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第2話 理由

ー/ー




「ル・フィーラ・ディアセス!」

飛翔のプレートはアルスの体を軽々と、屋根の上に運んだ。
屋根の上には、先に飛んだ候補生と隊士がいて、アルスが落ちないように引っ張った。

「すごい!」
ずっと使いたかった力だ。
……アルスにとって、クロスティアの精霊騎士は憧れだった。

(この力があれば、きっと。もう少し)

■ ■ ■

今日の隊士は、リーオ隊士では無く、エドナク・イタリー。三十代半ばの、体格の良い男性だった。金髪をオールバックにして右目に眼帯を付けている。額から右の目、頰の中央まで縦に長い傷がある。

「では、プレートの実技に入る。まず、二人一組に分かれて、手紙のプレートを使う。組み分けは、今まで話した事の無い異性と組むように。これは男女の素質の違いを知るためだ。男の方が多いので、余ったら、女子の誰かが二回組むように」

「ええええ~!!」
と言う声が響いた。今までは男女別だったのだが、ここに来て急に男女混合。
しかも『手紙』で話す、というなんとも気恥ずかしい内容だ。
アルスは、と思って見ると「プラグじゃ駄目よね」と言われた。確かに同室だ。
「そうだな。じゃあ誰か探そう」
プラグはアルスと別れて、誰かいないかと探した。各々別れ始めるが、動きは鈍い。それでもぽつぽつと動き始め、プラグも相手を探した。
ちょうど目に入ったのは、戸惑った様子の、背の高い、金髪巻き髪の女性だった。向こうもこちらに気が付いた。絶妙な位置にいて声を掛けやすかった。
「あの、組んでもらえませんか?」
プラグが近づき声を掛けると、金髪の女性は驚いた様子だった。
「え。ああ、良いですよ」
「良かった。よろしくお願いします。プラグです」
「え、ああ、……私はナージャ・ラ・タルクロンと申します」
「ナージャさん。ええと手紙を使った事は?」
名前に『ラ』という飾り文字が入っているから貴族だ。タルクロンというのは確か男爵だった。
貴族に適当な声を掛けてしまった、と思ったが、相手に気にした様子は無い。

「ありません、けれど使うところを見た事はあります。多分、指示がありますから、待ちましょう」
ナージャが言った。
「ああ。そうですね」
プラグは頷いた。プラグがいかにも適当に声を掛けたからか、他の少年達も適当に相手に声をかけ始めた。何故か皆、男性から声をかけている。
例外はアルス。
「あ! ねえ、私と組んでもらえる?」
「ん、いいよ」
平民らしい少年に声をかけていた。気取らないところがティアスを思い出させて、少し微笑んだ。
「プラグ様は、アルス様とは同室でしたわよね。仲がよろしいので?」
「え? さあ、まだ十日ですから、分かりません。彼女に不便がないと良いんですが……」
敬語で話し掛けられたので、敬語で返した。
他は男女別なのに、アルスだけ男二人と一緒では何かと大変だろう。アルスはあまり気にしていないように見えるが、これからは分からない。
「よろしければ、私がアルス様と二人部屋になりましょうか? 空き部屋はあるようですし」
「え――、あ」
とそこで指示が出た。

「では、手紙の使い方だ。互いのファーストネームを聞いて、ル・フィーラ・ディアセス・ナタ・プロセフィム・ア・スアス・の後に伝えたい相手の名前を言え。フルネームでなくてもいい」
『ナタ』は「何かをして下さい」。
『プロセフィム』は「想い」。
『スアス』は「伝える」。
『ア』には「私」。という意味がある。
つまり『私の想いを誰々に伝えて下さい』となる。
――それにしても、この騎士団の隊士達は、本当に皆しっかり監督してくれる。今も周囲に複数の隊士がいて、それぞれに目を配り、戸惑う組には声を掛けている。プレートは一歩間違えると危険な代物なので当然の措置だが、逆に気になる。

「では、プレート起動!」
という指示が出た。
「やりましょう」
プラグが言うと、「あ、はい」と言ってナージャが頷いた。
プラグは『手紙』のプレートを手に持って「ル・フィーラ・ディアセス・プロセフィム・ア・スアス・ナージャ」と呟いた。
するとナージャの『手紙』が青く光った。

「ル・フィーラ・ディアセス・プロセフィム・ア・スアス・プラグ」
ナージャが言って、互いの『手紙』が青く光る。
するとエドナクが二人に気付いて、歩いて来た。
「おお、出来たな。これが手紙が繋がっている状態だ。そっちの男。何か話せ」
「え? うーん」
プラグは困った。初対面に近いので何も浮かばない。共通の話題と言えばアルスだが、こんな所で話されても困るだろう。

「ナージャさんは、精霊騎士になりたいのですか?」
無難と思える質問ができた。手紙はカルタでも何気なく使っていたが、こう見られるとさすがにやりにくい。
「ええ、勿論、絶対になりたいですわ。貴方は?」
「俺は……なりたいと思っています」
このくらいで良いだろうと思って、エドナクを見ると。
エドナクが頷き「よし、こんな感じだな。しばらく話して、使い方を覚えろ。俺がやめと言うまでだ」と言ったので、皆が一斉に喋り始めた。困った少年はプラグの言った質問をしたり「好きな食べ物は何ですか?」「どこ出身ですか?」と全く違う質問をしたりと、それなりに会話が弾んでいる。

「プラグ様は、どうして精霊騎士になりたいと思ったのですか?」
「……うーん。理由ですか、話せるような物ではなくて」
「あ、失礼しました。理由なんて、人それぞれですわね。では、私の話を聞いて頂けますか?」
「ええ」
ナージャは大変礼儀正しい女性で、プラグは微笑んだ。
「私は、タルクロン男爵家の二人目の子供、長女として生まれました。三つ歳上の兄がいます。本来、貴族に男子が生まれると、多くが騎士になるのですが、兄は母に似て、体が弱く……代わりに私が。父は母をとても愛していますから、外で、その、別の方に声を掛ける事も無く。だから私が、家名を守る為に――大した理由ではありませんわね」
「とんでもない。立派な志です。そうか、きっと皆、理由があるんだな……」

――そこまでは良かったのだ。

■ ■ ■

「はぁ。男子の走る距離、一気に増えたわね……!」
翌朝、アルスが他の女性達より少し遅れて、宿舎に入って来た。
結んだ髪が少しほつれ、前髪が額に張り付いている。
アルスの呟きを、プラグは聞き取った。

「アルス、大丈夫か?」
プラグはアルスに声を掛けた。
「お帰り、ちょっと遅れたね、大丈夫?」
ペイトが言った。
プラグの側には、シオウ、アドニス、ペイトとナージャが涼しい顔で立っている。
「ええ、平気。なんとかね。このくらい、よく走っていたもの」
「そうなのか? けれど三人とも、他の子達と一緒じゃ無くて良いのか?」
プラグは言った。
アルス、ペイト、ナージャの三人は、女子のペースが遅いのに痺れを切らして、男子と一緒に走り始めていた。今はアルスもナージャも髪を一つにまとめている。ペイトの髪はさほど長くないので、いつも通り二つに分けて毛先を結んでいる。
プラグの言葉にナージャが反応する。
「プラグ様。あんな軟弱な女性達と、私達を一緒にしないで下さいませ――アルス様にも、貴方が声を掛ける必要はありません」
「――」
ナージャは男爵令嬢だが、精霊騎士になるために幼い頃から鍛練を積んできたのだという。

……昨日から、プラグはナージャにとても嫌われている。

言い方は丁寧だが、その目には恨めしさが浮かんでいる。
「午後から、本格的に剣の稽古が始まりますね。お手並み拝見といきましょう。では失礼!」
言い放って、去って行った。

「お前、何かしたのか?」
シオウが言った。
「いや……うん……何もしてない。とも言い切れない」
プラグは額を押さえた。するとアドニスが眼鏡を持ち上げた。
「ちょっと詳しくお願いします。だって手紙の時は仲良さそうだったのに……最後、すごく険悪でしたよね? 一体何があったんですか」
「それが、手加減したのがばれたみたいで」
「あ~……そうか。そりゃ、あの子なら怒るぜ」
とシオウが言った。
昨日、他のプレートの練習をした後、そのままの組み合わせで軽く剣技の訓練もあったのだが、実力差がありすぎて、手加減するしかなかったのだ。
するとアルスが笑った。
「でも実際、プラグやりにくそうだもんね。紅玉会にいたなら、プレート、沢山使った事あるんでしょう? 個人に合わせてくれればいいのにね」

「それはそうだな。一年で騎士になれるか、心配だ」
プラグがそう言った、午後に大事件は起こった。

■ ■ ■

「よう、餓鬼ども、見に来たぜー」
と言って食堂に入って来たのは、隊長のリズだった。
リズは気軽に手を振っているが、食堂内は緊張に包まれた。

「あ、いい、食べててくれ。えーっと、そこのお前! 白いやつ」
リズが指差したのは、なんとプラグだった。
「お前騎士になりたいのか?」
「え、はい」
「一年で?」
「……はい」
プラグはものすごく嫌な予感がして、頭を押さえたくなった。溜息は吐いた。

(――そうだ……会話、聞けるんだった……!)

闇の精霊、旋風の精霊。その存在を忘れるとは、自分はどれだけ寝ぼけているのか。
審査の時のように、プラグは精霊がプレートの力で姿を隠していてもぼんやりと見られるが、それは『実体化』して『質量を持った状態の精霊』を隠している場合だ。『霊体』のまま隠されていたら気づかない。
騎士団の緩い雰囲気に流されて油断していた、と言うほか無い。
「お、分かったらしいな。ついて来い」
「……分かりました」
プラグは素直に立ち上がった。

「え。なに? どうしたの?」
アルスが戸惑った。
「どうもしない。反省してくる」
プラグは呟いて、食堂を出た。

■ ■ ■

考えれば分かる事だった。隊士が異常に多い理由。時折感じる精霊の気配。
隊士達はプラグ達が思うよりずっと良く、候補生の適性を見ていたのだ。

(だが――そんなに切迫しているのか?)

ストラヴェルは平和だが、他国はそうではない……と言うのは知っているが、候補生達に期待しても、何ができる筈も無い。
どこまで行くのかと思ったら、リズが連れて行ったのは、森だった。
立ち止まったのは今朝も走った、湖畔近くの広い空間だ。
木はまばらで、ここなら暴れても被害は出ない。

リズは腰に下げた刀を抜いて、軽く振った。それだけでも彼女の力が分かる。
リズは切っ先をプラグに向けた。
「えーでは、罪状を読み上げます!」
「!?」
「何か怪しい刑! 以上! 疑わしきは罰するのがクロスティア!」
「――はぁ?」
「冗談はさておき。推薦状をもらった後、お前の経歴を調べた。伯爵直筆で間違い無いし、戸籍も整ってはいたし、それっぽかったんだが『正義』が顔を歪めてな。ちなみにリーオが『正義』の持ち主で、『正義』は常にお前を監視していた。後は、気付いてる感じだが、その辺に浮いてる奴等にも候補生の様子は聞いている」
「はい……」
まさかべったり張り憑かれていたとは――。穏やかなので、油断しすぎた。
鞄を開けていたら、危うくプラグの『秘密』がこの厄介そうな隊長にばれるところだった。
しばらく慎重に行こう、と思ったプラグの勘は正しかったのだ。
「五年前の、カルタ家の襲撃に、お前は関わってるんじゃ無いか?」
「――うーん」
プラグは考えてしまった。言動は奇妙だが、びっくりする程当たっているし、言っている事も正しい。
これは襲撃の犯人と疑われるか、正体を聞かれる流れだが、さてどうする?

「あの鞄、何が入ってる? 『鍵』のプレートが中に入ってるせいで、お前にしか開けられないし、壊せない、という報告だ。気になる、すげぇ気になる!」
リズの言葉に、プラグは口元を押さえた。リズが言っているのは、プラグが持ち込んだ上等な旅行鞄だ。プラグにとってはかなり重要なのだが、説明はしにくい。
「ふふっ……何が、入っていると思いますか?」
プラグは笑みを押さえた。面白すぎて『何が入ってると思うんだ』と余程、普通に話したかった。笑いを堪えたとも言う。

「さあ、知らん。動かしていないからな。で、結局、何しに来た? お前はどこの何だ? 最近物騒だから、『怪しい奴は死刑!』刑が発動中だ。私の可愛い闇も、お前を喰いたがっている」
リズの周囲に『闇』の影が満ちる――。
「――中身は着替えです。ただの。鍵は盗難対策です」
プラグはこの隊長には、自分が精霊である事を話すべきだと思ったが、さすがに全ては不味い。何をどこまで話すべきかと考えた。とりあえず、何を危険視しているのか聞き出したいと思った。

「ところで、俺を疑うほど、不味い状況なんですか」
するとリズが、舌打ちした。
「食えん奴だな。敬う気の無い敬語ほど、気色悪いモンはねぇ。普通に話せ、この、白虫毛虫!」
「シロムシ……毛虫……ッ?」
長く生きてきたが、こんな酷いたとえは初めてだ。
「あァ、ダンゴムシか? 縮こまって、うじうじと。情けねぇ!」
「――っ」
プラグは深く納得してしまった。確かに、自分の状況はそうとも取れる。
むしろその通りだ。仕方ない、と溜息を吐いた。
「分かりました。戦いましょう。俺が勝ったら、貴方には金輪際、敬語を使いません――聖域で無くても良いですか?」
するとリズは全身を引っ掻き始めた。
「きしょくわりいいいいい、その敬語、あああ――私が勝ったら?」
「鞄の中を見せるか、他の何でも。ただし一つだけです」
「きしょくわりいいいいい、うーわッ。敬語、きもっ!」
「ところで、丸腰なんですが……」
「あーそうだな。うん」
リズは言って、特に反応しなかった。

「あーまあ、喧嘩売ったんだ、諦めろ。ル・フィーラ・ディアセス」
リズが『闇』のプレートを起動させた。

ギナ=ミミムがプレートから現れる。周囲が闇に包まれ、プラグも飲み込まれる。
幼い姿に……プラグは眉を顰める。

ギナ=ミミムは『悪』の属霊で、相手の精神を支配できる強力な精霊だ。

プラグは呟いた。
「精霊は使命を果たせないと、見た目が幼くなっていき、赤ん坊になり、ついには、消えてしまう。ギナ=ミミムはあまり良い状態じゃない。これは、貴方がギナ=ミミムを正義の為に使っているから。精霊は優しく、繊細だ……」

ギナ=ミミムは以前もそうして、悩んでいた。
自分の使命と優しさの間で葛藤する精霊は多い。

『……?』
「ギナ=ミミム、また会えて嬉しいよ」
プラグは闇の中で、正しく手を伸ばした。
そして――。リズの持つプレートに触れた。

「ゼ・アミロード・アミリッジ・ナタゼプラ・ネフスティア・――」

「――ッしまっ」
『主ッ、こいつッ』
まばゆい光が――、一瞬起きたが収束する。
代わりに闇が霧散した。

残ったのは、プレートを解除し抱えたリズだ。
さすが総隊長。強制解除の祝詞を知っていていて、対処の心得もあるようだ。強制解除は、プレートに触れなければ発動できない。

……闇は、リズの為に消えてもいいと思ったのだろう。
「本当は、俺の名前を言う必要がある。俺の勝ちで良いですか?」
リズがくそったれ、と呟いた。
「……大祭司(ネフスティア)かよ。名前って事は、お前、あれだな。カルタ家の。あーもう、くそ、あのジジイ、書いとけよ!! 敬語は無しだ。あと、鞄、見せろ! 検閲だ!」
プラグはついに笑ってしまった。

■ ■ ■

巫女の一人が「目が見えないのですか?」と尋ねてきた。

『使命の一つで、目を閉じている。別に開けたっていいんだが……閉じている方が面白い。そう言えば、寝ていた間も含めると、千年くらい、開けていないな……』
カド=ククナは嘘を交えて答えた。

もう、何も見たく無かったから。

「外はこんなに良い天気ですのに。開けないんですか?」
『外に、面白い物があるのか……?』
「ありますよ、沢山」
カド=ククナが小首を傾げて、微笑んだ。
『たとえばどんな?』

「たとえば、おしゃれとか!」

その返答があまりに意外で、カド=ククナは目を開けた。

■ ■ ■

「ル・フィーラ・ディアセス」
プラグは鞄の鍵を開けた。

部屋にはリズがいて、アルスもシオウもいる。
「――え」
皆の第一声はそれだった。

鞄の中に入っているのは、真っ赤なドレスとコルセット。
そして、赤茶色の、長いかつらと、女物の靴。

「これが中身です。カルタ家に行く前、四年ほど、紅玉会でお世話になりました。紅玉会は男子禁制というか、そこまででもないんですが――男がいては外聞が悪い。と言う事で、女装をして、巫女として働いていました。結婚式とか、雑用とか、諜報活動とか」

プラグは苦笑した。アルスやリズ、シオウがあまりにも驚いているから。
――アルスとシオウは、同室だし言った方がいいと思っていたので、丁度良いからと呼んだ。

「巫女登録もしています。名前は、アメル・ドーゼ。俺の双子の、妹の名前です。もう、死んでしまって、いない……トゥーワと言う紅玉鳥もいて、今回は置いて来ましたが、俺が呼べば来てくれます」

カド=ククナは嘘の精霊。だから嘘を吐くほど強くなる。しかし、カド=ククナは『プラグ』の正体を、多くの巫女に知られてしまった。
そのせいで、紅玉会にいたカド=ククナは……徐々に幼くなっていた。
眠っていた反動もあったのだろう。消耗は早く、半年経つ頃には、人で言う五歳程度まで若返っていた。このままでは消えてしまう。それでもプラグは目を開けられなかった。

「もう何も見たく無い。何も聞きたくない。このまま消えてもいいと思った……」
プラグは呟いた。
サリーに『どうか目を開けて、嘘を吐いて下さい、このままでは消えてしまいます!』と言われたが、それでも首を振った。

そんなプラグを救ったのは、見習い巫女、ミーアの何気ない一言だった。

「ミーアが、たとえば、おしゃれとか……したらいいよ、って言ったんです。それを聞いた時、これがいいって。ああ、俺は馬鹿だ、って思った……」
プラグは妹に似合いそうなドレスを、くしゃくしゃに握り締めた。

アメル、すまない。

プラグはそう言って泣いた。

■ ■ ■

「開けちゃいけないモンだったんだな。わり。忘れるわ。まあでも、お前が騎士になったあかつきには、好きなだけ活用させてもらうからな! よろしく! 頑張れよ、諸君」
リズはそう言って去って行った。

残ったのは気まずい雰囲気だが、プラグは落ち込んでいた。
「プラグ、まあ、元気出して、今度一緒に、買い物行こう?」
アルスが声を掛けてきた。シオウは固まっている。
「いや、うん……そこまで重症じゃない……俺のこれは、発作みたいな物で、割り切ってる。要するに、妹を利用して、精神の安定を図ってるんだ。そう思ってくれて構わない」
本当は精霊の性質で、抗う事ができない衝動なのだが――。
鏡の精霊だった妹の姿をどうしても、忘れられない。そして妹は、顔立ちがプラグによく似ているのだ。
――鏡に映る度、妹がいると錯覚する。そして嘘だと思い、精霊としての存在が安定する。
『プラグ・カルタ』――嘘の大精霊。嘘を吐くことで、真実を作る。
『アメル・ドーゼ』――鏡の大精霊。真実を映し、嘘を暴く。
――自分の分身を『作った』時から、どちらかが欠けてはいけなかったのだ。
アメルが欠けた結果、プラグは、眠るしか無かった。二度と起きてはいけないと、自分に言い聞かせていた。

「そうなの?」
アルスはプラグが精霊だと知らないから、いまいち話が読めないようだ。
――それでいい。『プラグ』は存在できる。
「ああ、ただの変わった趣味だと思ってくれ」
「そう、なの……? 分かったわ。まあ、そういう趣味の人もいるわよね。その格好の時はアメルって呼べば良いの?」
「ああ、それでいい。さ、片付けて寝るか」
プラグはドレスを丁寧に畳んだ。握りしめてしまったので、少し皺になっている。

シオウは黙っていたが、首を傾げた。
「お前、それ、そのかつら、試しにかぶってみてくれないか?」
シオウの言葉に、プラグは驚いた。
「シオウ?」
「いや、違うかもしれない……あれ? ちょっと待てよ、お前ここに来てから、それ使ったか? 外で踊ったりとか」
「――いや、一度も……? シオウ?」

「俺、その、髪の長い、お前みたいな顔の女の子……見たぜ」


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「すごい!」
ずっと使いたかった力だ。
……アルスにとって、クロスティアの精霊騎士は憧れだった。
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■ ■ ■
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「あの、組んでもらえませんか?」
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ナージャが言った。
「ああ。そうですね」
プラグは頷いた。プラグがいかにも適当に声を掛けたからか、他の少年達も適当に相手に声をかけ始めた。何故か皆、男性から声をかけている。
例外はアルス。
「あ! ねえ、私と組んでもらえる?」
「ん、いいよ」
平民らしい少年に声をかけていた。気取らないところがティアスを思い出させて、少し微笑んだ。
「プラグ様は、アルス様とは同室でしたわよね。仲がよろしいので?」
「え? さあ、まだ十日ですから、分かりません。彼女に不便がないと良いんですが……」
敬語で話し掛けられたので、敬語で返した。
他は男女別なのに、アルスだけ男二人と一緒では何かと大変だろう。アルスはあまり気にしていないように見えるが、これからは分からない。
「よろしければ、私がアルス様と二人部屋になりましょうか? 空き部屋はあるようですし」
「え――、あ」
とそこで指示が出た。
「では、手紙の使い方だ。互いのファーストネームを聞いて、ル・フィーラ・ディアセス・ナタ・プロセフィム・ア・スアス・の後に伝えたい相手の名前を言え。フルネームでなくてもいい」
『ナタ』は「何かをして下さい」。
『プロセフィム』は「想い」。
『スアス』は「伝える」。
『ア』には「私」。という意味がある。
つまり『私の想いを誰々に伝えて下さい』となる。
――それにしても、この騎士団の隊士達は、本当に皆しっかり監督してくれる。今も周囲に複数の隊士がいて、それぞれに目を配り、戸惑う組には声を掛けている。プレートは一歩間違えると危険な代物なので当然の措置だが、逆に気になる。
「では、プレート起動!」
という指示が出た。
「やりましょう」
プラグが言うと、「あ、はい」と言ってナージャが頷いた。
プラグは『手紙』のプレートを手に持って「ル・フィーラ・ディアセス・プロセフィム・ア・スアス・ナージャ」と呟いた。
するとナージャの『手紙』が青く光った。
「ル・フィーラ・ディアセス・プロセフィム・ア・スアス・プラグ」
ナージャが言って、互いの『手紙』が青く光る。
するとエドナクが二人に気付いて、歩いて来た。
「おお、出来たな。これが手紙が繋がっている状態だ。そっちの男。何か話せ」
「え? うーん」
プラグは困った。初対面に近いので何も浮かばない。共通の話題と言えばアルスだが、こんな所で話されても困るだろう。
「ナージャさんは、精霊騎士になりたいのですか?」
無難と思える質問ができた。手紙はカルタでも何気なく使っていたが、こう見られるとさすがにやりにくい。
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「俺は……なりたいと思っています」
このくらいで良いだろうと思って、エドナクを見ると。
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「ええ」
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――そこまでは良かったのだ。
■ ■ ■
「はぁ。男子の走る距離、一気に増えたわね……!」
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結んだ髪が少しほつれ、前髪が額に張り付いている。
アルスの呟きを、プラグは聞き取った。
「アルス、大丈夫か?」
プラグはアルスに声を掛けた。
「お帰り、ちょっと遅れたね、大丈夫?」
ペイトが言った。
プラグの側には、シオウ、アドニス、ペイトとナージャが涼しい顔で立っている。
「ええ、平気。なんとかね。このくらい、よく走っていたもの」
「そうなのか? けれど三人とも、他の子達と一緒じゃ無くて良いのか?」
プラグは言った。
アルス、ペイト、ナージャの三人は、女子のペースが遅いのに痺れを切らして、男子と一緒に走り始めていた。今はアルスもナージャも髪を一つにまとめている。ペイトの髪はさほど長くないので、いつも通り二つに分けて毛先を結んでいる。
プラグの言葉にナージャが反応する。
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「――」
ナージャは男爵令嬢だが、精霊騎士になるために幼い頃から鍛練を積んできたのだという。
……昨日から、プラグはナージャにとても嫌われている。
言い方は丁寧だが、その目には恨めしさが浮かんでいる。
「午後から、本格的に剣の稽古が始まりますね。お手並み拝見といきましょう。では失礼!」
言い放って、去って行った。
「お前、何かしたのか?」
シオウが言った。
「いや……うん……何もしてない。とも言い切れない」
プラグは額を押さえた。するとアドニスが眼鏡を持ち上げた。
「ちょっと詳しくお願いします。だって手紙の時は仲良さそうだったのに……最後、すごく険悪でしたよね? 一体何があったんですか」
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「あ~……そうか。そりゃ、あの子なら怒るぜ」
とシオウが言った。
昨日、他のプレートの練習をした後、そのままの組み合わせで軽く剣技の訓練もあったのだが、実力差がありすぎて、手加減するしかなかったのだ。
するとアルスが笑った。
「でも実際、プラグやりにくそうだもんね。紅玉会にいたなら、プレート、沢山使った事あるんでしょう? 個人に合わせてくれればいいのにね」
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プラグがそう言った、午後に大事件は起こった。
■ ■ ■
「よう、餓鬼ども、見に来たぜー」
と言って食堂に入って来たのは、隊長のリズだった。
リズは気軽に手を振っているが、食堂内は緊張に包まれた。
「あ、いい、食べててくれ。えーっと、そこのお前! 白いやつ」
リズが指差したのは、なんとプラグだった。
「お前騎士になりたいのか?」
「え、はい」
「一年で?」
「……はい」
プラグはものすごく嫌な予感がして、頭を押さえたくなった。溜息は吐いた。
(――そうだ……会話、聞けるんだった……!)
闇の精霊、旋風の精霊。その存在を忘れるとは、自分はどれだけ寝ぼけているのか。
審査の時のように、プラグは精霊がプレートの力で姿を隠していてもぼんやりと見られるが、それは『実体化』して『質量を持った状態の精霊』を隠している場合だ。『霊体』のまま隠されていたら気づかない。
騎士団の緩い雰囲気に流されて油断していた、と言うほか無い。
「お、分かったらしいな。ついて来い」
「……分かりました」
プラグは素直に立ち上がった。
「え。なに? どうしたの?」
アルスが戸惑った。
「どうもしない。反省してくる」
プラグは呟いて、食堂を出た。
■ ■ ■
考えれば分かる事だった。隊士が異常に多い理由。時折感じる精霊の気配。
隊士達はプラグ達が思うよりずっと良く、候補生の適性を見ていたのだ。
(だが――そんなに切迫しているのか?)
ストラヴェルは平和だが、他国はそうではない……と言うのは知っているが、候補生達に期待しても、何ができる筈も無い。
どこまで行くのかと思ったら、リズが連れて行ったのは、森だった。
立ち止まったのは今朝も走った、湖畔近くの広い空間だ。
木はまばらで、ここなら暴れても被害は出ない。
リズは腰に下げた刀を抜いて、軽く振った。それだけでも彼女の力が分かる。
リズは切っ先をプラグに向けた。
「えーでは、罪状を読み上げます!」
「!?」
「何か怪しい刑! 以上! 疑わしきは罰するのがクロスティア!」
「――はぁ?」
「冗談はさておき。推薦状をもらった後、お前の経歴を調べた。伯爵直筆で間違い無いし、戸籍も整ってはいたし、それっぽかったんだが『正義』が顔を歪めてな。ちなみにリーオが『正義』の持ち主で、『正義』は常にお前を監視していた。後は、気付いてる感じだが、その辺に浮いてる奴等にも候補生の様子は聞いている」
「はい……」
まさかべったり張り憑かれていたとは――。穏やかなので、油断しすぎた。
鞄を開けていたら、危うくプラグの『秘密』がこの厄介そうな隊長にばれるところだった。
しばらく慎重に行こう、と思ったプラグの勘は正しかったのだ。
「五年前の、カルタ家の襲撃に、お前は関わってるんじゃ無いか?」
「――うーん」
プラグは考えてしまった。言動は奇妙だが、びっくりする程当たっているし、言っている事も正しい。
これは襲撃の犯人と疑われるか、正体を聞かれる流れだが、さてどうする?
「あの鞄、何が入ってる? 『鍵』のプレートが中に入ってるせいで、お前にしか開けられないし、壊せない、という報告だ。気になる、すげぇ気になる!」
リズの言葉に、プラグは口元を押さえた。リズが言っているのは、プラグが持ち込んだ上等な旅行鞄だ。プラグにとってはかなり重要なのだが、説明はしにくい。
「ふふっ……何が、入っていると思いますか?」
プラグは笑みを押さえた。面白すぎて『何が入ってると思うんだ』と余程、普通に話したかった。笑いを堪えたとも言う。
「さあ、知らん。動かしていないからな。で、結局、何しに来た? お前はどこの何だ? 最近物騒だから、『怪しい奴は死刑!』刑が発動中だ。私の可愛い闇も、お前を喰いたがっている」
リズの周囲に『闇』の影が満ちる――。
「――中身は着替えです。ただの。鍵は盗難対策です」
プラグはこの隊長には、自分が精霊である事を話すべきだと思ったが、さすがに全ては不味い。何をどこまで話すべきかと考えた。とりあえず、何を危険視しているのか聞き出したいと思った。
「ところで、俺を疑うほど、不味い状況なんですか」
するとリズが、舌打ちした。
「食えん奴だな。敬う気の無い敬語ほど、気色悪いモンはねぇ。普通に話せ、この、白虫毛虫!」
「シロムシ……毛虫……ッ?」
長く生きてきたが、こんな酷いたとえは初めてだ。
「あァ、ダンゴムシか? 縮こまって、うじうじと。情けねぇ!」
「――っ」
プラグは深く納得してしまった。確かに、自分の状況はそうとも取れる。
むしろその通りだ。仕方ない、と溜息を吐いた。
「分かりました。戦いましょう。俺が勝ったら、貴方には金輪際、敬語を使いません――聖域で無くても良いですか?」
するとリズは全身を引っ掻き始めた。
「きしょくわりいいいいい、その敬語、あああ――私が勝ったら?」
「鞄の中を見せるか、他の何でも。ただし一つだけです」
「きしょくわりいいいいい、うーわッ。敬語、きもっ!」
「ところで、丸腰なんですが……」
「あーそうだな。うん」
リズは言って、特に反応しなかった。
「あーまあ、喧嘩売ったんだ、諦めろ。ル・フィーラ・ディアセス」
リズが『闇』のプレートを起動させた。
ギナ=ミミムがプレートから現れる。周囲が闇に包まれ、プラグも飲み込まれる。
幼い姿に……プラグは眉を顰める。
ギナ=ミミムは『悪』の属霊で、相手の精神を支配できる強力な精霊だ。
プラグは呟いた。
「精霊は使命を果たせないと、見た目が幼くなっていき、赤ん坊になり、ついには、消えてしまう。ギナ=ミミムはあまり良い状態じゃない。これは、貴方がギナ=ミミムを正義の為に使っているから。精霊は優しく、繊細だ……」
ギナ=ミミムは以前もそうして、悩んでいた。
自分の使命と優しさの間で葛藤する精霊は多い。
『……?』
「ギナ=ミミム、また会えて嬉しいよ」
プラグは闇の中で、正しく手を伸ばした。
そして――。リズの持つプレートに触れた。
「ゼ・アミロード・アミリッジ・ナタゼプラ・ネフスティア・――」
「――ッしまっ」
『主ッ、こいつッ』
まばゆい光が――、一瞬起きたが収束する。
代わりに闇が霧散した。
残ったのは、プレートを解除し抱えたリズだ。
さすが総隊長。強制解除の祝詞を知っていていて、対処の心得もあるようだ。強制解除は、プレートに触れなければ発動できない。
……闇は、リズの為に消えてもいいと思ったのだろう。
「本当は、俺の名前を言う必要がある。俺の勝ちで良いですか?」
リズがくそったれ、と呟いた。
「……大祭司(ネフスティア)かよ。名前って事は、お前、あれだな。カルタ家の。あーもう、くそ、あのジジイ、書いとけよ!! 敬語は無しだ。あと、鞄、見せろ! 検閲だ!」
プラグはついに笑ってしまった。
■ ■ ■
巫女の一人が「目が見えないのですか?」と尋ねてきた。
『使命の一つで、目を閉じている。別に開けたっていいんだが……閉じている方が面白い。そう言えば、寝ていた間も含めると、千年くらい、開けていないな……』
カド=ククナは嘘を交えて答えた。
もう、何も見たく無かったから。
「外はこんなに良い天気ですのに。開けないんですか?」
『外に、面白い物があるのか……?』
「ありますよ、沢山」
カド=ククナが小首を傾げて、微笑んだ。
『たとえばどんな?』
「たとえば、おしゃれとか!」
その返答があまりに意外で、カド=ククナは目を開けた。
■ ■ ■
「ル・フィーラ・ディアセス」
プラグは鞄の鍵を開けた。
部屋にはリズがいて、アルスもシオウもいる。
「――え」
皆の第一声はそれだった。
鞄の中に入っているのは、真っ赤なドレスとコルセット。
そして、赤茶色の、長いかつらと、女物の靴。
「これが中身です。カルタ家に行く前、四年ほど、紅玉会でお世話になりました。紅玉会は男子禁制というか、そこまででもないんですが――男がいては外聞が悪い。と言う事で、女装をして、巫女として働いていました。結婚式とか、雑用とか、諜報活動とか」
プラグは苦笑した。アルスやリズ、シオウがあまりにも驚いているから。
――アルスとシオウは、同室だし言った方がいいと思っていたので、丁度良いからと呼んだ。
「巫女登録もしています。名前は、アメル・ドーゼ。俺の双子の、妹の名前です。もう、死んでしまって、いない……トゥーワと言う紅玉鳥もいて、今回は置いて来ましたが、俺が呼べば来てくれます」
カド=ククナは嘘の精霊。だから嘘を吐くほど強くなる。しかし、カド=ククナは『プラグ』の正体を、多くの巫女に知られてしまった。
そのせいで、紅玉会にいたカド=ククナは……徐々に幼くなっていた。
眠っていた反動もあったのだろう。消耗は早く、半年経つ頃には、人で言う五歳程度まで若返っていた。このままでは消えてしまう。それでもプラグは目を開けられなかった。
「もう何も見たく無い。何も聞きたくない。このまま消えてもいいと思った……」
プラグは呟いた。
サリーに『どうか目を開けて、嘘を吐いて下さい、このままでは消えてしまいます!』と言われたが、それでも首を振った。
そんなプラグを救ったのは、見習い巫女、ミーアの何気ない一言だった。
「ミーアが、たとえば、おしゃれとか……したらいいよ、って言ったんです。それを聞いた時、これがいいって。ああ、俺は馬鹿だ、って思った……」
プラグは妹に似合いそうなドレスを、くしゃくしゃに握り締めた。
アメル、すまない。
プラグはそう言って泣いた。
■ ■ ■
「開けちゃいけないモンだったんだな。わり。忘れるわ。まあでも、お前が騎士になったあかつきには、好きなだけ活用させてもらうからな! よろしく! 頑張れよ、諸君」
リズはそう言って去って行った。
残ったのは気まずい雰囲気だが、プラグは落ち込んでいた。
「プラグ、まあ、元気出して、今度一緒に、買い物行こう?」
アルスが声を掛けてきた。シオウは固まっている。
「いや、うん……そこまで重症じゃない……俺のこれは、発作みたいな物で、割り切ってる。要するに、妹を利用して、精神の安定を図ってるんだ。そう思ってくれて構わない」
本当は精霊の性質で、抗う事ができない衝動なのだが――。
鏡の精霊だった妹の姿をどうしても、忘れられない。そして妹は、顔立ちがプラグによく似ているのだ。
――鏡に映る度、妹がいると錯覚する。そして嘘だと思い、精霊としての存在が安定する。
『プラグ・カルタ』――嘘の大精霊。嘘を吐くことで、真実を作る。
『アメル・ドーゼ』――鏡の大精霊。真実を映し、嘘を暴く。
――自分の分身を『作った』時から、どちらかが欠けてはいけなかったのだ。
アメルが欠けた結果、プラグは、眠るしか無かった。二度と起きてはいけないと、自分に言い聞かせていた。
「そうなの?」
アルスはプラグが精霊だと知らないから、いまいち話が読めないようだ。
――それでいい。『プラグ』は存在できる。
「ああ、ただの変わった趣味だと思ってくれ」
「そう、なの……? 分かったわ。まあ、そういう趣味の人もいるわよね。その格好の時はアメルって呼べば良いの?」
「ああ、それでいい。さ、片付けて寝るか」
プラグはドレスを丁寧に畳んだ。握りしめてしまったので、少し皺になっている。
シオウは黙っていたが、首を傾げた。
「お前、それ、そのかつら、試しにかぶってみてくれないか?」
シオウの言葉に、プラグは驚いた。
「シオウ?」
「いや、違うかもしれない……あれ? ちょっと待てよ、お前ここに来てから、それ使ったか? 外で踊ったりとか」
「――いや、一度も……? シオウ?」
「俺、その、髪の長い、お前みたいな顔の女の子……見たぜ」