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幕間1 猫耳は湖面を穿ちフナとなる

ー/ー



 地上一万メートルに、猫耳少女がいた。
 ピンクのボブカットも鮮やかに、飛行機に乗るその少女の見た目は十代前半。赤と黒を基調にして、随所にフリルやリボンをあしらった華やかな衣装は、この場においては異様である。だがその表情は容姿の印象とは程遠く、硬い。
 そして通話相手への口調もまた、硬質なものだった。

「資料をご覧になってないんですか? 一人が限界です。――いえ、コストの問題です。そちらの国家予算全部使えば、戦車とその乗員くらいは転送できるかもしれませんよ。ミフマテリアルか魔法少女じゃないと、消滅しますけど。――はい?」

 少女はスカートのリボンを弄びながら、若干イラついたような口調で話している。

「それも載ってますが? あの機体はミフマテリアル製です。――それは、運用できるのが藤沢だけだからです。莫大なミフ粒子を持った魔法少女でなけれ……。――私? 動かせますが、“収納”できないんです。――そう、異世界に行くのに、です。じゃなきゃ意味がないでしょう?」

 しばし、猫耳少女は通話を続けた。

「はい。――いえ、こちらこそご尽力には感謝してます。――はい。――そう伝えます。――はい。それでは、ごきげんよう大統領」

 通話を切り、少女はため息をついた。
 突然、その脳裏に声が響く。

〈フライドチキンください〉

 もう一度ため息をつき、少女は虚空にしゃべりかけた。

「なっちゃんか。地上(した)にいるの?」
〈つれないなあ。研究所だよ〉
「よく届いたね、テレパシー」
〈専門だもん。このくらいはね。通話してたの?〉

 少女は見えない相手に、肩をすくめてみせる。
 
「知り合いのおじさんと。何か用?」
〈こっち、いつ頃着きそう?〉
「もうすぐ着く。そうだ、ちょうど聞こうと思ってたんだ。意思疎通魔法の進捗は?」
〈スワヒリ語のネイティブと会話できたから、もう十分だと思うよ。これなら異世界の人類とも、すぐにコミュニケーション取れるはず。先生としての義務も果たせたかなって。マナちゃん、頑張ってくれたしね〉
「頑張りすぎなんだ、あの子は」

 少女がため息をつき、沈黙。

〈……何かお悩み?〉
「なっちゃん、お金貸して」
〈いくら?〉
「百兆円くらい」
〈ちょっと持ち合わせ無いや。何買うの?〉
「人工ダイヤモンド」
〈転移装置の?〉
「そう」
〈コスモス、まだ自分も行こうとしてる?〉

 コスモスと呼ばれた少女は、答えない。

〈……しょうがないよ。もう準備は進んじゃってる。コスモスのせいじゃない〉
「でも、私の立てた計画だ。怪獣が異世界から来ることを突き止めたのも、マナを見つけたのも、魔法少女を異世界に送るアイデアも、全部私だ」
〈私たちみんなだよ。研究所と、対策センターのみんな。だからマギラを作ってるんでしょ。マナちゃんのために〉

 コスモスは天を仰いだ。
 
「……マナのために、か。異世界にたった一人転移するあの子に、人類最強の兵器を与える。私たちにはそれしかできない。それって、優しさ?」

 しばしの沈黙。

〈……考え過ぎ。誰かがあの子の才能に気付いたら、結局同じ結果になってたはず。なら、その誰かだった私たちで最善を尽くすのが筋でしょ〉
「そう、かな……。私が変身魔法じゃなくて“収納と顕現”を使えたら良かったのに」
〈それはそれで、怪獣の犠牲になる人が増えてたはずだよ〉

 コスモスは苦笑した。

「なっちゃん、それは買いかぶり過ぎだよ」
〈最強の魔法少女が何言ってんの。私たち魔法少女は今まで、できる限りやってきた。マナちゃんにもできる限りのことをして、送り出そうよ〉

 それがあの子を苦しめるんじゃないか。よりにもよって、怪獣のせいで孤独になったあの子を。
 コスモスはそう思ったが、言わなかった。
 
「……そろそろ着く。七番ハッチ、開けといて」

 言うなり、コスモスは()()()()()()()()()から身を投げた。

〈飛行機、タダ乗りしてない?〉
「人聞き悪いな。プライベートの特等席だよ」

 コスモスは、防護魔法で時速三百キロの風圧を弾きながら地上を確認する。眼下には、日本最大の湖が広がっていた。

 湖面に浮かぶ大きな施設、国立琵琶湖魔法研究所と、併設の国連怪獣対策センターがよく見える。コスモスは速度そのまま、水面に頭から飛び込んだ。

 研究所のそばに水柱が立つ。窓からそれを見た職員たちは思ったことだろう。
 またか、と。

 水中をキラキラと青い粒子が舞い、その中から魚が現れた。赤黒模様の淡水魚は湖底へ向かって水中を突き進む。その先には、ドラム缶を横倒しにしたような建造物があった。魚はその横の、開いたハッチに入る。

 耳障りなアラートとともにハッチが閉まり、水が抜けていく。
 ピチピチと床で跳ねる魚が人型の光に変化し、その中からコスモスが現れた。

「……泳ぐには、まだちょっと寒いな」

 猫耳をパタパタと動かしながら、コスモスは更衣室への水密扉を開いた。
 ロッカーから白衣を取り出し、衣装の上に羽織る。IDを首にかけながら更衣室を出ると、白衣の男性が待っていた。

「主任、もう知多野の開発担当が来てます」
「早いね。でも私も早く見たいよ。なんて言ったっけ?」
「特32式25ミリ多目的弾射出機です」
「それそれ。試射できそう?」
「ほぼ完成してるらしいですよ」
「そりゃ楽しみ」

 話しながら、コスモスたちは“携行火器試験室”と書かれた扉に入った。指紋と虹彩とIDと、ミフ粒子固有振動数のセキュリティチェックを受ける。
 コスモスがスキャナーにかざしたIDには、こう書かれていた。

 “国立琵琶湖魔法研究所 主任研究員”
 “国連怪獣対策センター 怪獣災害特別対策室室長”
 “黒枝秋桜(くろえコスモス)


「なるほど、精神感応バネ(テレパスプリング)ですか」
「ええ、これならトリガーを引いた時にだけ反発力を発揮できます」

 射撃ブースに立ったコスモスは、手に持った銃の中身、銃身の後方に仕込まれた小さな円筒を突付いた。

「バネには見えないな」
「バネと言っても、実体は任意伸展可能な極小フラクタル構造の積層ミフマテリアルです」
「なるほど。好きな時にだけバネになる、と」
「はい。例の、ドローンのモーターからヒントを得まして」

 コスモスは、この銃の開発部長だという男性の顔を見た。

「原理不明なものからよく……」

 腹の出っ張りの目立つ中年男性は、謙遜するように両手を振った。

「や、解明したわけではないんです! たまたま、たまたまです! それに、まだまだ改良の余地があります」
「……確かに。連射はできないか?」

 男性は複雑な表情を浮かべる。
 
「汎用性とのトレードオフですね。機構も複雑になって故障率も上がります。単発式ならシンプルなので安定性が高く、対応弾種も拡張性も保てます」
「……厳しいか」
「これは戦うための武器というより、生き残るための道具なんでしょう? 戦闘能力ではなく生存性を求めるなら、その方がいいかと」

 コスモスは少し考えてから、頷いた。

「生き残るための道具……そう、そうだな。それを忘れていたかもしれない」
「アンカーを銛代わりに、魚でも獲って食べたらいいんですよ。そのために連射性能は要りません」

 苦笑しながら、コスモスは試作品を男性に渡す。

「魚獲りは冗談としても、できる限り汎用性は高めたいな」
「ええ、アタッチメントについてもいろいろ検討しています。スコープも電源不要のものを……」

 説明を聞きながら、コスモスは先程の男性の言葉を反芻していた。

 戦うためでなく、生き残るための道具。

 そして思う。
 マギラも、そうあって欲しい、と。


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次のエピソードへ進む 第23話 王都のお上りさん


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 地上一万メートルに、猫耳少女がいた。
 ピンクのボブカットも鮮やかに、飛行機に乗るその少女の見た目は十代前半。赤と黒を基調にして、随所にフリルやリボンをあしらった華やかな衣装は、この場においては異様である。だがその表情は容姿の印象とは程遠く、硬い。
 そして通話相手への口調もまた、硬質なものだった。
「資料をご覧になってないんですか? 一人が限界です。――いえ、コストの問題です。そちらの国家予算全部使えば、戦車とその乗員くらいは転送できるかもしれませんよ。ミフマテリアルか魔法少女じゃないと、消滅しますけど。――はい?」
 少女はスカートのリボンを弄びながら、若干イラついたような口調で話している。
「それも載ってますが? あの機体はミフマテリアル製です。――それは、運用できるのが藤沢だけだからです。莫大なミフ粒子を持った魔法少女でなけれ……。――私? 動かせますが、“収納”できないんです。――そう、異世界に行くのに、です。じゃなきゃ意味がないでしょう?」
 しばし、猫耳少女は通話を続けた。
「はい。――いえ、こちらこそご尽力には感謝してます。――はい。――そう伝えます。――はい。それでは、ごきげんよう大統領」
 通話を切り、少女はため息をついた。
 突然、その脳裏に声が響く。
〈フライドチキンください〉
 もう一度ため息をつき、少女は虚空にしゃべりかけた。
「なっちゃんか。|地上《した》にいるの?」
〈つれないなあ。研究所だよ〉
「よく届いたね、テレパシー」
〈専門だもん。このくらいはね。通話してたの?〉
 少女は見えない相手に、肩をすくめてみせる。
「知り合いのおじさんと。何か用?」
〈こっち、いつ頃着きそう?〉
「もうすぐ着く。そうだ、ちょうど聞こうと思ってたんだ。意思疎通魔法の進捗は?」
〈スワヒリ語のネイティブと会話できたから、もう十分だと思うよ。これなら異世界の人類とも、すぐにコミュニケーション取れるはず。先生としての義務も果たせたかなって。マナちゃん、頑張ってくれたしね〉
「頑張りすぎなんだ、あの子は」
 少女がため息をつき、沈黙。
〈……何かお悩み?〉
「なっちゃん、お金貸して」
〈いくら?〉
「百兆円くらい」
〈ちょっと持ち合わせ無いや。何買うの?〉
「人工ダイヤモンド」
〈転移装置の?〉
「そう」
〈コスモス、まだ自分も行こうとしてる?〉
 コスモスと呼ばれた少女は、答えない。
〈……しょうがないよ。もう準備は進んじゃってる。コスモスのせいじゃない〉
「でも、私の立てた計画だ。怪獣が異世界から来ることを突き止めたのも、マナを見つけたのも、魔法少女を異世界に送るアイデアも、全部私だ」
〈私たちみんなだよ。研究所と、対策センターのみんな。だからマギラを作ってるんでしょ。マナちゃんのために〉
 コスモスは天を仰いだ。
「……マナのために、か。異世界にたった一人転移するあの子に、人類最強の兵器を与える。私たちにはそれしかできない。それって、優しさ?」
 しばしの沈黙。
〈……考え過ぎ。誰かがあの子の才能に気付いたら、結局同じ結果になってたはず。なら、その誰かだった私たちで最善を尽くすのが筋でしょ〉
「そう、かな……。私が変身魔法じゃなくて“収納と顕現”を使えたら良かったのに」
〈それはそれで、怪獣の犠牲になる人が増えてたはずだよ〉
 コスモスは苦笑した。
「なっちゃん、それは買いかぶり過ぎだよ」
〈最強の魔法少女が何言ってんの。私たち魔法少女は今まで、できる限りやってきた。マナちゃんにもできる限りのことをして、送り出そうよ〉
 それがあの子を苦しめるんじゃないか。よりにもよって、怪獣のせいで孤独になったあの子を。
 コスモスはそう思ったが、言わなかった。
「……そろそろ着く。七番ハッチ、開けといて」
 言うなり、コスモスは|ジ《・》|ェ《・》|ッ《・》|ト《・》|飛《・》|行《・》|機《・》|の《・》|上《・》から身を投げた。
〈飛行機、タダ乗りしてない?〉
「人聞き悪いな。プライベートの特等席だよ」
 コスモスは、防護魔法で時速三百キロの風圧を弾きながら地上を確認する。眼下には、日本最大の湖が広がっていた。
 湖面に浮かぶ大きな施設、国立琵琶湖魔法研究所と、併設の国連怪獣対策センターがよく見える。コスモスは速度そのまま、水面に頭から飛び込んだ。
 研究所のそばに水柱が立つ。窓からそれを見た職員たちは思ったことだろう。
 またか、と。
 水中をキラキラと青い粒子が舞い、その中から魚が現れた。赤黒模様の淡水魚は湖底へ向かって水中を突き進む。その先には、ドラム缶を横倒しにしたような建造物があった。魚はその横の、開いたハッチに入る。
 耳障りなアラートとともにハッチが閉まり、水が抜けていく。
 ピチピチと床で跳ねる魚が人型の光に変化し、その中からコスモスが現れた。
「……泳ぐには、まだちょっと寒いな」
 猫耳をパタパタと動かしながら、コスモスは更衣室への水密扉を開いた。
 ロッカーから白衣を取り出し、衣装の上に羽織る。IDを首にかけながら更衣室を出ると、白衣の男性が待っていた。
「主任、もう知多野の開発担当が来てます」
「早いね。でも私も早く見たいよ。なんて言ったっけ?」
「特32式25ミリ多目的弾射出機です」
「それそれ。試射できそう?」
「ほぼ完成してるらしいですよ」
「そりゃ楽しみ」
 話しながら、コスモスたちは“携行火器試験室”と書かれた扉に入った。指紋と虹彩とIDと、ミフ粒子固有振動数のセキュリティチェックを受ける。
 コスモスがスキャナーにかざしたIDには、こう書かれていた。
 “国立琵琶湖魔法研究所 主任研究員”
 “国連怪獣対策センター 怪獣災害特別対策室室長”
 “|黒枝秋桜《くろえコスモス》”
「なるほど、|精神感応バネ《テレパスプリング》ですか」
「ええ、これならトリガーを引いた時にだけ反発力を発揮できます」
 射撃ブースに立ったコスモスは、手に持った銃の中身、銃身の後方に仕込まれた小さな円筒を突付いた。
「バネには見えないな」
「バネと言っても、実体は任意伸展可能な極小フラクタル構造の積層ミフマテリアルです」
「なるほど。好きな時にだけバネになる、と」
「はい。例の、ドローンのモーターからヒントを得まして」
 コスモスは、この銃の開発部長だという男性の顔を見た。
「原理不明なものからよく……」
 腹の出っ張りの目立つ中年男性は、謙遜するように両手を振った。
「や、解明したわけではないんです! たまたま、たまたまです! それに、まだまだ改良の余地があります」
「……確かに。連射はできないか?」
 男性は複雑な表情を浮かべる。
「汎用性とのトレードオフですね。機構も複雑になって故障率も上がります。単発式ならシンプルなので安定性が高く、対応弾種も拡張性も保てます」
「……厳しいか」
「これは戦うための武器というより、生き残るための道具なんでしょう? 戦闘能力ではなく生存性を求めるなら、その方がいいかと」
 コスモスは少し考えてから、頷いた。
「生き残るための道具……そう、そうだな。それを忘れていたかもしれない」
「アンカーを銛代わりに、魚でも獲って食べたらいいんですよ。そのために連射性能は要りません」
 苦笑しながら、コスモスは試作品を男性に渡す。
「魚獲りは冗談としても、できる限り汎用性は高めたいな」
「ええ、アタッチメントについてもいろいろ検討しています。スコープも電源不要のものを……」
 説明を聞きながら、コスモスは先程の男性の言葉を反芻していた。
 戦うためでなく、生き残るための道具。
 そして思う。
 マギラも、そうあって欲しい、と。