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11.

ー/ー



「おはよう」

「おはよう、ちゃんと起きれたんだね」

 時刻は朝の五時三十分。こんなに早い時間だというのに外はもう明るく、今日も暑くなることを予感させる。

「うん。トマトかキュウリ食っていい? 家出る前にちょっと食べたい」

「トマトがたくさんあるから、食べるならそっちにしとくれ」

「ん。ばあちゃんは食べる?」

「あたしゃいいよ」

「はーい」

 野菜室から手頃なトマトをひとつ取り出し、ざっと水ですすぐ。そしてそのままかぶりつくと、しっかりした果肉からじゅわっと溢れる水分。寝起きの乾いた身体に染み渡っていく。流しの前でしゃくしゃくと食べ尽くすと、体感温度がほんの少しだけ下がった気がした。

「ごちそうさま」

「早く着替えといで」

 なんでこんなに早起きしているのかというと、今日は地域総出でクリーン作戦があるからだった。本格的な夏の到来で行楽客が訪れるその前に、海辺や川辺などをボランティアで綺麗にするという活動だ。

「軍手はー?」

「全部玄関に用意してあるよ」

 着替えながら階下へ問いかけると、外からばあちゃんの声がした。多分、もう準備万端で玄関先で俺を待っている。開け放した窓からは心地よい朝の風が流れ込んでくる。その爽やかな風に、俺はラジオ体操に向かう時の気怠さとほんの少しのわくわくを思い出していた。

「あら~おはようございます」

「どうも~おはようございます」

 外から誰かの声がする。まったく年寄りの朝は早い。回覧板のチラシでは六時集合って書いてあったはずなのに。

 適当なジャージを身に着け、急いで階段を降りると、家の前の道で年寄りが数人集まって何やら話をしていた。

「おはようございます。あの、ばあちゃん、鍵」

「あぁ、そうだった」

「若い手があるのはありがたいわぁ」

「あはは、頑張ります」

 ガラガラと音を立てて玄関を閉め、鍵をかけた。振り返ると、ばあちゃんたちはもういない。どうやら先に歩き始めたようだ。

「おはようございます~」

「おはようさん、今日は美咲ちゃんも一緒かね」

 ちょうど煙草屋の前で追いついた。そこには美咲と、美咲のじいちゃんとばあちゃんがいた。

「今日は一緒に掃除を手伝ってくれるっていうから、ありがたいわ」

「美咲ちゃん、うちの優斗と仲良くしてくれてありがとうね」

「こっちこそ美咲とお話してくれて本当にありがとうね、優斗くん」

 ばあちゃんたちのお礼合戦は当事者の俺たちを置き去りにする。困ったようにぎこちない表情で美咲がおろおろとしていた。

「おはよう。朝、起きれたんだ?」

「あ、うん、おはよう。……いつも、カウンター越しだから、ちょっと変な感じ」

「確かに」

 俺はそう答えて少し笑った。こんなふうに、ふつうに、話す日が来るとは。自分語りをしていた自分を思い出すと恥ずかしさでのたうち回りたくなるけど。

 美咲は、上下水色のジャージにスニーカーを履いていた。手には軍手をして、いつもは下ろしている肩くらいの髪をひとつに結んでいた。

「こんなふうにみんなで掃除するとか、初めてだ。田舎ってすげーな」

 あちこちの家からお年寄りが出て来て、みんな海を目指している。この辺の地域は海沿い担当だからなのだが、こんなにたくさんの人がゾロゾロと歩いて行くのを見るのは初めで俺は驚いていた。

「私も」

「東京じゃ、人のつながりなんてないしな~」

 煙草屋の交差点を海へと向かって歩き、ぶつかったところを右手に曲がると、その先海側は海水浴場になっていた。広々とした駐車場を抜け、ぽつぽつと設置してあるトイレやシャワーを通り過ぎ、その先に広がる海と対峙する。

 太陽は完全に昇っていたけど、その光が海に反射してキラキラと輝く光景はすごく綺麗だった。海の青と、空の青で視界が埋め尽くされる。閉塞感とはまったく無縁の、どこまでも続いていく景色だった。

「どれ、そろそろやるかね」

 誰からともなく声が上がる。それぞれに声をかけあい、ゴミ袋をぶら下げて砂浜を一列になって奥に進んでいく。

「うわっ、ひどいな」

 歩いている時から気になっていたゴミの山。近づいて来たそれを見て、思わず声を上げてしまった。

 どこぞの人が置いていった手持ち花火の残骸が、半分砂に埋まった状態で大量に捨てられていた。黒い火薬が、白い砂を汚していた。

「こっちはペットボトル」

 美咲が同じく砂に埋まっているものを拾い上げながら言った。

 他にも発泡スチロールや、釣りのルアー、大量の煙草の吸殻。流木やコンブなんかもあったけど、人工的なゴミの多さに俺は何とも言えない気持ちになった。

 田舎ってとこは自然豊かで、綺麗な場所だと思っていたから。

「優斗ー、これ、あっち持ってってくれっけ」

「ん、どこに持って行けばいいの?」

「ほら、向こうのとこに軽トラが見えるだろ? その荷台に、くち縛って置いといてくれ。そんで新しいゴミ袋があっから、それ持ってきて」

「わかった」

 ばあちゃんが持っていたゴミ袋は、いつの間にかいっぱいになっていた。

 ふと隣を見ると、荻野さんのゴミ袋もいっぱいになっていた。

「荻野さん、それ、持って行きましょうか?」

「ん、おや、いいのけ? そいつは助かるよ」

「大丈夫ですよ」

 それから俺はゴミを拾う列には加わらず、一人で軽トラと列を何回も往復もすることになった。砂に足を取られて歩きにくい。おまけにスニーカーには砂がどんどん入って不快だった。

「いやあ、助かるよ」

「ちよさんちの孫は働きもんだね」

「優斗くん、こっちもいいけ?」

「大助かりだよ、ありがたいありがたい」

 ただゴミを運ぶだけで、こんなに喜んでもらえるとは。みんな口々に褒めてくれて、恥ずかしいけれど悪い気はしなかった。

「はあー、こんなもんかね」

「今年は多かったな」

「去年だか、電子レンジあったっけね」

「それと比べりゃましだが、なぁ」

「これで見違えたべ。来てくれる人が喜んでくれればいいが」

 一時間ほどの時間だったが、軽トラ二台分くらいのゴミが集まっていた。

 俺は砂の上を歩き回ってへとへとになっていた。早朝からハードな運動をしてしまった。今日はもう何もしたくない。

「優斗くん、お疲れ様。これ、ジュースもらったの、よかったら」

 スニーカーに溜まった砂を払っていると、美咲が飲み物を差し出してくれた。

「ありがとう」

 常温のポカリスエットだったけど美味かった。自分が思っていたより喉が渇いていて、半分くらいを一気に飲み干した。

「優斗、美咲ちゃん、そろそろ帰ろうかね」

 ばあちゃんがやってきて言った。周りを見れば、ぞろぞろと引き上げていく集団。

「うん。腹減った」

「そう言うと思って、今朝は多めにご飯炊いておいたからね」

「やった」

「クリーン作戦、参加してどうだったね?」

 ん?とばあちゃんが美咲に聞いていた。

「あ、えっと、思ってたよりゴミがいっぱいあって、大変だなって」

「そうさね、美咲ちゃんも手伝ってくれて助かったよ。ありがとうね」

「田舎って、もっとのんびりしてんのかと思ってたけど、みんなで色々やったり、大変なんだな」

「都会と比べればそりゃゆっくりだろうけどね、生きている時間に遅いも速いもないからねえ。自分たちでできることを精一杯やるだけだね」

「美咲ー、帰るよー」

 離れたところから、美咲のばあちゃんがこちらに向かって手を振っていた。

「うん。……じゃあ、また」

「おう、またな」

 小走りに駆けていく美咲。華奢な、この強い海風に負けてしまいそうな後ろ姿だった。

「美咲ちゃん、いい子だね」

「まあ」

「あの子も元気になって良かったよ。これも優斗のおかげかね」

「別に、俺はなんにも」

「はは、毎日話しかけてたんだって? 若いっちゃいいね」

「んだよ、それ。別に毎日じゃねーし」

「ふふふ」

 いたずらっ子のように言うばあちゃんは、とても楽しそうだった。

 自分語りをしていたさむい自分が思い浮かんできたから、俺はポカリスエットを喉を鳴らして飲み干した。


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「おはよう」
「おはよう、ちゃんと起きれたんだね」
 時刻は朝の五時三十分。こんなに早い時間だというのに外はもう明るく、今日も暑くなることを予感させる。
「うん。トマトかキュウリ食っていい? 家出る前にちょっと食べたい」
「トマトがたくさんあるから、食べるならそっちにしとくれ」
「ん。ばあちゃんは食べる?」
「あたしゃいいよ」
「はーい」
 野菜室から手頃なトマトをひとつ取り出し、ざっと水ですすぐ。そしてそのままかぶりつくと、しっかりした果肉からじゅわっと溢れる水分。寝起きの乾いた身体に染み渡っていく。流しの前でしゃくしゃくと食べ尽くすと、体感温度がほんの少しだけ下がった気がした。
「ごちそうさま」
「早く着替えといで」
 なんでこんなに早起きしているのかというと、今日は地域総出でクリーン作戦があるからだった。本格的な夏の到来で行楽客が訪れるその前に、海辺や川辺などをボランティアで綺麗にするという活動だ。
「軍手はー?」
「全部玄関に用意してあるよ」
 着替えながら階下へ問いかけると、外からばあちゃんの声がした。多分、もう準備万端で玄関先で俺を待っている。開け放した窓からは心地よい朝の風が流れ込んでくる。その爽やかな風に、俺はラジオ体操に向かう時の気怠さとほんの少しのわくわくを思い出していた。
「あら~おはようございます」
「どうも~おはようございます」
 外から誰かの声がする。まったく年寄りの朝は早い。回覧板のチラシでは六時集合って書いてあったはずなのに。
 適当なジャージを身に着け、急いで階段を降りると、家の前の道で年寄りが数人集まって何やら話をしていた。
「おはようございます。あの、ばあちゃん、鍵」
「あぁ、そうだった」
「若い手があるのはありがたいわぁ」
「あはは、頑張ります」
 ガラガラと音を立てて玄関を閉め、鍵をかけた。振り返ると、ばあちゃんたちはもういない。どうやら先に歩き始めたようだ。
「おはようございます~」
「おはようさん、今日は美咲ちゃんも一緒かね」
 ちょうど煙草屋の前で追いついた。そこには美咲と、美咲のじいちゃんとばあちゃんがいた。
「今日は一緒に掃除を手伝ってくれるっていうから、ありがたいわ」
「美咲ちゃん、うちの優斗と仲良くしてくれてありがとうね」
「こっちこそ美咲とお話してくれて本当にありがとうね、優斗くん」
 ばあちゃんたちのお礼合戦は当事者の俺たちを置き去りにする。困ったようにぎこちない表情で美咲がおろおろとしていた。
「おはよう。朝、起きれたんだ?」
「あ、うん、おはよう。……いつも、カウンター越しだから、ちょっと変な感じ」
「確かに」
 俺はそう答えて少し笑った。こんなふうに、ふつうに、話す日が来るとは。自分語りをしていた自分を思い出すと恥ずかしさでのたうち回りたくなるけど。
 美咲は、上下水色のジャージにスニーカーを履いていた。手には軍手をして、いつもは下ろしている肩くらいの髪をひとつに結んでいた。
「こんなふうにみんなで掃除するとか、初めてだ。田舎ってすげーな」
 あちこちの家からお年寄りが出て来て、みんな海を目指している。この辺の地域は海沿い担当だからなのだが、こんなにたくさんの人がゾロゾロと歩いて行くのを見るのは初めで俺は驚いていた。
「私も」
「東京じゃ、人のつながりなんてないしな~」
 煙草屋の交差点を海へと向かって歩き、ぶつかったところを右手に曲がると、その先海側は海水浴場になっていた。広々とした駐車場を抜け、ぽつぽつと設置してあるトイレやシャワーを通り過ぎ、その先に広がる海と対峙する。
 太陽は完全に昇っていたけど、その光が海に反射してキラキラと輝く光景はすごく綺麗だった。海の青と、空の青で視界が埋め尽くされる。閉塞感とはまったく無縁の、どこまでも続いていく景色だった。
「どれ、そろそろやるかね」
 誰からともなく声が上がる。それぞれに声をかけあい、ゴミ袋をぶら下げて砂浜を一列になって奥に進んでいく。
「うわっ、ひどいな」
 歩いている時から気になっていたゴミの山。近づいて来たそれを見て、思わず声を上げてしまった。
 どこぞの人が置いていった手持ち花火の残骸が、半分砂に埋まった状態で大量に捨てられていた。黒い火薬が、白い砂を汚していた。
「こっちはペットボトル」
 美咲が同じく砂に埋まっているものを拾い上げながら言った。
 他にも発泡スチロールや、釣りのルアー、大量の煙草の吸殻。流木やコンブなんかもあったけど、人工的なゴミの多さに俺は何とも言えない気持ちになった。
 田舎ってとこは自然豊かで、綺麗な場所だと思っていたから。
「優斗ー、これ、あっち持ってってくれっけ」
「ん、どこに持って行けばいいの?」
「ほら、向こうのとこに軽トラが見えるだろ? その荷台に、くち縛って置いといてくれ。そんで新しいゴミ袋があっから、それ持ってきて」
「わかった」
 ばあちゃんが持っていたゴミ袋は、いつの間にかいっぱいになっていた。
 ふと隣を見ると、荻野さんのゴミ袋もいっぱいになっていた。
「荻野さん、それ、持って行きましょうか?」
「ん、おや、いいのけ? そいつは助かるよ」
「大丈夫ですよ」
 それから俺はゴミを拾う列には加わらず、一人で軽トラと列を何回も往復もすることになった。砂に足を取られて歩きにくい。おまけにスニーカーには砂がどんどん入って不快だった。
「いやあ、助かるよ」
「ちよさんちの孫は働きもんだね」
「優斗くん、こっちもいいけ?」
「大助かりだよ、ありがたいありがたい」
 ただゴミを運ぶだけで、こんなに喜んでもらえるとは。みんな口々に褒めてくれて、恥ずかしいけれど悪い気はしなかった。
「はあー、こんなもんかね」
「今年は多かったな」
「去年だか、電子レンジあったっけね」
「それと比べりゃましだが、なぁ」
「これで見違えたべ。来てくれる人が喜んでくれればいいが」
 一時間ほどの時間だったが、軽トラ二台分くらいのゴミが集まっていた。
 俺は砂の上を歩き回ってへとへとになっていた。早朝からハードな運動をしてしまった。今日はもう何もしたくない。
「優斗くん、お疲れ様。これ、ジュースもらったの、よかったら」
 スニーカーに溜まった砂を払っていると、美咲が飲み物を差し出してくれた。
「ありがとう」
 常温のポカリスエットだったけど美味かった。自分が思っていたより喉が渇いていて、半分くらいを一気に飲み干した。
「優斗、美咲ちゃん、そろそろ帰ろうかね」
 ばあちゃんがやってきて言った。周りを見れば、ぞろぞろと引き上げていく集団。
「うん。腹減った」
「そう言うと思って、今朝は多めにご飯炊いておいたからね」
「やった」
「クリーン作戦、参加してどうだったね?」
 ん?とばあちゃんが美咲に聞いていた。
「あ、えっと、思ってたよりゴミがいっぱいあって、大変だなって」
「そうさね、美咲ちゃんも手伝ってくれて助かったよ。ありがとうね」
「田舎って、もっとのんびりしてんのかと思ってたけど、みんなで色々やったり、大変なんだな」
「都会と比べればそりゃゆっくりだろうけどね、生きている時間に遅いも速いもないからねえ。自分たちでできることを精一杯やるだけだね」
「美咲ー、帰るよー」
 離れたところから、美咲のばあちゃんがこちらに向かって手を振っていた。
「うん。……じゃあ、また」
「おう、またな」
 小走りに駆けていく美咲。華奢な、この強い海風に負けてしまいそうな後ろ姿だった。
「美咲ちゃん、いい子だね」
「まあ」
「あの子も元気になって良かったよ。これも優斗のおかげかね」
「別に、俺はなんにも」
「はは、毎日話しかけてたんだって? 若いっちゃいいね」
「んだよ、それ。別に毎日じゃねーし」
「ふふふ」
 いたずらっ子のように言うばあちゃんは、とても楽しそうだった。
 自分語りをしていたさむい自分が思い浮かんできたから、俺はポカリスエットを喉を鳴らして飲み干した。