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置き去り

ー/ー



 小学生の頃、そして中学一年の頃を思い返してみる。当時の私は、好きだと感じた男の子に対してどんなふうに振る舞っていたっけ。どんなことを考えていたっけ。真剣に、私は振り返ろうとしている。どれくらい真剣かというと、クローゼットの奥から卒業アルバムを引っ張り出して歴代のお気に入り男子を照会するほどには真剣だった。顔と名前と、こんな感じの喋り方だっけ、という記憶を掘り返すことはできても、当時の自分がどんな心境だったかをうまく思い出すことができない。好きだったのは間違いないんだけど、というぼんやりとした事実だけが手元に残っている。
 どうしてそんなことをしているのかというと、まだ真っ当な方法で男の子と恋愛ごっこをしていたときの自分と今の自分を重ねて、長岡先輩への思いを検証するためだった。なんだか馬鹿みたいなことをしていると、と自分でも思う。けれど、樋渡先輩に乱された心はそれから何日経ってもなかなか元に戻らなくて、かといってそんな悩みを夏芽や璃李依に相談することもできなくて、こうして一人で悶々としてしまっている。
 本当は、うだうだ考えていないでメッセージでも送ればいい。だって、冷静に考えてみれば、私はまだ長岡先輩に恋をしているわけではない。今後のことはともかく、少なくとも今は。だから、今の私は感情の判別がうまくできなくて落ち着かないだけだ。だって、長岡先輩といざ会っても、緊張なんてしない。会話もスムーズにできる。セックスをしたいかどうかは私にとって恋愛感情とうまく結びつくものではないので正確な判断材料にはならないけれど、少なくとも今のところそういう気持ちは起こらない。よって、現段階ではどう検分したって私は恋をしていない。それなのに、どうしていつも思考の隅に彼の気配を感じてしまうんだろう。
 もう、長岡先輩のことを考えるのはやめたほうがいいのかもしれない。思えば、中学の頃を全盛期と定義したのも彼だ。そのせいで、今の私は可能性の芽を一つ積んでしまったんじゃないか。長岡先輩と樋渡先輩は、私にとって悪影響を及ぼす存在なんじゃないか。
 我ながら、笑ってしまうほど清々しい責任転嫁だ。けれど、強引でも、身勝手でもなんでもいい。とにかく私の中で立ちこめる鬱陶しい靄を払ってしまいたい。彼らのことを考えずにいるとスッキリするなら、そうしてしまえばいいじゃない。
 あの二人は、夏芽がお世話になっている先輩。うん。そのスタンスでいこう。
 ネガティブな思考に足を引っ張られた部分もあるけれど、とにかく私は一人で結論を出して、以降、実際にそのことを意識しながら学校生活を送った。夏芽には、バイトが忙しくてボランティア部には顔を出せなくなったと話した。「みーちゃんがいてくれないと寂しいよ」と可愛らしく嘆いていたけれど、バイト代を貯めて両親を温泉旅館に泊まらせてやりたいんだよね、と話したらあっさり納得してくれた。
 長岡先輩は、校内で出くわすと声をかけてくれた。けれど私は、それに対して素っ気なく応じた。罪悪感がないではなかったけれど、それもある程度のもので、けっきょく冬休みに入るまで同じ対応を継続できた。夏芽から、二人が無事に指定校推薦の枠を貰えたことを聞いた。
 クリスマスは夏芽をうちの家に招いてケーキとチキンを食べてプレゼント交換をして、正月は夏芽の家でお節とお雑煮を食べて、おばあちゃんが倉庫から引っ張り出した羽子板で真剣勝負をした。三学期になると三年は自由登校になったせいか、校内で長岡先輩らの姿を見ることもなくなった。
 二月に入って最初の週末、璃李依と三回目の合コンに参加した。私も璃李依もやけに可愛い可愛いと褒められたけれど、やっぱりピンとくる人はいなかった。二次会の話すら出ずに解散となって、璃李依の家に思いがけず泊まることになった。お菓子パーティーをしながら「ああやってチヤホヤしてもらえんのも今だけじゃんね」と変に悟ったようなことを言い合っていたときが一番愉快だった。
「そういや、もうすぐバレンタインだね」
 コアラのマーチの箱を開けながら、璃李依が言った。
「うん」
 と私はハッピーターンを齧りながら頷く。
「ミミ、誰かにあげんの?」
「特に予定はないかな」
「え、もったいな」
「もったいな、ってなに」
「ミミから貰えたらみんな喜ぶのに」
「そんなことないよ」
「あるある。ミミ彼氏いるのって、よく訊かれるもん」
「そんなの直接訊いてこないやつは駄目だ」
「やばっ、イケメン」
 璃李依は誰かにあげるの? と訊ねると、クラスでそこそこ目立っている男の子の名前を挙げた。どうやら密かに片思いしているらしい。彼女に片思いという概念があることがなんだか意外に感じられた。そういうのは不毛だって切り捨ててそうなのに。
「でもさでもさ、あいつ、なっつんのこと気に入ってるっぽいんだよね」
 なっつん、が夏芽のあだ名であることに、少し考えて気がつく。
「へえ」
「なっつんも好きなんかな? ミミ、ちょっと探り入れといてよ」
「多分、あの子の方には好きとかそんな感情ない」
「マジ?」
 さっきまで不安そうにしていたはずが、途端に目の色を輝かせる。この感情のフットワークが軽い感じは、やっぱり夏芽と似ている。
 ああ、だから私、璃李依にはなんとなく気を許せてるのかな。感情の揺れ動きがすでに知ってるパターンだから、変に警戒しなくてもいいやって、無意識のうちに判断しているのかもしれない。
「よかったぁ。てか、なっつんってそもそも好きな人自体いない感じなの?」
「私が知る限りではね」
 夏芽の好きな人。もうすぐ高一も終わってしまうけれど、いまだにあの子の中で恋愛感情が萌す気配はなくって、私はその事実に少なからずホッとしてしまう。
 バレンタイン当日、夏芽と璃李依にゴディバの小箱を友チョコとしてあげた。二人からもお返しをもらった。
「誰か他の人にあげたりした?」
 と夏芽に訊ねると、
「綾さんと聡一郎さん!」
 とにこやかに答えた。その名前を聞いて、もしかしたら長岡先輩にチョコをあげる世界線もあったのかな、と五次元のどこかに存在するかもしれない私のことを思った。



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 小学生の頃、そして中学一年の頃を思い返してみる。当時の私は、好きだと感じた男の子に対してどんなふうに振る舞っていたっけ。どんなことを考えていたっけ。真剣に、私は振り返ろうとしている。どれくらい真剣かというと、クローゼットの奥から卒業アルバムを引っ張り出して歴代のお気に入り男子を照会するほどには真剣だった。顔と名前と、こんな感じの喋り方だっけ、という記憶を掘り返すことはできても、当時の自分がどんな心境だったかをうまく思い出すことができない。好きだったのは間違いないんだけど、というぼんやりとした事実だけが手元に残っている。
 どうしてそんなことをしているのかというと、まだ真っ当な方法で男の子と恋愛ごっこをしていたときの自分と今の自分を重ねて、長岡先輩への思いを検証するためだった。なんだか馬鹿みたいなことをしていると、と自分でも思う。けれど、樋渡先輩に乱された心はそれから何日経ってもなかなか元に戻らなくて、かといってそんな悩みを夏芽や璃李依に相談することもできなくて、こうして一人で悶々としてしまっている。
 本当は、うだうだ考えていないでメッセージでも送ればいい。だって、冷静に考えてみれば、私はまだ長岡先輩に恋をしているわけではない。今後のことはともかく、少なくとも今は。だから、今の私は感情の判別がうまくできなくて落ち着かないだけだ。だって、長岡先輩といざ会っても、緊張なんてしない。会話もスムーズにできる。セックスをしたいかどうかは私にとって恋愛感情とうまく結びつくものではないので正確な判断材料にはならないけれど、少なくとも今のところそういう気持ちは起こらない。よって、現段階ではどう検分したって私は恋をしていない。それなのに、どうしていつも思考の隅に彼の気配を感じてしまうんだろう。
 もう、長岡先輩のことを考えるのはやめたほうがいいのかもしれない。思えば、中学の頃を全盛期と定義したのも彼だ。そのせいで、今の私は可能性の芽を一つ積んでしまったんじゃないか。長岡先輩と樋渡先輩は、私にとって悪影響を及ぼす存在なんじゃないか。
 我ながら、笑ってしまうほど清々しい責任転嫁だ。けれど、強引でも、身勝手でもなんでもいい。とにかく私の中で立ちこめる鬱陶しい靄を払ってしまいたい。彼らのことを考えずにいるとスッキリするなら、そうしてしまえばいいじゃない。
 あの二人は、夏芽がお世話になっている先輩。うん。そのスタンスでいこう。
 ネガティブな思考に足を引っ張られた部分もあるけれど、とにかく私は一人で結論を出して、以降、実際にそのことを意識しながら学校生活を送った。夏芽には、バイトが忙しくてボランティア部には顔を出せなくなったと話した。「みーちゃんがいてくれないと寂しいよ」と可愛らしく嘆いていたけれど、バイト代を貯めて両親を温泉旅館に泊まらせてやりたいんだよね、と話したらあっさり納得してくれた。
 長岡先輩は、校内で出くわすと声をかけてくれた。けれど私は、それに対して素っ気なく応じた。罪悪感がないではなかったけれど、それもある程度のもので、けっきょく冬休みに入るまで同じ対応を継続できた。夏芽から、二人が無事に指定校推薦の枠を貰えたことを聞いた。
 クリスマスは夏芽をうちの家に招いてケーキとチキンを食べてプレゼント交換をして、正月は夏芽の家でお節とお雑煮を食べて、おばあちゃんが倉庫から引っ張り出した羽子板で真剣勝負をした。三学期になると三年は自由登校になったせいか、校内で長岡先輩らの姿を見ることもなくなった。
 二月に入って最初の週末、璃李依と三回目の合コンに参加した。私も璃李依もやけに可愛い可愛いと褒められたけれど、やっぱりピンとくる人はいなかった。二次会の話すら出ずに解散となって、璃李依の家に思いがけず泊まることになった。お菓子パーティーをしながら「ああやってチヤホヤしてもらえんのも今だけじゃんね」と変に悟ったようなことを言い合っていたときが一番愉快だった。
「そういや、もうすぐバレンタインだね」
 コアラのマーチの箱を開けながら、璃李依が言った。
「うん」
 と私はハッピーターンを齧りながら頷く。
「ミミ、誰かにあげんの?」
「特に予定はないかな」
「え、もったいな」
「もったいな、ってなに」
「ミミから貰えたらみんな喜ぶのに」
「そんなことないよ」
「あるある。ミミ彼氏いるのって、よく訊かれるもん」
「そんなの直接訊いてこないやつは駄目だ」
「やばっ、イケメン」
 璃李依は誰かにあげるの? と訊ねると、クラスでそこそこ目立っている男の子の名前を挙げた。どうやら密かに片思いしているらしい。彼女に片思いという概念があることがなんだか意外に感じられた。そういうのは不毛だって切り捨ててそうなのに。
「でもさでもさ、あいつ、なっつんのこと気に入ってるっぽいんだよね」
 なっつん、が夏芽のあだ名であることに、少し考えて気がつく。
「へえ」
「なっつんも好きなんかな? ミミ、ちょっと探り入れといてよ」
「多分、あの子の方には好きとかそんな感情ない」
「マジ?」
 さっきまで不安そうにしていたはずが、途端に目の色を輝かせる。この感情のフットワークが軽い感じは、やっぱり夏芽と似ている。
 ああ、だから私、璃李依にはなんとなく気を許せてるのかな。感情の揺れ動きがすでに知ってるパターンだから、変に警戒しなくてもいいやって、無意識のうちに判断しているのかもしれない。
「よかったぁ。てか、なっつんってそもそも好きな人自体いない感じなの?」
「私が知る限りではね」
 夏芽の好きな人。もうすぐ高一も終わってしまうけれど、いまだにあの子の中で恋愛感情が萌す気配はなくって、私はその事実に少なからずホッとしてしまう。
 バレンタイン当日、夏芽と璃李依にゴディバの小箱を友チョコとしてあげた。二人からもお返しをもらった。
「誰か他の人にあげたりした?」
 と夏芽に訊ねると、
「綾さんと聡一郎さん!」
 とにこやかに答えた。その名前を聞いて、もしかしたら長岡先輩にチョコをあげる世界線もあったのかな、と五次元のどこかに存在するかもしれない私のことを思った。