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#28 傷の消失 (サリー視点)

ー/ー



「派手に壊したものね……」


 粉々になった鑑定水晶の残骸を拾い、塵取りに放り込んでいく。


 エレノアたちが修練場を出て行った後、私だけは一人留まって掃除を続けていた。
 大き目の破片は終わり、後は手では拾い切れない細かい破片や塵芥(じんかい)を箒と魔法で集めるだけだ。


 カグヤ・アケチ。
『招聖の儀』で召喚されながら、期待された『聖女』ではなかったがために、栄耀教会から命を狙われる羽目になった異世界の女性。


 彼女の世話が、主人であるオズガルドとエレノアから直々に私に与えられた仕事。


 何故他のメイドではなく、私一人だけが世話係に選ばれたのか。
 オズガルドたちはその理由を明かさなかったが、私が考える二、恐らく歳の近い同性で、かつ魔法の知識と心得があることで適任と判断されたのだろう。
 仕事もそれなりにできる方だと自負しているが、理由はそれ以外にもある。


「『風の魔法創生(ウィンド・クリエイション)』」


 魔法で軽い風を起こして、破片や塵を巻き上げ、塵取りの中へ放り込む。


「こんな所かしら。思ったより早く済んだわね」


 私が選ばれた理由、それは私が背負った『孤独』と『恩義』、そしてカグヤとの『共感』だ。


 包帯を巻いて隠しているが、私の顔の右半分には重度の火傷があり、右眼の視力も失われている。
 まるで皮膚が腐り落ちたゾンビのようで、初めて鏡で見た時はたまらず叩き割ってしまい、絶望のあまり手首を切って自殺しかけたこともあった。


 他のメイドや使用人、フェンデリン一族の中には、私のこの醜い顔と無口で暗い性格を忌み嫌い、コソコソと嫌味を言ったり、嫌がらせを働く者も居る。
 近しい間柄の者が居ない孤独者なら、挙動の変化に違和感を持たれたり、うっかり口を滑らせるような愚を犯す可能性は小さい、ということは、仕事中にペラペラと愚痴や不満、噂話を囁き合っている他のメイドたちを観察していれば、成程と納得できる。


 私が火傷を負ったのは、今から三年前──まだ親から授かった、サラ・ヘンデ・ファーツという本名で呼ばれていた頃。
 名門ファーツ家の三女として生まれ、それなりに恵まれた十五年の人生を送っていた私だったが、どん底に叩き落とされるのはあっと言う間だった。


 きっかけは、当主だった父が急死したことだった。


 原因は『邪神の息吹』によって蔓延(まんえん)した疫病で、長兄がすぐに家督を継いだまでは良かったのだが、まだ当主としての経験が浅かったことに付け込んで、栄耀教会は皇帝や評議会にファーツ家を讒言(ざんげん)した。
 後で聞いた話では、父の代からファーツ家と栄耀教会の間には内々のトラブルがあったそうだが、今となってはそれがどんなものだったのかは分からず仕舞いで、父の突然の「病死」にも何か裏があったのではないかと思わずにはいられない。


 釈明のために皇宮に出向いた兄は、しかし裁判の機会すら与えられず処刑、一族も帝国騎士団と聖騎士団によって館を襲撃された。
 捕まって無惨に処刑されるくらいなら貴族として華々しく散るまでと、兄たちは館に火を放って命尽きるまで戦い、母と姉たちは命を絶った。


 私も家族と共に旅立つつもりだったが、悪魔の気紛れか死神の慈悲か、私だけは一命を取り留め、三番目の兄ランベリオットによって燃え盛る館の中から救い出された。


 家族、館、名誉、身分、顔──何もかもを奪われ、心の底から神と人を呪った。
 残ったのは死に損ねた命と、焼け爛れた醜い顔と、唯一の肉親となったランベリオットだけ。


「俺はこのままでは終わらねえ。必ず皆の無念を晴らす。だがお前まで巻き込む訳にはいかない」


 そう言って兄は、(かね)てより親交のあったフェンデリン家に私を預け、栄耀教会の横暴に立ち向かうレジスタンス──世間ではテロ組織と見做されている──『黄昏の牙』に身を投じた。


 そして私は「サリー」として、火傷を負った顔を包帯で隠し、一介のメイドとして働き続けて今日に至る。


 栄耀教会に命を狙われ、身を隠さざるを得なくなった所をフェンデリン家に保護されたという点で、私とカグヤは全く同じだ。
 だから初めて彼女を見た時、この家に来た頃の、希望を奪われ、前途が闇に閉ざされた沈鬱な自分を思い出さずにはいられなかった。


 性別、年齢、魔力、仕事能力、孤独、恩義、共感──これらの要素から、オズガルドとエレノアは私をカグヤの世話係に選んだのだ。
 任せられたからには、その期待には応えたくなるのが人情というもの。
 仕事も難しいものは無く、何と言っても他の使用人たちと顔を合わせなくて済むのが有り難い。


 作業を終え、一息吐いて懐からある物を取り出す。
 この焼け焦げた懐中時計は誕生日に母から贈られた物で、悲劇が起きたあの日に壊れて針は微動だにしないのだが、裏蓋の部分が鏡になっているため、時計ではなくコンパクトミラーとして使っている。


 焼け落ちた館からランベリオットが回収してくれた、今となっては家族の唯一の形見。


 先程飛び散った水晶の破片で、顔を少し切ってしまった。
 傷など無くとも酷い顔なのだから大して気にならないが、小さな傷でも感染症の恐れがあるため、一応消毒してから、血が滲んだ包帯も取り替えなくてはならない。


 ひとまずコンパクトミラーで傷の位置を確認しようとすると、


「あら……?」


 確か頬骨の辺りを切ったはずだったが、何故かその部分の包帯には傷が見当たらず、血の染みも見当たらない。
 周りに誰も居ないことを確認してから、包帯を外して、今度は火傷の素顔を確認する。


「え……」


 そして鏡に映った光景に、我が眼を疑った。
 こうして鏡に映す時でさえ、若干の勇気を要する自分の顔が、他人から嫌悪と嘲笑の的にされてきた私の醜く焼け爛れた顔の右半分が──


「治って、いる、の……?」


 無事だった左半分と比べても何ら違和感の無い状態で、コンパクトミラーに映っていた。


 先程の鑑定水晶が発した強烈な閃光の影響で、視覚に異常が起きているのかと思い、何度か(まばた)きして、眼も擦ってみたが、見える光景に変化は無い。
 恐る恐る触れてみても、皮膚の質感も感触もやはり左半分と何ら変わらない。


「私の右眼……視力を失ったはずなのに、左眼と同じくらいはっきりと視える……!」


 細胞の活動が完全に止まって『古傷』になってしまえば、もうその部分は『肉体』ではなく『物体』として扱われ、どんなに高度な治癒魔法でも効果は望めない。
 この家に来て間も無い時期にエレノアが施してくれた治癒魔法でも、雀の涙程度しか治らなかった顔の皮膚と右眼が、まるで火傷など最初から存在しなかったかのように綺麗になっている。


 そして更なる異変に気付く。
 コチコチと聞こえる、規則正しい微かな音。


「ま、まさか……」


 全てを失った日から、止まってしまっていた時計。
 高温に晒されて内部機構が融解、修理も不可能だと言われたそれの秒針が、静かに、しかし確実に時を刻む様子が、元通りになった右眼に映った。


「い、一体、どうなって……」


 永遠に失われたと思っていたものが急に戻り、自分の身に一体何が起きたのか分からず、戸惑い、無意識に後退(あとずさ)った。


 その足が、置いていた塵取りにぶつかる。
 倒れた塵取りの中から、ゴロン、と塵取りの中から転がり出て来たのは──


「こ、これは鑑定水晶……!? 一体どうして!? 粉々に砕け散ったはずなのに……修復なんて絶対にできない、只の破片と粉末になったはずなのに……ッ!?」


 元のヒビ一つ入っていない美しい球形が、コロコロと滑らかに地面を転がる。
 私の顔や懐中時計だけでなく、砕け散った鑑定水晶までもが元に戻っているこの非常識な事態に、頭がどうにかなりそうだった。


 これが夢や幻覚の類ではなく、紛れも無い現実の出来事であるならば、考えられる可能性は一つだけ。


「まさか、これもカグヤ様の力……!?」


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次のエピソードへ進む #29 時間と空間 (カグヤ視点)


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「派手に壊したものね……」
 粉々になった鑑定水晶の残骸を拾い、塵取りに放り込んでいく。
 エレノアたちが修練場を出て行った後、私だけは一人留まって掃除を続けていた。
 大き目の破片は終わり、後は手では拾い切れない細かい破片や|塵芥《じんかい》を箒と魔法で集めるだけだ。
 カグヤ・アケチ。
『招聖の儀』で召喚されながら、期待された『聖女』ではなかったがために、栄耀教会から命を狙われる羽目になった異世界の女性。
 彼女の世話が、主人であるオズガルドとエレノアから直々に私に与えられた仕事。
 何故他のメイドではなく、私一人だけが世話係に選ばれたのか。
 オズガルドたちはその理由を明かさなかったが、私が考える二、恐らく歳の近い同性で、かつ魔法の知識と心得があることで適任と判断されたのだろう。
 仕事もそれなりにできる方だと自負しているが、理由はそれ以外にもある。
「『|風の魔法創生《ウィンド・クリエイション》』」
 魔法で軽い風を起こして、破片や塵を巻き上げ、塵取りの中へ放り込む。
「こんな所かしら。思ったより早く済んだわね」
 私が選ばれた理由、それは私が背負った『孤独』と『恩義』、そしてカグヤとの『共感』だ。
 包帯を巻いて隠しているが、私の顔の右半分には重度の火傷があり、右眼の視力も失われている。
 まるで皮膚が腐り落ちたゾンビのようで、初めて鏡で見た時はたまらず叩き割ってしまい、絶望のあまり手首を切って自殺しかけたこともあった。
 他のメイドや使用人、フェンデリン一族の中には、私のこの醜い顔と無口で暗い性格を忌み嫌い、コソコソと嫌味を言ったり、嫌がらせを働く者も居る。
 近しい間柄の者が居ない孤独者なら、挙動の変化に違和感を持たれたり、うっかり口を滑らせるような愚を犯す可能性は小さい、ということは、仕事中にペラペラと愚痴や不満、噂話を囁き合っている他のメイドたちを観察していれば、成程と納得できる。
 私が火傷を負ったのは、今から三年前──まだ親から授かった、サラ・ヘンデ・ファーツという本名で呼ばれていた頃。
 名門ファーツ家の三女として生まれ、それなりに恵まれた十五年の人生を送っていた私だったが、どん底に叩き落とされるのはあっと言う間だった。
 きっかけは、当主だった父が急死したことだった。
 原因は『邪神の息吹』によって|蔓延《まんえん》した疫病で、長兄がすぐに家督を継いだまでは良かったのだが、まだ当主としての経験が浅かったことに付け込んで、栄耀教会は皇帝や評議会にファーツ家を|讒言《ざんげん》した。
 後で聞いた話では、父の代からファーツ家と栄耀教会の間には内々のトラブルがあったそうだが、今となってはそれがどんなものだったのかは分からず仕舞いで、父の突然の「病死」にも何か裏があったのではないかと思わずにはいられない。
 釈明のために皇宮に出向いた兄は、しかし裁判の機会すら与えられず処刑、一族も帝国騎士団と聖騎士団によって館を襲撃された。
 捕まって無惨に処刑されるくらいなら貴族として華々しく散るまでと、兄たちは館に火を放って命尽きるまで戦い、母と姉たちは命を絶った。
 私も家族と共に旅立つつもりだったが、悪魔の気紛れか死神の慈悲か、私だけは一命を取り留め、三番目の兄ランベリオットによって燃え盛る館の中から救い出された。
 家族、館、名誉、身分、顔──何もかもを奪われ、心の底から神と人を呪った。
 残ったのは死に損ねた命と、焼け爛れた醜い顔と、唯一の肉親となったランベリオットだけ。
「俺はこのままでは終わらねえ。必ず皆の無念を晴らす。だがお前まで巻き込む訳にはいかない」
 そう言って兄は、|予《かね》てより親交のあったフェンデリン家に私を預け、栄耀教会の横暴に立ち向かうレジスタンス──世間ではテロ組織と見做されている──『黄昏の牙』に身を投じた。
 そして私は「サリー」として、火傷を負った顔を包帯で隠し、一介のメイドとして働き続けて今日に至る。
 栄耀教会に命を狙われ、身を隠さざるを得なくなった所をフェンデリン家に保護されたという点で、私とカグヤは全く同じだ。
 だから初めて彼女を見た時、この家に来た頃の、希望を奪われ、前途が闇に閉ざされた沈鬱な自分を思い出さずにはいられなかった。
 性別、年齢、魔力、仕事能力、孤独、恩義、共感──これらの要素から、オズガルドとエレノアは私をカグヤの世話係に選んだのだ。
 任せられたからには、その期待には応えたくなるのが人情というもの。
 仕事も難しいものは無く、何と言っても他の使用人たちと顔を合わせなくて済むのが有り難い。
 作業を終え、一息吐いて懐からある物を取り出す。
 この焼け焦げた懐中時計は誕生日に母から贈られた物で、悲劇が起きたあの日に壊れて針は微動だにしないのだが、裏蓋の部分が鏡になっているため、時計ではなくコンパクトミラーとして使っている。
 焼け落ちた館からランベリオットが回収してくれた、今となっては家族の唯一の形見。
 先程飛び散った水晶の破片で、顔を少し切ってしまった。
 傷など無くとも酷い顔なのだから大して気にならないが、小さな傷でも感染症の恐れがあるため、一応消毒してから、血が滲んだ包帯も取り替えなくてはならない。
 ひとまずコンパクトミラーで傷の位置を確認しようとすると、
「あら……?」
 確か頬骨の辺りを切ったはずだったが、何故かその部分の包帯には傷が見当たらず、血の染みも見当たらない。
 周りに誰も居ないことを確認してから、包帯を外して、今度は火傷の素顔を確認する。
「え……」
 そして鏡に映った光景に、我が眼を疑った。
 こうして鏡に映す時でさえ、若干の勇気を要する自分の顔が、他人から嫌悪と嘲笑の的にされてきた私の醜く焼け爛れた顔の右半分が──
「治って、いる、の……?」
 無事だった左半分と比べても何ら違和感の無い状態で、コンパクトミラーに映っていた。
 先程の鑑定水晶が発した強烈な閃光の影響で、視覚に異常が起きているのかと思い、何度か|瞬《まばた》きして、眼も擦ってみたが、見える光景に変化は無い。
 恐る恐る触れてみても、皮膚の質感も感触もやはり左半分と何ら変わらない。
「私の右眼……視力を失ったはずなのに、左眼と同じくらいはっきりと視える……!」
 細胞の活動が完全に止まって『古傷』になってしまえば、もうその部分は『肉体』ではなく『物体』として扱われ、どんなに高度な治癒魔法でも効果は望めない。
 この家に来て間も無い時期にエレノアが施してくれた治癒魔法でも、雀の涙程度しか治らなかった顔の皮膚と右眼が、まるで火傷など最初から存在しなかったかのように綺麗になっている。
 そして更なる異変に気付く。
 コチコチと聞こえる、規則正しい微かな音。
「ま、まさか……」
 全てを失った日から、止まってしまっていた時計。
 高温に晒されて内部機構が融解、修理も不可能だと言われたそれの秒針が、静かに、しかし確実に時を刻む様子が、元通りになった右眼に映った。
「い、一体、どうなって……」
 永遠に失われたと思っていたものが急に戻り、自分の身に一体何が起きたのか分からず、戸惑い、無意識に|後退《あとずさ》った。
 その足が、置いていた塵取りにぶつかる。
 倒れた塵取りの中から、ゴロン、と塵取りの中から転がり出て来たのは──
「こ、これは鑑定水晶……!? 一体どうして!? 粉々に砕け散ったはずなのに……修復なんて絶対にできない、只の破片と粉末になったはずなのに……ッ!?」
 元のヒビ一つ入っていない美しい球形が、コロコロと滑らかに地面を転がる。
 私の顔や懐中時計だけでなく、砕け散った鑑定水晶までもが元に戻っているこの非常識な事態に、頭がどうにかなりそうだった。
 これが夢や幻覚の類ではなく、紛れも無い現実の出来事であるならば、考えられる可能性は一つだけ。
「まさか、これもカグヤ様の力……!?」