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第9話 視線のカスケード現象④

ー/ー



「そのとおりだよ、()()()くん。さすが、ワタシが見込んだだけの人材だ」

 怪しげな笑みを浮かべながら返答する先輩に、私は即座にツッコミを入れる。

「変な呼び方は止めてください! それでなくても、()()()()()()()()()()が流行って以降、名前のことではイジられまくっているんですから!」

「なぜだい? ピンク色の着物が似合いそうな良い名前じゃないか? ワタシのこともネコと呼んでくれて構わないよ?」

「もう、その話は良いですから、ともかく、実験の話しを聞かせてください」
 
 残念そうに語る上級生の言葉をスルーして、そう告げると、()()()()は、「わかったよ」と言ってから、解説を続ける。

「いま、好きだから長く見るのではなく、長く見るから好きになるということを実証しようとしたのが、今回の実験の目的だ。今回は、10番目の被験者までは、ランダムで左右二枚の画像の表示時間を変えている。早速、彼らの選好(せんこう)の結果を見てみようじゃないか?」

 上級生は、そう言って、表計算アプリに記されたテスト結果を私たちに提示する。

 被験者番号1番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号2番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号3番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号4番  長時間投影:右側 選好結果:左側
 被験者番号5番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号6番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号7番  長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号8番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号9番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号10番 長時間投影:左側 選好結果:左側

「8割の被験者が、スクリーンの投影時間が長かった方を選んでいますね? これは、視線のカスケード現象が証明された、ということで良いんですか?」

 私がたずねると、ネコ先輩は、ふたたび、満足したようにうなずいてから語る。

「どうやら、そのようだね。本当なら、もっと多くの被験者が欲しいところではあるが……まあ、8割の被験者が長時間投影を選んでいるのだとすれば、視線のカスケード現象は、ある程度、実証されたと言っても過言ではないだろう。この結果から、人間は無意識のうちに長く見ていたものを『好き』『魅力的』と感じる傾向があると考えられる。つまり、被験者は自分の意思で選んだつもりでも、視覚的に誘導された可能性がある、ということだな」

「つまり、実験は成功ってことですか?」

 佳衣子が確認するように問いかけると、上級生は微笑みながら答えた。

「あぁ、画像テストのあとに答えてもらったアンケートでは、彼らに自分がその画像を選んだ理由も簡単に書いてもらったが、その結果も、なかなか興味深いぞ?」
 
 被験者番号1番  選んだ理由:親しみを持てた感じがした。
 被験者番号3番  選んだ理由:優しそうに感じたから。
 被験者番号5番  選んだ理由:目元の表情が好みだから。
 被験者番号9番  選んだ理由:顔の輪郭が好き。
 
「もしかして、この回答も……?」

 今度は、私がたずねると、ネコ先輩はニヤリと口角を崩した。

「あぁ、これは『後付け再構成』と呼ばれる認知特性の一つだな。人間は、『理由がわからないこと』に不安を感じて、その理由を埋めようとする心理が働きます。そのために、自分の選択に対して合理的な説明をあとから作り出すという行動を無意識にとっているとされている。つまり、『直感で選んだ』と信じている判断でさえ、実は外からの働きかけや状況によって左右された選択だった可能性が高く、自分の中で筋を通すためにあとから理由をこしらえているにすぎない、ということだ」

「コワッ! これがホントなら、他人の好みを変えたりするのもやりたい放題じゃない?」

 佳衣子は、そう口にしたあと、「ところで……」と先輩に声をかける。

「戌井くんの結果は、どうなんですか? 彼のテストのときは、アタシが知っている子とそっくりな写真が投影されていたと思うんですけど?」

 ニヤニヤと問いかける友人の声に応じて、上級生は、テスト結果を確認する。

「ほう、これはこれは……」

 ふたたび、興味深そうな笑みを浮かべたネコ先輩は黙って表計算ソフトに表示された結果を私たちに示した。

 被験者番号11番 長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号11番 選んだ理由:昔から慣れ親しんだ顔に似ているから

 その結果に、「うわぁ……」と言葉を漏らしてしまった私の一方で、佳衣子は、嬉々とした表情でたずねる。

「わ〜、ケンタくん一途だな〜。ネコ先輩、これは実験の例外的結果ですか?」

「たしかに、『視線のカスケード現象』としては、そうなんだが……心理学には、他に『単純接触効果』という言葉もある。これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という心理現象のことだ。単に繰り返し目にしたり聞いたりするだけでも好意を抱くようになり、この心理効果は、マーケティング、営業、広告や情報発信など幅広い分野で活用されている。つまり、恋愛面では()()()()()()()()()()()()()()だということだ。戌井くんが、1000年に一度の美少女よりも、ネズコくんにそっくりの画像を選ぶレベルでな」

 ネコ先輩が持論を展開すると、「ふ〜ん、なるほどですね~」と言いながら、佳衣子が上級生とともにニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「ケ、ケンタのことはどうでもいいです! 最後の日辻先輩は、どうなんですか?」

 こうして話し合っている間に、上級生男子もアンケートの記入を終えているだろうと考えて、私は、自分の話題から少しでも話しを逸らすべく、ネコ先輩の幼なじみの名前を出すと、上級生は、余裕の笑みを浮かべつつ、

「まあ、確認するまでもないがね」
 
と言って結果を表示させる。

 そこには、実験者の予測とは正反対の結果が記されていた。

 被験者番号12番 長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号12番 選んだ理由:ノーコメント(笑)


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次のエピソードへ進む 第10話 視線のカスケード現象⑤


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「そのとおりだよ、|ネ《・》|ズ《・》|コ《・》くん。さすが、ワタシが見込んだだけの人材だ」
 怪しげな笑みを浮かべながら返答する先輩に、私は即座にツッコミを入れる。
「変な呼び方は止めてください! それでなくても、|あ《・》|の《・》|コ《・》|ミ《・》|ッ《・》|ク《・》|と《・》|ア《・》|ニ《・》|メ《・》が流行って以降、名前のことではイジられまくっているんですから!」
「なぜだい? ピンク色の着物が似合いそうな良い名前じゃないか? ワタシのこともネコと呼んでくれて構わないよ?」
「もう、その話は良いですから、ともかく、実験の話しを聞かせてください」
 残念そうに語る上級生の言葉をスルーして、そう告げると、|ネ《・》|コ《・》|先《・》|輩《・》は、「わかったよ」と言ってから、解説を続ける。
「いま、好きだから長く見るのではなく、長く見るから好きになるということを実証しようとしたのが、今回の実験の目的だ。今回は、10番目の被験者までは、ランダムで左右二枚の画像の表示時間を変えている。早速、彼らの|選好《せんこう》の結果を見てみようじゃないか?」
 上級生は、そう言って、表計算アプリに記されたテスト結果を私たちに提示する。
 被験者番号1番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号2番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号3番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号4番  長時間投影:右側 選好結果:左側
 被験者番号5番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号6番  長時間投影:左側 選好結果:左側
 被験者番号7番  長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号8番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号9番  長時間投影:右側 選好結果:右側
 被験者番号10番 長時間投影:左側 選好結果:左側
「8割の被験者が、スクリーンの投影時間が長かった方を選んでいますね? これは、視線のカスケード現象が証明された、ということで良いんですか?」
 私がたずねると、ネコ先輩は、ふたたび、満足したようにうなずいてから語る。
「どうやら、そのようだね。本当なら、もっと多くの被験者が欲しいところではあるが……まあ、8割の被験者が長時間投影を選んでいるのだとすれば、視線のカスケード現象は、ある程度、実証されたと言っても過言ではないだろう。この結果から、人間は無意識のうちに長く見ていたものを『好き』『魅力的』と感じる傾向があると考えられる。つまり、被験者は自分の意思で選んだつもりでも、視覚的に誘導された可能性がある、ということだな」
「つまり、実験は成功ってことですか?」
 佳衣子が確認するように問いかけると、上級生は微笑みながら答えた。
「あぁ、画像テストのあとに答えてもらったアンケートでは、彼らに自分がその画像を選んだ理由も簡単に書いてもらったが、その結果も、なかなか興味深いぞ?」
 被験者番号1番  選んだ理由:親しみを持てた感じがした。
 被験者番号3番  選んだ理由:優しそうに感じたから。
 被験者番号5番  選んだ理由:目元の表情が好みだから。
 被験者番号9番  選んだ理由:顔の輪郭が好き。
「もしかして、この回答も……?」
 今度は、私がたずねると、ネコ先輩はニヤリと口角を崩した。
「あぁ、これは『後付け再構成』と呼ばれる認知特性の一つだな。人間は、『理由がわからないこと』に不安を感じて、その理由を埋めようとする心理が働きます。そのために、自分の選択に対して合理的な説明をあとから作り出すという行動を無意識にとっているとされている。つまり、『直感で選んだ』と信じている判断でさえ、実は外からの働きかけや状況によって左右された選択だった可能性が高く、自分の中で筋を通すためにあとから理由をこしらえているにすぎない、ということだ」
「コワッ! これがホントなら、他人の好みを変えたりするのもやりたい放題じゃない?」
 佳衣子は、そう口にしたあと、「ところで……」と先輩に声をかける。
「戌井くんの結果は、どうなんですか? 彼のテストのときは、アタシが知っている子とそっくりな写真が投影されていたと思うんですけど?」
 ニヤニヤと問いかける友人の声に応じて、上級生は、テスト結果を確認する。
「ほう、これはこれは……」
 ふたたび、興味深そうな笑みを浮かべたネコ先輩は黙って表計算ソフトに表示された結果を私たちに示した。
 被験者番号11番 長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号11番 選んだ理由:昔から慣れ親しんだ顔に似ているから
 その結果に、「うわぁ……」と言葉を漏らしてしまった私の一方で、佳衣子は、嬉々とした表情でたずねる。
「わ〜、ケンタくん一途だな〜。ネコ先輩、これは実験の例外的結果ですか?」
「たしかに、『視線のカスケード現象』としては、そうなんだが……心理学には、他に『単純接触効果』という言葉もある。これは、|接《・》|触《・》|の《・》|機《・》|会《・》|が《・》|増《・》|え《・》|る《・》|ほ《・》|ど《・》、|対《・》|象《・》|へ《・》|の《・》|親《・》|し《・》|み《・》|や《・》|好《・》|感《・》|度《・》|が《・》|増《・》|す《・》という心理現象のことだ。単に繰り返し目にしたり聞いたりするだけでも好意を抱くようになり、この心理効果は、マーケティング、営業、広告や情報発信など幅広い分野で活用されている。つまり、恋愛面では|幼《・》|な《・》|じ《・》|み《・》|こ《・》|そ《・》|最《・》|強《・》|の《・》|コ《・》|ン《・》|テ《・》|ン《・》|ツ《・》だということだ。戌井くんが、1000年に一度の美少女よりも、ネズコくんにそっくりの画像を選ぶレベルでな」
 ネコ先輩が持論を展開すると、「ふ〜ん、なるほどですね~」と言いながら、佳衣子が上級生とともにニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「ケ、ケンタのことはどうでもいいです! 最後の日辻先輩は、どうなんですか?」
 こうして話し合っている間に、上級生男子もアンケートの記入を終えているだろうと考えて、私は、自分の話題から少しでも話しを逸らすべく、ネコ先輩の幼なじみの名前を出すと、上級生は、余裕の笑みを浮かべつつ、
「まあ、確認するまでもないがね」
と言って結果を表示させる。
 そこには、実験者の予測とは正反対の結果が記されていた。
 被験者番号12番 長時間投影:左側 選好結果:右側
 被験者番号12番 選んだ理由:ノーコメント(笑)