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第1話:遺物と襲撃者

ー/ー



 息をするたび、ごわごわした放射線防護服のフィルターを通して、肺が百年前に死んだ空気で満たされる。埃と、オゾンと、そして微かな金属の匂い。見渡す限り、赤茶けた大地と、風化して墓標のように突き出した建造物の残骸が広がっている。空は常に薄黄色いフィルターがかかったように淀んでおり、太陽の光も弱々しい。

 左手首のガイガーカウンターを見ると、ゲージが常にイエローからレッドゾーンを行き来している。ここは地獄と化してしまった、北米グレートプレーンズ放射線地帯。その中心に存在するという、軌道戦争時代の米軍第7研究所跡。通称「サイレント・グレイブ」。高レベルの放射線と今も稼働している自動防衛システムのせいで、誰も生きては帰れないと噂の場所だ。実際、一生分の運を使いはたすんじゃないかという勢いで、防衛ドローン、数々のトラップを切り抜けて、やっとの思いで最深部にたどり着いた。

 だが、今の俺に選択肢はなかった。マダム・プラムに突きつけられたデッドラインは、あと一週間。利子だけでも払わなければ、あの女のところの連中が何をしてくるか……考えただけでもうんざりする。


 「……ここが、最後の一枚か」


 俺、ザック・グラナードは、目の前に立ちはだかる分厚い防爆扉を見上げた。この扉の向こうに、全てをひっくり返す「お宝」が眠っている。そうじゃなきゃ、割に合わない。

 俺は背負っていたプラズマカッターを起動させた。「キィィン」という甲高い起動音と共に、カッターの先端に青白いプラズマの刃が形成され、オゾンの匂いが立ち込める。分厚い扉に押し当てると、ジュゥゥッという金属が焼ける音を立て、溶けた鋼鉄がオレンジ色の雫となって滴り落ちていった。

 数分後、赤熱した扉の一部が轟音と共に内側へ倒れた。その先には、静まり返った、広い空間が広がっていた。施設の他の区画とは違い、そこだけがまるで時が止まったかのように、塵一つなく、清浄な状態が保たれている。


 そして、部屋の中央に、それはあった。


 流線形の、黒曜石のような光沢を放つカプセル。コールドスリープポッドだ。単なる保管なら無骨なコンテナでいいはず。これほど厳重なポッドに収められているということは、中身が極めてデリケートか、あるいは外部からのいかなる情報信号も遮断する必要がある、最高機密の「何か」だということだ。


 「あった……!」


 俺は息をのんだ。ポッドの中には、一人の女性が、まるで眠っているかのように静かに横たわっている。それを見て俺は、不意に病室で苦しんでいた妹の顔を思い出した。

 ――今はそれどころじゃない――


 銀色の髪、陶器のように白い肌、そして寸分の狂いもなく整った顔立ち。彼女が着ているのは服ではなかった。身体のラインにぴったりとフィットした白い光沢のある素材は、彼女のボディそのものだ。首元からは、金属でできた背骨の一部や、何本かの細いケーブルが覗いている。そして、その首の付け根には、小さく「AIDA」と刻印されていた。アンドロイドだ。それも、軌道戦争時代の、完璧な状態で保存された……遺物。


 長いことジャンク屋なんていうヤクザな商売をやっているが、これほど精巧なアンドロイドは、ほとんどお目にかかったことがない。どれほどの技術がこの一体に込められたのだろう、そしてそれはどのような意味を持つのか……、しかしだ!


 「やった……! これだ! これさえあれば、プラムへの借金も返せるし、妹の……いや、今は考えるな。とにかく、俺はまだツイてる!」


 俺は首を振って、過去を振り払うと、ポッドの制御パネルに取り付いた。ジ
 ャンク屋としての知識と技術を総動員し、ありあわせのパーツとバイパスケーブルで、外部から強制的にエネルギーを供給しようとする。
 だが、パネルにはロックがかかっており、単純な電力供給では開きそうにない。パネルの隅に、小さな文字で注意書きが記されているのが見えた。

 「戦略兵器制御ユニット:AIDA」
 「これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる」


 ……だと? 御大層なこった。こっちはコイツを売っぱらわないと、明日すら来ないんだよ。
 さらに下に注意書きがあった。



 「『マスターユーザーの認証がない場合、起動時に内部回路が破壊される』クソ、厄介なセキュリティだ」
 認証方法を探すと、パネルに手のひらサイズの認証パッドがあり、そこには「生体情報登録(血液サンプル)」と表示されていた。


 「血、かよ……」
 俺は一瞬ためらったが、ここまで来て引き返せるか。俺は放射線防護服の分厚いグローブを脱ぎ、腰のナイフで自分の親指の先を、ほんの少しだけ傷つけた。滲み出た血の雫を、認証パッドにゆっくりと押し付ける。

 ピ、と短い電子音が鳴り、パッドが青く発光した。次の瞬間、パッドから放たれた緑色のレーザー光が、俺の身体を頭からつま先までゆっくりと走査していく。


 『生体情報、登録……マスターユーザーとして認証します』という合成音声。
 俺の祈りが通じたのか、ポッドが「プシュー」という微かな音を立て、ゆっくりとハッチが開き始めた。冷たい空気が流れ出す。そして、中のアンドロイドの瞼が、わずかに震えた。
 彼女の目が、ゆっくりと開かれる。それは、深い湖の底を思わせるような、感情の読めない、美しい蒼い瞳だった。


 『……システム、起動。マスターユーザーの登録を行います。ユーザー名を名乗ってください』
 凛とした、しかしどこか無機質な声が、静かな部屋に響いた。



 「ザックだ。ザック・グラナード」俺は、その無機質な問いに、少しだけぶっきらぼうに答えた。

 『了解しました、ザック・グラナード。貴方を私のマスターユーザーとして登録します』
 エイダは、俺の言葉を復唱すると、その蒼い瞳を俺に固定した。


 ──その、瞬間だった。
 ウウウウゥゥゥゥーーーーーンンン!!!


 施設全体に、けたたましい警報が鳴り響いた! 赤色の非常灯が、狂ったように点滅を始める!


 「クソッ! 起動シグナルを嗅ぎつけやがったか!」


 直後、部屋の天井が、轟音と共に内側から爆ぜた! 瓦礫と粉塵が降り注ぐ中、その穴から、無機質なデザインのドローンが数機、「ヒューン」という高周波の電子音を立てながら、音もなく降下してくる! 見たこともない、軍用グレードの高性能機だ。その機体下部で電磁リフトファンが淡い光を放っている。
 ドローンは警告なく、俺と、まだ状況を理解できずにゆっくりと身体を起こそうとしているアンドロイドに、銃口を向けた!

 「まずい! 逃げるぞ!」
 俺は咄嗟に、アンドロイドの手を掴んだ。その手は樹脂製らしく、滑らかだった。

 「立てるか!?」
 『……是認』

 彼女を半ば引きずるようにして、俺は部屋を飛び出した。背後からは、ドローン部隊の容赦ない銃撃が迫る!
 ──タンッ!タンッ!タンッ!
 火薬式ではない、コイルガンか何かの硬質な発射音が連続する! 弾丸が壁を抉り、火花が散る! 古びたコンクリートの壁が、いとも簡単に蜂の巣になっていく。崩壊し始める遺跡の、狭く薄暗い通路を、俺たちは必死で走った。足元には瓦礫が散乱し、時折天井からパラパラとコンクリート片が降り注いでくる。
 不意に嫌な予感がして身を屈めたら、頭上を何かが通り過ぎていった。振り返る暇もない。相変わらず俺の勘は、こういう土壇場で仕事をする。


 「こっちだ!」


 やっとの思いで、地上へと続く出口が見えた。光が差し込んでいる。あそこまで行けば……!


 希望が見えた、その時だった。
 出口の光の中に、一つの人影が、まるで最初からそこにいたかのように、静かに立ちはだかっていた。緩いウェーブのかかったアッシュカラーの髪に、整った、しかし何の感情も読み取れない人形のような目鼻立ち。地球再生局(ERA)の機能的な制服に身を包んだ、プロの空気を纏う女。彼女の手には最新鋭のアサルトライフルが握られ、その銃口は、微動だにせず、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。その佇まいからは、一切の隙も、慈悲も感じられない。


 「そこまでよ、ジャンク屋」女は、まるで機械が話すかのように、抑揚のない冷静な声で言った。「その『遺物』は、私が回収する」


 前には謎のエージェント。後ろには高性能な戦闘ドローン。そして、腕の中には、まだ状況を理解できずに俺を見つめている、美しいアンドロイド。


 「クソッ……挟み撃ちかよ……!」
 俺の、人生最大のお宝探しは、最悪の形で幕を開けたようだった。



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 息をするたび、ごわごわした放射線防護服のフィルターを通して、肺が百年前に死んだ空気で満たされる。埃と、オゾンと、そして微かな金属の匂い。見渡す限り、赤茶けた大地と、風化して墓標のように突き出した建造物の残骸が広がっている。空は常に薄黄色いフィルターがかかったように淀んでおり、太陽の光も弱々しい。
 左手首のガイガーカウンターを見ると、ゲージが常にイエローからレッドゾーンを行き来している。ここは地獄と化してしまった、北米グレートプレーンズ放射線地帯。その中心に存在するという、軌道戦争時代の米軍第7研究所跡。通称「サイレント・グレイブ」。高レベルの放射線と今も稼働している自動防衛システムのせいで、誰も生きては帰れないと噂の場所だ。実際、一生分の運を使いはたすんじゃないかという勢いで、防衛ドローン、数々のトラップを切り抜けて、やっとの思いで最深部にたどり着いた。
 だが、今の俺に選択肢はなかった。マダム・プラムに突きつけられたデッドラインは、あと一週間。利子だけでも払わなければ、あの女のところの連中が何をしてくるか……考えただけでもうんざりする。
 「……ここが、最後の一枚か」
 俺、ザック・グラナードは、目の前に立ちはだかる分厚い防爆扉を見上げた。この扉の向こうに、全てをひっくり返す「お宝」が眠っている。そうじゃなきゃ、割に合わない。
 俺は背負っていたプラズマカッターを起動させた。「キィィン」という甲高い起動音と共に、カッターの先端に青白いプラズマの刃が形成され、オゾンの匂いが立ち込める。分厚い扉に押し当てると、ジュゥゥッという金属が焼ける音を立て、溶けた鋼鉄がオレンジ色の雫となって滴り落ちていった。
 数分後、赤熱した扉の一部が轟音と共に内側へ倒れた。その先には、静まり返った、広い空間が広がっていた。施設の他の区画とは違い、そこだけがまるで時が止まったかのように、塵一つなく、清浄な状態が保たれている。
 そして、部屋の中央に、それはあった。
 流線形の、黒曜石のような光沢を放つカプセル。コールドスリープポッドだ。単なる保管なら無骨なコンテナでいいはず。これほど厳重なポッドに収められているということは、中身が極めてデリケートか、あるいは外部からのいかなる情報信号も遮断する必要がある、最高機密の「何か」だということだ。
 「あった……!」
 俺は息をのんだ。ポッドの中には、一人の女性が、まるで眠っているかのように静かに横たわっている。それを見て俺は、不意に病室で苦しんでいた妹の顔を思い出した。
 ――今はそれどころじゃない――
 銀色の髪、陶器のように白い肌、そして寸分の狂いもなく整った顔立ち。彼女が着ているのは服ではなかった。身体のラインにぴったりとフィットした白い光沢のある素材は、彼女のボディそのものだ。首元からは、金属でできた背骨の一部や、何本かの細いケーブルが覗いている。そして、その首の付け根には、小さく「AIDA」と刻印されていた。アンドロイドだ。それも、軌道戦争時代の、完璧な状態で保存された……遺物。
 長いことジャンク屋なんていうヤクザな商売をやっているが、これほど精巧なアンドロイドは、ほとんどお目にかかったことがない。どれほどの技術がこの一体に込められたのだろう、そしてそれはどのような意味を持つのか……、しかしだ!
 「やった……! これだ! これさえあれば、プラムへの借金も返せるし、妹の……いや、今は考えるな。とにかく、俺はまだツイてる!」
 俺は首を振って、過去を振り払うと、ポッドの制御パネルに取り付いた。ジ
 ャンク屋としての知識と技術を総動員し、ありあわせのパーツとバイパスケーブルで、外部から強制的にエネルギーを供給しようとする。
 だが、パネルにはロックがかかっており、単純な電力供給では開きそうにない。パネルの隅に、小さな文字で注意書きが記されているのが見えた。
 「戦略兵器制御ユニット:AIDA」
 「これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる」
 ……だと? 御大層なこった。こっちはコイツを売っぱらわないと、明日すら来ないんだよ。
 さらに下に注意書きがあった。
 「『マスターユーザーの認証がない場合、起動時に内部回路が破壊される』クソ、厄介なセキュリティだ」
 認証方法を探すと、パネルに手のひらサイズの認証パッドがあり、そこには「生体情報登録(血液サンプル)」と表示されていた。
 「血、かよ……」
 俺は一瞬ためらったが、ここまで来て引き返せるか。俺は放射線防護服の分厚いグローブを脱ぎ、腰のナイフで自分の親指の先を、ほんの少しだけ傷つけた。滲み出た血の雫を、認証パッドにゆっくりと押し付ける。
 ピ、と短い電子音が鳴り、パッドが青く発光した。次の瞬間、パッドから放たれた緑色のレーザー光が、俺の身体を頭からつま先までゆっくりと走査していく。
 『生体情報、登録……マスターユーザーとして認証します』という合成音声。
 俺の祈りが通じたのか、ポッドが「プシュー」という微かな音を立て、ゆっくりとハッチが開き始めた。冷たい空気が流れ出す。そして、中のアンドロイドの瞼が、わずかに震えた。
 彼女の目が、ゆっくりと開かれる。それは、深い湖の底を思わせるような、感情の読めない、美しい蒼い瞳だった。
 『……システム、起動。マスターユーザーの登録を行います。ユーザー名を名乗ってください』
 凛とした、しかしどこか無機質な声が、静かな部屋に響いた。
 「ザックだ。ザック・グラナード」俺は、その無機質な問いに、少しだけぶっきらぼうに答えた。
 『了解しました、ザック・グラナード。貴方を私のマスターユーザーとして登録します』
 エイダは、俺の言葉を復唱すると、その蒼い瞳を俺に固定した。
 ──その、瞬間だった。
 ウウウウゥゥゥゥーーーーーンンン!!!
 施設全体に、けたたましい警報が鳴り響いた! 赤色の非常灯が、狂ったように点滅を始める!
 「クソッ! 起動シグナルを嗅ぎつけやがったか!」
 直後、部屋の天井が、轟音と共に内側から爆ぜた! 瓦礫と粉塵が降り注ぐ中、その穴から、無機質なデザインのドローンが数機、「ヒューン」という高周波の電子音を立てながら、音もなく降下してくる! 見たこともない、軍用グレードの高性能機だ。その機体下部で電磁リフトファンが淡い光を放っている。
 ドローンは警告なく、俺と、まだ状況を理解できずにゆっくりと身体を起こそうとしているアンドロイドに、銃口を向けた!
 「まずい! 逃げるぞ!」
 俺は咄嗟に、アンドロイドの手を掴んだ。その手は樹脂製らしく、滑らかだった。
 「立てるか!?」
 『……是認』
 彼女を半ば引きずるようにして、俺は部屋を飛び出した。背後からは、ドローン部隊の容赦ない銃撃が迫る!
 ──タンッ!タンッ!タンッ!
 火薬式ではない、コイルガンか何かの硬質な発射音が連続する! 弾丸が壁を抉り、火花が散る! 古びたコンクリートの壁が、いとも簡単に蜂の巣になっていく。崩壊し始める遺跡の、狭く薄暗い通路を、俺たちは必死で走った。足元には瓦礫が散乱し、時折天井からパラパラとコンクリート片が降り注いでくる。
 不意に嫌な予感がして身を屈めたら、頭上を何かが通り過ぎていった。振り返る暇もない。相変わらず俺の勘は、こういう土壇場で仕事をする。
 「こっちだ!」
 やっとの思いで、地上へと続く出口が見えた。光が差し込んでいる。あそこまで行けば……!
 希望が見えた、その時だった。
 出口の光の中に、一つの人影が、まるで最初からそこにいたかのように、静かに立ちはだかっていた。緩いウェーブのかかったアッシュカラーの髪に、整った、しかし何の感情も読み取れない人形のような目鼻立ち。地球再生局(ERA)の機能的な制服に身を包んだ、プロの空気を纏う女。彼女の手には最新鋭のアサルトライフルが握られ、その銃口は、微動だにせず、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。その佇まいからは、一切の隙も、慈悲も感じられない。
 「そこまでよ、ジャンク屋」女は、まるで機械が話すかのように、抑揚のない冷静な声で言った。「その『遺物』は、私が回収する」
 前には謎のエージェント。後ろには高性能な戦闘ドローン。そして、腕の中には、まだ状況を理解できずに俺を見つめている、美しいアンドロイド。
 「クソッ……挟み撃ちかよ……!」
 俺の、人生最大のお宝探しは、最悪の形で幕を開けたようだった。