色々なことが起こった金曜日から、週末を挟んだ月曜日の放課後――――――。
私は、親友の佳衣子、幼なじみの犬太といっしょに、第二理科室に向かった。
「野球部の他の一年メンバーも第二理科室に呼ばれてるみたいなんだけど、なんの用だろう?」
金曜日にあんなことがあったのに、気まずさを感じさせるようすもなく語りかけてくる幼なじみの問いかけに、私もなるべく動揺を隠しながら質問で返す。
「ケ、ケンタは、詳しく聞いてないの?」
「う〜ん、なんか、先輩は、『応援団に好みのタイプがいるかどうかで、プレーに影響があるかどうかを調べたい』ってことを言われたらしいんだけど……2年と3年の先輩たちは春の地区大会のための練習があるってことで、オレたち1年が実験に参加することになったんだ。音寿子も呼ばれたってことは、実験の内容を知ってるのか?」
「ううん、私はただ見学に行くだけだから。佳衣子にも、その付き合いで来てもらうことにしたの」
ケンタの質問に答えつつ、朱令陣先輩は、実験の本当の目的を伝えていないんだな、と感じた。
それにしても、「相手が好む異性のタイプを変える」なんてことが、本当に可能なんだろうか――――――?
そんなことを疑問に感じながら、第二理科室のドアを開けると、そこには、白衣を羽織った上級生女子と、制服姿の上級生男子、そして、練習用のユニフォームに着替えた十人前後の野球部メンバーが待っていた。
「待っていたよ、音無さん。同級生を二人も連れて来てくれるなんて、なかなか熱心じゃないか?」
「いえ、私が誘ったんじゃなくて、二人とも自主的に参加すると言って、ここに来たんですよ。女子の方は、友人の蚕糸佳衣子、男子の方は、幼なじみの戌井犬太です」
朱令陣先輩の言葉に応じて、私が、二人のクラスメートを紹介すると、彼女は興味深そうな表情で、ケンタを眺める。
「ふ〜ん、キミが戌井くんか……キミにも、ちょっとした実験に付き合ってもらおうと思うのだが構わないかな?」
あごに手を当てながらシゲシゲと自分を見つめる上級生の女子生徒の視線に、若干、引き気味になりながらも、ケンタは体育会系らしく返事をする。
「ウスッ! よろしくお願いします!」
年齢や学年による上下関係に順応する幼なじみに対して、私と同じく文化・芸術系な体質の佳衣子は、そんな雰囲気に物怖じすることもなく、先輩に声をかける。
「音寿子に勝手に着いて来てゴメンナサイです。アタシも見学させてもらって良いですか?」
「キミは、蚕糸さんだったかな? もちろん、ギャラリーも大歓迎だ。今日は、男子生徒向けのテストなので、そのようすを見学してくれたまえ」
「は〜い! ありがとうございま〜す」
軽い感じで返答する友人の声を聞きながら、私は先輩にたずねた。
「それで、今日はどんなテストをするんですか? ケンタをはじめ、野球部のみんなも少し不安に感じているんじゃないかと思うんですけど?」
「そうだったね、キミたちが、ここに到着してから説明を始めようと思っていたんだ。野球部の諸君もお待たせしてしまって申し訳ない。これから、今日の実験の方法を説明させてもらおう」
そう宣言してから、第二理科室の前方に設置された実験も行える大きな机に前にした上級生の女子生徒は、実験手法の解説を始める。
「今回は、『応援団に好みのタイプがいるかどうかで、プレーに影響があるかどうか』という実験の第一段階として、ここに集まってもらった十名の好みの異性のタイプを記録してみたい。これから、被験者である野球部のメンバーには、一人ずつ、隣の第二理科準備室に入室してもらう。そこでは、プロジェクターにAIで作成し、様々な表情をした二人の女性の顔写真が、ほぼ同時に映し出される」
「キミたちには、この二人の女性のうち、どちらが好みなのかをボタンを押して答えてもらう。左側に提示した女性を選ぶ場合は左手で、右側に顔写真を提示した女性を選ぶ場合は右手、という感じだ。健康診断の聴力検査の要領で、肩肘張らずに、直感に従って素直な気持ちで気軽に答えてくれて構わない」
「なお、今日は一年生の女子二人から、テストの見学を申し込みがあったのだが……キミたちが、どちらの顔写真を選んだかは、テストが終了するまでわからない仕組みになっているので安心して好みの画像を選択してくれたまえ。 そして、準備室でのテストが終わったら、この第二理科室に戻ってきて、卓上に置いている端末で簡単なオンライン・アンケートに協力してほしい。ここまでの説明で疑問に感じたことや質問しておきたいことはあるかな?」
淡々とした口調で説明する朱令陣先輩に対して、全員が初対面であろう野球部のメンバーは、緊張しているのか、誰一人、疑問解消や質問のために手を挙げなかった。
普段は快活なケンタでさえ、遠慮しているのか、他のメンバーと視線を交わすだけで言葉を発しようとしない。
そんな少し重苦しい雰囲気の中、スッと手を上げた男子生徒がいた。
「うん? なんだい、ヨウイチ?」
下級生たちが尻込みする中、質問を試みたのは、朱令陣先輩の幼なじみである日辻先輩だった。
「今回は、野球部の応援に関する実験みたいだけど……データを集めるために、ボクも参加したほうが良いのかな?」
「あ、あぁ! モチロンだよ。ちゃんと、ヨウイチ向けの画像データも用意しているからね!」
なぜか、嬉しそうに答える彼女の姿に、私は違和感を覚えたんだけど……。
そんな私のかすかな虫の知らせは、朱令陣先輩の一言にかき消された。
「それでは始めようか? さぁ、実験の時間だよ!」