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vol.7 水星の炎、夜空を駆ける

ー/ー



 けんたろうの部屋は、窓からこぼれる朝日と、鍵盤の上で踊る指の影だけが動きを見せていた。昨夜から一睡もせず、新しい曲の制作に没頭していたのだ。

 「もう少し...ここのリズムを...」

 けんたろうは眉間にしわを寄せ、何度も同じフレーズを繰り返す。朝の静けさの中で、新しい音の世界が生まれようとしていた。

 そのとき、彼の脳裏に突然、水星の姿が浮かんだ。太陽に最も近い惑星、昼は灼熱で夜は極寒という極端な環境。そのコントラストは、彼の中で音に変わっていく。

 けんたろうの指が鍵盤を走り、新たなメロディが空間を満たし始めた。

 「これだ...」

 彼は小さくつぶやくと、一気に残りのパートを組み立てていった。朝日が完全に部屋を照らす頃には、「FIRE ON THE MERCURY」の原型が出来上がっていた。

 FIRE ON THE MERCURY

 灼熱と極寒が交錯する水星を舞台に、宇宙の鼓動と共鳴する魂の旅を描いた壮大なユーロビート。限界を超えて夜空を駆ける炎のイメージを、重厚なビートと疾走感あるシンセサウンドで表現している。

 その日の午後、Synaptic Driveのメンバーがスタジオに集まった。けんたろうは新曲のデモを流し始めた。

 音楽が鳴り始めるとすぐに、ユージの目が見開かれた。彼は身体を揺らし始め、曲が進むにつれて、その動きはますます激しくなっていく。曲が終わると同時に、ユージは椅子から飛び上がった。

 「うおおおっ!マジかよ、けんたろう!この曲を聴いたら、世間がひっくり返るぜ!」

 ユージは興奮のあまり、スタジオ中を走り回り始めた。「これヤバすぎる!まるで宇宙から届いた音みたいだ!どうなってんだ、お前の頭の中は!」

 彩音は冷静さを保ちながらも、瞳が輝いていた。「本当に素晴らしいですね。でも...」

 「でも?」
 ユージが動きを止めて振り向いた。

 「どうプロモーションするかですね...」
 彩音は現実的な懸念を口にした。
 「私たちはまだ無名バンドです。いくら曲が素晴らしくても、届ける手段がなければ...」

 ユージは
 「そんなの何とかなるって!」
 と強気に言いながらも、彼の表情にも一抹の不安が浮かんだ。
 「て言ってもなぁ・・・。ライブで歌っても、CDは手売り。口コミ人気だけじゃ、この炎はあまりに小さすぎるぜ」

 けんたろうは黙って二人の会話を聞いていた。彼の頭の中では、既に次の曲の断片が形作られ始めていた。

 Synaptic Drive所属のRogue Sound社内では、社長が古い電話帳を引っ張り出していた。

 「お前たち、見てろよ! 俺の、この蜘蛛の糸みたいに細いコネを束ねて、絶対に仕事を取ってくるからな!」
 社長はそう宣言し、片っ端から電話をかけ始めた。
 「もしもし、山田か? 吉岡だ。…いや、今日は頼みが…そうか、無理か…」
 「鈴木くん? 俺だよ俺! …え? どこの俺だよって…ひどいじゃないか…」

  何件も電話をかけ、そのたびに断られて肩を落とす社長。
 その姿に、ユージが
 「社長のコネって、飲み屋のツケの名簿くらいじゃないスか」
 と茶々を入れる。
 「失敬な! 俺だってやるときはやるんだ! て言ってもなぁ…」
 社長が力なくため息をついた。
 「俺のコネだけじゃ、限界なのかなぁ…」
 そのときだった。 事務所の電話がけたたましく鳴り響いた。どうせまた営業の電話だろうと、社長は気のない返事をする。
 「はい、もしもし、Rogue Soundです…」

 ♪ ♪ ♪

 豪華なレコーディングスタジオでは、一条零がアルバム曲のレコーディングを終えたところだった。

 「素晴らしい、零。いつも通り完璧だ」

 スタジオのガラス越しに、真壁が賞賛の言葉をかけた。50歳の真壁は、銀髪をオールバックにし、いつも黒いスーツを着こなす姿で業界では有名だった。彼の手がけたアーティストはことごとくトップに立つという伝説のプロデューサーである。

 一条零はヘッドフォンを外し、静かに頭を下げた。彼女はスタジオを出て、真壁に向き合った。

 「真壁さん。ある人を世に出したいのですが」

 真壁は珍しげな表情を浮かべた。
 「零が他人に興味を持つのは珍しいな」

 一条零は、珍しく熱を帯びた声で話し始めた。
 「Synaptic Driveというバンドのキーボーディスト、けんたろうという人物です」

 真壁は眉を上げた。
 「知らないな。小さなインディーズバンドか?」

 「はい。でも、彼の音楽には...魂があります」

 「零がそう言うなら、面白い。」

 ♪ ♪ ♪

 受話器を手に持ったまま、社長は興奮で震える声で、僕たちに向き直った。

 「なんとか……なんとかじゃなく、とんでもない仕事が舞い込んできたぞ! 深夜ドラマの主題歌だ! オープニングとエンディング、両方だ!」

  社長の言葉に、僕らは息をのんだ。
 ドラマの主題歌。それは、まだ無名に近い僕らにとって、まさに夢のような話だ。

 「オープニングには、お前たちが作った新曲がイメージにぴったりだと。そして、エンディングにもう一曲欲しいそうだ。悪いが、けんたろうくん、急いでもう一曲作れるか!? 締め切りは一週間後だ!」

  ユージは「一週間!?」と叫び、
 彩音も「さすがに無茶な…」と顔を青くする。
 しかし、僕の口から出た言葉は、彼らの予想を裏切るものだった。

 「…大丈夫です。今、メロディが頭の中を流れてます」

 その場の空気が凍り付いた。そして次の瞬間、ユージが破顔一笑した。
 「マジかよ、けんたろう! お前、やっぱ天才だ! 社長、こいつは俺たちのスーパープロデューサーなんですから!」
 社長は驚きと喜びが入り混じった表情で、
 「やってくれるか!?」
 と僕に促す。僕は静かに頷いた。 頭の中では、すでに新しいメロディが生まれ始めていた。

 宇宙を漂う少年のイメージ…『UNIVERSE BOY』。
 オープニングの壮大な炎と対をなす、浮遊感で立体的、イケイケなユーロビートナンバー。

 僕の目には、既に新しい宇宙が広がっていた。

  一条零、そして真壁。伝説のプロデューサーが動いたことで、僕たちの運命の歯車が、今、大きく、そして急速に回り始めたのだ。

 「FIRE ON THE MERCURY」と「UNIVERSE BOY」 この二曲が、Synaptic Driveの、そしてけんたろうの運命を、どう変えていくのだろうか...


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 けんたろうの部屋は、窓からこぼれる朝日と、鍵盤の上で踊る指の影だけが動きを見せていた。昨夜から一睡もせず、新しい曲の制作に没頭していたのだ。
 「もう少し...ここのリズムを...」
 けんたろうは眉間にしわを寄せ、何度も同じフレーズを繰り返す。朝の静けさの中で、新しい音の世界が生まれようとしていた。
 そのとき、彼の脳裏に突然、水星の姿が浮かんだ。太陽に最も近い惑星、昼は灼熱で夜は極寒という極端な環境。そのコントラストは、彼の中で音に変わっていく。
 けんたろうの指が鍵盤を走り、新たなメロディが空間を満たし始めた。
 「これだ...」
 彼は小さくつぶやくと、一気に残りのパートを組み立てていった。朝日が完全に部屋を照らす頃には、「FIRE ON THE MERCURY」の原型が出来上がっていた。
 FIRE ON THE MERCURY
 灼熱と極寒が交錯する水星を舞台に、宇宙の鼓動と共鳴する魂の旅を描いた壮大なユーロビート。限界を超えて夜空を駆ける炎のイメージを、重厚なビートと疾走感あるシンセサウンドで表現している。
 その日の午後、Synaptic Driveのメンバーがスタジオに集まった。けんたろうは新曲のデモを流し始めた。
 音楽が鳴り始めるとすぐに、ユージの目が見開かれた。彼は身体を揺らし始め、曲が進むにつれて、その動きはますます激しくなっていく。曲が終わると同時に、ユージは椅子から飛び上がった。
 「うおおおっ!マジかよ、けんたろう!この曲を聴いたら、世間がひっくり返るぜ!」
 ユージは興奮のあまり、スタジオ中を走り回り始めた。「これヤバすぎる!まるで宇宙から届いた音みたいだ!どうなってんだ、お前の頭の中は!」
 彩音は冷静さを保ちながらも、瞳が輝いていた。「本当に素晴らしいですね。でも...」
 「でも?」
 ユージが動きを止めて振り向いた。
 「どうプロモーションするかですね...」
 彩音は現実的な懸念を口にした。
 「私たちはまだ無名バンドです。いくら曲が素晴らしくても、届ける手段がなければ...」
 ユージは
 「そんなの何とかなるって!」
 と強気に言いながらも、彼の表情にも一抹の不安が浮かんだ。
 「て言ってもなぁ・・・。ライブで歌っても、CDは手売り。口コミ人気だけじゃ、この炎はあまりに小さすぎるぜ」
 けんたろうは黙って二人の会話を聞いていた。彼の頭の中では、既に次の曲の断片が形作られ始めていた。
 Synaptic Drive所属のRogue Sound社内では、社長が古い電話帳を引っ張り出していた。
 「お前たち、見てろよ! 俺の、この蜘蛛の糸みたいに細いコネを束ねて、絶対に仕事を取ってくるからな!」
 社長はそう宣言し、片っ端から電話をかけ始めた。
 「もしもし、山田か? 吉岡だ。…いや、今日は頼みが…そうか、無理か…」
 「鈴木くん? 俺だよ俺! …え? どこの俺だよって…ひどいじゃないか…」
  何件も電話をかけ、そのたびに断られて肩を落とす社長。
 その姿に、ユージが
 「社長のコネって、飲み屋のツケの名簿くらいじゃないスか」
 と茶々を入れる。
 「失敬な! 俺だってやるときはやるんだ! て言ってもなぁ…」
 社長が力なくため息をついた。
 「俺のコネだけじゃ、限界なのかなぁ…」
 そのときだった。 事務所の電話がけたたましく鳴り響いた。どうせまた営業の電話だろうと、社長は気のない返事をする。
 「はい、もしもし、Rogue Soundです…」
 ♪ ♪ ♪
 豪華なレコーディングスタジオでは、一条零がアルバム曲のレコーディングを終えたところだった。
 「素晴らしい、零。いつも通り完璧だ」
 スタジオのガラス越しに、真壁が賞賛の言葉をかけた。50歳の真壁は、銀髪をオールバックにし、いつも黒いスーツを着こなす姿で業界では有名だった。彼の手がけたアーティストはことごとくトップに立つという伝説のプロデューサーである。
 一条零はヘッドフォンを外し、静かに頭を下げた。彼女はスタジオを出て、真壁に向き合った。
 「真壁さん。ある人を世に出したいのですが」
 真壁は珍しげな表情を浮かべた。
 「零が他人に興味を持つのは珍しいな」
 一条零は、珍しく熱を帯びた声で話し始めた。
 「Synaptic Driveというバンドのキーボーディスト、けんたろうという人物です」
 真壁は眉を上げた。
 「知らないな。小さなインディーズバンドか?」
 「はい。でも、彼の音楽には...魂があります」
 「零がそう言うなら、面白い。」
 ♪ ♪ ♪
 受話器を手に持ったまま、社長は興奮で震える声で、僕たちに向き直った。
 「なんとか……なんとかじゃなく、とんでもない仕事が舞い込んできたぞ! 深夜ドラマの主題歌だ! オープニングとエンディング、両方だ!」
  社長の言葉に、僕らは息をのんだ。
 ドラマの主題歌。それは、まだ無名に近い僕らにとって、まさに夢のような話だ。
 「オープニングには、お前たちが作った新曲がイメージにぴったりだと。そして、エンディングにもう一曲欲しいそうだ。悪いが、けんたろうくん、急いでもう一曲作れるか!? 締め切りは一週間後だ!」
  ユージは「一週間!?」と叫び、
 彩音も「さすがに無茶な…」と顔を青くする。
 しかし、僕の口から出た言葉は、彼らの予想を裏切るものだった。
 「…大丈夫です。今、メロディが頭の中を流れてます」
 その場の空気が凍り付いた。そして次の瞬間、ユージが破顔一笑した。
 「マジかよ、けんたろう! お前、やっぱ天才だ! 社長、こいつは俺たちのスーパープロデューサーなんですから!」
 社長は驚きと喜びが入り混じった表情で、
 「やってくれるか!?」
 と僕に促す。僕は静かに頷いた。 頭の中では、すでに新しいメロディが生まれ始めていた。
 宇宙を漂う少年のイメージ…『UNIVERSE BOY』。
 オープニングの壮大な炎と対をなす、浮遊感で立体的、イケイケなユーロビートナンバー。
 僕の目には、既に新しい宇宙が広がっていた。
  一条零、そして真壁。伝説のプロデューサーが動いたことで、僕たちの運命の歯車が、今、大きく、そして急速に回り始めたのだ。
 「FIRE ON THE MERCURY」と「UNIVERSE BOY」 この二曲が、Synaptic Driveの、そしてけんたろうの運命を、どう変えていくのだろうか...