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未来予知

ー/ー



 斉木光圀という男がいる。彼は未来予知ができ、しかも霊が見える。それだけ聞けば、優れた人間であるかのように聞こえる。能力を持っている当の本人も小さい頃はそう思っていた。なんなら、秘密組織にスカウトされたりしちゃうかも、などと思っていた。

 ところが気づけば、彼は平凡な男子高校生になっていた。そうなってから、ようやく彼は気づいた。未来がわかっても霊が視えてもなんの役にも立ちはしない、ということに。そんな能力があっても、テストの点数はあがらないし、男前にもなれない。よって、女の子からモテモテになることもないのだ。

 そんなないないづくしの男子でも、恋はする。彼が恋しているのは、藤原由希という同級生の女子だ。彼女は彼と同じ文芸部に所属していて、テストの成績が優秀な才女で、はっきりとした物言いが特徴的な女子だ。

 前に、魅力あふれる彼女に軽々しく「ねえなんの本読んでるの? カンノーー小説?」などと声をかけてきた下賤な輩がいたことがある。

 それに対して彼女は「それ、おもしろいと思って言ってるの?」と言って、冷たい目を向けた。睨まれたその輩はメデューサににらまれた犠牲者のようにその場で固まったという。そしてそれ以来、二度とその輩は彼女に話しかけなかった。

 その様子を見ていた斉木は、心の中で拍手喝采を送るとともに、自分があんな風な目を向けられたら二度と立ち直れないだろうな、と思いもした。

 彼は彼女から冷たい目で見られないようにするために、努めて紳士的な態度で彼女と接してきた。話すときは余計なことはいっさい言わずに、冗談も控えて、寡黙な男を演じた。そして、軽薄な態度は謹んで、ただ遠くから見守り続けた。

 その努力のおかげで、彼女に嫌われることはなかった。しかしいっぽうで、その辺に転がっている石ころ以上に好感度をあげることもできなかった。

 その日も、彼は遠くからちらちらと彼女を見つめていた。彼女を見つめ続けた彼は、もはや思い人を見つめるプロとなりつつあった。彼は、視界に彼女をいれつつ彼女や周囲には彼女を見ているということをいっさい感じさせない、という技術を職人芸レベルまで極めていた。これほど不毛な努力もあるまい。

 ともあれ、彼がそうやって彼女を見つめていたら、ふいに頭の中に鮮烈なイメージが浮かんできた。

 薄暗い道を歩く彼女。その背後から迫る作業服姿の中年男。その男は腕を広げると、背後から彼女に抱きついた。男は彼女の口に手を当てて、大声を出せないようにする。彼女はもがくが、男の力にかなわず、抜け出せないでいる。

 これらのイメージが、わずか三秒ほどのあいだで一気に頭の中に流れ込んできた。

 今、彼が視たのは未来のできごとだった。そして彼は、それが近いうちに起こるような気がしていた。しかも、そうした直感は当たるものだということを、彼は経験から理解していた。

 それにしても、無抵抗な女子の背後から襲い掛かるとはなんと卑劣かつ外道な行いだろう。どうあってもこの卑劣漢の企みを阻止して彼女を助けなくてはいけない、と彼は思った。

「あほみたいに口を開けてぼーっとして、どうしたんですか?」三輪にそう言われて、斉木は我に返った。

「な、なんでもない」彼は自分の能力をほとんどすべての人に教えないようにしている。ましてや三輪などに知られてなるものか、と彼は思っていた。

「どうせ意中の藤原さんの顔でも見ていたんでしょう。あのだらしない顔を見ていればわかりますよ」

「見てない!」

 この三輪という男は、斉木と同じ文芸部員で、彼をからかい倒すことを楽しみとしていた。そんな三輪を彼は、自分を悪道へ引きずり込むために地獄からやってきた邪悪な妖怪のような存在だと、なかば本気で思っていた。

 背が高くて、線の細い体格のこの男は、彼をからかうだけでなく、めんどくさい仕事を押し付けてきたり、厄介な物事に巻き込んだりしてくる。そのため、彼はこの男が嫌いだったが、この男のほうはどういうわけかやたら彼を気に入っているようだった。

「それより、今日の放課後なんですけど」

「あいにくだが、放課後は忙しいんだ」

「あれま、それじゃ明日は?」

「明日も用事がある。場合によっては、しばらくのあいだ、放課後は忙しくなる」

「ほう、珍しいこともあるもんですな。そうですか、それならよろしい。また暇になったら言ってください。頼みたいことがあるので」

「なぜ俺がお前の頼みを聞かにゃならんのだ」

「そりゃあなた、私にたくさん貸しがあるでしょう。忘れちゃったんですか? たとえば藤原さんの」

「ああ、わかったわかった。そのことは感謝してる! うん、時間ができたら手伝いとやらをする。だがとりあえず今は忙しいから、待ってくれ」

「ええ、首を長くしてお待ちしております」

 そうして三輪の頼みごとをなんとか回避してから、放課後、彼は帰宅する藤原のあとを尾行した。

 イメージの映像は、日が暮れた時のように薄暗かった。つまり、彼女が襲われるのは下校時である可能性が高い。つまり、下校中の彼女を追いかけていれば、そのうち卑劣漢にお目にかかることもできて、彼女を助け出すこともできるはずだった。

「なにやってるんです?」後ろから三輪が声をかけてきた。

 彼は驚いて声を出しかけたが、ここで大声をあげれば彼女につけていたことがばれるかもしれないと思い、なんとかこらえた。

「話しかけるな! 話すにしても、せめて歩きながらだ」

「あなた、とうとうチキン野郎からストーカーにジョブチェンジしたんですか?」

「違う!」彼は否定する。実際、彼はストーカーになるつもりはなかった。やっていることはストーカーそのものだったとしても。

「じゃあ、なんで藤原さんを追いかけてるんです?」

「最近、彼女をつけまわす中年の男がいるようなんだ。たまたまその様子を見かけたことがあって、心配だから念のために見張ってる」彼は適当な嘘でごまかした。

「でもそれなら、こんな回りくどいやり方をしないで、正直に事情を話したらいいじゃありませんか。そして、家まで送り届けてあげたらいいのに」

「そそ、そんなことできるわけないだろ! だいたい、そんなことを言える勇気があればな、とっくに告白してるよ」

「だから、さっさと告白しちまえばいいのに。そして、毎日一緒に下校したらいいじゃありませんか」

「告白して、玉砕したらどうする。今は突撃よりも下準備の時なんだ。ちゃんとした下準備もせず、俺の魅力もちゃんと伝わっていない状態のまま突撃して失敗したら、俺は立ち直れないぞ」

「下準備だなんだとあなたは言いますが、そんなのは言い訳だ。結局、あなたはチキンなだけなんですよ。彼女に告白して振られるのが怖いから、それをずっと後回しにしてるだけなんだ」

 完全に図星をつかれた斉木は、言い返す言葉も思いつかなかったため、彼の言葉を無視して、前を向いた。すると、彼女の姿がない。

「あっ、見失っちゃったじゃないか」

「右に曲がりましたよ。ていうか、彼女は電車で通学してるんですから、駅に向かってるんだってことくらいわかるでしょう」

「言われなくてもわかってるよ、そんなこと」

 角を右に曲がると、再び彼女のうしろ姿が見えた。



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次のエピソードへ進む 変態おじさん現る


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 ところが気づけば、彼は平凡な男子高校生になっていた。そうなってから、ようやく彼は気づいた。未来がわかっても霊が視えてもなんの役にも立ちはしない、ということに。そんな能力があっても、テストの点数はあがらないし、男前にもなれない。よって、女の子からモテモテになることもないのだ。
 そんなないないづくしの男子でも、恋はする。彼が恋しているのは、藤原由希という同級生の女子だ。彼女は彼と同じ文芸部に所属していて、テストの成績が優秀な才女で、はっきりとした物言いが特徴的な女子だ。
 前に、魅力あふれる彼女に軽々しく「ねえなんの本読んでるの? カンノーー小説?」などと声をかけてきた下賤な輩がいたことがある。
 それに対して彼女は「それ、おもしろいと思って言ってるの?」と言って、冷たい目を向けた。睨まれたその輩はメデューサににらまれた犠牲者のようにその場で固まったという。そしてそれ以来、二度とその輩は彼女に話しかけなかった。
 その様子を見ていた斉木は、心の中で拍手喝采を送るとともに、自分があんな風な目を向けられたら二度と立ち直れないだろうな、と思いもした。
 彼は彼女から冷たい目で見られないようにするために、努めて紳士的な態度で彼女と接してきた。話すときは余計なことはいっさい言わずに、冗談も控えて、寡黙な男を演じた。そして、軽薄な態度は謹んで、ただ遠くから見守り続けた。
 その努力のおかげで、彼女に嫌われることはなかった。しかしいっぽうで、その辺に転がっている石ころ以上に好感度をあげることもできなかった。
 その日も、彼は遠くからちらちらと彼女を見つめていた。彼女を見つめ続けた彼は、もはや思い人を見つめるプロとなりつつあった。彼は、視界に彼女をいれつつ彼女や周囲には彼女を見ているということをいっさい感じさせない、という技術を職人芸レベルまで極めていた。これほど不毛な努力もあるまい。
 ともあれ、彼がそうやって彼女を見つめていたら、ふいに頭の中に鮮烈なイメージが浮かんできた。
 薄暗い道を歩く彼女。その背後から迫る作業服姿の中年男。その男は腕を広げると、背後から彼女に抱きついた。男は彼女の口に手を当てて、大声を出せないようにする。彼女はもがくが、男の力にかなわず、抜け出せないでいる。
 これらのイメージが、わずか三秒ほどのあいだで一気に頭の中に流れ込んできた。
 今、彼が視たのは未来のできごとだった。そして彼は、それが近いうちに起こるような気がしていた。しかも、そうした直感は当たるものだということを、彼は経験から理解していた。
 それにしても、無抵抗な女子の背後から襲い掛かるとはなんと卑劣かつ外道な行いだろう。どうあってもこの卑劣漢の企みを阻止して彼女を助けなくてはいけない、と彼は思った。
「あほみたいに口を開けてぼーっとして、どうしたんですか?」三輪にそう言われて、斉木は我に返った。
「な、なんでもない」彼は自分の能力をほとんどすべての人に教えないようにしている。ましてや三輪などに知られてなるものか、と彼は思っていた。
「どうせ意中の藤原さんの顔でも見ていたんでしょう。あのだらしない顔を見ていればわかりますよ」
「見てない!」
 この三輪という男は、斉木と同じ文芸部員で、彼をからかい倒すことを楽しみとしていた。そんな三輪を彼は、自分を悪道へ引きずり込むために地獄からやってきた邪悪な妖怪のような存在だと、なかば本気で思っていた。
 背が高くて、線の細い体格のこの男は、彼をからかうだけでなく、めんどくさい仕事を押し付けてきたり、厄介な物事に巻き込んだりしてくる。そのため、彼はこの男が嫌いだったが、この男のほうはどういうわけかやたら彼を気に入っているようだった。
「それより、今日の放課後なんですけど」
「あいにくだが、放課後は忙しいんだ」
「あれま、それじゃ明日は?」
「明日も用事がある。場合によっては、しばらくのあいだ、放課後は忙しくなる」
「ほう、珍しいこともあるもんですな。そうですか、それならよろしい。また暇になったら言ってください。頼みたいことがあるので」
「なぜ俺がお前の頼みを聞かにゃならんのだ」
「そりゃあなた、私にたくさん貸しがあるでしょう。忘れちゃったんですか? たとえば藤原さんの」
「ああ、わかったわかった。そのことは感謝してる! うん、時間ができたら手伝いとやらをする。だがとりあえず今は忙しいから、待ってくれ」
「ええ、首を長くしてお待ちしております」
 そうして三輪の頼みごとをなんとか回避してから、放課後、彼は帰宅する藤原のあとを尾行した。
 イメージの映像は、日が暮れた時のように薄暗かった。つまり、彼女が襲われるのは下校時である可能性が高い。つまり、下校中の彼女を追いかけていれば、そのうち卑劣漢にお目にかかることもできて、彼女を助け出すこともできるはずだった。
「なにやってるんです?」後ろから三輪が声をかけてきた。
 彼は驚いて声を出しかけたが、ここで大声をあげれば彼女につけていたことがばれるかもしれないと思い、なんとかこらえた。
「話しかけるな! 話すにしても、せめて歩きながらだ」
「あなた、とうとうチキン野郎からストーカーにジョブチェンジしたんですか?」
「違う!」彼は否定する。実際、彼はストーカーになるつもりはなかった。やっていることはストーカーそのものだったとしても。
「じゃあ、なんで藤原さんを追いかけてるんです?」
「最近、彼女をつけまわす中年の男がいるようなんだ。たまたまその様子を見かけたことがあって、心配だから念のために見張ってる」彼は適当な嘘でごまかした。
「でもそれなら、こんな回りくどいやり方をしないで、正直に事情を話したらいいじゃありませんか。そして、家まで送り届けてあげたらいいのに」
「そそ、そんなことできるわけないだろ! だいたい、そんなことを言える勇気があればな、とっくに告白してるよ」
「だから、さっさと告白しちまえばいいのに。そして、毎日一緒に下校したらいいじゃありませんか」
「告白して、玉砕したらどうする。今は突撃よりも下準備の時なんだ。ちゃんとした下準備もせず、俺の魅力もちゃんと伝わっていない状態のまま突撃して失敗したら、俺は立ち直れないぞ」
「下準備だなんだとあなたは言いますが、そんなのは言い訳だ。結局、あなたはチキンなだけなんですよ。彼女に告白して振られるのが怖いから、それをずっと後回しにしてるだけなんだ」
 完全に図星をつかれた斉木は、言い返す言葉も思いつかなかったため、彼の言葉を無視して、前を向いた。すると、彼女の姿がない。
「あっ、見失っちゃったじゃないか」
「右に曲がりましたよ。ていうか、彼女は電車で通学してるんですから、駅に向かってるんだってことくらいわかるでしょう」
「言われなくてもわかってるよ、そんなこと」
 角を右に曲がると、再び彼女のうしろ姿が見えた。