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第3話 魔法使いユリアム

ー/ー



 どすんっ、という音で我に返った。
 わけの分からぬまま、三人の男は全員目を回していた。

 目の前の出来事が、信じられなかった。女の子が大の男を瞬く間に叩き伏せ、投げ飛ばしたのだ。

「ふぅ」

 女の子が息を吐いた。汗一つかいていない。真っ黒な短い髪に、大きな目。幼さの残る顔は、自分よりだいぶ年下に見える。

 ……しかし奇妙な格好だ。
 上下揃いの、見たこともない模様の短い服。わざわざ裾を切り詰めているのか? その胸に見慣れない紋章が二つある。一つは白地の中央に赤い丸。もう一つは小さな青い星と、その下に同じ色の横線一本。だが紋章にしては単純過ぎる。その横の模様は……文字だろうか?

 腕と脚は黒い布で覆われていて、足にはブーツ。だがそれは鎧のように(いか)つく、とても女の子が履くような代物には見えない。

 奇妙ではある。だが全体的に洗練され、まとまりのある印象も受けた。そこらの、勘違いした魔法使い連中とは明らかに違う。
 この子が外国人ならば、民族衣装なのかもしれない。

「ケガはありませんか?」
「ふぇっ!?」

 気付けば腰を抜かしてへたり込み、杖に寄りかかっていた。よろよろと立ち上がる。

「だ、大丈夫、大丈夫……」
「それは良かったです」

 実際は、大丈夫ではなかった。
 初めて来た街。寝苦しい宿から出て、馬車を助けようと思ったらならず者に絡まれ、頭が真っ白になっていた所にこれだ。足元がふわふわする感覚に酔い、ただ呆然と黒髪の少女の顔を見る。

 ……よく見れば、かわいい顔をしていた。自分よりも頭半分ほど背が低いせいで、余計にそう感じるのだろう。
 こんなかわいいのに、あんなに強くて、しかも落ち着いているなんて……。

「あの……自分に何か?」
「えっ」

 いつの間にか、女の子の顔に見入っていた。
 そうだ、助けてくれたお礼をしなければ。それと名前も……。

「おい! 何をしてる!」

 路地の奥から声がした。
 振り向くと、街の警備兵だ。騒ぎを聞きつけたのだろう。
 まずい。こんな惨状では、少女が一方的に捕まるかもしれない。
 そう思って向き直ると、少女はもう通りの方へ駆け出していた。

「……待って!」

 少女が落とした妙な形のマントを拾い、後を追う。

「君! 待ちなさい! うわっ!?」
「に、逃げんじゃねえ!」

 警備兵と、目を覚ましたならず者の声を無視して、必死で走った。
 
 広場に入った少女は、人々の間を縫って駆けていく。……異様に足が速い。
 肩に食い込むリュックを恨みながら、懸命に足を動かす。
 黒髪が広場の反対側の道へ消えるのが、かろうじて見えた。が、そこまでたどり着いた所で限界が来た。

「はひーっ! はひーっ!」

 杖を支えになんとか歩く。
 諦めたくなかった。

 魔法学校を卒業して以来、嫌なことばかり。七つ星の最高成績は、故郷の田舎では何の役にも立たなかった。
 分からず屋の両親も、いつも男と間違えられるユリアムという自分の名前も、安宿の硬いベッドも。そして勢いだけで家を飛び出した自分も、何もかもすべてが嫌だった。

 こんなはずじゃなかった。
 卒業したら地元で大成し、輝かしい人生が待っている……と思っていた。
 でも、そうはならなかった。

 あの黒髪の少女が何かを、この鬱屈した現状を変えてくれるかもしれない。今さっき、自分の危機を救ってくれたように。ユリアムは根拠も何もなく、そう思っていた。

 だが少女を見失った今、それもまた叶わない。自分は、この先ずっとこうなのかもしれない。きっと最後は七つ星の記念メダルを胸に、誰にも看取られること無く、どこかで野垂れ死ぬのだ。
 そう思うと、ますます体に力が入らなくなった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 足が止まる。
 膝に手をつき、俯いて息を整える。周りの喧騒から、勝手な疎外感を受ける。視界には揺れる金髪と、安物の革ブーツ。その背景の石畳が、じわりと歪んだ。

「持ってきてくれたんですか」

 声に、顔を上げる。目の前に、あの女の子がいた。自分と違い、息一つ切らしていない。
 慌てて、顔を拭う。

「あ、あの、その……」
「ありがとうございます。すみません、逃げてしまって。面倒に巻き込まれたくなかったので」

 マントを手渡し、混乱する頭をなんとか宥めた。荒い呼吸のまま、肺から空気を絞り出す。

「あ、ありがとう! 助けてくれて!」
「え? ああ、それは構いません。自分が勝手にやったことなので」
「でも、私も助かったから!」
「じゃあ、どういたしまして」

 少女は丁寧に頭を下げた。

「な、名前! 名前教えて! あっ……」

 言ってから、自分は名乗っていないことに気付いた。慌てて名乗ろうとして、先を越される。

「自分はマナと言います」
「わ、私は……」

 ユリアムは少しためらい、言った。

「ゆ、ユリ! 魔法使いのユリ!」
「魔法、使い……の、ユリ……さんですか」

 マナは目を開いて驚いた様子だが、そんなに強く言ってしまったんだろうか?
 息を整える。
 
「うん。でも“さん”は付けなくて良いよ!」
「いえ、礼儀なので。……じゃあユリさん、お元気で」

 そっけなく別れようとするマナの手を、咄嗟に掴んでしまった。

「……まだ何か?」
「あっごめん……その、えっと」

 何か、何かないか。マナを引き留める理由が。何か……。
 その時、香ばしくいい匂いが鼻をくすぐった。近くにある、食堂からの匂いだった。

「……お腹! お腹空いてない?」

 マナが、こちらに向き直った。そのお腹が、きゅるるる……と鳴ったのが確かに聞こえた。
 いつの間にか、足元の影は短くなっていた。


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 どすんっ、という音で我に返った。
 わけの分からぬまま、三人の男は全員目を回していた。
 目の前の出来事が、信じられなかった。女の子が大の男を瞬く間に叩き伏せ、投げ飛ばしたのだ。
「ふぅ」
 女の子が息を吐いた。汗一つかいていない。真っ黒な短い髪に、大きな目。幼さの残る顔は、自分よりだいぶ年下に見える。
 ……しかし奇妙な格好だ。
 上下揃いの、見たこともない模様の短い服。わざわざ裾を切り詰めているのか? その胸に見慣れない紋章が二つある。一つは白地の中央に赤い丸。もう一つは小さな青い星と、その下に同じ色の横線一本。だが紋章にしては単純過ぎる。その横の模様は……文字だろうか?
 腕と脚は黒い布で覆われていて、足にはブーツ。だがそれは鎧のように|厳《いか》つく、とても女の子が履くような代物には見えない。
 奇妙ではある。だが全体的に洗練され、まとまりのある印象も受けた。そこらの、勘違いした魔法使い連中とは明らかに違う。
 この子が外国人ならば、民族衣装なのかもしれない。
「ケガはありませんか?」
「ふぇっ!?」
 気付けば腰を抜かしてへたり込み、杖に寄りかかっていた。よろよろと立ち上がる。
「だ、大丈夫、大丈夫……」
「それは良かったです」
 実際は、大丈夫ではなかった。
 初めて来た街。寝苦しい宿から出て、馬車を助けようと思ったらならず者に絡まれ、頭が真っ白になっていた所にこれだ。足元がふわふわする感覚に酔い、ただ呆然と黒髪の少女の顔を見る。
 ……よく見れば、かわいい顔をしていた。自分よりも頭半分ほど背が低いせいで、余計にそう感じるのだろう。
 こんなかわいいのに、あんなに強くて、しかも落ち着いているなんて……。
「あの……自分に何か?」
「えっ」
 いつの間にか、女の子の顔に見入っていた。
 そうだ、助けてくれたお礼をしなければ。それと名前も……。
「おい! 何をしてる!」
 路地の奥から声がした。
 振り向くと、街の警備兵だ。騒ぎを聞きつけたのだろう。
 まずい。こんな惨状では、少女が一方的に捕まるかもしれない。
 そう思って向き直ると、少女はもう通りの方へ駆け出していた。
「……待って!」
 少女が落とした妙な形のマントを拾い、後を追う。
「君! 待ちなさい! うわっ!?」
「に、逃げんじゃねえ!」
 警備兵と、目を覚ましたならず者の声を無視して、必死で走った。
 広場に入った少女は、人々の間を縫って駆けていく。……異様に足が速い。
 肩に食い込むリュックを恨みながら、懸命に足を動かす。
 黒髪が広場の反対側の道へ消えるのが、かろうじて見えた。が、そこまでたどり着いた所で限界が来た。
「はひーっ! はひーっ!」
 杖を支えになんとか歩く。
 諦めたくなかった。
 魔法学校を卒業して以来、嫌なことばかり。七つ星の最高成績は、故郷の田舎では何の役にも立たなかった。
 分からず屋の両親も、いつも男と間違えられるユリアムという自分の名前も、安宿の硬いベッドも。そして勢いだけで家を飛び出した自分も、何もかもすべてが嫌だった。
 こんなはずじゃなかった。
 卒業したら地元で大成し、輝かしい人生が待っている……と思っていた。
 でも、そうはならなかった。
 あの黒髪の少女が何かを、この鬱屈した現状を変えてくれるかもしれない。今さっき、自分の危機を救ってくれたように。ユリアムは根拠も何もなく、そう思っていた。
 だが少女を見失った今、それもまた叶わない。自分は、この先ずっとこうなのかもしれない。きっと最後は七つ星の記念メダルを胸に、誰にも看取られること無く、どこかで野垂れ死ぬのだ。
 そう思うと、ますます体に力が入らなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 足が止まる。
 膝に手をつき、俯いて息を整える。周りの喧騒から、勝手な疎外感を受ける。視界には揺れる金髪と、安物の革ブーツ。その背景の石畳が、じわりと歪んだ。
「持ってきてくれたんですか」
 声に、顔を上げる。目の前に、あの女の子がいた。自分と違い、息一つ切らしていない。
 慌てて、顔を拭う。
「あ、あの、その……」
「ありがとうございます。すみません、逃げてしまって。面倒に巻き込まれたくなかったので」
 マントを手渡し、混乱する頭をなんとか宥めた。荒い呼吸のまま、肺から空気を絞り出す。
「あ、ありがとう! 助けてくれて!」
「え? ああ、それは構いません。自分が勝手にやったことなので」
「でも、私も助かったから!」
「じゃあ、どういたしまして」
 少女は丁寧に頭を下げた。
「な、名前! 名前教えて! あっ……」
 言ってから、自分は名乗っていないことに気付いた。慌てて名乗ろうとして、先を越される。
「自分はマナと言います」
「わ、私は……」
 ユリアムは少しためらい、言った。
「ゆ、ユリ! 魔法使いのユリ!」
「魔法、使い……の、ユリ……さんですか」
 マナは目を開いて驚いた様子だが、そんなに強く言ってしまったんだろうか?
 息を整える。
「うん。でも“さん”は付けなくて良いよ!」
「いえ、礼儀なので。……じゃあユリさん、お元気で」
 そっけなく別れようとするマナの手を、咄嗟に掴んでしまった。
「……まだ何か?」
「あっごめん……その、えっと」
 何か、何かないか。マナを引き留める理由が。何か……。
 その時、香ばしくいい匂いが鼻をくすぐった。近くにある、食堂からの匂いだった。
「……お腹! お腹空いてない?」
 マナが、こちらに向き直った。そのお腹が、きゅるるる……と鳴ったのが確かに聞こえた。
 いつの間にか、足元の影は短くなっていた。