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第14話 クーリッジ効果①

ー/ー



 ネコ先輩のススメで、上級生のクラス旗の選考過程を見学させてもらったことで、私の中で生物学や心理学への関心は、少しずつ高まりつつあった。

(昆虫のような生き物にも、明確な自己犠牲の精神みたいなものがあるんだ)

 先輩は、「ミツバチの生態については、まだまだ研究途上なので、人間社会との関係性を明言することはできない」と言っていたけど、穏やかなクラス生活のために、自分の主張を抑えつつ、大事な仲間のプライドを守った桑来(くわき)さんの言動は、たしかに、ミツバチの社会における役割分担に似ていて興味深いと感じられた。

(心理学はモチロンだけど、生物学って、案外オモシロイのかも……)

 そんなことを考えながら、私は次の日も、第二理科準備室に向かったんだけど――――――。

 そこでは、女性教師とネコ先輩が、なにやら言い争いをしているようだった。

「だからね、朱令陣さん。活動実績の無い同好会が放課後に、この第二理科室を使い続けるのは問題があると言われているの」

「宇佐美先生、我が生物心理学研究会は、まだメンバーを募集中なのです。少しずつ部員も集まってきているので、もう少しだけ待ってもらえませんかね?」

「そう言われてもね……同好会と言っても、なにかしら活動実績のようなものがないと――――――」

「では、こう言うのはどうでしょう? ワタシたちの生物学や心理学の知見を活かして、全校生徒のお悩み相談に対応するというのは? 試しに、先生のお悩みもワタシたちの知見で解決してみせますよ? 我が生物心理学研究会には、優秀な一年生も興味を持ってくれていますし。そう、ちょうど、そこにいる彼女のように……」

 ネコ先輩は、そう言って、第二理科室のドアのところで入室をためらっていた私を指差した。
 突然、室内から指を差されたので驚いたけど、学校の先生がいるということで、私は、なんとか態度を取り繕って、あいさつをする。

「はじめまして、1年1組の音無音寿子と言います」

「はじめまして、音無さん。私は、2年1組の担任をしている宇佐美美子(うさみみこ)よ。あなた、生物心理学研究会の活動に興味があるの?」

「はい……最初は、朱令陣先輩に、強引にこの場所に連れて来られた感じだったんですけど……先輩に話しを聞いて、少しずつ生物学や心理学に興味が出てきたところです。動物の活動や心理学の実験は、自分たちの何気ない行動を」

「あら、そうなの……それなら……」

 そう答えて、何事かを思案している宇佐美先生を眺めながら、私はあることに気づいた。

(2年1組の担任ということは……昨日のクラス旗のデザイン案にあったイラストは、この先生なんだ)

 その事実だけで、宇佐美先生が、2年生の生徒たちに慕われているのだろう、ということがわかる。私が、そんなことを考えていると、クラスの教え子からミミちゃん先生と呼ばれていた担任の先生は、慎重なようすで口を開いた。

「この相談内容は、プライバシーに配慮してもらえるのよね?」

「えぇ、もちろんです」

「それじゃ、相談なんけど……私、付き合い始めて四年目になる年下の彼がいるの。その彼が、最近、()()()()()()()()()()()()()……生物学とか心理学に詳しいなら、()()()()()()()()()()()()()を教えてくれない?」

「はあっ!?」

 私は、思わず声を上げる。いくら、プライバシーに配慮する相談事とは言え、生徒に対して、なんちゅうことをぶっちゃけているんだ――――――!?

 しかし、真剣な眼差しの相談主と、その相談に答える回答者には、私の声も心の叫びも、まったく届いていないようだった。

「ふむふむ……宇佐美先生、もしかして、その長い付き合いの恋人とは、同棲あるいはそれに近い関係にあるのではありませんか?」

「えっ? えぇ、そうよ。よくわかったわね? 彼とは一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になるわ」

「そして、一緒に住み始めた当初は、彼氏さんも夜はお盛んだったと……?」

 なんだ、そのセリフは、昭和時代のオッサンか……?
 この先輩が、自分と1つしか歳が離れていないという事実を、私はいまだに信じられない。ただ、そんな心の中のツッコミに反して、ネコ先輩の指摘は的を射ていたのか、宇佐美先生は、二の句が継げない、というように無言でコクコクとうなずいてみせた。
 
 そうして、先輩は自分のクラスの担任教師に自信満々に告げる。

「それなら、答えは簡単です。生物学と心理学の知見から察するに、この状況は、クーリッジ効果という言葉で説明できるでしょう」

「「クーリッジ効果?」」

 私と宇佐美先生の声が重なる。

「この言葉は、行動神経内分泌学者のフランク・A・ビーチが1955年に著書で言及したのが初出で、彼の教え子である学生のうちの一人が、心理学の研究会で提案してくれたものだそうです。彼は、この新しい言葉の元ネタをこんなエピソードから引用したと言われています」

 ◆

 カルビン・クーリッジが大統領だった時の古い小噺がある。大統領とその夫人が、別々に官営の実験農場を見学した。夫人は鶏舎に来て、雄鶏が何度も盛んに雌鶏とつがっているのを見た。
 夫人は随行員にその頻度を尋ねたところ、

「毎日、何十回とです」

と聞かされ、

「主人にその話をしてやってちょうだい」

と言い置いた。さて、大統領はその話を聞かされて随行員に尋ねた。

「毎回同じ雌鶏とかい?」
「ああ違います、大統領。毎回違う雌鶏とです」
「では、家内にその話をしてやってくれ」

 ◆
 
 なんだ、小噺につきものの、艶笑ネタか――――――。
 わたしは、くだらないネタだと、あきれるだけだったんだけど……。

 なぜか、宇佐美先生は、図星を突かれたように呆然と立ち尽くしていた。


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 ネコ先輩のススメで、上級生のクラス旗の選考過程を見学させてもらったことで、私の中で生物学や心理学への関心は、少しずつ高まりつつあった。
(昆虫のような生き物にも、明確な自己犠牲の精神みたいなものがあるんだ)
 先輩は、「ミツバチの生態については、まだまだ研究途上なので、人間社会との関係性を明言することはできない」と言っていたけど、穏やかなクラス生活のために、自分の主張を抑えつつ、大事な仲間のプライドを守った|桑来《くわき》さんの言動は、たしかに、ミツバチの社会における役割分担に似ていて興味深いと感じられた。
(心理学はモチロンだけど、生物学って、案外オモシロイのかも……)
 そんなことを考えながら、私は次の日も、第二理科準備室に向かったんだけど――――――。
 そこでは、女性教師とネコ先輩が、なにやら言い争いをしているようだった。
「だからね、朱令陣さん。活動実績の無い同好会が放課後に、この第二理科室を使い続けるのは問題があると言われているの」
「宇佐美先生、我が生物心理学研究会は、まだメンバーを募集中なのです。少しずつ部員も集まってきているので、もう少しだけ待ってもらえませんかね?」
「そう言われてもね……同好会と言っても、なにかしら活動実績のようなものがないと――――――」
「では、こう言うのはどうでしょう? ワタシたちの生物学や心理学の知見を活かして、全校生徒のお悩み相談に対応するというのは? 試しに、先生のお悩みもワタシたちの知見で解決してみせますよ? 我が生物心理学研究会には、優秀な一年生も興味を持ってくれていますし。そう、ちょうど、そこにいる彼女のように……」
 ネコ先輩は、そう言って、第二理科室のドアのところで入室をためらっていた私を指差した。
 突然、室内から指を差されたので驚いたけど、学校の先生がいるということで、私は、なんとか態度を取り繕って、あいさつをする。
「はじめまして、1年1組の音無音寿子と言います」
「はじめまして、音無さん。私は、2年1組の担任をしている|宇佐美美子《うさみみこ》よ。あなた、生物心理学研究会の活動に興味があるの?」
「はい……最初は、朱令陣先輩に、強引にこの場所に連れて来られた感じだったんですけど……先輩に話しを聞いて、少しずつ生物学や心理学に興味が出てきたところです。動物の活動や心理学の実験は、自分たちの何気ない行動を」
「あら、そうなの……それなら……」
 そう答えて、何事かを思案している宇佐美先生を眺めながら、私はあることに気づいた。
(2年1組の担任ということは……昨日のクラス旗のデザイン案にあったイラストは、この先生なんだ)
 その事実だけで、宇佐美先生が、2年生の生徒たちに慕われているのだろう、ということがわかる。私が、そんなことを考えていると、クラスの教え子からミミちゃん先生と呼ばれていた担任の先生は、慎重なようすで口を開いた。
「この相談内容は、プライバシーに配慮してもらえるのよね?」
「えぇ、もちろんです」
「それじゃ、相談なんけど……私、付き合い始めて四年目になる年下の彼がいるの。その彼が、最近、|夜《・》|の《・》|元《・》|気《・》|が《・》|無《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|ち《・》|ゃ《・》|っ《・》|て《・》……生物学とか心理学に詳しいなら、|彼《・》|が《・》|夜《・》|の《・》|元《・》|気《・》|を《・》|取《・》|り《・》|戻《・》|す《・》|方《・》|法《・》を教えてくれない?」
「はあっ!?」
 私は、思わず声を上げる。いくら、プライバシーに配慮する相談事とは言え、生徒に対して、なんちゅうことをぶっちゃけているんだ――――――!?
 しかし、真剣な眼差しの相談主と、その相談に答える回答者には、私の声も心の叫びも、まったく届いていないようだった。
「ふむふむ……宇佐美先生、もしかして、その長い付き合いの恋人とは、同棲あるいはそれに近い関係にあるのではありませんか?」
「えっ? えぇ、そうよ。よくわかったわね? 彼とは一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になるわ」
「そして、一緒に住み始めた当初は、彼氏さんも夜はお盛んだったと……?」
 なんだ、そのセリフは、昭和時代のオッサンか……?
 この先輩が、自分と1つしか歳が離れていないという事実を、私はいまだに信じられない。ただ、そんな心の中のツッコミに反して、ネコ先輩の指摘は的を射ていたのか、宇佐美先生は、二の句が継げない、というように無言でコクコクとうなずいてみせた。
 そうして、先輩は自分のクラスの担任教師に自信満々に告げる。
「それなら、答えは簡単です。生物学と心理学の知見から察するに、この状況は、クーリッジ効果という言葉で説明できるでしょう」
「「クーリッジ効果?」」
 私と宇佐美先生の声が重なる。
「この言葉は、行動神経内分泌学者のフランク・A・ビーチが1955年に著書で言及したのが初出で、彼の教え子である学生のうちの一人が、心理学の研究会で提案してくれたものだそうです。彼は、この新しい言葉の元ネタをこんなエピソードから引用したと言われています」
 ◆
 カルビン・クーリッジが大統領だった時の古い小噺がある。大統領とその夫人が、別々に官営の実験農場を見学した。夫人は鶏舎に来て、雄鶏が何度も盛んに雌鶏とつがっているのを見た。
 夫人は随行員にその頻度を尋ねたところ、
「毎日、何十回とです」
と聞かされ、
「主人にその話をしてやってちょうだい」
と言い置いた。さて、大統領はその話を聞かされて随行員に尋ねた。
「毎回同じ雌鶏とかい?」
「ああ違います、大統領。毎回違う雌鶏とです」
「では、家内にその話をしてやってくれ」
 ◆
 なんだ、小噺につきものの、艶笑ネタか――――――。
 わたしは、くだらないネタだと、あきれるだけだったんだけど……。
 なぜか、宇佐美先生は、図星を突かれたように呆然と立ち尽くしていた。