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第1話 闇を裂く旋光

ー/ー



 地上六千メートルに、裸の少女が現れた。
 意識は無い。墨を垂らした夜空に一人、白い裸体が落ちていく。
 数秒後、鼓膜を震わす風切り音に(まぶた)が開いた。黒いその眼に一面映る、星を散らした空の果て。

「っ!」
 
 丸裸にのしかかる宇宙の圧力と、惑星の重力に挟まれた身体が無意識に強張る。思わず吸い込んだ薄い空気は肺を焼くような冷たさだ。
 だが少女は、それが慣れたものであるかのように落ち着いていた。空中でバランスを取り、自分の置かれた状況を分析し始める。

 体は……無事だ。無傷で通り抜けられた。電磁気力喪失で意識を失っていた時間も、少しだけだろう。
 今いるのは予定高度に近い。地中でも、海中でも、宇宙でもない。誤差は許容範囲だ。

 この空にも、星があるのか。
 ……でも、知らない星空だ。しかも、月が二つ。
 だからつまり、()()()()()()なのだ。
 なら、次は。

 少女は口と手だけを素早く動かした。舌の鳴る音と滑らかなハンドサインの直後、細く締まった体を青い粒子が包み込む。
 光が消えると、少女は服を着ていた。

 黒の長袖インナーとレギンスの上に、迷彩柄のショートベストとショートパンツ。そして足には、無骨なブーツを履いている。

 風速二百キロに、黒いショートヘアと服の裾()()がばさばさと乱れ踊る。まるで少女の身体を見えない壁が包み、風圧から守っているかのようだ。

 腹ばい姿勢の少女は、地上を見た。月下の大地はそれでも暗く、ほとんど何も見えはしない。だが青白い雲の間に、橙色の光が見える。大小複数のそれはおそらく、街の灯りだ。
 街は、ほぼ真下にあった。

 ――これも計算通りだ。

 と、視界の端で何かが動いた。
 こんな高空に、動くもの? ……と思ったのも束の間、それはみるみるうちに大きくなった。羽ばたく翼が、月光に赤黒く光る。
 鳥、ではない。

「!」

 赤い鱗に巨大な翼、二十メートルはありそうな体躯で、空を飛んでいる……!

 少女は息を呑んだ。

 竜!? こんな生き物がいるとは……!

 竜は少女を睨みつけた。縄張りに侵入した、不届き者を見る眼だ。
 直後、翼を大きく広げた竜が、どん、と空気を叩いて突っ込んできた。大きく開いたその口には、鋭い牙!

 だが、ツッ、と舌を鳴らした瞬間、少女の身体があり得ない挙動を見せた。空中で急減速し、竜の突進を眼下にやり過ごしたのだ。
 竜の(あぎと)が、むなしく空を切る。

 不満げに唸った竜は、その身をうねらせターンした。今度は、落下する少女を追いかける形だ。もう減速回避は通用しない。

 すると少女は体を反転させ、迫りくる竜と相対した。その手元に青い粒子が集まり、何かを形作る。
 銃。
 それもブルパップ式と呼ばれる、コンパクトな形状の小銃だ。だがその口径はやけに大きく、いわゆるグレネードランチャー程もあった。
 少女は手慣れた様子で異形の銃を構えると、引き金にかかった指にほんの僅かに力を入れた。

 がしゅっ、という銃らしからぬ音とほぼ同時、竜が悲鳴を上げて悶えた。顔面に、少女が撃った散弾を浴びたのだ。
 
 即座、少女は身体を地上に向け、重力への抵抗をやめた。ごう、と体が空気を破り、耳元で風が暴れる。落下速度は時速三百キロ超。地上まで三十秒とかからない。

 背後から咆哮が轟く。怒り狂った竜が、瞼から血を流しつつ追ってくる。振り返った少女が顔をしかめた。
 このままでは、街にまで追ってくるかもしれない。

「仕方ない……」
 
 銃が青い粒子になって消えた。代わりに少女の右掌から、細長い半透明の直方体が飛び出す。小さなそれを左手に突き刺すように両手を合わせ、捻った。
 地上二千メートルに、鍵を回すような音が響く。そして少女は、呟いた。

「起動」
 
 言葉が波紋を広げるように、周囲の空間が歪んだ。

 青い粒子が渦を巻くように形をなし、灰銀(かいぎん)色の金属塊となった。それらは金属音を響かせながら互いに繋がり合い、一つの形を成していく。

 わずか数秒でパーツ群は少女を包み込み、頭と四肢と、長い尾を持つ巨大なシルエットと化した。それは竜を遥かに上回る、圧倒的な大きさだ。身を捩るだけで風が逆巻き、関節の(きし)みが空気を揺らす。

 両眼に青い光を宿したそれは、各所から地上に向けて青白いプラズマを噴き出す。甲高い噴射音とともに、巨影は空中でホバリングした。

 追いついた竜が、周囲を旋回する。巨影に怯まず吠えた直後、その口内に炎が揺らめき、溢れ迸った。

 竜を最強たらしめる灼熱の吐息(ブレス)が、巨影を直撃した。

 必殺の炎を吐き切った竜は、しかしその目を見開いた。炎を弾いた灰銀色の体表は、月光を孕んで鈍く輝くのみ。焦げ跡すらも、付いてはいない。

「この生き物は……小さすぎる」

 内部で少女が呟くと、今度は巨影が口を開く。喉奥の左右二か所に光が集まり、その輝きが青から琥珀色、そして白へと変化する。

 次の瞬間、光の二重螺旋が夜闇(よやみ)を裂いた。

 光が通り抜けた跡、トンネル状にくり抜かれた雲の中をばちばちとスパークが走った。空気の焦げる匂いと音。それは光跡のすぐ横にいた竜にも、確かに感じ取れただろう。直撃していれば、どうなっていたかも。

「これで分かったはず。逃げてくれれば……」

 その思いが通じたのか、悔しげに喉を鳴らした竜はくるりと身を翻し、夜空の彼方へと飛んでいった。

 竜が去ったのを見届けると、巨影は青い粒子となって消えた。
 首元だった場所に、少女がいた。そのまま街の灯りに向けて落下していく。目標は少しずらして、街の外へ。

 少女は街のすぐ側の林の中へ、まるで階段でも降りるかのようにすとんと着地した。その右胸には日の丸と、横線の上の一つ星。そして金字の刺繍がある。

“藤沢麻奈(マナ) MANA.FUJISAWA”。

 それが、少女の名前だった。
 少女……マナは再び銃を出し、何かを銃床(ストック)の下に押し付けた。かしゃん、という音。再装填した銃を構え、姿勢を低くして辺りを警戒する。
 
 前、左右、後ろ。木々の間に、動くものは見えない。上空も見るが、あの赤い竜はもうどこにも見えなかった。

 かーん、かーん、かーん。
 半鐘のような音が聞こえた。見れば、街の周りで松明らしき灯りがいくつも動いている。

 マナは歯噛みした。
 空であれだけの騒ぎを起こしたのだ。警戒してもおかしくはない。
 ()()()の情報を得るには、街の人々の話が聞きたい。バレずに街に入るなら、夜のうちだ。

 街は、高い城壁で囲われている。当然、城門から入るのは難しい。
 となれば……。

「……」

 マナは、傍らの大きな針葉樹を見上げた。


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 地上六千メートルに、裸の少女が現れた。
 意識は無い。墨を垂らした夜空に一人、白い裸体が落ちていく。
 数秒後、鼓膜を震わす風切り音に|瞼《まぶた》が開いた。黒いその眼に一面映る、星を散らした空の果て。
「っ!」
 丸裸にのしかかる宇宙の圧力と、惑星の重力に挟まれた身体が無意識に強張る。思わず吸い込んだ薄い空気は肺を焼くような冷たさだ。
 だが少女は、それが慣れたものであるかのように落ち着いていた。空中でバランスを取り、自分の置かれた状況を分析し始める。
 体は……無事だ。無傷で通り抜けられた。電磁気力喪失で意識を失っていた時間も、少しだけだろう。
 今いるのは予定高度に近い。地中でも、海中でも、宇宙でもない。誤差は許容範囲だ。
 この空にも、星があるのか。
 ……でも、知らない星空だ。しかも、月が二つ。
 だからつまり、|こ《・》|こ《・》|は《・》|目《・》|的《・》|地《・》なのだ。
 なら、次は。
 少女は口と手だけを素早く動かした。舌の鳴る音と滑らかなハンドサインの直後、細く締まった体を青い粒子が包み込む。
 光が消えると、少女は服を着ていた。
 黒の長袖インナーとレギンスの上に、迷彩柄のショートベストとショートパンツ。そして足には、無骨なブーツを履いている。
 風速二百キロに、黒いショートヘアと服の裾|だ《・》|け《・》がばさばさと乱れ踊る。まるで少女の身体を見えない壁が包み、風圧から守っているかのようだ。
 腹ばい姿勢の少女は、地上を見た。月下の大地はそれでも暗く、ほとんど何も見えはしない。だが青白い雲の間に、橙色の光が見える。大小複数のそれはおそらく、街の灯りだ。
 街は、ほぼ真下にあった。
 ――これも計算通りだ。
 と、視界の端で何かが動いた。
 こんな高空に、動くもの? ……と思ったのも束の間、それはみるみるうちに大きくなった。羽ばたく翼が、月光に赤黒く光る。
 鳥、ではない。
「!」
 赤い鱗に巨大な翼、二十メートルはありそうな体躯で、空を飛んでいる……!
 少女は息を呑んだ。
 竜!? こんな生き物がいるとは……!
 竜は少女を睨みつけた。縄張りに侵入した、不届き者を見る眼だ。
 直後、翼を大きく広げた竜が、どん、と空気を叩いて突っ込んできた。大きく開いたその口には、鋭い牙!
 だが、ツッ、と舌を鳴らした瞬間、少女の身体があり得ない挙動を見せた。空中で急減速し、竜の突進を眼下にやり過ごしたのだ。
 竜の|顎《あぎと》が、むなしく空を切る。
 不満げに唸った竜は、その身をうねらせターンした。今度は、落下する少女を追いかける形だ。もう減速回避は通用しない。
 すると少女は体を反転させ、迫りくる竜と相対した。その手元に青い粒子が集まり、何かを形作る。
 銃。
 それもブルパップ式と呼ばれる、コンパクトな形状の小銃だ。だがその口径はやけに大きく、いわゆるグレネードランチャー程もあった。
 少女は手慣れた様子で異形の銃を構えると、引き金にかかった指にほんの僅かに力を入れた。
 がしゅっ、という銃らしからぬ音とほぼ同時、竜が悲鳴を上げて悶えた。顔面に、少女が撃った散弾を浴びたのだ。
 即座、少女は身体を地上に向け、重力への抵抗をやめた。ごう、と体が空気を破り、耳元で風が暴れる。落下速度は時速三百キロ超。地上まで三十秒とかからない。
 背後から咆哮が轟く。怒り狂った竜が、瞼から血を流しつつ追ってくる。振り返った少女が顔をしかめた。
 このままでは、街にまで追ってくるかもしれない。
「仕方ない……」
 銃が青い粒子になって消えた。代わりに少女の右掌から、細長い半透明の直方体が飛び出す。小さなそれを左手に突き刺すように両手を合わせ、捻った。
 地上二千メートルに、鍵を回すような音が響く。そして少女は、呟いた。
「起動」
 言葉が波紋を広げるように、周囲の空間が歪んだ。
 青い粒子が渦を巻くように形をなし、|灰銀《かいぎん》色の金属塊となった。それらは金属音を響かせながら互いに繋がり合い、一つの形を成していく。
 わずか数秒でパーツ群は少女を包み込み、頭と四肢と、長い尾を持つ巨大なシルエットと化した。それは竜を遥かに上回る、圧倒的な大きさだ。身を捩るだけで風が逆巻き、関節の|軋《きし》みが空気を揺らす。
 両眼に青い光を宿したそれは、各所から地上に向けて青白いプラズマを噴き出す。甲高い噴射音とともに、巨影は空中でホバリングした。
 追いついた竜が、周囲を旋回する。巨影に怯まず吠えた直後、その口内に炎が揺らめき、溢れ迸った。
 竜を最強たらしめる灼熱の|吐息《ブレス》が、巨影を直撃した。
 必殺の炎を吐き切った竜は、しかしその目を見開いた。炎を弾いた灰銀色の体表は、月光を孕んで鈍く輝くのみ。焦げ跡すらも、付いてはいない。
「この生き物は……小さすぎる」
 内部で少女が呟くと、今度は巨影が口を開く。喉奥の左右二か所に光が集まり、その輝きが青から琥珀色、そして白へと変化する。
 次の瞬間、光の二重螺旋が|夜闇《よやみ》を裂いた。
 光が通り抜けた跡、トンネル状にくり抜かれた雲の中をばちばちとスパークが走った。空気の焦げる匂いと音。それは光跡のすぐ横にいた竜にも、確かに感じ取れただろう。直撃していれば、どうなっていたかも。
「これで分かったはず。逃げてくれれば……」
 その思いが通じたのか、悔しげに喉を鳴らした竜はくるりと身を翻し、夜空の彼方へと飛んでいった。
 竜が去ったのを見届けると、巨影は青い粒子となって消えた。
 首元だった場所に、少女がいた。そのまま街の灯りに向けて落下していく。目標は少しずらして、街の外へ。
 少女は街のすぐ側の林の中へ、まるで階段でも降りるかのようにすとんと着地した。その右胸には日の丸と、横線の上の一つ星。そして金字の刺繍がある。
“藤沢|麻奈《マナ》 MANA.FUJISAWA”。
 それが、少女の名前だった。
 少女……マナは再び銃を出し、何かを|銃床《ストック》の下に押し付けた。かしゃん、という音。再装填した銃を構え、姿勢を低くして辺りを警戒する。
 前、左右、後ろ。木々の間に、動くものは見えない。上空も見るが、あの赤い竜はもうどこにも見えなかった。
 かーん、かーん、かーん。
 半鐘のような音が聞こえた。見れば、街の周りで松明らしき灯りがいくつも動いている。
 マナは歯噛みした。
 空であれだけの騒ぎを起こしたのだ。警戒してもおかしくはない。
 |ヤ《・》|ツ《・》|ら《・》の情報を得るには、街の人々の話が聞きたい。バレずに街に入るなら、夜のうちだ。
 街は、高い城壁で囲われている。当然、城門から入るのは難しい。
 となれば……。
「……」
 マナは、傍らの大きな針葉樹を見上げた。