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ー/ー 哲学者カルマンは、三人の弟子と旅に出ていた。視野を広く持ち、あらゆる見識を深める旅だ。そのためには馬車は使わずに足で歩くのが一番の方法だと思えて、便利な交通手段は用いなかった。だから、優秀な魔術師を一人必要としていた。
魔術師として同行したラプラスはまだ少女だった。齢は十七歳ほどでプライドが高い。弟子達はカルマンに護衛を変えた方がいいと助言したものの、変える必要はないと確信を持って彼は旅に出たのだ。
三日かけて辿り着いたのは、フロレラグイムという独裁国家だった。名前が長いからフロイムと略されるのもしばしば。厳しい入国審査には一日をかけて、その日の夜は国が用意した簡易的である外国人寮で一日を過ごす。
人の数は少なかった。フロイムに訪れようとする客人はほぼいないだろう。
封建制度と謳っているものの、実質的にはドミノフという軍人が全て取り仕切っている。カルマンが見た人相書きにおいてまず感じたのは年齢が近いという親近感。この独裁者は三十台で立派な顎髭を生やしている。黒い中央分けの髪は軍人らしく、後ろの髪は長いのか束ねられていた。
毎日こんな髪型ならば使用人が大変だろうとカルマンは思った。対比して彼の髪型はシンプルで、ただの黒いショートヘアだったからだ。手入れの必要もない。唯一欠かさないのは、髭を決して生やさないという習慣だった。
朝を迎え、審査を終えたカルマンは町に出た。弟子とラプラスを率いて三十分歩いて分かったのは、国の疲弊だ。
「先生、この国から得られる見識というのはあるのでしょうか」
弟子の一人、ヤモイが言った。彼女は亡命者で、祖国に戻れば命はない四十台の貴婦人だった。夫は国に残っているが、生死は分からない。
「自分はこれからドミノフに会いに行こうかと思います」
弟子達はギョっとした。
ヤモイの隣にいた若い男性、ジズは小さな声ながら早口でカルマンを止めようとする。弟子達はみんな全身を覆う麻のローブに包まれていた。
「軍人ですよ。カルマンさんは俺と違って口が達者とはいえ、さすがに無謀ではないですか」
「説法をするつもりはありません。軽く自分の思想は口にするでしょうが。みんなが悪だと思っているドミノフが本当に悪の権化なのか。この目と耳で確かめたいんです」
どうなっても知りませんよ。ジズは呆れた様子で言った。
カルマンは弟子達に、自分が謁見している間に市民達と話してほしいと願い事を託した。フロイムは人口三〇〇万の大国家だ。西側、東側という大雑把な区分から見てもあらゆる意見があるに違いない。
一番に彼が気にしていたのが、市民とドミノフの信頼関係だった。なぜこの国が独裁国家になる必要があったのか。それを知るには、市民の声を聞くのが一番だったのだ。
「ラプラスさん、貴女は自分と一緒に来てください」
「ええ、私が? いやよ。まだ死にたくないもの」
桃色の髪が風になびいた。彼女はトリコーンと呼ばれる深緑色の帽子を軽く押さえて、片目を瞑った。
「ならばボイコットということで、お金は払いません」
まるで人質だ。魔術師にとって貧乏生活は致命的だった。魔法は無限に使えるわけではなく、カタリストが必要だった。マジ屋にはカタリストの素材が売られていて、魔術師はそれを買って生活をしなければならないのだ。
小声で不平不満の大洪水を垂れ流しながら、ラプラスは後をついていく他なかったのだ。後ろから聞こえてくるその声に、カルマンはせせらぎのような笑みを浮かべていた。
宮殿の中に入るには一週間はかかるだろうと踏んでいたカルマンだったが、宮殿に続く道の前で立っていた受付人は三日だけだと口にした。
「三日待つだけで良いのですか」
ドミノフと同じ、立派な赤い髭を生やした門番の男は頷いた。
「今は戦争に向け王は勅令官、側近を含むあらゆる人民に不信感を募らせている。王に近付きたい人はおらんだろう」
「では、外国人である私を受け入れはしないのでは」
男はまた深く頷いた後、持っていた草の繊維で出来た安価な紙をカルマンに渡してから言った。
「王はむしろ、あなた方のような他人との接触を望んでる」
好都合に尽くしを受けたカルマンは上向きの愛想を門番に送り、ラプラスにも書簡を渡した。
細かい文字で表と裏に誓約書のようなものが書かれており、二人は近くのベンチまで移動すると椅子を下敷き代わりに内容を書き始めた。先に書き終わったカルマンは身分証明書宇の代わりに自身が発行した哲学書「隣人に幸。他人に福」を門番に渡した。捺印には魔法がかけられており、偽造ではないと証明になる。門番は確認を終えると、ラプラスの書簡を受け取った後に王室印のシーリングワックスが入った面会許可状を二人に渡した。
帰る道すがら、石を蹴りながらラプラスがこうボヤいた。
「今日のホテルは美味しい料理が食べられるところ。特に魚ね。これくらいの願いは聞いてくれてもいいでしょ」
他三人の弟子達は知る由もなかったが、ラプラスの提案でカルマンの考えは変わり海鮮料理が堪能できるホテルに泊まる計画になった。普通、魔術師の機嫌を取る必要はないのだが。
更なるワガママを聞いてラプラスだけ一人部屋に案内、カルマンと弟子は二人一組で合計三部屋使う。レンガ造りのホテルも気前良く貸し出してくれた。
部屋について、ジズは真っ先に椅子に座った。すりガラステーブルの上には熟成された赤ワインのボトルが乗っていた。
「怖いくらいですよ。カルマンさん」
カルマン自身も薄々勘付いていた言葉をジズが代弁した。
「これから戦争をするっていう国がなんで俺たちを簡単に入れてくれたのか、ホテルまで」
市民から話を聞くうちにジズも戦争に向けて準備をしていると知ったようで、国を疑うのは当然だった。偶然的に都合が良いのか、策略でもあるのか。
「王への謁見は三日後になりました。それが終わったら国を出て行きましょう。ジズ、今日の成果を報告していただけますか」
用意されていた赤ワインを飲みながら、カルマンとジズは向き合って座った。
日が落ち始めて、時刻はそろそろ八時を回ろうとしていた。
「正直に言うと、フロイムにいる市民達はなんだか……深く考えすぎてる」
ヤモイは森の中にいる貴族達にも話を聞いたらしく、貴族は保守的。市民は大多数が好戦的だったという。国民がそうなった論理についてカルマンが尋ねると、ジズは少し悩んでから頭から降りてきた言葉で語った。
独裁国家フロイムは、閉国状態にあり他国との親交を好まない情勢になっている。国民が疲弊しているのはそれが原因であり、今では恒常的となっている奴隷制度がこの国では撤廃されているために皺寄せが国民に向かっているのだ。
「にしても、この赤ワイン。かなり上物ですね。俺は好きだなあ」
酒についての知識は乏しく、カルマンは作り笑いを浮かべる以外にはできなかった。
今から二〇〇年前は奴隷達の国だった。元々は今は滅亡しているカロランダス連合組合に連なる内の一国であり、フロイムは農業や魔業といった生活の基盤を支える産業国だからこそ奴隷が必要とされていた。それから奴隷の王妃と異名のついたララリエという女性の英雄が革命を起こし、フロイム大変革が発生する。
「確かララリエが連合組合を滅ぼしたと」
「ええ、カルマンさん。問題はここからです」
革命を成し遂げたララリエが次に興したのは優生特需だ。これにより、劣等的な遺伝子と判断された人間は子供を産めなくなった。歯向かえば処刑――ジズは、この時から独裁的な考えが広まっていたと言う。
今のフロイムは優秀な遺伝子で構成された結論。
「ララリエの家系とドミノフの家系は同じですか」
「いえ、この国には図書館があったんですが調べてみたら違うのがハッキリわかりました」
次にカルマンが尋ねたのは今の国民が深く考えていると語った理由だ。
フロイム国民には優性思想が染みついていて、常に他人と比較するという国民性があった。カースト上位に位置しなければまともに生活ができない。福祉も充実しているとはいえず、国の中央にある裏道にいけば放置された餓死者がいるのは日常的だ。
「国民はそれについてなんと?」
「迷惑だと思ってるだけのようですね」
疲弊した状態で戦争を行えば結果は目に見えている。市民は武具を作るだろうがそもそも、そういった武具を作る仕事ではなく軍人の需要が上位にあるという現実が重い。閉国状態であり、奴隷文化を忌避しているドミノフは奴隷を雇わない。敗戦は確実だった。
ではなぜ国民が戦争反対の声をあげないかというと、理由は単純だった。
「みんな、戦争で負ければいいと思ってるんですよ」
自暴自棄、劣等嫌悪、抑うつ的思想。そもそも誰も戦争を止められないのだから何をしても無駄だと分かりきっているのだ。
話を終え、二人はロウソクの明かりを消して羽毛のベッドに横になった。最後にジズが話してから二人は一度も口を開かなかった。
魔術師として同行したラプラスはまだ少女だった。齢は十七歳ほどでプライドが高い。弟子達はカルマンに護衛を変えた方がいいと助言したものの、変える必要はないと確信を持って彼は旅に出たのだ。
三日かけて辿り着いたのは、フロレラグイムという独裁国家だった。名前が長いからフロイムと略されるのもしばしば。厳しい入国審査には一日をかけて、その日の夜は国が用意した簡易的である外国人寮で一日を過ごす。
人の数は少なかった。フロイムに訪れようとする客人はほぼいないだろう。
封建制度と謳っているものの、実質的にはドミノフという軍人が全て取り仕切っている。カルマンが見た人相書きにおいてまず感じたのは年齢が近いという親近感。この独裁者は三十台で立派な顎髭を生やしている。黒い中央分けの髪は軍人らしく、後ろの髪は長いのか束ねられていた。
毎日こんな髪型ならば使用人が大変だろうとカルマンは思った。対比して彼の髪型はシンプルで、ただの黒いショートヘアだったからだ。手入れの必要もない。唯一欠かさないのは、髭を決して生やさないという習慣だった。
朝を迎え、審査を終えたカルマンは町に出た。弟子とラプラスを率いて三十分歩いて分かったのは、国の疲弊だ。
「先生、この国から得られる見識というのはあるのでしょうか」
弟子の一人、ヤモイが言った。彼女は亡命者で、祖国に戻れば命はない四十台の貴婦人だった。夫は国に残っているが、生死は分からない。
「自分はこれからドミノフに会いに行こうかと思います」
弟子達はギョっとした。
ヤモイの隣にいた若い男性、ジズは小さな声ながら早口でカルマンを止めようとする。弟子達はみんな全身を覆う麻のローブに包まれていた。
「軍人ですよ。カルマンさんは俺と違って口が達者とはいえ、さすがに無謀ではないですか」
「説法をするつもりはありません。軽く自分の思想は口にするでしょうが。みんなが悪だと思っているドミノフが本当に悪の権化なのか。この目と耳で確かめたいんです」
どうなっても知りませんよ。ジズは呆れた様子で言った。
カルマンは弟子達に、自分が謁見している間に市民達と話してほしいと願い事を託した。フロイムは人口三〇〇万の大国家だ。西側、東側という大雑把な区分から見てもあらゆる意見があるに違いない。
一番に彼が気にしていたのが、市民とドミノフの信頼関係だった。なぜこの国が独裁国家になる必要があったのか。それを知るには、市民の声を聞くのが一番だったのだ。
「ラプラスさん、貴女は自分と一緒に来てください」
「ええ、私が? いやよ。まだ死にたくないもの」
桃色の髪が風になびいた。彼女はトリコーンと呼ばれる深緑色の帽子を軽く押さえて、片目を瞑った。
「ならばボイコットということで、お金は払いません」
まるで人質だ。魔術師にとって貧乏生活は致命的だった。魔法は無限に使えるわけではなく、カタリストが必要だった。マジ屋にはカタリストの素材が売られていて、魔術師はそれを買って生活をしなければならないのだ。
小声で不平不満の大洪水を垂れ流しながら、ラプラスは後をついていく他なかったのだ。後ろから聞こえてくるその声に、カルマンはせせらぎのような笑みを浮かべていた。
宮殿の中に入るには一週間はかかるだろうと踏んでいたカルマンだったが、宮殿に続く道の前で立っていた受付人は三日だけだと口にした。
「三日待つだけで良いのですか」
ドミノフと同じ、立派な赤い髭を生やした門番の男は頷いた。
「今は戦争に向け王は勅令官、側近を含むあらゆる人民に不信感を募らせている。王に近付きたい人はおらんだろう」
「では、外国人である私を受け入れはしないのでは」
男はまた深く頷いた後、持っていた草の繊維で出来た安価な紙をカルマンに渡してから言った。
「王はむしろ、あなた方のような他人との接触を望んでる」
好都合に尽くしを受けたカルマンは上向きの愛想を門番に送り、ラプラスにも書簡を渡した。
細かい文字で表と裏に誓約書のようなものが書かれており、二人は近くのベンチまで移動すると椅子を下敷き代わりに内容を書き始めた。先に書き終わったカルマンは身分証明書宇の代わりに自身が発行した哲学書「隣人に幸。他人に福」を門番に渡した。捺印には魔法がかけられており、偽造ではないと証明になる。門番は確認を終えると、ラプラスの書簡を受け取った後に王室印のシーリングワックスが入った面会許可状を二人に渡した。
帰る道すがら、石を蹴りながらラプラスがこうボヤいた。
「今日のホテルは美味しい料理が食べられるところ。特に魚ね。これくらいの願いは聞いてくれてもいいでしょ」
他三人の弟子達は知る由もなかったが、ラプラスの提案でカルマンの考えは変わり海鮮料理が堪能できるホテルに泊まる計画になった。普通、魔術師の機嫌を取る必要はないのだが。
更なるワガママを聞いてラプラスだけ一人部屋に案内、カルマンと弟子は二人一組で合計三部屋使う。レンガ造りのホテルも気前良く貸し出してくれた。
部屋について、ジズは真っ先に椅子に座った。すりガラステーブルの上には熟成された赤ワインのボトルが乗っていた。
「怖いくらいですよ。カルマンさん」
カルマン自身も薄々勘付いていた言葉をジズが代弁した。
「これから戦争をするっていう国がなんで俺たちを簡単に入れてくれたのか、ホテルまで」
市民から話を聞くうちにジズも戦争に向けて準備をしていると知ったようで、国を疑うのは当然だった。偶然的に都合が良いのか、策略でもあるのか。
「王への謁見は三日後になりました。それが終わったら国を出て行きましょう。ジズ、今日の成果を報告していただけますか」
用意されていた赤ワインを飲みながら、カルマンとジズは向き合って座った。
日が落ち始めて、時刻はそろそろ八時を回ろうとしていた。
「正直に言うと、フロイムにいる市民達はなんだか……深く考えすぎてる」
ヤモイは森の中にいる貴族達にも話を聞いたらしく、貴族は保守的。市民は大多数が好戦的だったという。国民がそうなった論理についてカルマンが尋ねると、ジズは少し悩んでから頭から降りてきた言葉で語った。
独裁国家フロイムは、閉国状態にあり他国との親交を好まない情勢になっている。国民が疲弊しているのはそれが原因であり、今では恒常的となっている奴隷制度がこの国では撤廃されているために皺寄せが国民に向かっているのだ。
「にしても、この赤ワイン。かなり上物ですね。俺は好きだなあ」
酒についての知識は乏しく、カルマンは作り笑いを浮かべる以外にはできなかった。
今から二〇〇年前は奴隷達の国だった。元々は今は滅亡しているカロランダス連合組合に連なる内の一国であり、フロイムは農業や魔業といった生活の基盤を支える産業国だからこそ奴隷が必要とされていた。それから奴隷の王妃と異名のついたララリエという女性の英雄が革命を起こし、フロイム大変革が発生する。
「確かララリエが連合組合を滅ぼしたと」
「ええ、カルマンさん。問題はここからです」
革命を成し遂げたララリエが次に興したのは優生特需だ。これにより、劣等的な遺伝子と判断された人間は子供を産めなくなった。歯向かえば処刑――ジズは、この時から独裁的な考えが広まっていたと言う。
今のフロイムは優秀な遺伝子で構成された結論。
「ララリエの家系とドミノフの家系は同じですか」
「いえ、この国には図書館があったんですが調べてみたら違うのがハッキリわかりました」
次にカルマンが尋ねたのは今の国民が深く考えていると語った理由だ。
フロイム国民には優性思想が染みついていて、常に他人と比較するという国民性があった。カースト上位に位置しなければまともに生活ができない。福祉も充実しているとはいえず、国の中央にある裏道にいけば放置された餓死者がいるのは日常的だ。
「国民はそれについてなんと?」
「迷惑だと思ってるだけのようですね」
疲弊した状態で戦争を行えば結果は目に見えている。市民は武具を作るだろうがそもそも、そういった武具を作る仕事ではなく軍人の需要が上位にあるという現実が重い。閉国状態であり、奴隷文化を忌避しているドミノフは奴隷を雇わない。敗戦は確実だった。
ではなぜ国民が戦争反対の声をあげないかというと、理由は単純だった。
「みんな、戦争で負ければいいと思ってるんですよ」
自暴自棄、劣等嫌悪、抑うつ的思想。そもそも誰も戦争を止められないのだから何をしても無駄だと分かりきっているのだ。
話を終え、二人はロウソクの明かりを消して羽毛のベッドに横になった。最後にジズが話してから二人は一度も口を開かなかった。
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