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第1話

ー/ー



 ~1日目~

 17歳で、夏だった。
 小学生の頃に、こんな出だしで始まる小説を読んだ記憶がある(たしか、主人公は9歳だったと思う)。

 そう言えば、その小説の作者は、17歳のときに、ワープロ(!)の練習のついでにこの作品を書いたという話しを聞いたことがあるけど、同じく17歳になったばかりのボクの夏は、猛烈な暑さとともに始まっていた。
 なにしろ、日本列島に例年より少し早い梅雨入り宣言が出されたかと思ったら、大雨の時期は最初の一週間で収まり、6月の半ばに梅雨前線が消滅したあとは、連日35℃近い猛暑日が続いている。

 その猛暑が始まってからの一ヶ月をどうにかやり過ごし、ようやく、夏休みという人生最高のオアシス期間に突入したことを幸いに、ボクは、夏季休暇最初の一週間を自宅で怠惰に過ごしていた。
 もっとも、極力、自宅から出ることを控えている理由は、ここ数年、夏になるとイヤになるほど耳にすることになる、

「熱中症を予防するためには暑さを避けることが最も重要です。 不要不急の外出はできるだけ避けましょう」

というテレビのニュースから流れてくるメッセージを()()()()()()()()()()()()()()んだけど、その理由をここでは語りたくない。
 
 今日も、日中の不快指数をさらに増大させる、

「シャ〜シャ〜シャ〜シャ〜」

というクマゼミの大合唱で目を覚ましたボクは、用をたしておこう、と二階の自室からトイレに向かう。

 階段からトイレに向かう途中、リビングの前をとおると、ソファーに人影があるのが見えた。

憲二(けんじ)さん、帰ってたんだ? これから、また出勤?」

 現在のところ、唯一の家族にして育ての親でもある叔父に、ボクは声をかける。
 すると、ソファーに深く腰掛けたままの体勢で、チラリとこちらに視線を向けた叔父は、ボクの問いかけに答えることもなく、

耕史(こうじ)、風呂に湯を張ってくれないか?」

と、自身の要望を伝えてくる。

「シャワーじゃダメなの? 家を出るまで、あんまり時間も無いじゃん?」

「それでも、一風呂(ひとっぷろ) 、浴びて行きたい気分なんだよ。昨日は、本職の聞き込み捜査が終わって署に帰って来たと思ったら、捜査一課に応援に駆り出されることになったからな」

「えっ! 捜査一課だって?」

 甥っ子に風呂の準備を押し付ける傍若無人さに対して気分を害する前に、ボクは叔父の返答に反応してしまった。刑事ドラマを少しでも見たことがある人なら、いまの会話で叔父の職業を理解してくれたと思うし、もう少しカンの良い人なら、ボクが思わず声を上げてしまった理由も理解(わか)ってもらえると信じている。

 念のために説明しておくと、捜査一課の仕事は、「強行犯」と呼ばれる凶悪な犯罪の捜査を専門としています。具体的には、以下のような事件を担当している。

 ・殺人事件: 人が殺害された事件全般。
 ・強盗事件: 暴力や脅迫を用いて金品を奪う事件。
 ・放火事件: 建物などに火を放つ事件。
 ・性犯罪: 不同意性交(旧:強制性交)、不同意わいせつ(旧:強制わいせつ)など。
 ・誘拐事件: 人を連れ去る事件。

 などなど……その業務内容は、いずれも、テレビや新聞でニュースになる大事件で、普段は、捜査三課に所属していて、地味な(と言うのは良くないんだろうけど……)窃盗などの捜査をしている憲二さんの仕事からすると、警察官を叔父に持つ自分を驚かせるのに十分なトピックだ。

 ただ、叔父は、この後さらにボクを絶句させる一言を言い放つ。

「あぁ、潮芦矢(しおあしや)の海岸で死体が上がった。黄色の浴衣を着た高校生だ。耕史、おまえ、葛西稔梨(かさいみのり)って名前に聞き覚えはあるよな?」

「葛西稔梨!? 亡くなったのは、葛西なの?」

「やっぱり、そうか……遺体の拾得物から身元が判明したんだ。向陽(こうよう)学院の2年3組。おまえの同級生だな?」

「そんな……葛西が……いったい、どうして……」

「まだ、詳細はわからんが、どうやら自殺らしい。スマホは見つからなかったが、女子生徒のモノと思われるSNSのアカウントに自殺をほのめかす内容の書き込みがあったそうだ。耕史、おまえ、なにか彼女に悩み事があったとか、そういうの知らないか?」

「悩み事って言われても……葛西とは2年になってから初めて同じクラスになっただけだし、ほとんど話したことは無いからなぁ」

 ため息をつくように答えると、叔父は、「ん、そっか。わかった。それより風呂」と、ボクに朝風呂の準備を促す。

(こんなことなら、昨日、風呂の湯を抜くんじゃなかったな)

 小さな後悔をしながら、風呂に湯をためる準備をしたあと、突然の報告のために忘れかけていた尿意を思い出し、トイレに向かって用を足した。

 差し迫った欲求を解放しながら、叔父が言った言葉について考える。

 葛西稔梨(かさいみのり)は、整った顔立ちという印象はあるものの、どちらかと言えば、クラスの中で影の薄い存在だった。正直なところ、同じクラスでなければ、特に印象に残らない生徒とも言える。
 
 ただ、(大人しい女子生徒は、みんなそう言われるかも知れないんだけど……)あんなに真面目な生徒が、どうして――――――?

 という疑問が頭の中をグルグルと駆け回る。

 憲二さんの朝食を用意して、出勤を見送ったあとも、ボクの頭を、クラスメートが自ら命を絶ったという事実が占めてしまい、平穏に過ごすことなどできない状況になった。





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 ~1日目~
 17歳で、夏だった。 小学生の頃に、こんな出だしで始まる小説を読んだ記憶がある(たしか、主人公は9歳だったと思う)。
 そう言えば、その小説の作者は、17歳のときに、ワープロ(!)の練習のついでにこの作品を書いたという話しを聞いたことがあるけど、同じく17歳になったばかりのボクの夏は、猛烈な暑さとともに始まっていた。
 なにしろ、日本列島に例年より少し早い梅雨入り宣言が出されたかと思ったら、大雨の時期は最初の一週間で収まり、6月の半ばに梅雨前線が消滅したあとは、連日35℃近い猛暑日が続いている。
 その猛暑が始まってからの一ヶ月をどうにかやり過ごし、ようやく、夏休みという人生最高のオアシス期間に突入したことを幸いに、ボクは、夏季休暇最初の一週間を自宅で怠惰に過ごしていた。
 もっとも、極力、自宅から出ることを控えている理由は、ここ数年、夏になるとイヤになるほど耳にすることになる、
「熱中症を予防するためには暑さを避けることが最も重要です。 不要不急の外出はできるだけ避けましょう」
というテレビのニュースから流れてくるメッセージを|律《・》|儀《・》|に《・》|守《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|だ《・》|け《・》|で《・》|は《・》|な《・》|い《・》んだけど、その理由をここでは語りたくない。
 今日も、日中の不快指数をさらに増大させる、
「シャ〜シャ〜シャ〜シャ〜」
というクマゼミの大合唱で目を覚ましたボクは、用をたしておこう、と二階の自室からトイレに向かう。
 階段からトイレに向かう途中、リビングの前をとおると、ソファーに人影があるのが見えた。
「|憲二《けんじ》さん、帰ってたんだ? これから、また出勤?」
 現在のところ、唯一の家族にして育ての親でもある叔父に、ボクは声をかける。
 すると、ソファーに深く腰掛けたままの体勢で、チラリとこちらに視線を向けた叔父は、ボクの問いかけに答えることもなく、
「|耕史《こうじ》、風呂に湯を張ってくれないか?」
と、自身の要望を伝えてくる。
「シャワーじゃダメなの? 家を出るまで、あんまり時間も無いじゃん?」
「それでも、|一風呂《ひとっぷろ》 、浴びて行きたい気分なんだよ。昨日は、本職の聞き込み捜査が終わって署に帰って来たと思ったら、捜査一課に応援に駆り出されることになったからな」
「えっ! 捜査一課だって?」
 甥っ子に風呂の準備を押し付ける傍若無人さに対して気分を害する前に、ボクは叔父の返答に反応してしまった。刑事ドラマを少しでも見たことがある人なら、いまの会話で叔父の職業を理解してくれたと思うし、もう少しカンの良い人なら、ボクが思わず声を上げてしまった理由も|理解《わか》ってもらえると信じている。
 念のために説明しておくと、捜査一課の仕事は、「強行犯」と呼ばれる凶悪な犯罪の捜査を専門としています。具体的には、以下のような事件を担当している。
 ・殺人事件: 人が殺害された事件全般。
 ・強盗事件: 暴力や脅迫を用いて金品を奪う事件。
 ・放火事件: 建物などに火を放つ事件。
 ・性犯罪: 不同意性交(旧:強制性交)、不同意わいせつ(旧:強制わいせつ)など。
 ・誘拐事件: 人を連れ去る事件。
 などなど……その業務内容は、いずれも、テレビや新聞でニュースになる大事件で、普段は、捜査三課に所属していて、地味な(と言うのは良くないんだろうけど……)窃盗などの捜査をしている憲二さんの仕事からすると、警察官を叔父に持つ自分を驚かせるのに十分なトピックだ。
 ただ、叔父は、この後さらにボクを絶句させる一言を言い放つ。
「あぁ、|潮芦矢《しおあしや》の海岸で死体が上がった。黄色の浴衣を着た高校生だ。耕史、おまえ、|葛西稔梨《かさいみのり》って名前に聞き覚えはあるよな?」
「葛西稔梨!? 亡くなったのは、葛西なの?」
「やっぱり、そうか……遺体の拾得物から身元が判明したんだ。|向陽《こうよう》学院の2年3組。おまえの同級生だな?」
「そんな……葛西が……いったい、どうして……」
「まだ、詳細はわからんが、どうやら自殺らしい。スマホは見つからなかったが、女子生徒のモノと思われるSNSのアカウントに自殺をほのめかす内容の書き込みがあったそうだ。耕史、おまえ、なにか彼女に悩み事があったとか、そういうの知らないか?」
「悩み事って言われても……葛西とは2年になってから初めて同じクラスになっただけだし、ほとんど話したことは無いからなぁ」
 ため息をつくように答えると、叔父は、「ん、そっか。わかった。それより風呂」と、ボクに朝風呂の準備を促す。
(こんなことなら、昨日、風呂の湯を抜くんじゃなかったな)
 小さな後悔をしながら、風呂に湯をためる準備をしたあと、突然の報告のために忘れかけていた尿意を思い出し、トイレに向かって用を足した。
 差し迫った欲求を解放しながら、叔父が言った言葉について考える。
 |葛西稔梨《かさいみのり》は、整った顔立ちという印象はあるものの、どちらかと言えば、クラスの中で影の薄い存在だった。正直なところ、同じクラスでなければ、特に印象に残らない生徒とも言える。
 ただ、(大人しい女子生徒は、みんなそう言われるかも知れないんだけど……)あんなに真面目な生徒が、どうして――――――?
 という疑問が頭の中をグルグルと駆け回る。
 憲二さんの朝食を用意して、出勤を見送ったあとも、ボクの頭を、クラスメートが自ら命を絶ったという事実が占めてしまい、平穏に過ごすことなどできない状況になった。