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そういや最近、俺って肉料理ばっか作ってないかって。
振り返ってみると……冷食の餃子に豚の生姜焼き、サイコロステーキ、冷しゃぶサラダ、アスパラの肉巻き、そして今夜はハンバーグと。
うん……全然魚を食べてなかった。となると明日はネギトロが安いから、それでネギトロ丼にでもするかな。

息を止めて、そおっと家の鍵を開ける。力を込めずに。新しく付け替えてもらったばかりだし、これでまたブッ壊したりでもしたら最悪このアパート追い出されちゃうかも知れねえし。まあ別に普通の生活してるだけなんだよね、滞納せず毎月の家賃も姉貴は支払ってくれてるし。
けど、帰宅したら疲れが一気に押し寄せてきた……

肉ばっか買ってたから出費がちょっとオーバー気味、これはヤバい。
スマホ家計簿に今日の出費を入力しようとした、そんな時だった。

……爪、なんか尖ってねーか?
目の錯覚とかじゃない。親指以外もだ。きちんと丸く整えた手の爪がちょっとだけ尖り始めていた。
まさかと思って足を見ると、やっぱりこっちもだ。爪がみんな。
やっべえ、っていうことは、今夜あたり……!?
不意にゾワッと、寒気と緊張が混ざった感覚が身体中を走り始めてきた。
姉貴はまだ帰ってきてない。メールにも返信はない。
ヤバい、ハンバーグ作ろ。とにかく今は頭から変な考えを追い出すんだ。
ひき肉に塩コショウして、油切りしたツナ缶混ぜて、ぺったぺったと捏ねて叩いて空気抜きして……
そうして無心に夕食を作り続けていたら、窓の外から月の光がうっすらと差し込んできた。
きれいな、そして大きな満月。
ヤバい気持ちが身体中を駆け巡る。
姉貴のためにも早く飯の支度だけは済ませておかなきゃ!
ヤバい気分に急かされつつ俺は素早く米を研いで、夕べ半分残しておいた豆腐を味噌汁用に……と思って手にした途端、ぐしゃっと握りつぶしてしまった。

しまったな。今のは勢い余ってってやつじゃない。だんだんと力の加減が出来なくなりつつあるんだ。

はあ。無心になんてなれなかった。あれこれ考えてたら夕食の支度は全て終わってて……ううん、俺はワーウルフの姿でメシ作ってたんだ。手を洗おうとして、ようやくその姿に気づいた。
そして、姉貴からの返信は、やっぱり……だった。

ーごめんちょっと遅くなる。夕ごはんは何? 絶対家で食べるからね。

その言葉に泣きそうになっちゃった。バカだな、なんで泣いたりするんだ俺? もしかして俺の作ったおかずに期待しててくれたから?
時計を見ると、夜6時を過ぎてた。
ますは俺だけでも腹ごしらえして……と、なんかワーウルフのままでメシ食ってる姿って、なんか笑えるよな、なんて。
けと鼻面が伸びてるせいか、噛んだり飲み込んだりするのも一苦労だ。おまけに口元がうまく閉じれないから、くっちゃくっちゃ音立てちまうし。俺の嫌いなクチャラーってやつ。

とどめに味噌汁を飲もうとした時、長い口の左右からだばぁとこぼしちゃったし。あーやっぱり慣れが必要だな。つーかこの状態でメシ食う方のが異様だっつーの。マジ笑える。

食後は歯磨き……しようにもこれまた口が伸びててやりづらいったらありゃしねえ。半分だけ磨いて投げ出した。ンでもって夜の散歩のために軽く準備運動も。身体がやや大きくなっているからか、着古して伸びたTシャツがパツパツになっていた。

そうだ。今まで俺は、こうやって冷静になって自分の姿を見たことがなかったんだっけ。
グレーと青がきれいに混ざった毛の色。おせじにも「もふもふ」だなんて言えない。どちらかと言うと硬めだし。けどこの毛のおかげで、俺は猛スピードで走るバイクから吹っ飛ばされても、擦り傷と打撲だけで済んでいたのかも知れない。いや、足首折っちゃってたけど。

でも逆に尻尾はすごく大きくって「もふもふ」なんだ。これは唯一の大好きなポイントかも。
時々俺の意識なんて無視してふわりふわりと左右にゆっくり振られるし。それもかわいい。
抱き枕にでもなってくれそうだしね、絶対気持ちいい夢が見れそう。

鼻は黒くて尖ってて、しっとり濡れている。確か犬は濡れてるのがデフォだったよな。濡れた鼻は健康のバロメーターなんだっけ。
口元に生えてる牙は鋭いというか、どっちかっていえば太めでがっしり鋭い……という表現が正しいのかも。舌も長く伸びて、なんかここは気味悪いポイント、減点対象。

でもって次は足の指。そういや後で図書館で調べてみたんだけど、犬って手の指は5本あるけど、足は何故か4本なんだよね。つまり俺の感じていたワーウルフの違和感……はここにあったのか。
親指が人間の時のサイズと変わらぬまま、尖った爪の状態で土踏まずの横についている。だけどほかの指は大きく長く、そしてがっしりと伸びているんだ。

そしてチャームポイントは足の裏のピンク色の肉球。
つんつん突っつくと、ちょっと硬めのマシュマロみたいな不思議な柔らかさでくすぐったくて……手の肉球とはまた違ったさわり心地。うん、この感覚は病みつきになりそう、つんつん。 

そんな観察結果を動画に収めていたら、すっかり外は月明かりに支配されてしまっていた。
窓を開け放って深呼吸すると、冷たい空気が心のウキウキ感をさらに湧き立たせてくれた。
玄関から……誰も来ないのを確認して、と。俺はそのまま勢いよく下へダイブ! なんて怖くてできっこないから、階段をちゃっちゃっと爪の足音を立てて降りていった……ら。

え。
1階出口の真ん前。人が立ってたんだ。
やべぇ!と思ってその場から逃げようとしたんだけど、まるで金縛りにでもなったみたいに足が、身体が動かない。
「ついに見つけたぞ、鵼」
目をこらすと、目の前にいるそいつは……俺と同じくらいの背丈。つーか同級生か? って思えるくらい。
だけどすっげえ身なりが時代錯誤なんだよな。時代劇とかゲームに出てきそうな侍の服装してるんだ。白っぽい袖のでっかい着物に、紺色の袴をはいてて、でもって背中には日本刀が。

って、刀!?
しかも俺のことをヌエって読んでたし……なんだそれ?
「ちょっと待ってよ、俺ヌエなんて名前じゃねえし!」
「問答無用!」
俺と同じ背格好の侍は刀に手をかけた。もしかして斬るとかじゃねえだろうな!?
やめてよなんでこんな変な奴に切り殺されなきゃいけないんだよオイ!

……

と思ったんだけど、あいつ背中の刀を握ったまま、ずっとウンウン唸ってるし。
なにやってんだ、もしかして刀が抜けないとか?


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そういや最近、俺って肉料理ばっか作ってないかって。
振り返ってみると……冷食の餃子に豚の生姜焼き、サイコロステーキ、冷しゃぶサラダ、アスパラの肉巻き、そして今夜はハンバーグと。
うん……全然魚を食べてなかった。となると明日はネギトロが安いから、それでネギトロ丼にでもするかな。
息を止めて、そおっと家の鍵を開ける。力を込めずに。新しく付け替えてもらったばかりだし、これでまたブッ壊したりでもしたら最悪このアパート追い出されちゃうかも知れねえし。まあ別に普通の生活してるだけなんだよね、滞納せず毎月の家賃も姉貴は支払ってくれてるし。
けど、帰宅したら疲れが一気に押し寄せてきた……
肉ばっか買ってたから出費がちょっとオーバー気味、これはヤバい。
スマホ家計簿に今日の出費を入力しようとした、そんな時だった。
……爪、なんか尖ってねーか?
目の錯覚とかじゃない。親指以外もだ。きちんと丸く整えた手の爪がちょっとだけ尖り始めていた。
まさかと思って足を見ると、やっぱりこっちもだ。爪がみんな。
やっべえ、っていうことは、今夜あたり……!?
不意にゾワッと、寒気と緊張が混ざった感覚が身体中を走り始めてきた。
姉貴はまだ帰ってきてない。メールにも返信はない。
ヤバい、ハンバーグ作ろ。とにかく今は頭から変な考えを追い出すんだ。
ひき肉に塩コショウして、油切りしたツナ缶混ぜて、ぺったぺったと捏ねて叩いて空気抜きして……
そうして無心に夕食を作り続けていたら、窓の外から月の光がうっすらと差し込んできた。
きれいな、そして大きな満月。
ヤバい気持ちが身体中を駆け巡る。
姉貴のためにも早く飯の支度だけは済ませておかなきゃ!
ヤバい気分に急かされつつ俺は素早く米を研いで、夕べ半分残しておいた豆腐を味噌汁用に……と思って手にした途端、ぐしゃっと握りつぶしてしまった。
しまったな。今のは勢い余ってってやつじゃない。だんだんと力の加減が出来なくなりつつあるんだ。
はあ。無心になんてなれなかった。あれこれ考えてたら夕食の支度は全て終わってて……ううん、俺はワーウルフの姿でメシ作ってたんだ。手を洗おうとして、ようやくその姿に気づいた。
そして、姉貴からの返信は、やっぱり……だった。
ーごめんちょっと遅くなる。夕ごはんは何? 絶対家で食べるからね。
その言葉に泣きそうになっちゃった。バカだな、なんで泣いたりするんだ俺? もしかして俺の作ったおかずに期待しててくれたから?
時計を見ると、夜6時を過ぎてた。
ますは俺だけでも腹ごしらえして……と、なんかワーウルフのままでメシ食ってる姿って、なんか笑えるよな、なんて。
けと鼻面が伸びてるせいか、噛んだり飲み込んだりするのも一苦労だ。おまけに口元がうまく閉じれないから、くっちゃくっちゃ音立てちまうし。俺の嫌いなクチャラーってやつ。
とどめに味噌汁を飲もうとした時、長い口の左右からだばぁとこぼしちゃったし。あーやっぱり慣れが必要だな。つーかこの状態でメシ食う方のが異様だっつーの。マジ笑える。
食後は歯磨き……しようにもこれまた口が伸びててやりづらいったらありゃしねえ。半分だけ磨いて投げ出した。ンでもって夜の散歩のために軽く準備運動も。身体がやや大きくなっているからか、着古して伸びたTシャツがパツパツになっていた。
そうだ。今まで俺は、こうやって冷静になって自分の姿を見たことがなかったんだっけ。
グレーと青がきれいに混ざった毛の色。おせじにも「もふもふ」だなんて言えない。どちらかと言うと硬めだし。けどこの毛のおかげで、俺は猛スピードで走るバイクから吹っ飛ばされても、擦り傷と打撲だけで済んでいたのかも知れない。いや、足首折っちゃってたけど。
でも逆に尻尾はすごく大きくって「もふもふ」なんだ。これは唯一の大好きなポイントかも。
時々俺の意識なんて無視してふわりふわりと左右にゆっくり振られるし。それもかわいい。
抱き枕にでもなってくれそうだしね、絶対気持ちいい夢が見れそう。
鼻は黒くて尖ってて、しっとり濡れている。確か犬は濡れてるのがデフォだったよな。濡れた鼻は健康のバロメーターなんだっけ。
口元に生えてる牙は鋭いというか、どっちかっていえば太めでがっしり鋭い……という表現が正しいのかも。舌も長く伸びて、なんかここは気味悪いポイント、減点対象。
でもって次は足の指。そういや後で図書館で調べてみたんだけど、犬って手の指は5本あるけど、足は何故か4本なんだよね。つまり俺の感じていたワーウルフの違和感……はここにあったのか。
親指が人間の時のサイズと変わらぬまま、尖った爪の状態で土踏まずの横についている。だけどほかの指は大きく長く、そしてがっしりと伸びているんだ。
そしてチャームポイントは足の裏のピンク色の肉球。
つんつん突っつくと、ちょっと硬めのマシュマロみたいな不思議な柔らかさでくすぐったくて……手の肉球とはまた違ったさわり心地。うん、この感覚は病みつきになりそう、つんつん。 
そんな観察結果を動画に収めていたら、すっかり外は月明かりに支配されてしまっていた。
窓を開け放って深呼吸すると、冷たい空気が心のウキウキ感をさらに湧き立たせてくれた。
玄関から……誰も来ないのを確認して、と。俺はそのまま勢いよく下へダイブ! なんて怖くてできっこないから、階段をちゃっちゃっと爪の足音を立てて降りていった……ら。
え。
1階出口の真ん前。人が立ってたんだ。
やべぇ!と思ってその場から逃げようとしたんだけど、まるで金縛りにでもなったみたいに足が、身体が動かない。
「ついに見つけたぞ、鵼」
目をこらすと、目の前にいるそいつは……俺と同じくらいの背丈。つーか同級生か? って思えるくらい。
だけどすっげえ身なりが時代錯誤なんだよな。時代劇とかゲームに出てきそうな侍の服装してるんだ。白っぽい袖のでっかい着物に、紺色の袴をはいてて、でもって背中には日本刀が。
って、刀!?
しかも俺のことをヌエって読んでたし……なんだそれ?
「ちょっと待ってよ、俺ヌエなんて名前じゃねえし!」
「問答無用!」
俺と同じ背格好の侍は刀に手をかけた。もしかして斬るとかじゃねえだろうな!?
やめてよなんでこんな変な奴に切り殺されなきゃいけないんだよオイ!
……

と思ったんだけど、あいつ背中の刀を握ったまま、ずっとウンウン唸ってるし。
なにやってんだ、もしかして刀が抜けないとか?