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#16 闇の逃避行 その3 (カグヤ視点)

ー/ー



 不用意に攻められなくなったダスクに、ゼルレーク聖騎士団長が強気に迫る。


 じわじわと壁際へ後退させられていくダスクに、ゼルレーク聖騎士団長が駄目押しの一手を打とうとする。


「『紫陽の(フラッシュ)──』」


 再び紫外線を照射しようとするが、今度はダスクも読んでいた。


「『漆黒の貫光(アンノウン・エイム)』」


 左手の親指、人差し指、中指の先を向けると、そこから黒紫色のレーザービームが一直線に放たれた。
 後出ししても『紫陽の閃光花(フラッシュ・ハイドランジア)』よりも速度で(まさ)るそれが、ゼルレーク聖騎士団長の掌を貫通、魔法を不発に終わらせた。


「ぐああああ……ッ!?」


 手を撃ち抜かれたゼルレーク聖騎士団長が絶叫、大きな隙を見せた所をダスクの剣が襲い掛かる。
 これでダスクの勝利だと、私は確信した。


「──やれッ」


 しかし、ここで予想外の展開が起きる。


 ゼルレーク聖騎士団長の冷たい声と同時に、ダスクを狙って飛来する物体。
 それも一つではなく、何十という数。


 気付いたダスクが斬撃の軌道を変更するが、剣に当たった瞬間、その飛来物が砕け、内容物を撒き散らした。


「あれは……!」


 その瞬間、私は理解した。


 投げ込まれたのは大量の小瓶、そしてその中身は──


「うぐああああああああッ……!!」


 それを浴びたダスクの体から、たちまちジュウと音を立てて、異臭を漂わせる白い煙が上がる。
 掛かっただけでヴァンパイアの体を溶かし、痛手を与える液体。


「聖水……!?」


 聖水に耐性があると言ってもアンデッドである以上、量次第では軽傷では済まない。


 そして投げ付けたのは周りに居並ぶ聖騎士たちであり、投げさせたのは団長であるゼルレーク。
 正々堂々、一対一の決闘と神に誓いを立てておきながら、彼らはいつでも聖水を投げ付けられるよう準備していたのだ。


「隙ありだ」


 首を刎ねに掛かったゼルレーク聖騎士団長の剣を辛うじて防御したダスクだが、更なる追撃は逃れられない。
 蹴りがダスクの腹の真ん中を直撃、吹き飛んだ彼は背中から壁面に叩き付けられてダウン。


「うぐ……ッ」


 不死身だろうと痛覚は人間と変わりが無いようで、内臓にダメージを負えば脚に力は入らず、聖水の効果で体の随所が焼け爛れているため、もうまともに戦うことはできない。


「終わったな。サウル神の加護を受けし我らに、ヴァンパイア如きが勝てるとでも思ったか」


 腹を押さえて苦しむダスクに、部下の魔法で手を治癒して貰いながら、ゼルレーク聖騎士団長が冷ややかな勝利宣言をする。


「カグヤを捕らえよ」


 孤立した私に聖騎士が掴み掛かり、今度こそ絶対に逃げられないようにと羽交い絞めにされた。


「父上! 正々堂々と神に誓っておきながら、騙し討ちなど──」


 ダスクに圧倒されて止む無くやった行為ではなく、最初から騙し討ちをする前提で一対一の決闘を持ち掛けたのだと悟った息子が声を荒らげる。


「ラウルよ、何を言っている。あれはヴァンパイアだ。人間相手であれば神に立てた誓いは絶対だが、闇より出でし邪悪な怪物に対してまで、それを貫く道理など無い」
「団長閣下の仰る通りだ。汚らわしいアンデッドの分際で、自分を人間と対等と勘違いして、馬鹿正直に応じた奴の方が悪いのさ」


 驚き憤るラウルに対し、ゼルレーク聖騎士団長とザッキスが当たり前のような口調で説明すると、他の聖騎士達も嘲笑を以て二人に賛同の意を示した。


 確かにヴァンパイアはもう人間ではないのだろうが、だからと言って悪びれもせず誓いを破り、侮蔑の言葉を浴びせて嘲笑うことが正しいとは、私にはどうしても思えなかった。


 ダスクの肉体は人間をやめてしまっても、人間としての心、精神までは失ってはいない。
 心まで怪物に堕ちていたならば、私も先程の若い聖騎士も、()うの昔に血を吸い尽くされて殺されていたはずなのだから。


「酷い……」


 絶体絶命の窮地に追い込まれて恐怖していた私だが、別の感情が込み上げてきた。


「……いいさカグヤ、そいつらの言う通りだ。戦いは所詮、騙し合いに過ぎない。過去の失敗を忘れ、敵の言葉を信じてしまった俺が悪い」


 人間だった頃にも、こんな風に騙されて陥れられた経験があるらしい。
 自嘲気味に吐き捨てるダスクだったが、それでも顔には憤怒の色が、騙した報いは必ず受けさせるという決意が滲んでいた。


(とど)めだ」


 ゼルレーク聖騎士団長の合図で、ラウル以外の聖騎士たちが聖水の投擲準備に入る。
 ダウンしたとは言え、ヴァンパイア相手に接近戦を挑むのは危険と考え、用心深く、安全な距離から大量の聖水を浴びせて融かす気のようだ。


 今のダスクでは俊敏な動きはできず、剣で小瓶を叩き落としても先程と同じパターンになるだけだ。


 ゼルレーク聖騎士団長自身も、再び『紫陽の閃光花(フラッシュ・ハイドランジア)』を放つ気だ。
 当たればダスクは完全に消滅し、その後で私も殺される。
 遺体はきっと、あの冥獄墓所へ送られるのだろう。


「──滅せよ、悪しきヴァンパイア」


 駄目、やめて、というその想いだけで、他に何も考えていなかった。
 羽交い絞めにされた体を、咄嗟に前に──ダスクの方へ動かしただけだった。


 そして起きた出来事に、私は瞠目(どうもく)した。


「…………え……っ?」


 立っていた。


 聖騎士に羽交い絞めにされて一歩も前に進めない状態だったはずの私は今、倒れ込んだダスクの前に、彼を聖水と紫外線魔法から庇うような位置に立っていた。


「カグヤ……いつの間に……? その濡れた体……俺の代わりに聖水を受けたのか……?」


 後ろから掛けられた呆然としたその声に、私は自分の体が濡れていることに初めて気付いた。


 割れた小瓶の破片が、足元や服に散らばっている所を見ると、投げ付けられた小瓶が当たって割れ、聖水と──そして恐らくは『紫陽の閃光花(フラッシュ・ハイドランジア)』も浴びたのだろう。


 アンデッド以外に対しては、聖水も『紫陽の閃光花(フラッシュ・ハイドランジア)』も全くの無害、単なる水と光でしかない。
 私が受けたのはせいぜい、砕けた小瓶の破片による微小な切り傷で、そしてダスクの無事な様子から察するに、私の体に遮られたお陰で『紫陽の閃光花(フラッシュ・ハイドランジア)』も彼には届かなかったようだ。


「あ、あれ? 今確かに取り押さえていたのに……え、ええ……ッ?」


 私を取り押さえていた聖騎士が、離れて立つ私と、空っぽになった自分の腕を交互に見て困惑していた。


 鍛え抜かれた聖騎士に羽交い絞めにされて、私の貧弱な力ではどうやっても振り(ほど)けない状態だったはずなのに、あんな(まばた)きほどの一瞬の間に、数メートル離れたダスクの元まで行って身代わりになるなど物理的に有り得ない。


 それに、小瓶が当たった瞬間の衝撃も、飛び散った聖水が体を濡らした感覚も無かった。
 まるでテレビリモコンの十秒スキップボタンを押した時のように、場面と時間がジャンプしたような──そんな感じだった。


 張本人である私を含めたこの場の全員が、今目の前で起きたことに理解が追い付かず、頭上に疑問符を浮かべることしかできなかった。


「あの時と同じく、一瞬にして移動している……。おい貴様、今何をやった!」


 ザッキスが怒鳴り声で疑問をぶつけてきたが、そんなことは私の方が知りたい。
 こうなるとダスクの言う通り、今までに起きた奇妙な現象は、全て私の仕業なのだろうか。


 私の意志とは関係無く発動する、秘められた力。
 魔力は無いと断定されたはずなのに、何故こんなことが起きるのだろう。


「……ラウルの言う通り、貴様にも何らかの力があるのは間違い無さそうだな。しかし、だからと言って今更貴様を生かしておくことはできん。ヴァンパイア共々滅してくれる」


 そう言って聖騎士団長は、部下からクロスボウを受け取り、矢に聖水の小瓶を括り付けて装填した。


「……まずいぞ。あれでは聖水に耐えても、矢で射抜かれて君は死んでしまう」
「かと言ってダスクさんでは矢に耐えられても、飛び散った聖水で溶かされてしまいます……!」


 ゼルレーク聖騎士団長に倣って、聖騎士たちが聖水付きクロスボウを整え、こちらに向ける。


「何をしたのかは分からんが、これはどうする? 今のように回避すれば、その場合は後ろのヴァンパイアが消える。そうなればもう貴様を護る者は居ない!」


 ここで唯一の味方を失えば、私はこの世界で完全に孤立、待つのは闇に閉ざされた絶望の未来のみ。
 逃げるなら二人一緒でなくてはならない。


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 不用意に攻められなくなったダスクに、ゼルレーク聖騎士団長が強気に迫る。
 じわじわと壁際へ後退させられていくダスクに、ゼルレーク聖騎士団長が駄目押しの一手を打とうとする。
「『|紫陽の《フラッシュ》──』」
 再び紫外線を照射しようとするが、今度はダスクも読んでいた。
「『|漆黒の貫光《アンノウン・エイム》』」
 左手の親指、人差し指、中指の先を向けると、そこから黒紫色のレーザービームが一直線に放たれた。
 後出ししても『|紫陽の閃光花《フラッシュ・ハイドランジア》』よりも速度で|勝《まさ》るそれが、ゼルレーク聖騎士団長の掌を貫通、魔法を不発に終わらせた。
「ぐああああ……ッ!?」
 手を撃ち抜かれたゼルレーク聖騎士団長が絶叫、大きな隙を見せた所をダスクの剣が襲い掛かる。
 これでダスクの勝利だと、私は確信した。
「──やれッ」
 しかし、ここで予想外の展開が起きる。
 ゼルレーク聖騎士団長の冷たい声と同時に、ダスクを狙って飛来する物体。
 それも一つではなく、何十という数。
 気付いたダスクが斬撃の軌道を変更するが、剣に当たった瞬間、その飛来物が砕け、内容物を撒き散らした。
「あれは……!」
 その瞬間、私は理解した。
 投げ込まれたのは大量の小瓶、そしてその中身は──
「うぐああああああああッ……!!」
 それを浴びたダスクの体から、たちまちジュウと音を立てて、異臭を漂わせる白い煙が上がる。
 掛かっただけでヴァンパイアの体を溶かし、痛手を与える液体。
「聖水……!?」
 聖水に耐性があると言ってもアンデッドである以上、量次第では軽傷では済まない。
 そして投げ付けたのは周りに居並ぶ聖騎士たちであり、投げさせたのは団長であるゼルレーク。
 正々堂々、一対一の決闘と神に誓いを立てておきながら、彼らはいつでも聖水を投げ付けられるよう準備していたのだ。
「隙ありだ」
 首を刎ねに掛かったゼルレーク聖騎士団長の剣を辛うじて防御したダスクだが、更なる追撃は逃れられない。
 蹴りがダスクの腹の真ん中を直撃、吹き飛んだ彼は背中から壁面に叩き付けられてダウン。
「うぐ……ッ」
 不死身だろうと痛覚は人間と変わりが無いようで、内臓にダメージを負えば脚に力は入らず、聖水の効果で体の随所が焼け爛れているため、もうまともに戦うことはできない。
「終わったな。サウル神の加護を受けし我らに、ヴァンパイア如きが勝てるとでも思ったか」
 腹を押さえて苦しむダスクに、部下の魔法で手を治癒して貰いながら、ゼルレーク聖騎士団長が冷ややかな勝利宣言をする。
「カグヤを捕らえよ」
 孤立した私に聖騎士が掴み掛かり、今度こそ絶対に逃げられないようにと羽交い絞めにされた。
「父上! 正々堂々と神に誓っておきながら、騙し討ちなど──」
 ダスクに圧倒されて止む無くやった行為ではなく、最初から騙し討ちをする前提で一対一の決闘を持ち掛けたのだと悟った息子が声を荒らげる。
「ラウルよ、何を言っている。あれはヴァンパイアだ。人間相手であれば神に立てた誓いは絶対だが、闇より出でし邪悪な怪物に対してまで、それを貫く道理など無い」
「団長閣下の仰る通りだ。汚らわしいアンデッドの分際で、自分を人間と対等と勘違いして、馬鹿正直に応じた奴の方が悪いのさ」
 驚き憤るラウルに対し、ゼルレーク聖騎士団長とザッキスが当たり前のような口調で説明すると、他の聖騎士達も嘲笑を以て二人に賛同の意を示した。
 確かにヴァンパイアはもう人間ではないのだろうが、だからと言って悪びれもせず誓いを破り、侮蔑の言葉を浴びせて嘲笑うことが正しいとは、私にはどうしても思えなかった。
 ダスクの肉体は人間をやめてしまっても、人間としての心、精神までは失ってはいない。
 心まで怪物に堕ちていたならば、私も先程の若い聖騎士も、|疾《と》うの昔に血を吸い尽くされて殺されていたはずなのだから。
「酷い……」
 絶体絶命の窮地に追い込まれて恐怖していた私だが、別の感情が込み上げてきた。
「……いいさカグヤ、そいつらの言う通りだ。戦いは所詮、騙し合いに過ぎない。過去の失敗を忘れ、敵の言葉を信じてしまった俺が悪い」
 人間だった頃にも、こんな風に騙されて陥れられた経験があるらしい。
 自嘲気味に吐き捨てるダスクだったが、それでも顔には憤怒の色が、騙した報いは必ず受けさせるという決意が滲んでいた。
「|止《とど》めだ」
 ゼルレーク聖騎士団長の合図で、ラウル以外の聖騎士たちが聖水の投擲準備に入る。
 ダウンしたとは言え、ヴァンパイア相手に接近戦を挑むのは危険と考え、用心深く、安全な距離から大量の聖水を浴びせて融かす気のようだ。
 今のダスクでは俊敏な動きはできず、剣で小瓶を叩き落としても先程と同じパターンになるだけだ。
 ゼルレーク聖騎士団長自身も、再び『|紫陽の閃光花《フラッシュ・ハイドランジア》』を放つ気だ。
 当たればダスクは完全に消滅し、その後で私も殺される。
 遺体はきっと、あの冥獄墓所へ送られるのだろう。
「──滅せよ、悪しきヴァンパイア」
 駄目、やめて、というその想いだけで、他に何も考えていなかった。
 羽交い絞めにされた体を、咄嗟に前に──ダスクの方へ動かしただけだった。
 そして起きた出来事に、私は|瞠目《どうもく》した。
「…………え……っ?」
 立っていた。
 聖騎士に羽交い絞めにされて一歩も前に進めない状態だったはずの私は今、倒れ込んだダスクの前に、彼を聖水と紫外線魔法から庇うような位置に立っていた。
「カグヤ……いつの間に……? その濡れた体……俺の代わりに聖水を受けたのか……?」
 後ろから掛けられた呆然としたその声に、私は自分の体が濡れていることに初めて気付いた。
 割れた小瓶の破片が、足元や服に散らばっている所を見ると、投げ付けられた小瓶が当たって割れ、聖水と──そして恐らくは『|紫陽の閃光花《フラッシュ・ハイドランジア》』も浴びたのだろう。
 アンデッド以外に対しては、聖水も『|紫陽の閃光花《フラッシュ・ハイドランジア》』も全くの無害、単なる水と光でしかない。
 私が受けたのはせいぜい、砕けた小瓶の破片による微小な切り傷で、そしてダスクの無事な様子から察するに、私の体に遮られたお陰で『|紫陽の閃光花《フラッシュ・ハイドランジア》』も彼には届かなかったようだ。
「あ、あれ? 今確かに取り押さえていたのに……え、ええ……ッ?」
 私を取り押さえていた聖騎士が、離れて立つ私と、空っぽになった自分の腕を交互に見て困惑していた。
 鍛え抜かれた聖騎士に羽交い絞めにされて、私の貧弱な力ではどうやっても振り|解《ほど》けない状態だったはずなのに、あんな|瞬《まばた》きほどの一瞬の間に、数メートル離れたダスクの元まで行って身代わりになるなど物理的に有り得ない。
 それに、小瓶が当たった瞬間の衝撃も、飛び散った聖水が体を濡らした感覚も無かった。
 まるでテレビリモコンの十秒スキップボタンを押した時のように、場面と時間がジャンプしたような──そんな感じだった。
 張本人である私を含めたこの場の全員が、今目の前で起きたことに理解が追い付かず、頭上に疑問符を浮かべることしかできなかった。
「あの時と同じく、一瞬にして移動している……。おい貴様、今何をやった!」
 ザッキスが怒鳴り声で疑問をぶつけてきたが、そんなことは私の方が知りたい。
 こうなるとダスクの言う通り、今までに起きた奇妙な現象は、全て私の仕業なのだろうか。
 私の意志とは関係無く発動する、秘められた力。
 魔力は無いと断定されたはずなのに、何故こんなことが起きるのだろう。
「……ラウルの言う通り、貴様にも何らかの力があるのは間違い無さそうだな。しかし、だからと言って今更貴様を生かしておくことはできん。ヴァンパイア共々滅してくれる」
 そう言って聖騎士団長は、部下からクロスボウを受け取り、矢に聖水の小瓶を括り付けて装填した。
「……まずいぞ。あれでは聖水に耐えても、矢で射抜かれて君は死んでしまう」
「かと言ってダスクさんでは矢に耐えられても、飛び散った聖水で溶かされてしまいます……!」
 ゼルレーク聖騎士団長に倣って、聖騎士たちが聖水付きクロスボウを整え、こちらに向ける。
「何をしたのかは分からんが、これはどうする? 今のように回避すれば、その場合は後ろのヴァンパイアが消える。そうなればもう貴様を護る者は居ない!」
 ここで唯一の味方を失えば、私はこの世界で完全に孤立、待つのは闇に閉ざされた絶望の未来のみ。
 逃げるなら二人一緒でなくてはならない。