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第2章・第7話

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 古溝さんが店主を務めているお店を出て、難波から地元の駅に戻り、湯舟敏羽を彼女の家まで送ったあとで自宅に帰り着くと、時刻は夜の11時近くになっていた。

「夏休みだからって、深夜徘徊は感心せんなぁ……おかげで、今日はコンビニ飯になってしまったぞ」

 憲二さんには、事前に帰宅が遅くなることをLANEのメッセージで伝えていたため、叔父は帰りにコンビニエンスストアで、適当な食料を見繕ってビールのあてにしたらしく、テーブルの上には、枝豆、煮卵、焼き餃子、冷蔵のほっけのひらき、スナック菓子のカリカリコーンなどの空きパックがところ狭しと散らばっていた。

 その惨状を目にしながら、

「もうちょっと、まともな食事をとりなよ」

と、苦言を呈しつつ、叔父の健康維持のためにも、明日は自分が夕食を作ろう、と断固たる決意を固めながらテーブルの上の残骸を片付け始める。

 そんなボクの決心をよそに、憲二さんがたずねてくる。

「こんな時間まで、どこに行ってたんだ? まさか、不純異性交遊じゃないだろうな?」

「ボクは、異性とは健全なお付き合いしかしてないよ。それより、今日は阪神勝ったの?」

 リビングのテレビでは、CS放送のプロ野球ニュースが流れていた。
 憲二さんが……いや、阪神タイガースのファンが、この時間にスポーツニュースを視聴しているということは、勝敗など聞くまでもないんだけど、本職の刑事の追及をかわすために、ボクはあえて、試合の結果をたずねた。

「あぁ、今日も快勝だ! いまから、試合のダイジェストが始まるぞ」

 叔父が上機嫌だったため、これなら、むかし話の雑談にも応じてくれそうだ、と密かにほくそ笑む。
 
 残っていたビールを飲み干した憲二さんに、「そっか、それなら、ダイジェストが終わったあとに話したいことがあるんだけど……」と、ボクは思わずニヤニヤしそうになる表情を必死で取り繕いながら語りかける。

「おう、オレが答えられることなら、なんでも良いぞ?」

 気軽に返答した叔父は、贔屓チームの快勝に気分を良くしながらダイジェストを見終えて、

「今年のチームは、全盛期のホークスやライオンズより強いかも知らんぞ」

と、鼻息も荒く根拠のないことを言い始める。

「そんなこと言って、先月、憲二さんが同じことを言ったあと、ずっと勝てなくなったじゃないか?」

 そう、6月に叔父が同じセリフを口にしたあと、タイガースは、急に勝てなくなってしまい、悪夢の7連敗を喫していた。その間の一週間は、ずっと、憲二さんの期限が悪く、家庭内の平穏のためにも、野球にはあまり興味のないボクも、このチームに、とにかく早く1勝して連敗を脱出してほしい、と願っていた。

「あれは、中継ぎエースの石井が居なかったからだ。石井が戻ってきたから、もう、そんな心配はないだろう」

「野球は、9人でやるスポーツなのに、そんなに変わるものなの?」

「そんなに変わるもんなんだよ。ただ、連勝して、『これからイケる!』と思った肝心のところでコケるってのは、そのとおりだけどな。このチームを応援し続けるのは、悪いオンナに惚れてしまったみたいな悟りが必要だな」

「それって、女性を敵に回す発言じゃない? タイガースのファンの言動を見てると、むしろ、ダメ男に引っ掛かった女性っぽく感じるんだけど?」

「高校生のくせに生意気なこと言うじゃないか? 耕史(こうじ)は、男女交際のイロハについて、どこまで知ってるんだ?」

「それが分からないから、憲二さんに相談したいんだよ。ボクは、つい最近、ひとつ上の上級生と別れちゃったんだけど……ここから、どうやって立ち直ったら良いんだろう? 憲二さんは、学生の時にそんな経験は無かった?」

 ボクの()()()()()という問いかけに、憲二さんは、一瞬なにかを思い出すような仕草をしたあと、平然とした表情で答える。

「まあ、学生の頃はそれなりにな……付き合う相手には苦労しなかったさ」

 見栄を張っているのでないことは、今夜、クラスメートと訪れたショット・バーで仕入れた情報から把握済みなので、ボクは、もう一歩、踏み込むことにした。

「その相手のヒトのことは、今でも思い出したりする?」

「そりゃ、まあ時々はな……」

「それって、どんなときに? たとえば、その女性の娘が、急に我が家に来たときとか?」

「なっ……耕史、なんでソレを――――――?」

 普段とは異なる憲二さんの表情を目の当たりして、ボクは、もう笑いをこらえることが出来なかった。

「憲二さん、いつも『情報は、アシで稼ぐってもんだ』って言ってるだろう? ボクも同じことをした成果さ。昨日、湯舟さんがウチに来たときの反応に、まさか、こんな意味があるなんて思わなかったけどさ」

 口元を抑えながら語るボクに対して、叔父は、苦い虫を噛み潰したような表情でムッスリと黙り込んでしまった。憲二さんには申し訳ないけれど、これで、昨日、自分の推理がボコボコに論破されてしまったことによる()()()()()が、少しだけ晴れた気がする。

 そんなボクに対して、叔父は、保護者として最低限の威厳を示そうとしたのか、こんな助言を授けてきた。

「まあ、とにかく、どんな女の子が相手であっても、妊娠をさせて、迷惑を掛けるようなことだけはするなよ」


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 古溝さんが店主を務めているお店を出て、難波から地元の駅に戻り、湯舟敏羽を彼女の家まで送ったあとで自宅に帰り着くと、時刻は夜の11時近くになっていた。
「夏休みだからって、深夜徘徊は感心せんなぁ……おかげで、今日はコンビニ飯になってしまったぞ」
 憲二さんには、事前に帰宅が遅くなることをLANEのメッセージで伝えていたため、叔父は帰りにコンビニエンスストアで、適当な食料を見繕ってビールのあてにしたらしく、テーブルの上には、枝豆、煮卵、焼き餃子、冷蔵のほっけのひらき、スナック菓子のカリカリコーンなどの空きパックがところ狭しと散らばっていた。
 その惨状を目にしながら、
「もうちょっと、まともな食事をとりなよ」
と、苦言を呈しつつ、叔父の健康維持のためにも、明日は自分が夕食を作ろう、と断固たる決意を固めながらテーブルの上の残骸を片付け始める。
 そんなボクの決心をよそに、憲二さんがたずねてくる。
「こんな時間まで、どこに行ってたんだ? まさか、不純異性交遊じゃないだろうな?」
「ボクは、異性とは健全なお付き合いしかしてないよ。それより、今日は阪神勝ったの?」
 リビングのテレビでは、CS放送のプロ野球ニュースが流れていた。
 憲二さんが……いや、阪神タイガースのファンが、この時間にスポーツニュースを視聴しているということは、勝敗など聞くまでもないんだけど、本職の刑事の追及をかわすために、ボクはあえて、試合の結果をたずねた。
「あぁ、今日も快勝だ! いまから、試合のダイジェストが始まるぞ」
 叔父が上機嫌だったため、これなら、むかし話の雑談にも応じてくれそうだ、と密かにほくそ笑む。
 残っていたビールを飲み干した憲二さんに、「そっか、それなら、ダイジェストが終わったあとに話したいことがあるんだけど……」と、ボクは思わずニヤニヤしそうになる表情を必死で取り繕いながら語りかける。
「おう、オレが答えられることなら、なんでも良いぞ?」
 気軽に返答した叔父は、贔屓チームの快勝に気分を良くしながらダイジェストを見終えて、
「今年のチームは、全盛期のホークスやライオンズより強いかも知らんぞ」
と、鼻息も荒く根拠のないことを言い始める。
「そんなこと言って、先月、憲二さんが同じことを言ったあと、ずっと勝てなくなったじゃないか?」
 そう、6月に叔父が同じセリフを口にしたあと、タイガースは、急に勝てなくなってしまい、悪夢の7連敗を喫していた。その間の一週間は、ずっと、憲二さんの期限が悪く、家庭内の平穏のためにも、野球にはあまり興味のないボクも、このチームに、とにかく早く1勝して連敗を脱出してほしい、と願っていた。
「あれは、中継ぎエースの石井が居なかったからだ。石井が戻ってきたから、もう、そんな心配はないだろう」
「野球は、9人でやるスポーツなのに、そんなに変わるものなの?」
「そんなに変わるもんなんだよ。ただ、連勝して、『これからイケる!』と思った肝心のところでコケるってのは、そのとおりだけどな。このチームを応援し続けるのは、悪いオンナに惚れてしまったみたいな悟りが必要だな」
「それって、女性を敵に回す発言じゃない? タイガースのファンの言動を見てると、むしろ、ダメ男に引っ掛かった女性っぽく感じるんだけど?」
「高校生のくせに生意気なこと言うじゃないか? |耕史《こうじ》は、男女交際のイロハについて、どこまで知ってるんだ?」
「それが分からないから、憲二さんに相談したいんだよ。ボクは、つい最近、ひとつ上の上級生と別れちゃったんだけど……ここから、どうやって立ち直ったら良いんだろう? 憲二さんは、学生の時にそんな経験は無かった?」
 ボクの|学《・》|生《・》|の《・》|時《・》|に《・》という問いかけに、憲二さんは、一瞬なにかを思い出すような仕草をしたあと、平然とした表情で答える。
「まあ、学生の頃はそれなりにな……付き合う相手には苦労しなかったさ」
 見栄を張っているのでないことは、今夜、クラスメートと訪れたショット・バーで仕入れた情報から把握済みなので、ボクは、もう一歩、踏み込むことにした。
「その相手のヒトのことは、今でも思い出したりする?」
「そりゃ、まあ時々はな……」
「それって、どんなときに? たとえば、その女性の娘が、急に我が家に来たときとか?」
「なっ……耕史、なんでソレを――――――?」
 普段とは異なる憲二さんの表情を目の当たりして、ボクは、もう笑いをこらえることが出来なかった。
「憲二さん、いつも『情報は、アシで稼ぐってもんだ』って言ってるだろう? ボクも同じことをした成果さ。昨日、湯舟さんがウチに来たときの反応に、まさか、こんな意味があるなんて思わなかったけどさ」
 口元を抑えながら語るボクに対して、叔父は、苦い虫を噛み潰したような表情でムッスリと黙り込んでしまった。憲二さんには申し訳ないけれど、これで、昨日、自分の推理がボコボコに論破されてしまったことによる|胸《・》|の《・》|つ《・》|か《・》|え《・》が、少しだけ晴れた気がする。
 そんなボクに対して、叔父は、保護者として最低限の威厳を示そうとしたのか、こんな助言を授けてきた。
「まあ、とにかく、どんな女の子が相手であっても、妊娠をさせて、迷惑を掛けるようなことだけはするなよ」