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春パフェ終了のお知らせ。(前編)

ー/ー





 私って未成年時代、とりわけ高校生時代のほうが完璧だったよなあ、とよく思う。自己採点で減点になるような失敗がなかった。タスクもコミュニケーションもなんでも、少なくとも私目線では上手く回せていた。コミュニケーションに関しては出会いに恵まれていた、上手く回ってくれる人が周囲に集まっていたというだけの話かもしれないけれど。まあ裏話なんてものはいくらでも想像できるし、他人の内心についての想像はだいたい的外れだ。
 ともかく、不満足な時期って全然なかった。毎年心残りなく実行委員やらなんやらトライできたし、青春の定番っぽいイベントへの憧憬も叶えられていた。ライブとかの抽選ごとも、運がいいのか行きたいものには行けた。大バズりしはじめたころの夜都戦慄の、まだ様子見みたいなキャパのライブに後輩の春美と一緒に当選したことはいまでも自慢だ。
 楽しかった、とにかく。
 でも成人してからは上手くいかないことのほうが多い……。百点だったなって日がちっともない。それでも頑張っていたのに、二年目の夏に地方の支社に転勤になり、どんどん思い描いていた社会人生活から逸れていく。私が何をしたっていうんだろう? だからってフットワーク軽く辞職してしまうということもできなかった。
 嫌だから逃げる、という選択肢をとるのが苦手なのだ。思春期のときに弟の部屋の少年向け漫画ばっかり読んできたから。
 とはいえ住めば都というのか、転勤先の観光地にある『諸々茶店』というカフェのことは内装の雰囲気や二階ならではの眺めも含めて好きになれたから、悪い土地ではないなーとは思えるようになっていった。同僚ものんびりしていていい人たちが多いし、空気が綺麗で、桜の名所もバスですぐだ。
 そして何より、『諸々茶店』のSNSに掲載されている春季限定いちごパフェが気になりすぎた……! 生クリームとアイスいっぱいの背が高いパフェのなかにスライス苺がみっちり詰まっていて、てっぺんにみっつ鎮座する大粒の苺たちには金箔がちょっとかかっていて、見守るように小さなミントの葉と大きなダイヤ型のチュイールが挿さっていて……とにかく可愛かったし、すごく美味しそうだった。
 私は苺が大好きなので苺をいっぱい食べられるパフェは嬉しい。公式の写真だから盛っているんじゃないかと他の人の上げている写真も確認したが、同じように美味しそうで、憧れが止まらなかった。
 そういうわけで、せめて来春にこのパフェを食べるまではここに住み続けよう、と決意をした。暑い夏とまだまだ暑い秋と一気に寒い冬を越えて春に辿り着いた。
 平日は営業時間に間に合わないから、土日祝日に行こうと思いながら四月を迎える。
 第一週、学生時代の親友と久々に予定が合ったので地元に帰省。
 第二週、花粉が酷くて外に出られないし、たぶん何を食べても味がわからない状態。
 第三週、春の大嵐。
 最終週、金曜日の新入社員歓迎会の肉寿司に食中る。
 で、五月の第一週。
「もう終わっちゃったんですか!?」
「はい、お花見シーズンも終わりましたので……すみません」
 お店の前に春パフェの看板がなかったから嫌な予感はしていたけれど、ギリギリセーフの期待は叶わなかった。通年で売っているお洒落な抹茶パフェを頼むかどうか迷って、妥協みたいな気持ちで頼むのもパフェに失礼だしお金がもったいないから、カフェオレだけ頼む。席で葉桜の景色を眺めながら溜め息をつく。
 ああ今年はもう駄目だ。
 このパフェはいわば去年からの夢のようなものだったのだ。今年絶対に掴みたかった夢を叶え逃してしまったから、これからどれだけ何かを積み上げられたって、百点満点の年にはなり得ない。
 来年は有給休暇を使ってでも食べたい。でも今年がよかったし、来年なんて本当にあるかわからない。人生は何が起こるかわからない。ひょっとしたら、事故で命を落としたり動けなくなったりするかもしれない。
 だから毎年、少しでも後悔を減らしたいのに。なるべく満点を目指したいのに。
 新年度始まって一か月にして、もう最大でも八十点の年になることが確定してしまった。
 もう一度、深く溜め息をついていると、
「お待たせしました。ていうかあの、桃花先輩ですよね?」
 と、カフェオレを持ってきた女性店員がいった。
 見た目は覚えがなかったが、声は聞いたことがある。桃花先輩という呼び方、イントネーションにも聞き覚えがある。
「……春美?」
「あ、はい。萌木春美です。桜田桃花、先輩ですよね、外箱高校の」
「え、嘘! 春美!? なんでこんなとこいるの!?」
「あたし、桃花先輩が高校卒業してすぐのとき引っ越したじゃないですか。引っ越し先が、この県って話しませんでした?」
「あ、あー! そういや、いってた! 嘘、すごい久しぶり!」
 私ははしゃぎつつ、落ち着きたい他の客のために、声のボリュームは落とす。
「えっと……元気?」
「元気です。先輩もお元気そうで」
「いやーそうでもない……春美ってここでバイトしてる? んだよね」
「そうですね、三月から。去年、就活とかは普通にしてたんですけど、二月末に内定先の倒産が決まって。ダメもとで好きなカフェの面接を受けてみたら、受かっちゃいました」
「え、大変だったね。お疲れ様。ここのバイトは楽しい?」
「はい、楽しいですよ。メニュー可愛いものばっかりですし、癒されます」
「だよねー。私も去年の夏くらいから通ってて、癒しだよ」
「そうなんですね」
「でもねー……」私はカフェオレを啜りながら、また溜め息。「あのさ、春パフェあるじゃん。あったじゃん、先月まで」
「はい。いちごの」
「食べたかったんだけど、四月に来れなくって、逃しちゃってさあ」
「だから珍しく暗い雰囲気だったんですか。あたし最初あれ桃花先輩っぽいけど合ってるかなー? って思っちゃいました」
「高校のときは最強だったけど、いまじゃくたびれた会社員だよー」
「神童も大人になったらただの人っていいますよね」
「神童だと思われてたの?」
 流石にそこまでジーニアスなエピソードはなかったはずである。
「なんか先輩、神様みたいだなって思ってましたよ、あたしは」
 と真っすぐに微笑んでくれる春美。過去の自分がそれだけの尊敬を得られていたという事実が、なんだか痛い。
「そうだ。桃花先輩、今日の夜って空いてますか」
「え? うん、なんもないけど。呑みにでも行く?」
「それもいいんですけど」
 春美はいいことを思いついたという表情でいう。
「よかったら、春パフェ、作りに行きましょうか?」


 萌木春美は一歳下、外箱高校で出会った後輩だ。部活も同じ軽音楽部で、夜都戦慄というネット発バンドを一曲目から聴いている仲間だった。部活の先輩として何かを教えたり相談に乗ることもあれば、同じ学校の友達として夜に通話を繋げることもあった。
 高校生の頃の春美は長い黒髪、ノーメイクにボストン型の茶色い眼鏡をかけた、まあ静かそうな見た目だった。実際、引っ込み思案だった。顔も、私は穏やかで平和で素敵な顔だと思っていたけれど、誰かの憧れになるようなタイプではなかった。
「お待たせしました、ちょっと時間かかっちゃって」
 営業時間が終了した少しあと、『諸々茶店』のスタッフ用出口から現れた春美はミルクティー色のショートボブだ。メイクも華やかで手慣れていて、眼鏡からコンタクトに切り替えているようだった。そして何より、
「春美さ、お顔、イメチェン? したよね。猫系になった?」
 と、再会してからずっと気になっていたことを訊いてみた。カフェからしばらく歩いたあとのことだ。本当は出会い頭に訊いてみたかったが、春美が同僚にどう思われたいかわからないから、あとにしようと思っていたのだ。
「あ、はい! 大学生のときにお金貯めて、えいやって」
 と会社員のおじさんみたいな語彙を使いながら春美は笑った。やっぱり、それなら私がすぐに気づけなかったのも無理はなかった。
「そっか! そっちの顔もかわいくて素敵だね、好きだよ」
「ありがとうございます! 先輩のおかげなので、そういってもらえて嬉しいです」
「私のおかげ?」
「はい。元から興味はあったんですけど、先輩と出会っていなかったら踏み出せなかったと思います。あ、スーパー寄りますね」
 スーパーで買うものはパフェの材料だった。アーモンドプラリネ、ホイップクリーム、業務用アイス、食用金箔、ミントの葉、ピューレ、などなど。材料費は私が払うといってみたが、
「うちの店はこれ使ってるんですよ」
 といって春美が容赦なく一粒五〇〇円の高い苺をばんばんカゴに入れるのを見て少しビビった。
「ちなみにシャンパングラスって持ってます? 器に使いたくて」
「みっつくらいあるよ。ちなみにオーブンもあるけど使う?」
「使います! じゃあ大丈夫ですね、楽しみにしていてくださいね」
 というわけで春美を私の住むアパートの部屋に入れる。春美のシフトが終わるまでに一回帰宅して掃除などをしておいたので、後輩に恥じるものはない。製菓用具もついでに洗って台所の網棚に置いたので、グラスを持ってきたら私がやるべきことはもうない。
 春美は買ってきた材料を卓上に並べる。使い捨ての手袋をつけると、それでスイッチが入ったみたいな真剣な表情で、実にてきぱきと作業を始めた。苺を洗ってヘタをとって、三粒残してあとはスライスしていく。
 私はそれを隣で眺めながら、軽音部でエフェクターとかを触っているときも春美はこんな眼差しをして、こんな具合の呼吸をしていたな、と思った。顔の造りがいくらか変わっても、集中するときに燃やす魂の質は変わらないみたいだった。
 春美はチュイールをオーブンに入れてからプラリネをパフェの底に入れ、スライス苺とバニラアイスとホイップクリームを詰めていく。チュイールが焼きあがったのでパフェに挿し、仕上げに金箔をひと摘み振りかけ、ミントを添えた。
「まあこんな感じで、うちの店はほとんど既成のものを組み合わせて作っています」
 と春美は笑った。私はお菓子を作る人間ではないから、その手際が信じられない。春美が六年くらい見ない間に私の知らない技術を会得している……! 思わず拍手をしてしまった。
 ちょうどそのタイミングで炊飯器が音を出した。白米が炊けた。
「じゃあ、桃花先輩が食べてるの見ながら、あたしもお米いただきますね。お腹空いたんで。ふりかけとかあったら、もらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」



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 ともかく、不満足な時期って全然なかった。毎年心残りなく実行委員やらなんやらトライできたし、青春の定番っぽいイベントへの憧憬も叶えられていた。ライブとかの抽選ごとも、運がいいのか行きたいものには行けた。大バズりしはじめたころの夜都戦慄の、まだ様子見みたいなキャパのライブに後輩の春美と一緒に当選したことはいまでも自慢だ。
 楽しかった、とにかく。
 でも成人してからは上手くいかないことのほうが多い……。百点だったなって日がちっともない。それでも頑張っていたのに、二年目の夏に地方の支社に転勤になり、どんどん思い描いていた社会人生活から逸れていく。私が何をしたっていうんだろう? だからってフットワーク軽く辞職してしまうということもできなかった。
 嫌だから逃げる、という選択肢をとるのが苦手なのだ。思春期のときに弟の部屋の少年向け漫画ばっかり読んできたから。
 とはいえ住めば都というのか、転勤先の観光地にある『諸々茶店』というカフェのことは内装の雰囲気や二階ならではの眺めも含めて好きになれたから、悪い土地ではないなーとは思えるようになっていった。同僚ものんびりしていていい人たちが多いし、空気が綺麗で、桜の名所もバスですぐだ。
 そして何より、『諸々茶店』のSNSに掲載されている春季限定いちごパフェが気になりすぎた……! 生クリームとアイスいっぱいの背が高いパフェのなかにスライス苺がみっちり詰まっていて、てっぺんにみっつ鎮座する大粒の苺たちには金箔がちょっとかかっていて、見守るように小さなミントの葉と大きなダイヤ型のチュイールが挿さっていて……とにかく可愛かったし、すごく美味しそうだった。
 私は苺が大好きなので苺をいっぱい食べられるパフェは嬉しい。公式の写真だから盛っているんじゃないかと他の人の上げている写真も確認したが、同じように美味しそうで、憧れが止まらなかった。
 そういうわけで、せめて来春にこのパフェを食べるまではここに住み続けよう、と決意をした。暑い夏とまだまだ暑い秋と一気に寒い冬を越えて春に辿り着いた。
 平日は営業時間に間に合わないから、土日祝日に行こうと思いながら四月を迎える。
 第一週、学生時代の親友と久々に予定が合ったので地元に帰省。
 第二週、花粉が酷くて外に出られないし、たぶん何を食べても味がわからない状態。
 第三週、春の大嵐。
 最終週、金曜日の新入社員歓迎会の肉寿司に食中る。
 で、五月の第一週。
「もう終わっちゃったんですか!?」
「はい、お花見シーズンも終わりましたので……すみません」
 お店の前に春パフェの看板がなかったから嫌な予感はしていたけれど、ギリギリセーフの期待は叶わなかった。通年で売っているお洒落な抹茶パフェを頼むかどうか迷って、妥協みたいな気持ちで頼むのもパフェに失礼だしお金がもったいないから、カフェオレだけ頼む。席で葉桜の景色を眺めながら溜め息をつく。
 ああ今年はもう駄目だ。
 このパフェはいわば去年からの夢のようなものだったのだ。今年絶対に掴みたかった夢を叶え逃してしまったから、これからどれだけ何かを積み上げられたって、百点満点の年にはなり得ない。
 来年は有給休暇を使ってでも食べたい。でも今年がよかったし、来年なんて本当にあるかわからない。人生は何が起こるかわからない。ひょっとしたら、事故で命を落としたり動けなくなったりするかもしれない。
 だから毎年、少しでも後悔を減らしたいのに。なるべく満点を目指したいのに。
 新年度始まって一か月にして、もう最大でも八十点の年になることが確定してしまった。
 もう一度、深く溜め息をついていると、
「お待たせしました。ていうかあの、桃花先輩ですよね?」
 と、カフェオレを持ってきた女性店員がいった。
 見た目は覚えがなかったが、声は聞いたことがある。桃花先輩という呼び方、イントネーションにも聞き覚えがある。
「……春美?」
「あ、はい。萌木春美です。桜田桃花、先輩ですよね、外箱高校の」
「え、嘘! 春美!? なんでこんなとこいるの!?」
「あたし、桃花先輩が高校卒業してすぐのとき引っ越したじゃないですか。引っ越し先が、この県って話しませんでした?」
「あ、あー! そういや、いってた! 嘘、すごい久しぶり!」
 私ははしゃぎつつ、落ち着きたい他の客のために、声のボリュームは落とす。
「えっと……元気?」
「元気です。先輩もお元気そうで」
「いやーそうでもない……春美ってここでバイトしてる? んだよね」
「そうですね、三月から。去年、就活とかは普通にしてたんですけど、二月末に内定先の倒産が決まって。ダメもとで好きなカフェの面接を受けてみたら、受かっちゃいました」
「え、大変だったね。お疲れ様。ここのバイトは楽しい?」
「はい、楽しいですよ。メニュー可愛いものばっかりですし、癒されます」
「だよねー。私も去年の夏くらいから通ってて、癒しだよ」
「そうなんですね」
「でもねー……」私はカフェオレを啜りながら、また溜め息。「あのさ、春パフェあるじゃん。あったじゃん、先月まで」
「はい。いちごの」
「食べたかったんだけど、四月に来れなくって、逃しちゃってさあ」
「だから珍しく暗い雰囲気だったんですか。あたし最初あれ桃花先輩っぽいけど合ってるかなー? って思っちゃいました」
「高校のときは最強だったけど、いまじゃくたびれた会社員だよー」
「神童も大人になったらただの人っていいますよね」
「神童だと思われてたの?」
 流石にそこまでジーニアスなエピソードはなかったはずである。
「なんか先輩、神様みたいだなって思ってましたよ、あたしは」
 と真っすぐに微笑んでくれる春美。過去の自分がそれだけの尊敬を得られていたという事実が、なんだか痛い。
「そうだ。桃花先輩、今日の夜って空いてますか」
「え? うん、なんもないけど。呑みにでも行く?」
「それもいいんですけど」
 春美はいいことを思いついたという表情でいう。
「よかったら、春パフェ、作りに行きましょうか?」
 萌木春美は一歳下、外箱高校で出会った後輩だ。部活も同じ軽音楽部で、夜都戦慄というネット発バンドを一曲目から聴いている仲間だった。部活の先輩として何かを教えたり相談に乗ることもあれば、同じ学校の友達として夜に通話を繋げることもあった。
 高校生の頃の春美は長い黒髪、ノーメイクにボストン型の茶色い眼鏡をかけた、まあ静かそうな見た目だった。実際、引っ込み思案だった。顔も、私は穏やかで平和で素敵な顔だと思っていたけれど、誰かの憧れになるようなタイプではなかった。
「お待たせしました、ちょっと時間かかっちゃって」
 営業時間が終了した少しあと、『諸々茶店』のスタッフ用出口から現れた春美はミルクティー色のショートボブだ。メイクも華やかで手慣れていて、眼鏡からコンタクトに切り替えているようだった。そして何より、
「春美さ、お顔、イメチェン? したよね。猫系になった?」
 と、再会してからずっと気になっていたことを訊いてみた。カフェからしばらく歩いたあとのことだ。本当は出会い頭に訊いてみたかったが、春美が同僚にどう思われたいかわからないから、あとにしようと思っていたのだ。
「あ、はい! 大学生のときにお金貯めて、えいやって」
 と会社員のおじさんみたいな語彙を使いながら春美は笑った。やっぱり、それなら私がすぐに気づけなかったのも無理はなかった。
「そっか! そっちの顔もかわいくて素敵だね、好きだよ」
「ありがとうございます! 先輩のおかげなので、そういってもらえて嬉しいです」
「私のおかげ?」
「はい。元から興味はあったんですけど、先輩と出会っていなかったら踏み出せなかったと思います。あ、スーパー寄りますね」
 スーパーで買うものはパフェの材料だった。アーモンドプラリネ、ホイップクリーム、業務用アイス、食用金箔、ミントの葉、ピューレ、などなど。材料費は私が払うといってみたが、
「うちの店はこれ使ってるんですよ」
 といって春美が容赦なく一粒五〇〇円の高い苺をばんばんカゴに入れるのを見て少しビビった。
「ちなみにシャンパングラスって持ってます? 器に使いたくて」
「みっつくらいあるよ。ちなみにオーブンもあるけど使う?」
「使います! じゃあ大丈夫ですね、楽しみにしていてくださいね」
 というわけで春美を私の住むアパートの部屋に入れる。春美のシフトが終わるまでに一回帰宅して掃除などをしておいたので、後輩に恥じるものはない。製菓用具もついでに洗って台所の網棚に置いたので、グラスを持ってきたら私がやるべきことはもうない。
 春美は買ってきた材料を卓上に並べる。使い捨ての手袋をつけると、それでスイッチが入ったみたいな真剣な表情で、実にてきぱきと作業を始めた。苺を洗ってヘタをとって、三粒残してあとはスライスしていく。
 私はそれを隣で眺めながら、軽音部でエフェクターとかを触っているときも春美はこんな眼差しをして、こんな具合の呼吸をしていたな、と思った。顔の造りがいくらか変わっても、集中するときに燃やす魂の質は変わらないみたいだった。
 春美はチュイールをオーブンに入れてからプラリネをパフェの底に入れ、スライス苺とバニラアイスとホイップクリームを詰めていく。チュイールが焼きあがったのでパフェに挿し、仕上げに金箔をひと摘み振りかけ、ミントを添えた。
「まあこんな感じで、うちの店はほとんど既成のものを組み合わせて作っています」
 と春美は笑った。私はお菓子を作る人間ではないから、その手際が信じられない。春美が六年くらい見ない間に私の知らない技術を会得している……! 思わず拍手をしてしまった。
 ちょうどそのタイミングで炊飯器が音を出した。白米が炊けた。
「じゃあ、桃花先輩が食べてるの見ながら、あたしもお米いただきますね。お腹空いたんで。ふりかけとかあったら、もらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」