ ■ ■
ストラヴェル王立図書館は市庁舎、議事堂、商業組合、教会などが立ち並ぶ、お堅い地区の一角にあった。図書館の建物は他と比べても大きいが、『これが図書館だよ』と言われなければ分からないだろう。大きさとしては市庁舎と同程度か。そもそもこの一帯に普通、用は無い。城下街でも石畳があるのはこの中心地区と、教会周辺くらいだ。
位置的には、宿舎の西側になる。
ちなみにこの図書館から八百メルトほど西に進むと、街の騎士団駐屯地がある。
こちらは国防では無く、主に首都や首都周辺の治安維持を担っているが、精霊や、精霊使いの襲撃があった場合は、クロスティア騎士団、近衛騎士団の傘下に入る。
そんな事態はここ数十年無いらしいが、決まりとしてあるらしい。
街の騎士団駐屯地を最後に城壁は終わり、城壁の外は歓楽街、その他、雑多な居住区になっている。
城壁の東、西、南には大街道があり、他の街へと続いているのだが、そこを避けるようにして城内に住めない人が集まり暮らしている。壁内に住んでいるのは大抵技術者や騎士、役人、職人、で壁外に住んでいるのは出稼ぎ、下請け、平民――農民などだ。
身分制度については、ストラヴェル王国が誕生した際、王族、貴族、平民の三つに統一された。これはラヴェル、アストラ両国で身分制度がかなり違ったためで、違いを抱えたまま同じ国になることは困難だったため、と言われている。勿論、貴族や農奴からも反発があり百年ほどは反乱も多かった。平民である事は今でこそ受け入れられているが、当時、農奴としてあった保障のいくつかが無くなり、生活が激変した。その為、かえって前の方が良かったのでは無いか、と言う者もいたのだ。
貴族も搾取し放題だったのが、国の定める上限規定に従う事になり、驚く程文句が出たと言う。
――貴族は中央から北、王都に近いアストラ国由来の場合は名前に『ル』、由来が南側のラヴェル王国の場合は『ラ』の飾り文字がついている。
最も、これはとっくに形骸化して、今は古い貴族は『ラ』、新しい貴族や首都キルト周辺の貴族は『ル』という程度になっている。
新しく爵位を買う、または功績により授与されることもあるので、そちらは大抵『ル』が付く。
『ラ』の方が古い家柄という印象だが、『ル』の中にも名家は多い。
ナージャ・ラ・タルクロン、フィニー・ラ・トリル。
ゼラト・ル・ピア。などだ。
――ゼラトのように地方貴族の場合は、ほぼ『ラ』はいない。
そのほか『ゼ』が付く場合もあるが、それは現王族、旧王族、公爵など限られた家柄だけだ。
ちなみにカルタ伯爵家、カルタ伯爵は『フラム・カルタ』で飾り文字がついていない。
これはカルタ伯爵家が元々貴族では無く『委任領主』の家柄だからだ。
ストラヴェル王国誕生時、代々その土地を収めていた貴族、豪族などはそのまま領主になる事が多かったのだが、辺境にはちょっとした都市や、小さな街、村も多く、領主を全て貴族とすると貴族が多くなりすぎる問題が発生した。
――アストラ王国では領主は貴族のみ。
――しかし、ラヴェル王国ではその限りでは無い、など両国の仕組みは全く違った。
当時はきっと『言葉も同じだから、統一はいける!』と思ったら問題が次から次へと出て来る……という状況だったのだろう。
貴族は、貴族と言うだけで手当がついていたが、代わりに王城に伺候の義務があったり、寄付や慈善活動の必要があったり、手当以上の義務が生じて面倒臭い。
当時の貴族はラヴェル、アストラ両国合わせて国民の、なんと半分を占めていた。
貴族が農村にいたわけでは無く、都市周辺に集中していたのだが……精霊大戦が終わり、生き残ったのは、前線に出ない貴族がほとんどだったのだ。
多いからと言う理由だけで身分をとりあげる事はできないが、国もあまり貴族に金を使いたくない。
しかし身分は王族、貴族、平民の三つしかない――国王夫妻は統合を機に、もうこの三つにすると決めた。
……実は、ストラヴェルには『騎士』や『巫女、祭司』という身分が無いのだ。これは身分とは別に国王、または聖女教会が与える個人称号になる。
平民が力を持つと、貴族の存在意義が薄れてしまう。
貴族の良い所は、保身の為に大抵、王政を支持してくれるところだ。
貴族になることは名誉とされていたので、地方の有力者はこぞって貴族になりたがった。
しかし国土は焼け野原。金は無い……。
特にカルタのような国境付近は激戦区となり、貴族男性や、おそらく女性も、率先して戦った結果、根こそぎ死んでしまった。都合がいい――とは言わないが、やはり金が無い。
戦で功績があったからと言って貴族を増やすわけにもいかない。あちらを貴族にすれば、我も我もとなってしまう。
そこで、新しく『委任領主制度』が誕生した。
委任領主は伺候の義務も無く(むしろ城に伺候できる身分では無い)わりと自由なので気楽なのだが、毎年監査が入り、地方で圧政を行ったり、国の命令に従わなければ即刻解任、交代させられる。
委任領主になった者は、便宜上全て『伯爵』と呼ばれる事になる。
……要するに、都合の良い駒にするための、形ばかりの爵位だ。
世襲も可能だが、跡継ぎは必ずラヴェル、キルト、アストラ、のいずれかの都市の、指定学術機関で最低五年、一般教養、学問、政治、経済を学ぶ必要がある。卒業できなければ、領主にはなれない。逆に平民でも卒業できれば――これは入学が厳しいが――領主になれる可能性がある。
勿論、成績はばらばらで、カルタ伯爵のように優秀で人望厚い人物もいれば、ぎりぎりで卒業して、賄賂を受け取る小金持ちもいる。
当時としては革新的で、学の無い貴族領主からの反発もあったが、結局、戦後の混乱のどさくさに紛れ、概ね、すんなりと受け入れられた。
元々は統合の為の、苦肉の策だったのだが、結果、ストラヴェルは文化国家として歩み始めた。ストラヴェルが変わった結果、隣国も真似するようになり……戦争の時代は終わった。
この辺りが聖女メディアル、国王ビアスの支持される理由でもある。
――押しの強い王と王妃だったのだろうが、当時の記録はほとんど失われている。
そして……ストラヴェル王国は、精霊大戦後、聖女、聖母の力を借り、中央の大国として、同盟国のセラ国、ヒュリス国と共に、五百年の栄華を誇っている。
(――というのが、この国の歴史だが……)
プラグは、図書館で膨大な歴史書を『見ながら』考えた。
(やはり……)
「隊長、精霊大戦とは、どのような戦いだったのでしょうか? 詳しく教えて頂きたいのですが……」
リズは椅子に座って、退屈そうにしている。
「あん? そんなん、お前も知ってるだろ。精霊狩りが横行して、で、そのせいで精霊が怒って? 人間を攻撃した。ハラプ=ハラケスとかいうやつが中心になって、西側の国を滅ぼして、東に移動。ついにストラヴェル……中央一帯まで到達した。それを協力して止めたのが当時のアストラ国の聖女――後に国王の養女になった、ティアス・メディアルと、ラヴェル王国の王子、ビアス・ヴァシュカだ。で。両国民全員が気合い入れて戦って、王子と王女が結婚して、今の国になった」
リズの言葉にアメルは頷いた。
「それから五百年、ずっと平和なんですね?」
「ああ。その辺、歴史に書いてあるだろ。最終的に、ハラケスはビアスに討伐されて人間が勝った。三国同盟も成立した。プレートがいつからあるか分からないが、精霊大戦頃にできたとか聞いているな」
プラグ――アメルの記憶では、精霊狩りは千年ほど前。
戦いの流れを見ても、やはり、千年前の精霊狩りと、五百年前の『アルケルムの戦い(精霊大戦)』は全く同じ物に思えるのだ。
似た経緯を辿った、別の戦なのかもしれないが……。
プラグは千年、寝ていたのに、実際には五百年しか経っていない……と言う事は、あるだろうか?
ティアスが出て行ったのは千年前。プラグは時間の感覚については、自分が正しいと思っているから、これは歴史が間違っているのだ。
(別の大陸から、誰か来ているのか……)
大陸を渡る方法は幾つかあるのだが――大陸を渡った『誰か』が、大規模な書き換えを行ったのだとしたら『誰か』の目的次第では、不味い事になる。
(やはり、早く塔に行って、あの『本』を回収しなければ……)
奪ったところで、プラグ以外には使えない物だが、それでも無くなるのは不味い。
できれば今すぐ、単独で行きたいが、情勢を見るにクロスティアの精霊騎士になるのが最短だろう。
クロスティア騎士団は大義名分さえあれば、多くの国を通ることができる。
「プレートはどうやってできたと思いますか?」
リズが唐突にプレートの話をしたので、アメルは問いかけた。
何か思うところがあって言ったのだろう。
「できたのは、五百年前、って聞いてるんだがな。ちょっとそれはおかしいって気もする。もうちょい前から似たような物があったのかもな」
リズの言葉にアメルは首を傾げた。
「どうしてそう思われます?」
「んー。私、西方出身なんだよな。ガートっていう国があったところ。私が生まれた時には、もう国は無かったんだが。そこには良く見る規格じゃ無いプレートや精霊武器もあって、形も効果も色々なんだ。なんかこんな感じで、もっと昔からあったのかな、って思ってた」
「まあ、そうなのですね」
リズが旧ガート国出身だというのは、アメルにとっては良い情報だ。
ガート国は『満干の塔』がある場所に近い。これは今日一番の収穫だ。
リズは優れた見識を持っているので、いずれ彼女の知恵を借りる日が来るだろう。
「で、そろそろ腹減ったんだが? あとは借りてくか?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます、本を返して、お食事に行きましょうか」
アメルは微笑んだ。
■ ■ ■
「お、ここでいいか」
通りがけ、リズが店を見つけた。図書館や教会の側には大抵、飲食店があり、ここも例外では無かった。一番近い店だ。
「まあ、ここは予約がいるのでは?」
ここは貴族、官僚、役人が使う区画で、おそらく平民には少し高い。
誰でも入れるようになっているが、周囲の店は全て赤い屋根、壁はレンガ造りで、看板は出ているが、庭や門構えがあり、青い屋根の路面店とは格が違っている。
「――取り次ぎがいるから、いけるだろ、待ってろ」
庭の先、広い軒下の奥、固く閉じた扉の前には取り次ぎ役の男性がいる。
男性はリズと会話を始めた。
この国ではどの種類の店でも、軒先に取り次ぎがいる時は、誰でも声をかけて良い事になっている。そこで食事や商品の値段を聞いて、駄目ならやめて、良ければ入ると言う仕組みだ。勿論、店も相手を見るので、服装、身分などで断られる場合もある。
こうした店は地方にはあまりないが、主要都市ではたまに見かける。
この仕組みは王都が発祥らしいので、ここでは特に多いはずだ。
王都には貴族の子女や学生、礼拝帰りの貴族婦人も多い。
――疲れたので、少しお茶でも、となったときに予約する方法はない。
勿論、予約するという方法もあるが、貴族婦人は聖女教会に熱心に通う。
ストラヴェル王国には、国主催の社交界や舞踏会が存在しない。
首都キルト城はあくまで政治の場所、という認識なのだ。
未婚の貴族女性を招く、正式な晩餐会は年に一回。十月の建国祭だけだ。
王族の誕生日、王の誕生日などであっても、パーティーはなく、贈り物で終了だ。贈り物にも決まりがあり、あまり高い物は送れない。
あとは、各、有名婦人が主催する晩餐会。こちらは良くあり、侯爵以上の身分であれば王城のどこかを借りて利用できる。相応の金額が掛かるらしいが、毎月一、二回は何かしらの晩餐会が開かれている。
これがアストラ城や、ラヴェル城だとまた違う。そちらは古い貴族、旧王族が思い思い、贅沢に過ごしているらしい。
首都の貴族婦人は、夫の付き添いで王城へ行く以外は、聖女教会へ行くことが『毎日のお勤め』『貴族婦人の仕事』と言われている。
付き添い――これは登城の機会が少ない貴族女性のためにある仕組みで、王宮に伺候する貴族の、妻、娘は夫に同伴しても構わない。大抵は妻だが、娘も歓迎される。ただし、息子は同伴できない。
貴族の少女は、頻繁に同伴して城で同じ年頃の少女や年上の貴族女性と過ごし、そこで貴族の親か貴族婦人に気に入られれば、縁談につながる……と言う無駄の少ない仕組みだ。申し込みは必ず男性の親からで、家格が釣り合わなければ、女性の家から断ることも可能だ。断る場合は、聖女教会にとりなしを依頼する。
優れた少女には申し込みが殺到するし、そうでなくても貴族同士なので、本人の好みはともかく成婚率は高いらしい。
ストラヴェルは妾制度、庶子相続制度があるので、結婚は適当に済ませ、後はお互いお好きなように、と言うことも多い。
夫の同伴や、茶会の誘いを断る理由として『その日は教会へ行くから』という物がある。
教会へ行くと言われたら、無理に誘ってはいけない決まりだ。
つまり首都の、身分の低い貴族女性達にとって、教会は社交場であり息抜きなのだ。
しかし教会で別の貴族婦人と出会い、さて何処かへ、と言う事は非常に良くある。
かと言って、庶民の使う店に入るのは気が引ける。(気にしないご婦人も多いが)と言う事で、この仕組みが作られた。
初めは、はしたない、とか散々言われたそうだが、始まってもう百年以上になるので、皆、すっかり慣れている。貴族は紋章を付けているし、青いケープなどの服装で分かるので、店としても断る理由は無い。
支払いは基本『付け』。いわゆる、後払いだ。
貴族の紋章を見せて「どこそこ家に」と言えば終わる。これは貴族婦人や子供が大金を持ち歩くと危険だからだ。
城壁の中は、端の方でなければ、子供が一人で出歩けるほど治安は良いが、それを狙う盗人もいる。大抵すぐ捕まるが、それなら初めから持たない方がいい。
逆に、付けで使い込む夫人や子供も多いとか……。その辺りは、各家の裁量次第だ。
ストラヴェル、特に首都キルトでは、適当に入って来た子供が実は大貴族の庶子で、というのは良くあるだろう。
勿論、取り次ぎがいるのは中程度以上の店で、普段庶民が利用する店にはいない。
リズは庭に入り、取り次ぎに話し掛けた。
取り次ぎは大抵、黒い上着、黒いベスト、白いシャツにボウタイ、下は黒い長ズボンと言う貴族に近い格好をしているので分かりやすい。ここの取り次ぎは四十歳程度の、真面目そうな金髪碧眼の男性だった。
リズが戻って来た。
「部屋、空いてるってさ。この辺、夜はヒマそうだな」
食事処、休憩処は昼は込むが、夜は途端に閑散とする。庶民の店や酒場は逆だが。
「お値段は?」
「お任せで一人五ゼイラ。選べばもうちょっと安いって。お任せにした。案外お得だな。もうここにしようぜ」
「……そうなのですか? 二人で十ゼイラ……」
一人五ゼイラとなれば、結構な金額だ。
一ゼイラは紙幣一枚で一万グラン。
一万グランは一万パル。
一パルは一グランなので、パルとグランは全く同じ金額となる。
グランとパルの二つの違いは硬貨の種類だ。パルは小さく安い硬貨で作られていて、一パル硬貨、十パル硬貨、二十五パル硬貨があって細かい支払いに使える。
一方、グランは金貨、銀貨で作られていて、一万グラン金貨と五千グラン銀貨しか無い。
普通の店ではだいたい、一食、二千パル(二千グラン)程度だ。
この店は、パル換算だと一人一食、五万パル(五ゼイラ=五万グラン)になる。
いきなり飛び込みで食べるには、贅沢な食事、という感覚だ。間違い無くコース料理が出て来るので、食べきれるかの心配もした。
「行くぞー」
リズはもう歩き出している。
「あ、はい、では……」
アメルは早足で後を追った。
「まあ、うちは付けだし、気にすんな。予算だけはあるんだよ。トリル、タルクロン、リノ……その他、並みいる貴族が、こぞって寄付金をくれるからな。足りないのは人材だ。少ないったら無い。もっと千人規模の軍隊を作りたいんだが。いっそ他国の騎士をもらうかって言ったんだが、それは駄目だったな。自国でまかなえ、だそうだ。募集を平民まで広げた物の、やっぱ才能が物を言うからなー」
「この国の、クロスティア騎士の数は、他の国のクロスティア騎士の数と比べても、ずいぶん少ないようですね」
「ああ。増やせばいいってもんでも無いし……その辺は追い追いな。とにかく食べなきゃ死ぬ……」
リズは飢えているらしい。
アメルは微笑み、店に入った。
二人が案内されたのは、十人掛けのテーブルのある部屋だった。
テーブルには水色のテーブルクロスが引かれ、調度品や装飾も整っていた。
夜だが、カーテンは引かれておらず、部屋の中や、庭は精霊灯で照らされている。
リズは窓を背に、アメルは壁側に、お互い向かい合う格好で座っている。
――貴族も使う店だけあって、味はとても良かった。
「まあ、こちらも、とても美味しいですわ……このソースは、オレンジ?」
今はメインディッシュの鳥料理を食べているのだが、少し変わった、良い味を出してくる。
「ああ、めっちゃ美味い! ワインおかわり! パンも!」
リズは豪快に食べ、豪快に飲んでいる。
アメルも口へ運び、鳥料理を食べ終えた。
「あれ、そういや、巫女って鳥、食って良いのか? 鳥、飼ってるよな?」
リズの言葉に、アメルは口元を拭きながら瞬きをした。
「ええ、大丈夫ですよ?」
特に食事制限は無い。
「へぇ、そうなんだな。巫女ってさ、誘っても来ないんだよなぁー。特に城の巫女は全員」
アメルは苦笑した。
「お城ですものね。贅沢していたら目立ってしまいます」
「巫女って楽しいのか?」
「楽しいですよ。とても。皆さん良い方ですし、何より、紅玉鳥が可愛いです」
「――ほぉ? あれ、お前も持ってるのか?」
「ええ。トゥーワというのですが。カルタに置いて来ました。早く会いたいですわ……」
「焼き鳥か。連れてこれば良かったのに」
「焼き鳥……お兄様が、置いて行きなさいと言って。落ち着き先が決まったら、呼び寄せる予定です」
「そうかー。お前、便利そうだな。だが紅玉鳥って、男には従わないんだろ? どうやったんだ?」
「さあ……私は女ですから。お兄様にも懐いていますが、どうしてなのかは分かりません」
アメルは苦笑した。
この辺りは門外不出、と言う事になっているので内緒だ。
……紅玉鳥は大祭司には従うようにできている、とはおいそれと言えない。
「ふーん。ま、住むとこ無けりゃ、どっか探してやるよ。頼って来な。ただしアメルの格好で。いっそ、騎士団付きの巫女とかどうだ?」
リズの提案は好意的で、アメルは不思議に思った。
「……? はい、お兄様が駄目だったら、それもいいかもしれませんね。考えておきますわ」
アメルは微笑んだが、リズはがっくりと肩を落として「プラグじゃなくて、こっちの方が良かったなぁー……あーもったいね……」とぼやいていた。