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#56 天国と地獄 その3 (ダスク視点)

ー/ー



 【三百年前】


「はぁ……はぁ……」


 鬱蒼(うっそう)と茂る草木と、天を覆う暗雲により、太陽も届かない森林の只中。


 周囲に人の気配は無く、佇むのは剣を握り締めた俺一人。
 呼吸は乱れ、剣と鎧は返り血に濡れ、全身の肌は脂汗(まみ)れ。
 すぐにでも倒れ、そのまま眠ってしまいたい所だが、場の状況はそれを許さない。


「来た……!」


 風の如き軽快な、しかし鋭い足音が迫る。


 振り抜き様に一閃。
 歪んだ悲鳴と共に、躍り出たヘルハウンドの首にそれが命中。
 噴き出た血が、シャワーのように髪を濡らす。


「まだ来るか……!」


 分断された頭と胴が地面に着くより先に、耳が新たな足音を感知した。


 集団での狩りを得意とするヘルハウンドの習性は、狂暴化した変異個体であっても変わらない。
 再び背後から足音が迫って来たため、先程と同じように飛び掛かってきた瞬間を見計らって、後ろへ剣を振り抜いた。
 胴が分断、血と臓物が飛散するが、今度は違った。


「挟み撃ちか……!?」


 反対方向からも、こちらへ襲い掛かる気配。


「ぐっ……『火の飛球(ファイヤー・ボール)』ッ!!」


 剣では間に合わないと判断、牙を剥いた狂獣の顔面へ掌を向ける。


 至近距離で火球が直撃、爆裂。
 しかし、焦げ肉の塊となったヘルハウンドと共に、俺もまた爆炎で吹き飛んでしまい、数メートル先まで転がった。


「ぐ……ッ、チクショウ……け、剣はどこだ……!?」


 痛みと熱さで気を失いそうな中で、武器を探し求める。


 そこへ、ズシン、というヘルハウンドのものとは明らかに異なる、重量のある足音が場を揺さ振る。


「あれは……サイクロプス・ゾンビか……!? こんな奴まで出るのかよ……」


 サイクロプスとは、身の丈四メートルの単眼巨人。
 硬い外皮と頑健な筋肉は生半可な斬撃を通さず、その膂力(りょりょく)は大木を持ち上げ大岩をも砕く。
 最大の特徴である単眼は視力に優れるだけでなく、そこから必殺の魔法光線を放つ武器でもある。
 しかもゾンビであるため、苦痛も恐怖も感じず、ひたすら本能のまま向かって来る。


 そんな危険な怪物が、武器を手放してしまった俺に向かって来た。


 ──五体も。


「や、ヤバイ……マジでヤバイぞ……」


 既に囲まれており、血走った五つの凶眼が真っ直ぐ俺を睨み付けていた。
 捕まったが最後、生きたまま全身を喰われてジ・エンド。
 喰うのは自分だとばかりに雄叫びを上げて、不死身の巨人たちが押し寄せてきた。


「……貴様らなんぞに、喰われてたまるか……ッ!」


 そして──
 その後のことは、未だに思い出せない。


「──ぶわ……ッ!?」


 凍るように冷たい水を顔面に浴びせられ、ビクンと体が跳ねた。


「おい、ダスク。大丈夫か……?」


 倒れる俺を覗き込む者。


「うわああああ……ッ!?」


 今まさにサイクロプス・ゾンビに喰われる瞬間かと思って、慌てて起き上がり、飛び退き、無我夢中で剣を探す。


「落ち着け。私だ。カルディスだ」
「え……?」


 よくよく見てみれば、目の前の眼は二つ。
 カルディス王弟だった。


「で、殿下……ここは……サイクロプスは……ッ?」
「大丈夫だ、既に死んでいる。作戦は終了だ」


 カルディス親衛隊のリーダー、グレックスにそう言われ、辺りを見てみると、そこには首を斬り落とされ、或いは脳を吹き飛ばされたサイクロプス・ゾンビが五体。
 戦いは終わっていた──その事実に安堵の息が漏れ、全身の力が抜けた。


「お前らがやってくれたのか……」
「いいや、やったのはお前だ。俺たちがここへ来た時にはこの有様だった。一人でサイクロプス・ゾンビを五体も倒すとは、大した奴だな」
「俺が……?」


 グレックスはそう褒め称えたが、当の俺にそんな記憶は全く無い。


「追い詰められ過ぎて頭と体のリミッターが外れ、敵味方を認識することすらできなくなっていたみたいだな。駆け付けた私たちにまで襲い掛かって来たから、悪いが叩きのめさせて貰ったよ」


 ぼやきながら、親衛隊の魔術師レヴランが俺に治癒魔法を掛ける。
 体の痛みが引き、力が戻ってきた。


「とにかく、よくやった」


 カルディス王弟が、俺の頭をポンと軽く叩く。


「……グロームはどうした? イーバたちと一緒だったはずだが……」


 そう尋ねた所で、こちらへ向かって来る気配。


「グローム、無事だったか」
「ええ……」


 合流したグロームたちが、カルディス王弟に一礼する。
 彼らも血と傷だらけで、速やかにレヴランが治療する。


「グローム……イーバはどうした?」


 彼の姿だけが見えないことに気付いたグレックスが尋ねると、グロームたちの顔色が途端に暗くなった。
 言葉は無くとも、この場の全員がその表情で察した。


 グロームが差し出したのは、無惨に食い千切られた手首。


「回収できたのは、これだけでした……」
「……そうか」


 カルディス王弟が、受け取った手首を握り締める。
 悲しみはしても、イーバの死に驚く者や、共に居たグロームたちを責める者は居ない。
 別にイーバが最初という訳でもなく、そして最後でもないのだから。


 身近な者の死に慣れてしまい、今や涙さえも零れない。


「すみません、俺がしっかりしていれば……」
「自分を責めるな」


 涙を滲ませるグロームの肩を叩いて、カルディス王弟が(なだ)める。
 覚悟はしていたとは言え、親しかったイーバの死は、グロームには強く堪えたことだろう。


「……皆、今日もよくやった。帰るぞ」


 今回の戦闘に参加したカルディス親衛隊は二十名。
 その内、帰還が叶ったのは半数の十名だった。


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 【三百年前】
「はぁ……はぁ……」
 |鬱蒼《うっそう》と茂る草木と、天を覆う暗雲により、太陽も届かない森林の只中。
 周囲に人の気配は無く、佇むのは剣を握り締めた俺一人。
 呼吸は乱れ、剣と鎧は返り血に濡れ、全身の肌は脂汗|塗《まみ》れ。
 すぐにでも倒れ、そのまま眠ってしまいたい所だが、場の状況はそれを許さない。
「来た……!」
 風の如き軽快な、しかし鋭い足音が迫る。
 振り抜き様に一閃。
 歪んだ悲鳴と共に、躍り出たヘルハウンドの首にそれが命中。
 噴き出た血が、シャワーのように髪を濡らす。
「まだ来るか……!」
 分断された頭と胴が地面に着くより先に、耳が新たな足音を感知した。
 集団での狩りを得意とするヘルハウンドの習性は、狂暴化した変異個体であっても変わらない。
 再び背後から足音が迫って来たため、先程と同じように飛び掛かってきた瞬間を見計らって、後ろへ剣を振り抜いた。
 胴が分断、血と臓物が飛散するが、今度は違った。
「挟み撃ちか……!?」
 反対方向からも、こちらへ襲い掛かる気配。
「ぐっ……『|火の飛球《ファイヤー・ボール》』ッ!!」
 剣では間に合わないと判断、牙を剥いた狂獣の顔面へ掌を向ける。
 至近距離で火球が直撃、爆裂。
 しかし、焦げ肉の塊となったヘルハウンドと共に、俺もまた爆炎で吹き飛んでしまい、数メートル先まで転がった。
「ぐ……ッ、チクショウ……け、剣はどこだ……!?」
 痛みと熱さで気を失いそうな中で、武器を探し求める。
 そこへ、ズシン、というヘルハウンドのものとは明らかに異なる、重量のある足音が場を揺さ振る。
「あれは……サイクロプス・ゾンビか……!? こんな奴まで出るのかよ……」
 サイクロプスとは、身の丈四メートルの単眼巨人。
 硬い外皮と頑健な筋肉は生半可な斬撃を通さず、その|膂力《りょりょく》は大木を持ち上げ大岩をも砕く。
 最大の特徴である単眼は視力に優れるだけでなく、そこから必殺の魔法光線を放つ武器でもある。
 しかもゾンビであるため、苦痛も恐怖も感じず、ひたすら本能のまま向かって来る。
 そんな危険な怪物が、武器を手放してしまった俺に向かって来た。
 ──五体も。
「や、ヤバイ……マジでヤバイぞ……」
 既に囲まれており、血走った五つの凶眼が真っ直ぐ俺を睨み付けていた。
 捕まったが最後、生きたまま全身を喰われてジ・エンド。
 喰うのは自分だとばかりに雄叫びを上げて、不死身の巨人たちが押し寄せてきた。
「……貴様らなんぞに、喰われてたまるか……ッ!」
 そして──
 その後のことは、未だに思い出せない。
「──ぶわ……ッ!?」
 凍るように冷たい水を顔面に浴びせられ、ビクンと体が跳ねた。
「おい、ダスク。大丈夫か……?」
 倒れる俺を覗き込む者。
「うわああああ……ッ!?」
 今まさにサイクロプス・ゾンビに喰われる瞬間かと思って、慌てて起き上がり、飛び退き、無我夢中で剣を探す。
「落ち着け。私だ。カルディスだ」
「え……?」
 よくよく見てみれば、目の前の眼は二つ。
 カルディス王弟だった。
「で、殿下……ここは……サイクロプスは……ッ?」
「大丈夫だ、既に死んでいる。作戦は終了だ」
 カルディス親衛隊のリーダー、グレックスにそう言われ、辺りを見てみると、そこには首を斬り落とされ、或いは脳を吹き飛ばされたサイクロプス・ゾンビが五体。
 戦いは終わっていた──その事実に安堵の息が漏れ、全身の力が抜けた。
「お前らがやってくれたのか……」
「いいや、やったのはお前だ。俺たちがここへ来た時にはこの有様だった。一人でサイクロプス・ゾンビを五体も倒すとは、大した奴だな」
「俺が……?」
 グレックスはそう褒め称えたが、当の俺にそんな記憶は全く無い。
「追い詰められ過ぎて頭と体のリミッターが外れ、敵味方を認識することすらできなくなっていたみたいだな。駆け付けた私たちにまで襲い掛かって来たから、悪いが叩きのめさせて貰ったよ」
 ぼやきながら、親衛隊の魔術師レヴランが俺に治癒魔法を掛ける。
 体の痛みが引き、力が戻ってきた。
「とにかく、よくやった」
 カルディス王弟が、俺の頭をポンと軽く叩く。
「……グロームはどうした? イーバたちと一緒だったはずだが……」
 そう尋ねた所で、こちらへ向かって来る気配。
「グローム、無事だったか」
「ええ……」
 合流したグロームたちが、カルディス王弟に一礼する。
 彼らも血と傷だらけで、速やかにレヴランが治療する。
「グローム……イーバはどうした?」
 彼の姿だけが見えないことに気付いたグレックスが尋ねると、グロームたちの顔色が途端に暗くなった。
 言葉は無くとも、この場の全員がその表情で察した。
 グロームが差し出したのは、無惨に食い千切られた手首。
「回収できたのは、これだけでした……」
「……そうか」
 カルディス王弟が、受け取った手首を握り締める。
 悲しみはしても、イーバの死に驚く者や、共に居たグロームたちを責める者は居ない。
 別にイーバが最初という訳でもなく、そして最後でもないのだから。
 身近な者の死に慣れてしまい、今や涙さえも零れない。
「すみません、俺がしっかりしていれば……」
「自分を責めるな」
 涙を滲ませるグロームの肩を叩いて、カルディス王弟が|宥《なだ》める。
 覚悟はしていたとは言え、親しかったイーバの死は、グロームには強く堪えたことだろう。
「……皆、今日もよくやった。帰るぞ」
 今回の戦闘に参加したカルディス親衛隊は二十名。
 その内、帰還が叶ったのは半数の十名だった。