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12.

ー/ー



「あれ、ちよさんいいとこに。暑いからちょっとお茶飲んでかないけ?」

「関口さん、どうもこんにちは。いやあ、暑いから早く帰るとこだよ」

「いいがら、涼んできなって。水飲まないと脱水になっちまうから」

「んじゃ一杯だけよばれるよ」

 完全に夏がやってきた。スーパーの開店時間とともに買い物に来たのに、もう日は高く、気温もぐんぐん上がってきている。ちょっと歩けばすぐに汗だくになるこの炎天下で、俺は大荷物を背負わされていた。

「優斗くんも買い物付き合って大変だね。甘いの飲んでって」

 関口さんと呼ばれたおばあちゃんの家の玄関は、ひんやりとして涼しかった。上がり(かまち)に腰掛けて、大量の荷物を下ろす。肩に食い込んでいた重みがなくなって、身体が軽くホッと息がつけた。

「これ、漬けたの?」

「そうよ、うちの糠漬け」

「いい味だね。いい塩梅だ」

「よかったら優斗くんも。若い人には合わないかもしれないけど」

「ありがとうございます。いただきます」

 手渡された缶の三ツ矢サイダーを開けながら俺は答えた。プシュっと音を立てて開けて飲めば、キンと冷えた炭酸が喉に心地よい。ばあちゃんちまでたいした距離じゃないのに、こんなに暑いとは思わなかった。

 小皿に乗ったキュウリとナスの糠漬けは、色が鮮やかだった。うちの糠漬けとは全然色が違う。口に放り込めばぷきっと音を立てて歯触りが良い。糠独特の香りとしょっぱさが汗をかいた身体を労わるように沁みていった。

「美味しいです」

「そうかい、そりゃあよかったよ」

 にこにこと嬉しそうに関口さんは言った。

「ちよさんとこ、そろそろ越さないのかい? この夏で、みんなだいぶ行き先が決まって、いなくなるって聞いたよ」

 神妙な顔で聞いてくる関口さん。どうやらこのことを聞きたかったようだ。

 確かにクリーン作戦を皮切りに、立ち退きエリアに入っている人たちは次々と引っ越し先を見つけて準備しているようだった。だから毎日来客が多くて、俺はこうして大量のお菓子やら飲み物を背負うはめになっている。

「そうさねえ、準備はしとるよ」

「越す時はみんな手伝うから、遠慮なく言っとくれよ」

「まあ、もしもの時はよろしく頼むよ。優斗もいるし、大丈夫だよ」

 俺が頭数に入っていることに、ちょっとだけ嬉しくなった。なんだかばあちゃんに、ちゃんと認められてる気がしたから。普段はそんなこと全然言わないから余計に。

「そんならいいけんど……」

「いや、長居しちまったね。そろそろ帰らないとお昼になっちまうね」

「あらやだ、私ったら引き留めて悪かったよ。……あ、そうだ、ちょっと待っといて」

「何もいいよ、こっちは買い物帰りで色々買ったんだから」

 ばあちゃんが止めるのも聞かずに、家の奥の方へ引っ込んで何やらガサゴソとしている音がする。

 俺はこれから大量の荷物を背負って帰らなくちゃいけないのに、また物が増えるのかと思うとゲンナリした。

「これ、朝採ったばっかりだから、野菜くらいもらってくいよ。優斗くん、若いんだからたくさん食べるでしょ」

「お茶もよばれたのに、いいよいいよ」

「いいがらいいがら、食べてくいよ」

「なんだか悪いねえ。ほら、優斗からもお礼を言いな」

「ありがとうございます」

 半透明のビニール袋から透けて見える、緑色と紫がかった黒色と赤色。キュウリとナスとトマトに違いない。

「暑いから気をつけて」

「お互いにね、んじゃね」

 ぺこぺこと何度も頭を下げ合い、関口さんちをあとにした。

 日差しはさらにじりじりと厳しく照りつけている。お昼を告げるチャイムさえも、暑さで滲んで聞こえた。

「ありがたいねえ」

「すごい、野菜いっぱいだね。家にもいっぱいあるけど」

「さて、どうやって食べようかね。贅沢な悩みだね」

 もらったビニール袋を覗き込みながらばあちゃんは言った。

 俺は背中のサイダーやら麦茶やらの飲み物を背負い直した。手にしたエコバックにはお菓子がガサガサと、俺の歩く歩幅に合わせて音を立てている。

 ミーンミンミンミンミン―――。

 蝉の声が憎たらしく聞こえるくらい、暑かった。

「優斗がいてくれるからあたしゃ本当に大助かりだよ。年寄り一人で、こんな量持てないもんね」

 ばあちゃんが隣で、俺に向かって手を合わせて拝んだ。

「でも去年も一昨年も、一人だったろ。どうしてたの?」

「こんなに買わないね。そんなにお客さんもなかったしね。どうしてもって時は、誰か車持ってる人に頼んで、乗せてもらってたよ」

「ふうん」

 賢三さんとかだろうか。

「家まであとちょっとだ。そら、頑張んな」

 そう言って俺を励ますばあちゃんは、シャキッとしてみえた。七十を超えたババアなんだから、もっと老人っぽくてもいいだろうに。

「おわっ」

 肩に食い込む荷物を背負い直そうかという時、腕に急に負荷がかかった。

 咄嗟に踏ん張って持ちこたえる。右側を見れば、ばあちゃんが俺の腕につかまっていた。

 さっきまでの元気な様子はどこへやら、そこには非力なおばあさんの姿があった。

「まったく、あたしも歳だね。こんな、なにもないとこでつまづくなんて」

 そう口では言うものの、ばあちゃんは俺の腕につかまったままだった。

 ばあちゃんの身体は軽かった。年の割にはパワフルな化け物ババアだと思っていたけど、しっかりとお年寄りの軽さだった。

「荷物、俺持つよ」

 俺はばあちゃんの負担を少しでも軽くしたくて、野菜の入ったビニール袋を受け取った。

「杖でも買った方がいいかね」

 どう思う?と聞かれたけど、なんて答えたらいいのかわからなかった。

「自分では若いつもりでも、確実に歳を取ってんだよ。自然なことだがね」

 俺に言った言葉というより、ばあちゃんが自分自身に言い聞かせている言葉のように感じた。

「ま、まだまだ死にゃあせんけど」

 バツが悪かったからなのか、先に歩いて行こうとするばあちゃん。その後ろ姿がとても小さく見えた。

「ばあちゃん、またこけたら危ないだろ。ちょっと待って」

 俺は急いでばあちゃんの隣に並ぶ。荷物は重いし、息は上がるし、汗はどんどん出るけど、そんなことは気にならなかった。

「おや、もう追いついたのかい」

 そう言ってうふふと笑うばあちゃんは、懐かしそうな、どこか寂しそうな顔をした。

「優斗は覚えてるかしらないが、あんたがまだ小さかった頃、よくこうして散歩したんだよ。うちはこの通り田舎だから、都会の孫が喜ぶものなんてなくてね」

 そんなこと、あったんだろうか。記憶を探ってみるけど、ピンと来なかった。

「子供ってのはなんにでも興味を持つ。この世に触れるのが初めてだからね。あっち行ったりこっち行ったり、犬の散歩の方がよっぽど楽だと思ったよ」

「かわいい孫になんてこと言うんだ」

「あっはっは。それでな、こうやって並ぶと、あんたは安心したような可愛い顔してね。その顔見た時は、なんだか嬉しかったね」

「覚えてないなー」

「あたしも急に思い出したんだよ。今じゃ、立場が逆だね」

 そう言って微笑んだばあちゃんは、急にものすごく老けて見えた。

「あんたも孫ができればわかるかもね」

「結婚すら遠い未来なのに?」

「彼女の一人もいないんじゃ無理かもしれん」

「なんてこと言いやがる」

 はははと、ばあちゃんは皺だらけの顔で笑った。

 小さかった俺と散歩に行った頃のばあちゃんは、こんなにしわくちゃじゃなかったのかもしれない。

 ばあちゃんは、幸せに歳をとっているのだろうか。ほんの些細な、散歩に行ったとかいう小さな出来事を、こんなにも大切そうに話すばあちゃんは、今、幸せなんだろうか。

 夫に先立たれ、息子も娘も遠方に出て、あの広い家で一人ぼっちで暮らしているばあちゃん。今年はたまたま俺がいるけれど、思い出の詰まったあの家は今年の冬には取り壊されてしまう。

 ばあちゃんはどこに引っ越すのだろう。肝心なそのことを、そういえば俺は一言も聞いたことが無かった。

「誰か、うちとか、叔母さんちとかで一緒に暮らそうって思わないの? どっちにしろ引っ越さなくちゃいけないんだろ?」

 俺がもし、ここにいなかったら、ばあちゃんは大切だった思い出を誰とも共有することなく、一人ぼっちで静かに歳を重ねて行くのかと思うと寂しすぎた。

「自分の子供だってね、孫だってね、それぞれにそれぞれの人生があるんだよ。自分で生きられるうちは、自分で生きるよ。だから気にしなくていいよ」

「で、でも、家族、だろ」

 じりじりと照り返してくるアスファルト地獄に喘ぎながら俺は口を挟んだ。背負った荷物と、両手に提げたエコバックと、ばあちゃんの重さと、夏の暑さと、蝉の声が混ざっていって息苦しい。

 もう家は目の前だったけど、どんなに歩いても遠い気がした。

「ふふ、優斗がそんなこと言ってくれるなんてね。それだけで、あたしゃ幸せだよ。さ、重かったろう。早く下ろして、お昼ご飯にしよう」

 玄関に入ると、歳を取った人間の匂いと、古くなった思い出が俺の鼻をくすぐった。

「暑かったね。ご飯を食べたらお風呂入って、少し休みな。疲れたろ」

 冷たいシャワーを浴びて眠りたかったけど、ばあちゃんを一人にしたくはなかった。

 眠ったとしても同じ家の中だし、多分来客だってあるし、一人になんてならないはずだけど、なぜだか俺はそう思った。


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「あれ、ちよさんいいとこに。暑いからちょっとお茶飲んでかないけ?」
「関口さん、どうもこんにちは。いやあ、暑いから早く帰るとこだよ」
「いいがら、涼んできなって。水飲まないと脱水になっちまうから」
「んじゃ一杯だけよばれるよ」
 完全に夏がやってきた。スーパーの開店時間とともに買い物に来たのに、もう日は高く、気温もぐんぐん上がってきている。ちょっと歩けばすぐに汗だくになるこの炎天下で、俺は大荷物を背負わされていた。
「優斗くんも買い物付き合って大変だね。甘いの飲んでって」
 関口さんと呼ばれたおばあちゃんの家の玄関は、ひんやりとして涼しかった。上がり|框《かまち》に腰掛けて、大量の荷物を下ろす。肩に食い込んでいた重みがなくなって、身体が軽くホッと息がつけた。
「これ、漬けたの?」
「そうよ、うちの糠漬け」
「いい味だね。いい塩梅だ」
「よかったら優斗くんも。若い人には合わないかもしれないけど」
「ありがとうございます。いただきます」
 手渡された缶の三ツ矢サイダーを開けながら俺は答えた。プシュっと音を立てて開けて飲めば、キンと冷えた炭酸が喉に心地よい。ばあちゃんちまでたいした距離じゃないのに、こんなに暑いとは思わなかった。
 小皿に乗ったキュウリとナスの糠漬けは、色が鮮やかだった。うちの糠漬けとは全然色が違う。口に放り込めばぷきっと音を立てて歯触りが良い。糠独特の香りとしょっぱさが汗をかいた身体を労わるように沁みていった。
「美味しいです」
「そうかい、そりゃあよかったよ」
 にこにこと嬉しそうに関口さんは言った。
「ちよさんとこ、そろそろ越さないのかい? この夏で、みんなだいぶ行き先が決まって、いなくなるって聞いたよ」
 神妙な顔で聞いてくる関口さん。どうやらこのことを聞きたかったようだ。
 確かにクリーン作戦を皮切りに、立ち退きエリアに入っている人たちは次々と引っ越し先を見つけて準備しているようだった。だから毎日来客が多くて、俺はこうして大量のお菓子やら飲み物を背負うはめになっている。
「そうさねえ、準備はしとるよ」
「越す時はみんな手伝うから、遠慮なく言っとくれよ」
「まあ、もしもの時はよろしく頼むよ。優斗もいるし、大丈夫だよ」
 俺が頭数に入っていることに、ちょっとだけ嬉しくなった。なんだかばあちゃんに、ちゃんと認められてる気がしたから。普段はそんなこと全然言わないから余計に。
「そんならいいけんど……」
「いや、長居しちまったね。そろそろ帰らないとお昼になっちまうね」
「あらやだ、私ったら引き留めて悪かったよ。……あ、そうだ、ちょっと待っといて」
「何もいいよ、こっちは買い物帰りで色々買ったんだから」
 ばあちゃんが止めるのも聞かずに、家の奥の方へ引っ込んで何やらガサゴソとしている音がする。
 俺はこれから大量の荷物を背負って帰らなくちゃいけないのに、また物が増えるのかと思うとゲンナリした。
「これ、朝採ったばっかりだから、野菜くらいもらってくいよ。優斗くん、若いんだからたくさん食べるでしょ」
「お茶もよばれたのに、いいよいいよ」
「いいがらいいがら、食べてくいよ」
「なんだか悪いねえ。ほら、優斗からもお礼を言いな」
「ありがとうございます」
 半透明のビニール袋から透けて見える、緑色と紫がかった黒色と赤色。キュウリとナスとトマトに違いない。
「暑いから気をつけて」
「お互いにね、んじゃね」
 ぺこぺこと何度も頭を下げ合い、関口さんちをあとにした。
 日差しはさらにじりじりと厳しく照りつけている。お昼を告げるチャイムさえも、暑さで滲んで聞こえた。
「ありがたいねえ」
「すごい、野菜いっぱいだね。家にもいっぱいあるけど」
「さて、どうやって食べようかね。贅沢な悩みだね」
 もらったビニール袋を覗き込みながらばあちゃんは言った。
 俺は背中のサイダーやら麦茶やらの飲み物を背負い直した。手にしたエコバックにはお菓子がガサガサと、俺の歩く歩幅に合わせて音を立てている。
 ミーンミンミンミンミン―――。
 蝉の声が憎たらしく聞こえるくらい、暑かった。
「優斗がいてくれるからあたしゃ本当に大助かりだよ。年寄り一人で、こんな量持てないもんね」
 ばあちゃんが隣で、俺に向かって手を合わせて拝んだ。
「でも去年も一昨年も、一人だったろ。どうしてたの?」
「こんなに買わないね。そんなにお客さんもなかったしね。どうしてもって時は、誰か車持ってる人に頼んで、乗せてもらってたよ」
「ふうん」
 賢三さんとかだろうか。
「家まであとちょっとだ。そら、頑張んな」
 そう言って俺を励ますばあちゃんは、シャキッとしてみえた。七十を超えたババアなんだから、もっと老人っぽくてもいいだろうに。
「おわっ」
 肩に食い込む荷物を背負い直そうかという時、腕に急に負荷がかかった。
 咄嗟に踏ん張って持ちこたえる。右側を見れば、ばあちゃんが俺の腕につかまっていた。
 さっきまでの元気な様子はどこへやら、そこには非力なおばあさんの姿があった。
「まったく、あたしも歳だね。こんな、なにもないとこでつまづくなんて」
 そう口では言うものの、ばあちゃんは俺の腕につかまったままだった。
 ばあちゃんの身体は軽かった。年の割にはパワフルな化け物ババアだと思っていたけど、しっかりとお年寄りの軽さだった。
「荷物、俺持つよ」
 俺はばあちゃんの負担を少しでも軽くしたくて、野菜の入ったビニール袋を受け取った。
「杖でも買った方がいいかね」
 どう思う?と聞かれたけど、なんて答えたらいいのかわからなかった。
「自分では若いつもりでも、確実に歳を取ってんだよ。自然なことだがね」
 俺に言った言葉というより、ばあちゃんが自分自身に言い聞かせている言葉のように感じた。
「ま、まだまだ死にゃあせんけど」
 バツが悪かったからなのか、先に歩いて行こうとするばあちゃん。その後ろ姿がとても小さく見えた。
「ばあちゃん、またこけたら危ないだろ。ちょっと待って」
 俺は急いでばあちゃんの隣に並ぶ。荷物は重いし、息は上がるし、汗はどんどん出るけど、そんなことは気にならなかった。
「おや、もう追いついたのかい」
 そう言ってうふふと笑うばあちゃんは、懐かしそうな、どこか寂しそうな顔をした。
「優斗は覚えてるかしらないが、あんたがまだ小さかった頃、よくこうして散歩したんだよ。うちはこの通り田舎だから、都会の孫が喜ぶものなんてなくてね」
 そんなこと、あったんだろうか。記憶を探ってみるけど、ピンと来なかった。
「子供ってのはなんにでも興味を持つ。この世に触れるのが初めてだからね。あっち行ったりこっち行ったり、犬の散歩の方がよっぽど楽だと思ったよ」
「かわいい孫になんてこと言うんだ」
「あっはっは。それでな、こうやって並ぶと、あんたは安心したような可愛い顔してね。その顔見た時は、なんだか嬉しかったね」
「覚えてないなー」
「あたしも急に思い出したんだよ。今じゃ、立場が逆だね」
 そう言って微笑んだばあちゃんは、急にものすごく老けて見えた。
「あんたも孫ができればわかるかもね」
「結婚すら遠い未来なのに?」
「彼女の一人もいないんじゃ無理かもしれん」
「なんてこと言いやがる」
 はははと、ばあちゃんは皺だらけの顔で笑った。
 小さかった俺と散歩に行った頃のばあちゃんは、こんなにしわくちゃじゃなかったのかもしれない。
 ばあちゃんは、幸せに歳をとっているのだろうか。ほんの些細な、散歩に行ったとかいう小さな出来事を、こんなにも大切そうに話すばあちゃんは、今、幸せなんだろうか。
 夫に先立たれ、息子も娘も遠方に出て、あの広い家で一人ぼっちで暮らしているばあちゃん。今年はたまたま俺がいるけれど、思い出の詰まったあの家は今年の冬には取り壊されてしまう。
 ばあちゃんはどこに引っ越すのだろう。肝心なそのことを、そういえば俺は一言も聞いたことが無かった。
「誰か、うちとか、叔母さんちとかで一緒に暮らそうって思わないの? どっちにしろ引っ越さなくちゃいけないんだろ?」
 俺がもし、ここにいなかったら、ばあちゃんは大切だった思い出を誰とも共有することなく、一人ぼっちで静かに歳を重ねて行くのかと思うと寂しすぎた。
「自分の子供だってね、孫だってね、それぞれにそれぞれの人生があるんだよ。自分で生きられるうちは、自分で生きるよ。だから気にしなくていいよ」
「で、でも、家族、だろ」
 じりじりと照り返してくるアスファルト地獄に喘ぎながら俺は口を挟んだ。背負った荷物と、両手に提げたエコバックと、ばあちゃんの重さと、夏の暑さと、蝉の声が混ざっていって息苦しい。
 もう家は目の前だったけど、どんなに歩いても遠い気がした。
「ふふ、優斗がそんなこと言ってくれるなんてね。それだけで、あたしゃ幸せだよ。さ、重かったろう。早く下ろして、お昼ご飯にしよう」
 玄関に入ると、歳を取った人間の匂いと、古くなった思い出が俺の鼻をくすぐった。
「暑かったね。ご飯を食べたらお風呂入って、少し休みな。疲れたろ」
 冷たいシャワーを浴びて眠りたかったけど、ばあちゃんを一人にしたくはなかった。
 眠ったとしても同じ家の中だし、多分来客だってあるし、一人になんてならないはずだけど、なぜだか俺はそう思った。