バズり

ー/ー



 学校においても平穏とパーソナルエリアを守るために、一ヶ月のバイト代の殆どを投資して購入した強力なノイズキャンセリング機能つきのイヤホンを毎日欠かさず装着している僕だけれど、それでも不意をついて飛び込んでくるフレーズがあった。

 ――あたおか瑚春。

 それは、スクールカーストのトップから転落して孤立し、髪をピンク色に染めた阿鷹瑚春の蔑称だった。酷い呼び名だと思う。たしかに現在、彼女の頭髪の色は綺麗を通り越してエキセントリックの領域に入っているけれど、それにしても。

 けれど実際のところ、孤立してからの彼女は、たしかにそれまでの正統派ヒロイン然としたキャラクターからかけ離れた行動をとるようになっていた。

 授業をサボりがちになったり、美術の時間にはデ・キリコを丸パクリしたようなテイストののっぺらぼうの自画像を描いたり、学校指定の鞄にありえない量のストラップをつけてきたり(次の日にはストラップは一つ残らずなくなっていた)。

 どれも些細と言ってしまえば些細な、エピソードとして単体で語るにはいささかパンチが弱いものばかりではあるのだけれど、落ちぶれた元カーストトップの人気者による行為ということもあって、余計に周囲の印象に残ってしまっているのだろう。

 そして、僕が耳にした中で一番意味がわからなかったのは、真夜中の学校で熱唱していた、というものだった。こればっかりは、せっかく彼女との接点が生まれたのだから、直接真相を訊ねてみた。紙ヒコーキを飛ばした日の帰り、僕にとって高校生活初の連絡先交換をあっさり終えてからの別れ際だった。

「ああ、それ。動画撮ってたんだよね」

「熱唱する動画を?」

 僕が訊ねると、阿鷹瑚春はピンク色の髪の毛を揺らして「そう」とあっさり認めた。

「その日さ、学校で気に入ってたヘアピン失くしちゃってね。気づいたのが家に帰ってからだったんだけど、見つかるかどうかもわからないままじっとしてらんなくて、夜の学校に探しに行ったの。落とした場所の見当もなんとなくついてたしね」

「うん」

「で、予想してた場所でちゃんと見つかったから、めっちゃ嬉しくて、なんかテンション上がっちゃって、常夜灯の下で熱唱してる動画撮ったんだ。投稿して、バズったら面白いなって思って」

「色々と脈絡がなさすぎる気がするんだけど、要するにその様子を誰かに見られてたんだ?」

「そうなるね」

 よくわからないけれど、阿鷹瑚春のようなピンク髪美少女が熱唱する動画っていうのは需要があるものなんだろうか。

「確認なんだけど、阿鷹はそれをもう投稿したのか?」

「したんだけど、まったく再生されなかったよ」

 観てみる? と彼女はスマホを取り出し、実際に投稿したという動画を再生してくれる。校舎の壁に取り付けられた常夜灯のかすかな光の下で、阿鷹瑚春はどういうチョイスなのかブルーハーツを歌っていた。甲本ヒロトの歌い方を真似しているんだろうけど、酷い歌声だった。

「ブルーハーツファンに袋叩きにされなかっただけよかったんじゃない」

「えー! ヘアピンが見つかったからちゃんと魂こめて歌ったんだよ?」

「歌唱力以前に、低いところにスマホを置いて撮ってるから画角も悪いし、カメラのナイトモードも弱いしで、この動画における唯一のストロングポイントであるところの阿鷹の顔がちゃんと写ってない。俺はショート動画なんて殆ど観たことないけど、これが舐めたクオリティの動画だってことははっきりわかる」

 ボロカスじゃーん、と阿鷹瑚春は顔をくしゃっと崩して泣き真似をする。

「もう一つ確認なんだけど、阿鷹は顔出しした動画が世間に出回ることには抵抗はないのか?」

「別にないよ。これまでにも一緒にいた子たちと何回か踊ってみた動画撮って公開してるしね。色んな人に可愛いって言ってもらえたらやっぱり嬉しいよ」

「その動画はバズったのか?」

「ううん。別に、可愛い子が踊るだけの動画なんて掃いて捨てるほどあるもん」

「なるほど。なんとなく掴めたよ」

「掴めたって?」

「阿鷹を返り咲かせる方針」

「ほんとに?」

 すご、と目を輝かせる阿鷹瑚春に「週明けの終業式が終わったら、どっかで作戦会議をしよう」と伝えた。そのときまでにある程度プランを固めておくから、と。

 そして終業式を迎えた今日、一年最後のホームルームが終わる直前に、僕は阿鷹瑚春に待ち合わせ場所を伝えるメッセージを送った。

 僕たちが通う高校の裏手には、それなりの敷地面積を誇る緑地公園がある。立地的には生徒が立ち入りやすい場所ではあるのだけど、最寄りのバス停や駅とは反対方向に位置するため、わざわざ放課後に足を向ける生徒はほとんどいない。

 待ち合わせ場所に指定したのは公園の一番奥地にある寂れたビオトープ前のベンチで、阿鷹瑚春は既にそこに座ってスマホをいじっていた。

「遅ーい」

 とスマホから顔を上げて彼女は唇を尖らせる。

「逆に阿鷹はずいぶん早いね」

「だって、今日を楽しみにしてたんだよ。てがみ君が私を返り咲かせる方法を考えてくれたんだから」

「方法じゃなくて方針な」

「どっちでもいいから早く教えてよ」

 このあたりのナチュラルで生意気な態度は、やっぱりカーストのトップでチヤホヤされてきた人間特有のものなんだろうか。それとも僕が舐められているだけなんだろうか。

「簡単に言うと、阿鷹をバズらせる」

 別に勿体ぶるつもりもなかったので、僕は簡潔に結論を告げた。


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 学校においても平穏とパーソナルエリアを守るために、一ヶ月のバイト代の殆どを投資して購入した強力なノイズキャンセリング機能つきのイヤホンを毎日欠かさず装着している僕だけれど、それでも不意をついて飛び込んでくるフレーズがあった。
 ――あたおか瑚春。
 それは、スクールカーストのトップから転落して孤立し、髪をピンク色に染めた阿鷹瑚春の蔑称だった。酷い呼び名だと思う。たしかに現在、彼女の頭髪の色は綺麗を通り越してエキセントリックの領域に入っているけれど、それにしても。
 けれど実際のところ、孤立してからの彼女は、たしかにそれまでの正統派ヒロイン然としたキャラクターからかけ離れた行動をとるようになっていた。
 授業をサボりがちになったり、美術の時間にはデ・キリコを丸パクリしたようなテイストののっぺらぼうの自画像を描いたり、学校指定の鞄にありえない量のストラップをつけてきたり(次の日にはストラップは一つ残らずなくなっていた)。
 どれも些細と言ってしまえば些細な、エピソードとして単体で語るにはいささかパンチが弱いものばかりではあるのだけれど、落ちぶれた元カーストトップの人気者による行為ということもあって、余計に周囲の印象に残ってしまっているのだろう。
 そして、僕が耳にした中で一番意味がわからなかったのは、真夜中の学校で熱唱していた、というものだった。こればっかりは、せっかく彼女との接点が生まれたのだから、直接真相を訊ねてみた。紙ヒコーキを飛ばした日の帰り、僕にとって高校生活初の連絡先交換をあっさり終えてからの別れ際だった。
「ああ、それ。動画撮ってたんだよね」
「熱唱する動画を?」
 僕が訊ねると、阿鷹瑚春はピンク色の髪の毛を揺らして「そう」とあっさり認めた。
「その日さ、学校で気に入ってたヘアピン失くしちゃってね。気づいたのが家に帰ってからだったんだけど、見つかるかどうかもわからないままじっとしてらんなくて、夜の学校に探しに行ったの。落とした場所の見当もなんとなくついてたしね」
「うん」
「で、予想してた場所でちゃんと見つかったから、めっちゃ嬉しくて、なんかテンション上がっちゃって、常夜灯の下で熱唱してる動画撮ったんだ。投稿して、バズったら面白いなって思って」
「色々と脈絡がなさすぎる気がするんだけど、要するにその様子を誰かに見られてたんだ?」
「そうなるね」
 よくわからないけれど、阿鷹瑚春のようなピンク髪美少女が熱唱する動画っていうのは需要があるものなんだろうか。
「確認なんだけど、阿鷹はそれをもう投稿したのか?」
「したんだけど、まったく再生されなかったよ」
 観てみる? と彼女はスマホを取り出し、実際に投稿したという動画を再生してくれる。校舎の壁に取り付けられた常夜灯のかすかな光の下で、阿鷹瑚春はどういうチョイスなのかブルーハーツを歌っていた。甲本ヒロトの歌い方を真似しているんだろうけど、酷い歌声だった。
「ブルーハーツファンに袋叩きにされなかっただけよかったんじゃない」
「えー! ヘアピンが見つかったからちゃんと魂こめて歌ったんだよ?」
「歌唱力以前に、低いところにスマホを置いて撮ってるから画角も悪いし、カメラのナイトモードも弱いしで、この動画における唯一のストロングポイントであるところの阿鷹の顔がちゃんと写ってない。俺はショート動画なんて殆ど観たことないけど、これが舐めたクオリティの動画だってことははっきりわかる」
 ボロカスじゃーん、と阿鷹瑚春は顔をくしゃっと崩して泣き真似をする。
「もう一つ確認なんだけど、阿鷹は顔出しした動画が世間に出回ることには抵抗はないのか?」
「別にないよ。これまでにも一緒にいた子たちと何回か踊ってみた動画撮って公開してるしね。色んな人に可愛いって言ってもらえたらやっぱり嬉しいよ」
「その動画はバズったのか?」
「ううん。別に、可愛い子が踊るだけの動画なんて掃いて捨てるほどあるもん」
「なるほど。なんとなく掴めたよ」
「掴めたって?」
「阿鷹を返り咲かせる方針」
「ほんとに?」
 すご、と目を輝かせる阿鷹瑚春に「週明けの終業式が終わったら、どっかで作戦会議をしよう」と伝えた。そのときまでにある程度プランを固めておくから、と。
 そして終業式を迎えた今日、一年最後のホームルームが終わる直前に、僕は阿鷹瑚春に待ち合わせ場所を伝えるメッセージを送った。
 僕たちが通う高校の裏手には、それなりの敷地面積を誇る緑地公園がある。立地的には生徒が立ち入りやすい場所ではあるのだけど、最寄りのバス停や駅とは反対方向に位置するため、わざわざ放課後に足を向ける生徒はほとんどいない。
 待ち合わせ場所に指定したのは公園の一番奥地にある寂れたビオトープ前のベンチで、阿鷹瑚春は既にそこに座ってスマホをいじっていた。
「遅ーい」
 とスマホから顔を上げて彼女は唇を尖らせる。
「逆に阿鷹はずいぶん早いね」
「だって、今日を楽しみにしてたんだよ。てがみ君が私を返り咲かせる方法を考えてくれたんだから」
「方法じゃなくて方針な」
「どっちでもいいから早く教えてよ」
 このあたりのナチュラルで生意気な態度は、やっぱりカーストのトップでチヤホヤされてきた人間特有のものなんだろうか。それとも僕が舐められているだけなんだろうか。
「簡単に言うと、阿鷹をバズらせる」
 別に勿体ぶるつもりもなかったので、僕は簡潔に結論を告げた。