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第2章・第6話

ー/ー



(あん)ちゃん、野田さんと言ったね? 芦矢(あしや)署の野田さんと言えば、以前はマル暴や捜査二課にいたんじゃないかい?」

「叔父をご存知なんですか? たしかに、ボクを引き取って、いまの家で二人暮らしをする前は別の署で捜査四課にいて、少し前までは捜査二課に勤めていたそうです」

 カッチャン……いや、古溝さんの意外な言葉に反応し、ボクは憲二さんの略歴を答える。また、信頼関係を築きつつある湯舟の知り合いということで、初対面の人のマスターにも、自分が叔父と二人暮らしであることを隠そうと思わなかった。
 ちなみに、彼が言った「マル暴」とは暴力団対策を担当する警察内の組織や刑事の事をさす隠語だが、暴力団という言葉が使われなくなった昨今では、あまり使わなくなった用語だそうだ。その担当の捜査四課は、現在は組織犯罪対策部に統合されている。
 また、少し前まで憲二さんが勤めていた捜査二課は、知能犯(詐欺、横領、背任、贈収賄など)や選挙違反を担当し、主な罪状としては、贈収賄、詐欺、横領、背任、偽造通貨、公職選挙法違反が含まれている。

「野田くんは、六禄荘(ろくろくそう)のお屋敷で、警察官の叔父さんと二人で暮らしてるんだよ」

「えぇ、野田さんのことは、もちろん存じてますよ」
 
 湯舟敏羽(ゆふねとわ)は、夏季限定探偵事務所の相棒であるボクの個人情報を、惜しげもなく知人の中年男性に披露した。いくら相方とは言え、ヒトのプライベートな情報は、積極的に開示してほしくないものだ、と思いつつ、ボクは、古溝さんにたずねる。

「もしかして、ウチの叔父って有名人なんですか?」

「世間一般的な知名度については存じませんがね……自分みたいなユフネ・グループの古参の者は、みんな知ってると思いますよ。と言うか、ヒメ、お嬢からは、ナニも聞いてないんですかい?」

「ううん……ママには、野田くんのこと話してないもの」

 どうやら、古溝さんが「お嬢」と言ったのは、湯舟敏羽の母親のことらしい。キョトンとした顔で返答する彼女の言葉に、「あ〜」とうめき声のような言葉を発するマスター。

 そんな中年男性に、()()は訝しげな表情で命じる。

「ナニよ、克ちゃん? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 すると、カッチャンは、「ハァ……」と短くため息をつきながら答えた。
 
「あまり、他人の過去を大っぴらに語るもんじゃありませんがね……野田さんとこの憲二さんと言えば、学生時代のお嬢の恋人だった人ですよ」

「えぇっ!?」

 今度は、ボクが驚きの声を上げる番だった。

「憲二さんが、湯舟の母親の元カレ?」

 既婚者……しかも、ボクと同い年の娘がいる女性のかつての交際相手を元カレというカジュアルな呼び方で言って良いのかはわからないけれど、そんな冷静な考えに思い至る前に、ボクは条件反射的に言葉を発していた。

「お嬢が連れてきた相手が、六禄荘(ろくろくそう)のお屋敷のお坊ちゃんだって言うんで、まだ会社の規模が、いまほど大きくなかったときの社員は盛り上がったもんですが、先代と相手の親御さんの反りが合わなかったみたいで、一時は、お嬢と憲二さんが、駆け落ちしようと北海道の方まで高飛びしたんですが……結局、双方の親に連れ戻されて、二人は破談。ウチのグループは、いまの代表を娘婿として迎え入れたんですよ」

 他人の過去を大っぴらに語るもんじゃありませんが……、と言った割に、ユフネ・グループのヒメ以上に、他人の過去のプライベート情報を暴露した古溝さんは、

「自分が話したってことは、お嬢には言わないで下さいよ」

と、湯舟敏羽に懇願するように伝える。

 その表情を見ながら、「もちろん! わたしは口が固いからね」と答えたあと、ニンマリと微笑んだ湯舟は、

「ただし、交換条件と行きましょう」

と交渉に入ることを提案した。ヒメと呼ばれる少女の表情に、またもため息をついた古溝さんは観念したように言葉を発した。

「なんですかい、ヒメの求める条件は?」

「グリ下や浮き庭で、わたしの友だち、葛西稔梨(かさいみのり)に接触していた大人がいないか調べてくれない? もちろん、克ちゃんが可能な範囲で良いんだけど……」

 ボクは、ちゃっかりと情報源の確保を行う探偵事務所の相棒の手腕に苦笑しつつ、古溝さんの境遇に同情する。

 そんな彼は、渋々うなずきながら、「自分は、最初に『警察に任せろ』と警告しましたからね」と、弱々しく反論しつつも、ボクたちにたずねる。

「他にヒメたちが知っている情報や、なにか違和感を覚えていることは無いんですかい? こっちも知っていることが多いほうが、情報を集めやすいですからね」
 
 その言葉には、マスターの知人である探偵事務所の相棒ではなく、ボクが先に反応した。

「違和感と言えば、亡くなった葛西のお通夜に、ボクらの学校の理事長が来てたんですよね。わざわざ、葬儀用の花輪まで出して……ボクらには、こうした()()()()が良くわからないですけど、校長や担任ならともかく、理事長が生徒のお通夜に来るもんなのでしょうか?」

「ふむ……ヒメが通っている向陽学院の理事長は、たしか、コーヨー建設の代表ですね? おまけに県会議員も務めてる。わかりました、その線でもなにか関係があるのか自分の方で調べておきましょう」

 ユフネ・グループは、総合レジャー企業でもあるため、施設の建築などにかかわる建設会社にも伝手(つて)があるのかも知れない。

 突然、お店にお邪魔したうえに、なかば強引に事件の調査に巻き込んでしまったことを申し訳なく感じつつ、ボクは、

「よろしくお願いします」

と、古溝さんに頭を下げた。


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「|兄《あん》ちゃん、野田さんと言ったね? |芦矢《あしや》署の野田さんと言えば、以前はマル暴や捜査二課にいたんじゃないかい?」
「叔父をご存知なんですか? たしかに、ボクを引き取って、いまの家で二人暮らしをする前は別の署で捜査四課にいて、少し前までは捜査二課に勤めていたそうです」
 カッチャン……いや、古溝さんの意外な言葉に反応し、ボクは憲二さんの略歴を答える。また、信頼関係を築きつつある湯舟の知り合いということで、初対面の人のマスターにも、自分が叔父と二人暮らしであることを隠そうと思わなかった。
 ちなみに、彼が言った「マル暴」とは暴力団対策を担当する警察内の組織や刑事の事をさす隠語だが、暴力団という言葉が使われなくなった昨今では、あまり使わなくなった用語だそうだ。その担当の捜査四課は、現在は組織犯罪対策部に統合されている。
 また、少し前まで憲二さんが勤めていた捜査二課は、知能犯(詐欺、横領、背任、贈収賄など)や選挙違反を担当し、主な罪状としては、贈収賄、詐欺、横領、背任、偽造通貨、公職選挙法違反が含まれている。
「野田くんは、|六禄荘《ろくろくそう》のお屋敷で、警察官の叔父さんと二人で暮らしてるんだよ」
「えぇ、野田さんのことは、もちろん存じてますよ」
 |湯舟敏羽《ゆふねとわ》は、夏季限定探偵事務所の相棒であるボクの個人情報を、惜しげもなく知人の中年男性に披露した。いくら相方とは言え、ヒトのプライベートな情報は、積極的に開示してほしくないものだ、と思いつつ、ボクは、古溝さんにたずねる。
「もしかして、ウチの叔父って有名人なんですか?」
「世間一般的な知名度については存じませんがね……自分みたいなユフネ・グループの古参の者は、みんな知ってると思いますよ。と言うか、ヒメ、お嬢からは、ナニも聞いてないんですかい?」
「ううん……ママには、野田くんのこと話してないもの」
 どうやら、古溝さんが「お嬢」と言ったのは、湯舟敏羽の母親のことらしい。キョトンとした顔で返答する彼女の言葉に、「あ〜」とうめき声のような言葉を発するマスター。
 そんな中年男性に、|ヒ《・》|メ《・》は訝しげな表情で命じる。
「ナニよ、克ちゃん? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
 すると、カッチャンは、「ハァ……」と短くため息をつきながら答えた。
「あまり、他人の過去を大っぴらに語るもんじゃありませんがね……野田さんとこの憲二さんと言えば、学生時代のお嬢の恋人だった人ですよ」
「えぇっ!?」
 今度は、ボクが驚きの声を上げる番だった。
「憲二さんが、湯舟の母親の元カレ?」
 既婚者……しかも、ボクと同い年の娘がいる女性のかつての交際相手を元カレというカジュアルな呼び方で言って良いのかはわからないけれど、そんな冷静な考えに思い至る前に、ボクは条件反射的に言葉を発していた。
「お嬢が連れてきた相手が、|六禄荘《ろくろくそう》のお屋敷のお坊ちゃんだって言うんで、まだ会社の規模が、いまほど大きくなかったときの社員は盛り上がったもんですが、先代と相手の親御さんの反りが合わなかったみたいで、一時は、お嬢と憲二さんが、駆け落ちしようと北海道の方まで高飛びしたんですが……結局、双方の親に連れ戻されて、二人は破談。ウチのグループは、いまの代表を娘婿として迎え入れたんですよ」
 他人の過去を大っぴらに語るもんじゃありませんが……、と言った割に、ユフネ・グループのヒメ以上に、他人の過去のプライベート情報を暴露した古溝さんは、
「自分が話したってことは、お嬢には言わないで下さいよ」
と、湯舟敏羽に懇願するように伝える。
 その表情を見ながら、「もちろん! わたしは口が固いからね」と答えたあと、ニンマリと微笑んだ湯舟は、
「ただし、交換条件と行きましょう」
と交渉に入ることを提案した。ヒメと呼ばれる少女の表情に、またもため息をついた古溝さんは観念したように言葉を発した。
「なんですかい、ヒメの求める条件は?」
「グリ下や浮き庭で、わたしの友だち、|葛西稔梨《かさいみのり》に接触していた大人がいないか調べてくれない? もちろん、克ちゃんが可能な範囲で良いんだけど……」
 ボクは、ちゃっかりと情報源の確保を行う探偵事務所の相棒の手腕に苦笑しつつ、古溝さんの境遇に同情する。
 そんな彼は、渋々うなずきながら、「自分は、最初に『警察に任せろ』と警告しましたからね」と、弱々しく反論しつつも、ボクたちにたずねる。
「他にヒメたちが知っている情報や、なにか違和感を覚えていることは無いんですかい? こっちも知っていることが多いほうが、情報を集めやすいですからね」
 その言葉には、マスターの知人である探偵事務所の相棒ではなく、ボクが先に反応した。
「違和感と言えば、亡くなった葛西のお通夜に、ボクらの学校の理事長が来てたんですよね。わざわざ、葬儀用の花輪まで出して……ボクらには、こうした|し《・》|き《・》|た《・》|り《・》が良くわからないですけど、校長や担任ならともかく、理事長が生徒のお通夜に来るもんなのでしょうか?」
「ふむ……ヒメが通っている向陽学院の理事長は、たしか、コーヨー建設の代表ですね? おまけに県会議員も務めてる。わかりました、その線でもなにか関係があるのか自分の方で調べておきましょう」
 ユフネ・グループは、総合レジャー企業でもあるため、施設の建築などにかかわる建設会社にも|伝手《つて》があるのかも知れない。
 突然、お店にお邪魔したうえに、なかば強引に事件の調査に巻き込んでしまったことを申し訳なく感じつつ、ボクは、
「よろしくお願いします」
と、古溝さんに頭を下げた。