この村の秋の収穫祭は三日間にわたって村の人たちを楽しませてくれる。
毎年、十月の第一週は祭りの準備で姉さんたちは大忙しなのだけど、舞台つくりなんかの力仕事に汗を流しながら、口許には、何か恥ずかしさと嬉しさの混ざった笑みが浮かんでいる。
その笑みが何を意味するのか、なんとなくわかってきたのは数年前。
淫らという言葉の感覚が自分の中にも芽生えてくる頃だった。
久里神社は村はずれの小山の上にあぐらをかくようにして鎮座している。
金文字で装飾された朱塗りの鳥居、そしてその階段下には広い参道があり、祭りの時はその両脇に出店がたくさん並ぶ。
赤や黄色のちょうちんが吊るされた、夜でも煌煌と明るい出店の列を眺めると、今でも胸が高鳴ってくる。
そして、りんご飴や焼き鳥などの店が並ぶその通りから、少し歩いたところ、街灯があまり無くて暗く沈んだ場所に、男飼の来る敷地がある。
鉄条網でしきられたその場所は、広さが30メートル四方くらいで、秋祭りの時はそこに四戸から五戸の小屋が即席で建てられる。
常設のものは一番奥にある倉庫だけだった。
高い位置に明り取りがあるだけで、窓のない倉庫。
中に何があるのか、それは子供の知ってはいけない事だと言われていた。
その中に入っていいのは十八歳以上の姉さん達だけだから。
特に、その年十八歳になった娘達は強制的につれて来られる。
男飼デビューなどと言われて、年上の姉さん達に冷やかされたりする。
本人は嬉しさと怖さが交じり合った複雑な表情で、そんな冷やかしの中、先輩または母親に連れられて、提灯がほのかに照らす参道をゆっくりと歩いていく。
私もいずれはそうやってあの中に入る時が来るのだろうけど、実は私は一度すでに入った事がある。
私が六歳になったばかりの頃だった。
飼い犬のジロがまだ遊び盛りの子犬の頃だ。
夕暮れの散歩の時、ふとした拍子に鎖が外れてしまって、ジロが勢いよく駆け出してしまったのだ。
私は心細さに泣きながらその薄暗くなった道をジロを追って走った。ちょうど祭りの前日の事だった。
夕暮れから夜に移ろうという時、西の空の筋雲が茜色に染まっていた。
提灯などの飾りつけは済んでいるけど、明かりはまだ灯されていなかったから、風にゆれるくらげのようなその列は、まるでお化けみたいに見えて、普段よりいっそう通りを恐ろしく見せていた。
やっとジロを見つけたのは、錆びた鉄条網の前だった。
倉庫が目の前にあった。
男飼の敷地の裏側に回って来てしまったのだ。
いつもは静かな闇に沈んでいる木造の倉庫が、その日は屋根のすぐ下の明り取りの窓から明々と光を漏らしていた。
人の声も少し聞こえる。
聞いた事のない言葉使いに低いドラ声。私の背中の産毛が逆立った。
その倉庫に気を取られた隙に、またジロに逃げられた。ジロは遊んでいるつもりなのだ。
錆びて切れ切れになっている鉄条網を潜り抜けて、ジロが男飼の敷地に入っていった。
呼んでも戻って来ないジロを追って、仕方なく私はジロが入ったのと同じ場所から入り込んでいった。
背中の服の生地が引っかかってキリキリと嫌な音を立てる。髪の毛にまとわりつく鉄のとげをはらいながら何とか侵入した。
倉庫の裏手を回って、側面に向かう。
ジロは少し進んでは、振りかえって私を待つ。
私が進むと同じだけジロも進むから、距離はぜんぜん縮まらない。誰かに見つからないかとはらはらしながらジロを追いかける。
近くに人はいないようだ。さっき聞こえていた声は倉庫の中からだったのだろう。
倉庫の側面から表側に出てみると、そこは小屋に囲まれたちょっとした広場になっていた。
ススキを刈り取った跡が生々しい匂いを発散していた。
倉庫の入り口の電灯で、この辺は明るく照らされていた。そこで私はやっとジロを捕まえる事ができた。鎖をしっかり結んで解けないようにしていると、倉庫の入り口が開いて人の出てくる気配がした。
私はジロを引っ張って、急いで小屋の裏に回った。
物陰からのぞくと、近所に住んでいる小夏姉さんが出てきた。
そしてその後から変な格好をしたおばさんが出てくる。
「今年はあまりいいのがいないね。去年のあの子はどうしたのさ」
小夏姉さんがおばさんに話しかけていた。
「いや、確かにね。言われるとおりなんですけどね。それでもオンは見た目より体力ですよ。今年のオンはどれでも、続けて十回はいけますよ」
揉み手をしながらおばさんは答えた。
「体力勝負だからね、オンは。でも去年のあのオンは気に入ってたんだけどな。見た目も体力も」
姉さんはまだあきらめきれない様子だ。
「あのオンは何処でも人気ナンバーワンでしてね。やり過ぎたんでしょうな。去年ここが終わって三つ目だったかな、北の方の村で息を引き取りました」
「まだ若かったのにね」
「ええ、まだ十五歳だったですかね。私も大変残念でした」
「じゃあ、とりあえず味見してみるから、自慢のオンを三匹くらい連れてきてみて」
姉さんはそう言って私の隠れている横の小屋に入っていった。
ドアを閉めて姉さんが中に入ると、おばさんはきびすを返して、三匹も一遍に食っちまうのかよ、好き者の姉さんだこと、と小さくつぶやいた。
その時、おなかを減らしたジロがクーンとひとつ鳴いた。
「誰かいるのかい?」
おばさんの怖い顔がこっちを向いた。
見つかってしまった。
のしのしと近寄ってきたおばさんは、いぼだらけの赤ら顔で眉毛が濃くすごく恐ろしい顔をしていた。
「こら、ここは股割れもしてない子供の来るところじゃないよ。すぐに出て行け」
意味のわからない言葉とその形相に怯えた私は大きな泣き声を上げる。
小屋から顔を出した小夏姉さんが、あら、ミチルちゃんじゃない。どうしたの、と声をかけてくれたところで、私の幼い頃の記憶は途切れていた。
「ミチル、今年の男飼デビュー何人いるか知ってる?」
私が給食の牛乳を飲んでいると、隣の席の亜由美が聞いてきた。
知らないから聞いてるのじゃなくて、私が知ってるか試している言い方だった。
「知ってるよそのくらい、十四人でしょ、近所では明子姉さんに奈々子姉さん、それくらいかな」
半分残った牛乳ビンを机に置く。
「一人忘れてるわよ。この地区のゆかり姉さんが実は今年十八歳だそうだよ」
「え、ゆかり姉さんもうそんな年なの?一緒に良く遊んでたからひとつしか離れてないと思ってたのに」
丸顔に二重まぶたの澄んだ目をしたゆかり姉さんは、私の幼馴染だった。小学生の低学年の頃、よく一緒にお人形さん遊びや縄跳びをした仲だ。
「童顔って言うんだろうね。でもゆかり姉さん、デビューを嫌がってるらしいよ」
男飼デビューを嫌がるのはそれほど珍しいことじゃない。
未知の場所につれていかれて、想像を絶する行為を強いられるそうだから、その前に予備知識をしこまれるからといって、簡単に納得できるものではないはずだ。
普通は誰もが通る道だからとか、慣れればすごく良くなって毎年男飼が来るのを首を長くして待つようになるんだとか、そんな事を言われてなんとなく納得してしまうのだ。
でも、人の成長はいろいろだから、ゆかり姉さんみたいに子供っぽい人は恐怖感が先に立ってもおかしくない。
だからといって男飼デビューを免れるほど、この村の掟は甘くは無い。
抵抗する姉さんは変なお酒を飲まされて歯向かう気力をなくさせられる。
そして、なぜか素っ裸に剥かれて、薄い浴衣を一枚着せられただけの恥ずかしい格好で、参道を歩かされるのだ。
辱めは手間をかけさせた罰だと思うけど、それにしても両手まで縛るのは行き過ぎじゃないかな。
風で前がはだけても隠す事もできないから、村中の人の前で胸やお股をさらし者にされるのだ。
そんな事を考えていたら、頬が熱くなってきた。
「ミチル、今エッチな事想像したでしょ」
亜由美は敏感なやつだ。
私は照れ隠しがばれないように、牛乳ビンを持ち上げると残りを一気に飲み干した。