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地下に封印されていたもの

ー/ー



 京都御苑にある雑木林の中にて、サタンの代弁者は、弟子たちの作業が終わるのを待っていた。彼の目の前では、大勢の弟子たちが儀式に使う鏡や十字架を適切な位置に配置していっていた。

 サタンの代弁者、というのは彼の二つ名である。彼の本名は吉井正人。彼は父から呪術を学び、悪魔の召喚に成功したあと、サタンの代弁者を名乗るようになった。そしてサタンの意志を代行する者として多くの人間を呪い殺し、さらに呪術を学びたいという人たちを弟子にとるようなかたちで、仲間を増やしていった。

 やがて、儀式の準備が完了した。二つの鏡は合わせ鏡になるように置かれて、四本ある十字架はすべて上下さかさまに置かれている。供物である動物の骨の位置も何もかも、完璧に合っている。

 さらにこのある種異様な光景も、十数人といる弟子たちの体と雑木林によって人の目から覆い隠されている。ここまではうまくいっていた。

 京都の下に封印された悪魔たちを解放して欲しいのです。

 この命令をした悪魔は、全然悪魔らしい見た目をしていなかった。清潔感があって、角も生えておらず、足にひづめも生えていなかった。やつは赤いスーツを着ていて、モノクルをかけている西洋人の姿をしていた。

 第一、昔の日本に悪魔がいるわけがない。実際、彼はその悪魔にそう言ってみせた。そうしたら、その悪魔は

「悪魔は日本という国ができあがるよりもはるか前からずっと存在していたんですよ? それに、彼らには羽があります。彼らは昔に日本へ飛んでいって移住したんですよ、西洋から。しかし結局、陰陽師たちにやられてしまったのです」

 と、答えた。いかにもうさんくさい答えだった。その時は、低級霊がほらを吹いているとしか思えなかった。

 しかし、日本を守る結界を壊してくれ、という願いはいかにも悪魔的だった。なにより、その悪魔は彼にいろいろなことを教えてくれた。

 彼は手に持っていた黒い木の槍を見やる。太い枝を削って先をとがらせた代物で、柄の部分になんらかの文字にも似た紋様が彫られている。

 それはロンギヌスの槍と呼ばれるものだった。イエスキリストの脇腹を突き刺して血を流させたというその槍の呪術的な作り方を、あの悪魔は教えてくれたのだった。なんでも、柄に彫られたこの紋様が重要らしく、これに霊力を流すことで、結界を壊すことが叶うらしい。

 だが結界を壊すに足る霊力を、彼はもたない。そこで、悪魔の力を借りるのだ。

「お面を」彼は弟子に呼びかけた。

 すかさず弟子が赤いお面を手渡す。それは笑う怪物の顔をかたどったものなのだが、ただのお面ではない。それには悪魔が宿っていて、被った者はその身に悪魔がとり憑くこととなる。彼は、その悪魔の力を借りて霊力を得るつもりだった。

 ゆったりとした、厳かな動作で彼はお面をかぶる。それから、彼は槍をぐっと構えた。

 あの悪魔は、京都御苑の敷地であれば刺すのはどこでもいい、と言っていた。重要なのはたっぷり力を込めることだ、とも言っていた。そうしないと日本国家の霊媒組織が張った頑丈な結界を壊せないらしい。
 
「天照大神よ、大日如来よ、イエスキリストよ、いっさいの光をもたらす存在に呪いあれ! 偉大なるサタンよ、衆生に病魔と災いをもたらしたまえ! オーン!」

 彼は呪いの言葉を唱えると、ロンギヌスの槍を地面に突き刺した。

 そして彼の動きに応ずるように、周囲にいる弟子たちも呪いの言葉を唱えはじめた。

 まもなく、彼は自分が自分でなくなるような感覚を覚えた。強烈な快感とともに、強大な力が腕にみなぎるのを感じる。

 いつしか彼は、咆哮していた。彼にはそれが、彼と悪魔の意識が混然一体となって吐き出された魂の雄たけびのようなものに思えた。

 その時、地面が大きく揺れたような気がした。直後、キーンという甲高い音が聞こえてきた。

 やったか。

 彼は槍をあげて、地面を見下ろした。と、どうなったかを知る間もなく、地面が大きく揺れ始めた。地震が発生したのだ。

 揺れの大きさからみて、かつて東日本大震災で感じたのと同じくらいのものに思える。震度五以上はあるだろうか。

 揺れが大きすぎて、立っているのもやっとだった。めったにない規模の揺れに、さすがの彼も恐怖を感じた。

 どうなんだこれは。成功したのか? 不安と興奮と恐怖がないまぜになったような気持ちで、彼は目の前の地面を見守る。

 その時、地面からぬっと、顔面が焼けただれた大きな人の頭が現れた。もちろん、生きているものではありえない。霊的な存在が地面から頭を突き出したのだ。霊感のある彼には霊がちゃんと見えるし、生きているものと霊との区別もできた。

 それは水の中からに浮かびあがってくるように、すうーっと地上に現れた。それの頭は焼けただれた人のそれだったが、体は犬のそれだった。胴体の毛はことごとく抜け落ちており、肌は焼けただれていて、骨が見えている箇所もあった。体の大きさは馬と同じくらいあって、普通の犬よりもはるかに大きかった。

 現れたのはそれだけではなかった。あちこちの地面から、それこそ雑木林の中だけではなく、表にあるの通り道からも封印されていたものたちが現れはじめていた。

 そこで、彼は立ち上がる。

「サタンの名のもとに我に従え!」

 あの悪魔は、こう言えば彼らを従わせることができる、と教えてくれた。この言葉を聞いた悪魔たちはたちまちこうべを垂れてあなたに忠誠を誓うでしょう、と言っていたのだ。

 目の前の存在と目が合った。しかし、そいつがこうべを垂れる気配はない。そいつは、何か珍妙な生き物を観察するかのように、こちらをじろじろと見るばかりだ。

 唱える言葉を間違えたかと思った彼は、違う言いかたを試してみる。

「悪魔よ、サタンの名のもとに我に従うのだ!」

 しかし、それでも目の前の存在は彼に従わない。

 そもそも、目の前の存在は悪魔とは似ても似つかない。悪魔というのは羽が生えていて、角が生えていて、足が馬の足になっているものだ。目の前のやつは、それらしいところが一つもない。こんなものが悪魔などであるはずがないのだ。

 と、そこで、悲鳴が響き渡った。振り向くと、先ほど地上から出てきた存在のうちの一体が、大きな口で弟子の上半身を食いちぎっていた。

 彼の目には、弟子の魂が上半身のあたりで食いちぎられた様子が見えた。そして間もなく、弟子を襲ったそいつは弟子の残った魂も飲み込んでしまった。

 それから少し遅れて、魂を喰われた弟子の体が、腹のあたりで真っ二つになって、血をまき散らしながらその場に崩れ落ちた。

「せ、先生! 狩野さんが! これはいったい、何が起きているのですか⁉」

 彼らは怯えた様子で、彼だけを見ている。霊力が弱く、浮遊霊すら見ることもできない彼らには、周りにいるものたちが見えていないのだ。

 ここへきてようやく彼は、あの悪魔に騙されたことに気がついた。何が目的かはわからない。しかしやつは、この地下に封印されたものを解放するために、彼らを利用したのだ。

「お、落ち着け!」

 彼らのほうを見て言ったその時、視界の端でゆらりと何かが動くのが見えた。視線を正面に戻すと、先ほど現れたあの人面犬もどきが、こちらに近づいてきているではないか。

「よ、よせっ、いや、待ってください! 私はあなたの味方です!」

 そう言ってみたが、目の前のそれは止まらなかった。

 このままでは死ぬ。そう思った彼は、なかばやけくそになって、ロンギヌスの槍を目の前の存在めがけて突き刺した。

 強力な結界を壊すほど強力な魔道具で突き刺されれば、どんなものであれ、無事で済むはずがない。そう思っていた。

 しかし槍がそれの体をすり抜けただけで、何も起きなかった。その時、彼は先ほどまで身に宿っていたはずの悪魔の気配がなくなっていることに気づく。

 ふと嫌な予感がして、彼は上を見上げる。すると、空を飛んで逃げていく悪魔の姿がそこにあった。

 もうだめだ、と思ったその時、槍を持っている腕に、自分の意志とは関係なく力が入った。槍を持ったその腕は、槍の先端で彼の首を貫こうとし始めた。

「わっ、うわ、ああっ」

 彼は左手で槍の先端を持った。しかし槍をへし折ろうにも、すでに先端が首に到達し始めていた。

 夢中で抵抗している最中に、人面犬もどきの表情が目に入った。そいつは歯をむき出しにして笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

 やがて、槍の先端が彼の喉笛を貫いた。


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 京都御苑にある雑木林の中にて、サタンの代弁者は、弟子たちの作業が終わるのを待っていた。彼の目の前では、大勢の弟子たちが儀式に使う鏡や十字架を適切な位置に配置していっていた。
 サタンの代弁者、というのは彼の二つ名である。彼の本名は吉井正人。彼は父から呪術を学び、悪魔の召喚に成功したあと、サタンの代弁者を名乗るようになった。そしてサタンの意志を代行する者として多くの人間を呪い殺し、さらに呪術を学びたいという人たちを弟子にとるようなかたちで、仲間を増やしていった。
 やがて、儀式の準備が完了した。二つの鏡は合わせ鏡になるように置かれて、四本ある十字架はすべて上下さかさまに置かれている。供物である動物の骨の位置も何もかも、完璧に合っている。
 さらにこのある種異様な光景も、十数人といる弟子たちの体と雑木林によって人の目から覆い隠されている。ここまではうまくいっていた。
 京都の下に封印された悪魔たちを解放して欲しいのです。
 この命令をした悪魔は、全然悪魔らしい見た目をしていなかった。清潔感があって、角も生えておらず、足にひづめも生えていなかった。やつは赤いスーツを着ていて、モノクルをかけている西洋人の姿をしていた。
 第一、昔の日本に悪魔がいるわけがない。実際、彼はその悪魔にそう言ってみせた。そうしたら、その悪魔は
「悪魔は日本という国ができあがるよりもはるか前からずっと存在していたんですよ? それに、彼らには羽があります。彼らは昔に日本へ飛んでいって移住したんですよ、西洋から。しかし結局、陰陽師たちにやられてしまったのです」
 と、答えた。いかにもうさんくさい答えだった。その時は、低級霊がほらを吹いているとしか思えなかった。
 しかし、日本を守る結界を壊してくれ、という願いはいかにも悪魔的だった。なにより、その悪魔は彼にいろいろなことを教えてくれた。
 彼は手に持っていた黒い木の槍を見やる。太い枝を削って先をとがらせた代物で、柄の部分になんらかの文字にも似た紋様が彫られている。
 それはロンギヌスの槍と呼ばれるものだった。イエスキリストの脇腹を突き刺して血を流させたというその槍の呪術的な作り方を、あの悪魔は教えてくれたのだった。なんでも、柄に彫られたこの紋様が重要らしく、これに霊力を流すことで、結界を壊すことが叶うらしい。
 だが結界を壊すに足る霊力を、彼はもたない。そこで、悪魔の力を借りるのだ。
「お面を」彼は弟子に呼びかけた。
 すかさず弟子が赤いお面を手渡す。それは笑う怪物の顔をかたどったものなのだが、ただのお面ではない。それには悪魔が宿っていて、被った者はその身に悪魔がとり憑くこととなる。彼は、その悪魔の力を借りて霊力を得るつもりだった。
 ゆったりとした、厳かな動作で彼はお面をかぶる。それから、彼は槍をぐっと構えた。
 あの悪魔は、京都御苑の敷地であれば刺すのはどこでもいい、と言っていた。重要なのはたっぷり力を込めることだ、とも言っていた。そうしないと日本国家の霊媒組織が張った頑丈な結界を壊せないらしい。
「天照大神よ、大日如来よ、イエスキリストよ、いっさいの光をもたらす存在に呪いあれ! 偉大なるサタンよ、衆生に病魔と災いをもたらしたまえ! オーン!」
 彼は呪いの言葉を唱えると、ロンギヌスの槍を地面に突き刺した。
 そして彼の動きに応ずるように、周囲にいる弟子たちも呪いの言葉を唱えはじめた。
 まもなく、彼は自分が自分でなくなるような感覚を覚えた。強烈な快感とともに、強大な力が腕にみなぎるのを感じる。
 いつしか彼は、咆哮していた。彼にはそれが、彼と悪魔の意識が混然一体となって吐き出された魂の雄たけびのようなものに思えた。
 その時、地面が大きく揺れたような気がした。直後、キーンという甲高い音が聞こえてきた。
 やったか。
 彼は槍をあげて、地面を見下ろした。と、どうなったかを知る間もなく、地面が大きく揺れ始めた。地震が発生したのだ。
 揺れの大きさからみて、かつて東日本大震災で感じたのと同じくらいのものに思える。震度五以上はあるだろうか。
 揺れが大きすぎて、立っているのもやっとだった。めったにない規模の揺れに、さすがの彼も恐怖を感じた。
 どうなんだこれは。成功したのか? 不安と興奮と恐怖がないまぜになったような気持ちで、彼は目の前の地面を見守る。
 その時、地面からぬっと、顔面が焼けただれた大きな人の頭が現れた。もちろん、生きているものではありえない。霊的な存在が地面から頭を突き出したのだ。霊感のある彼には霊がちゃんと見えるし、生きているものと霊との区別もできた。
 それは水の中からに浮かびあがってくるように、すうーっと地上に現れた。それの頭は焼けただれた人のそれだったが、体は犬のそれだった。胴体の毛はことごとく抜け落ちており、肌は焼けただれていて、骨が見えている箇所もあった。体の大きさは馬と同じくらいあって、普通の犬よりもはるかに大きかった。
 現れたのはそれだけではなかった。あちこちの地面から、それこそ雑木林の中だけではなく、表にあるの通り道からも封印されていたものたちが現れはじめていた。
 そこで、彼は立ち上がる。
「サタンの名のもとに我に従え!」
 あの悪魔は、こう言えば彼らを従わせることができる、と教えてくれた。この言葉を聞いた悪魔たちはたちまちこうべを垂れてあなたに忠誠を誓うでしょう、と言っていたのだ。
 目の前の存在と目が合った。しかし、そいつがこうべを垂れる気配はない。そいつは、何か珍妙な生き物を観察するかのように、こちらをじろじろと見るばかりだ。
 唱える言葉を間違えたかと思った彼は、違う言いかたを試してみる。
「悪魔よ、サタンの名のもとに我に従うのだ!」
 しかし、それでも目の前の存在は彼に従わない。
 そもそも、目の前の存在は悪魔とは似ても似つかない。悪魔というのは羽が生えていて、角が生えていて、足が馬の足になっているものだ。目の前のやつは、それらしいところが一つもない。こんなものが悪魔などであるはずがないのだ。
 と、そこで、悲鳴が響き渡った。振り向くと、先ほど地上から出てきた存在のうちの一体が、大きな口で弟子の上半身を食いちぎっていた。
 彼の目には、弟子の魂が上半身のあたりで食いちぎられた様子が見えた。そして間もなく、弟子を襲ったそいつは弟子の残った魂も飲み込んでしまった。
 それから少し遅れて、魂を喰われた弟子の体が、腹のあたりで真っ二つになって、血をまき散らしながらその場に崩れ落ちた。
「せ、先生! 狩野さんが! これはいったい、何が起きているのですか⁉」
 彼らは怯えた様子で、彼だけを見ている。霊力が弱く、浮遊霊すら見ることもできない彼らには、周りにいるものたちが見えていないのだ。
 ここへきてようやく彼は、あの悪魔に騙されたことに気がついた。何が目的かはわからない。しかしやつは、この地下に封印されたものを解放するために、彼らを利用したのだ。
「お、落ち着け!」
 彼らのほうを見て言ったその時、視界の端でゆらりと何かが動くのが見えた。視線を正面に戻すと、先ほど現れたあの人面犬もどきが、こちらに近づいてきているではないか。
「よ、よせっ、いや、待ってください! 私はあなたの味方です!」
 そう言ってみたが、目の前のそれは止まらなかった。
 このままでは死ぬ。そう思った彼は、なかばやけくそになって、ロンギヌスの槍を目の前の存在めがけて突き刺した。
 強力な結界を壊すほど強力な魔道具で突き刺されれば、どんなものであれ、無事で済むはずがない。そう思っていた。
 しかし槍がそれの体をすり抜けただけで、何も起きなかった。その時、彼は先ほどまで身に宿っていたはずの悪魔の気配がなくなっていることに気づく。
 ふと嫌な予感がして、彼は上を見上げる。すると、空を飛んで逃げていく悪魔の姿がそこにあった。
 もうだめだ、と思ったその時、槍を持っている腕に、自分の意志とは関係なく力が入った。槍を持ったその腕は、槍の先端で彼の首を貫こうとし始めた。
「わっ、うわ、ああっ」
 彼は左手で槍の先端を持った。しかし槍をへし折ろうにも、すでに先端が首に到達し始めていた。
 夢中で抵抗している最中に、人面犬もどきの表情が目に入った。そいつは歯をむき出しにして笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
 やがて、槍の先端が彼の喉笛を貫いた。