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#44 暗闇と引力 (カグヤ視点)

ー/ー



 その後も訓練を続け、やがて空が白み始める。
 朝の空気が辺りに満ち始める。


「そろそろ帰りましょうか。もう月が西の空に差し掛かっています。あなたの力も既に弱まっているでしょうから」
「はい」


 私の闇属性の極大魔力は夜間のように辺りが暗い状況下のみの解放で、朝になれば使えなくなってしまうのだが、実験と検証を重ねたことで更なる事実が判明した。


 私の魔力には「暗闇」だけでなく「月の引力」の二つが関わっている。


 これは潮汐(ちょうせき)の如く、月の引力によって私が宿す闇の極大魔力が引き出されるのではないか、というのがエレノアは推察した。


 月は夜しか昇らないと誤解されがちだが、月は『朔』『上弦』『望』『下弦』などの虧盈(きえい)によって出没する時間が異なり、例えば『三日月』の南中(なんちゅう)時刻は十四時頃、すなわち昼間なのだ。
 月が昇れば私との距離が縮まって引力の影響も強くなり、闇の極大魔力もそれに比例して引き出される訳だが、逆に月が昇っていなければ引力の影響を受けられず、暗闇によって解放自体はされても、ジェフに「百万」と推定された私の魔力の氷山の、ほんの一角が顔を覗かせる程度でしかない。


 世の理さえ易々と超越してしまう闇の極大魔力だが、その反面、これらの条件を念頭に置かなければ扱えない、という難しさも(はら)んでいるのだ。


「では、私はダスクさんを迎えに行きますので」


 一旦フェンデリン邸に戻ってジェフとエレノアを置いてから、今度はダスクとの待ち合わせ場所へ転移する。


「お早うございます、ダスクさん」
「……ああ、お早う」


 既に倉庫内にて、ダスクは私の迎えを待っていた。
 送った時と同じく、彼の顔は険しいままだ。


 これまでと同じく、微かに汚水の臭いがすることから、今日も地下水路を通っていたのだろう。


「あの……ダスクさん」
「何だ」


 声も険しい。
 

「その……もし何か困り事や悩み事があるのであれば、私で良ければ相談に乗ります」


 誰かに相談された経験など無い私だが、そう言わずにはいられなかった。


 異なる世界から召喚された私と、大昔から蘇ったダスク。
 そして互いに帝国社会から命を狙われて潜伏生活を送るという、似通った運命を歩んでいるのだから、他の者に比べれば私のことを信用してくれているはずだと思う。


「……悪いが、送り迎え以上の手伝いは望んでいない」


 しかし、返って来たのは何とも素っ気無い答。
 ダスクにとって私は単なるタクシー代わりでしかないのだろうかと思うと、途端に寂しくなった。


「……そう、ですか」


 今ここで、彼の主君だったカルディス王弟について尋ねてみようか、とも思った。


 私の勘が正しければ、ここ最近の彼の行動は、三百年前のカルディス王弟の死が関係している。
 そしてその死の真相も、何となくではあるが察しが付いており、それが正解であれば、ダスクが何をしようとしているのかも何となくではあるが予想できる。


 ここでそれを口に出して、ダスクを問い質すことは簡単だ。
 しかし、その勇気が私には無かった。
 全て私の推測でしかなく、問い質した所でダスクが正直に答えるとも限らないのだから。


「……早く帰って寝よう。昼からは例の『イベント』を観るんだろう?」
「そうでしたね」


 結局、この日も進展は無し。
 それ以降は会話は無く、二人でフェンデリン邸へ転移。


 時刻は六時。
 太陽が東の空から昇り、明るい朝が国を満たす。
 月も私から遠ざかり、闇の極大魔力は一旦封印される。


「ふぅ……」


 湯船に身を沈めて、息を吐き出す。


「お疲れのようですね」


 同じ湯船にはサリー。
 水道やガスなど勿論無いため、湯を作る手段は、汲み上げた水を薪を使って沸かす原始的な方法か、魔法や魔導具に限られ、この湯はサリーが魔法で作ってくれた。


 長年の虐待生活によって全身に刻まれた傷痕は、今はもう無い。
 サリーの顔や鑑定水晶にやったように、私が自分の肉体の時間を巻き戻し、傷を消し去ったからだ。


「そうですか。若返りまで……素晴らしいことですね」


 驚きつつも感激するサリーだが、私にはそんな気持ちにはなれなかった。


「……正直、私は恐怖を感じています。この力は私が望んで得たものでもなければ、磨き上げて得たものでもありません。いつの間にか勝手に宿っていただけの、私の身には余り過ぎる力なのですから」


 世の中には、持つ者と持たざる者が居る。
 富、権力、名声、地位、才能、容姿──持つ者と持たざる者の人生には大きな隔たりが生じる。


 しかし、それらは必ずしも人生の幸福を確約するものではなく、むしろそうしたものを持ってしまったばかりに不幸な末路を辿ってしまった話も珍しくない。
 宝くじやギャンブル、株や遺産相続などで一攫千金を為した者が、人格や人間関係の破綻を招いて没落したという話も耳にするし、目の前のサリーも名門ファーツ家の令嬢として裕福な人生を送っていたが、その家柄故に皇帝や栄耀教会から濡れ衣を着せられ、家族を失うという悲劇に見舞われてしまった。


 大き過ぎる力は当人の意志とは無関係に、周囲に影響を及ぼす。
 冥獄墓所への転移やダスクの復活とて、結果的に私にプラスに作用したものの、決して意図的に引き起こした訳ではなかった。


 もしも、あらゆる生物や物体を老朽化させる力が、私の意志とは無関係に発動し、広範囲に及んでしまったとしたら──想像しただけで寒気がする。


「カグヤ様、ふと思ったのですが……」
「何でしょう?」
「あらゆるものの『時間』を操作することで元の状態へ戻せるのであれば、変異魔物やアンデッドも、元に戻すこともできるのではないでしょうか?」
「ええ。同じことをエレノア様から提案され、何度か試してみました。変異魔物に関しては本来の状態に戻せたのですが、アンデッドの場合は元の──只の動かない遺体に戻るだけでした」


 危険なアンデッドを無害な死体にすること自体には大きな意味があるが、サリーが言いたかったのは、生前のような普通の生物にする、ということだ。
 ダスクやレンポッサ卿であれば、再び人間として太陽の下で人生をやり直せる状態にする、ということだが、闇の極大魔力にも不可能はある。


 アンデッドになってしまった者は何をしようが、生物だった頃には戻れない。
 いつか消滅する時が来るまで、太陽に怯えて夜を彷徨う、永遠の闇の住人なのだ。


「では、お休みなさい」


 入浴を終えると、次は睡眠。


「ああ」


 あの巨大な箱がダスクの寝床だ。
 棺桶ではなく、本来は貴重品を収納するための宝箱なのだが、非常時には要人が隠れられるサイズになっており、空気穴や内側から開閉可能な鍵も備えられて耐久性や耐火性に優れた、言うなれば一人用シェルターだ。


「カグヤ様、お目覚め下さい」


 この日はある予定があるため、十三時頃にサリーに起こされた。


「はい……」


 正直に言って眠り足りないのだが、今日は仕方が無い。
 顔を洗って歯を磨き、その次はサリーから借りたメイド服に着替える。
 隠し通路を通って出た先は、フェンデリン邸の庭。


「はぁ……気持ち良い……」


 ずっと太陽の光を浴びないというのも健康上良くないので、目覚めた後は日光浴でリフレッシュするようにしている。
 わざわざメイド服に着替えたのは、事情を知らない者に見られても騒がれないためだ。


 ──と、これが今の私の生活サイクルだ。


「あなた……見ない顔ね。新入りかしら?」


 すぐ近くから発せられた声に反応して向き直ると、青緑の髪のメイドが神経質そうな眼差しを向けていた。


「え、ええ……そうです」
「名前は? どこの家の出身なの? あなたのような人が入って来たなんて全く聞いてないのだけれど……」
「それは……その……」


 記憶の中の母を想い起こさせる強めの口調で詰め寄られて、しどろもどろになってしまった私を見て、メイドの眉間に更に皺が寄る。


 しかし、そんな私に助け船を出す者が一人。


「ここでしたか、フランカさん」


 現れたのはサリーだった。


「大奥様がお呼びです。すぐに来て下さい」
「は、はい……」


 一目で状況を察してくれたのだろう、私の引っ張って強引に連れ出そうとしてくれた。


「ちょっとサリー、それは誰なの?」
「急遽新しく入った方です。私が指導をするよう大奥様から言い付かっています」


 それだけ答えると、サリーは私の手を引いて速足で地下室を目指す。


「助かりました、サリーさん」
「危ない所でした。よりにもよってオデッタさんに見つかってしまうなんて……」


 その口振りと先程のやり取りからして、仲の良い相手という訳ではなさそうだ。


「ところでサリーさん、『フランカ』というのは?」
「それは……私の姉の名前です。他の名前が思い付かなかったもので……」


 答えるサリーの顔は、どこか気恥ずかしそうだった。


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 その後も訓練を続け、やがて空が白み始める。
 朝の空気が辺りに満ち始める。
「そろそろ帰りましょうか。もう月が西の空に差し掛かっています。あなたの力も既に弱まっているでしょうから」
「はい」
 私の闇属性の極大魔力は夜間のように辺りが暗い状況下のみの解放で、朝になれば使えなくなってしまうのだが、実験と検証を重ねたことで更なる事実が判明した。
 私の魔力には「暗闇」だけでなく「月の引力」の二つが関わっている。
 これは|潮汐《ちょうせき》の如く、月の引力によって私が宿す闇の極大魔力が引き出されるのではないか、というのがエレノアは推察した。
 月は夜しか昇らないと誤解されがちだが、月は『朔』『上弦』『望』『下弦』などの|虧盈《きえい》によって出没する時間が異なり、例えば『三日月』の|南中《なんちゅう》時刻は十四時頃、すなわち昼間なのだ。
 月が昇れば私との距離が縮まって引力の影響も強くなり、闇の極大魔力もそれに比例して引き出される訳だが、逆に月が昇っていなければ引力の影響を受けられず、暗闇によって解放自体はされても、ジェフに「百万」と推定された私の魔力の氷山の、ほんの一角が顔を覗かせる程度でしかない。
 世の理さえ易々と超越してしまう闇の極大魔力だが、その反面、これらの条件を念頭に置かなければ扱えない、という難しさも|孕《はら》んでいるのだ。
「では、私はダスクさんを迎えに行きますので」
 一旦フェンデリン邸に戻ってジェフとエレノアを置いてから、今度はダスクとの待ち合わせ場所へ転移する。
「お早うございます、ダスクさん」
「……ああ、お早う」
 既に倉庫内にて、ダスクは私の迎えを待っていた。
 送った時と同じく、彼の顔は険しいままだ。
 これまでと同じく、微かに汚水の臭いがすることから、今日も地下水路を通っていたのだろう。
「あの……ダスクさん」
「何だ」
 声も険しい。
「その……もし何か困り事や悩み事があるのであれば、私で良ければ相談に乗ります」
 誰かに相談された経験など無い私だが、そう言わずにはいられなかった。
 異なる世界から召喚された私と、大昔から蘇ったダスク。
 そして互いに帝国社会から命を狙われて潜伏生活を送るという、似通った運命を歩んでいるのだから、他の者に比べれば私のことを信用してくれているはずだと思う。
「……悪いが、送り迎え以上の手伝いは望んでいない」
 しかし、返って来たのは何とも素っ気無い答。
 ダスクにとって私は単なるタクシー代わりでしかないのだろうかと思うと、途端に寂しくなった。
「……そう、ですか」
 今ここで、彼の主君だったカルディス王弟について尋ねてみようか、とも思った。
 私の勘が正しければ、ここ最近の彼の行動は、三百年前のカルディス王弟の死が関係している。
 そしてその死の真相も、何となくではあるが察しが付いており、それが正解であれば、ダスクが何をしようとしているのかも何となくではあるが予想できる。
 ここでそれを口に出して、ダスクを問い質すことは簡単だ。
 しかし、その勇気が私には無かった。
 全て私の推測でしかなく、問い質した所でダスクが正直に答えるとも限らないのだから。
「……早く帰って寝よう。昼からは例の『イベント』を観るんだろう?」
「そうでしたね」
 結局、この日も進展は無し。
 それ以降は会話は無く、二人でフェンデリン邸へ転移。
 時刻は六時。
 太陽が東の空から昇り、明るい朝が国を満たす。
 月も私から遠ざかり、闇の極大魔力は一旦封印される。
「ふぅ……」
 湯船に身を沈めて、息を吐き出す。
「お疲れのようですね」
 同じ湯船にはサリー。
 水道やガスなど勿論無いため、湯を作る手段は、汲み上げた水を薪を使って沸かす原始的な方法か、魔法や魔導具に限られ、この湯はサリーが魔法で作ってくれた。
 長年の虐待生活によって全身に刻まれた傷痕は、今はもう無い。
 サリーの顔や鑑定水晶にやったように、私が自分の肉体の時間を巻き戻し、傷を消し去ったからだ。
「そうですか。若返りまで……素晴らしいことですね」
 驚きつつも感激するサリーだが、私にはそんな気持ちにはなれなかった。
「……正直、私は恐怖を感じています。この力は私が望んで得たものでもなければ、磨き上げて得たものでもありません。いつの間にか勝手に宿っていただけの、私の身には余り過ぎる力なのですから」
 世の中には、持つ者と持たざる者が居る。
 富、権力、名声、地位、才能、容姿──持つ者と持たざる者の人生には大きな隔たりが生じる。
 しかし、それらは必ずしも人生の幸福を確約するものではなく、むしろそうしたものを持ってしまったばかりに不幸な末路を辿ってしまった話も珍しくない。
 宝くじやギャンブル、株や遺産相続などで一攫千金を為した者が、人格や人間関係の破綻を招いて没落したという話も耳にするし、目の前のサリーも名門ファーツ家の令嬢として裕福な人生を送っていたが、その家柄故に皇帝や栄耀教会から濡れ衣を着せられ、家族を失うという悲劇に見舞われてしまった。
 大き過ぎる力は当人の意志とは無関係に、周囲に影響を及ぼす。
 冥獄墓所への転移やダスクの復活とて、結果的に私にプラスに作用したものの、決して意図的に引き起こした訳ではなかった。
 もしも、あらゆる生物や物体を老朽化させる力が、私の意志とは無関係に発動し、広範囲に及んでしまったとしたら──想像しただけで寒気がする。
「カグヤ様、ふと思ったのですが……」
「何でしょう?」
「あらゆるものの『時間』を操作することで元の状態へ戻せるのであれば、変異魔物やアンデッドも、元に戻すこともできるのではないでしょうか?」
「ええ。同じことをエレノア様から提案され、何度か試してみました。変異魔物に関しては本来の状態に戻せたのですが、アンデッドの場合は元の──只の動かない遺体に戻るだけでした」
 危険なアンデッドを無害な死体にすること自体には大きな意味があるが、サリーが言いたかったのは、生前のような普通の生物にする、ということだ。
 ダスクやレンポッサ卿であれば、再び人間として太陽の下で人生をやり直せる状態にする、ということだが、闇の極大魔力にも不可能はある。
 アンデッドになってしまった者は何をしようが、生物だった頃には戻れない。
 いつか消滅する時が来るまで、太陽に怯えて夜を彷徨う、永遠の闇の住人なのだ。
「では、お休みなさい」
 入浴を終えると、次は睡眠。
「ああ」
 あの巨大な箱がダスクの寝床だ。
 棺桶ではなく、本来は貴重品を収納するための宝箱なのだが、非常時には要人が隠れられるサイズになっており、空気穴や内側から開閉可能な鍵も備えられて耐久性や耐火性に優れた、言うなれば一人用シェルターだ。
「カグヤ様、お目覚め下さい」
 この日はある予定があるため、十三時頃にサリーに起こされた。
「はい……」
 正直に言って眠り足りないのだが、今日は仕方が無い。
 顔を洗って歯を磨き、その次はサリーから借りたメイド服に着替える。
 隠し通路を通って出た先は、フェンデリン邸の庭。
「はぁ……気持ち良い……」
 ずっと太陽の光を浴びないというのも健康上良くないので、目覚めた後は日光浴でリフレッシュするようにしている。
 わざわざメイド服に着替えたのは、事情を知らない者に見られても騒がれないためだ。
 ──と、これが今の私の生活サイクルだ。
「あなた……見ない顔ね。新入りかしら?」
 すぐ近くから発せられた声に反応して向き直ると、青緑の髪のメイドが神経質そうな眼差しを向けていた。
「え、ええ……そうです」
「名前は? どこの家の出身なの? あなたのような人が入って来たなんて全く聞いてないのだけれど……」
「それは……その……」
 記憶の中の母を想い起こさせる強めの口調で詰め寄られて、しどろもどろになってしまった私を見て、メイドの眉間に更に皺が寄る。
 しかし、そんな私に助け船を出す者が一人。
「ここでしたか、フランカさん」
 現れたのはサリーだった。
「大奥様がお呼びです。すぐに来て下さい」
「は、はい……」
 一目で状況を察してくれたのだろう、私の引っ張って強引に連れ出そうとしてくれた。
「ちょっとサリー、それは誰なの?」
「急遽新しく入った方です。私が指導をするよう大奥様から言い付かっています」
 それだけ答えると、サリーは私の手を引いて速足で地下室を目指す。
「助かりました、サリーさん」
「危ない所でした。よりにもよってオデッタさんに見つかってしまうなんて……」
 その口振りと先程のやり取りからして、仲の良い相手という訳ではなさそうだ。
「ところでサリーさん、『フランカ』というのは?」
「それは……私の姉の名前です。他の名前が思い付かなかったもので……」
 答えるサリーの顔は、どこか気恥ずかしそうだった。