イド、レオ、T・ユカなど、『解放軍』がオリジンと熾烈な戦闘を繰り広げていたその頃、ティエラは自身の無力に絶望し、再び浮浪の身に戻ってしまっていた。
ティエラはシベリアの雪が積もる森の中で一人、木にもたれかかっていた。
もう、どうでもいい。
それだけが、彼を支配した。
吹雪が吹き荒れる。
ティエラはそんなことも構わず、木にもたれかかっている。
もういっそのこと、このまま凍え死のう。
そんな考えがよぎったティエラは、そのまま目を閉じ、意識を手放し始めた...
暗闇が彼の視界を支配する。
(...さすがに死んだか...いいんだ...もう、どうでも─)
『まだ死んでないよ』
「!?」
突然ある少女の声が聞こえて来た。
泣きたいほどに懐かしい、それでいて、ムシャクシャした感情が湧きあがってくる...そんな声だ。
「...なぜ今になって出て来た、ルナ」
『ッ...!』
そう、少女の声の正体はルナだったのだ。
1年前ほどから一切姿を現さなかったルナが、ついにティエラの前に姿を現したのだ。
つまり、ティエラが今いる場所は、彼の精神世界ということである。
「...答えろ。なぜだ...!なぜ俺を見捨てた...!そのくせ、なぜ俺を死なせてくれなかった!?」
ティエラはこれまで溜まっていた思いをぶちまける。
そう、ティエラが自ら命を絶とうとした際、いつもルナはその邪魔をしていた。
『見捨てたんじゃ...ない!それに...私が”あのとき“あなたの邪魔をしたのは...ティエラに死んでほしくなかったから...!』
「じゃあ...!なぜ現れてくれなかったんだ!!」
『それはッ...』
「.........」
『...怖かったの。どんどん抜け殻のようになっていくティエラが...。もう、見ていられなかったの...』
「...それでも俺は、来て欲しかったよ...」
『...ゴメンね』
長期間話してなかったこともあり、2人の間には少し気まずい雰囲気があった。
「...でも、今来てくれた。それだけでも十分ではある...」
『うん...最初は見ていられなかったけど、今はそれよりも、そのままにしておけないって思ったから』
「...ルナの目に、俺はどう映っている?」
『...諦めているように見える』
「...」
『だけど、諦めたくないようにも見える』
「!」
ティエラは勢いよく顔を上げる。
『ティエラは...自分が冷たい人間だと思っているし、そうあろうとしている。だけど...本当は、失った仲間のことを忘れてなんかないし、それをどうでもいいなんて心の底では思っちゃいない』
「...」
そう、ティエラはオリジンとの戦いの中での惨状から目を背けるため、自身も気づかぬうちに、冷淡であろうと...自分を偽ろうと努めていた。
だからこそ、同じような状態にある連と出会い、なおかつそんなティエラのことを看破した彼を、ティエラは心の底から嫌悪していた。
そうでなければ、あそこまで連を殺そうとはしなかっただろう。
「...わかってる。わかってるんだ......でも、それを自覚すれば、壊れてしまう気がしてならないんだ......」
ティエラは少しずつ自身の思いをこぼす。
『だから...逃げようとしたんだよね?』
ティエラはうなずく。
そこに否定はなかった。
『それと...ティエラは自由になろうとしてるけど、今のティエラはむしろ、自由に縛られて不自由になっちゃってると思う』
「それも...また事実だ」
ティエラは目線を落とし、ふてくされた子どものように口をとがらせながら答えた。
『ティエラ』
「...?」
『もう...いいの。私のことは...もう...』
「...!?いきなり何を...!?」
『分かってる。今ティエラが自由になろうとしているのは、ティエラ自身の意思じゃない。私がいるからなの』
「ち、違う...!!そんなつもりは...!!」
『ううん、もういいの。これ以上、私に縛られないで。あなたのしたいようにして』
「ルナ!!」
『......私だって...嫌だよ...』
「...!!」
そのとき、ルナの目からは涙があふれ出していた。
『私だって...もっとティエラと一緒にいたいよ...!ずっと...ティエラをそばで見ていたいよ...!でも...!』
「だったらそうすればいい!何も、いないことにする必要なんてないだろう!?」
『ありがとう......ティエラはやっぱり優しいね...』
そう言うと、ルナは嬉しそうに、そして哀しそうに笑った。
「.........」
『でもね、今のティエラが見るべきは、私じゃない。ずっと後ろ向きで歩いてたら、目の前にあるものも見えてこないから』
「......」
ティエラは再び目線を落とす。
ティエラも心の底では自分がどうすべきか分かっていたみたいだ。
『ティエラにはね...私じゃなくて、今目の前にいる大切なものを守って欲しい。ティエラには、もう後悔してほしくないから』
「...ルナ、俺はお前がいないと...」
『...うん。それは私も同じ。私だって、ティエラがいないとなにもできない...』
「...」
『でもね?それじゃダメなの......それじゃあ、今ある大切なものを失うかもしれない.........失ってからじゃ、遅いもの』
「......今この場では、まだ答えを出せそうにない。少し時間をくれ」
『...わかった。でも、必ず聞かせて欲しい』
「...ああ」
こうして、ティエラは再び視界を暗闇から取り戻した。
そのとき、自身のスマホが着信音を鳴らしていることに気づいた。
ティエラは電話に出る。
相手は...
「...ハンナか。一体何の用─」
「ティエラ!?ティエラなの!?」
「?...ああ。そうだが、それが─」
「今すぐ戻ってきて!!タイゾウの容態が急変した!!」
「ッ!!」
ティエラは一心不乱に走り始めた。
何度も転びながらも、かまわず走り続けた。
ティエラは走りながらスマホのマップを確認する。
(幸い基地からそう遠くはない...!頼む...!頼むからッ...!)
ティエラは止まることなく、全力で雪原を駆け抜けるのだった。
ハンナはH・タイゾウの状況を、目を離さず観察していた。
今、H・タイゾウは一刻を争う状況にあるのだ。
と、そのときだった。
バァン!!という音とともに、ドアが勢いよく開かれた。
開いた者の正体は、ティエラ。
息を切らしながら、その場に立ち尽くしている。
そして、それまでの過程で何度も転倒を繰り返したため、体中が傷だらけになっていた。
片腕が使えなくなったことによって、体のバランスをとりにくくなっていることも原因の一つだろう。
「ティエラ...!」
「タイゾウは...!?」
「お、おお...」
「「!!」」
H・タイゾウが声を発した。
2人は聞き逃さまいと即座に耳を傾ける。
「ティエラ...帰ってきたんか...」
「...ああ」
「ユカとはァ...仲直りしたんか...?」
「...さあな」
ティエラは一見冷淡に返しているように見えるが、その声は確かに震えを携えていた。
「仲間は大切にしちゃりぃ...。今のうちに仲良くしとかんと...おらんくなったとき、きつくなるけんなァ...」
「...ああ」
H・タイゾウがこれまでどのような経験をしてきたのかは分からない。
しかし、彼の言葉の一つ一つは、今のティエラにとても刺さるものであった。
「ハンナ...」
「!...なに?」
「...ありがとうなぁ...」
「ッ...!」
ハンナは顔を背ける。
彼女の目元は確かに光っていた。
「ティエラ...」
「...なんだ?」
ティエラは、しわしわになってしまったH・タイゾウの手を取り、彼の言葉に耳を傾ける。
「ありがとうなぁ.........3人で色々できて、楽しかったばい......」
「......ああ、俺もだ」
「ユカのこと......頼むばい......アイツはすぅぐ無理するけんなぁ......」
「......そうだな」
ティエラは少し優しそうな笑みを漏らす。
「もう......眠くなってきたばい...」
「............」
「ティエラ......ユカ......今度は、どこに...」
寝言のようにそう呟くと、H・タイゾウは言葉を発さなくなった。
どこまでも、安らかな表情だった。
ティエラは、自身の手元で動かなくなったH・タイゾウの手の冷たさをかみしめる。
そのまま数分ほどの時間が過ぎて行った...
「...ティエラ」
「......ユカにも、会わせてやりたかったな...」
ティエラは優しい笑みを漏らしながらも、その声は震えており、目元も光っていた。
そのままティエラは自身の目を腕でこすると、前を見据えた。
「...ハンナ」
「......?」
「今、アイツらはどうなっている?」
「え......」
「アイツらは今、オリジンと戦っている...そうだろう?」
「で、でも...!アンタ!そんな状態で...!」
「それでも、行かなきゃいけないんだ。そこに護りたいものがあるのだから」
ティエラはハンナの目に、そう語りかけた。
彼の目は、決意で燃えていた。
「...わかった。ヘリを手配するわ」
こうして、ティエラはハンナに案内され、残っていた兵士により、ヘリでT・ユカのもとへ案内してもらうことになった。
ヘリ内部にて...
「おい」
「あっ、は、はい!」
ティエラは、一人の操縦者に話しかける。
「少し...寝てもいいだろうか」
「え、ええ...まあ」
「感謝する」
そう言うと、ティエラは眠りについた。
真っ黒な世界に、ティエラは立つ。
そして...
「ルナ」
“彼女”の名を呼んだ。
ルナはティエラの背後から少し離れたところに顕現した。
ティエラは彼女の元へと体を向ける。
『...答えが出たんだね』
ティエラはうなずく。
「...あの後、俺は仲間に会ってきた。そして、ソイツの最期を見届けた。その時に俺は思った...」
『......』
「今回はまだ運が良かっただけだ.........だけど、今回があったからこそ、俺は今いる皆のほうへ目を向けることが大切なんだってことを、改めて感じることができた。だから...」
『...だから?』
「俺は、今戦っている仲間たちのところへ行かなければならない。でも...今の俺では到底アイツらを護ることなんてできない........せいぜい足手まといになるだけだ」
『......』
「だから、まだお前をいないものとしては扱えないし、たとえ消すことができたとしても、それはできない」
『じゃあ...どうするの?』
「俺はお前をないがしろにすることなんてするつもりはない。例えお前の存在がこの世から消えようが、お前を忘れるつもりなど毛頭ない。『忘れないで』って言っていたのは、お前のほうだろう?」
『確かに...そうだったね』
そう言ってルナは苦笑いした。
「だから......俺はまた別の道を考えた」
『...?』
「お前がいてもいい...かつ、俺が前に進めるような選択だ。それは...」
「さん...ラさん...」
「.........」
「ティエラさん!!」
「!!」
ティエラの意識は再び現実へと引き戻された。
「...悪い。少し眠りすぎていたか...。もう目的地についたか?」
「いえ、目的地までは到着しておりません。しかし...」
「?」
「あの中にヘリを着陸させるわけにはいきませんので...」
操縦士がそういって目を向けた先に、ティエラも視点を変える。
(...こ、これは...!)
ティエラが目を向けた先では、オリジンとレオとイドによる熾烈な戦闘が繰り広げられていた。
と、そのとき、
「うわッ!?」
「!?」
突然ヘリの機体が大きく傾いた。
ティエラはこのとき、自身の乗るヘリのほうに幻日が向かっていたことを視認した。
確かに、この状況でオリジンのもとへ着陸するのはリスクでしかない。
「これは確かにまずいな。ここでいい。ここまでご苦労だった。感謝する」
「了解しました...!私からも、恩に着ます...!」
ティエラの言葉により、ヘリはその場に着陸した。
「では...ご武運を...!」
「ああ」
ヘリの操縦士が敬礼をすると、ティエラも同じ敬礼で返した。
こうして、ヘリはその場から飛び去って行き始めた。
ティエラは自身の肩に小銃を掛ける。
(さあ...行くぞ...!)
一方その頃...
「「いっけええええええええ!!!!!!」」
レオとイドは、2人合体技をオリジンに見事命中させることに成功していた。
しかし、2人は視認した...いや、視“認”したくはなかった。
オリジンへと命中する瞬間、槍に帯びている稲妻が青白くなっていたこと...そして、槍が“ただの氷”になっていたことを。
「ッ...!そ、そんな...!なんで...なんでだよォ!!!!」
レオは悲痛な声を上げる。
そう、2人から陰陽道が消えてしまったのだ。
そのため、2人の技はオリジンを取り巻くバリアによって阻まれてしまった。
「...............まだだ。まだだッ!!あきらめるなッ!!」
イドはレオへそう言葉をかける。
「ッ...!そうだ...!まだ体は動いてんだ!!これで終わりなんかじゃないッ!!」
レオもイドに感化され、再び持ち直す。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」
2人は全身の力をこれまでにないほどに入れながら、未だ超高速回転し続ける槍をバリアに押し込み続ける。
この機会を、絶対に逃すわけにはいかない。
2人は無我夢中に槍を押し込むのだった。
ヘリの操縦士は、ヘリの窓越しからそんな2人の光景を見ていた。
「...そうか...!あの子たちはまだ戦っているんだ...!あの子たちは...まだ諦めちゃいない...」
操縦士は、操縦桿を握る手を強める。
「それなのに俺たちと来たら...!大人の俺たちがこんなんでどうするんだッ!!」
操縦士は一瞬うなだれたが、すぐにその顔は上がり始めた。
操縦士の目は自責から決意へと変わり始めている。
「待っていろよ......!オリジン...!人間の諦めの悪さを...見せてやる...!!」
ヘリはそのまま、超スピードでどこかへと飛び去って行くのだった。
「う...うーん...」
T・ユカは先ほどまで真っ暗だった視界を取り戻す。
「ここは...」
T・ユカは体を起こす。
周りを見渡すと、多くの人々が医療器具とともに横たわっていた。
T・ユカはというと、包帯がいくつか巻かれているものの、彼らほどの被害は受けていない。
身体も動く。
「!!おい!」
T・ユカは、医療班の者に声をかける。
「状況は!?状況はどうなっているんだ!?」
「は!現在、レオとイドの2人がオリジンと交戦中!戦況は拮抗しているとのことです!」
「何...!?アイツらたった2人がオリジンと...!?」
T・ユカは体を起こす。
「ゆ、ユカさん!無理はなさらずに!」
「無理だ...!?今この世界で一番無理してんのは誰か...一目瞭然だろうが!!ここでアタシら大人が何もしないんじゃ、カッコつかないなんてレベルじゃねぇんだよ!!」
T・ユカは足を進める。
確かに体のところどころは痛む。
しかし、前に進むことぐらいはできる。
なら彼女の選択肢は一つ......。
「アイツらだけ...良い顔させれっかよ...!待ってろよ...2人とも...!」
一方、ヘリの操縦士はエレノイア周辺の基地へとヘリを着陸させていた。
操縦士は基地のドアを勢いよく開ける。
「!!お前は...!シベリア本拠地の...!」
軍の一人がそう言うと、操縦士は大きく息を吸い込み言葉を発し始めた。
「頼みがあるッ!!今、オリジンと戦っているたった2人の子どもたちがいる...!あの子たちは...たった2人でオリジンを追い詰めている!俺はどうにかしてあの子たちを助けたい...!どうか、皆も協力してくれないか!?」
基地にいる軍一同は、初めは驚いたような表情をしていた。
そう、レオとイドが交戦しているその頃には、戦場へ赴いていた『解放軍』は壊滅していたので、基地には全く情報が届いてなかったのだ。
数秒の沈黙が彼らを包んだが、操縦士は再び言葉を紡ぎ始める。
「ティエラさんも...あの状態なのにもかかわらず、オリジンのほうへと向かって行った!あの人は片腕が使えない...!それに引き換え、俺たちは五体満足だ!そうだろう!?歴史を創るのは、なにも限られた英雄だけではない!そこには必ず俺たちのような者たちの、不断の努力が在ったはずだ!!」
軍一同は彼の話に耳を傾ける。
「それなら...!今の俺たちこそが、“ソレ”のはずだ!!俺たちで新たな歴史を...皆が再び前を向いて歩ける明日を創るんだ!!」
軍一同の目に、灯がともり始めた。
その灯...それは、確かな決意である。
「だから頼む!!どうか、皆の力を貸してくれ!!!!」
次の瞬間、軍の者たちは地鳴りのような大歓声を上げた。
彼らはその溢れんばかりの士気もそのままに、それぞれ武器をとり始めた。
このとき、全ての『解放軍』の基地へとその呼びかけが瞬く間に広がっていった。
『決戦』の舞台は確かに整っていく。
たった今、新たな歴史が刻まれようとしている。
そこに在る英雄は、決して数人に限られるものではない。
そう、今この時この瞬間...そこに在る誰もが英雄たりうる存在なのだ。
こうして、英雄たちは、『決戦』の舞台へと次々にその足を進めていくのだった...