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第5話

ー/ー



 隣を歩くクラスメートが親友として認識していたという女子生徒の自宅は、JRの線路の高架をくぐったあと、祝川さくら道から伸びる路地を入って、すぐそばの場所にあった。
 国道とJRの線路に挟まれた住宅街の中にある戸建ての家は、外から見ると、特に変わり映えすることのない普通の住宅に見える。

 湯舟敏羽(ゆふねとわ)が、「KASAI」と書かれた表札の隣りにあるインターホンを押すと、すぐに、「はい」という短い応答があった。

稔梨(みのり)さんのクラスの湯舟敏羽です」

 クラスメートが、そう名乗ると、インターホン越しに、

「まあ、敏羽(とわ)ちゃん! すぐに出るわね」

という声がしたあと、言葉どおり、程なくして玄関のドアが開いた。

 玄関から顔をのぞかせた女性に、湯舟が「おばさま!」と声をかけると、相手の女性もボクのクラスメートに対して、「敏羽(とわ)ちゃん!」と応答し、悲痛な面持ちで駆け寄ってくる。

「来てくれて、ありがとう。稔梨(みのり)のことは、どこで聞いたの?」

「同じクラスの彼から……」

 湯舟はそう言って、オレを葛西の母親と思われる女性に紹介する。

「葛西さんと同じクラスの野田です。叔父が県警に務めています」

 ボクが軽く自己紹介をすると、中年女性は、「まあ、それで……」と、納得してくれたあと、「申し遅れました。稔梨(みのり)の母です」と、名乗ってくれた。
 その母親に対して湯舟が問いかける。

「おばさま、稔梨(みのり)は、もうお家に?」

 彼女が、同級生の遺体が自宅に戻ってきたのか、という意味のことをたずねると、葛西の母親は、首を横に振って返答した。

「いえ、まだ警察に……あのコが(うち)に戻れるのは、明日の夜遅くか明後日になるだろうって……」

 彼女はそう言ったあと、

「あのコとは、夫と一緒に、警察署の安置所で対面したんですけど……」

と、口にする。
 その一言に、ボクは思わず反応してしまった。

「えっ? 葛西の……娘さんのご遺体を見られたんですか!?」

 勢い余って、つい問い詰めるような口調で丁寧さを欠く言葉になってしまったんだけど、相手は、そんなボクの口ぶりを気にするようすもなく、返答する。

「えぇ、親の立場から言うのもなんですが、綺麗な顔でした」

「そ、そうですか……」

 いぶかしがるボクの口調に、違和感を抱いたのは湯舟敏羽(ゆふねとわ)だけのようで、葛西の母親は、

「今年買ったばかりの()()()()()も似合っていてね……」

と、遺体の状況について付け加える。

 その一言に、今度は、湯舟が大きく目を見開いた。
 先ほどと同じようなクラスメートのようすが気になり、ボクは、彼女に声をかけようとしたが、それより先に、

「こんなところで、立ち話もなんだか、上がって行って。担任の三浦先生もいらっしゃってるから」

と、家に入るようにうながしてきた。直前の()()()()()というフレーズも当然のように気になるところだけど……。
 亡くなったクラスメートの母親の言葉に、ボクはお礼の言葉を述べるまもなく、顔を見合わせる。

(三浦先生が来てる、だって―――?)

 お互い、声に出さずに見合った湯舟とボクの表情は、きっと、「鳩が豆鉄砲を食ったような」と表現される類のものだっただろう。

「あの三浦先生は、どうして、稔梨(みのり)のことを?」

「えぇ、私たちが警察署で、あのコに会ってから、確認ができたということで、警察から学校に連絡をしてくれたみたいなの。私たちは気が動転していたから、そこまで、気が回らなくて……警察署の人にも学校の先生方にも、こうして対応していただいていることに、あとでお礼を言わないとね……」

 葛西の母親は、そんな風に語るけど、同じように家族を亡くしているボクには、その気丈さが、かえって痛々しく感じられる。思春期の我が子を亡くした母親の気持ちを察しながら、葛西家に上がらせてもらうと、

「あら、あなたたち。どうして、葛西さんのお宅に?」

と、リビングにいた三浦先生がたずねてきた。

 彼女の問いかけに、ボクが「叔父から聞きました」と答えると、

「あぁ、野田くん。そっか……」

と、一言で納得してくれたようだ。
 
 三浦渚(みうらなぎさ)先生は、外国語を専科とするボクたち2年3組の担任教師だ。
 ボクは、高校に入学して彼女と出会うまで、美人女教師なんて存在は、アニメかマンガかライトノベルだけに生息する架空の存在で、学校に行き渋る生徒たちを少しでも登校に前向きにさせようとする、広告代理店と放送・出版社のステルス・マーケティングの類なのではないか、と考えていた。

 ところが、高校の入学式で彼女を一目見たとき、ボクはそれまでの自分の凝り固まった価値観を改めなければならない、と感じさせられることになった。

「ラピュタは、ホントにあったんだ……」

 新入生の学年を受け持つ教師の一人として、講堂の壇上に立つ三浦先生を目にしたときの気持ちを率直に伝えるなら、そうなるだろう。いや、誰かに聞かれていたということは無いと思うけど、ボクは、その言葉を実際に口に出していたかも知れない。

 そんな「昭和時代のマンガかよ?」というツッコミが入りそうな『学院のマドンナ』的な存在の彼女は、2年に進級したボクたち3組の担任になったんだけど……。ボク自身に関して言えば、夏休み前の三者面談の予定が、保護者である憲二さんが職場から緊急の呼び出しが入る事態になったため、急遽、二者面談になるという経験から、野田家の家庭の事情を必要以上に知られることになると言うオマケまで付いていた。

(夏休み中なのに、事件当日に、わざわざ生徒の家まで来るなんて熱心だな)

 担任教師の仕事ぶりに感心しつつ、ボクは、同級生の女子生徒と一緒に葛西家のリビングにあるダイニングチェアに腰を掛けさせてもらった。



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 隣を歩くクラスメートが親友として認識していたという女子生徒の自宅は、JRの線路の高架をくぐったあと、祝川さくら道から伸びる路地を入って、すぐそばの場所にあった。 国道とJRの線路に挟まれた住宅街の中にある戸建ての家は、外から見ると、特に変わり映えすることのない普通の住宅に見える。
 |湯舟敏羽《ゆふねとわ》が、「KASAI」と書かれた表札の隣りにあるインターホンを押すと、すぐに、「はい」という短い応答があった。
「|稔梨《みのり》さんのクラスの湯舟敏羽です」
 クラスメートが、そう名乗ると、インターホン越しに、
「まあ、|敏羽《とわ》ちゃん! すぐに出るわね」
という声がしたあと、言葉どおり、程なくして玄関のドアが開いた。
 玄関から顔をのぞかせた女性に、湯舟が「おばさま!」と声をかけると、相手の女性もボクのクラスメートに対して、「|敏羽《とわ》ちゃん!」と応答し、悲痛な面持ちで駆け寄ってくる。
「来てくれて、ありがとう。|稔梨《みのり》のことは、どこで聞いたの?」
「同じクラスの彼から……」
 湯舟はそう言って、オレを葛西の母親と思われる女性に紹介する。
「葛西さんと同じクラスの野田です。叔父が県警に務めています」
 ボクが軽く自己紹介をすると、中年女性は、「まあ、それで……」と、納得してくれたあと、「申し遅れました。|稔梨《みのり》の母です」と、名乗ってくれた。
 その母親に対して湯舟が問いかける。
「おばさま、|稔梨《みのり》は、もうお家に?」
 彼女が、同級生の遺体が自宅に戻ってきたのか、という意味のことをたずねると、葛西の母親は、首を横に振って返答した。
「いえ、まだ警察に……あのコが|家《うち》に戻れるのは、明日の夜遅くか明後日になるだろうって……」
 彼女はそう言ったあと、
「あのコとは、夫と一緒に、警察署の安置所で対面したんですけど……」
と、口にする。
 その一言に、ボクは思わず反応してしまった。
「えっ? 葛西の……娘さんのご遺体を見られたんですか!?」
 勢い余って、つい問い詰めるような口調で丁寧さを欠く言葉になってしまったんだけど、相手は、そんなボクの口ぶりを気にするようすもなく、返答する。
「えぇ、親の立場から言うのもなんですが、綺麗な顔でした」
「そ、そうですか……」
 いぶかしがるボクの口調に、違和感を抱いたのは|湯舟敏羽《ゆふねとわ》だけのようで、葛西の母親は、
「今年買ったばかりの|黄《・》|色《・》|の《・》|浴《・》|衣《・》も似合っていてね……」
と、遺体の状況について付け加える。
 その一言に、今度は、湯舟が大きく目を見開いた。
 先ほどと同じようなクラスメートのようすが気になり、ボクは、彼女に声をかけようとしたが、それより先に、
「こんなところで、立ち話もなんだか、上がって行って。担任の三浦先生もいらっしゃってるから」
と、家に入るようにうながしてきた。直前の|黄《・》|色《・》|の《・》|浴《・》|衣《・》というフレーズも当然のように気になるところだけど……。
 亡くなったクラスメートの母親の言葉に、ボクはお礼の言葉を述べるまもなく、顔を見合わせる。
(三浦先生が来てる、だって―――?)
 お互い、声に出さずに見合った湯舟とボクの表情は、きっと、「鳩が豆鉄砲を食ったような」と表現される類のものだっただろう。
「あの三浦先生は、どうして、|稔梨《みのり》のことを?」
「えぇ、私たちが警察署で、あのコに会ってから、確認ができたということで、警察から学校に連絡をしてくれたみたいなの。私たちは気が動転していたから、そこまで、気が回らなくて……警察署の人にも学校の先生方にも、こうして対応していただいていることに、あとでお礼を言わないとね……」
 葛西の母親は、そんな風に語るけど、同じように家族を亡くしているボクには、その気丈さが、かえって痛々しく感じられる。思春期の我が子を亡くした母親の気持ちを察しながら、葛西家に上がらせてもらうと、
「あら、あなたたち。どうして、葛西さんのお宅に?」
と、リビングにいた三浦先生がたずねてきた。
 彼女の問いかけに、ボクが「叔父から聞きました」と答えると、
「あぁ、野田くん。そっか……」
と、一言で納得してくれたようだ。
 |三浦渚《みうらなぎさ》先生は、外国語を専科とするボクたち2年3組の担任教師だ。
 ボクは、高校に入学して彼女と出会うまで、美人女教師なんて存在は、アニメかマンガかライトノベルだけに生息する架空の存在で、学校に行き渋る生徒たちを少しでも登校に前向きにさせようとする、広告代理店と放送・出版社のステルス・マーケティングの類なのではないか、と考えていた。
 ところが、高校の入学式で彼女を一目見たとき、ボクはそれまでの自分の凝り固まった価値観を改めなければならない、と感じさせられることになった。
「ラピュタは、ホントにあったんだ……」
 新入生の学年を受け持つ教師の一人として、講堂の壇上に立つ三浦先生を目にしたときの気持ちを率直に伝えるなら、そうなるだろう。いや、誰かに聞かれていたということは無いと思うけど、ボクは、その言葉を実際に口に出していたかも知れない。
 そんな「昭和時代のマンガかよ?」というツッコミが入りそうな『学院のマドンナ』的な存在の彼女は、2年に進級したボクたち3組の担任になったんだけど……。ボク自身に関して言えば、夏休み前の三者面談の予定が、保護者である憲二さんが職場から緊急の呼び出しが入る事態になったため、急遽、二者面談になるという経験から、野田家の家庭の事情を必要以上に知られることになると言うオマケまで付いていた。
(夏休み中なのに、事件当日に、わざわざ生徒の家まで来るなんて熱心だな)
 担任教師の仕事ぶりに感心しつつ、ボクは、同級生の女子生徒と一緒に葛西家のリビングにあるダイニングチェアに腰を掛けさせてもらった。