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#47 レヴィア皇后 (カグヤ視点)

ー/ー



〈フェンデリン総帥、貴殿のご子息モルジェオ殿が治める地も、相当に瘴気が酷いと聞いております〉
〈……如何にも。今も多くの者が苦しみの最中(さなか)にある〉
〈如何かな? そちらの『誠意』次第では、フェンデリン領の瘴気を最優先で浄化するよう、私からテルサ様へお願い申し上げるのも、(やぶさ)かではありませぬぞ〉


 オズガルドは答えない。
 ラモン教皇が要求する「誠意」とは、フェンデリン家が栄耀教会に平伏(ひれふ)すという、屈辱的な奴隷契約に他ならないのだから。
 宮廷魔術団総帥オズガルドとフェンデリン家が屈したとなれば、渋っていた他の貴族も観念して、次々に栄耀教会に(こうべ)を垂れることになるだろう。


 犬猿の仲の相手が悩み躊躇うその様子に、機嫌を良くしたラモン教皇がぐっと顔を近付け、


〈――オズガルドよ、意地を張らず、いい加減負けを認めてはどうかな?〉


 高潔な聖職者から一転、狡猾で意地汚い守銭奴へと表情が一変。


〈今見た通り、テルサ様の御力は正真正銘、本物である。瘴気を浄化して『邪神の息吹』を鎮められるのは、あの方を()いて他に居らぬ。そしてテルサ様を擁するのは我ら栄耀教会。我らの機嫌を損ねれば、テルサ様の恩寵は受けられなくなる。フェンデリン領の民草が死に絶えても良いのか?〉


 声を潜めているとは言え、国の有力者たちが近くに居る所で、何とも露骨な脅迫である。
 魔力鑑定が終わるまでは丁重に接してくれたが、テルサを『聖女』と認定してからは途端に素っ気無くなった上、私の暗殺依頼にも迷わず承諾したとジェフから聞いたため、ラモン教皇への好感度など最初からゼロだったが、ここに来て更に急落、マイナスに突入した。


 宗教権威の頂点に居座り、救済をお題目に掲げておきながら弱者を虐げ、ただ己が欲を追求するだけの指導者。
 私が誰よりも恨み呪ったあの教主と、本質は全く同じだ。


 こんな利己的な老人の手に『聖女』テルサという絶対的な切り札が、()いては国家とそこに暮らす多くの人々の命運が握られていることに、危機感と嫌悪感を抱かずにいられる人間が果たして居るだろうか。


〈……私は既に家督を譲った身。決めるのは当主であるモルジェオだ〉


 オズガルドらしからぬ、何とも苦しい答だった。


〈そうであったな。――まあよい。貴様ら一族が(ひざまず)こうが、厄災によって滅びようが、どちらでも構わぬ。ただ余計な邪魔をして、我らの手間を取らせるような真似だけはするでないぞ?〉


 実際に言われているのは現場のオズガルドであって、私たちはそれをモニターしているに過ぎないのだが、まるで自分が直に言われているような不快な気分に陥ってしまう。


「吐き気を催す邪悪と言うのは、あの老人のためにあるような言葉ですね」


 栄耀教会のせいで一族を滅ぼされたサリーが、憎悪も露わに吐き捨てた。


〈教皇猊下、少し宜しいでしょうか〉


 睨み合うオズガルドとラモン教皇の元へ、臆すること無く堂々とやって来る老貴婦人。


〈これはこれは皇后様。如何なされましたかな?〉


 オズガルドは無言で一礼し、ラモン教皇は素早く表情を切り替えて愛想良く応対する。


〈実は以前から気に掛かっていたことがあるのです。テルサ様の他にもうお一人、『招聖の儀』で召喚された方がいらっしゃったはずですが……その方は今どちらに?〉


 追い返されて覗き見るしか無かったオズガルドたちとは違い、レヴィア皇后は『招聖の儀』に立ち会っていたため、私の姿も直接見ている。


〈それはテルサ様の双子の姉君、カグヤ様ですな。理由は分かりませぬが、こちらの手違いで偶然巻き込まれてしまったため、丁重な説明と謝罪の後、速やかに元の世界へお帰り頂きました〉


 などと、息を吐くように答えるラモン教皇の様子を見て、


「「よくもぬけぬけと」」


 ダスクとジェフの言葉がピタリ重なった。


〈しかし、わたくしが聞いた話では『儀式』は一方通行であり、こちらからあちらの世界へ渡ることは不可能ということでしたが……〉
(おっしゃ)る通りです。機密故に詳しくは申し上げられないのですが、テルサ様の御力をお借りすることで何とか送還が叶いました。ただしこれは、元々あちらの住人であるカグヤ様だからこそ実現したこと、この世界の住人である我々があちらの世界へ渡ることは叶いません〉


 誰にも確かめ様の無い、実にもっともらしい理屈である。


〈……然様ですか〉


 レヴィア皇后はそれ以上の追及を控えたが、ラモン教皇の回答に納得してはいないように思えるのは私だけだろうか。


「なあエレノア、レヴィア皇后にはカグヤのことは一切話していないんだよな?」
「無論です。皇后様は聡明で信頼できる方ですが、それでも皇帝陛下や他の皇族に漏れてしまう可能性がある以上、お伝えする訳にはいきません」
「皇后様も、以前から栄耀教会の専横に神経を尖らせていたからね。今回お婆ちゃんから根回しの依頼をされたことと合わせて、彼らがカグヤについて何か隠していると勘付いたのかも」


 皇帝は頼り無くとも、皇后は評判通り聡明なようだ。


〈フェンデリン総帥、少し宜しいかしら?〉


 二人切りで話がしたいと、レヴィア皇后がオズガルドに手招きする。
 周囲から充分離れたのを確認してから、皇后がそれまでの愛想の良いにこやかな面持ちから一転、真剣な雰囲気で語り出す。


〈……先程のテルサ様の御力を見て、あなたはどう思ったかしら?〉
〈本物ですな。間違い無く、辺りの瘴気は完全に浄化されています。あの『旭日』ならば各地の源泉をも浄化して、国内の『邪神の息吹』を鎮めることも可能でしょう〉
〈そうね。マイアスとアイリーン……もう誰も、あの子たちのように死んで欲しくない。皇后としても、親としても、そう願っているわ〉


 そこには居ない誰かを捜すように、レヴィア皇后が太陽が照る青空を見上げる。


「エレノア様、どういうことですか?」
「先程も少しお話しましたが、レヴィア皇后様の息子、皇太子マイアス殿下は変異魔物によってお亡くなりになりました。それだけではなく、もう一人の御子(おこ)である皇女アイリーン様までもが、やはり変異魔物にお命を奪われてしまったのです」
「ちなみにそのアイリーン様は、ゼルレーク聖騎士団長の妻でラウル氏の母親なんだ」


 皇后という立場以前に、我が子たちの命を奪った『邪神の息吹』を憎み、同じ苦しみを味わう者を無くしたいという想いは、母親として至極当然のものだ。


〈今日の一件に関しては、本来であれば大いに歓迎すべきなのでしょう。しかし、それが栄耀教会の増長に拍車を掛けると思うと、手放しには喜べないわ。三百年前の『聖女』様の召喚から()の者たちの飛躍は始まり、やがて皇室にも匹敵する権威を得て、国政にまで干渉するようになってしまいました〉


『聖女』を召喚して『邪神の息吹』を鎮め、国家人民を存亡の危機から救った、その比類無い実績が今日まで尾を引き、彼らの欲と力を醜く肥大化させてしまった。


〈陛下に輿入れする以前の話ですが、我が父も教団から要求される高額のお布施に、日々頭を悩ませていました。領民は猶更です。借金のカタに我が子を連れ去られる者、些細な口答えを咎められて処刑される者、そんな彼らを、売僧(まいす)たちは金勘定をしながら嘲笑っていました。あのような者たちが法からも神からも裁かれること無く、今ものうのうと暮らしていることが私には悔しくてなりません……!〉


 レヴィア皇后のその話が、未だ癒えない心の古傷に強く突き刺さる。


「皇后も随分と栄耀教会を嫌っているようだな」
「お立場故に公の場では自重されていますが、あれが皇后様の本音です」


 立場と感情の板挟みの中にある彼女が、その苦しさをオズガルドに吐露(とろ)していた。


〈教えて下さいな、フェンデリン総帥。我々はどうすればいいの? 『邪神の息吹』は絶対に鎮めなければならない。しかし、そのために守銭奴の奴隷になるのも同じくらい嫌。神は――いいえ、誰でもいいわ。誰か我々を闇から救い出してくれる者は居ないの?〉


 縋るような皇后の眼差しに、


〈真の『希望』とは、(がい)して闇の中にこそあるものです。太陽には遠く及ばない、夜の闇に隠れてしまう月の輝きのようなものではありますが……それでもまだ『希望』は残されています〉


 静かだが、力強い声でオズガルドが言い聞かせると、レヴィア皇后は冷静さを取り戻し、


〈……それは、もしかしてカグヤ様という方のことかしら?〉


 レヴィア皇后の口から私の名前が出た瞬間、オズガルドが小さく息を呑んだ音が聞こえた。


〈ラモン教皇は元の世界に帰ったなどと仰ったけれど……やっぱり何か裏があるのね。同じ日の夜に『黄昏の牙』の男女が曙光島に侵入したとかで今も手配書が出回っているけれど、ひょっとして――〉


 ゴホン、とオズガルドがわざとらしく咳払いして、それ以上の言葉を遮った。


〈……皇后様ともあろう御方が、憶測で物を語られるのは如何なものかと〉
〈そうね。ごめんなさい。忘れて下さいな〉


 その反応だけで充分よ、とでも言うように、レヴィア皇后が口元を緩めていた。


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〈フェンデリン総帥、貴殿のご子息モルジェオ殿が治める地も、相当に瘴気が酷いと聞いております〉
〈……如何にも。今も多くの者が苦しみの|最中《さなか》にある〉
〈如何かな? そちらの『誠意』次第では、フェンデリン領の瘴気を最優先で浄化するよう、私からテルサ様へお願い申し上げるのも、|吝《やぶさ》かではありませぬぞ〉
 オズガルドは答えない。
 ラモン教皇が要求する「誠意」とは、フェンデリン家が栄耀教会に|平伏《ひれふ》すという、屈辱的な奴隷契約に他ならないのだから。
 宮廷魔術団総帥オズガルドとフェンデリン家が屈したとなれば、渋っていた他の貴族も観念して、次々に栄耀教会に|頭《こうべ》を垂れることになるだろう。
 犬猿の仲の相手が悩み躊躇うその様子に、機嫌を良くしたラモン教皇がぐっと顔を近付け、
〈――オズガルドよ、意地を張らず、いい加減負けを認めてはどうかな?〉
 高潔な聖職者から一転、狡猾で意地汚い守銭奴へと表情が一変。
〈今見た通り、テルサ様の御力は正真正銘、本物である。瘴気を浄化して『邪神の息吹』を鎮められるのは、あの方を|措《お》いて他に居らぬ。そしてテルサ様を擁するのは我ら栄耀教会。我らの機嫌を損ねれば、テルサ様の恩寵は受けられなくなる。フェンデリン領の民草が死に絶えても良いのか?〉
 声を潜めているとは言え、国の有力者たちが近くに居る所で、何とも露骨な脅迫である。
 魔力鑑定が終わるまでは丁重に接してくれたが、テルサを『聖女』と認定してからは途端に素っ気無くなった上、私の暗殺依頼にも迷わず承諾したとジェフから聞いたため、ラモン教皇への好感度など最初からゼロだったが、ここに来て更に急落、マイナスに突入した。
 宗教権威の頂点に居座り、救済をお題目に掲げておきながら弱者を虐げ、ただ己が欲を追求するだけの指導者。
 私が誰よりも恨み呪ったあの教主と、本質は全く同じだ。
 こんな利己的な老人の手に『聖女』テルサという絶対的な切り札が、|延《ひ》いては国家とそこに暮らす多くの人々の命運が握られていることに、危機感と嫌悪感を抱かずにいられる人間が果たして居るだろうか。
〈……私は既に家督を譲った身。決めるのは当主であるモルジェオだ〉
 オズガルドらしからぬ、何とも苦しい答だった。
〈そうであったな。――まあよい。貴様ら一族が|跪《ひざまず》こうが、厄災によって滅びようが、どちらでも構わぬ。ただ余計な邪魔をして、我らの手間を取らせるような真似だけはするでないぞ?〉
 実際に言われているのは現場のオズガルドであって、私たちはそれをモニターしているに過ぎないのだが、まるで自分が直に言われているような不快な気分に陥ってしまう。
「吐き気を催す邪悪と言うのは、あの老人のためにあるような言葉ですね」
 栄耀教会のせいで一族を滅ぼされたサリーが、憎悪も露わに吐き捨てた。
〈教皇猊下、少し宜しいでしょうか〉
 睨み合うオズガルドとラモン教皇の元へ、臆すること無く堂々とやって来る老貴婦人。
〈これはこれは皇后様。如何なされましたかな?〉
 オズガルドは無言で一礼し、ラモン教皇は素早く表情を切り替えて愛想良く応対する。
〈実は以前から気に掛かっていたことがあるのです。テルサ様の他にもうお一人、『招聖の儀』で召喚された方がいらっしゃったはずですが……その方は今どちらに?〉
 追い返されて覗き見るしか無かったオズガルドたちとは違い、レヴィア皇后は『招聖の儀』に立ち会っていたため、私の姿も直接見ている。
〈それはテルサ様の双子の姉君、カグヤ様ですな。理由は分かりませぬが、こちらの手違いで偶然巻き込まれてしまったため、丁重な説明と謝罪の後、速やかに元の世界へお帰り頂きました〉
 などと、息を吐くように答えるラモン教皇の様子を見て、
「「よくもぬけぬけと」」
 ダスクとジェフの言葉がピタリ重なった。
〈しかし、わたくしが聞いた話では『儀式』は一方通行であり、こちらからあちらの世界へ渡ることは不可能ということでしたが……〉
〈|仰《おっしゃ》る通りです。機密故に詳しくは申し上げられないのですが、テルサ様の御力をお借りすることで何とか送還が叶いました。ただしこれは、元々あちらの住人であるカグヤ様だからこそ実現したこと、この世界の住人である我々があちらの世界へ渡ることは叶いません〉
 誰にも確かめ様の無い、実にもっともらしい理屈である。
〈……然様ですか〉
 レヴィア皇后はそれ以上の追及を控えたが、ラモン教皇の回答に納得してはいないように思えるのは私だけだろうか。
「なあエレノア、レヴィア皇后にはカグヤのことは一切話していないんだよな?」
「無論です。皇后様は聡明で信頼できる方ですが、それでも皇帝陛下や他の皇族に漏れてしまう可能性がある以上、お伝えする訳にはいきません」
「皇后様も、以前から栄耀教会の専横に神経を尖らせていたからね。今回お婆ちゃんから根回しの依頼をされたことと合わせて、彼らがカグヤについて何か隠していると勘付いたのかも」
 皇帝は頼り無くとも、皇后は評判通り聡明なようだ。
〈フェンデリン総帥、少し宜しいかしら?〉
 二人切りで話がしたいと、レヴィア皇后がオズガルドに手招きする。
 周囲から充分離れたのを確認してから、皇后がそれまでの愛想の良いにこやかな面持ちから一転、真剣な雰囲気で語り出す。
〈……先程のテルサ様の御力を見て、あなたはどう思ったかしら?〉
〈本物ですな。間違い無く、辺りの瘴気は完全に浄化されています。あの『旭日』ならば各地の源泉をも浄化して、国内の『邪神の息吹』を鎮めることも可能でしょう〉
〈そうね。マイアスとアイリーン……もう誰も、あの子たちのように死んで欲しくない。皇后としても、親としても、そう願っているわ〉
 そこには居ない誰かを捜すように、レヴィア皇后が太陽が照る青空を見上げる。
「エレノア様、どういうことですか?」
「先程も少しお話しましたが、レヴィア皇后様の息子、皇太子マイアス殿下は変異魔物によってお亡くなりになりました。それだけではなく、もう一人の|御子《おこ》である皇女アイリーン様までもが、やはり変異魔物にお命を奪われてしまったのです」
「ちなみにそのアイリーン様は、ゼルレーク聖騎士団長の妻でラウル氏の母親なんだ」
 皇后という立場以前に、我が子たちの命を奪った『邪神の息吹』を憎み、同じ苦しみを味わう者を無くしたいという想いは、母親として至極当然のものだ。
〈今日の一件に関しては、本来であれば大いに歓迎すべきなのでしょう。しかし、それが栄耀教会の増長に拍車を掛けると思うと、手放しには喜べないわ。三百年前の『聖女』様の召喚から|彼《か》の者たちの飛躍は始まり、やがて皇室にも匹敵する権威を得て、国政にまで干渉するようになってしまいました〉
『聖女』を召喚して『邪神の息吹』を鎮め、国家人民を存亡の危機から救った、その比類無い実績が今日まで尾を引き、彼らの欲と力を醜く肥大化させてしまった。
〈陛下に輿入れする以前の話ですが、我が父も教団から要求される高額のお布施に、日々頭を悩ませていました。領民は猶更です。借金のカタに我が子を連れ去られる者、些細な口答えを咎められて処刑される者、そんな彼らを、|売僧《まいす》たちは金勘定をしながら嘲笑っていました。あのような者たちが法からも神からも裁かれること無く、今ものうのうと暮らしていることが私には悔しくてなりません……!〉
 レヴィア皇后のその話が、未だ癒えない心の古傷に強く突き刺さる。
「皇后も随分と栄耀教会を嫌っているようだな」
「お立場故に公の場では自重されていますが、あれが皇后様の本音です」
 立場と感情の板挟みの中にある彼女が、その苦しさをオズガルドに|吐露《とろ》していた。
〈教えて下さいな、フェンデリン総帥。我々はどうすればいいの? 『邪神の息吹』は絶対に鎮めなければならない。しかし、そのために守銭奴の奴隷になるのも同じくらい嫌。神は――いいえ、誰でもいいわ。誰か我々を闇から救い出してくれる者は居ないの?〉
 縋るような皇后の眼差しに、
〈真の『希望』とは、|概《がい》して闇の中にこそあるものです。太陽には遠く及ばない、夜の闇に隠れてしまう月の輝きのようなものではありますが……それでもまだ『希望』は残されています〉
 静かだが、力強い声でオズガルドが言い聞かせると、レヴィア皇后は冷静さを取り戻し、
〈……それは、もしかしてカグヤ様という方のことかしら?〉
 レヴィア皇后の口から私の名前が出た瞬間、オズガルドが小さく息を呑んだ音が聞こえた。
〈ラモン教皇は元の世界に帰ったなどと仰ったけれど……やっぱり何か裏があるのね。同じ日の夜に『黄昏の牙』の男女が曙光島に侵入したとかで今も手配書が出回っているけれど、ひょっとして――〉
 ゴホン、とオズガルドがわざとらしく咳払いして、それ以上の言葉を遮った。
〈……皇后様ともあろう御方が、憶測で物を語られるのは如何なものかと〉
〈そうね。ごめんなさい。忘れて下さいな〉
 その反応だけで充分よ、とでも言うように、レヴィア皇后が口元を緩めていた。