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第4章~第13話~

ー/ー



「今度は、顔が青いわよ? どうしたの野田くん?」

 これまで、淡々と身の上に起きた話を語っていた担任教師が、ボクの顔を覗きこむように見つめる。
 その相手の仕草に間髪を入れず、「いえ、大丈夫です」と、ことわりを入れてから、ボクは額の汗をぬぐう。

 それでも、身体の震えは止まらず、カチカチと歯が鳴ってしまうのを止められない。

 ただ、その姿を客観的に想像すると、まるで、ファーストフード店で、仲田美幸に暴言を吐かれたあとの湯舟のようだな、という思いがどこからか湧いてきて、かえって冷静に自分の状態を把握することができるようになった。

 そして、自ら語った内容を総括する先生の表情をジッと見る。

「やっぱり、アナタのような純朴そうなコには向いていない内容だったかしら? ゴメンナサイ、今の話は忘れて……」

「いえ、このことは、シッカリと胸に刻んでおこうと思います。それより、ボクはまだ先生から聞いていないことがあります」

「私に聞いていないことって、なあに?」

「先生は、どうして、葛西を……?」

 殺してしまったのか、と続けて言うつもりだったけど、喉がカラカラに乾いて、言葉が上手く出てこなかった。
 そんなボクのようすに、フッと乾いた笑みを浮かべた彼女は、またも淡々とした口調で語り始める。

「理事長に就職を斡旋してもらうことになって、大学でも専攻を変更して教員免許を取って――――――これでも、最初は良い教師になろうと、がんばったのよ。張り切っていたし、努力もした。けれど、実習でも初任者期間でも、先輩の先生からは、ダメ出しの連続。そうして、父親の会社が無くなってからのことを思い出したら、緊張の糸が切れちゃった。毎日、生徒と顔を合わせるうちに我慢できなくなったの。『この子たちは、どうしてこんなに恵まれていることに気づかないんだろう』てね……」

 それは、まだ、いまよりもずっと子どもだった頃に両親を亡くした自分にも理解できる部分があり、固く口唇を閉ざしたまま、ボクは黙ってうなずいた。

「高校生の頃まで優等生だった私は、万引きやカンニングはもちろん、飲酒や喫煙だってしたことは無かった。それでも、高校卒業後は、あんなに惨めな想いをしたのに……この学院の生徒たちは、家族のことで悩むことと言ったら、せいぜい、進路についての理解がないだとか、両親の仲が悪いとか、そんな程度。そのくせ、批判ばかりは一人前で、自分の成績が悪いのは教師の教え方が悪いだなんて、責任をこっちに押し付ける始末。そんなとき、ふと、思ったの。だれか、一人でも良いから、私と同じ想いをさせてやろうって……大学生の時の経験が活きたのかしらね? 女子生徒を集めるのは難しくなかったわ。ねぇ、もっと聞きたい?」

 その問いかけに、ボクが無言でいたことを肯定と受け止めたのか、彼女は続けて語りだす。

「優等生に見えても、少々の問題行動を起こす生徒なんて、いくらでもいるもの。両親への報告や、進路、部活動への影響を例に出せば、彼女たちは怯えて、すぐに従順になった。そんな生徒を理事長に紹介すれば、あとは、私が学生の時に周囲で起きた失敗の二の舞いを演じることもなく、すんなりと成功してみたいね」

「自分の教え子が苦しんでいるのに、罪悪感は無かったんですか?」

「どうして? さっきも言ったとおり、品行方正だった自分と比べて、高校生の段階で過ちを犯した生徒なのよ?」

「それでも……葛西や仲田や遠山に、あんなことをさせる権利なんて誰にもないはずだ!」

 ボクの言葉に、一瞬だけ目を丸くして見せた担任教師は、タバコを灰皿に押し付けたあと、ふたたび語り続ける。
 
「そうそう、葛西さんね。あのコだけは、万引き未遂で終わったから、法律に抵触していた訳じゃないけど、教師とただならぬ関係になっちゃってね……」

「確認するまでも無いですけど、相手は斎藤先生ですよね?」

「えぇ、そうよ。あの日も、彼に呼び出されたことを喜んで、浴衣なんて着ちゃって……本気で惚れていたのかしらね? さっきも言ったとおり、恋愛感情なんて、一円のお金にもならない無駄な感情なのにね? あのコは、なにもかも受け入れたうえで、子どもを産むと言い出したの。なだめたり、説得したりしても効果はなし。そこで、理事長にも来てもらったけど、結果は変わらなかった……」

「それで、潮芦矢(しおあしや)の海岸で葛西を?」

「そうよ。仲田さんについても、アナタの言ったとおり。これで、気が済んだ?」

 彼女の独白に、胃の中から苦いものがこみ上げて来たボクは、黙ってうつむいてから、一言だけ「帰ります」と告げて、玄関ドアに向かう。そんな教え子に担任教師は、「待ちなさい」と静かに声をかけてきた。

「まだ、私の話しは終わっていないわ。私は、アナタに自分の身体に手を突っ込まれて、グチャグチャにされてしまった気分。こんな不快感は、学生のとき、男たちに身体をもてあそばれて以来よ。だけど、私はもう、誰にもそんなことをさせたりしない! 取り調べでも裁判でも、自分の主張を貫いてみせるわ。それだけは、覚えておいて」

 その言葉に振り向き、なおも、無言で担任教師の表情を見つめ続けるボクに、彼女はなおも「この前の夜は、本当に楽しかったの」と語り続ける。

「ふと、バカバカしい想いが頭をよぎった。こんな風にアナタたちと暮らすのも悪くないかなって。誰かを憎むことも、教職も投げ出して、朝はアナタと叔父様にお弁当を作る。私は、あの家を守りながら、一日中お掃除やお洗濯をしたりして過ごす。夕方には、たくさんの料理を作って二人の帰りを待って三人で食事をして、テレビの野球中継を見ながら、叔父様からタイガースの話を聞くの。バカだと思うでしょう? 私には、そんな未来なんてあるわけないのに――――――」

 ふたたび、玄関に向かって歩き出し、ドアの前で屈んだボクは、靴紐を結んでからこう言った。

「仲田美幸の容態が回復に向かっているそうです。彼女が話せるようになれば、すべてが明らかになるでしょう。それと、叔父に会ったら、先生から言ってもらえませんか? 『新しい服は似合っていたよ』って……叔父は、また冴えない服を来て行くかも知れませんから……」


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「今度は、顔が青いわよ? どうしたの野田くん?」
 これまで、淡々と身の上に起きた話を語っていた担任教師が、ボクの顔を覗きこむように見つめる。
 その相手の仕草に間髪を入れず、「いえ、大丈夫です」と、ことわりを入れてから、ボクは額の汗をぬぐう。
 それでも、身体の震えは止まらず、カチカチと歯が鳴ってしまうのを止められない。
 ただ、その姿を客観的に想像すると、まるで、ファーストフード店で、仲田美幸に暴言を吐かれたあとの湯舟のようだな、という思いがどこからか湧いてきて、かえって冷静に自分の状態を把握することができるようになった。
 そして、自ら語った内容を総括する先生の表情をジッと見る。
「やっぱり、アナタのような純朴そうなコには向いていない内容だったかしら? ゴメンナサイ、今の話は忘れて……」
「いえ、このことは、シッカリと胸に刻んでおこうと思います。それより、ボクはまだ先生から聞いていないことがあります」
「私に聞いていないことって、なあに?」
「先生は、どうして、葛西を……?」
 殺してしまったのか、と続けて言うつもりだったけど、喉がカラカラに乾いて、言葉が上手く出てこなかった。
 そんなボクのようすに、フッと乾いた笑みを浮かべた彼女は、またも淡々とした口調で語り始める。
「理事長に就職を斡旋してもらうことになって、大学でも専攻を変更して教員免許を取って――――――これでも、最初は良い教師になろうと、がんばったのよ。張り切っていたし、努力もした。けれど、実習でも初任者期間でも、先輩の先生からは、ダメ出しの連続。そうして、父親の会社が無くなってからのことを思い出したら、緊張の糸が切れちゃった。毎日、生徒と顔を合わせるうちに我慢できなくなったの。『この子たちは、どうしてこんなに恵まれていることに気づかないんだろう』てね……」
 それは、まだ、いまよりもずっと子どもだった頃に両親を亡くした自分にも理解できる部分があり、固く口唇を閉ざしたまま、ボクは黙ってうなずいた。
「高校生の頃まで優等生だった私は、万引きやカンニングはもちろん、飲酒や喫煙だってしたことは無かった。それでも、高校卒業後は、あんなに惨めな想いをしたのに……この学院の生徒たちは、家族のことで悩むことと言ったら、せいぜい、進路についての理解がないだとか、両親の仲が悪いとか、そんな程度。そのくせ、批判ばかりは一人前で、自分の成績が悪いのは教師の教え方が悪いだなんて、責任をこっちに押し付ける始末。そんなとき、ふと、思ったの。だれか、一人でも良いから、私と同じ想いをさせてやろうって……大学生の時の経験が活きたのかしらね? 女子生徒を集めるのは難しくなかったわ。ねぇ、もっと聞きたい?」
 その問いかけに、ボクが無言でいたことを肯定と受け止めたのか、彼女は続けて語りだす。
「優等生に見えても、少々の問題行動を起こす生徒なんて、いくらでもいるもの。両親への報告や、進路、部活動への影響を例に出せば、彼女たちは怯えて、すぐに従順になった。そんな生徒を理事長に紹介すれば、あとは、私が学生の時に周囲で起きた失敗の二の舞いを演じることもなく、すんなりと成功してみたいね」
「自分の教え子が苦しんでいるのに、罪悪感は無かったんですか?」
「どうして? さっきも言ったとおり、品行方正だった自分と比べて、高校生の段階で過ちを犯した生徒なのよ?」
「それでも……葛西や仲田や遠山に、あんなことをさせる権利なんて誰にもないはずだ!」
 ボクの言葉に、一瞬だけ目を丸くして見せた担任教師は、タバコを灰皿に押し付けたあと、ふたたび語り続ける。
「そうそう、葛西さんね。あのコだけは、万引き未遂で終わったから、法律に抵触していた訳じゃないけど、教師とただならぬ関係になっちゃってね……」
「確認するまでも無いですけど、相手は斎藤先生ですよね?」
「えぇ、そうよ。あの日も、彼に呼び出されたことを喜んで、浴衣なんて着ちゃって……本気で惚れていたのかしらね? さっきも言ったとおり、恋愛感情なんて、一円のお金にもならない無駄な感情なのにね? あのコは、なにもかも受け入れたうえで、子どもを産むと言い出したの。なだめたり、説得したりしても効果はなし。そこで、理事長にも来てもらったけど、結果は変わらなかった……」
「それで、|潮芦矢《しおあしや》の海岸で葛西を?」
「そうよ。仲田さんについても、アナタの言ったとおり。これで、気が済んだ?」
 彼女の独白に、胃の中から苦いものがこみ上げて来たボクは、黙ってうつむいてから、一言だけ「帰ります」と告げて、玄関ドアに向かう。そんな教え子に担任教師は、「待ちなさい」と静かに声をかけてきた。
「まだ、私の話しは終わっていないわ。私は、アナタに自分の身体に手を突っ込まれて、グチャグチャにされてしまった気分。こんな不快感は、学生のとき、男たちに身体をもてあそばれて以来よ。だけど、私はもう、誰にもそんなことをさせたりしない! 取り調べでも裁判でも、自分の主張を貫いてみせるわ。それだけは、覚えておいて」
 その言葉に振り向き、なおも、無言で担任教師の表情を見つめ続けるボクに、彼女はなおも「この前の夜は、本当に楽しかったの」と語り続ける。
「ふと、バカバカしい想いが頭をよぎった。こんな風にアナタたちと暮らすのも悪くないかなって。誰かを憎むことも、教職も投げ出して、朝はアナタと叔父様にお弁当を作る。私は、あの家を守りながら、一日中お掃除やお洗濯をしたりして過ごす。夕方には、たくさんの料理を作って二人の帰りを待って三人で食事をして、テレビの野球中継を見ながら、叔父様からタイガースの話を聞くの。バカだと思うでしょう? 私には、そんな未来なんてあるわけないのに――――――」
 ふたたび、玄関に向かって歩き出し、ドアの前で屈んだボクは、靴紐を結んでからこう言った。
「仲田美幸の容態が回復に向かっているそうです。彼女が話せるようになれば、すべてが明らかになるでしょう。それと、叔父に会ったら、先生から言ってもらえませんか? 『新しい服は似合っていたよ』って……叔父は、また冴えない服を来て行くかも知れませんから……」