アウトフィット
ー/ー
カトラの最後の記憶は長い針を握りしめてタカランに突進したところで終わっている。次に彼女が目を覚ましたとき、雲の浮かぶ青い空が見えた。
「……ん」
「起きたかい」
その声にカトラは跳ね起きようとした。しかひ楔を関節に打ち込まれたかのような痛みで起き上がれない。そんな様子のカトラを見て笑うのはタカランだ。短い赤髪をかきあげて、タバコを咥えている。余裕を見せるタカラン、動かない体、自分が敗北をしたのだとカトラはすぐに理解した。
「……なんで殺さないの」
「物騒なこというガキだ。約束だからね。あたしが負けたら手は出さない」
「で、でも……私、手も足も出ずに……」
「あんたはね。橙のガキがあの瞬間、あたしに思い切り石を投げてきやがったのさ。防ぐくらいわけないさ、でもそっちに気を取られたら、あんたの針がずぶ……ちくっとね」
「コーンが……?」
カトラは顔だけ動かしてコーンを探す。そのとき自分が敷物に寝かされているのに気がついた。一瞬手厚いもてなしにみえたが、すぐにコーンのことが心配になった。
「こ、コーンはどこ?無事?!」
「あのガキも、お仲間のガキも無事だよ」
その言葉にカトラは目が泳いだ。他の子供達のことがバレている。タカランの言葉からすぐにわかったのだ。
「な、なんで知ってるの」
「ガキ二人で無人島。この点で漂流か魔物の擬態だよ。やり合って魔物の線は消えた。じゃあ、二人で漂流してた?そんなのあり得ない。部下どもにさがさせたら立派な船が島の反対側にあるじゃないか」
「こ、コーンやあの子達には手を出さないで」
カトラは震える声で懇願する。しかしそんな訴えを興味がないというようにタカランは鼻を鳴らして反応した。そしてひらひらと手を振った。
「そんなこと興味ないね。それに、あたしは約束は守る。負けたから手は出さない」
カトラは腕が痛みで動かないが、胸を撫で下ろしたくなった。タカランは安堵した彼女の様子を見てニヤリと笑う。敷物から立ち上がり、砂を踏み締めた。そして水平線の向こうを目を細めて見つめた。カトラはタカランが何をやっているのか分からなかった。
「興味があるのはお前さ。骨があるやつだね。村を滅ぼされて?子供だけで?漂流して?あたしに立ち向かった?御伽話でももう少し現実的さ」
「ほとんど成り行きだよ。でもあなたに立ち向かったのはもう後悔したくないから、先しか見たくないから」
カトラは胸中を吐露した。もう顔を背けるのはやめた。彼女はそれを素直に伝えた。その刹那タカランがおかしなことを言っていることに気がつく。なぜ彼女はカトラの境遇を知っているのか。
「ねえ、なんで私が村を滅ぼされたって知ってるの?」
「あの船だよ。おしゃべりなやつだ」
「えっ」
カトラは目を丸くした。つまりはタカランはビネアホエール号と会話をしたことになるのだ。それが意味することは子供達に海賊が接近したということだ。
いよいよカトラは背中を敷物から離し、起き上がった。そして痛む関節を無視して彼女に詰め寄った。
「ふ、船にいた子達は?」
「驚いてた。ガキっぽい反応してたね。あたしの部下達の顔が怖いってのもあるけど。かはは」
カトラは気が気でなかった。コーンをはじめ、子供達の気配もない上に海賊達が子供達と接触しているなんて不安でしかない。
カトラはタカランを置いてビネアホエール号に向かおうとする。フラフラと痛む体を引きずりながら森の方へと歩く。すると茂みの奥がガサガサと動き、ひょっこりと赤いバンダナをした海賊達が現れた。
「おっ、起きたのか嬢ちゃん。船長に立ち向かうたぁ、度胸あんな」
海賊達は次々にカトラの横を通り過ぎる。肩や頭をポンと軽く叩きながら。カトラが唖然としていると、茂みの奥からさらにオレンジ色の髪をした少年が現れた。コーンだ。
彼は目が赤く、目元はかぶれたようになっていた。そしてカトラを見るなり彼女に飛びついた。
「カトラさん!」
「こ、コーン!みんなは?!」
「へ、平気です!あのおじさん達が、食べ物や毛布を分けてくれて……みんなお腹いっぱいで寝てます」
「…………え?」
カトラは耳を疑った。コーンを信じていないわけではない。しかしまさかと思い、コーンを連れ立って茂みをかき分けていく。船に戻ると、船の上で日向ぼっこをしながら昼寝をする子供達の姿がある。
カトラは拍子抜けしたような感覚だった。それと同時に意味がわからなかった。なぜ怪しい自分たちに優しくするのか。タカラン達の思惑がわからない。
船上で寝息を立てる子供達を看護師のように見渡しながら確認していく。皆食べカスを口の横につけたり、涎を垂らして眠りこけていた。
「まぁ、警戒するのはいいことさ」
ふとカトラが振り返ると、船にいつのまにか乗り込んできていたタカランがいた。カトラより頭四つ分は大きな背丈で子供達の寝顔を覗き込む。そして彼らの満足そうな顔を見てからポンと手を合わせた。
「そうだ。あそこの木箱にまぁ、ちょっと食いつなげる缶詰がある。あと毛布と、ナイフ……これはあんたかオレンジ髪のお前だけ使いな。危ないから」
つらつらとビネアホエール号への贈り物を説明するタカラン。彼女の舌が止まることはない。一方カトラの思考はほぼ停止していた。
「ま、待って。なんでこんなにしてくれるの?」
「ガキが漂流してるって分かったから」
カトラは眉を吊り上げた。コーンの方に目をやると、彼はこくりと頷いた。彼も同じような説明を受けていたのだ。
「あと要るモノはあるかい?」
カトラは少し考えた。もうすでに十分すぎるほももらっている。ここでは遠慮するのが筋だ。そもそも完全に信用し切っていいものかも疑問が残った。彼女はチラリと子供達の寝顔を見た。なんの心配もなさそうな顔で寝ている。
しかし彼らは親元から引き離され、漂流しているのだ。その問題自体は変わらない。少しカトラが考えていると、一人の少女が目をこすりながら起き上がった。あたりをキョロキョロしてカトラを見つけると、這い寄ってくる。
「あ、カトラさん。おじさんたちに食べ物分けてくれるように頼んでくれたんでしょ?夕べも私たちを勇気づけてくれたし、ほんとにありがとう」
その少女トリィはニコリと微笑んだ。カトラは何か声に出したくなってきたが、我慢して微笑み返し、彼女を胸に抱いてやった。トリィの栗色の髪に頭を埋めるようにしてから、カトラはタカランに向き直る。
「ねぇ、タカラン……さん。この子達だけでも故郷に帰してあげられない?」
「ん?でもあんたらの故郷を知らないし、故郷もどうなっているか分からないんだろう?ガキらに聞いた地名もあたしの知らない地名だった」
カトラは顎に手を当てた。自分は宝石を見つけるために航海を続けたいが、同乗者はそうではない。彼らのコンパスの針を強制的に歪めることはできないのだ。ならばせめて、と彼女は思い至る。
「分かった。この子達の故郷を探しながら、私は宝石を探す。だから……私を今日みたいに舐められない格好にしてほしい」
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「……ん」
「起きたかい」
その声にカトラは跳ね起きようとした。しかひ楔を関節に打ち込まれたかのような痛みで起き上がれない。そんな様子のカトラを見て笑うのはタカランだ。短い赤髪をかきあげて、タバコを咥えている。余裕を見せるタカラン、動かない体、自分が敗北をしたのだとカトラはすぐに理解した。
「……なんで殺さないの」
「物騒なこというガキだ。約束だからね。《《あたしが負けたら》》手は出さない」
「で、でも……私、手も足も出ずに……」
「あんたはね。橙のガキがあの瞬間、あたしに思い切り石を投げてきやがったのさ。防ぐくらいわけないさ、でもそっちに気を取られたら、あんたの針がずぶ……ちくっとね」
「コーンが……?」
カトラは顔だけ動かしてコーンを探す。そのとき自分が敷物に寝かされているのに気がついた。一瞬手厚いもてなしにみえたが、すぐにコーンのことが心配になった。
「こ、コーンはどこ?無事?!」
「あのガキも、《《お仲間のガキ》》も無事だよ」
その言葉にカトラは目が泳いだ。他の子供達のことがバレている。タカランの言葉からすぐにわかったのだ。
「な、なんで知ってるの」
「ガキ二人で無人島。この点で漂流か魔物の擬態だよ。やり合って魔物の線は消えた。じゃあ、二人で漂流してた?そんなのあり得ない。部下どもにさがさせたら立派な船が島の反対側にあるじゃないか」
「こ、コーンやあの子達には手を出さないで」
カトラは震える声で懇願する。しかしそんな訴えを興味がないというようにタカランは鼻を鳴らして反応した。そしてひらひらと手を振った。
「そんなこと興味ないね。それに、あたしは約束は守る。負けたから手は出さない」
カトラは腕が痛みで動かないが、胸を撫で下ろしたくなった。タカランは安堵した彼女の様子を見てニヤリと笑う。敷物から立ち上がり、砂を踏み締めた。そして水平線の向こうを目を細めて見つめた。カトラはタカランが何をやっているのか分からなかった。
「興味があるのはお前さ。骨があるやつだね。村を滅ぼされて?子供だけで?漂流して?あたしに立ち向かった?御伽話でももう少し現実的さ」
「ほとんど成り行きだよ。でもあなたに立ち向かったのはもう後悔したくないから、先しか見たくないから」
カトラは胸中を吐露した。もう顔を背けるのはやめた。彼女はそれを素直に伝えた。その刹那タカランがおかしなことを言っていることに気がつく。なぜ彼女はカトラの境遇を知っているのか。
「ねえ、なんで私が村を滅ぼされたって知ってるの?」
「あの船だよ。おしゃべりなやつだ」
「えっ」
カトラは目を丸くした。つまりはタカランはビネアホエール号と会話をしたことになるのだ。それが意味することは子供達に海賊が接近したということだ。
いよいよカトラは背中を敷物から離し、起き上がった。そして痛む関節を無視して彼女に詰め寄った。
「ふ、船にいた子達は?」
「驚いてた。ガキっぽい反応してたね。あたしの部下達の顔が怖いってのもあるけど。かはは」
カトラは気が気でなかった。コーンをはじめ、子供達の気配もない上に海賊達が子供達と接触しているなんて不安でしかない。
カトラはタカランを置いてビネアホエール号に向かおうとする。フラフラと痛む体を引きずりながら森の方へと歩く。すると茂みの奥がガサガサと動き、ひょっこりと赤いバンダナをした海賊達が現れた。
「おっ、起きたのか嬢ちゃん。船長に立ち向かうたぁ、度胸あんな」
海賊達は次々にカトラの横を通り過ぎる。肩や頭をポンと軽く叩きながら。カトラが唖然としていると、茂みの奥からさらにオレンジ色の髪をした少年が現れた。コーンだ。
彼は目が赤く、目元はかぶれたようになっていた。そしてカトラを見るなり彼女に飛びついた。
「カトラさん!」
「こ、コーン!みんなは?!」
「へ、平気です!あのおじさん達が、食べ物や毛布を分けてくれて……みんなお腹いっぱいで寝てます」
「…………え?」
カトラは耳を疑った。コーンを信じていないわけではない。しかしまさかと思い、コーンを連れ立って茂みをかき分けていく。船に戻ると、船の上で日向ぼっこをしながら昼寝をする子供達の姿がある。
カトラは拍子抜けしたような感覚だった。それと同時に意味がわからなかった。なぜ怪しい自分たちに優しくするのか。タカラン達の思惑がわからない。
船上で寝息を立てる子供達を看護師のように見渡しながら確認していく。皆食べカスを口の横につけたり、涎を垂らして眠りこけていた。
「まぁ、警戒するのはいいことさ」
ふとカトラが振り返ると、船にいつのまにか乗り込んできていたタカランがいた。カトラより頭四つ分は大きな背丈で子供達の寝顔を覗き込む。そして彼らの満足そうな顔を見てからポンと手を合わせた。
「そうだ。あそこの木箱にまぁ、ちょっと食いつなげる缶詰がある。あと毛布と、ナイフ……これはあんたかオレンジ髪のお前だけ使いな。危ないから」
つらつらとビネアホエール号への贈り物を説明するタカラン。彼女の舌が止まることはない。一方カトラの思考はほぼ停止していた。
「ま、待って。なんでこんなにしてくれるの?」
「ガキが漂流してるって分かったから」
カトラは眉を吊り上げた。コーンの方に目をやると、彼はこくりと頷いた。彼も同じような説明を受けていたのだ。
「あと要るモノはあるかい?」
カトラは少し考えた。もうすでに十分すぎるほももらっている。ここでは遠慮するのが筋だ。そもそも完全に信用し切っていいものかも疑問が残った。彼女はチラリと子供達の寝顔を見た。なんの心配もなさそうな顔で寝ている。
しかし彼らは親元から引き離され、漂流しているのだ。その問題自体は変わらない。少しカトラが考えていると、一人の少女が目をこすりながら起き上がった。あたりをキョロキョロしてカトラを見つけると、這い寄ってくる。
「あ、カトラさん。おじさんたちに食べ物分けてくれるように頼んでくれたんでしょ?夕べも私たちを勇気づけてくれたし、ほんとにありがとう」
その少女トリィはニコリと微笑んだ。カトラは何か声に出したくなってきたが、我慢して微笑み返し、彼女を胸に抱いてやった。トリィの栗色の髪に頭を埋めるようにしてから、カトラはタカランに向き直る。
「ねぇ、タカラン……さん。この子達だけでも故郷に帰してあげられない?」
「ん?でもあんたらの故郷を知らないし、故郷もどうなっているか分からないんだろう?ガキらに聞いた地名もあたしの知らない地名だった」
カトラは顎に手を当てた。自分は宝石を見つけるために航海を続けたいが、同乗者はそうではない。彼らのコンパスの針を強制的に歪めることはできないのだ。ならばせめて、と彼女は思い至る。
「分かった。この子達の故郷を探しながら、私は宝石を探す。だから……私を今日みたいに舐められない格好にしてほしい」