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解答編1

ー/ー



「全く、こんな時に全員を食堂に集めてどうしようって言うんですか?」
 長岡博士は私たちに聞こえるように独り言をつぶやく。やはり、この部屋は全体に声が通りやすくなっているようだ。
 これは今からの私にとってはありがたい。長岡博士の悪態なんてどうでもよかった。ちょうど部屋に入ってきた長岡博士が最後の来客だったため、私はマイクのスイッチを入れて話を始めた。
「まずは、急な呼び出しにも関わらずにお集まりいただきましてありがとうございます」
 私はそう言って深々と頭を下げた。これはいつも研究成果を発表するときにしていることだ。そう言い聞かせて、私は心の安定を求める。
「で、何があったんですか? それこそ、一連の事件が解決したとでも?」
 長岡博士は文句をつぶやく。ドアの近くでちょうど私の正面にいる長岡博士の事は無視して話を続ける。
「はい、その通りです」
 こう言った瞬間から、部屋の中心にいる私の周りがざわざわとし始める。それは驚きの声ばかりだった。当たり前だろう。
「火野博士が何者かによって殺害されたことから始まった一連の事件は、すべて解決しました。これから、その手法を説明しようと思います」
「それは、どういうことですか?」
 そう問いかけたのは新見博士だった。私がドアの方向を向いていて、ちょうど三時の方向からその声が聞こえる。
「どういうことって、そのままの意味ですよ。事件が解決したんです」
 私はひたすらに、淡々と話すことを意識していた。
「へぇ、こんなことが本当にあるのね。渡橋さん、恰好いいわよ」
 甲斐博士が私を茶化すように言った。私は笑顔で会釈する。
 その余裕が、私が言っていることが本当だと信じさせるには十分だったのだろう。先ほどとは少し違った種類の喧噪へと変わっていく。
 探偵さんに言われたとおりだ。説明するときには余裕をもって淡々と。人が興味を持てない話題ならば抑揚やテンポで注目を惹く必要があるけど、全員が注目している状態ならば必要ない。むしろ、話が真実であるかどうかわからない状態ならば、変に注目を惹こうとすると詐欺師みたいに見えるとアドバイスをもらったのだ。
「しかし、なぜ渡橋さんがそれを話すの、登松刑事?」
 甲斐博士は訝しむように登松刑事のほうを見た。彼は立場がないのだろう、しゅんとしている。私はそれを庇うように話し始めた。
「このトリックは登松刑事も知りません。私ともう一人が協力して解決させました。そのため、登松刑事も事件の全容は知りません」
 そう言うと、さらにざわめきは大きくなる。当然だろう。自分で言うのも癪だけど、こんな小娘が不可解な連続殺人を解き明かすなんてそれこそフィクションの世界である。
「どういうこと? 渡橋さんともう一人、その誰かが火野博士、西野博士、大庭博士を殺害した方法を解き明かしたの?」
 私は表情を変えないように注意しつつ、冷静に肯定する言葉を述べる。
 しかし、その飄々とした態度がここまで自分の身を守るために気を張っていた長岡博士の癇に障ったのかもしれない。若干の怒気を交えながら
「なら、さっそく教えてくれよ。犯人とやらの名前を」
 そう言われて全員の注目がより強い私に視線を向けてくる。私はそれに少しひるんだが、なんとか立て直す。
「その前に、事件の解決に貢献してくれたもう一人と電話を繋ぎたいと思います」
 そう言って、携帯電話を操作する。しかし……
「あれ?」
 コール音がいくら鳴っても、探偵さんは電話に出ない。私が焦る気持ちを募らせるのと同時に、周りからは不思議そうにしている声が聞こえてくる。
 私は不安で嫌な汗がだらだらと流れる。携帯電話を持つ手は少し震えていたが、コール音は鳴りやまない。
「渡橋さん、大丈夫? 顔色も優れないように見えるけども」
 副島さんが私を気遣う声をかけてくれる。その時、コール音が鳴りやんだ。私はあわてて携帯電話を耳に当てる。しかし、あの声は聞こえてこなかった。私は携帯電話の調子が悪いのかと確認する。
『電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため繋がりません』
 画面には無情なメッセージが表示されていた。私の思考は停止する。
「大丈夫ですか?」
 ただ事ではないことを察したのか、井野さんや岩塚さんも心配してくれる。
「落ち着いて、ほら深呼吸」
 副島さんが私の背中をさすってくれたことで、私はなんとか正気を取り戻す。
 そして、一つの覚悟を決めた。
 私だって、すべてのトリックは知っている。探偵さんに頼らずとも、この場を収めて犯人を捕まえてみせるという覚悟を。
「まずは、火野博士たちが殺害された方法よりも、その直前に発生した不知火について説明をしていこうと思います」
「不知火? ああ、あれか」
 長岡博士があきれるように言った。しかし、彼の嫌うものはあくまで非科学的、非現実的なものだ。しかし、今回の不知火現象は全て人為的に化学の力を使って引き起こされたものである。彼も納得させられるだけの説明は用意している。
「まあ、犯人の意図は後から説明するとしてまずは不知火を発生させる方法を解説します。みなさんは、ギリシア火薬という言葉を知っていますか?」
 みんな、それぞれに首を横にふる。もちろん、それは犯人も同じく。私はそれを確認して話をつづけた。
「ギリシア火薬というのは簡単に言えば、海の上でも燃える焼夷兵器です。水に反応して燃えるといったほうが正しいですけどね」
「水に反応して燃焼する? そんなものがあるんですか?」
 登松刑事は頭の上に疑問符を浮かべる。まあ、水で火が発生するなんてイメージが湧かなくて当然だろう。しかし、さすがは研究者なだけあって気づいたようである。
「禁水性物質ね」
 甲斐博士が声に出した。その声でみんな納得したように頷いている。
「その通りです。刑事さんたちにもわかるように説明すると、禁水性物質とは水に反応して発熱、発火する物質のことです。代表的なものは、金属カリウムや炭化カルシウム。そして、危険物第三類に指定されているものの総称です」
 これは、自分の言葉に信ぴょう性を持たせるためにさっき調べたサイトに出てきた、付け焼刃の知識だ。まあ、何か間違いがあれば誰かが訂正してくれるだろう。
「それがどうしたんですか? 確かに禁水性物質なら海上で発火させることもできるでしょうけど、あんなに大きな炎を発生させるのはアルカリ金属類では不可能ですよ」
 確かに、新見博士の言う通りだった。そもそも、窓からくっきりと見えるほど強い勢いで炎を発生、持続させるには相当な量の禁水性物質が必要になる。
「その通りです。あそこまで大きな炎は、生石灰は愚かほとんどの禁水性物質単体では発生させることができません。そもそも、ギリシア火薬がロストテクノロジーと化してすでにその製法は誰にもわかりません。ですが、それらしきものを再現することは十分に可能です」
「ホスフィンか」
 長岡博士がどこか悔しそうに言った。先ほどまで超常現象などの類だと心の内で馬鹿にしていたものが、自身の崇拝する化学現象によるものだと明かされていくのは良い気がしないだろう。
「その通りです。しかし、ホスフィンではなくまずは二リン化三カルシウムから解説する必要がありますね。ちなみに、二リン化三カルシウムを製造するにはカーバイドと五酸化二リンを反応させることが必要ですが、ここの研究所にある薬品と設備を使用すれば簡単ですね。話を戻します。二リン化三カルシウム最大の特徴は水に反応してホスフィンを発生させることです」
「その、さっきからホスフィンって言っているのはいったいなんなんだ?」
「ホスフィンとはリン化した水素のことです。名前はどちらかと言えば毒物として有名で、毒物及び劇物取締法において、医薬用外毒物の指定を受けているほどです。ま、人を殺害するのにも十分有用な物質ですね。しかし、ホスフィンはそもそも空気中の酸素と反応して自然発火するという特徴があります。もう、わかりますよね」
「つまり、二リン化三カルシウムを水と接触させるとホスフィンが発生する。そのホスフィンが空気中に存在する酸素と反応して火を起こすってわけだな」
 やはり、登松刑事は頭が良い。私の雑な説明でもよく理解してくれる。
「その通りです、登松刑事。しかし、これだけではここの窓から目視できるほど大きな炎はあがりません。おそらく、石油でも混ぜたんでしょうね。それを、適当な人間に金でも掴ませて海に撒かせたんでしょ」
 そう、ここで疑問になってくるのはなぜここまでのことをして不知火を発生させたのかということだ。正直、手間で言えば西野博士を殺害したトリックよりもよっぽど手が凝っている。
「それは私たちへ無意識のうちにこう考えさせたかったんです。この殺人は不知火の伝承によるものか、もしくはそれになぞらえたもの。つまりは、被害者たちの死因がすべて焼死であると」
「思わせたかったって、みんな死因は焼死なんだから意味はないんじゃ?」
 副島さんの疑問はもっともだった。しかし、それが犯人の思惑 どおりに操られている。
 それが、最も大きなトリックであり、一連の事件において焼死と誤認させることで警察を攪乱した。
「次にそれぞれの殺人事件について、まずは最も完璧なロジックを用いた犯行である西野博士を殺害したやり方から。西野博士が亡くなった状況を簡単にではありますが振り返ります。時刻は夜で、ほとんどの人が自室にいる状態でした。そんな中で、まずは皆さんの部屋でスプリンクラーが作動したと思います。その時に、皆さんは火災だと思ってとりあえず状況の確認をしようと部屋を出た」
 これは当然の行動だ。私も開放型スプリンクラーの仕組みを知らなかったけど同じように行動している。スプリンクラーが作動して、自室で何も起こっていないということは建物内のどこかで火災が発生したと考えるのが必然だ。
「その次の瞬間に、爆発音が響き渡ります。みなさん、怯えながら慌てて音のした方へと向かいました。そこには遺体となった西野博士がいた。その体は爆発のせいか体の部分部分が吹き飛び、とても見ていられるものではありませんでした」
 これが事件発生前後、五分ほどの流れである。
 しかし、この考え方ではこの事件は解決できない。発想の転換が必要である。
「新見博士。あなたなら西野博士はどういう風に亡くなられたと思いますか?」
「そうですね。おそらく、犯人の仕込んだ爆発物が元々、部屋の中にあってそれに引火してドカン! じゃないんですか?」
 その理論は、当然だろう。まあ、普通はそう考える。
「実はその考え方が間違いなんですよ。長岡博士、開放型スプリンクラーの説明をしてくれませんか?」
 私が長岡博士の目を見て言うと、長岡博士は面倒くさそうに話を始めた。
「こういう研究所や倉庫などでは、火の手が広がるのを防ぐために火災が発生すると決められた区間内でスプリンクラーが作動して水が放出されることになっている」
「そうですよね。それが鍵なんです」
 私の言葉に全員が首を傾げた。私はそれを取り繕うように話を続ける。
「犯人はスプリンクラーを利用して火を発生させたんです。そして、それが爆発物に引火してドカン!」
 私がドカンの部分を強めて言うと、副島さんは背をビクンと震わせた。
「どういうことだ? スプリンクラーはどちらかと言えば火災が広がらないようにするための機械なんだが」
 そうだ。犯人はその先入観を利用した。
 これは、常識を疑うことが始めなければ解けないトリック。しかし、その常識を疑える人間は天才と呼ばれる。そんな人間がぞろぞろいるわけではない。探偵さんがこの事件にかかわってくれたのは幸運だっただろう。
「確かに、新見博士が言ったとおりです。スプリンクラーの役目は火災を感知してその広がりを防止するためです。最も簡単に言えば、火災発生からスプリンクラーの作動というのが普通の順番ですね。ですが、今回は違います。西野博士が殺害した時に起きたのは、火災感知器が作動してスプリンクラーが作動。そして、それによって西野博士の部屋で火災が発生。それが引火して爆発したという流れになります」
「ん? どういうことですか。火災は二度、発生したんですか?」
 岩塚さんが的確な質問をしてきた。
「そうです。その通りです。しかし、一度目の火災は決して火災とまで言えるようなものではありません。犯人の行動は、まず自室にて火災を感知させる。警察の方々に調べていただいたところ、ここの研究所に設置されている火災感知器は定温式スポット型です。これは火災感知器の周りで温度が上昇すると、作動するシステムになっています。つまりは、火災など発生させなくても例えばライターなどを近づけることで火災感知器を意図的に起動し、スプリンクラーを区間内で作動させることができます」
 部屋にいる全員が、私がそれまでにした説明には納得していた。しかし、納得すれば新しい疑問が生まれてくる。
「でも、スプリンクラーを作動させることがどうして西野博士の部屋で火災を起こすことにつながるんですか?」
 井野さんがそんな疑問を漏らした。私はそれに答える。
「そこで、先ほど説明した禁水性物質が再び出てきます。手軽なものとしては乾燥材や駅弁の発熱材などに用いられる生石灰ですね。犯人はこれを利用しました。この研究所にある物質を使えば、知識さえあれば容易に作り出せますから」
「でも、それだけでは西野博士を殺害することには至らないと思うんですけども」
「そうです。そこでもう一工夫。部屋の上部に集まるように爆発性のガスを撒いておけばいいんですよ。条件としては空気よりも軽いこと。空気のモル数が二十九なのでそれ以下である必要がありますね。条件を満たすのは水素、メタンあたりでしょうか」
 このあたりから、向けられる視線が明らかに変化していった。
「なるほど、それに引火すると爆発が起こりますね」
「そうです。実際に西野博士の遺体は体の上部に損傷が激しかった。つまり、部屋の上部で爆発が起こったことが推測できます。しかし、よく考えられたトリックです。犯人が西野博士を殺害するときに行ったことと言えば、自室でライターを火災感知器に近づけるだけ。これなら、誰のアリバイも意味を成さない」
「じゃあ、この犯行から犯人を推測することは?」
 甲斐博士が私に聞く。きっと、予想はついているのだろう。
「不可能ですね。犯人は、自分を容疑者の圏内から逃がすよりも全員を容疑者にする状況を作り出した。現実的に考えて、これが最も現実的な完全犯罪のやり方です」

「続いて、大庭博士を殺害したトリックです。流れとしては突然、大庭博士の部屋で爆発が起こりました。それを聞いて駆けつけると大庭博士の部屋からは黒煙が立ち上っていました。それのせいで私たちは現場に近づくことはできませんでした。それは、およそ五分から十分ほどかかっていたように思います。ただ、実はここに新たな証言が加わりました。どうやら、煙自体はその二十分ほど前からずっと部屋から立ち上っていたらしいんです。これは、近隣住民の方による証言ですね」
 近隣住民とは言ってもかなり研究所からは距離があるので、副島さんたちも顔を知らない相手だろう。
「どういうことだ? 大庭博士が殺害される前の段階ですでに火災は発生していたというのか。なら、どうして誰もそれに気が付かない?」
「そうですね。そして、大庭博士の部屋でもう一つ不自然な点がありました。なぜかわかりませんが、大庭博士の部屋では冷房が切れていました。それが、大庭博士が亡くなる三十分ほど前の事です。この暑さで冷房も効いていない部屋にいるのはあまりにも不自然です。なら、考えられることは一つ。大庭博士が部屋の前で亡くなっていたことも踏まえると、部屋に戻ってきた瞬間に死亡したと思うのが自然です」
「つまり、部屋で火災が発生している状況かつ冷房はついていなかった。そのときに大庭博士が部屋に戻ってくると殺害されたということか」
「その通りです、登松刑事。ただ、ここで冷房を切ることには二つの意味がありました。一つは、大庭博士を部屋から出すため。部屋には冷房の他に体を冷やすことができるようなものは存在しません。なら、早急に解決するためには部屋から出るのが早いです。おそらく、向かった先は一階ではないですかね。所員さんになんとか冷房を直してもらおうとしたはずです」
「確かに、大庭博士はこちらにきて冷房を直してくれと言っていましたね。ただ、僕たちも忙しかったので後にしますと言いましたけど」
 そう井野さんが証言してくれた。これで、大庭博士が部屋を出てから戻ってくるということが証明された。
「じゃあ、もう一つの理由は?」
「もう一つの理由は、部屋を密閉状態に保つためです。冷房は配管を通して空気を循環させる効果もあります。また、それまで冷房を使っていたのでおそらく窓を閉め切っていたんでしょう。これで、完璧とはいえないまでも空気の循環がかなり少ない部屋が完成します」
 それがどういうことにつながるのか、ここで勘のいいひとならば気づくかもしれない。そう、密閉状態の部屋に入ったことで大庭博士は吹き飛ばされて亡くなったのだ。
「そう、バックドラフト現象です。犯人は意図的にバックドラフト現象が発生するように仕組んで大庭博士を殺害したんです」
 バックドラフトは名前だけが先行して有名な現象ではあるが、実態はとても恐ろしい。燻っていた炎が勢いを増して襲い掛かってくるような現象だ。
「ああ、確かに大庭さんは特に体の前方には損傷が目立っていましたね」
 岩塚さんに言われると、私もその遺体を思い出した。確かに、顔はやけただれて体型から大庭博士だと判断したけれど、閉鎖した環境でなければ身元の確認はスムーズにはいかなかっただろう。
「でも、大庭博士は部屋の中で火災が発生しているとは気が付かなかったのか?」
 確かにそうだ。近隣住民が遠くから見ても白い煙が立ち上っているとわかるほどなのだから大庭博士が異変を感じて避難してもおかしくない。
「ここの建物はすべて、金属製のドアでできています。もちろん、ドアと壁の隙間にはわずかに隙間が空いていますから普通はそこから空気が漏れるはずです。しかし、中で発生していたのは火災。金属は熱を通す性質と共に、熱によって膨張するという性質も持ち合わせている。熱によって膨張した金属製のドアがそのわずかな隙間をふさいだせいでより完璧な密閉状態を、そしてより確実に大庭博士を殺害する殺人装置が完成したんですよ」
「殺人装置……」
 私の表現に甲斐博士は言葉を失っていた。確かに、言い方はいろいろとあったが準備さえしておけば後は人の命を奪うだけのものを殺人装置以外で表現する言葉が思いつかなった。
「犯人の流れとしてはこうですね。まず、大庭博士の部屋にある冷房を停止させる。これで、大庭博士を外に出して、その部屋に放火します。そしてドアを閉め切ると密閉状態となった炎は不完全燃焼し、部屋の中には大量の一酸化炭素が充満します。そうとは知らずに部屋へと戻ってきた大庭博士。何も気が付かずにドアを開きます。おそらく、ドアノブには細工がしてあって熱を通さない素材に変えていたんでしょう。それも、爆発で証拠は消される。これも、完璧なロジックです」
「でも、それなら冷房を消すことのできた人物が犯人だということか?」
 登松刑事が自信満々に言う。しかし、それは間違いだ。確かに、冷房を消した人間が犯人ではあるが、そこで絞り込むことはできない。
「基本的にホテルや学校などでは冷房は部屋ごとの管理と一元管理の二つのシステムで冷房をつけたり消したりすることができます。それは、大学教授を務めている方ならご存じでしょう。ならば、所員の方でなくても一元管理してある冷房システムから大庭博士の部屋だけスイッチを切ることはできます。ここでも、犯人の絞り込みはできません」
 大庭博士の殺害時点でアリバイは存在しておらず、そのせいで放火をした時からも犯人を絞り込むことはできない。しかし、それは火野博士を殺害したトリックから明らかになる。


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 長岡博士は私たちに聞こえるように独り言をつぶやく。やはり、この部屋は全体に声が通りやすくなっているようだ。
 これは今からの私にとってはありがたい。長岡博士の悪態なんてどうでもよかった。ちょうど部屋に入ってきた長岡博士が最後の来客だったため、私はマイクのスイッチを入れて話を始めた。
「まずは、急な呼び出しにも関わらずにお集まりいただきましてありがとうございます」
 私はそう言って深々と頭を下げた。これはいつも研究成果を発表するときにしていることだ。そう言い聞かせて、私は心の安定を求める。
「で、何があったんですか? それこそ、一連の事件が解決したとでも?」
 長岡博士は文句をつぶやく。ドアの近くでちょうど私の正面にいる長岡博士の事は無視して話を続ける。
「はい、その通りです」
 こう言った瞬間から、部屋の中心にいる私の周りがざわざわとし始める。それは驚きの声ばかりだった。当たり前だろう。
「火野博士が何者かによって殺害されたことから始まった一連の事件は、すべて解決しました。これから、その手法を説明しようと思います」
「それは、どういうことですか?」
 そう問いかけたのは新見博士だった。私がドアの方向を向いていて、ちょうど三時の方向からその声が聞こえる。
「どういうことって、そのままの意味ですよ。事件が解決したんです」
 私はひたすらに、淡々と話すことを意識していた。
「へぇ、こんなことが本当にあるのね。渡橋さん、恰好いいわよ」
 甲斐博士が私を茶化すように言った。私は笑顔で会釈する。
 その余裕が、私が言っていることが本当だと信じさせるには十分だったのだろう。先ほどとは少し違った種類の喧噪へと変わっていく。
 探偵さんに言われたとおりだ。説明するときには余裕をもって淡々と。人が興味を持てない話題ならば抑揚やテンポで注目を惹く必要があるけど、全員が注目している状態ならば必要ない。むしろ、話が真実であるかどうかわからない状態ならば、変に注目を惹こうとすると詐欺師みたいに見えるとアドバイスをもらったのだ。
「しかし、なぜ渡橋さんがそれを話すの、登松刑事?」
 甲斐博士は訝しむように登松刑事のほうを見た。彼は立場がないのだろう、しゅんとしている。私はそれを庇うように話し始めた。
「このトリックは登松刑事も知りません。私ともう一人が協力して解決させました。そのため、登松刑事も事件の全容は知りません」
 そう言うと、さらにざわめきは大きくなる。当然だろう。自分で言うのも癪だけど、こんな小娘が不可解な連続殺人を解き明かすなんてそれこそフィクションの世界である。
「どういうこと? 渡橋さんともう一人、その誰かが火野博士、西野博士、大庭博士を殺害した方法を解き明かしたの?」
 私は表情を変えないように注意しつつ、冷静に肯定する言葉を述べる。
 しかし、その飄々とした態度がここまで自分の身を守るために気を張っていた長岡博士の癇に障ったのかもしれない。若干の怒気を交えながら
「なら、さっそく教えてくれよ。犯人とやらの名前を」
 そう言われて全員の注目がより強い私に視線を向けてくる。私はそれに少しひるんだが、なんとか立て直す。
「その前に、事件の解決に貢献してくれたもう一人と電話を繋ぎたいと思います」
 そう言って、携帯電話を操作する。しかし……
「あれ?」
 コール音がいくら鳴っても、探偵さんは電話に出ない。私が焦る気持ちを募らせるのと同時に、周りからは不思議そうにしている声が聞こえてくる。
 私は不安で嫌な汗がだらだらと流れる。携帯電話を持つ手は少し震えていたが、コール音は鳴りやまない。
「渡橋さん、大丈夫? 顔色も優れないように見えるけども」
 副島さんが私を気遣う声をかけてくれる。その時、コール音が鳴りやんだ。私はあわてて携帯電話を耳に当てる。しかし、あの声は聞こえてこなかった。私は携帯電話の調子が悪いのかと確認する。
『電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため繋がりません』
 画面には無情なメッセージが表示されていた。私の思考は停止する。
「大丈夫ですか?」
 ただ事ではないことを察したのか、井野さんや岩塚さんも心配してくれる。
「落ち着いて、ほら深呼吸」
 副島さんが私の背中をさすってくれたことで、私はなんとか正気を取り戻す。
 そして、一つの覚悟を決めた。
 私だって、すべてのトリックは知っている。探偵さんに頼らずとも、この場を収めて犯人を捕まえてみせるという覚悟を。
「まずは、火野博士たちが殺害された方法よりも、その直前に発生した不知火について説明をしていこうと思います」
「不知火? ああ、あれか」
 長岡博士があきれるように言った。しかし、彼の嫌うものはあくまで非科学的、非現実的なものだ。しかし、今回の不知火現象は全て人為的に化学の力を使って引き起こされたものである。彼も納得させられるだけの説明は用意している。
「まあ、犯人の意図は後から説明するとしてまずは不知火を発生させる方法を解説します。みなさんは、ギリシア火薬という言葉を知っていますか?」
 みんな、それぞれに首を横にふる。もちろん、それは犯人も同じく。私はそれを確認して話をつづけた。
「ギリシア火薬というのは簡単に言えば、海の上でも燃える焼夷兵器です。水に反応して燃えるといったほうが正しいですけどね」
「水に反応して燃焼する? そんなものがあるんですか?」
 登松刑事は頭の上に疑問符を浮かべる。まあ、水で火が発生するなんてイメージが湧かなくて当然だろう。しかし、さすがは研究者なだけあって気づいたようである。
「禁水性物質ね」
 甲斐博士が声に出した。その声でみんな納得したように頷いている。
「その通りです。刑事さんたちにもわかるように説明すると、禁水性物質とは水に反応して発熱、発火する物質のことです。代表的なものは、金属カリウムや炭化カルシウム。そして、危険物第三類に指定されているものの総称です」
 これは、自分の言葉に信ぴょう性を持たせるためにさっき調べたサイトに出てきた、付け焼刃の知識だ。まあ、何か間違いがあれば誰かが訂正してくれるだろう。
「それがどうしたんですか? 確かに禁水性物質なら海上で発火させることもできるでしょうけど、あんなに大きな炎を発生させるのはアルカリ金属類では不可能ですよ」
 確かに、新見博士の言う通りだった。そもそも、窓からくっきりと見えるほど強い勢いで炎を発生、持続させるには相当な量の禁水性物質が必要になる。
「その通りです。あそこまで大きな炎は、生石灰は愚かほとんどの禁水性物質単体では発生させることができません。そもそも、ギリシア火薬がロストテクノロジーと化してすでにその製法は誰にもわかりません。ですが、それらしきものを再現することは十分に可能です」
「ホスフィンか」
 長岡博士がどこか悔しそうに言った。先ほどまで超常現象などの類だと心の内で馬鹿にしていたものが、自身の崇拝する化学現象によるものだと明かされていくのは良い気がしないだろう。
「その通りです。しかし、ホスフィンではなくまずは二リン化三カルシウムから解説する必要がありますね。ちなみに、二リン化三カルシウムを製造するにはカーバイドと五酸化二リンを反応させることが必要ですが、ここの研究所にある薬品と設備を使用すれば簡単ですね。話を戻します。二リン化三カルシウム最大の特徴は水に反応してホスフィンを発生させることです」
「その、さっきからホスフィンって言っているのはいったいなんなんだ?」
「ホスフィンとはリン化した水素のことです。名前はどちらかと言えば毒物として有名で、毒物及び劇物取締法において、医薬用外毒物の指定を受けているほどです。ま、人を殺害するのにも十分有用な物質ですね。しかし、ホスフィンはそもそも空気中の酸素と反応して自然発火するという特徴があります。もう、わかりますよね」
「つまり、二リン化三カルシウムを水と接触させるとホスフィンが発生する。そのホスフィンが空気中に存在する酸素と反応して火を起こすってわけだな」
 やはり、登松刑事は頭が良い。私の雑な説明でもよく理解してくれる。
「その通りです、登松刑事。しかし、これだけではここの窓から目視できるほど大きな炎はあがりません。おそらく、石油でも混ぜたんでしょうね。それを、適当な人間に金でも掴ませて海に撒かせたんでしょ」
 そう、ここで疑問になってくるのはなぜここまでのことをして不知火を発生させたのかということだ。正直、手間で言えば西野博士を殺害したトリックよりもよっぽど手が凝っている。
「それは私たちへ無意識のうちにこう考えさせたかったんです。この殺人は不知火の伝承によるものか、もしくはそれになぞらえたもの。つまりは、被害者たちの死因がすべて焼死であると」
「思わせたかったって、みんな死因は焼死なんだから意味はないんじゃ?」
 副島さんの疑問はもっともだった。しかし、それが犯人の思惑 どおりに操られている。
 それが、最も大きなトリックであり、一連の事件において焼死と誤認させることで警察を攪乱した。
「次にそれぞれの殺人事件について、まずは最も完璧なロジックを用いた犯行である西野博士を殺害したやり方から。西野博士が亡くなった状況を簡単にではありますが振り返ります。時刻は夜で、ほとんどの人が自室にいる状態でした。そんな中で、まずは皆さんの部屋でスプリンクラーが作動したと思います。その時に、皆さんは火災だと思ってとりあえず状況の確認をしようと部屋を出た」
 これは当然の行動だ。私も開放型スプリンクラーの仕組みを知らなかったけど同じように行動している。スプリンクラーが作動して、自室で何も起こっていないということは建物内のどこかで火災が発生したと考えるのが必然だ。
「その次の瞬間に、爆発音が響き渡ります。みなさん、怯えながら慌てて音のした方へと向かいました。そこには遺体となった西野博士がいた。その体は爆発のせいか体の部分部分が吹き飛び、とても見ていられるものではありませんでした」
 これが事件発生前後、五分ほどの流れである。
 しかし、この考え方ではこの事件は解決できない。発想の転換が必要である。
「新見博士。あなたなら西野博士はどういう風に亡くなられたと思いますか?」
「そうですね。おそらく、犯人の仕込んだ爆発物が元々、部屋の中にあってそれに引火してドカン! じゃないんですか?」
 その理論は、当然だろう。まあ、普通はそう考える。
「実はその考え方が間違いなんですよ。長岡博士、開放型スプリンクラーの説明をしてくれませんか?」
 私が長岡博士の目を見て言うと、長岡博士は面倒くさそうに話を始めた。
「こういう研究所や倉庫などでは、火の手が広がるのを防ぐために火災が発生すると決められた区間内でスプリンクラーが作動して水が放出されることになっている」
「そうですよね。それが鍵なんです」
 私の言葉に全員が首を傾げた。私はそれを取り繕うように話を続ける。
「犯人はスプリンクラーを利用して火を発生させたんです。そして、それが爆発物に引火してドカン!」
 私がドカンの部分を強めて言うと、副島さんは背をビクンと震わせた。
「どういうことだ? スプリンクラーはどちらかと言えば火災が広がらないようにするための機械なんだが」
 そうだ。犯人はその先入観を利用した。
 これは、常識を疑うことが始めなければ解けないトリック。しかし、その常識を疑える人間は天才と呼ばれる。そんな人間がぞろぞろいるわけではない。探偵さんがこの事件にかかわってくれたのは幸運だっただろう。
「確かに、新見博士が言ったとおりです。スプリンクラーの役目は火災を感知してその広がりを防止するためです。最も簡単に言えば、火災発生からスプリンクラーの作動というのが普通の順番ですね。ですが、今回は違います。西野博士が殺害した時に起きたのは、火災感知器が作動してスプリンクラーが作動。そして、それによって西野博士の部屋で火災が発生。それが引火して爆発したという流れになります」
「ん? どういうことですか。火災は二度、発生したんですか?」
 岩塚さんが的確な質問をしてきた。
「そうです。その通りです。しかし、一度目の火災は決して火災とまで言えるようなものではありません。犯人の行動は、まず自室にて火災を感知させる。警察の方々に調べていただいたところ、ここの研究所に設置されている火災感知器は定温式スポット型です。これは火災感知器の周りで温度が上昇すると、作動するシステムになっています。つまりは、火災など発生させなくても例えばライターなどを近づけることで火災感知器を意図的に起動し、スプリンクラーを区間内で作動させることができます」
 部屋にいる全員が、私がそれまでにした説明には納得していた。しかし、納得すれば新しい疑問が生まれてくる。
「でも、スプリンクラーを作動させることがどうして西野博士の部屋で火災を起こすことにつながるんですか?」
 井野さんがそんな疑問を漏らした。私はそれに答える。
「そこで、先ほど説明した禁水性物質が再び出てきます。手軽なものとしては乾燥材や駅弁の発熱材などに用いられる生石灰ですね。犯人はこれを利用しました。この研究所にある物質を使えば、知識さえあれば容易に作り出せますから」
「でも、それだけでは西野博士を殺害することには至らないと思うんですけども」
「そうです。そこでもう一工夫。部屋の上部に集まるように爆発性のガスを撒いておけばいいんですよ。条件としては空気よりも軽いこと。空気のモル数が二十九なのでそれ以下である必要がありますね。条件を満たすのは水素、メタンあたりでしょうか」
 このあたりから、向けられる視線が明らかに変化していった。
「なるほど、それに引火すると爆発が起こりますね」
「そうです。実際に西野博士の遺体は体の上部に損傷が激しかった。つまり、部屋の上部で爆発が起こったことが推測できます。しかし、よく考えられたトリックです。犯人が西野博士を殺害するときに行ったことと言えば、自室でライターを火災感知器に近づけるだけ。これなら、誰のアリバイも意味を成さない」
「じゃあ、この犯行から犯人を推測することは?」
 甲斐博士が私に聞く。きっと、予想はついているのだろう。
「不可能ですね。犯人は、自分を容疑者の圏内から逃がすよりも全員を容疑者にする状況を作り出した。現実的に考えて、これが最も現実的な完全犯罪のやり方です」
「続いて、大庭博士を殺害したトリックです。流れとしては突然、大庭博士の部屋で爆発が起こりました。それを聞いて駆けつけると大庭博士の部屋からは黒煙が立ち上っていました。それのせいで私たちは現場に近づくことはできませんでした。それは、およそ五分から十分ほどかかっていたように思います。ただ、実はここに新たな証言が加わりました。どうやら、煙自体はその二十分ほど前からずっと部屋から立ち上っていたらしいんです。これは、近隣住民の方による証言ですね」
 近隣住民とは言ってもかなり研究所からは距離があるので、副島さんたちも顔を知らない相手だろう。
「どういうことだ? 大庭博士が殺害される前の段階ですでに火災は発生していたというのか。なら、どうして誰もそれに気が付かない?」
「そうですね。そして、大庭博士の部屋でもう一つ不自然な点がありました。なぜかわかりませんが、大庭博士の部屋では冷房が切れていました。それが、大庭博士が亡くなる三十分ほど前の事です。この暑さで冷房も効いていない部屋にいるのはあまりにも不自然です。なら、考えられることは一つ。大庭博士が部屋の前で亡くなっていたことも踏まえると、部屋に戻ってきた瞬間に死亡したと思うのが自然です」
「つまり、部屋で火災が発生している状況かつ冷房はついていなかった。そのときに大庭博士が部屋に戻ってくると殺害されたということか」
「その通りです、登松刑事。ただ、ここで冷房を切ることには二つの意味がありました。一つは、大庭博士を部屋から出すため。部屋には冷房の他に体を冷やすことができるようなものは存在しません。なら、早急に解決するためには部屋から出るのが早いです。おそらく、向かった先は一階ではないですかね。所員さんになんとか冷房を直してもらおうとしたはずです」
「確かに、大庭博士はこちらにきて冷房を直してくれと言っていましたね。ただ、僕たちも忙しかったので後にしますと言いましたけど」
 そう井野さんが証言してくれた。これで、大庭博士が部屋を出てから戻ってくるということが証明された。
「じゃあ、もう一つの理由は?」
「もう一つの理由は、部屋を密閉状態に保つためです。冷房は配管を通して空気を循環させる効果もあります。また、それまで冷房を使っていたのでおそらく窓を閉め切っていたんでしょう。これで、完璧とはいえないまでも空気の循環がかなり少ない部屋が完成します」
 それがどういうことにつながるのか、ここで勘のいいひとならば気づくかもしれない。そう、密閉状態の部屋に入ったことで大庭博士は吹き飛ばされて亡くなったのだ。
「そう、バックドラフト現象です。犯人は意図的にバックドラフト現象が発生するように仕組んで大庭博士を殺害したんです」
 バックドラフトは名前だけが先行して有名な現象ではあるが、実態はとても恐ろしい。燻っていた炎が勢いを増して襲い掛かってくるような現象だ。
「ああ、確かに大庭さんは特に体の前方には損傷が目立っていましたね」
 岩塚さんに言われると、私もその遺体を思い出した。確かに、顔はやけただれて体型から大庭博士だと判断したけれど、閉鎖した環境でなければ身元の確認はスムーズにはいかなかっただろう。
「でも、大庭博士は部屋の中で火災が発生しているとは気が付かなかったのか?」
 確かにそうだ。近隣住民が遠くから見ても白い煙が立ち上っているとわかるほどなのだから大庭博士が異変を感じて避難してもおかしくない。
「ここの建物はすべて、金属製のドアでできています。もちろん、ドアと壁の隙間にはわずかに隙間が空いていますから普通はそこから空気が漏れるはずです。しかし、中で発生していたのは火災。金属は熱を通す性質と共に、熱によって膨張するという性質も持ち合わせている。熱によって膨張した金属製のドアがそのわずかな隙間をふさいだせいでより完璧な密閉状態を、そしてより確実に大庭博士を殺害する殺人装置が完成したんですよ」
「殺人装置……」
 私の表現に甲斐博士は言葉を失っていた。確かに、言い方はいろいろとあったが準備さえしておけば後は人の命を奪うだけのものを殺人装置以外で表現する言葉が思いつかなった。
「犯人の流れとしてはこうですね。まず、大庭博士の部屋にある冷房を停止させる。これで、大庭博士を外に出して、その部屋に放火します。そしてドアを閉め切ると密閉状態となった炎は不完全燃焼し、部屋の中には大量の一酸化炭素が充満します。そうとは知らずに部屋へと戻ってきた大庭博士。何も気が付かずにドアを開きます。おそらく、ドアノブには細工がしてあって熱を通さない素材に変えていたんでしょう。それも、爆発で証拠は消される。これも、完璧なロジックです」
「でも、それなら冷房を消すことのできた人物が犯人だということか?」
 登松刑事が自信満々に言う。しかし、それは間違いだ。確かに、冷房を消した人間が犯人ではあるが、そこで絞り込むことはできない。
「基本的にホテルや学校などでは冷房は部屋ごとの管理と一元管理の二つのシステムで冷房をつけたり消したりすることができます。それは、大学教授を務めている方ならご存じでしょう。ならば、所員の方でなくても一元管理してある冷房システムから大庭博士の部屋だけスイッチを切ることはできます。ここでも、犯人の絞り込みはできません」
 大庭博士の殺害時点でアリバイは存在しておらず、そのせいで放火をした時からも犯人を絞り込むことはできない。しかし、それは火野博士を殺害したトリックから明らかになる。