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深夜の絶叫

ー/ー



 実家のお屋敷は街の外れ、山肌を切り崩した麓にひっそりと佇んでいます。

 外壁は夜に溶け込むような薄灰色で、屋根は藍色の尖った三角屋根。宵闇に溶け込む色合いと朝まで途絶えることのない灯りが気味悪さを醸す洋風の豪邸です。

 道中、距離を少しだけ離して歩いていた私は、守護霊のように付きまとうクリスカさんに半ばうんざりしていました。

「いつまでついてくる気ですか?」
「あなたの家に着くまで」

 そう言って聞かないので、もう忠告は一切しないつもりですが、ちょっとだけ心配になってきました。

 好奇心で人の家とか勝手に入ってしまいそうで、痛い目に遭わないかと。

 囲いに沿った道を歩いていると、扉から光が差して人影がぞろぞろと現れて、すぐに玄関へ通じる一本路の沿道を埋め尽くしました。

「随分と手厚い歓迎じゃない?」
「なんだか物々しいですね……」
「そう? あなたって、使用人志望のお嬢様じゃなかったかしら?」

 この豪邸の持ち主、つまり父の娘です。並んだのも父が雇っている使用人の皆様ですが、帰るたびにどうしても離せない仕事以外の全員が集まって出迎えることなど、一度もありませんでしたから。

 そして私に追いついて横で平然と佇む彼女を摘みだそうなどという気が微塵も感じられず、首を傾げます。あのこの人部外者なんですけど。

 疑問を残しながら門の前に来ると、手近な家の使用人が手を煩わせまいと開きます。もはやここまで来ると、何が何だか訳がわかりません。

 そして敷地内へ。私とクリスカさんが一歩踏み入れると、列を成していた各々が一斉に頭を下げます。さながら打ち合わせでもしたかのようです。

「……あのぉ。皆さま、どうかなされたんですか?」

 普段なら聞けば返答を返してくれる方々なのですが、今日ばかりは口を利いてくれません。だからと言って怒りはしませんが、後で父に理由を訊ねるくらいはするつもりです。

 けれど、その必要もすぐになくなります。玄関扉の数メートル手前まで行くと、今度は紺色のスーツで身を固めた背の高い中年の男、私の父『七見 士郎』が微笑みを交えながら出迎えました。

「遠路遥々、よくお出でになりました」

 歓迎の挨拶と一緒にクリスカさんと握手を交わすと、私を一瞥して言います。

「光莉も、よく帰った。おかえり」
「……ただいま」

 私は嫌悪感を滲ませた顔を背けます。すると父は、

「部屋は前のままだ。少し休んできなさい光莉」

 と、私を部屋へ追い出すように告げました。

 長旅と言えど、私がお連れした方です。皆様の手を煩わせるわけにはいきませんし、お世話なら私がと買って出ようとします。

「いえ、私なら大丈夫ですから、そのすぐにでも!」
「疲弊しているだろう。長旅の疲れを残したまま、給仕してもかえって気を遣わせてしまうだけだから。私はお客様と少しお話をさせていただくから」
「お話? お客様?」
「えぇ。七見さんとちょっとだけね」

 補足でクリスカさんが説明をしてくれますが、イマイチ納得が出来ませんでした。

「そういえば」

 父が立ち止まって、藪から棒に振り向きます。

「こちらのお方と、どういう関係なんだい?」
「どういう? えっと、たまたま駅のホームで眼が合って、それから隣の席を強引に埋めてきた一風変わった人だなって」

 忌憚のない率直な意見です。だって、見知らぬ女性にいきなり旅を嗾けるなど、相手への警戒心を疎かにしていますし、普通なら変人扱いされていますよ。

 するとクリスカさんはクスっという薄ら笑い、部屋の中に戻ってきた使用人達が顔を青ざめ始めているのに気が付きました。そして、父の深い溜息も。

「無知な娘で大変申し訳ありません……」
「私も名前しか名乗らなかったから、非があるわ」
「へ?」

 状況が読めません。二人だけで進む会話に、終止首を傾げていました。

 しばらく眼を瞬くと、クリスカさんの正体が父から明かされます。そうして、私は今まで取り続けた自らの行動を恥じるのでした。

「光莉、この方はクリスカ・アルタリィ様。私共、七見家の使用人を雇っていただいている、吸血鬼の中でも純血に最も近い、一族を収められる名家の令嬢です」

 寝静まり始めた深夜の街角に私の絶叫が駆け巡りました。


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 実家のお屋敷は街の外れ、山肌を切り崩した麓にひっそりと佇んでいます。
 外壁は夜に溶け込むような薄灰色で、屋根は藍色の尖った三角屋根。宵闇に溶け込む色合いと朝まで途絶えることのない灯りが気味悪さを醸す洋風の豪邸です。
 道中、距離を少しだけ離して歩いていた私は、守護霊のように付きまとうクリスカさんに半ばうんざりしていました。
「いつまでついてくる気ですか?」
「あなたの家に着くまで」
 そう言って聞かないので、もう忠告は一切しないつもりですが、ちょっとだけ心配になってきました。
 好奇心で人の家とか勝手に入ってしまいそうで、痛い目に遭わないかと。
 囲いに沿った道を歩いていると、扉から光が差して人影がぞろぞろと現れて、すぐに玄関へ通じる一本路の沿道を埋め尽くしました。
「随分と手厚い歓迎じゃない?」
「なんだか物々しいですね……」
「そう? あなたって、使用人志望のお嬢様じゃなかったかしら?」
 この豪邸の持ち主、つまり父の娘です。並んだのも父が雇っている使用人の皆様ですが、帰るたびにどうしても離せない仕事以外の全員が集まって出迎えることなど、一度もありませんでしたから。
 そして私に追いついて横で平然と佇む彼女を摘みだそうなどという気が微塵も感じられず、首を傾げます。あのこの人部外者なんですけど。
 疑問を残しながら門の前に来ると、手近な家の使用人が手を煩わせまいと開きます。もはやここまで来ると、何が何だか訳がわかりません。
 そして敷地内へ。私とクリスカさんが一歩踏み入れると、列を成していた各々が一斉に頭を下げます。さながら打ち合わせでもしたかのようです。
「……あのぉ。皆さま、どうかなされたんですか?」
 普段なら聞けば返答を返してくれる方々なのですが、今日ばかりは口を利いてくれません。だからと言って怒りはしませんが、後で父に理由を訊ねるくらいはするつもりです。
 けれど、その必要もすぐになくなります。玄関扉の数メートル手前まで行くと、今度は紺色のスーツで身を固めた背の高い中年の男、私の父『七見 士郎』が微笑みを交えながら出迎えました。
「遠路遥々、よくお出でになりました」
 歓迎の挨拶と一緒にクリスカさんと握手を交わすと、私を一瞥して言います。
「光莉も、よく帰った。おかえり」
「……ただいま」
 私は嫌悪感を滲ませた顔を背けます。すると父は、
「部屋は前のままだ。少し休んできなさい光莉」
 と、私を部屋へ追い出すように告げました。
 長旅と言えど、私がお連れした方です。皆様の手を煩わせるわけにはいきませんし、お世話なら私がと買って出ようとします。
「いえ、私なら大丈夫ですから、そのすぐにでも!」
「疲弊しているだろう。長旅の疲れを残したまま、給仕してもかえって気を遣わせてしまうだけだから。私はお客様と少しお話をさせていただくから」
「お話? お客様?」
「えぇ。七見さんとちょっとだけね」
 補足でクリスカさんが説明をしてくれますが、イマイチ納得が出来ませんでした。
「そういえば」
 父が立ち止まって、藪から棒に振り向きます。
「こちらのお方と、どういう関係なんだい?」
「どういう? えっと、たまたま駅のホームで眼が合って、それから隣の席を強引に埋めてきた一風変わった人だなって」
 忌憚のない率直な意見です。だって、見知らぬ女性にいきなり旅を嗾けるなど、相手への警戒心を疎かにしていますし、普通なら変人扱いされていますよ。
 するとクリスカさんはクスっという薄ら笑い、部屋の中に戻ってきた使用人達が顔を青ざめ始めているのに気が付きました。そして、父の深い溜息も。
「無知な娘で大変申し訳ありません……」
「私も名前しか名乗らなかったから、非があるわ」
「へ?」
 状況が読めません。二人だけで進む会話に、終止首を傾げていました。
 しばらく眼を瞬くと、クリスカさんの正体が父から明かされます。そうして、私は今まで取り続けた自らの行動を恥じるのでした。
「光莉、この方はクリスカ・アルタリィ様。私共、七見家の使用人を雇っていただいている、吸血鬼の中でも純血に最も近い、一族を収められる名家の令嬢です」
 寝静まり始めた深夜の街角に私の絶叫が駆け巡りました。