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第5話 私はカベになりたい

ー/ー



「へぇ〜、知らない間に、そんな大変なことに巻き込まれていたなんてね〜。ケンタくんに告白されるわ、ナントカ研究会に勧誘されるわ、音寿子(ねずこ)、あんたモテモテじゃん」

 放課後に話しを聞いてくれると約束してくれた親友の佳衣子(かいこ)から、通話アプリで連絡があったのは、午後9時を過ぎた頃だった。

「ちょっと、変なこと言わないでよ? こっちは、笑い事じゃないんだから……」

 今日、起きた一連の出来事の報告について、友人は、ケラケラと笑いながら話しを聞いていたんだけど、私が深い溜息をつくと、さすがに申し訳ないと感じたのか、こんな風にアドバイスをしてくれた。

「や〜、ゴメンゴメン。でも、高校入学から一ヶ月たらずで、こんなに大きなイベントに巻き込まれるなんて、創作者(クリエイター)としては歓迎すべきこと、って前向きに考えれば良いんじゃないの?」

「そりゃ、そうやって、簡単に気持ちを切り替えられたら、楽だけどさ。私は、あくまで観察者でいたいの。恋愛とかトラブルの当事者になるなんてゴメンだな」

「出たよ! 『壁になりたい』発言。これだから、オタク女子は……音寿子(ねずこ)、前にも言ってたよね? 川端康成か誰かの短編小説で、そんな気持ちを描いたお話しがあるって」

「あぁ、『むすめごころ』ね。あれを読んだときは、胸が熱くなったな〜。大昔にも自分と同じ気持ちを持っていた人がいたんだなって……」

「その感想を一方的に聞かされる身にもなってよ。こっちは、そんな昔の小説の話しなんて、一ミリも興味ないんだけど……」

「はい、その説は大変ご迷惑をおかけしました」

 おそらく、苦笑しながら語っているであろう友人に、私は90年も前に書かれた短編小説の感想を熱く熱く語ってしまったことをお詫びする。

 ちなみに、佳衣子(かいこ)に熱量高めの感想を語ってしまった『むすめごころ』のあらすじは、こんな感じだ(以下、ネタバレ含む)。

 主人公の少女・咲子には大好きな推しが二人いた。彼女には、愛情がほのぼのと湧いてくる親友静子、そして咲子と親しく付き合っている親戚の男友達・時田武がいる。
 武と咲子は、周囲からは恋人と思われていて、武も咲子をすごく気にいるし、卒業したら彼は咲子と結婚たいと思っている。

 しかし、なのと咲子は、自分の恋愛より推しの恋愛を優先しようと奮闘するのだ。
 推しの二人(静子と武)に対して、

「ふと私の心の世界に置いてみる。二人はビックリするほどよく似合う。その日から私の願いはあなたと武さんに近づけたい」

「あなたを幸せにしてあげたいという想いだけが私を幸せにする。」

「親心。本当に親心である。」

などと、熱い想いを捧げながら……。
 
 言うまでもなく、これは、間違いなくオタク女子の推し活マインドだ。

 しかも、静子と武の共通の知り合いが自分以外にいると知ると激しく嫉妬する。二人を繋げるストーリーが自分以外でも成立してしまうなんて、許せない!(←これってもう、立派な同担拒否じゃん!)

 そして、武の卒業が近づいたとき、咲子は武にプロポーズされる。だが―――咲子は拒絶する。
 説明するまでもなく、咲子は、自分の幸せより推しの幸せをも守りたいから。彼女は、武が静子と結婚することを強く望む。

 結局、武は咲子と静子の事を同じくらい好きだったらしく、やがて咲子の思惑通り静子と結婚する。
 
 夢がかなった咲子。結婚式のお客は私だけにしてほしいのに、招待された彼女の席は、二人から遥か彼方(推し活に邪魔者が入るのをとことん嫌う咲子なのだった)。

 そうして、いったんは推しと離れ離れになったけど、神様(作者?)は彼女を見捨てなかった。
 なんと、武の仕事の都合で推しの二人が咲子のいる東京へやってきたのだ!
 
 三人はめでたく再開。

 それでも、咲子は二人の幸せを自らの幸せと思いつつ、寂しさを感じるのだった。

 だけど、そんな咲子に静子は言うのだ。

「咲子さんも私の家へいらっしゃいよ。来てほしいのよ、二人とも。三人で暮らしたいわ」

 こうして、咲子は推しに壁になることを公認されたのである。めでたしめでたし。

 思わず、親友に語ったときと同じテンションで『むすめごころ』を振り返ってしまったけれど、推しを持つ者として、これほど幸せな結末を迎える小説が他にあるだろうか、いやない(反語風に断言)!

 ともかく、この古典的傑作短編小説は、
 
「いつか、自分もこんな作品を書いてみたい!」

と、私の創作魂を大きく揺さぶった作品だった。

 そんなことを思い返していると、目を逸らしたい現実に引き戻すように、親友が語る。

「まあ、実際は壁になって、人間関係を観察し続けるなんて無理なんだから――――――なんだっけ? 生物心理学研究会だった? そこの先輩に相談に乗ってもらうのも良いんじゃないの? 音寿子は、ただでさえ、目の前の課題や活動から注意が逸れてしまいがちなんだし、自分の目の前のことに集中できるように、心理学的なアプローチをするアドバイスをもらうのも良いんじゃないかな?」

「う〜ん、そういう考え方もあるか……」

「そうだよ! それに、アタシとしては、先輩が音寿子に話したっていう『相手が好む異性のタイプを変える』方法ってのが気になるんだ! 私も音寿子と一緒に生物心理学研究会の見学に行って良い?」


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「へぇ〜、知らない間に、そんな大変なことに巻き込まれていたなんてね〜。ケンタくんに告白されるわ、ナントカ研究会に勧誘されるわ、|音寿子《ねずこ》、あんたモテモテじゃん」
 放課後に話しを聞いてくれると約束してくれた親友の|佳衣子《かいこ》から、通話アプリで連絡があったのは、午後9時を過ぎた頃だった。
「ちょっと、変なこと言わないでよ? こっちは、笑い事じゃないんだから……」
 今日、起きた一連の出来事の報告について、友人は、ケラケラと笑いながら話しを聞いていたんだけど、私が深い溜息をつくと、さすがに申し訳ないと感じたのか、こんな風にアドバイスをしてくれた。
「や〜、ゴメンゴメン。でも、高校入学から一ヶ月たらずで、こんなに大きなイベントに巻き込まれるなんて、|創作者《クリエイター》としては歓迎すべきこと、って前向きに考えれば良いんじゃないの?」
「そりゃ、そうやって、簡単に気持ちを切り替えられたら、楽だけどさ。私は、あくまで観察者でいたいの。恋愛とかトラブルの当事者になるなんてゴメンだな」
「出たよ! 『壁になりたい』発言。これだから、オタク女子は……|音寿子《ねずこ》、前にも言ってたよね? 川端康成か誰かの短編小説で、そんな気持ちを描いたお話しがあるって」
「あぁ、『むすめごころ』ね。あれを読んだときは、胸が熱くなったな〜。大昔にも自分と同じ気持ちを持っていた人がいたんだなって……」
「その感想を一方的に聞かされる身にもなってよ。こっちは、そんな昔の小説の話しなんて、一ミリも興味ないんだけど……」
「はい、その説は大変ご迷惑をおかけしました」
 おそらく、苦笑しながら語っているであろう友人に、私は90年も前に書かれた短編小説の感想を熱く熱く語ってしまったことをお詫びする。
 ちなみに、|佳衣子《かいこ》に熱量高めの感想を語ってしまった『むすめごころ』のあらすじは、こんな感じだ(以下、ネタバレ含む)。
 主人公の少女・咲子には大好きな推しが二人いた。彼女には、愛情がほのぼのと湧いてくる親友静子、そして咲子と親しく付き合っている親戚の男友達・時田武がいる。
 武と咲子は、周囲からは恋人と思われていて、武も咲子をすごく気にいるし、卒業したら彼は咲子と結婚たいと思っている。
 しかし、なのと咲子は、自分の恋愛より推しの恋愛を優先しようと奮闘するのだ。
 推しの二人(静子と武)に対して、
「ふと私の心の世界に置いてみる。二人はビックリするほどよく似合う。その日から私の願いはあなたと武さんに近づけたい」
「あなたを幸せにしてあげたいという想いだけが私を幸せにする。」
「親心。本当に親心である。」
などと、熱い想いを捧げながら……。
 言うまでもなく、これは、間違いなくオタク女子の推し活マインドだ。
 しかも、静子と武の共通の知り合いが自分以外にいると知ると激しく嫉妬する。二人を繋げるストーリーが自分以外でも成立してしまうなんて、許せない!(←これってもう、立派な同担拒否じゃん!)
 そして、武の卒業が近づいたとき、咲子は武にプロポーズされる。だが―――咲子は拒絶する。
 説明するまでもなく、咲子は、自分の幸せより推しの幸せをも守りたいから。彼女は、武が静子と結婚することを強く望む。
 結局、武は咲子と静子の事を同じくらい好きだったらしく、やがて咲子の思惑通り静子と結婚する。
 夢がかなった咲子。結婚式のお客は私だけにしてほしいのに、招待された彼女の席は、二人から遥か彼方(推し活に邪魔者が入るのをとことん嫌う咲子なのだった)。
 そうして、いったんは推しと離れ離れになったけど、神様(作者?)は彼女を見捨てなかった。
 なんと、武の仕事の都合で推しの二人が咲子のいる東京へやってきたのだ!
 三人はめでたく再開。
 それでも、咲子は二人の幸せを自らの幸せと思いつつ、寂しさを感じるのだった。
 だけど、そんな咲子に静子は言うのだ。
「咲子さんも私の家へいらっしゃいよ。来てほしいのよ、二人とも。三人で暮らしたいわ」
 こうして、咲子は推しに壁になることを公認されたのである。めでたしめでたし。
 思わず、親友に語ったときと同じテンションで『むすめごころ』を振り返ってしまったけれど、推しを持つ者として、これほど幸せな結末を迎える小説が他にあるだろうか、いやない(反語風に断言)!
 ともかく、この古典的傑作短編小説は、
「いつか、自分もこんな作品を書いてみたい!」
と、私の創作魂を大きく揺さぶった作品だった。
 そんなことを思い返していると、目を逸らしたい現実に引き戻すように、親友が語る。
「まあ、実際は壁になって、人間関係を観察し続けるなんて無理なんだから――――――なんだっけ? 生物心理学研究会だった? そこの先輩に相談に乗ってもらうのも良いんじゃないの? 音寿子は、ただでさえ、目の前の課題や活動から注意が逸れてしまいがちなんだし、自分の目の前のことに集中できるように、心理学的なアプローチをするアドバイスをもらうのも良いんじゃないかな?」
「う〜ん、そういう考え方もあるか……」
「そうだよ! それに、アタシとしては、先輩が音寿子に話したっていう『相手が好む異性のタイプを変える』方法ってのが気になるんだ! 私も音寿子と一緒に生物心理学研究会の見学に行って良い?」