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スランプ関税を阻止するべし!(前編)

ー/ー



 読者諸君は、ここ日本にもCIAのような諜報活動をする組織が存在するのをご存じだろうか。そんな組織は聞いた事が無いって? それも致し方無いと言える。この組織の活動は一般の国民には知られない水面下での活動が中心であり、夕方や夜の地上波のニュースで放送されるような事は、まず無いと言っていいい。全ては隠密行動であり、任務中に捕縛され、例え死亡するような事になっても政府は一切関知しない。それが、内閣調査室特捜班である。


 *    *    *


 参議院選挙を再来週に控えた『石橋政権』の内閣府。その参議院選挙ももちろん大事ではあるが、それよりも前に外務省官僚達にとっては避けては通れない試練があった。

「いよいよ、約束期日の9日が近づいてまいりました。我々はいったいどうすればいいんでしょうか」

「まあ、大臣が7回も出向いて交渉しようとしているが、最近では会ってももらえないみたいじゃないか。この段階でこんな調子では、はっきり云って交渉は絶望的だろうね」

 アメリカのスランプ大統領による世界各国へ課された輸出品への関税問題。アメリカとは同盟関係である日本は例外的な措置が取られるのでは……と期待されたが、蓋を開けてみればスランプ大統領は日本にも他の国と同じく自動車に対し24%という高い税率の関税をかけて来たのだ。

「とにかく、9日になればスランプ大統領はまだ関税の決まっていない国に対して税率を記入した書簡を渡すと云っているんだ。下手をすれば、ペナルティでさらに税率が上がる可能性だってある」 

「…………」


 二人の官僚の間に重い空気が流れた。やがて、沈黙を破るようにひとりの官僚がぽつりと呟いた。


「やはり、な」

「困った時の調ですね」


 *    *    *


 ――7月8日アメリカワシントン州ホワイトハウス……スランプ関税書簡送付のタイムリミットまであと1日――

「スランプ大統領! どうかもう一度考え直してはいただけないでしょうか!」

「ハッハッハッ! ミスターイシバシ。いつになったらホワイトハウスに来るかと思えば、こんな間際に来たってトゥレイトだ。決断が遅いんだよ、君は」

「そこをなんとか! 日本の自動車の関税が上がれば、アメリカ本国での価格も上がり、結局困るのはアメリカの国民なんですよ!」

「ノープロブレムだ! 価格が上がれば、国民はニッポンの自動車を買わずにアメリカ車を買う。けっこうな事じゃないか」

 タイムリミット直前になって、急遽石橋総理は数人の付添人を連れてホワイトハウスへと出向いて来た。しかし、総理の必死の訴えも届かず、スランプ大統領は余裕綽綽な表情でテーブルの上にあったアイスコーヒーを飲み干すと、石橋総理に冷たく云い放った。

「残念だが、もう関税は引き下げない。ミスターイシバシ。君はゴルフもやらないし、一緒にいても楽しくないんだよ」

「そんなっ! お願いです。大統領! 是非もう一度考え直して下さい!」

 部屋を出ようとしたスランプ大統領の手を両手で握り、石橋総理は必死に訴えた。その時だった。


 グルルルル………


 突然、スランプ大統領の腹が調

(なんだ、これは! さっきまでは何ともなかったのに、がっ! 早くトイレに行かないとだ!)

 スランプ大統領は素早く踵を返し部屋を出てトイレに向かおうとしたが、石橋総理にがっしりとその手を掴まれてしまった。

「ええい、ミスターイシバシいつまで握ってるんだ! その手を離さないか!」

「離しません! 関税下げてくれるまでは死んでも離しません!」

「離せってんだよっ! 離さないとっ!」

「それはこっちも同じです。私がこの手を離せば、日本は大変な事になるっ!」

「いいから離せよっ! こんなところで醜態を晒す訳にはいかないんだ!」

「私だって、アメリカまで来て手ぶらで帰るような恥を晒す訳にはいきません!」

「ワオッ! 漏れる! 離せ――っ! 離さないと、日本にミサイルぶち込むぞっ!」

「ミ・ミサイル!」

 ミサイルをぶち込むと大統領に云われ、石橋総理が掴んでいた手を緩めた。その一瞬の隙をついて、スランプ大統領は石橋総理の手を振りほどき、全速力で部屋を飛び出していった。これで、日本の経済、そして石橋政権の未来も万事休すか……と、思われたが、何故かスランプ大統領に逃げられてしまった石橋総理は不敵な笑いを浮かべていた。

(まあ、第一段階はこんなものか……あとはか)


 *    *    *


「ふうううぅぅぅ――――――……なんとか間に合ったな。危なく……」

 個室の便座に座り、ほっとひと息つくスランプ大統領。なんとか最悪の事態だけは免れたようである。しかし、用を足し終わってからその後始末をしようとトイレットペーパーに手を伸ばした時、大統領は事に気付いた。

「か…紙が無いっ!?」

 ホワイトハウスでは決してあってはならない不始末。なんと、トイレットペーパーが一つも無かったのだ。スランプ大統領はすかさず温水洗浄便座のスイッチを押してみるが、電源が来ていないのかウンともスンとも言わない。

「オゥマイガッ!」

 何かがおかしかった。普通に考えてあり得ない事が立て続けに起きている。まず、このホワイトハウスにおいて、トイレットペーパーが切れているなんて事はあり得ない。ホワイトハウスは、トイレの保全管理ひとつとってもその道十年以上の経験を持つプロフェッショナルしか雇わない。トイレットペーパーの在庫は少なくとも二時間ごとにはチェックされているはずである。そして、温水洗浄便座が作動しないのもおかしい。これも定時間ごとに作動テストをし、異常があれば使用を禁止しすぐにでも修理されていなければならない。

「何やらお困りのようですな。スランプ大統領」

 スランプ大統領が入っている個室の外から、聴きおぼえのある声がした。

「そ、その声は!」

 日本の総理大臣がどうしてこんな所に。いや、男子トイレだから別に不思議ではないと言えばそうなのだが。しかし、石橋総理と思われるその声の主は、その後予想外の事を話し出した。

「いや、しかし大統領。ホワイトハウスというのは、こんなにセキュリティが甘いのですか? あれでは、事もそんなに難しくはない」

 そう云われてみればスランプ大統領にも思い当たる事があった。突然腹が不調をきたし、下痢をもよおしたのはアイスコーヒーを飲んだ直後だった。

「お前、まさか!」

「そんな事はどうでもいいでしょう。今大事なのは、大統領がという事じゃないんですか?」

「きさま、どうしてそれを知っている!」

 訊くまでも無い。個室からトイレットペーパーを全て持ち去ったのは、今個室の外にいるイシバシに違いない。何故、日本の総理大臣がそんな真似をするのか……その理由を考えた時、スランプ大統領の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。果たして先程のイシバシは本物の石橋総理だっただろうか。

「お前はいったい何者だっ!」

「云ったでしょう。それは、そんなに重要ではない。それよりも大統領が今一番欲しいのは、紙でしょう?」

「そ、そうだ。紙を持っているなら、早くこっちに渡してくれ」

「大統領も面白い事をおっしゃる。私がタダで紙を渡す筈が無いでしょう。今、アメリカは日本に24%の関税をかけている。それなら、。そうですね。トイレットペーパー1枚につき3%では、どうです」

 個室の外にいる男は、スランプ大統領に対しアメリカが日本の自動車に掛ける予定の24%の関税について、3%引くごとに紙一枚のディールを仕掛けてきた。

「一枚というのは、どのくらいの紙なんだ」

 男の提案するテーブルに、スランプ大統領も乗らざるを得なかった。アメリカ合衆国の大統領といえば、世界一の権力者と言っても差し支えない人間である。その大統領がトイレットペーパー1枚と関税3%を引き換えにしなければならないとは、なんとも情けない。

「紙一枚とは、ロール一周の事です。長さでいったら三十センチというところでしょうか」

 男の提案に、スランプ大統領は熟慮に熟慮を重ねた。長過ぎれば、アメリカの貿易赤字は減少しないし、だからといって短すぎれば、が起きる。どちらも上手くいく最適な長さはいったい何枚なのだろう。


「じゃあ、五枚で……」

「五枚ですね。わかりました。では、24%-3%×5=9%がアメリカが日本車にかける関税という事で。……ところで大統領。後で『そんな事は言っていない』なんて言わないでくださいよ。大統領はクリスチャンでしたよね。ちゃんと神に誓ってくださいよ。ね」

 最初、日本政府は輸入日本車の関税を10%にしてもらえるようにアメリカとの交渉を予定していた。なので、この9%という結果は、目標以上の好結果といえる。

後編に続く



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 読者諸君は、ここ日本にもCIAのような諜報活動をする組織が存在するのをご存じだろうか。そんな組織は聞いた事が無いって? それも致し方無いと言える。この組織の活動は一般の国民には知られない水面下での活動が中心であり、夕方や夜の地上波のニュースで放送されるような事は、まず無いと言っていいい。全ては隠密行動であり、任務中に捕縛され、例え死亡するような事になっても政府は一切関知しない。それが、内閣調査室特捜班である。
 *    *    *
 参議院選挙を再来週に控えた『石橋政権』の内閣府。その参議院選挙ももちろん大事ではあるが、それよりも前に外務省官僚達にとっては避けては通れない試練があった。
「いよいよ、約束期日の9日が近づいてまいりました。我々はいったいどうすればいいんでしょうか」
「まあ、大臣が7回も出向いて交渉しようとしているが、最近では会ってももらえないみたいじゃないか。この段階でこんな調子では、はっきり云って交渉は絶望的だろうね」
 アメリカのスランプ大統領による世界各国へ課された輸出品への関税問題。アメリカとは同盟関係である日本は例外的な措置が取られるのでは……と期待されたが、蓋を開けてみればスランプ大統領は日本にも他の国と同じく自動車に対し24%という高い税率の関税をかけて来たのだ。
「とにかく、9日になればスランプ大統領はまだ関税の決まっていない国に対して税率を記入した書簡を渡すと云っているんだ。下手をすれば、ペナルティでさらに税率が上がる可能性だってある」 
「…………」
 二人の官僚の間に重い空気が流れた。やがて、沈黙を破るようにひとりの官僚がぽつりと呟いた。
「やはり、《《今回もあの連中に出動願うしかない》》な」
「困った時の《《内閣調査室特捜班》》ですね」
 *    *    *
 ――7月8日アメリカワシントン州ホワイトハウス……スランプ関税書簡送付のタイムリミットまであと1日――
「スランプ大統領! どうかもう一度考え直してはいただけないでしょうか!」
「ハッハッハッ! ミスターイシバシ。いつになったらホワイトハウスに来るかと思えば、こんな間際に来たってトゥレイトだ。決断が遅いんだよ、君は」
「そこをなんとか! 日本の自動車の関税が上がれば、アメリカ本国での価格も上がり、結局困るのはアメリカの国民なんですよ!」
「ノープロブレムだ! 価格が上がれば、国民はニッポンの自動車を買わずにアメリカ車を買う。けっこうな事じゃないか」
 タイムリミット直前になって、急遽石橋総理は数人の付添人を連れてホワイトハウスへと出向いて来た。しかし、総理の必死の訴えも届かず、スランプ大統領は余裕綽綽な表情でテーブルの上にあったアイスコーヒーを飲み干すと、石橋総理に冷たく云い放った。
「残念だが、もう関税は引き下げない。ミスターイシバシ。君はゴルフもやらないし、一緒にいても楽しくないんだよ」
「そんなっ! お願いです。大統領! 是非もう一度考え直して下さい!」
 部屋を出ようとしたスランプ大統領の手を両手で握り、石橋総理は必死に訴えた。その時だった。
 グルルルル………
 突然、スランプ大統領の腹が《《不調を訴え出した》》。
(なんだ、これは! さっきまでは何ともなかったのに、《《急に下痢の症状》》がっ! 早くトイレに行かないと《《漏れそう》》だ!)
 スランプ大統領は素早く踵を返し部屋を出てトイレに向かおうとしたが、石橋総理にがっしりとその手を掴まれてしまった。
「ええい、ミスターイシバシいつまで握ってるんだ! その手を離さないか!」
「離しません! 関税下げてくれるまでは死んでも離しません!」
「離せってんだよっ! 離さないと《《大変な事になる》》っ!」
「それはこっちも同じです。私がこの手を離せば、日本は大変な事になるっ!」
「いいから離せよっ! こんなところで醜態を晒す訳にはいかないんだ!」
「私だって、アメリカまで来て手ぶらで帰るような恥を晒す訳にはいきません!」
「ワオッ! 漏れる! 離せ――っ! 離さないと、日本にミサイルぶち込むぞっ!」
「ミ・ミサイル!」
 ミサイルをぶち込むと大統領に云われ、石橋総理が掴んでいた手を緩めた。その一瞬の隙をついて、スランプ大統領は石橋総理の手を振りほどき、全速力で部屋を飛び出していった。これで、日本の経済、そして石橋政権の未来も万事休すか……と、思われたが、何故かスランプ大統領に逃げられてしまった石橋総理は不敵な笑いを浮かべていた。
(まあ、第一段階はこんなものか……あとは《《仕上げにかかるとする》》か)
 *    *    *
「ふうううぅぅぅ――――――……なんとか間に合ったな。危なく《《漏らすところだった》》……」
 個室の便座に座り、ほっとひと息つくスランプ大統領。なんとか最悪の事態だけは免れたようである。しかし、用を足し終わってからその後始末をしようとトイレットペーパーに手を伸ばした時、大統領は《《そこに新たな試練がある》》事に気付いた。
「か…紙が無いっ!?」
 ホワイトハウスでは決してあってはならない不始末。なんと、トイレットペーパーが一つも無かったのだ。スランプ大統領はすかさず温水洗浄便座のスイッチを押してみるが、電源が来ていないのかウンともスンとも言わない。
「オゥマイガッ!」
 何かがおかしかった。普通に考えてあり得ない事が立て続けに起きている。まず、このホワイトハウスにおいて、トイレットペーパーが切れているなんて事はあり得ない。ホワイトハウスは、トイレの保全管理ひとつとってもその道十年以上の経験を持つプロフェッショナルしか雇わない。トイレットペーパーの在庫は少なくとも二時間ごとにはチェックされているはずである。そして、温水洗浄便座が作動しないのもおかしい。これも定時間ごとに作動テストをし、異常があれば使用を禁止しすぐにでも修理されていなければならない。
「何やらお困りのようですな。スランプ大統領」
 スランプ大統領が入っている個室の外から、聴きおぼえのある声がした。
「そ、その声は《《ミスターイシバシ》》!」
 日本の総理大臣がどうしてこんな所に。いや、男子トイレだから別に不思議ではないと言えばそうなのだが。しかし、石橋総理と思われるその声の主は、その後予想外の事を話し出した。
「いや、しかし大統領。ホワイトハウスというのは、こんなにセキュリティが甘いのですか? あれでは、《《アイスコーヒーに毒を盛る》》事もそんなに難しくはない」
 そう云われてみればスランプ大統領にも思い当たる事があった。突然腹が不調をきたし、下痢をもよおしたのはアイスコーヒーを飲んだ直後だった。
「お前、まさか!」
「そんな事はどうでもいいでしょう。今大事なのは、大統領が《《お尻を拭く紙が無い》》という事じゃないんですか?」
「きさま、どうしてそれを知っている!」
 訊くまでも無い。個室からトイレットペーパーを全て持ち去ったのは、今個室の外にいるイシバシに違いない。何故、日本の総理大臣がそんな真似をするのか……その理由を考えた時、スランプ大統領の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。果たして先程のイシバシは本物の石橋総理だっただろうか。
「お前はいったい何者だっ!」
「云ったでしょう。それは、そんなに重要ではない。それよりも大統領が今一番欲しいのは、紙でしょう?」
「そ、そうだ。紙を持っているなら、早くこっちに渡してくれ」
「大統領も面白い事をおっしゃる。私がタダで紙を渡す筈が無いでしょう。今、アメリカは日本に24%の関税をかけている。それなら、《《こちらも取引と参りましょう》》。そうですね。トイレットペーパー1枚につき3%では、どうです」
 個室の外にいる男は、スランプ大統領に対しアメリカが日本の自動車に掛ける予定の24%の関税について、3%引くごとに紙一枚のディールを仕掛けてきた。
「一枚というのは、どのくらいの紙なんだ」
 男の提案するテーブルに、スランプ大統領も乗らざるを得なかった。アメリカ合衆国の大統領といえば、世界一の権力者と言っても差し支えない人間である。その大統領がトイレットペーパー1枚と関税3%を引き換えにしなければならないとは、なんとも情けない。
「紙一枚とは、ロール一周の事です。長さでいったら三十センチというところでしょうか」
 男の提案に、スランプ大統領は熟慮に熟慮を重ねた。長過ぎれば、アメリカの貿易赤字は減少しないし、だからといって短すぎれば、《《う〇こが手に付いてしまう大事故》》が起きる。どちらも上手くいく最適な長さはいったい何枚なのだろう。
「じゃあ、五枚で……」
「五枚ですね。わかりました。では、24%-3%×5=9%がアメリカが日本車にかける関税という事で。……ところで大統領。後で『そんな事は言っていない』なんて言わないでくださいよ。大統領はクリスチャンでしたよね。ちゃんと神に誓ってくださいよ。《《紙だけに》》ね」
 最初、日本政府は輸入日本車の関税を10%にしてもらえるようにアメリカとの交渉を予定していた。なので、この9%という結果は、目標以上の好結果といえる。
後編に続く