―セクション3―
翌朝、玄関先に立つ六連星学院の制服姿に、研矢は目を瞬かせた。
「研矢さん、初めまして、高犯対所属、Q0ー12のカスミです」
「あ、ああ、初めまして……」
研矢は動揺に声が上擦ってしまった。
「ふふ、ボスにそっくりでしょ。びっくりした?」
しゃべり方も似ている。
「えーと、大杜の影武者的な?」
「あはは。違うよ。似ているのはね、たまたまだよ」
「たまたま?」
「うん。僕達の誕生は、いつもたまたまなんだ」
研矢は、大杜がロボットに心を作り出せると言っていた事を思い出した。
すごい事だと思ったが、なんとそれは、たまたまのことらしい。
「とにかく、今日の護衛担当は僕になったので、よろしくね」
「え、大杜とアイビーは?」
「ちょっと来れなくなっちゃって」
カスミが気遣わしげに言う。
心配ではあったが、自分が口出すことではないだろうと、研矢は何も言わなかった。
オリーブは研矢に挨拶をすると、家の中に入って行く。
研矢は我に返って、カバンを持ち直し、傘を開いた。
「よし、行くか」
来客用駐車場には何も停まっていないように見えるが、今日も車が隠れているのだろうなと思いながら、横を通り過ぎる。
「楽しみだなー」
「楽しみ?」
カスミの言葉に研矢が聞いた。
「うん。いつもアイビーがついて行くでしょ。羨ましかったんだ。学校ってどんな所かな、楽しそうだなって」
「勉強するところだからな。そんなワクワクするようなこともないぞ」
「そんな事ないよ。だって高校に入ってから、ボス明るくなったし。――進学して良かったって、みんな思ってるよ」
「みんなって、ロボット達?」
「そう」
「ロボットなのにそんな感情があるのか……」
「まぁね。僕達キューレイは、ロボットだけど、おそらく、研矢さん達と感情のありようは変わらない。プログラムや学習機能で動くわけじゃない、特別な存在なんだ」
「不思議なもんだな――他のヒューマン型は、普通はそこまで感情豊かじゃないのか?」
研矢は両親がロボット開発に関わっていたり、家では沢山のロボットが家事をこなしているが、自身はさほど興味がないため、気にした事がなかった。
「メーカーによる差異もあるかな。僕達ほどではないけど、Qのヒューマン型は、基本、他のメーカーより遥かに感情豊かだ。警察の、特に地域密着型の任務では、ほとんどがQ製だよ。ただ強いだけでは市民に寄り添えないからね」
「強いだけでは?」
「そう。例えばY製は強固で故障が少ないのが売りだけど、町の治安維持活動には向かない。学習機能や自由意志に制限かけまくってるからね」
「識別ナンバーY――八巻技研か」
ヒューマン型の業務ロボットメーカーで、MatsuQと並ぶ二大大手メーカーだ。
「そういえば、八技は防衛省御用達なんだろ」
「うん。あそこはY製オンリーだったと思うよ」
二人が世間話をしながら駅を越えたとき、花鈴が背後からこっそりと近付いて来て、大杜――と思っていたカスミの背をトンと押した。
「大杜、おはよ――え、誰⁉︎ 大杜がロボットになっちゃった⁉︎」
花鈴が無邪気に驚いている。カスミは確かに大杜に似てはいるが、ヒューマン型のルールであるように、人間でないことはすぐにわかる顔立ちではある。
「おはようございます。初めまして。羽曳野花鈴さんでしょう? 僕はカスミって言います。よろしくね」
「え、あ、はい」
「なんで敬語?」
研矢が吹き出す。
花鈴は慌てたように、
「だ、だって、どんな風に返していいかわからないじゃない」
「ボ――大杜に話すみたいに話してくれたらいいよ。今日は彼の代わりだしね」
「大杜の代わり?」
「そう」
「そういや、学校にはなんか言ってあるのか?」
「もちろん話は通してあるよ。大丈夫」
そう言うと、カスミは笑って花鈴を見やった。
「花鈴さんのことは、アイビーからよく聞いてる。とても美人だって聞いてたんだけど、本当にそうだね」
「え、アイビーがそんな事言ってくれてたの?」
「うん。大杜の彼女だとも言ってるよ」
「……」
アイビーは花鈴には普段から近付き過ぎだの、恋人には早いだのと言っている。
が、裏では彼女を認めているのだと知って、花鈴は珍しく赤面して黙り込んだ。
「アイビーはツンデレか」
研矢が笑うと、カスミは軽やかに笑い返す。
「確かにね! あ、でも花鈴さんもツンデレなんでしょ。それもアイビーが言ってた」
「ちょっと誰がツンデレよ!」
花鈴は可愛らしく怒ってみせると、先に歩き出す。
研矢とカスミはその後ろをゆっくりとついて行った。
学校にどんな説明をしたのか、カスミは普通に登校した後、何食わぬ様子で、大杜の席に座った。
あまりに馴染んでいて、クラスメイト達はすぐに気づかなかったほどだ。
「佐々城がロボットになってる!」
川内が最初に気付き、驚いて声を上げる。
「ロボットになったわけじゃないよ。ロボットだよ」
カスミが言うと、
「え、佐々城ってロボットだったのか?」
クラスメイト達が興味深そうに集まってきた。
そのさまを、研矢が呆れたように見つめる。カスミが、わざと面白そうに言っていることがわかっているからだ。
(なかなかいい性格してるな)
研矢は苦笑した。
やがて始業のチャイムが鳴り、天堂が入って来て、大杜の席のカスミを見やった。
一瞬動作が止まる。が、話しが通ってるからか、特に問い正すでもなく、あからさまに溜め息を付くと、無視して話し始める。
(昨日はアイビー、今日はカスミだもんな)
このクラスの担任をするのは大変だな、と研矢は同情した。
昼休み中、研矢は不意に思い出して、壁の時計を見やった。
「やべ、のんびりし過ぎた」
「どうかしたの?」
日彩が声を掛ける。
「いや、昼休みに生徒会室に行くことになってたんだ」
「研矢、呼び出されるような悪さしたの?」
花鈴の言葉に、研矢が不本意そうに首を振る。
「なんでそうなるんだ。専門委員会に入ったから、今日は顔見せに行くだけだ」
「え、専門委員?」
「ああ。欠員ができて入ることになったんだ。――カスミは先に教室に戻っておいてくれ」
「駄目だよ。護衛だもの。付いていくよ」
机の一つに腰掛けて、足をぷらぷらさせながら窓の外を見ていたカスミが言う。
「学校内で危ないもないだろ」
「え! カスミって研矢の護衛で来てたの⁉︎」
しまった、と言った様子で、カスミが研矢と目配せをする。隠すこともなかったが、あえて言うことでもないだろうと、警護のことは伏せていたからだ。
「……研矢、何やらかしたの」
花鈴が神妙な顔で問う。
「そこは、俺を心配するべきところだろ。さっきから、なんで俺が何かやらかしたと思うんだ」
研矢は呆れて溜め息を付いた。
「理由は言えねぇけど、とにかく、そう言う事なんだよ」
花鈴は不満顔だったが、研矢は無視してカスミを見た。
「うちのクラスの奴は、大杜やアイビーのせいで慣れてるのか、なんでも受け入れてくれるけど、普通はロボットが制服着て校内をうろちょろしてたら、奇異の目で見られるだろ。俺はこれから役員らと付き合っていかなきゃなんねぇし、一人で行かせてくれないか」
「うーん。まぁ事情もわかるけど」
カスミが困ったように首を傾げる。
「生徒会室ってどこ?」
「本館の職員室を越えると渡り廊下があって、その先に専門棟がある。生徒会と専門委員の部屋はそこの五階だ」
「なら、専門棟の入り口付近まではいいかな。どこかに隠れておくから」
「まぁ、生徒会室まで付いて来ないならいいか」
研矢は忙しなくカバンに弁当箱を突っ込んで、立ち上がった。
「悪いが机片付けといてくれ」
研矢の言葉に花鈴が「えっ」と声を上げる。
「ちょっと、片付けてから行きなさいよ」
「花鈴、松宮君急いでるんだし、いいじゃない。――私達で片付けとくから、急いで行って」
「おう、秦悪いな。今度なんか奢るからな」
「え、そんな別に――」
「ちょっと! 私は⁉︎」
「お前もな」
研矢は笑いながら言うと、教室を飛び出し、カスミがあとに続いた。
走るわけにはいかず早歩きで廊下を進む。専門棟の入り口まで来ると、カスミは立ち止まり、階段横のスペースに隠れた。
「僕はここに居るから、何かあったら絶対にすぐに連絡してね」
「わかった。まぁ生徒会室に行くだけだから、何もねぇだろうけど」
研矢はそのまま一人で階段を駆け上がる。
と目の前に、貴島の背が見えて、驚いて立ち止まった。
貴島も研矢に気付き、振り返り見下ろしてくる。
「何の用だ?」
研矢は「そっちこそ」と思ったが、隠すことでもないので、
「生徒会室に用があるんだ」
端的に答える。
「ロボットはどうした? あれは高犯対――お前を護衛しているんじゃないのか? なぜそばを離れてるんだ?」
「なんで知ってる?」
ガラス窓が割れたときのことといい、貴島の言動には不可解な点が多い。
研矢は疑うように目を細め、畳みかけるように問うた。
「お前は何者だ? なぜ色々知ってる? 何を企んでるんだ?」
貴島が心外そうに首を傾げた。
「別に色々知ってるわけじゃないし、別に企んでるわけでもない。――なんにせよ、戻れよ」
その瞬間、踊り場にあった窓が激しい音を立てて割れた。
「何⁉︎」
「だから言ったんだ……」
貴島は面倒臭そうに呟くと、窓の外に目を向けた。つられて研矢も目を向ける。
(大久保は転校しただろう⁉︎ なんでまた窓が割れるんだ⁉︎)
研矢の考えを見抜いたのか、貴島が口を開く。
「この前のとは違う」
「やっぱりお前なんか知って――」
言った直後、研矢は目を見開いた。
少し離れたところには雨雲が広がっているのに、自分達のいる付近にだけ、青空が見えている。まるで、厚い雲を突き抜けるほど長い透明なボトルの中に、学校全体が入っているような感じだ。
地面と壁がビリビリと振動している。地震の揺れとは違う響きに、二人に緊張が走る。
「早急に護衛と合流しろ」
貴島は早口に言って階段を駆け上がっていく。
研矢はカスミと合流すべく階段を降り始めたが、不意に気付いて立ち止まった。
(あいつ、どこに行ったんだ?)
彼が上って行った階段の先にはなんの部屋もない。屋上のはずだからだ。
貴島に不信感を持っていた研矢は、秘密を暴いてやろうという気になって、向きを変えて、階段を駆け上がり始める。
屋上のドアを開けると、ヘリが止まっているのが見えた。
「貴島二等空尉、急いで下さい!」
ダークグリーンのヘリの操縦席から、叫び声が響く。
(……はっ?)
研矢は驚いて立ち止まった。
貴島は振り返って、しまったといった表情を浮かべる。今までで一番人間らしい表情だと研矢は思った。
「お前――も、特務員だったのか?」
普通科の高校生が自衛官というのはありえない。あるとすれば、大杜と同じ立場ということだろう。
「――ちっ」
貴島が舌打ちをした。
「俺は佐々城のように所属を明かしてない。公言するなよ。あと、さっさと下に戻れ。外は特に危険だ」
貴島はヘリに駆け寄り、慣れた様子で乗り込んだ。
「おい、待てって! この状況はなんなんだ⁉︎ 知ってるなら教えていけ‼︎」
研矢は噛み付いたが、重厚なヘリのメインローターの回転が勢いを増し、声は届かなかった。
ヘリは浮かび上がったかと思うと、真上の青空の方ではなく、厚い雲の方へ向かって飛んで行き、雨雲の中に消えた。
「一体なんなんだ……」
研矢はしばらくヘリが消えた辺りを見つめていたが、ビリビリとした振動が激しさを増し、慌てて階段のある塔屋に向かう。すると、背後で何かが落ちたような衝撃を感じだ。
怪訝に思って振り返ると、そこには何もなく、ただ黒ずんで窪んでいるだけだった。
「……嘘だろ。――くそつ!」
研矢は青ざめて、塔屋に向かって全力で駆け出す。
窪みは、武器が使用された跡だと、本物を見た事がない研矢にも想像できる状態だった。
「研矢さん‼︎」
カスミが塔屋から飛び出して来た。
研矢が五階の生徒会室へ向かったと思っていたカスミは、窓ガラスが割れ、建物が振動し始めたときすぐに部屋に駆けつけたが、部屋には誰も居なかった。そのため、探していたのだ。
「カスミ、心配掛けて悪――」
カスミは研矢のそばに駆け寄り、彼の体を突き倒すようにして覆い被さった。
地面に背中を強打した研矢は呻いた。
「お前な……カスミ?」
押し退けようとしたボディはとても軽くて、研矢はギョッとして、慌てて抜け出て、カスミを見やった。
「……ひっ‼︎」
カスミを見た瞬間、研矢は自分の心臓が大きく跳ねたのが分かった。
ドクンドクンと、血潮の音を耳に聞く。
カスミのウィッグがあちこち焦げて黒くくすぶり、体の右側が消失していた。残った方も内部が剥き出しになっている。目には光もない。ヒューマン型のロボットは、眼球に似せたセンサーが、常に美しく輝いているはずなのにだ。
研矢はショックで動けなかった。
明らかになんらかの攻撃を受けたのだ。今すぐに、この場を離れなければいけないと頭ではわかっているのに、体が硬直してしまっている。
心と体が分離してしまったようだ。
「離脱する」
不意に声がし、驚いて研矢が顔を上げた時には、体は上空に舞い上がっていた。
(確か、ケリア……)
郵便配達ロボットが落下して来たときに会った、大杜の部下だ。
飛行タイプの警官ロボットに抱えられて飛んでいるのだと気付き、急に我に返る。
「待ってくれ! カスミは⁉︎ 助けに行かないのか⁉︎」
「今は忘れろ」
「忘れろだって⁉︎ 俺を庇ったんだ! 頼む、戻ってくれ!」
「見てわかるだろう。直撃を受けている。人間で言うなら死だ。このタイミングで戻る意味はない」
「けど‼︎」
(俺が――死なせた!)
別行動をとったから。
貴島に警告されたにも関わらず、すぐにカスミと合流せず、追って行ったから。
(大杜に、なんて謝ればいいんだ……)
かなりのスピードで上空を飛行し、数分後に降ろされた場所は、知らないビルの屋上だった。知っている建物は辺りに見当たらない。
大杜が駆け寄って来るのが見えた。
研矢が初めて見る、出動服姿の大杜だった。
(なんて謝れば……)
「研矢‼︎ 無事で良かった!」
「でも……カスミが……」
研矢は言葉にならない様子で、首を垂れる。
大杜は頭を横に振った。
「いいや、俺達の対応が悪かったんだ。とにかく無事で本当に良かった!」
「対応……何があったのかわかってるってことか……?」
「タイト、ヘリを飛ばすぞ」
アイビーの声に大杜が振り返る。
白銀の機体のメインローターが回転を始めていた。操縦席には、Q0ー13と書かれた腕章をつけたロボットが座っており、アイビーはその横の窓際にちょこんと立っている。
「研矢、詳しくは今は言えない。でも無事でいてくれて本当に嬉しい。お願いだから、自分を責めたりはしないで」
大杜はそう言うと、自分の両頬をパンパンと叩き、ヘリへ駆け寄る。
研矢は掛ける言葉が思いつかず、白銀の機体が空に吸い込まれるのを、静かに見送った。