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#63 天国と地獄 その10 (ダスク視点)

ー/ー



 【現在】


 今、俺の目の前には一人の老人。


 彼の名はケルド・ヴォン・ウルヴァルゼ。
 そう、現在のウルヴァルゼ帝国の権力機構の頂点に君臨する、皇帝陛下その人である。


 侵入者が隣に居るなどとも露知らず、柔らかなシーツが敷かれた豪勢なベッドの上で、安らかな寝息を立てている。


「──起きろ」


 蹴りを一発、ベッドに叩き込む。
 豪快に破壊されたベッドが引っ繰り返り、横たわっていたケルド帝が床上に投げ出された。


「な、何だ……!?」


 心地良い眠りから一転、今までの人生で最も暴力的な起こし方をされれば、誰でも驚く。


「な……ッ、だ、誰だ、貴様は……!?」


 目の前の俺に気付いた老人が、ギョッと顔を引き()らせる。


 慌ててベッド脇のテーブルに置いてあった魔導具の鈴を取り、振り鳴らす。
 この部屋は完全防音であるため、今の破壊音すら外には届かないのだが、あの警報鈴を鳴らせば、外に居る近衛兵が即座に突入してくる手筈となっている。


 しかし──


「ど、どうした……? 近衛兵! 曲者であるぞ! 早く取り押さえよッ!!」


 もう一度鈴を鳴らし、声の限り叫んでみても、扉を開けてこの部屋に入って来る者は誰一人居ない。


「残念ながら、外の連中は夢の中だ。夜が明けるまで目覚めはしない」


 更に言うならば、ここに来るまでに遭遇した連中は全員やり過ごすか気絶させたため、廷内の者は侵入者の存在自体に気付いていない。
 彼らが気付く頃には、全てが終わっている。


「俺はダスク。既に栄耀教会から聞いているだろうが、冥獄墓所から復活したヴァンパイアだ」
「……ッ」


 王国時代まで(さかのぼ)っても、宮廷の中にまで侵入したアンデッドは歴史上俺だけだろう。
 ましてそれが皇帝の寝室に入り込んだことに、ケルド帝もショックを隠し切れない様子だった。


「な、何が望みだ……?」
「望み? あんたには俺が財宝目当てのコソ泥にでも見えるのか?」


 抜いた剣が、月光を浴びて美しくも危険な輝きを放つ。


「な、何故、予の命を狙う……? 理由は何だ?」


 壁まで後退(あとずさ)った皇帝が、震え切った声で問う。


「俺の主君はカルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ。皇帝なら聞いたことがあるはずだ」
「カルディス……三百年前のベナト公の弟か。王位の簒奪(さんだつ)を目論み、謀叛を企てた反逆の王族であったな……」


 現在に深く関わる、初代『聖女』が召喚された重要な時代であるため、ケルド帝も当時の史料や記録を読んで記憶に新しいようだ。


「それはベナトと栄耀教会によってでっち上げられ、偽りの光で照らされた歴史。闇の底に葬られた真実、皇帝(あんた)なら知っているんじゃないか?」


 勝てば官軍、負ければ賊軍。
 歴史書に(つづ)られるのは、勝者の輝かしい英雄譚。
 敗者は悪役として描かれるか、登場することさえ許されない。


「知らないのなら教えてやる。忘れたのなら思い出させてやる。当時何があったのか、あんたの偉大なご先祖様が、殿下や俺たちに何をしたのかをな──」



 【三百年前】



 カルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ、謀叛──。


 その一報は、俺たちに衝撃をもたらした。


「馬鹿な、有り得ない……! 殿下に限ってそんなことがあるはずが無いッ!」


 激昂の叫びを上げたのはグレックス。


「カルディス・ジェルド・ウルヴァルゼは王位簒奪を目論み、謁見の際にベナト王の暗殺を謀るもこれに失敗、反逆罪にて現在は幽閉され、然る後に処刑される予定──だそうだ」


 読み上げたレヴランが、手紙をグシャリと握り潰す。
 怒りに震えているのは彼も同じだ。


「一体何なんだよ、これは……ッ!? どうなってるんだ、えぇ!?」
「落ち着け、グローム。……どうやらベナト王は、事情を知ってしまった殿下を生かしておく気は無いようだな。ディルク様と共に口を封じて真相を闇に葬る気だ」


 何故その考えに至らなかったのかという後悔が、俺の中で渦巻いている。
 同行した隊員たちは、既に全員殺されてしまったと考えるべきだ。


「だとしても、ベナト王は何を考えてるんだ? 兄が弟を殺すのか!?」


 幼い頃から兄弟の絆を何よりも心の支えにして生きてきたグロームにも、ベナト王の考えが理解できないようだった。


「……俺たちが殿下に拾われるずっと前のことだ。『邪神の息吹』によって広まった疫病で先代の国王と王太子が相次いで急死したことで、ベナト王とカルディス殿下の間で王位争いが起きたんだ」


 この中で最も古株のグレックスが、俺たちの知らない歴史を語る。


「序列で言えば第二王子のベナト王が継ぐはずだったが、その頃から殿下は類稀(たぐいまれ)なる才覚を発揮していてな。『邪神の息吹』で混沌とした時代に求められるのは能ある王であるとして、第三王子だったカルディス殿下を推す者も多かったそうだ。だが……」
「当の殿下は王位など望んでいなかった。そうだな?」


 グレックスが頷く。


「只でさえ『邪神の息吹』で父と兄が死に、国中がゴタゴタしている中で王位争いが起きれば、更なる混乱で国力が低下すると考えた殿下は、王位を継がないことを公式に宣言したんだ。本格化する前に王位争いは終わり、ベナト王が順当に即位したって訳だ」


 もしもカルディス王弟が即位していれば、俺たちと出会うことも無かっただろう。
 国を二つに割らないために身を退いた彼は、軍才を活かせる将軍の道へ進み、最前線で魔物と戦う危険な役割を担った。


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 【現在】
 今、俺の目の前には一人の老人。
 彼の名はケルド・ヴォン・ウルヴァルゼ。
 そう、現在のウルヴァルゼ帝国の権力機構の頂点に君臨する、皇帝陛下その人である。
 侵入者が隣に居るなどとも露知らず、柔らかなシーツが敷かれた豪勢なベッドの上で、安らかな寝息を立てている。
「──起きろ」
 蹴りを一発、ベッドに叩き込む。
 豪快に破壊されたベッドが引っ繰り返り、横たわっていたケルド帝が床上に投げ出された。
「な、何だ……!?」
 心地良い眠りから一転、今までの人生で最も暴力的な起こし方をされれば、誰でも驚く。
「な……ッ、だ、誰だ、貴様は……!?」
 目の前の俺に気付いた老人が、ギョッと顔を引き|攣《つ》らせる。
 慌ててベッド脇のテーブルに置いてあった魔導具の鈴を取り、振り鳴らす。
 この部屋は完全防音であるため、今の破壊音すら外には届かないのだが、あの警報鈴を鳴らせば、外に居る近衛兵が即座に突入してくる手筈となっている。
 しかし──
「ど、どうした……? 近衛兵! 曲者であるぞ! 早く取り押さえよッ!!」
 もう一度鈴を鳴らし、声の限り叫んでみても、扉を開けてこの部屋に入って来る者は誰一人居ない。
「残念ながら、外の連中は夢の中だ。夜が明けるまで目覚めはしない」
 更に言うならば、ここに来るまでに遭遇した連中は全員やり過ごすか気絶させたため、廷内の者は侵入者の存在自体に気付いていない。
 彼らが気付く頃には、全てが終わっている。
「俺はダスク。既に栄耀教会から聞いているだろうが、冥獄墓所から復活したヴァンパイアだ」
「……ッ」
 王国時代まで|遡《さかのぼ》っても、宮廷の中にまで侵入したアンデッドは歴史上俺だけだろう。
 ましてそれが皇帝の寝室に入り込んだことに、ケルド帝もショックを隠し切れない様子だった。
「な、何が望みだ……?」
「望み? あんたには俺が財宝目当てのコソ泥にでも見えるのか?」
 抜いた剣が、月光を浴びて美しくも危険な輝きを放つ。
「な、何故、予の命を狙う……? 理由は何だ?」
 壁まで|後退《あとずさ》った皇帝が、震え切った声で問う。
「俺の主君はカルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ。皇帝なら聞いたことがあるはずだ」
「カルディス……三百年前のベナト公の弟か。王位の|簒奪《さんだつ》を目論み、謀叛を企てた反逆の王族であったな……」
 現在に深く関わる、初代『聖女』が召喚された重要な時代であるため、ケルド帝も当時の史料や記録を読んで記憶に新しいようだ。
「それはベナトと栄耀教会によってでっち上げられ、偽りの光で照らされた歴史。闇の底に葬られた真実、|皇帝《あんた》なら知っているんじゃないか?」
 勝てば官軍、負ければ賊軍。
 歴史書に|綴《つづ》られるのは、勝者の輝かしい英雄譚。
 敗者は悪役として描かれるか、登場することさえ許されない。
「知らないのなら教えてやる。忘れたのなら思い出させてやる。当時何があったのか、あんたの偉大なご先祖様が、殿下や俺たちに何をしたのかをな──」
 【三百年前】
 カルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ、謀叛──。
 その一報は、俺たちに衝撃をもたらした。
「馬鹿な、有り得ない……! 殿下に限ってそんなことがあるはずが無いッ!」
 激昂の叫びを上げたのはグレックス。
「カルディス・ジェルド・ウルヴァルゼは王位簒奪を目論み、謁見の際にベナト王の暗殺を謀るもこれに失敗、反逆罪にて現在は幽閉され、然る後に処刑される予定──だそうだ」
 読み上げたレヴランが、手紙をグシャリと握り潰す。
 怒りに震えているのは彼も同じだ。
「一体何なんだよ、これは……ッ!? どうなってるんだ、えぇ!?」
「落ち着け、グローム。……どうやらベナト王は、事情を知ってしまった殿下を生かしておく気は無いようだな。ディルク様と共に口を封じて真相を闇に葬る気だ」
 何故その考えに至らなかったのかという後悔が、俺の中で渦巻いている。
 同行した隊員たちは、既に全員殺されてしまったと考えるべきだ。
「だとしても、ベナト王は何を考えてるんだ? 兄が弟を殺すのか!?」
 幼い頃から兄弟の絆を何よりも心の支えにして生きてきたグロームにも、ベナト王の考えが理解できないようだった。
「……俺たちが殿下に拾われるずっと前のことだ。『邪神の息吹』によって広まった疫病で先代の国王と王太子が相次いで急死したことで、ベナト王とカルディス殿下の間で王位争いが起きたんだ」
 この中で最も古株のグレックスが、俺たちの知らない歴史を語る。
「序列で言えば第二王子のベナト王が継ぐはずだったが、その頃から殿下は|類稀《たぐいまれ》なる才覚を発揮していてな。『邪神の息吹』で混沌とした時代に求められるのは能ある王であるとして、第三王子だったカルディス殿下を推す者も多かったそうだ。だが……」
「当の殿下は王位など望んでいなかった。そうだな?」
 グレックスが頷く。
「只でさえ『邪神の息吹』で父と兄が死に、国中がゴタゴタしている中で王位争いが起きれば、更なる混乱で国力が低下すると考えた殿下は、王位を継がないことを公式に宣言したんだ。本格化する前に王位争いは終わり、ベナト王が順当に即位したって訳だ」
 もしもカルディス王弟が即位していれば、俺たちと出会うことも無かっただろう。
 国を二つに割らないために身を退いた彼は、軍才を活かせる将軍の道へ進み、最前線で魔物と戦う危険な役割を担った。