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ー/ー



コンビニ強盗の一件から半月くらい経った頃。

トモキがほかの友達に聞こえないようにこっそり言ってきたんだ。
「タケル、アレ本当に野犬かどうか調べてみない? 自由研究でさ」
口に入れてた給食まとめて吹きそうになっちまった。つまりは未だ捕まらない例の野犬騒動……そう、つまり俺だ。それを調べて今度の自由研究に使おうって。

ウチの学校は前々から自主性がどーとかってことで、三年生から自由研究を授業に取り入れてるんだ。
だいたいみんな、二人か三人でチーム組んでやってる。雲と天気の関係やら池の中の魚の特徴とか。
俺はあまりやることないから、ダンゴムシとか料理の研究とかしたっけ。もったいなかったけど夏場のカレーの放置による味の変化の調査では、一度だけクラス賞もらったことがある。ただ表彰状もらっただけのつまらないもんだけど。
だけど……まさか自分が誘われるだなんて思ってもみなかった。

「き、危険じゃね? つーか襲われたり噛まれたりしたらヤバいぞ」
俺はそんな危険なことやめさせようと必死で説得にかかった。小さな声で。
「大丈夫、噛まれてもダメージ無いように厚着するから」
そーゆー問題じゃねーんだよ。相手はワーウルフ……いや、ゴホンゴホン。

「なんていうかさ、タケルなら噛まれても大丈夫だと思うんだよね、ワイルドだから」
いやワイルドってどーゆー意味で言ってるんだ?
「だいたい研究内容は決めてるんだ、あとでうちに来ない?」
うん……まあ、例の理由であんまり人の家に上がるのは好きじゃないけど、親友のトモキの頼みとあらば仕方がないかな。
けど、なんとしてでも阻止しなければならない。野犬……いや、その正体は俺なんだから。

あ、でも……
トモキと一緒にいるってことは、人間の俺なんだし……つまりは何も発見できずに済むってことじゃね!?
けど、失敗で終わってしまうトモキの顔は見たくないしなあ。
それに万が一月夜に捜索するだなんて言っちまったら、俺はどうすればいいんだろう? 自分の意思で変身をコントロールするのだってまだまだままならないし。
うーん、考えなきゃな。俺も大丈夫でトモキも大丈夫な案を。

ところで、なんで俺のことをワイルドだなんて言ったんだか。
「タケルって最近ケガしてること多いからさ、お姉さんと毎日ケンカして生傷が絶えないんじゃないのかなーって」
つーかそっちの意味でかよ! 俺のケガはもっと……その、違う意味でこーなったわけであって。
そうか、コンビニ強盗の時に至るところケガしちゃってたもんな。

ってなわけで俺もスーパー行って夕飯の材料買わないといけないから、その前にトモキん家行くよということになって……
そうなんだ、あれからまた半日授業になっちゃって。
コンビニの件以来、野犬が人間を襲っていたらしい……って、そんなニュースになってしまい、町内会でも夜間の巡回するようになっちゃったんだ。
だんだんと俺にとっては肩身の狭くなる思いが募るばかりで。どーやって夜の散歩をすればいいのやら。
給食食ってから即放課後という、なんか妙な気分。対戦やりたいからゲーム機も持ってきてねってトモキに言われたし……充電MAXだったかな、確かめとかないと。といろいろ考えながら、俺は帰宅した。今んところは集団下校はやらないみたいで、真っ直ぐに帰れるんだ。

スーパーのタイムサービスは15時からだし、まだまだ時間あるんだよなー。まだ夕飯の中身も決めてなかったし。今日はシンプルにオムライスと中華卵スープにでもすっかな。
いやいや五目炒飯も捨てがたいし、それよかこの前ネットで見つけたゴーヤチャンプルも試してみたいし、もしくはブリが安ければ照り焼きにしてみよっかなー、なんて。
メニューはたくさん試してみたいんだよね、俺は大黒柱なんだもん。

手土産なんて立派なものが買えるわけがなく、俺は手前のコンビニで安いプリンを買っちまった。

我が家にはテレビもないし、共通の話題が見いだせないから、クラスには一緒に遊ぶ友だちっていうのがそんなにいない。
別段俺はそういうことには慣れてたけどね。だけどそんな俺と遊んでくれる親友、それがトモキなんだ。
あいつの家は学校からちょっと離れたところにある庭付き一戸建て、俺とは全く正反対の環境。
でもあいつの両親は俺の家のことを分かってくれているので、敢えて口を出すとかしない。これは俺にとっては嬉しかった。友だちとは言っても他人なんだから、あれこれ俺の家がどうのこうの言われるのは頭にくるんだよね、こっちはこっちでちゃんと、姉貴と2人でうまくやってきてるし。
そんなあいつの家に行くことになったわけ。
トモキの母さんは今日はダンスのレッスンが遅くなるっていうし、父親は会社で役員やってるらしく、仕事の内容によっては深夜に帰ってくることもしばしば。だからあいつもけっこう寂しいみたい。
それだから、あいつはけっこう好きなもの買ってもらえてるんだって。まぁ、うらやましくもないけどね。
⭐︎⭐︎⭐︎
しかしあいつの家はデカい。いや、自分の住んでる狭いアパートに目が慣れすぎているせいもあるだろうけど。でもあいつの家3人家族だぜ?
俺は軽くため息を付いて、インターホンを押した。
「タケル? 今開けるね」って言葉がスピーカーから聞こえて、オートで門がガチャっと開く。相変わらず進んでるなあいつの家。
そして庭へと歩いて行ったんだけど……
突然、あいつの飼っている犬が牙をむきだして吠えかかって来た!
ちょっと待てよ、今まで何回もこの犬に会ってるけど、これほどまでに吠えてきたことなんかないぞ!?
ドーベルマンって名前だったっけか。以前この家が空き巣に入られたこともあって、かなりセキュリティを強化したらしく、その一件でこの犬を飼ったって聞いた。
俺が前に会った時は、クンクン鳴きながら顔をベロンと舐めてきたのに……一体!?
クサリで繋がれてるからいいけど、じゃなかったら俺間違い無く噛み殺されてる!
「マックス! ストップ! 吼えるな!」玄関から飛び出してきたトモキが、急いで犬の方へと走っていった。
あいつの命令を聞いて、瞬時におとなしくなった……
危ない危ない。っていうか心臓止まったじゃねーか。
「ごめんタケル。大丈夫だった?」トモキは心配そうな顔で俺を見つめた。
「だ、大丈夫だけど、こいつ虫の居所悪いのかな? すげえ勢いで飛びかかってきたし」
俺の言葉に、何かの病気かなってあいつは答えた。相変わらずマックスは、グルルルと低い唸り声で俺をにらみ付けている。
でもなんにも思いつくとこないんだよな……なんて思いながら、俺は玄関へと入っていった。

心が落ち着く。
俺の家のこもった臭いのする玄関とはえらい違いだ。あそこ換気も悪いし。
嗅覚鋭くなってからトモキの家に来たのは初めてだ。
それまで散々嫌な匂いばっか味わってきてるから、この家はとっても落ち着く。
玄関の前にある階段を上るとあいつの部屋に行ける、いや、二階全部があいつのためのフロアって言えばいいのかな?
部屋の中には毛足の長いじゅうたんが敷き詰められている。とてもフカフカで、まるで柔らかい芝生みたいだ。
靴下同様スリッパも苦手なんで、今踏みしめているじゅうたんの食感がすごく気持ちいい。
面白いな、嗅覚や聴覚と同様に、今度は触覚も鋭くなってきたのかな。
「このじゅうたん、先月新調したんだ」
「い、いくらくらいしたんだろうね」つい俺は、あいつの言葉に対し、心にもないことを口走ってしまった。
「うーん……貰い物らしいけど、数十万はしたんじゃないかな」
なんかすごく失礼なことをした思いがよぎって、俺は急いでスリッパを履いた。

買ってきたプリンと一緒にまずはおやつタイム。
大好きなんだここのプリンって言ってあいつは喜んでくれた。コンビニで買ってきた安い奴なのにさ……その笑顔を見ると、俺もうれしくなってくる。


そしてそのうち、学校では話せないようなこととか、この前のテストの結果とか、いろいろ突っ込んだ話に。

トモキは図書委員。体育と家庭科以外はクラスでトップの成績だ。お金持ちだからな、基本的ぬ夕方になるといつも塾へ行っちゃって、帰るのは10時過ぎくらい。すべて俺とは正反対の生き方してるんだ。

そんな息の詰まるような毎日送っているからか、俺を家に誘って、ゲームやって、どうでもいい会話してるだけでも、あいつはそれでもとっても嬉しいって言ってくれる。
いつか俺の家にお邪魔したいな。なんて話すんだけど、でもうちには両親もいないし、アパート古臭いし、狭いし何にもないから来ないでいいよ、って俺はその都度かたくなに断るようにしている。なんか恥ずかしい気がしちゃって。
それに、俺はいま大きな秘密を抱えてるんだ。トモキとの付き合いの中でうっかり調子おかしくして変身なんてしちゃったら、もう友達おしまいだ。

「タケルってさ、最近すごくない?」
そんなことを頭の中でめぐらせてたら、いきなりマサルが切り出してきたんだ。
その言葉に、つい俺は飲んでいたコーラを吹きそうになった。

けど、高級じゅうたんを汚しちゃマズいんで、ギリギリでこらえきったけどね。

「風邪で休んじゃったでしょ、あれからなんか今までと様子がおかしいなって思って」
「ど、どどどんな風に?」自分では押さえてるつもりなんだけど、つい言葉に焦りが出てきてしまう。

「なんていうのかな、給食のときとか匂いにすごく過敏になってきたし、休み時間のときとかすぐに教室から出ちゃうし、それに…」
確かにそうだ。給食のおかずの匂いなんかが気持ち悪くなるくらい臭ってくるときがあるし、休み時間も今まで居眠りしてたんだけど、周りの奴らのしゃべり声がガンガン耳に入ってきちゃうんで、最近は静かな図書室に真っ先に行くようになった。みんな、みんな俺の五感がパワーアップしたからだ。
「それに……」って、
あいつは格闘ゲーム取り出して、俺と対戦しよって言ってきた。
もちろん受けて立つけど、トモキはゲームもうまい。反射速度ってやつ? ほとんど俺が勝つことはない。んだけど……

見える。
なんでだ? トモキのキャラの反応が、まるで予知できるかのように分かっちゃうんだ。
対応可能、即行動。
つまりは全勝、俺最強!

「やっぱりな……体育の時、タケルだけプロ選手みたいだってみんな言ってるよ、50m走なんかめちゃくちゃ早いし、ドッジボールだってすごい反射神経だもんね。それにこの格ゲーもそう。僕がジャンプしてからの立ち回り反応が……」最後なに話してンのか全然分からなかったけど、つまりは俺が強くなったわけ?

確かに身体の力も強くなった。だけどクラスメートの噂なんていちいち聞いてないし、自分がそれほどまでに言われてるだなんて、全然気づかなかったんだ。そういうところでは俺って鈍感極まりない。

「タケルって別人みたいになっちゃったみたいでさ。って大丈夫?」
ばっくんばっくん高鳴る心臓を抑えながら、俺はとりあえず首を上下に振った。

だめだ、こういう時なんて切り返せばいいんだ、っていうかトモキの言うことは全部図星なんだ、的確なんだ。
別人っていうか、もう一人の違う俺に変身できる。だけどその影響が少なからず今の俺を乗っ取り始めている。
俺は俺なんだけど、身体が俺じゃない。でも言えない。絶対にバラせない!

「でさ、もしかしてタケルって……動物並みに」
「そ、そうだ、自由研究の話するって言ってたじゃん、聞かせろよ、俺気になってるんだ、早く!」
あいつが犬って言ったとき、俺の心臓はもう爆発寸前にまで高鳴っていた。もう頭の中にまで心臓があるんじゃないかって思えるくらいに。
きっとあいつはこういうに違いない「タケルって、犬に変身できたりしない?」って。
いや犬じゃないし、狼なんだけどほとんどの人はきっと犬と間違うだろう。狼なんて実際に生で見れるわけないんだし。
言葉をさえぎられて、あいつはちょっと不思議な顔で俺を見つめていた。ごめんトモキ。
「そうだ、僕もう野犬が多く出没する日を調べてみたんだ。だいたいは月のよく輝く日や満月に……」

⭐︎⭐︎⭐︎
トモキの家を出ていろいろ俺は考えてた。どうにかごまかせないかなって方法を。学校でもいろいろ議題に上がっている野犬とはすなわち俺のことだ。それにこの前のコンビニ強盗の一件で警察にも姿は見られちゃってるし。
だけど現時点で俺のワーウルフ化は止めることができない。つまりは俺自身の意志でどこぞの特撮ヒーローみたいに変身したりできないんだ。そこにトモキの自由研究が絡むとなると……あああ考えただけで頭の中がこんがらがっちまう!
てな訳で夕飯はカニ玉にすることに決めた。どーせ本物のカニなんて入ってない安いカニ玉の元だもん、かなりコスト抑えられるし。


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口に入れてた給食まとめて吹きそうになっちまった。つまりは未だ捕まらない例の野犬騒動……そう、つまり俺だ。それを調べて今度の自由研究に使おうって。
ウチの学校は前々から自主性がどーとかってことで、三年生から自由研究を授業に取り入れてるんだ。
だいたいみんな、二人か三人でチーム組んでやってる。雲と天気の関係やら池の中の魚の特徴とか。
俺はあまりやることないから、ダンゴムシとか料理の研究とかしたっけ。もったいなかったけど夏場のカレーの放置による味の変化の調査では、一度だけクラス賞もらったことがある。ただ表彰状もらっただけのつまらないもんだけど。
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「なんていうかさ、タケルなら噛まれても大丈夫だと思うんだよね、ワイルドだから」
いやワイルドってどーゆー意味で言ってるんだ?
「だいたい研究内容は決めてるんだ、あとでうちに来ない?」
うん……まあ、例の理由であんまり人の家に上がるのは好きじゃないけど、親友のトモキの頼みとあらば仕方がないかな。
けど、なんとしてでも阻止しなければならない。野犬……いや、その正体は俺なんだから。
あ、でも……
トモキと一緒にいるってことは、人間の俺なんだし……つまりは何も発見できずに済むってことじゃね!?
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うーん、考えなきゃな。俺も大丈夫でトモキも大丈夫な案を。
ところで、なんで俺のことをワイルドだなんて言ったんだか。
「タケルって最近ケガしてること多いからさ、お姉さんと毎日ケンカして生傷が絶えないんじゃないのかなーって」
つーかそっちの意味でかよ! 俺のケガはもっと……その、違う意味でこーなったわけであって。
そうか、コンビニ強盗の時に至るところケガしちゃってたもんな。
ってなわけで俺もスーパー行って夕飯の材料買わないといけないから、その前にトモキん家行くよということになって……
そうなんだ、あれからまた半日授業になっちゃって。
コンビニの件以来、野犬が人間を襲っていたらしい……って、そんなニュースになってしまい、町内会でも夜間の巡回するようになっちゃったんだ。
だんだんと俺にとっては肩身の狭くなる思いが募るばかりで。どーやって夜の散歩をすればいいのやら。
給食食ってから即放課後という、なんか妙な気分。対戦やりたいからゲーム機も持ってきてねってトモキに言われたし……充電MAXだったかな、確かめとかないと。といろいろ考えながら、俺は帰宅した。今んところは集団下校はやらないみたいで、真っ直ぐに帰れるんだ。
スーパーのタイムサービスは15時からだし、まだまだ時間あるんだよなー。まだ夕飯の中身も決めてなかったし。今日はシンプルにオムライスと中華卵スープにでもすっかな。
いやいや五目炒飯も捨てがたいし、それよかこの前ネットで見つけたゴーヤチャンプルも試してみたいし、もしくはブリが安ければ照り焼きにしてみよっかなー、なんて。
メニューはたくさん試してみたいんだよね、俺は大黒柱なんだもん。
手土産なんて立派なものが買えるわけがなく、俺は手前のコンビニで安いプリンを買っちまった。
我が家にはテレビもないし、共通の話題が見いだせないから、クラスには一緒に遊ぶ友だちっていうのがそんなにいない。
別段俺はそういうことには慣れてたけどね。だけどそんな俺と遊んでくれる親友、それがトモキなんだ。
あいつの家は学校からちょっと離れたところにある庭付き一戸建て、俺とは全く正反対の環境。
でもあいつの両親は俺の家のことを分かってくれているので、敢えて口を出すとかしない。これは俺にとっては嬉しかった。友だちとは言っても他人なんだから、あれこれ俺の家がどうのこうの言われるのは頭にくるんだよね、こっちはこっちでちゃんと、姉貴と2人でうまくやってきてるし。
そんなあいつの家に行くことになったわけ。
トモキの母さんは今日はダンスのレッスンが遅くなるっていうし、父親は会社で役員やってるらしく、仕事の内容によっては深夜に帰ってくることもしばしば。だからあいつもけっこう寂しいみたい。
それだから、あいつはけっこう好きなもの買ってもらえてるんだって。まぁ、うらやましくもないけどね。
⭐︎⭐︎⭐︎
しかしあいつの家はデカい。いや、自分の住んでる狭いアパートに目が慣れすぎているせいもあるだろうけど。でもあいつの家3人家族だぜ?
俺は軽くため息を付いて、インターホンを押した。
「タケル? 今開けるね」って言葉がスピーカーから聞こえて、オートで門がガチャっと開く。相変わらず進んでるなあいつの家。
そして庭へと歩いて行ったんだけど……
突然、あいつの飼っている犬が牙をむきだして吠えかかって来た!
ちょっと待てよ、今まで何回もこの犬に会ってるけど、これほどまでに吠えてきたことなんかないぞ!?
ドーベルマンって名前だったっけか。以前この家が空き巣に入られたこともあって、かなりセキュリティを強化したらしく、その一件でこの犬を飼ったって聞いた。
俺が前に会った時は、クンクン鳴きながら顔をベロンと舐めてきたのに……一体!?
クサリで繋がれてるからいいけど、じゃなかったら俺間違い無く噛み殺されてる!
「マックス! ストップ! 吼えるな!」玄関から飛び出してきたトモキが、急いで犬の方へと走っていった。
あいつの命令を聞いて、瞬時におとなしくなった……
危ない危ない。っていうか心臓止まったじゃねーか。
「ごめんタケル。大丈夫だった?」トモキは心配そうな顔で俺を見つめた。
「だ、大丈夫だけど、こいつ虫の居所悪いのかな? すげえ勢いで飛びかかってきたし」
俺の言葉に、何かの病気かなってあいつは答えた。相変わらずマックスは、グルルルと低い唸り声で俺をにらみ付けている。
でもなんにも思いつくとこないんだよな……なんて思いながら、俺は玄関へと入っていった。
心が落ち着く。
俺の家のこもった臭いのする玄関とはえらい違いだ。あそこ換気も悪いし。
嗅覚鋭くなってからトモキの家に来たのは初めてだ。
それまで散々嫌な匂いばっか味わってきてるから、この家はとっても落ち着く。
玄関の前にある階段を上るとあいつの部屋に行ける、いや、二階全部があいつのためのフロアって言えばいいのかな?
部屋の中には毛足の長いじゅうたんが敷き詰められている。とてもフカフカで、まるで柔らかい芝生みたいだ。
靴下同様スリッパも苦手なんで、今踏みしめているじゅうたんの食感がすごく気持ちいい。
面白いな、嗅覚や聴覚と同様に、今度は触覚も鋭くなってきたのかな。
「このじゅうたん、先月新調したんだ」
「い、いくらくらいしたんだろうね」つい俺は、あいつの言葉に対し、心にもないことを口走ってしまった。
「うーん……貰い物らしいけど、数十万はしたんじゃないかな」
なんかすごく失礼なことをした思いがよぎって、俺は急いでスリッパを履いた。
買ってきたプリンと一緒にまずはおやつタイム。
大好きなんだここのプリンって言ってあいつは喜んでくれた。コンビニで買ってきた安い奴なのにさ……その笑顔を見ると、俺もうれしくなってくる。
そしてそのうち、学校では話せないようなこととか、この前のテストの結果とか、いろいろ突っ込んだ話に。
トモキは図書委員。体育と家庭科以外はクラスでトップの成績だ。お金持ちだからな、基本的ぬ夕方になるといつも塾へ行っちゃって、帰るのは10時過ぎくらい。すべて俺とは正反対の生き方してるんだ。
そんな息の詰まるような毎日送っているからか、俺を家に誘って、ゲームやって、どうでもいい会話してるだけでも、あいつはそれでもとっても嬉しいって言ってくれる。
いつか俺の家にお邪魔したいな。なんて話すんだけど、でもうちには両親もいないし、アパート古臭いし、狭いし何にもないから来ないでいいよ、って俺はその都度かたくなに断るようにしている。なんか恥ずかしい気がしちゃって。
それに、俺はいま大きな秘密を抱えてるんだ。トモキとの付き合いの中でうっかり調子おかしくして変身なんてしちゃったら、もう友達おしまいだ。
「タケルってさ、最近すごくない?」
そんなことを頭の中でめぐらせてたら、いきなりマサルが切り出してきたんだ。
その言葉に、つい俺は飲んでいたコーラを吹きそうになった。
けど、高級じゅうたんを汚しちゃマズいんで、ギリギリでこらえきったけどね。
「風邪で休んじゃったでしょ、あれからなんか今までと様子がおかしいなって思って」
「ど、どどどんな風に?」自分では押さえてるつもりなんだけど、つい言葉に焦りが出てきてしまう。
「なんていうのかな、給食のときとか匂いにすごく過敏になってきたし、休み時間のときとかすぐに教室から出ちゃうし、それに…」
確かにそうだ。給食のおかずの匂いなんかが気持ち悪くなるくらい臭ってくるときがあるし、休み時間も今まで居眠りしてたんだけど、周りの奴らのしゃべり声がガンガン耳に入ってきちゃうんで、最近は静かな図書室に真っ先に行くようになった。みんな、みんな俺の五感がパワーアップしたからだ。
「それに……」って、
あいつは格闘ゲーム取り出して、俺と対戦しよって言ってきた。
もちろん受けて立つけど、トモキはゲームもうまい。反射速度ってやつ? ほとんど俺が勝つことはない。んだけど……
見える。
なんでだ? トモキのキャラの反応が、まるで予知できるかのように分かっちゃうんだ。
対応可能、即行動。
つまりは全勝、俺最強!
「やっぱりな……体育の時、タケルだけプロ選手みたいだってみんな言ってるよ、50m走なんかめちゃくちゃ早いし、ドッジボールだってすごい反射神経だもんね。それにこの格ゲーもそう。僕がジャンプしてからの立ち回り反応が……」最後なに話してンのか全然分からなかったけど、つまりは俺が強くなったわけ?
確かに身体の力も強くなった。だけどクラスメートの噂なんていちいち聞いてないし、自分がそれほどまでに言われてるだなんて、全然気づかなかったんだ。そういうところでは俺って鈍感極まりない。
「タケルって別人みたいになっちゃったみたいでさ。って大丈夫?」
ばっくんばっくん高鳴る心臓を抑えながら、俺はとりあえず首を上下に振った。
だめだ、こういう時なんて切り返せばいいんだ、っていうかトモキの言うことは全部図星なんだ、的確なんだ。
別人っていうか、もう一人の違う俺に変身できる。だけどその影響が少なからず今の俺を乗っ取り始めている。
俺は俺なんだけど、身体が俺じゃない。でも言えない。絶対にバラせない!
「でさ、もしかしてタケルって……動物並みに」
「そ、そうだ、自由研究の話するって言ってたじゃん、聞かせろよ、俺気になってるんだ、早く!」
あいつが犬って言ったとき、俺の心臓はもう爆発寸前にまで高鳴っていた。もう頭の中にまで心臓があるんじゃないかって思えるくらいに。
きっとあいつはこういうに違いない「タケルって、犬に変身できたりしない?」って。
いや犬じゃないし、狼なんだけどほとんどの人はきっと犬と間違うだろう。狼なんて実際に生で見れるわけないんだし。
言葉をさえぎられて、あいつはちょっと不思議な顔で俺を見つめていた。ごめんトモキ。
「そうだ、僕もう野犬が多く出没する日を調べてみたんだ。だいたいは月のよく輝く日や満月に……」
⭐︎⭐︎⭐︎
トモキの家を出ていろいろ俺は考えてた。どうにかごまかせないかなって方法を。学校でもいろいろ議題に上がっている野犬とはすなわち俺のことだ。それにこの前のコンビニ強盗の一件で警察にも姿は見られちゃってるし。
だけど現時点で俺のワーウルフ化は止めることができない。つまりは俺自身の意志でどこぞの特撮ヒーローみたいに変身したりできないんだ。そこにトモキの自由研究が絡むとなると……あああ考えただけで頭の中がこんがらがっちまう!
てな訳で夕飯はカニ玉にすることに決めた。どーせ本物のカニなんて入ってない安いカニ玉の元だもん、かなりコスト抑えられるし。