表示設定
表示設定
目次 目次




第133話 時間の重さ

ー/ー



「お前ら、まだ話していたのか」

 入ってきた人物は、気だるそうにしながら全体を見渡した。
 少しだけ場の緊迫感が増した。
 現れたのが顧問の小林先生だったから。
 通称コバセン。放任主義を掲げる国語の教師。

「すみませんコバセン。まだまだかかりそうです」

 答えたのは樫田だった。
 コバセンはじっと樫田を見ながら、ため息をついた。

「はぁ、轟から聞いたけど、お前ら一年生の前で喧嘩したんだってな」

「ええ、椎名と増倉が、ですよ」

「問題は誰がじゃないことぐらい分かってんだろ? 未然に防げなかったみんなの責任だ」

「……はい、そうです」

「その様子じゃ、何一つ解決してなさそうだな」

「……」

 コバセンは、俺達の様子や場の雰囲気からそう察した。
 教師だからか大人だからかは分からないが、コバセンは呆れたようだった。

「で、もうすぐ閉校時間だが、いつ終わるんだ?」

 誰でもなく、俺たちみんなにコバセンは問うた。
 しかし俺たちは誰一人として、その答えを持ち合わせていなかった。
 沈黙が二秒も続くとコバセンは再度ため息をついた。

「はぁ、俺は放任主義だが、基本的なことは教えているつもりだ。いつまでに、どれぐらいの量の、何を終わらせる目途は立てるように。終わりがないと人間として締まりが無くなる」

 それは耳にタコができるほど聞いた内容だった。
 少しの苛立ちとそれ以上の自分に対する惨めさが喉を絞める。
 分かり切った正論を前に、何も言えずにいた。

「期限はあります。ただ誰一人として自分の意見を曲げる気がないんです」

 この状況でコバセンと対等に話しているのは樫田だけだった。

「つまるところ、堂々巡りってことだろ」

「別に、話が進んでいないわけじゃありません」

「同じだ椎名。ぱっと見では話が進んでいるようで、その実、同じ問題で躓いている」

「っ!」

 コバセンの言葉に椎名は表情を歪ませる。
 その通りだった。俺達がさっきまで話していたことは結局、ただ一つの問題であった。
 過程が、原因が、感情が。いろんなもので話はいくらでも延ばせるが、問題の解決へと進んでいるわけではなかった。

「まったく……残念だが今日はここまでだ」

「そんな! コバセン! まだ何も」

「じゃあ増倉、このまま話し合ったら解決できるのか?」

「でも、話し合わないと解決しません!」

 増倉の答えに、コバセンは三度目のため息をついた。
 そして面倒くさそうな顔をしながらも提案する。

「分かった。こうしよう」

 場の温度が少し冷めるのを待つかのように、数秒。
 誰もがコバセンに注目したところで口を開いた。

「残りの話し合いは部活の時間を使え。それ以外の時間を使い、全員で話し合うことは禁止する」

「……! 待ってください! そんな時間はありません!」

 すぐに異を唱えたのは樫田だった。
 その様子は明らかに動揺していた。焦りや戸惑いが目に見えて分かった。
 確かにそうだ。もう春大会まで時間がない。これ以上部活の時間を潰すことはできないはずだ。
 だが、コバセンは淡々と樫田に言う。

「それはお前が何とかしろ

 樫田は苦虫を嚙み潰したような表情になった。
 そんなのお構いなしと言わんばかりに、コバセンは話を進めていく。

「お前たちも高校二年生だ。そろそろ時間が永遠でないことを知れ。物事には優先順位が合って、全てのことが出来ないこと、手に入らないことを実感しろ」

「ですが!」

「樫田。お前はこのまま話し合って、解決すると思うか?」

「そ、れは……」

「その躊躇(ためら)いが答えだ」

 樫田が黙るのを確認すると、コバセンは他のみんなへと視線をやった。
 目が合うと量られているような気分だった。

「で、他に反論や質問がある奴はいるか?」

「先生。その約束を守る必要があるんでしょうか?」

「いい質問だ椎名。その時は罰がある」

「……罰ですか?」

「そうだ。約束を破ったら対価があるのは、ガキでも知っている常識だろ?」

 コバセンはにやっと笑う。対照的に椎名は難しい顔をした。
 次に質問したのは増倉だった。

「コバセン、何で部活の時間を使うんですか?」

「簡単な質問だ増倉。今日の部活中に喧嘩して、そして今の時間で何も得られなかったからだ。お前らは時間の重さを蔑ろにしている。それ故の罰だ」

 横暴だと思う反面、それは理にかなっているとも思ってしまう。
 このまま、ただ話し合っても解決へと向かう想像がつかない。
 それなら気持ちを焦らす意味でも、そういった罰は必要なのではないだろうか。

「けど、現状のままじゃ無駄に時間を浪費するだけか…………杉野、次に集まるタイミングはお前が決めろ」

突然名前が上がり、俺は「え」と驚いた。
 みんなの視線が集まる。

「何で俺が!?」

「だってお前主役だろ。樫田でもいいが、何でもかんでも演出家頼りは良くないしな」

 当たり前かのように、さらっと言うコバセン。
 そりゃ、主役だけど……。

「杉野が次に集まる時を決めること。それまでは稽古に専念しろ」

 釘をさすように、俺を見ながらコバセンはそう指示を出した。
 話が終わろうとしていた時、夏村が質問を投げた。

「コバセン。さっき全員で話し合うことは禁止って言った。個人個人で話す分にはいい?」

「お、いいところに目を付けたな夏村。そうだ。問題ないぞ。けどお前らは全員で話さないと解決しないんだろ?」

「それは、そう」

 コバセンの指摘に頷く夏村。
 そうか、話題に出したりする分には良いのか。

「どのタイミングで集まるかは杉野に任せるが、ちゃんと轟や樫田に話を通すんだぞ」

「はい……」

「よし、そろそろ閉校時間だし、お前ら今日はここまでだ」

 半ば強引だったが、そこで解散になった。
 そのままコバセンに急かされて、俺達は学校を後にするのだった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第134話 バランスの崩壊


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「お前ら、まだ話していたのか」
 入ってきた人物は、気だるそうにしながら全体を見渡した。
 少しだけ場の緊迫感が増した。
 現れたのが顧問の小林先生だったから。
 通称コバセン。放任主義を掲げる国語の教師。
「すみませんコバセン。まだまだかかりそうです」
 答えたのは樫田だった。
 コバセンはじっと樫田を見ながら、ため息をついた。
「はぁ、轟から聞いたけど、お前ら一年生の前で喧嘩したんだってな」
「ええ、椎名と増倉が、ですよ」
「問題は誰がじゃないことぐらい分かってんだろ? 未然に防げなかったみんなの責任だ」
「……はい、そうです」
「その様子じゃ、何一つ解決してなさそうだな」
「……」
 コバセンは、俺達の様子や場の雰囲気からそう察した。
 教師だからか大人だからかは分からないが、コバセンは呆れたようだった。
「で、もうすぐ閉校時間だが、いつ終わるんだ?」
 誰でもなく、俺たちみんなにコバセンは問うた。
 しかし俺たちは誰一人として、その答えを持ち合わせていなかった。
 沈黙が二秒も続くとコバセンは再度ため息をついた。
「はぁ、俺は放任主義だが、基本的なことは教えているつもりだ。いつまでに、どれぐらいの量の、何を終わらせる目途は立てるように。終わりがないと人間として締まりが無くなる」
 それは耳にタコができるほど聞いた内容だった。
 少しの苛立ちとそれ以上の自分に対する惨めさが喉を絞める。
 分かり切った正論を前に、何も言えずにいた。
「期限はあります。ただ誰一人として自分の意見を曲げる気がないんです」
 この状況でコバセンと対等に話しているのは樫田だけだった。
「つまるところ、堂々巡りってことだろ」
「別に、話が進んでいないわけじゃありません」
「同じだ椎名。ぱっと見では話が進んでいるようで、その実、同じ問題で躓いている」
「っ!」
 コバセンの言葉に椎名は表情を歪ませる。
 その通りだった。俺達がさっきまで話していたことは結局、ただ一つの問題であった。
 過程が、原因が、感情が。いろんなもので話はいくらでも延ばせるが、問題の解決へと進んでいるわけではなかった。
「まったく……残念だが今日はここまでだ」
「そんな! コバセン! まだ何も」
「じゃあ増倉、このまま話し合ったら解決できるのか?」
「でも、話し合わないと解決しません!」
 増倉の答えに、コバセンは三度目のため息をついた。
 そして面倒くさそうな顔をしながらも提案する。
「分かった。こうしよう」
 場の温度が少し冷めるのを待つかのように、数秒。
 誰もがコバセンに注目したところで口を開いた。
「残りの話し合いは部活の時間を使え。それ以外の時間を使い、全員で話し合うことは禁止する」
「……! 待ってください! そんな時間はありません!」
 すぐに異を唱えたのは樫田だった。
 その様子は明らかに動揺していた。焦りや戸惑いが目に見えて分かった。
 確かにそうだ。もう春大会まで時間がない。これ以上部活の時間を潰すことはできないはずだ。
 だが、コバセンは淡々と樫田に言う。
「それはお前が何とかしろ《《演出家》》」
 樫田は苦虫を嚙み潰したような表情になった。
 そんなのお構いなしと言わんばかりに、コバセンは話を進めていく。
「お前たちも高校二年生だ。そろそろ時間が永遠でないことを知れ。物事には優先順位が合って、全てのことが出来ないこと、手に入らないことを実感しろ」
「ですが!」
「樫田。お前はこのまま話し合って、解決すると思うか?」
「そ、れは……」
「その躊躇《ためら》いが答えだ」
 樫田が黙るのを確認すると、コバセンは他のみんなへと視線をやった。
 目が合うと量られているような気分だった。
「で、他に反論や質問がある奴はいるか?」
「先生。その約束を守る必要があるんでしょうか?」
「いい質問だ椎名。その時は罰がある」
「……罰ですか?」
「そうだ。約束を破ったら対価があるのは、ガキでも知っている常識だろ?」
 コバセンはにやっと笑う。対照的に椎名は難しい顔をした。
 次に質問したのは増倉だった。
「コバセン、何で部活の時間を使うんですか?」
「簡単な質問だ増倉。今日の部活中に喧嘩して、そして今の時間で何も得られなかったからだ。お前らは時間の重さを蔑ろにしている。それ故の罰だ」
 横暴だと思う反面、それは理にかなっているとも思ってしまう。
 このまま、ただ話し合っても解決へと向かう想像がつかない。
 それなら気持ちを焦らす意味でも、そういった罰は必要なのではないだろうか。
「けど、現状のままじゃ無駄に時間を浪費するだけか…………杉野、次に集まるタイミングはお前が決めろ」
突然名前が上がり、俺は「え」と驚いた。
 みんなの視線が集まる。
「何で俺が!?」
「だってお前主役だろ。樫田でもいいが、何でもかんでも演出家頼りは良くないしな」
 当たり前かのように、さらっと言うコバセン。
 そりゃ、主役だけど……。
「杉野が次に集まる時を決めること。それまでは稽古に専念しろ」
 釘をさすように、俺を見ながらコバセンはそう指示を出した。
 話が終わろうとしていた時、夏村が質問を投げた。
「コバセン。さっき全員で話し合うことは禁止って言った。個人個人で話す分にはいい?」
「お、いいところに目を付けたな夏村。そうだ。問題ないぞ。けどお前らは全員で話さないと解決しないんだろ?」
「それは、そう」
 コバセンの指摘に頷く夏村。
 そうか、話題に出したりする分には良いのか。
「どのタイミングで集まるかは杉野に任せるが、ちゃんと轟や樫田に話を通すんだぞ」
「はい……」
「よし、そろそろ閉校時間だし、お前ら今日はここまでだ」
 半ば強引だったが、そこで解散になった。
 そのままコバセンに急かされて、俺達は学校を後にするのだった。