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vol.12 僕の答え

ー/ー



 一条零の言葉が、スタジオの時間を止めた。スポットライトの熱、観客の視線、テレビカメラの無機質なレンズ。その全てが、幕の奥にいる僕一人に突き刺さる。

(歌いたい…僕の音楽を…この人が…?)

 頭が真っ白になる。隣にいるユージや綾音さんの息をのむ気配が伝わってくる。これはチャンスだ。断る理由がない。僕たちの音楽が、日本中に、世界中に届くかもしれない、たった一つの道…。

 だが、僕の脳裏に浮かんだのは、輝くステージでも、億千万の賞賛の声でもなかった。公園のベンチで、少し照れくさそうに笑う、けいとさんの顔だった。
 一条零の情熱的な音楽への思いは理解できる。けれど、僕にはけいとさんがいる。そして、僕とけいとさんの間にある音楽と、僕たちの関係性が、何よりも大切だった。今はまだ、僕の音楽を世に広めることよりも、彼女との秘密を守ることを優先したかった。
 この場にいるのは・・・全てけいとさんのためだから・・・

 沈黙が、スタジオを支配する。しびれを切らした司会者が、震える声でマイクを握った。

「さあ…!歴史的な瞬間です! Synaptic Driveの、けんたろうさん! 女王からのラブコール、そのお答えは…!?」

 答えなければ。でも、声が出ない。僕ができることは、ただ一つ。幕の奥で、小さく、しかしはっきりと、首を横に振ることだけだった。

 その動きを、ステージの照明の反射越しに、ユージは見逃さなかった。
 彼の表情が、一瞬だけ「マジかよ…」と歪む。
 隣の綾音さんも、息を呑むのがわかった。
 ビジネスとして、バンドの未来として、これ以上ないチャンス。
 それを棒に振るというのか。

 だが、ユージはすぐに、ふっと息を吐いて、諦めたように、そしてどこか誇らしげに、かすかに笑った。
(…だろうな、お前は)
 彼の脳裏には、恋人の隣で幸せそうに、でも少しだけ小さくなっていたけんたろうの姿が浮かんでいた。
 こいつの音楽の原動力は、野心なんかじゃない。たった一人に届けたいっていう、不器用で、まっすぐな想いだ。

 それは俺だって同じだ!!

 ユージは深呼吸を一つすると、腹を括って、再びマイクを握りしめた。

「…あー、一条さん。最高のオファー、マジで感謝します」

 彼の声に、もう迷いはなかった。

「だけどよ…ワリいな。うちの『スーパープロデューサー』は、ちっとばかし頑固で、人見知りなんだ。何より…こいつの魂(ソウル)は、もっと先を見ているんでね」

 スタジオが、水を打ったように静まり返り、次の瞬間、爆発したような騒ぎになった。 「えええええ!?」 「断った!?」 「どういう意味!?」

 ユージは観客の喧騒を背中で受け止め、一条零の目を真っ直ぐに見据えて、言い放った。
「だから、その話は受けられねえ。ごめんな」

 一条零は、その言葉に、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその意味を理解したのだろう。その表情に落胆の色が浮かんだように見えたのは一瞬だけ。すぐに彼女は、ふっと息を吐き、まるで面白いものを見つけた子供のように、かすかに口元を緩めた。

 一条零は一瞬、寂しそうな表情を見せたが、すぐにいつものクールな面持ちに戻った。

「残念ね……。でも、気が変わったら、いつでも声をかけてください。」
「私は静かに待ちます」

「あなたの方が、音楽に純粋なのかもしれませんね。」

 そう言い残し、彼女は女王の風格を一切崩さず、ステージを去っていった。その去り際まで、一条零のカリスマ性は揺るがなかった。
 番組ディレクターがインカムで絶叫している。「CM行け!今すぐCM!!」

 一条零が去った後、ユージが小声で僕に尋ねた。
「よかったのか、けんたろう?」
「うん……」

 僕は小さく頷いた。その場の選択としては、これが最善だと信じていた。しかし、会場は僕の拒否に騒然となり、
「なぜだ?」「せっかくのチャンスなのに!」
 という声が飛び交う。

 ♪ ♪ ♪

 Synaptic Driveの楽屋にて

 楽屋のドアを閉めた瞬間、重い沈黙が流れた。
 しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは、綾音さんだった。

「……もったいない、お化けが出そうですね」

 彼女は大きなため息をつきながらも、その声には怒りの色はなかった。

「ビジネス的には、最悪の判断です。事務所の口座残高を考えると、今すぐ受けますって土下座したいくらい。…でも」

 綾音さんは、ソファに深く沈み込む僕の隣に座り、優しく言った。

「けんたろうくんが、自分の音楽を一番大切にしたいもののために貫いたんでしょう?だったら、それがSynaptic Driveの答えです。私たちは、そういうバンドなんですから」

「綾音さん…」

「そうだぜ!」
 ユージが、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

「俺はSynaptic Driveのボーカルだぞ?うちの天才プロデューサーが書いた曲を、誰よりもカッケー声で歌うのが俺の仕事だ。そのプロデューサー様が『今はダメ』ってんなら、俺は黙って待つだけだ」

 彼はニヤリと笑って、僕の目を見た。
「それに、だ。一条零に曲を渡さなくたって、俺たちの音楽で、あいつら全員ぶっ飛ばせる。そうだろ?」

「ユージ…」

 目の前が、滲んで見えなくなった。 僕が守りたかったのは、けいとさんとの秘密だけじゃなかった。こうやって、僕のわがままを笑って受け入れてくれる、この二人との絆も、僕が守りたかったものなんだ。

 失ったものは、とてつもなく大きいのかもしれない。 でも、僕たちは、もっと大切なものを、確かに守り抜いた。

「…ありがとう」 僕は、消え入りそうな声で、そう呟いた。


【ネット民の反応】
「はあああああ!? 断っただと!? マジで言ってるのか!?」
「歴史的瞬間を目撃した…一条零をフッたバンドとして永遠に語り継がれるぞ…」
「『こいつの魂は、もっと先を見ているんでね』←パワーワードすぎるwww」
「零様より大事なものってなんだよwww」
「いやいやいや、個人の感情で国家的なチャンスを潰すとかプロ意識ゼロだろ。ありえない」
「↑でも、その一途さが本物のアーティストって感じしない? 金や名声より大事なものがあるって、逆にカッコいいじゃん!」
「わかる。一気にSynaptic Driveのこと好きになったわ。曲だけじゃなく、生き様がロック」
「えー、でも普通にもったいなすぎ。零様とのコラボ、死ぬほど聴きたかったのに…」
「Midnight Verdictファン、歓喜!最大の脅威が自爆してくれたw」
「いや、逆に株上がっただろ。一条零が『待つ』って言ったんだぞ?どんだけの大物だよ、けんたろう…」
「結局、けんたろうって何者なんだよ! 謎が深まる一方じゃねえか!」
「今回の件でファンになったヤツと、ガッカリしたヤツで真っ二つに分かれてんな。まさに賛否両論」
「どっちにしろ、Synaptic Driveから目が離せなくなったことだけは確かだわ…」
「自分の信念のためにコラボ蹴るって現代にそんな奴まだいたんだな。逆に惚れた」
「このバンド、アーティスト志向すぎ……でも曲聴いたら文句言えんわ」
「『信じるもののために歌う』ってロマンだけど、納得できるやつとできないやつの壁が分厚すぎる」
「零様の“また待ちます”の言葉、死ぬほど痺れた!」



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次のエピソードへ進む vol.13 魂の在り処


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 一条零の言葉が、スタジオの時間を止めた。スポットライトの熱、観客の視線、テレビカメラの無機質なレンズ。その全てが、幕の奥にいる僕一人に突き刺さる。
(歌いたい…僕の音楽を…この人が…?)
 頭が真っ白になる。隣にいるユージや綾音さんの息をのむ気配が伝わってくる。これはチャンスだ。断る理由がない。僕たちの音楽が、日本中に、世界中に届くかもしれない、たった一つの道…。
 だが、僕の脳裏に浮かんだのは、輝くステージでも、億千万の賞賛の声でもなかった。公園のベンチで、少し照れくさそうに笑う、けいとさんの顔だった。
 一条零の情熱的な音楽への思いは理解できる。けれど、僕にはけいとさんがいる。そして、僕とけいとさんの間にある音楽と、僕たちの関係性が、何よりも大切だった。今はまだ、僕の音楽を世に広めることよりも、彼女との秘密を守ることを優先したかった。
 この場にいるのは・・・全てけいとさんのためだから・・・
 沈黙が、スタジオを支配する。しびれを切らした司会者が、震える声でマイクを握った。
「さあ…!歴史的な瞬間です! Synaptic Driveの、けんたろうさん! 女王からのラブコール、そのお答えは…!?」
 答えなければ。でも、声が出ない。僕ができることは、ただ一つ。幕の奥で、小さく、しかしはっきりと、首を横に振ることだけだった。
 その動きを、ステージの照明の反射越しに、ユージは見逃さなかった。
 彼の表情が、一瞬だけ「マジかよ…」と歪む。
 隣の綾音さんも、息を呑むのがわかった。
 ビジネスとして、バンドの未来として、これ以上ないチャンス。
 それを棒に振るというのか。
 だが、ユージはすぐに、ふっと息を吐いて、諦めたように、そしてどこか誇らしげに、かすかに笑った。
(…だろうな、お前は)
 彼の脳裏には、恋人の隣で幸せそうに、でも少しだけ小さくなっていたけんたろうの姿が浮かんでいた。
 こいつの音楽の原動力は、野心なんかじゃない。たった一人に届けたいっていう、不器用で、まっすぐな想いだ。
 それは俺だって同じだ!!
 ユージは深呼吸を一つすると、腹を括って、再びマイクを握りしめた。
「…あー、一条さん。最高のオファー、マジで感謝します」
 彼の声に、もう迷いはなかった。
「だけどよ…ワリいな。うちの『スーパープロデューサー』は、ちっとばかし頑固で、人見知りなんだ。何より…こいつの魂(ソウル)は、もっと先を見ているんでね」
 スタジオが、水を打ったように静まり返り、次の瞬間、爆発したような騒ぎになった。 「えええええ!?」 「断った!?」 「どういう意味!?」
 ユージは観客の喧騒を背中で受け止め、一条零の目を真っ直ぐに見据えて、言い放った。
「だから、その話は受けられねえ。ごめんな」
 一条零は、その言葉に、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその意味を理解したのだろう。その表情に落胆の色が浮かんだように見えたのは一瞬だけ。すぐに彼女は、ふっと息を吐き、まるで面白いものを見つけた子供のように、かすかに口元を緩めた。
 一条零は一瞬、寂しそうな表情を見せたが、すぐにいつものクールな面持ちに戻った。
「残念ね……。でも、気が変わったら、いつでも声をかけてください。」
「私は静かに待ちます」
「あなたの方が、音楽に純粋なのかもしれませんね。」
 そう言い残し、彼女は女王の風格を一切崩さず、ステージを去っていった。その去り際まで、一条零のカリスマ性は揺るがなかった。
 番組ディレクターがインカムで絶叫している。「CM行け!今すぐCM!!」
 一条零が去った後、ユージが小声で僕に尋ねた。
「よかったのか、けんたろう?」
「うん……」
 僕は小さく頷いた。その場の選択としては、これが最善だと信じていた。しかし、会場は僕の拒否に騒然となり、
「なぜだ?」「せっかくのチャンスなのに!」
 という声が飛び交う。
 ♪ ♪ ♪
 Synaptic Driveの楽屋にて
 楽屋のドアを閉めた瞬間、重い沈黙が流れた。
 しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは、綾音さんだった。
「……もったいない、お化けが出そうですね」
 彼女は大きなため息をつきながらも、その声には怒りの色はなかった。
「ビジネス的には、最悪の判断です。事務所の口座残高を考えると、今すぐ受けますって土下座したいくらい。…でも」
 綾音さんは、ソファに深く沈み込む僕の隣に座り、優しく言った。
「けんたろうくんが、自分の音楽を一番大切にしたいもののために貫いたんでしょう?だったら、それがSynaptic Driveの答えです。私たちは、そういうバンドなんですから」
「綾音さん…」
「そうだぜ!」
 ユージが、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でた。
「俺はSynaptic Driveのボーカルだぞ?うちの天才プロデューサーが書いた曲を、誰よりもカッケー声で歌うのが俺の仕事だ。そのプロデューサー様が『今はダメ』ってんなら、俺は黙って待つだけだ」
 彼はニヤリと笑って、僕の目を見た。
「それに、だ。一条零に曲を渡さなくたって、俺たちの音楽で、あいつら全員ぶっ飛ばせる。そうだろ?」
「ユージ…」
 目の前が、滲んで見えなくなった。 僕が守りたかったのは、けいとさんとの秘密だけじゃなかった。こうやって、僕のわがままを笑って受け入れてくれる、この二人との絆も、僕が守りたかったものなんだ。
 失ったものは、とてつもなく大きいのかもしれない。 でも、僕たちは、もっと大切なものを、確かに守り抜いた。
「…ありがとう」 僕は、消え入りそうな声で、そう呟いた。
【ネット民の反応】
「はあああああ!? 断っただと!? マジで言ってるのか!?」
「歴史的瞬間を目撃した…一条零をフッたバンドとして永遠に語り継がれるぞ…」
「『こいつの魂は、もっと先を見ているんでね』←パワーワードすぎるwww」
「零様より大事なものってなんだよwww」
「いやいやいや、個人の感情で国家的なチャンスを潰すとかプロ意識ゼロだろ。ありえない」
「↑でも、その一途さが本物のアーティストって感じしない? 金や名声より大事なものがあるって、逆にカッコいいじゃん!」
「わかる。一気にSynaptic Driveのこと好きになったわ。曲だけじゃなく、生き様がロック」
「えー、でも普通にもったいなすぎ。零様とのコラボ、死ぬほど聴きたかったのに…」
「Midnight Verdictファン、歓喜!最大の脅威が自爆してくれたw」
「いや、逆に株上がっただろ。一条零が『待つ』って言ったんだぞ?どんだけの大物だよ、けんたろう…」
「結局、けんたろうって何者なんだよ! 謎が深まる一方じゃねえか!」
「今回の件でファンになったヤツと、ガッカリしたヤツで真っ二つに分かれてんな。まさに賛否両論」
「どっちにしろ、Synaptic Driveから目が離せなくなったことだけは確かだわ…」
「自分の信念のためにコラボ蹴るって現代にそんな奴まだいたんだな。逆に惚れた」
「このバンド、アーティスト志向すぎ……でも曲聴いたら文句言えんわ」
「『信じるもののために歌う』ってロマンだけど、納得できるやつとできないやつの壁が分厚すぎる」
「零様の“また待ちます”の言葉、死ぬほど痺れた!」