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#65 天国と地獄 その12 (ダスク視点)

ー/ー



 結論から言おう。


 俺たちは負けた。


 上から下された命令ではなく、自分たちの意志で選び、始めた戦い。
 敬愛する主君とその家族を理不尽な処刑から救うという、死んでも負けられない戦いに、俺たちは敗北してしまった。


 否、ただ敗北したのではない。
 俺が味わったのは、最も残酷な結末だった。




「しっかりしろ、グレックス……!」


 ゼェゼェと苦し気な息遣いが、少しずつ弱くなってきている。


「ダスク……あいつらは……レヴランたち、は……どこだ?」
「……グロームは後ろに居る。他の奴は……ここまでは来れなかった」


 答えると、彼の顔がぐしゃりと歪んだ。
 苦痛の表情ではなく、それは悲しみの色。


「俺の、見通しが……あまかった、せいだ……すまない……」
「……お前のせいじゃない」


 囚われたカルディス王弟と、その家族の救出。
 とは言え、四人が囚われている牢に直接乗り込んで救出したり、ベナト王や教皇を暗殺または捕縛するなどという案は、王宮やサウレス=サンジョーレ曙光島に忍び込める秘密の通路でも無い限り不可能だ。


 最も現実的だったのはベナト王の嫡男、すなわち王太子を拉致してカルディス王弟たちとの交換に持ち込む、という作戦だった。
 まだ十二歳の少年を襲撃して拉致するなど見栄えの良いやり方ではないが、ディルクら罪の無い魔才持ちたちを拉致し、誰よりも国に献身してきたカルディス王弟を罪人に仕立てて処刑しようとする連中に手段を選ぶ必要など無いと、誰も反対はしなかった。


 しかし──俺たちは失敗した。
 誤算だったのは、俺たちの襲撃を読んでいたのか、王太子の護衛に聖騎士団の精鋭までもが加わり、予定よりも増えていたことだった。


 それでも打てる手が限られていた俺たちには、あのタイミングしか無く、無謀と言われようと挑まざるを得なかったのだ。
 結果、俺たちは見事に返り討ちに遭い、親衛隊二十三名の内、追撃を掻い潜ってここまで逃げて来れたのは俺とグローム、そして瀕死のグレックスのみ。


 腕の中で横たわる真っ赤なその身には、至る所に穴が空き、いくつかは肺にまで達していた。
 まともに呼吸ができず、まだこうして会話を続けていられること自体が奇跡と言っていい状態だった。


 せめてレヴランだけでも居てくれたならば、彼の魔法でグレックスを治せたというのに。
 快癒術師(ヒーラー)治癒魔導薬(キュア・ポーション)も無い以上、最早グレックスが助かる道は無い。
 それが分かっているグロームも、後ろの方で声を殺して泣いていた。


「ダスク……たの、む……」


 弱々しい声で彼が懇願する。


 苦しむ今の彼に俺がしてやれることは、ただ一つ。
 抜いた短剣の切っ先を、戦友の心臓に当てる。


 迷った。


 やりたいはずが無かった。
 共に訓練し、共に戦ってきた仲間だ。
 否、仲間たちは家族だった。


 しかし、やらなければ彼の苦痛は長引くばかり。


「──済まない」


 罪悪感を堪え、最後の力を切っ先に込めた。


 苦しみから解放された彼は、まるで眠っているようだった。


「また……俺たちだけになったな……」


 荼毘(だび)に付して、灰になった戦友が黄昏の空へ舞い上がっていく。


 カルディス王弟と出会う前の、二人ぼっちの兄弟だった頃が脳裏に甦る。
 あれから十年が経ち、世の中は変わった。
 俺たちも変わった。


 ただ、こんな感情を味わうことなどあの頃は無かった。
 怒りと悲しみ、恨み、憎しみ──あらゆる負の感情をごった煮にしたような、とても言葉では言い表せないこの気持ちだけは。


「だがダスク、俺は絶対に屈しねえ……。ここで諦めたらグレックスたちの死が無駄になる。例え最後の一人になろうとも、この命が尽きようとも、アンデッドになってでも奴らに抗ってやる……!」


 俺も全く同じ気持ちだが、しかし抗ったとしても仲間たちが死んで二人だけになってしまった以上、どう足掻こうが望む結果は訪れない。
 いっそ二人で王宮かサウレス=サンジョーレ曙光島に特攻して、一人でも多く道連れにして華々しく討ち死にでもしようかと思っていた、その矢先のことだった。


「ダスク……それは本当なのか?」
「ああ。信じられないが、本当だ。見てみろ」


 カルディス親衛隊の最後の生き残り、ダスクとグローム。


 両名は幼き頃から悪逆の限りを尽くし、カルディス王弟に仕えてからも、その(よこしま)なる性根は全く変わることが無く今回の謀叛にも積極的に加担、聖騎士や罪無き市民を数多く手に掛けた悪魔の化身であり、一片の慈悲にも値しないことは揺るがぬ事実。


 しかし、類稀なる武勇を以て多くの魔物を討ち、国難を退(しりぞ)けてきたこともまた揺るがぬ事実。
 そこで国王と教皇は特別に、非公式ながら二名に取引を持ち掛ける。


 兄にして主君でもあるベナト王に刃を向け、王位簒奪を試みたカルディス王弟の罪は赦し難く、その一族縁者には処刑の末、冥獄墓所への葬送こそ相応しいが、二名が潔く出頭すれば王弟の娘ダイアの助命だけは聞き入れる──。


 俺たちの元へ届いた密書には、そのように記されていた。


「しかも国王と教皇の連名だ。『招聖の儀』の真相を知る俺たちを、奴らは何としても始末したいらしい」


 俺たちが世間に真相を公表した所で、異世界から『聖女』を召喚するなどという突拍子も無い話、誰にも信じて貰えないだろう。


「だが何故ダイア様だけは生かすんだ? ダイア様も『儀式』の真相を知ってるぞ」
「俺たちにいつまでも暴れられて余計な死人を増やすよりは、女一人解放した方が安く済む、ということなんだろう」


 密書には「助命する」とは書かれていても「解放する」とは書かれていなかった。
 生命は保証されても自由は保証されず、ほとぼりが冷めるまでは監視下に置かれるのだろう。


「どうする、ダスク? この話、受けるべきか?」


 三日以内にサウレス=サンジョーレ曙光島へ出頭すべし、と書状には記されていた。
 この隠れ家から王都を目指すなら、少なくとも今日中に発たなければならず、長々と考えている時間は無い。


 決断は今、下すしか無い。


「お前は受けるべきと考えているんだな」


 目の前には、決意と覚悟の表情。


「……このまま戦った所で、もう戦果は挙げられない。遅かれ早かれ捕らえられて処刑されるんだったら、この命を何か意味のあることに捧げたい」


 カルディス王弟、セレナ、ディルクの死の運命を覆すことは最早叶わない。
 ならばせめてダイア一人だけでも救わなくては、これまでの戦い全てが無駄となり、散っていったグレックスやレヴランたちにも合わせる顔が無い。


「……そうだな。もうそれしか無さそうだ」


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 結論から言おう。
 俺たちは負けた。
 上から下された命令ではなく、自分たちの意志で選び、始めた戦い。
 敬愛する主君とその家族を理不尽な処刑から救うという、死んでも負けられない戦いに、俺たちは敗北してしまった。
 否、ただ敗北したのではない。
 俺が味わったのは、最も残酷な結末だった。
「しっかりしろ、グレックス……!」
 ゼェゼェと苦し気な息遣いが、少しずつ弱くなってきている。
「ダスク……あいつらは……レヴランたち、は……どこだ?」
「……グロームは後ろに居る。他の奴は……ここまでは来れなかった」
 答えると、彼の顔がぐしゃりと歪んだ。
 苦痛の表情ではなく、それは悲しみの色。
「俺の、見通しが……あまかった、せいだ……すまない……」
「……お前のせいじゃない」
 囚われたカルディス王弟と、その家族の救出。
 とは言え、四人が囚われている牢に直接乗り込んで救出したり、ベナト王や教皇を暗殺または捕縛するなどという案は、王宮やサウレス=サンジョーレ曙光島に忍び込める秘密の通路でも無い限り不可能だ。
 最も現実的だったのはベナト王の嫡男、すなわち王太子を拉致してカルディス王弟たちとの交換に持ち込む、という作戦だった。
 まだ十二歳の少年を襲撃して拉致するなど見栄えの良いやり方ではないが、ディルクら罪の無い魔才持ちたちを拉致し、誰よりも国に献身してきたカルディス王弟を罪人に仕立てて処刑しようとする連中に手段を選ぶ必要など無いと、誰も反対はしなかった。
 しかし──俺たちは失敗した。
 誤算だったのは、俺たちの襲撃を読んでいたのか、王太子の護衛に聖騎士団の精鋭までもが加わり、予定よりも増えていたことだった。
 それでも打てる手が限られていた俺たちには、あのタイミングしか無く、無謀と言われようと挑まざるを得なかったのだ。
 結果、俺たちは見事に返り討ちに遭い、親衛隊二十三名の内、追撃を掻い潜ってここまで逃げて来れたのは俺とグローム、そして瀕死のグレックスのみ。
 腕の中で横たわる真っ赤なその身には、至る所に穴が空き、いくつかは肺にまで達していた。
 まともに呼吸ができず、まだこうして会話を続けていられること自体が奇跡と言っていい状態だった。
 せめてレヴランだけでも居てくれたならば、彼の魔法でグレックスを治せたというのに。
 |快癒術師《ヒーラー》も|治癒魔導薬《キュア・ポーション》も無い以上、最早グレックスが助かる道は無い。
 それが分かっているグロームも、後ろの方で声を殺して泣いていた。
「ダスク……たの、む……」
 弱々しい声で彼が懇願する。
 苦しむ今の彼に俺がしてやれることは、ただ一つ。
 抜いた短剣の切っ先を、戦友の心臓に当てる。
 迷った。
 やりたいはずが無かった。
 共に訓練し、共に戦ってきた仲間だ。
 否、仲間たちは家族だった。
 しかし、やらなければ彼の苦痛は長引くばかり。
「──済まない」
 罪悪感を堪え、最後の力を切っ先に込めた。
 苦しみから解放された彼は、まるで眠っているようだった。
「また……俺たちだけになったな……」
 |荼毘《だび》に付して、灰になった戦友が黄昏の空へ舞い上がっていく。
 カルディス王弟と出会う前の、二人ぼっちの兄弟だった頃が脳裏に甦る。
 あれから十年が経ち、世の中は変わった。
 俺たちも変わった。
 ただ、こんな感情を味わうことなどあの頃は無かった。
 怒りと悲しみ、恨み、憎しみ──あらゆる負の感情をごった煮にしたような、とても言葉では言い表せないこの気持ちだけは。
「だがダスク、俺は絶対に屈しねえ……。ここで諦めたらグレックスたちの死が無駄になる。例え最後の一人になろうとも、この命が尽きようとも、アンデッドになってでも奴らに抗ってやる……!」
 俺も全く同じ気持ちだが、しかし抗ったとしても仲間たちが死んで二人だけになってしまった以上、どう足掻こうが望む結果は訪れない。
 いっそ二人で王宮かサウレス=サンジョーレ曙光島に特攻して、一人でも多く道連れにして華々しく討ち死にでもしようかと思っていた、その矢先のことだった。
「ダスク……それは本当なのか?」
「ああ。信じられないが、本当だ。見てみろ」
 カルディス親衛隊の最後の生き残り、ダスクとグローム。
 両名は幼き頃から悪逆の限りを尽くし、カルディス王弟に仕えてからも、その|邪《よこしま》なる性根は全く変わることが無く今回の謀叛にも積極的に加担、聖騎士や罪無き市民を数多く手に掛けた悪魔の化身であり、一片の慈悲にも値しないことは揺るがぬ事実。
 しかし、類稀なる武勇を以て多くの魔物を討ち、国難を|退《しりぞ》けてきたこともまた揺るがぬ事実。
 そこで国王と教皇は特別に、非公式ながら二名に取引を持ち掛ける。
 兄にして主君でもあるベナト王に刃を向け、王位簒奪を試みたカルディス王弟の罪は赦し難く、その一族縁者には処刑の末、冥獄墓所への葬送こそ相応しいが、二名が潔く出頭すれば王弟の娘ダイアの助命だけは聞き入れる──。
 俺たちの元へ届いた密書には、そのように記されていた。
「しかも国王と教皇の連名だ。『招聖の儀』の真相を知る俺たちを、奴らは何としても始末したいらしい」
 俺たちが世間に真相を公表した所で、異世界から『聖女』を召喚するなどという突拍子も無い話、誰にも信じて貰えないだろう。
「だが何故ダイア様だけは生かすんだ? ダイア様も『儀式』の真相を知ってるぞ」
「俺たちにいつまでも暴れられて余計な死人を増やすよりは、女一人解放した方が安く済む、ということなんだろう」
 密書には「助命する」とは書かれていても「解放する」とは書かれていなかった。
 生命は保証されても自由は保証されず、ほとぼりが冷めるまでは監視下に置かれるのだろう。
「どうする、ダスク? この話、受けるべきか?」
 三日以内にサウレス=サンジョーレ曙光島へ出頭すべし、と書状には記されていた。
 この隠れ家から王都を目指すなら、少なくとも今日中に発たなければならず、長々と考えている時間は無い。
 決断は今、下すしか無い。
「お前は受けるべきと考えているんだな」
 目の前には、決意と覚悟の表情。
「……このまま戦った所で、もう戦果は挙げられない。遅かれ早かれ捕らえられて処刑されるんだったら、この命を何か意味のあることに捧げたい」
 カルディス王弟、セレナ、ディルクの死の運命を覆すことは最早叶わない。
 ならばせめてダイア一人だけでも救わなくては、これまでの戦い全てが無駄となり、散っていったグレックスやレヴランたちにも合わせる顔が無い。
「……そうだな。もうそれしか無さそうだ」